【夏休み10】背中と土蜘蛛




 自分の体の、どこかが蘇る、という感覚を、黒谷ヤマメは初めて味わっていた。

 「ああ………」

 目を閉じ、思わず吐息を漏らす。

 上限も底も左右の果ても無いような広い広い水の中に、全裸で漂っているかの様
 それは、海だ
 見たことも無いし、これからも大変できるはずは無いのに、脳裏に同時に浮かんだのは、
何兆もの種種様々な生物達。

 ―――命命命

 「私達は、本当に死んでいたんだと思う」

 彼岸にはまだ渡ってはいないけれど、彼女達を取り巻くのは死の世界だ。地底・罪と罰・死体
忌むべき能力の数々に、鬼
 まさに地獄
 そに引き換え――――――
 ヤマメは夢中で口に、再度含んだ。

 (―――何だろう? これだけ冷たいみずみずしさの裏にある、よく知っている太陽とは正反対の
  熱さを感じる)

 それもまた快感だった。

 (すごい……凄い……)

 見た目は随分と弾力があるように見えるのに、咀嚼した時の溢れる水分と爽快感は半端ではない。
それなのに噛む楽しさも十分に味あわせてくれるのは、その身が主張するなんとも言えない滋味のためか。
 まさしく、生命の坩堝から直接生まれた食べ物
 いや、海と同時に感じる生命感は、もう一つ
 これは――――






 「ああ………夏だ」








 箸も落としそう
 全身で打ち震える少女に、店主は言った。


 「蟹食って、そんなに感動するとは思わなかった」
 「いやー 美味しいわーこれ――」

 そりゃあもう……

 「この手の蟹は、幻想郷では手に入らないからねえ」

 この喫茶店の店主は、なにやらパジャマのような格好をしている。顔つきや髪型、油断してるのか、
客を舐めきっているのか、無用心に出している尻尾からするに、正体は狐に違いない。
 やや呆れ気味にヤマメを見ているが、ニヤニヤしているから蟹を褒められてまんざらでもないのだろう。
 それにしても、蟹などというそれだけで高級な食材
 一体何処で手に入れたのだろう?
 これだけ立派な剥き身、容易に手に入らないはずなのに、注文した蟹サラダは、そこらの金持ちでも
やらないような盛り方をしている。
 おいしいが、少しありがたみが無い気がして

 「さとり様達は、こんなに美味しいものがある事を知ってるんだろうか………」

 それはなんとも勿体無い。が、周囲をそっと見回すと……

 「はい、蟹ピラフおまちどう」

 狭い店内。そこそこにぎわってはいるが、後ろのテーブルには蟹雑炊と蟹炒飯が運ばれ、随分と
喫茶店にしてはご飯を使った料理が多い。もはや、これは喫茶店のメニューではないのではと思っていたら、
丸まる茹でた盛り合わせや、殻を使ったスープや、にこごりまである。
 カと思うと、となりのカウンタイー席の金髪のおかっぱの少女は、蟹とレタスをトーストに挟んで勢いよく食べて
いた。よく見ると彼女のコーヒーにも、チョコレートパフェにも蟹が入っている。
 店主はアップルパイにも練りこもうとしている。
 そろそろ本当にありがたみも無くなってきて、店主に尋ねてみた。

 「どこで、こんあに沢山に蟹を捕まえてきたんですか?」
 「捕まえてきたというか―――」

 もったいぶらずに、店主は背後の扉を開けた。

 「おお……」

 元は食器入れだったはずだが
 墨に一つの水槽があり、そこから上に向かって、棚の中一杯に赤赤と広がった木の枝
 赤々―――そう、紅葉の様だ。
 しかしよく見ると、紅葉ではなく蟹だった。
 蟹が果実というより、葉の様に生い茂っている。
 水槽の中には、妙な丸みを帯びた饅頭のような少女の生首。ふてぶてしくも、いかにも気持ち良さそうな顔で
横たわっており、その脳天からは若干細いが真の強そうな木の枝が伸びていて、それが水槽の外にまで広がって
いるのだった。

 「何コレ………?」
 「”ゆっくりしていってね!!!”と呼ばれる謎の生物でね。地底にはいないのかな?」
 「それは知ってますけど」

 ヤマメの正体に気づいていた? どこかでこの狐に会っただろうか? しかし、特に何かを咎めるつもりは無い
様子だ。ちょっとした買い物だったが、地上はやはり人間と妖怪が溶け込みすぎている所があって、どこで誰と
出会うか解らない。

 (そういや、水橋やキスメが、ゆっくりと同居したりあったりしていたもんな)
 「未だによく分からない事だらけの生物だけど、蟹が取れるから重宝しているんだ」

 他の客達はこの事実を知っているのだろうか? 特に驚く様子もなく、多少納得したような表情を作るだけ
だが、ゆっくりに関してはそれ程驚くことでもないのだろうか?
 中のゆっくりを改めて見てみる。
 どこかで見た覚えがある、あの怖い巫女さんや白黒の魔法使いの首ではなかった。

 「これは、秋静葉のゆっくりだよ」
 「誰それ?」
 「山の方面の神様で紅葉を司る寂しさと終焉の象徴だね」

 ―――待て
 そんな秋の神様から、なぜ蟹が大量に収穫できる?

 「頭の飾りの紅葉の部分が蟹っぽいからじゃない?」

 何だそれは。
 何かの隠語なのだろうかと考えていると、結構な時間になっていた、そろそろ帰らなければならないと代金を
払ったが、旧都のちょっとした定食屋よりも安い。
 実際こうして獲ったかにならば元ではゼロかもしれないが、それでも安すぎる。

 「ここは趣味でやってる店だからさ」

 それとなく同様を悟られたか、後の客が教えてくれた。そう言えば、何か珍妙な服を着ている奴らが多い。
外の世界にでもいそうな雰囲気だ。

 ――地上の事はよく解らない。

 感動したが、ここで食べた蟹も、本来ここの名産品というわけでもなし。土産話にどう話そうかと考えていたら、
踵を変えてして店主は何かを包んでいた。

 「記念にどうぞ」

 分厚く大きい紙袋に包まれた蟹が2匹、もぞもぞと動いている。

 「いいんですかえ?」
 「色々あるだろうが、そっちの主によろしく」

 蟹は随分大人しく、袋が変に分厚い事も合って、持ち運びやすかった。
 地底の持ち場に戻ると、水橋が待っていた。
 そこでもう一杯飲んで、改めて袋を開けると、蟹は一匹は逃げていた

 「皆で食べるには、ちと少ないねい」
 「水につけていたゆっくりから、大量に繁殖したんだよね?」

 ――という事は。
 果実の様に、葉の様にゆっくりから生った結果の蟹ならば、これを水につけておけば―――?
 酔いと疲れもあって、2人は少しだけ正気を失っていたのかもしれない。
 頑丈な立方体の箱を見つけて、そこに入れ―――――
 その日は寝た

 すぐに熟睡できるかと思っていたが、頭の芯が妙に冴えて、中々眠らない、朦朧としながら、箱に入れたその
蟹の行く末を考えた。
 植物は何故実をなすのか?勿論種の保存のためだ。単純に機から落ちたrい、ほかの動物に捕食されて
排泄と共に移動して種を分布させるためだ。
 ヤマメは、思わず横になりながら自分の全身をまさぐっていた。

 あの蟹はゆっくりから生えた―――喫茶店は随分と通い慣れていそうな客も多かったし、いくら妖怪といえど、
意図的に危険なものを不特定の人間や妖怪に食べさせるような悪辣な異変をおこすものだろうか?
 ――いや、起すものだが、あの店主は割かし性格も丸そうに見えたのだ。見掛けに騙されてはいけないと
いうことか。
 蟹を食べても、体に異変はないとしても―――― あのまま水につけていた蟹はどうなる?あのゆっくりに生えていた
若干華奢な枝ぶりに生い茂る紅葉――ではなく―――蟹―――であなく、ゆっくり静葉

 流石に、 それは 怖い

 と思い始めた時、ようやく眠りについた。
 その夜は、芋と葡萄の夢を見た。



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 翌朝。
 昨日想像したような状態になっていれば、既に一騒ぎ起きているかもしれないと、水橋の控え室に向かうが、
周囲は静かなものである。

 「どうなってるんだい?」

 水橋は固い表情で、箱を指差した。別に困っている訳ではなかろう――――
 ただ



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 目が合ってしまった

 「そんあに見ないでよ……恥ずかしい」
 「あ、すみません」

 突然喋り始めた箱に、思わず敬語で答えてしまった。
 箱の周りの側面を調べてみたが、 顔がついているのはその部分だけ。
 恐る恐る箱の中身を調べてみたが、既に蟹の姿は無かった。
 水もいれていたのに、何故か中は土だった。ちょっとその土を調べてみた息もするが、それが一番怖い。

 「何があったの……?」
 「いや、本当に何がなんだか

 箱はそれ以上特に喋る様子もなかったが、あの喫茶店でなら、何かこの事態の真相が解るような気がし、
また地上に出なければならないのだが、そのためにかかる手続きや道中の労力を考えると、ヤマメは流石に
うんざりした。
 それでも気を取り直して。
 今すぐ出かけようと、恐る恐る持ち上げると、とんでもなく重かった。

 「うわ……… 何コレ?」
 「あ、ごめん」

 ―――バサリ

 何のまえぶれもなく、音と共に箱はヤマメの目線まで上がった。
 羽が生えている。
 蝙蝠のような割と禍々しいデザインだったが、どう見てもあの箱を持ち上げる力は無い事は明らかだった。
別の力で浮いているだろうに、パタパタ羽を動かされるのは正直鬱陶しい

 「んー やめとこうか」

 次の瞬間

         __________
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     r'"ヽ   t、 `>r--‐´レヘ ノ
    / 、、i    ヽ__,,/
    / ヽノ  j ,   j |ヽ
    |⌒`'、__ / /   /r  |
    {     ̄''ー-、,,_,ヘ^ |
    ゝ-,,,_____)--、j
    /  \__       /
          _
           \ヽ, ,
            `''|/ノ
             .|

 羽が生えたのと同じで、音も素振りもなく、当たり前の様に体が。
 下から髪の毛らしきものが見え隠れしているが、そんな事はどうでもいい。
 目の前を見慣れない「顔」の物体に浮遊されるのもきまずいし、持ち運びも大変な事と比べると、
彼女よりやや高い程度の等身大が同行するなら、最も楽だ。ただし、頭部が箱。


 (し、神経ががががががgggg……………………)


 想像を超えすぎたものを短期間に現実に真横で見続ければ、誰でも多少おかしくなる。

 「あらあら、どうしたの?しっかりしてね」

 思わずよろめいたヤマメを、かの箱さんは両手でかっちりと抱きとめた。その両手で抱えられた胸は、
なんだかもの凄く広く感じた。
 まるで海の様だった。

 「しゃんと立ちなさいな」
 「あ、ありがとう」

 気絶しかけた元凶に抱きすくめられて落ち着くというのも不条理だと思ったが、ヤマメは何とか
持ち直した。声は多少低く、頼もしい。
 実際なにやら変な角度に傾いてはいるものの、そのたたずまいは隙が無い。
 背はやはりかなり高く―――特に、背中が大きく見えた

 「ええと、あなたは結局何者で……」
 「そんな事はどうでもいいでしょう」
 「いや……なんというか」

 どうでもよくは無い、とりえあえず地上の、あの蟹をくれた店に急がねばと思うが、店主には何と
説明しよう

 「あのですね」
 「地上に出るって話?」
 「そう。あんたを……」
 「何か納得いかねえが、地底にあたしみたいのが、いつまでもいる訳にあいかねえわな。ゆっくり
  行くとするかねい」

 話は早いが、突然江戸っ子口調になったのがとても怖い。

 「まずは……」

 旧都へ行って手続きを済まさねば。魑魅魍魎が跋扈する地霊殿。当然異形の者は多いが、
この箱の様なマヌケで何かイラっと来る表情に、シンプルすぎるデザインも非常に目立っていた。
 一度外で待っていてもらおうかとも考えていたのだが、それはそれで恐ろしい気がしたので、
片時も傍から離せなかった。
 手続きが終わり、旧都から出ようとする辺りでも、通行中の妖怪どもが珍しげに眺めてはいるが、
別段ちょっかいは出してこない。
 寧ろ、いい加減何か言ってくれればいいだろうに――と思っていた時だった。
 鬼が、往来に立ちはだかっていた。
 杯は持っていない。そして、いつもの皆から愛される愛くるしい笑顔も無い。想定しているのは、
明らかな戦闘か?

 「おいおい、姐さん。こんな所でどうしたい?」
 「お前さん、あたしの性分は知ってるだろうから止めはしないさね?いい年になろうとどうしても
  変えられない鬼の性さ」
 「そりゃ知ってるけど、こんな『ゆっくりしていってね』相手一人に、大の鬼が大人気ないったら
  ないよ?」
 「『ゆっくり』?」

 何故か驚愕している。

 「あの巫女さんの顔に似た、『ゆっくりしていってね』って毎日言ってるお饅頭さんの事かい?
  あんなチンチクリンとそこにいる奴を比べるってなぁ 割りにあわないねえ」
 「『ゆっくり=生首=饅頭』なんて思い込みをずっと続け点のもどうかと思うわア」

 箱は、上半身を前傾すると見せかけて、腕を組みながら足を一歩踏み出してのけぞるという、よく解らない
体の傾け方をしている。

 凍りつくようなにらみ合いが続いた後―――先制を見せたのは、勇儀である。

 (踏み込みが早い!)

 若干の距離はあったし、元々俊足とされる妖怪ではないのだが、全く迎撃に転じる隙も与えず、勇儀は
間合いに入り込んでいた。
 すかさず、その箱の頭部を両手で掴む。普通の人間型の妖怪相手ならば、片手で伸している所だろうが
如何せん頭が大きすぎるのだ。
 (多少ヤマメはやる気をなくしかけたが)凄惨な投げ技が展開される所までを想像した。
 それより早く、全てを中断するように箱は、勇儀の片手を掴んでいた。
 不自然な動作だったが、一瞬勇儀の蒼ざめた表情を垣間見た。
 瞬間
 頭から、勇儀は地面に投げられていた。
 箱さん(もうさん付けにすることに決めた)は、やや体を先程よりも前方に傾けている。

 「………?」
 「”柔よく剛を制す” ”北風と太陽” ”豚もおだてりゃ木に登る” 色々代用できる諺はたくさんあるわね」

 すぐに立ち上がった勇儀は、よほど激怒するかと思ったが、やはりそこは鬼らしく、強敵相手に怒ると同時に
非常に嬉しそう。

 「そりゃあ、地上の”合気”って奴かい?」
 「腕力だけじゃないのよ腕力だけじゃ」
 「ウソは嫌だねえ。そんな技を使わなくても、比べっこは得意だろ? あんた」

 ここで、箱さんは、一気に後ずさって距離をとった。勇儀は再び戦闘態勢に入っている。

 「鬼って、周りもこっちも 嫌だ って言ってるのにお構いなく酒は飲ませるわ飯は食わせるが、喧嘩は
  始めるわ」
 「好きなものは好きだからしょうがないさね。妖怪ってそんなもんさ」
 「あらら 一緒にしないで」

 箱さんは、表情とは裏腹に、無言で組んでいた手を解き、初めて構えをとった。

 「――ヤマメさんや  ちょっとさがってなさいな」

 柔と剛

 ――この構えは、見覚えがある

 「―――あ、”荒ぶるグリコのポーズ”!!!」



=====================



  地上への入り口が封鎖されている事を知ったのは、それから一時間後であった。
  入り口付近で僅かながら落盤事故があったそうで、何人者の妖怪達が忙しく出入りしている。

 「………」
 「どうしよう」
 「他に出口はないの?」
 「あるにはあるけど」

 ほんの少しへこんだ側面をさすりつつ、箱さんは当たり前の様に言った。

 「じゃあ、そっちから行きましょう」

 痛々しくはまったくない。
 鬼の放った豪腕を喰らって、この程度で済んでいるという事を考えると、ヤマメは頼もしさを覚えずには
いられなかった。
 先程の激闘の後の疲れを微塵も見せていない事も、ヤマメの頬を軽く紅潮させるのだった。

 (名勝負だったねえ………)

 言いたい事はあったが、無言でもう一つのルートをヤマメは案内した。
 神社からはかなり離れているだろう。地上のどの辺りに繋がっているのかは実は知らない。
と、言うのも、このルートを伝って地上に出た者はいないからだ。
 まずは、定期的に一番下まで叩きつける上からの突風。人間ならばコレだけで耐えられず、妖怪は
飛行を保てない。視界の不自由な壁面を地道に登り続けていくと、正体不明のこの崖に生息する
何らかの妖怪と幼生の妨害が降り注ぐ。そこを一時耐えたとしても垂直に近い崖は、恐ろしく長い。

 「………」
 「ごめんねえ。やっぱり無理ってもんだあね。こんな通り道。しばらくあの道が開くまでゆっくり待って…」
 「『ゆっくり』ってそういう意味じゃないわ。『ゆっくり』と『だらだら』は違うもの。何かを継続して、少しでも
  進み続けているのが『ゆっくり』。行く当ての無い休憩をただ続けているのが『だらだら』よ」
 「そうかなあ……… でも」
 「ほれ」

 おもむろに、箱さんは崖に手足をかけようとしていた。そして、腰を屈める。

 「ほら、乗りなよ」
 「えっ?」
 「――――――この上まで行くんでしょ? お乗りよ」

  赤子の傍らの母の様。

 「おお!!?なんでえ、自分だけ汚れたままでいつるもりですかい」
 「――べ、べつにいいよ!!! しばらくやすめば・・・・・・・」
 「だから、私が、あんたの足になってやろうじゃあねえかあ」

 怒っているわけでもないのに、口調がおかしい。

 「ほら、乗ったらいいよ!!!」
 「ありがとう………でも、ゆっくりにそんな世話を焼かせようとは」
 「私の背中に乗れないというのか!!!いくじなし!!!」
 「何だって?」
 「さあ!!!男なら、わたしの背中にのってごらんなさい!!!」
 「あたしゃぁ、少女だよ!!! 土蜘蛛だよ!!! 少なくとも男じゃないよ!!! 断じて無いよ!!!」
 「さあ、さあ、お乗りなさい!!!」
 「………………………………………………」
 「さあ!!! さあ!!! さあ!!!」
 「………………………………………………」
 「お乗りよ!!!どーんと乗りなさいよ!!! 」
 「………………………………………………」

      ぱからっ
               ぱからっ
                         ぱからっ
                                    ぱからっ
                                               ぱからっ


                                                  ―――――― ひひーん!!



=====================



 時間の感覚は随分と狂っていた。
 上下左右もわからない状態があれだけの続いたのだから仕方が無い。地上に辿りついて、あの喫茶店を
見つけた頃には深夜を過ぎていたが、店はまだやっていた。
 店主は、箱さんをみても指して驚きもしなかった。店内には、金髪のおかっぱと――――驚くべき事に、
あの妖怪の賢者と思しき胡散臭い少女が隅にいたが、そんな事はどうでもよかった(二人はある程度ぎょっと
していた)。
 ゆっくりと付き合っていると、こうした事はザラにあるのだろうか?
 蟹をくれた礼を改めて述べて、状況を説明すると、やはりあまり驚いた様子が無い。
 代わりに、少し白けた声で言った。

 「じゃあ、まずその背中から降りてくれないかしら?」
 「嫌だ」

 誰もが、彼女を「流石は土蜘蛛」とと言っただろう。ヤマメは箱さんのその広い広い背中を、誰にも譲るまい
とでもいうようにしがみついている。

 「いつからその状態なの?」
 「ちょっと壁を自力で登ってきたんだけど、その時からかしらね」
 「地底から?」

 どちらかというとそれに驚いた様子だった。




 「こいつら頭おかしいよー」




 思い出した。
 このおかっぱは、ルーミアだ。キスメの旧友だったはずだが、そんな事はどうでもいい。

 「この ゆっくり? を調べるにも、アナタが抱きついたままじゃしょうがないだろう」
 「あたしゃ、この背中に一生就職するよ! ………離れたくない」
 「天下の土蜘蛛が何言ってるんだか」
 「嫌だ。箱さんとゆっくりずっと暮らしたい」
 「元々分かれるために来たようなもんじゃないの」

 箱さん本人も苦笑しながら言う。

 「一種の”つり橋効果”って奴かしらね? ほら、いい子だから、私の背中から離れなさいな。私の言う事だよ」

 いつの間に淹れたのか、コーヒー片手に大人びた雰囲気で箱さんが言うと、まるで公園にい続けたい子供の
様な表情で、屋豆はするすると背中課から降りた。うっすらと涙目ですらある。

 「どれどれ……」

 そんな土蜘蛛をなるべく見ないようにして、店主は箱の両側面に手をかける。何の音もなく、箱はその体から
離れ、カウンターに置かれた。
 そして、蓋を開けると――――――



              __   _____   ______
             ,´ _,, '-´ ̄ ̄`-ゝ 、_ イ、
            'r ´          ヽ、ン、
            ,'==─-      -─==', i
            i イ iゝ、イ人レ/_ルヽイ i |
            レリイi (ヒ_]     ヒ_ン ).| .|、i .||
             !Y!""  ,___,   "" 「 !ノ i |____   パカッ
             L.',.   ヽ _ン    L」 ノ| .|  /\
            / ||ヽ、       ,イ| ||イ| /  /
          ./| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|\/|
            |                |   |
            |   ゝ、    /_    |   |
            |   (ヒ_]     ヒ_ン ).    |   |
            |   ""  ,___,   ""    |    |
            |       ヽ _ン        |  /
            |__________|/








 「――――ん?」

 そして、その時はもう胴体はどこにもいなくなっていた。
 最初からなかったかの様に、

 「背中は?」
 「ん?」
 「『こいつ』がその『箱さん』なの?」

 ヤマメはゆっくりれいむをつまみあげて見せ、 れいむは「ゆふふふ」と笑った。
 その声は確かにあの箱さんの様にも聞こえたが、多少声質が高い

 箱自体は―――――既にただの箱になっていた。

 「…………………………」

 点兄には、いくつか桶やバケツ、その他の入れ物も多数張る。ゆっくりれいむ自体はかなり小さい。ヤマメは
店主からそのれいむをひったくると、夢中でその一つ一つに入れていった。

 何一つ変わらない。
 入れ物の側面に、あのふてぶてしい表情は浮かばない。

 「―――………なんで、何でよう……」
 「うわあ………これは悪い事をしたかも」

 手の平の中で、ゆっくりれいむも気まずそう。

 「辛い思い出をヤマメちゃんに作っちゃったねえ」
 「箱さんは、もう戻ってこないのかい?」


 涙が一筋、したたり落ちた。


 「同じ事は練習してもそうは出来ないよ! 悪いけど、あんまり落ち込まないでね!」

 「練習」って何だ………?
 と、手の平で目をこするヤマメに、目線を合わせるようにおかっぱがしゃがみこんだ。

 「飲もうじゃないの………」

 店主も頷いている。
 朝方まで、3人の酒は続いた。
 守矢神社の巫女に毎日挑戦し続けるカラ傘お化けが、最近行方不明になったとか、八雲紫が、しきりと
「背中ねえ」と感心していた話題ばかりがその時は記憶に残った。


=====================



 7月22日


 あの一戦以来、勇儀が姿を見せなくなって――――「代わりにお前だ」とでも言うように、水橋が前以上に、
飲みに誘ってくる。今日も今日とて、詰め所にて飲み続けていた時だった。
 季節は本当に夏だが、地底はそれ程暑さの影響を受けない。
 しかしそれとは関係無しに、ヤマメはどこかへ出かける期になれなかった。機嫌も随分悪い。水橋も珍しく
気にかけるほど――――だったのだが

 その日、来訪者があった、
 扉を何か角材のようなもので打ちつける音がするので開けてみると―――



              ___________
              /              /|
            /              /  |
        .r'´ノ.| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|   .| }^ヽ、
      /ヽ/ r|  Yahooうーパック   .|  _ ノ ハ } \
     /ヽ/ r'´ |               .|  /  }! i  ヽ
   / / ハ ハ/ .|     ⌒ ,___, ⌒     |  {_   ノ  }  _」
    ⌒Y⌒Y´ |   /// ヽ_ ノ ///    |   ⌒Y⌒Y´
           |                 .|  /
           |__________|/




 「いや・・・・・・違う。お前じゃない」

 表情は違うし、何より背中が無い。
 イライラして追い返そうとすると、その箱から、封筒が飛び出て、ヤマメの手に渡った。

 「うー☆ 確かに渡したよ!」

 水橋も覗き込むと、中には白い便箋に、びっしりと薄く紅い文字で「ゆっくりしていってよー」と満遍なく書かれて
いた。
 恐怖を感じたが、めくるとそこには―――― 一枚の写真があったのだった。



 炎天下の青空の下。



 「あさがお」とかかれた、謎の容器にすっぽりとはまり―――これから成長を始めるのか?


 もみあげと、後で結った髪が、太陽でも目指すように、容器にしつらえられた支柱に絡んで、蔦の様に上空へ
伸びている。



 「あ……… あああああ……!」



 最初は悲しんで泣いているのかと思ったが、次第に涙を流しながら笑を堪えきれないらしいヤマメを、水橋は
理解できなかった。



                                              了

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最終更新:2010年08月21日 08:46