「おねーさん!!!落ち着いたデスか!?」
「す、すみません………でもここまできたらいくしかありません!」
りりーはそのさなえの言葉にすっかり呆れ、ふてくされたような表情で溜息をつく。
けれど決してさなえを見捨てることはなく、仕方ないといった感じでさなえの体を悠長に運んでいた。
「決して自分で飛んだりしないようにしてほしいのですよ~」
「は、はい。わかりました」
既に扉は壊してあるためかさなえ達は行きよりかはスムーズに進むことが出来た。
このまま進めばエネルギーが切れる前におねーさんと会うことが出来るだろう。彼女が無事ならば、の話だが。
「しかし………りりーもこうしてきちゃったんですけど………大丈夫ですかね~」
「大丈夫です!直さんは………絶対に………絶対にたすけます!!」
「あ、いや、そっちじゃなくて。あの悪魔たちのことですよ~」
さなえを助けようとここまで来てしまったわけだが、あいつらを見はり続けていないで本当によかったのだろうか。
というか簀巻きごときであいつらの動きを止められるのだろうか。というかあの簀巻きはどこから、と色々と不安と疑問が尽きなかった。
「一応大丈夫だと思います。だってあのミラクルスマキは悪魔の能力を封じる力がありますから」
「!お、おねーさん!あの簀巻きってユクリールの技だったのですか!?」
「あ、べ、べつに心配しなくてもいいですよ!エネルギーは作った時だけに使っただけです、そのせいで時間制限はあるけど……」
その説明でりりーは一応安心できたが、ただ時間制限という単語だけが気にかかった。
「……時間制限ってどのくらいですか~」
「えっと大体七、八時間くらい……ですかね」
「はぁ、そのくらい長ければ問題無いですね~」
その言葉に本格的に安心してりりーは意気揚々と船の道をふよふよと移動し続ける。
ただ彼女達はあのダンスホールに長い間閉じ込められていたから、時間感覚というものが麻痺しきっていた。
簀巻きにしたのは深夜11頃、そして今の時間は大体早朝6時。既に七時間が経過している。
もし、彼女達が腕時計とかを持っていたらこの大変な事態に気づくことが出来ただろう。
でも気付いたからといって一体何が出来るだろうか?結局は救助と警戒の板挟みに悩むだけだろうし、エネルギーの問題でまた簀巻きを作ることも出来ない。
だから知らなくてよかったのだ。今はそうとしか言えない。
「さなえさん、ミラクルモーゼの方は大丈夫ですか~」
「一応力抑えながらやってるからなんとかなりそうですけど………先ほどまでのようにはいきませんね」
二人は飛んでいるからあまり影響がないが床から20㎝までのところは既に水で満たされている。
その水面も刻々と上昇し始めており、二人は無意識のうちに急ぎ始めていた。
「ひふぅ、そろそろ着くのですよ~」
ダンスホールに近づいたあたりから二人の耳に人の声がかすかに聞こえてくる。
この声は聞きおぼえがあった。女の子なのに合唱ではほとんどテノール稀にバス、容姿は一応女性なのに男女と呼ばれるおねーさんの声。忘れるはずがない。
「だいじょうぶだったみたいですね~」
「…………は、はいっっ!!」
りりーは相変わらずふてぶてしく呆れた表情でありながらも口元が綻び、さなえはおねーさんの無事を知って嬉し涙を一杯流した。
二人はかつて人々が舞い踊ったダンスホールへと向かう。そして勢いをつけて部屋の中へと飛び込んで行った。
「は~~~~るで~~~~すよ~~~~~~!!!!」
「うおっ!!!!りりー……さ、さなえ!?うおっ!!」
ダンスホールではおねーさんが机を積み上げて天井の通風孔へと手を伸ばそうとしていたが、
りりーとさなえの登場で足を滑らせてしまい大きな水しぶきをあげて床に尻から落ちていった。
「だ、だいじょうぶですか!?」
「いでで……さなえ!お前なんでこんなところにいるんだよ!!!」
おねーさんは痛めたところをさすりながらも激しい剣幕でさなえの方に詰め寄る。
元々さなえを安静にさせるために自ら一人すすんで行ったのだ。それなのにさなえがここにいては何の意味もないではないか。
けれど、怒っているはずのおねーさんの瞳にはうっすらと一筋の涙がこぼれていた。
「こんな、こんな僕のために………さなえぇぇ……」
「ごめんなさい……でもどうしても不安になって……うぇぇぇん」
「無鉄砲で行くからこんなに人を悲しませるのですよ~このゆっくり泣かせ!」
おねーさんは無表情でりりーを投げ飛ばし再び机を積み上げる。
「やっぱり通風孔にいるんですか!?」
「ああ、微かに声が聞こえるだろ?」
さなえはそのおねーさんの言葉を信じ耳を天井に抱えてみる。
船が軋む音、水が流れる音、様々なノイズの中で微かなかわいらしい声が聞こえた。
「…………ゆぅ~しっと~りあじゅうはばきゅはちゅしてにぇ………」
「なんか妙なことをいってますね……」
「だからこそ生きてるんだ。えいっ」
おねーさんは積み上げた机に乗って天井の通風孔に付いている格子を外そうとする。
しかし足場が水流に浸かっているためかどこか不安定で見ているさなえは落ちてしまわないかとハラハラしていた。
「わ、わたしが開けますからじっとしててください」
「駄目です~~~!!!」
さなえは背中に付いてる羽根で飛ぼうとしたが復活したりりーによって再び捉えられる。
ヤマ(ザナドゥ)ちゃん「でたーーー!!りりーの師匠直伝スカイスプリングロック!
背中の羽根と腕、そして頭を捕まえられたユクリールは逃げることが出来ない!
だがユクリールには苦痛の表情がなさそうに見えます!これは一体どういうことでしょうか!?」
「スカイスプリングロックは拘束に特化した関節技………痛みは春の風のようにありません。頼むから大人しくしてほしいんですよ~」
「うう、でもおねーさんが……」
「だからって飛んじゃだめなのですよ!!」
「じゃお前が飛べよ」
へ、といった表情で呆けるりりー。
おねーさんはすぐさま机から降りてりりーを鷲掴みにしてそのまま机の上へと投げつけた。
「頑張れ~お前ならいける」
「頑張ってください~」
「り、りりーだって疲れてるのに……ぐすん」
でもそう言いながらもりりーは天井の格子を外そうと必死に頑張っている。
五発目くらいのスプリングパンチでねじ止めが壊れ、そのまま天井に足をつけ一気に格子を引き剥がした。
羽根があるからこそできる芸当である。
「おお!そのまま中にいる人を助け出すんだ!」
「わかりましたよ~ちぇっ」
そう舌打ちしてりりーはその小さい体を通風孔に入れ込んだ。
よく見ると通風孔の穴は意外と小さく人間がギリギリ入れるかどうかだ。
自分はあれに入ることが出来たのだろうか、と思っておねーさんは自分の腹をつまんでみた。意外と厚かった。
「ゆ、ゆぅ~~?おねーしゃんなに?」
「りりーは天使なのですよ~大人しくしやがれなのですよ~抵抗は無駄なのですよ~」
そんな怪しい会話が通風孔から聞こえたがその直後どたばたと音が鳴り響く。
少し気になってさなえとおねーさんは通風孔を覗き込んで見るとりりーが何か抱え込んで降ってきたではないか。
けれどあまりにも急だったため二人はりりーの体を受け止めることが出来ずりりーの体はそのまま無残に水にぼしゃんと落ちた。
「………………………あの」
「ひ、ひどいのですよ~りりーが、りりーがいったいなにやったっていうんですかあああああああああああああああああ!!!!」
豪華客船のチケットを当てれば船が沈み、大好きなゲーム機も今では水の中、おねーさんにこき使われて今こうして水びたし。
勝手に
ゲームを買った罪としてはあまりにも重すぎて、りりーはいつにも無くマジ泣きしてしまった。
「あ、え、ええと、どうしましょう、りりーちゃんおちついてください」
「ごめん……帰ったら一緒に遊ぼう。だから」
「ぶええええええええええええええええええええええええええええええええ」
「………春発売の『スプリングハンターズ』のゲーム買ってあげるから」
「あ、この子が要救助者なのですよ~」
やっぱり俗物は俗物だった。でもそれが二人に安心を……って前書いたなこれ。
りりーの腕に包まれていたのは妙なマスクをかぶったゆっくりで、サイズ的に赤ちゃんらしく元気に腕の中ではしゃいでいた。
「ゆぅ……しっちょ!そこのかっぴゅるはゆっくりじばくしてね!!」
「ぱるすぃだな……この様子だと」
どうやらこのぱるすぃはさなえとおねーさんから発せられる愛のユクーレエネルギーを感知して嫉妬しているようだ。
マスクの奥からはミスティさくやに負けないほどの嫉妬の炎がめらめらと燃えているようにも見える。
「な、なんで通風孔なんかにいたんですか?」
「りあじゅうたちがたのちむぱーてぃをじゃまちゅるっておとーしゃんがいってぱるすぃはそのおてちゅだいしゅるの!でもおとーしゃんどこ?」
そのおとーさんを探そうとして部屋中を見まわすぱるすぃ。
けれど既に沈没しきっているこの船におとーさんとやらがいるはずもなく、周りの広がる惨状からぱるすぃはその事実を悟ってしまい泣き始めてしまった。
「う、ううう、ううううええええええええええええええええええええええええん!!!!」
「ああ、な、泣かないでください!きっとおとーさんは避難して無事ですよ!」
「だから早く一緒に脱出しよう!」
「うわあああん!りあじゅうになしゃけかけられたよぉぉぉぉ!!!」
「な、なんで赤ちゃんなのにそうリア充を嫌うんだよ……」
とりあえず二人はそんな無差別の嫉妬のオーラを受けながらもぱるすぃを泣きやむまで宥め続ける。
二人は確かにリア充と呼べるような人かもしれない。
けれど二人を直接繋いでいる思いやりと言う心が宥められているうちに伝わっていったようでぱるすぃは次第に泣きやみ始めた。
「ぐしゅん……おとーしゃん……」
「りりーこの子を先に表まで連れて行ってくれ、僕はさなえを連れて後から行くから」
「あ、わ、わかったのですよ~」
ぱるすぃを受け取ったりりーはそのまま出口へ向かってふよふよと飛んでいく。
これで全ての問題は白紙へと消え去った。後は皆と一緒に海原へと脱出するだけだ。
「ふぅ…………それじゃ行くぞ、さなえ」
「はい!」
おねーさんは一歩一歩と水を踏みしめながら出口へ向かう、けれどおろしたてのズボンが水を吸ってしまっているからかその足取りは重くなっていた。
いや、それが原因にしてもあまりにも遅すぎる。
「ハァ……ハァ……」
「………………あ、あの」
りりーの姿はもうダンスホールから見えなくなっているのにも関わらずおねーさんは未だ入口に辿り着けない。
先ほどまで元気だったような素振りをしていたはずなのにもう肩で息をし始めてる。
「ヒィ………だ、大丈夫だから……ちょ、ちょっと疲れてるだけ」
彼女は行きの時も水を吸って重くなったズボンで船の中を駆け抜けていた。
それに彼女は男勝りと言えど体育会系ではない。全てを終わらせて緊張を解いてしまったから今までの疲れがどっと溢れ出てしまったのだ。
「………い、一度休んだ方がいいです。」
「で、でも……」
「休まなきゃいつか倒れてしまいます!絶対みんな守りますから今は……ゆっくりしていってください………」
胸の中で泣くさなえにそう言われてしまいおねーさんは仕方なく近くの机に腰を下ろす。
今までみんなのために無理をしてきたけど、さなえが僕を心配する気持ちのことを忘れていた。
きっと死ぬほど心配だっただろう。待っている間心が締め付けられるような思いをし続けていたに違いない。
それを考えていなかった僕は大バカ者だ。そう思っておねーさんは涙を瞳に留めておくため机の上で横になった。
「ごめん、さなえ………心配かけて」
「……気にしてませんよ」
さなえは天使のような微笑みを向けておねーさんの真横に寝ころんだ。
近くにいるだけでゆっくり出来る、簡単なことだけどそれは奇跡のようにも思える。
こんな奇跡を天から授かったのだから絶対に生きて帰ろう。そう胸に決意して二人は瞳を閉じたのであった。
「…………………………」
この簀巻きさえなければ今すぐ助けに行くのに、けれどあの人は嫌がりそうだからそれを誤魔化す言い訳も考えてある。
助けに行ってあの天使だけ置き去りにするのもいいかもしれない。吊り橋効果でものの見事に寝盗ってしまうのもまた面白そう。
そんな妄想をしつつミスティさくやはずっと船を見続けていた。
「うふ、うふ、うふふふふふふふふふ」
「あ、あの、メイドのお嬢さん大丈夫か?」
「!!」
にやけ声が聞かれてしまったようだ。しかも自分が傷つけたはずの人々にさえ心配までされてしまった。
恥ずかしさで逃げようと思ってもこの簀巻きがそれを許さない。ミスティさくやは改めてこの簀巻きが憎々しく思えた。
「う、うううう……」
「あ~れみりゃ達が生きて帰るにはあの天使が生きてなきゃいけないだなんて、とんだジレンマだぞぉ~」
そんなミスティさくやのもとへオ・ゼウが悪態付きながらずりずりと近寄ってくる。
ゆっくりさくやとゆっくりれみりあは血が繋がって無くとも絆があるという話があるが、
ミスティさくやはその噂が嘘としか信じられないくらいにこのれみりゃのことを嫌っていた。
こいつはユクリールのエネルギー源とか言って、一体何回おねーさんを殺そうとしたのだろう。
「おーい、しゃくや~この簀巻きとってぇ~~ん」
「外せるものなら……………あら?」
話している最中、突然体への締め付けが緩むのを感じてミスティさくやは再度の簀巻きへの抵抗を試みる。
すると今まで何度抵抗しても解けることがなかった簀巻きがギシギシ軋む音を立てていくではないか。
「……ていっ!」
今ならいける。
ミスティさくやはそう思って腰に携帯している銀製ナイフを簀巻きの中で振り回し簀巻きを一瞬でバラバラに切り刻んだ。
「なるほど、時間制限……というわけですね」
憎たらしいと言ったようにミスティさくやは簀巻きのなれの果てを思う存分踏みつけそのまま海へとほおり捨てた。
簀巻きによって跳ね返されたエネルギーが忌々しくミスティさくやの体に傷を残している。
それを見た人々はその傷の生々しさと溢れ出る瘴気に再び恐怖した。
「う、うーーー!ふぅやっと出られたでぇ」
「ちっ(そのまま縛られてればいいのに)」
同じように簀巻きから脱出したれみりゃを一瞥しミスティさくやはじっくりと船の方を見降ろした。
今なら助けに行ける。あの人を救いだせる。こんな悪魔みたいな私でも、あの人を。
「さて……さっさと帰るかうー」
「はい?何をおっしゃっているのですかこの食肉脳。今からあの天使にトドメを……」
「ふん、わざわざ倒しに行かなくとも帰るところさえぶち壊せば……そう、この船もどきを………ね」
れみりゃは意地悪くおぞましい顔つきでこのミラクルクラフトを叩く。
もちろんそんなもので壊れるはずはないのだがその禍々しい想いだけは誰からも感じ取れた。
「そ、そんなことする必要はありません、そんなの無駄ですよ、無駄無駄無駄無駄!!!」
このクラフトが壊されたらあの人も生きて帰れない。それだけは阻止させるためにミスティさくやはいつになくれみりゃを説得した。
「ま、どうせエネルギーが無くなっておっちぬのがオチだぞぉ~、は~おうちでゆっくりしたい」
「わたくしの家でしょうが…………」
どうしよう、このれみりゃは帰る気満々だ。
無理に船に行くなんて言われたら絶対に怪しまれてきっと碌でもないことになる。不完全な悪魔と言われて処分されたり………
だからこの時ミスティさくやはこれ以上口出しすることが出来なかった。
それに、一見普通のれみりゃにしかみえない「こいつ」は紛れもなく本物の「悪魔」と知っているから。
「さて、しゃくや~、飛行ユニットお・ね・が・い~~」
「……………!!!」
今私がこの場から去ったらおねーさんの生存率は急激にダウンする。
恋する人を見捨てたくない。でも私は、死にたくない。
だからミスティさくやは不本意ながらも飛行ユニットを出す準備をした。
あの人のことはれみりゃとは別の意味で憎たらしいあのユクリールに任せるしかない。
私は どこまで愚かで 無力なんだろう。
「たすけにいかないの?」
ふと背後から小さい声が聞こえミスティさくやはついふり向いてしまう。
波でかき消えてしまいそうな弱弱しい声だったけれどミスティさくやは聞き逃さずにはいられなかった。
「………続けなさい」
「……………………………………あんなしんぱいそうなかおしてたのにかえっちゃうの?」
しみじみと海を見ていたこの数十分の間で、人々のミスティさくやに対する感情は変わっていった。
憎々しい敵から寂しげなゆっくりへ、寂しげなゆっくりからから儚き恋する少女へと。
悲しい表情を隠すためみんなから顔を逸らしたつもりだけど、完全には隠しきれなかったようだ。
「…………………………そう、ですか」
助けに行きたい。大切なものを守りたい。悪魔にだって愛はあるのさ。
決意した。私が私であるために私はあの人を助けたいと。
「お~いしゃくや~は・や・く~~~」
「やかましい、食肉脳。誰に向かって指図してるつもりかしら」
うっ!?と言った気の抜けた声を上げて驚くれみりゃ。
まるで飼い犬に手をかまれたといったような表情をしている。
「私がしたいと言ったらしたいのですよ、あなたの我儘についてく必要があ、り、ま、せ、ん!!!」
「う、うーーーー!我儘なのはそっちだ!この私を誰だと思ってる!?オレの名前を言ってみろぉ!!」
ふしゃーとおぞましく威嚇するれみりゃだったが現役悪魔のミスティさくやに効くはずもなくそのままミスティさくやの背中の羽で掴まれてしまった。
「はーなーせー!」
「分かっていますわよ、あなたはオ・ゼウ様。けど決してわたくしのおぜうさまではございません」
悪魔独特の笑みを浮かべてミスティさくやは背中でれみりゃを掴んだまま船へと飛び降りた。
羽根で飛ぶことは出来ないがミスティさくやはそんなことお構いなく、腕を光らせ着地と同時に腕を船体に叩きつけた。
「メイドルーム………空間を世界そのものに縫合する技……」
ミスティさくやは持てる力の半分以上を使って船全体を空間固定した。
障害物さえなければ『絶対安全』に進むことが出来る。そしてその障害物は想い人が全て壊してくれたのだ。
想い人まで一直線、ミスティさくやは全速力で船内を駆け巡った。
「はあああああああああああああああああああああ!!!まっててくださいな!!」
「う、うーなんて執念だぞぉ………」
幸いなことにこのれみりゃはミスティさくやがユクリールにトドメをさす為に走っていると勘違いしているようだ。
ほんとこの言い訳を考えてよかった。ミスティさくやは心の底から自分を褒めたくなった。
「はーるですよ~しっと~」
「はりゅなのよ~ぱるるぅ」
「にしても二人とも遅いですね~……………あ、あれは……」
途中で春天使となんかちびっこいマスクと見かけたがミスティさくやは気にせず凍ったように動かない水の上を駆け抜けていく。
そのミスティさくやの接近を確認したりりーは後ろにいるはずのさなえとおねーさんを守るために、ぱるすぃを安全な場所に置いて両手で道をふさいだ。
「こ、ここはとおさないのですよ~~!!」
「ゆぅ~てんちのおねーしゃんかっこいい~~」
ヤマ(ザナドゥ)ちゃん「おーーっと、りりー選手ふっとばされた!!」
「くっ……お、おねーさん達気をつけて……がくっ」
「てんしのおねーーーーしゃああああああああん!!」
「……………一体何なのでしょうか」
横たわるりりーを足蹴にしてミスティさくやはどんどん加速していく。
空間固定のおかげで流体である水の上さえも走っていけて足を取られることもない。
彼女はたった二分程度の時間でダンスホールの前へと辿り着き、すがすがしい笑顔で飛び込んで行った。
「さあっ!たす……………………………」
だが中の光景を見た途端、ミスティさくやの笑顔は見る見るうちに淡々として無表情なものへと変わっていく。
彼女の眼に映っていたのは愛すべき人と憎むべき敵が互いに体を重ねているところであった。
(……………やっぱり、ですね)
分かっていたこととはいえ感情の波はどうしても抑えきれない。
頭の中がショートするようにバチバチとはじけながら熱を出してミスティさくやは何も考えずのしのしと二人に近寄っていった。
「このッ………!!起きなさい!!」
とにかく感情のままミスティさくやはおねーさんには親指で他の指を囲うようにしたおともだちパンチを、ユクリールには普通の拳骨で叩き起した。
「ん………う、うわああああ!!」
「いでぇ………ひゃあああ!!」
ミスティさくやの気付けによって目を覚ました二人はミスティさくやの姿を見て非常に狼狽する。
今非常に疲労しているこの状態で戦うことなんかできないのは直感的に理解していたのだ。
二人は逃げようと机の上でもがき、空間固定された水の上にドスンと落ちた。
「ひえええええん!!簀巻きの効果がいつの間にぃぃぃ」
「こ、このっ!さなえには、さなえにはいっぴょんもてをだしゃせないぞ!!」
今この瞬間が最大のチャンス。そう思ってミスティさくやはスカートの中からエターナルミークワームを取り出し、そのまま二人に巻きつかせた。
「あぎゃん!!」
「うぎゃん!!」
「ふふ、あなた達はこの船と運命を共にするといいですわ。あ、でも空間固定があるからあと数分は沈みませんかもね………
それでは完璧で瀟洒な悪魔が送る地獄までのカウントダウン、楽しんでくださいね」
悪魔的で、でもほんのちょっと柔らかい笑みを浮かべてミスティさくやは急いでこのダンスホールから退出していった。
「う、こ、この!!最後の最後で!!」
「ごめんなさいいいい!!わかってたのに!分かってたはずなのにぃぃ!!」
二人はとにかく体にしっかりと纏わりついているぬるぬるした紐を外そうと必死に抵抗する。
けれどその抵抗も空回り、紐はあっけなく萎びてすぐに二人を解放したのだ。
これには二人も唖然とするしかなかった。
「これは………」
エターナルミークワームは潮に弱く、故に海であるここではほとんど役にたつことはない。
それではなぜミスティさくやはこの技を使ったのか。いや、彼女はその弱点を知りながらあえてこの技を使ったのだ。
自分が敵であることをアピールしつつ、相手に助け船を出す。これが彼女が必死に考えて出した答えだった。
「と、とにかく戻るぞ!みんなが心配だ!」
けれど二人はそんなミスティさくやの思惑も露知らず氷のようになった水の上を走り船上を目指す。
その道中で二人はぱるすぃを抱え何故か顔に足跡が付いているりりーと出会った。
「おねーさん大丈夫だったですか~!?」
「りりー!行ってたんじゃなかったのか!?」
「二人が心配だったのですよ~……ミスティさくやめ、このりりりえるの頭を行き帰りで二回も踏みつけて許さないDEATH、殺す」
「はは、赤ちゃんがいるからそういった言葉はやめような」
りりーと出会えたことで少し安心した二人だがそれと同時にあの乗客たちの安否が気にかかった。
戦えるものが全員ここにいる以上ミスティさくやの毒牙から誰が人々を守るというのだろうか。
これを最後にする。その決意をおねーさんはさなえと互いに目で確認しあい、全員を担いで全速力で駆け抜けていった。
時刻は6時17分、長かった夜も終わり朝が訪れる。
日の光が割れた海面を照らしキラキラと輝く虹を作り上げていた。
「これで、終わりですわね」
いち早く甲板に出たミスティさくやは今までの疲れを吹き出すように溜息をつき、海上にある円盤を見上げた。
始めは日常のように天使の敵っぽいことをやっただけだけど、この事件でずいぶんと自分の正の感情について考えさせられたと思う。
でもそれも今回限りにしておこう。これ以上悪魔の人格でこの恋について悩むと本来の人格に相当な影響を与えるからだ。
(ほんとーのわたしをうけとめて………な感じですね)
こんな恋心なんてもうまっぴら御免。そう言ったことは表の私に任せればいい。
私は完璧で瀟洒な悪魔ミスティさくや、表の私の辛い所だけを受け取ればいいだけなのだ。
「もうここにいる必要はないですね」
ミスティさくやは腰ポシェットから一つのガラス容器を取り出した。
カクテルとかを飲むとき使うグラスのようだがそれにしては容積が大きい。どちらかと言うとアイスやプリンなどのものを載せる容器のように見える。
それを手にかざしたかと思うと、腕からエネルギーがそのグラスに流れ込みゆっくりが何個も詰め込めそうになるくらいに巨大化した。
「これでおさらばしますわ……さようなら偉大なる豪華客船」
ミスティさくやが身軽にそのグラスへと乗り込むとグラスはふわりと浮いて海上へと向かっていく。
あの人ならもう心配ないだろう。私の憎むべき敵がきっと命に代えても守ってくれるから。
私は私の仕事を、そう思ってミスティさくやは船の方を向き、姿を現していない自分の敵へこう叫んだ。
「ユクリール!!今日のところはここまでにしておいてあげますわ!!次こそはきっと……あなたの大切なものを奪ってみせる!!!」
言い終わったときのミスティさくやの表情はとても清々しいもので、そのまま彼女は月時計を歌いながら遠く水平線の彼方と去っていった。
その言葉は確かにユクリールに伝わった。ミスティさくやが去ったその直後、天使三人組とぱるすぃはようやく甲板へとたどり着いたのだ。
「……今の言葉……あいつ逃げかえったのか?」
「でも心配です!」
おねーさんは飛ぶことが出来ないため今度はおねーさんがぱるすぃを持ち、りりーとさなえがおねーさんの肩を持って円盤の方へと飛んでいく。
その際エネルギーの関係上もうする必要がないとさなえが思ったためかミラクルモーゼは解除され、割れた海は元の穏やかな海へと戻っていった。
「皆さん!!大丈夫ですか!?」
「お、おう。天使の嬢ちゃんたち。この通りみんなは無事さ」
「よかった………」
さなえはほっと安堵の息をついておねーさんとりりーと一緒にゆっくりと円盤の上に着地した。
「……見てよさなえ、ゆイタニック号を」
「あ………」
4月15日 6:20
かくしてゆイタニック号は深き海の底へと沈んでいった。
物語の舞台が無くなった今、もう海上のゆ劇は起こることはないだろう。
天使の船はゆらりゆらりと海に揺れ、人々を優しく運んで行くのであった。
4月18日 8:04
「うげぇ……結局始業式に間に合わなかった……」
「まぁこうして無事に帰ってこれただけよかったじゃないですか」
あのゆ劇から僕達を向かい入れてくれたのは両親の心配そうな顔と何故かサイボーグになっていたうちの金魚だった。
とりあえずりりーにカーレーンバスターを決めて、僕達は普通に登校し再び何気ない日常へと戻ってきたのだ。
「な~お~さん!大丈夫でしたか?」
「あ、ああ、姫ちゃん。この通り僕もさなえも元気さ」
「ふぇ~よかったです……直さんのこと心配で牛乳一本しか飲めませんでした」
「はは、萎めPAD爆乳」
いつも通りの会話、いつも通りの日常。
この何気ないことがあのゆ劇は終わったのだと実感させられるのである。
「お、おはようございます………」
HRが始まるまでさなえや友人と会話しようと思っているとうちのクラスのゆっくりさくやがこそこそと教室へ入ってきた。
分厚い眼鏡をかけておりゆっくり特有の瞳であるかどうかも分からない、さくやにしては引っ込み思案な子だ。
「おはよーさくやちゃん。いや~こないだは大変だったよ」
「あ、ええと、大変でしたね。船が沈んだりあの悪魔と戦ったり……」
「そうだよ~あいつあそこまで付いてきてるとは」
あれ?でもあのミスティさくやと戦ったことを誰かに言ったことあっただろうか?
まぁ他にも客はいたし色々な情報網で伝わってくるのかもしれないから別に問題じゃないことだと思う。
「そうだそうだ、あのミスティさくやのことなんだけど……実は僕あいつの正体が分かっちゃったかもしれないんだ」
その瞬間さくやの体がびくっと跳ねあがる。
表情を硬くし歯を震わせ眼鏡までずり落ちかけてる始末だ。
「あ……ええと、あいつになんかトラウマでもあった?」
「い、いいえいえいえいえいえいえいえいえいいえいいえいえいえいえ、わわわわわわわもものもものんだいなんてありゃりゃましぇしぇ……
こほん、も、問題ありません!つ、つ、つづけてくださささい」
「そ、そうか」
異常に気になるが乙女の心に早々踏みこんで行くわけにもいくまい。
そう思って僕はそのまま話を続けた。
「いや、あいつが気絶してるときあの眼鏡みたいなマスクを見たんだけどな……実はあいつ」
ここで引いて引いて………そして一気に落とす!!
「ヨコハマさくやだったんだよ!!!!」
「「「な、なんだってーーーーーーー!!!」」」
「珍しいよな~ヨコハマさくやって……地味に驚いちゃったよ」
他のみんなはとっても驚いた顔をしているがさくやだけはなぜか神妙な顔つきであった。
同じさくやとして思う所があるのだろうか、あまり言っちゃいけないことだったかなと思っていると彼女は自分の席へと戻っていった。
(わたしはさくや、ゆっくりさくや、ゆっくりさくやのなかでも珍しいヨコハマさくや。
それを恥ずかしがってこんな分厚い眼鏡をかけているけれど、いつかは分かってしまうこと。
私はそれが怖い、ばかばかばか)
「さくやちゃん………そんないっぱいのセロテープ眼鏡に張り付けてどうしたの?」
「あ、い、いえ、眼鏡がゆるくて」
眼鏡かけてる人って大変なんだなぁ。
そう感心しているとさくやは少し俯いて、ぼそぼそと僕にだけ聞こえるようにつぶやいた。
「なおさんは……私がどんなさくやであっても受け入れてくれますか……?」
「………大切な人を受け入れないはず無いだろ」
僕がそう答えるとさくやはクスリと笑い元気そうな表情を僕に向けてくれた。
ゆ劇は終わったが、悪魔と天使の果てなきゆっくりした戦いはまだまだ続く。
~終わり~
一年前のゆイタニックのSS書いてなかったなぁとかユクリールの話また書きたいなぁという思いが募りに募ってこんなSSが出来上がりました。
多分これが最後のゆイタニックSSとなると思います。その分他の作品と矛盾がないか心配で心配でたまりません。
また最後の方になると思って脱出の時刻をむりやり完全沈没ギリギリまで延ばしてみました。
そしていつもの一言、 もし貴方がこのSSを見て『何処がゆっくりSSだよ!ゆっくりしね!!!』とか『前後篇合わせて100Kb以上とか何処がSSだ!ゆっくり死ね!!』 とか
『エロゲを元ネタにしたSSとか何考えてやがる!ゆっくり逝け!』とか『エロゲ元ネタでもゆっくりじゃ(そこまでよ!)できねーよ!ゆっくりあーうー!』
などと思うかもしれませんが、その感情は大切です。大切に心の中で思っていて下さい。
それでは次の企画にまた会いましょう!
BY 鬱なす(仮)の人
- 何気にマッチョのままのアリスに吹いたw暫定最後のゆイタニック号話お疲れ様です。
リリーさんが本当良いキャラしてなはるw -- 名無しさん (2010-08-17 18:56:26)
最終更新:2010年08月17日 18:56