目が覚めたとき、ゆっくりてんこはラッパに似ているとても無骨な楽器を手にしている事に気づいた。
酷く不吉な物に思えたが、無意識に後生大事に握り締めていた。
確か、「ブブゼラ」という奴だろう。至近距離で聞いた機会があったはずだが、正直楽器として音色を
楽しむ用途には向かないと思ったものだ。
周囲を見回すと、自分と同じゆっくりてんこが5名と、人間が一人不自然な姿勢で眠っていた。
よく見ると、隅にゆっくりぱちぇさんとゆっくりメルランも転がっている。
空調の効いた、小奇麗な部屋だった。
四方を面白そうな本が詰まった本棚に囲まれ、テーブルの上には最新のゲーム機と有名なソフトが
積まれていた。部屋の隅の箱から覗く玩具の数々も、中々魅力的だ。
―――しかし、出口が無い。
トイレにもいけないが、食料も一切無い
日付は、テーブルにあった日めくりの卓上カレンダーで確認した。
「ぬう………」
いつからこの部屋に入れられたのだろうか?
寝起きという事もあるのだろうが、全く思い出せないのが自分でも不気味だった。
(――そういや、いつからゆっくりマフィアになったんだっけかな)
前は警察官をやっていたのだが、正確な年数は覚えていなかった。そんな事だから、昨日食べたものが
何だったのかも思い出せない。
いや、確か魚やら煎餅やらを野外で貪っていた記憶がある。
―――少し思い出せそうだ。
その一方で、ゲームソフトには目配りしてしまう。
まずは部屋の中で眠りこけているほかのゆっくりどもと人間一匹を叩き起さねばと歩み寄った所で、
部屋のどこからか声が聞こえた。
『お目覚めかね りぐる君』
「わたしはゆっくりてんしだが……」
『……………』
「……………」
『……………』
「……………」
離れた所で、ひどく言い争う聞こえが暫く聞こえた
―――何間違えてんだ ―――どっちも対して変わらねえ 等等。 どうやら声は天井から
聞こえている事が解った。
少し気を取り直したように、落ち着いた声が続いた。
『これは失礼。 メディスンファミリー のてんし君』
「いや、てんこ大家族(ファミリー)だ」
『………………………』
「メディスンファミリー の構成員に、何でてんしがいるんだ?」
今度はもう喧騒は聞こえなかったが、声の主は大きく咳き込んでいるのが解った。
無視してぱちぇさんとメルラン以外の全員を起して回りながらも、声は何とか続いた。
しかし、誰も起きようとしない。
『少々手違いはあったが』
「誰よあんた………」
『本当の名前を教えても解らないだろう』
「どこのファミリーのもんだか。兵糧攻め?」
『いやいや、我々の秘密基地の一つを発見できる程度のゆっくりだ。元々君達のチームについては評価
していたのだよ』
「組織名も私等の名前も間違えたくせいに……」
『 ”AYAYA BLOSSOM” に入らないかえ? てんし君』
――本当に知らない名前だった。 AYAYAという事は、きめぇ丸の偽者が運営しているのだろうか?
何にせよセンスのなさにうんざりする、
「トレードが目的だからと、ゆっくりをわざわざ監禁するとか、卑怯すぐるでしょう? 汚い流石中小マフィア汚い」
大体評価されるほどの事はしていない。
裏切り者の始末も、ボスの娘の護衛も全て断ってきた事なかれ主義のチームなのだ。
それに、秘密基地の発見とは―――――?
『汚い は褒め言葉だね』
「貶されて喜ぶとか、Mなの? 馬鹿なの?」
『――君達にはどちらにせよ選択の余地はないんだがね」
と、テーブルの上のアナクロなTVが点いた。
そこで映っていたのは―――
―――老いぼれダカラといって用捨するてんこではにい
気炎万丈の剣でバラバラに引き裂いてやろうか?
―――臍がチャを沸かすな。そんな、
ブン………ブン………ブン………
なテンポでは蚊も殺せん。
「あ、ボス」
去年のクリスマスパーティーか、下手をすると任男児の面接が最後、という奴もいるかもしれない。100人近くの
やさぐれてんこ達を従え、この界隈では193ファミリーと覇権を争う、名門ゆっくりマフィアのドン、その人である。
「ボス―――でも、何でこんな所で?」
一緒に撃つ行っているゆっくりもみじとは、一触即発の状況であろう。
が、その疑問は多少的が外れていることも解っていた。何故ならその映像の背景は、全員目にした事があった
からだ。留守にする事の多いボスだが、入団初期には皆割りと勝手に入り込んで探検したもので……
「いや、何でボスの自室が映ってる?」
中に対しては甘いも良いところだが、外部の者に関しては、決して用意に入り込める場所ではないはずだ。
『てんこ大家族など、我々にかかれば敵ではないのだよ。
ボスの部屋に到達する事など造作も無い。
将来性もあり、クレーバーな君達だ。
とっとと転職を決めたらどうかね?
AYAYA BLOSSOM の、超科学の前に、全てのゆっくりも人間もひれ伏すのみなのだよ!!!』
「こ、ことわる!!!!」
『―――ならば、君達のボスが、今から無様に朽ち果てていく所を目に焼き付けるがいい! そして絶望するがいい!』
と、TVの中では早、てんこボスが両手持ちでもみじに切りかかっていた。
しかし、いかにも余裕綽々といった様子で、もみじは抜刀し、ボスてんこの一撃を迎え撃つ。
決してゆっくりした斬撃ではなかった。恐るべき反応速度である。
逆手で一撃を防いだもみじの得物は、重量級のおそらく中国汲んだりの長刀で、その重さで剣を弾くと、返す形で
斧のような振り下ろしがやってくる。
轟音!
紙一重でこれを右手で持った剣でふさいだボスだったが、斬られるにはいたらずとも、その腕の衝撃たるや、想像も
及ぶまい。
「ぼ、ボス!!」
「きもちi………いや痛い! 主に私が痛い!」
右足で大きく踏み込んで、相手の勢いを殺そうとしたようだが、剣を持つ右手はもう使い物になるまい。
が―――ボスの一瞬のうち震えが、苦痛ではない事はファミリーの一員として、解っていた。
支えにしていた左足をバネに、剣を軸にしてボスは、ダメージなど最初から無いかのようにもみじの懐に入り込む。
そして、腹部に強烈な拳が何発も降り注ぐのだった。
たまらず後退しつつ、剣をぶらせたもみじのこめかみに、とどめとばかりに回し蹴りが追撃した。
「しびれるねい」
後は一方的だった。
「流石一級天人は格が違った!」
お互い既になったゆっくり2体。
―――しゃがんでガードするもみじに―――
「えーい! こら!」
「やめてー」
ポカッ
ポコッ
左手だけだが、同じくいかにも卑怯そうな両足での蹴りが……
『…………………』
「えーという訳でして……」
経緯までは解らないが、その肝心のボスがこれだけ健在なのだから、今のてんこ達が軍門に下る必要はどこにも
あるまい。
「ていうか、この部屋から出せよ!おう早くしろよ」
『………………』
小さくだが、声は心底困った呻きをあげていた。
スカウトが上手く行かないとか恥をかいたとか以前に、ゆっくりマフィアのアジトを襲撃して明らかに失敗いているのだか
無理も無い。
「―――って…」
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│ ゝ,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\ ..│
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│ .' ' ; ゝ、人人ノ/_ノノ } } i ....│
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│ ヽ V.ヽ、 ノ ! 人 | .│
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│ Y .__r‐=i 」i/8|i;/ ヽ_ノ_ヘr、 .i ....│
│ {r'_,.>-‐| ',ヘ、レ ,'〈:::::::::,`:::,マ .....│
│ ,.r'"´_,,:::-‐'| Y / ,ハ:::,、:::::::::::::::ヾi │
│ ,.--、!」:::::::::::::::::/ゝr-‐'ハ'--、.,_ /:::::::::::`''ヽ,:::::::,'ァ │
└───────────────────────┘
と、TVの画面が切り替わる。
今までの映像ではなく、スライドショーが始まっていた。
映るはやはりボスである
┌─────────────────────────────────────────────┐
│ ,、 /iヽ ..│
│ く \{ i }_. -――─‐- 、 /} .│
│ ,ゝ、_ヽ∠::::::::___::; -v⌒iヽY-'"フ ......│
│ ∠,,...-:::=:: ̄ ̄::::::::::::(_{__{ /ヽ-'> ..│
│ , '´::::::, '"´ ̄ ̄ ̄ ̄ ー‐`ーく::::::`'.、 .│
│ /:::::::::/ .,r' , , ! ! ', 、ヽ ヽ::::::::::', │
│ !:::::::::f | ./ 八 ! ,ハ i } ', Y::::::::::i ....│
│ "-..i Vノゝ、'、ノノ /_ノノi i !;;:::ー" こっ、これがどうやって詰め物だって証拠だよ!? │
│ i ! rr=-,: r=;ァ | l .i 言っとくけど詰め物じゃないから │
│ .! |"  ̄,__  ̄ "" ! ./ i あんまりしつこいと緋想スウィフトでバラバラに引き裂くぞ .│
│ ゝ .ヽ、 Y____ノ U / .λ '、 │
│ /\| !>.、_ ,.イ/ ハ ', .│
│ / ! !_ ,,ィ に7 ̄ ̄レ| /ー-、 } ..│
│ ! >、| ̄7‐r´ ̄|.//レ' ヽ .! .....│
│ y′´ム_/ァrヘ_/ ヽ \. ...│
│ / くノ/く_ゝ Y ヾ. ..│
│ ,′ l::::| ; イ │
│ ;′ {!:::l} , ___/i | ..│
└─────────────────────────────────────────────┘
「…………これは…………」
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│ ,‐-、, , -‐.-..、 _ .│
│. i::::::::ヽ`ー‐::´::::::::::::::::゙;;''_、_,-'´// │
│ !:::::::::::.> 、:::::::::::::::l´ Y ヽゝ,/ ..│
│ ヽ,./.:.:. :.:.`..ー、__ー'ーく ,ノ三`_、 .│
│ /.::. ::. :: : :::..::::... ` ー‐ ̄---、_ │
│ /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ト、:.:.:.:. :.:.:.:.:.:.:.:|:::::::::::) .│
│ i:.:.:.:.斗ハ:.:.:/レ__Lノ:/:.:.:.:.:.:.:.:.:.i.__, -' ......│
│ |:.;.:.:i从__V レ'j`!:.:.:.:.:.:.:.:∧ │
│ `゚|:.:.'rr=-,:::::::::r=;ァノ:.:.:.!:.:.:.:.:.∧ │
│ |:.:ヘ , !:.:.!、,:.:.:.∧ │
│ |:.:i:.>、 _ /!:.:!,ゝ,:ヽ_∧ │
│ ,|:!´ ゝ __ , - !:.:| `ー゙\ │
│ |.レ /,. ヽ ! ,人:.:| \ │
│ ル'".//‐-.、 , --,//. .ヽ| _,,, `i ....│
│ /´ .ノ 、_ /___./, ' / / | ...│
│ i ∠ .-‐ .'゙`ー、 i ノ ./ ノ | ..│
│. i. {l:・:.l} V ´ -゙゙| / ! .│
│ i .{l:.:.:l} |.ノ / ハ ....│
│ i .{l:・:.l} ._,/! / .| | │
│ i {l:.:.:l} | . i ,l │
│ |. {l:・:.l} , /. _| .| ...│
│ {、 .. {l:.:.:l} ./ .'l―---,- ´ |, .....│
│ / -`ー {l:・:.l} _, " | ! /イ ..│
│ /.',ー-- . {l:.:.:l} / !,// ! ..│
│. / く`ー-- {l:・:.l} .,, , -‐/ /, -" | │
│ / .-‐ ヘl ` ー -{_:_:l} . / ,. ‐´ .!ヽ i .│
│ { ヽ ヽ, _,, |,_  ̄ Tー,/ , ". .| \,' │
│ ヽ 、_,二 )ゝ>‐ ` 、_/ ,. ‐ i , ....│
│ ヽ. - ,__(,‐-、 ,人, ! / ...│
│ >゙- ‐'`ゝ。 , ´. ! ! / ..│
│. / /`ー-‐ '' i`ー‐´_゛ 、 |./l .│
│ / / ,/ ゝー―‐´" .│
│ / ノ´ ......│
└─────────────────────────┘
『まあ何だ。 ―――確かに、腕は立つかもしれないが、君達のボスの知られざる素顔というか―――つまるところは、
こんなゆっくりなんだよ』
「………………」
相手はそこで、落胆するてんこのようすだけでも見たかったのだ折る。
しかし、てんこは無言で帽子の中から大事にタオルで包んでしまっていたPSPを取り出した。
「何処にカメラがあるか知らないが、見てみねえ」
上向きに、テーブルに置いた。
そこには、去年のクリスマスパーティーの様子が動画として記録されていた。
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│ p三三ニニ==- ,----、 / _,,...,,.,,... ヾ=- ..│
│ /ニニ==-‐ / / ̄ヾミ、/ / ヾミ三三 │
│...._ |\ /==―- p三三ニニ==\\ ),/ ./==‐ .│
│,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\ / p三三ニニ==- /::::::ヽヽ:://:::::::::::::::\ ......│
│_,,....,,_\、'::::::::::::::::::::::::::::r''''ヽ''ヽ/) /==―- ,':::::::::「\:::// ̄7::::::::::::::::=― .│
│,,-":::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{ ,ノ'ノ}r/'''' / ̄ ̄ヽ r-{ / ̄ ̄ ̄ ̄ヽ │
│-..,,_:r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( (乙ノて_ノ::巛巛 巛 巛 巛 _..,,-"-----'--'--'--'-----------::-::== │
│// r ; ! ヽ i ヽ巛 /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄"-..,,/:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ;::|::!''―‐ ..│
│' '; i i i ! i r\ 三三ニニ==- ./::::::;ハ/トゝ人'、:::人/:::i:ヽ::::ヽ;::::ニ=-- .│
│,' i ' ; ゝ、人人ノ/ノ丿  ̄== 、==============|:::::/:::::| rr=-, \( r=;ァ |;:::::::::::::::\=- │
│i ヽ | 〃 . 从人 〉パ ◎-‐\ニ \三ニ= /∨:VV| " ̄  ̄" |::::i::::::|::::::::::三ニ ....│
│. |\.| `((((<(( てν> ニ=―/ /彡 !:::::::|::::ト', 'ー=ョ ノ( |::::|::::::|:::::::::::::| ......│
│ヽ V 人 `、ヾ∠ そゝ-ーヽ_二二二/ /`ヽ !:::::::|::::::へ、 ⌒ ノ::人:::/::::::::::::ニ== │
│_)ノ ノ ヽ..,__,ヾ、"^Y´ィ人/(〔 て___=/\ ̄三三ニ=∨´\:へ:`>r-‐--イ ノ::/」-=:人人ヾ .....│
│/ ノ´ . `ヽ__つ`__/' |=-ニニニ―,--/´ {>(永)<} |::ノ」 三-= │
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│ .`f´/ ./ 八 ! ,ハ i }ヽ \l| | .│
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│ ヽ∧ハ'、 /}ノ lト、 │
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│ ヘ -_.ノ/イハ:..:ハ ハ .│
│ {ミ/ー<彡'´ ′ }/ ハ ...│
│ {ハ ̄ / ∧ .│
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│ | l .│
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『………………………………』
「………………………………」
『………………………………』
「………………………………」
『………………………………』
「………………………………こんな威お前の盗撮程度で、ぐらつく我等のボスのイメージではにい」
今更恥ずかしいとすら思わない。ただ段々記憶が蘇るうちに、「正義」というものの存在を信じていた頃の自分yと、
今の自分を照らし合わせて、少し涙が出た。
が、それは相手も同じだろう。
すごすごとPSPをしまう頃には、ほんの僅かながら相手に親近感が湧いていた。
天井を見上げて、何かを語ろうとした時―――足場が消えた。
出口は別にどこかにあったとは思うが、床にすっぽりと穴が開いてテーブルと他のメンバーは残したまま、てんこ一人のみが
外部に放り出されたのだった。
仰向けに落下しながら、てんこは自分が今までいた場所が何だったのかを知った。
性格には、たくさんある内の一つ。
島のような大きさの―――比喩ではなく本当にそうした規模の、平たいゆっくりはたてが空に幾つも浮遊していた。
その内の一体が口を開いていて、中に何か正方形の影がある事が確認できたので、そこから落ちたのだろう。
「なんてこと……」
ボスを攻撃したもみじはあまり大した事はなかったが、武力とは単なる個々人の戦闘力によるものではない。
あんなはたて『?』一体にどれ程の技術力と財力がこめられ、何のポテンシャルを秘めているか想像も出来ないが、
AYAYA BLOSSAMなる組織が、世界征服とか、そんなマヌケな事を言い始めても絵空事とはいえないだろう。
「超科学」とか、既にマヌケな事を言っていたのだし。
そして、てんこは色々思い出した。
日本の北海道の真上を遮る形で、衛星写真にあの平たいはたてが写ったことでパニックが起こり、更にどこぞの高校生が
夏休みの宿題に適当に書いた「ゆっくりの人類侵略論」とやらを、馬鹿なマスコミが出版までさせて地味に売れ―――――
一部では「反ゆっくりブーム」とやらが到来した。
その被害は、テンコ自身も見知らぬ人間から顔にバナナを突き立てられる程度に拡大したのだった。
そんな中、仕事中ヨットで遭難したてんこ達のチームは、流れに流れ、海を漂っていた平たいはたての一体と遭遇し、
しばらくその上で生活していたのだった。秘密基地のひとつとは、先程の部屋が内蔵された、平たいはたての一つの事自体に
違いない。
「あれ? 私は何でかっこつけてたんだろう?」
ボスの事は、確かに誰よりも好きだが、あんな状況なのだから、表向きだけでもナが得る素振りを見せておけばこうして
海に投げられ事はなかったのだ。
―――ボスともみじの対決の結果は、今の保身に、実は、関係ない。
はたての陰で昼間なのに真っ暗な海に投げ出され、無意識に握っていたブブゼラを口に咥えて、シュノーケル代わりにしようと
もがき続けた。
(く……… 苦しい!)
やさぐれ街道をひた走ってきたゆっくりマフィアの一人である。
事なかれ主義のチームとは言えど、修羅場の経験が無いわけではない。
それでも、彼女は口に出してしまったのだった。
「し、死にたくない!」
それに、即座に答えるものがあった。
「助かる方法があるよ!」
海面に、両手を挙げた胡散臭いポーズで漂うゆっくりがいた。
「封印を解いてくれてありがとう!」
――超科学、とかさっき聞いたばかりだというのに……
「ブブゼラから出してくれたお礼をするよ!」
「―――……」
いきなり世界が変わってしまう。
てんこは喋る余裕も無かったのだが、閉じ込められていたのがブブゼラで、その本人がゆっくりこいし、という事を考えると、
それとなく閉じ込めた張本人は別に悪人ではないだろうと思えてきた。
明らかに、まともなゆっくりではない。
本物の魔物
悪魔
海の怪
そういえば、一昔前に、ゆいタニック号が沈没した海域をヨットで進んでいたと思う。
―――多分、このこいしは、封印を解いた相手の願い事を聞き届けねば、自由になれない生物なのだろう。
そして、ストレートに素直に叶える気など、毛頭無いのだろう
それでも――――
海水を飲み込んでは吐き出して、てんこは何とか話せた。
「―――そりゃ、助けてくれるとか?」
「そうだよ! 願い事を一つだけ何でもかなえるよ!」
全く代わらない姿勢と、波に影響を受けないこいしに、恐怖を覚える。
―――恐らく、単純に、ただ「助けて欲しい」と言うだけでは、ロクな目にあわないだろう
上手く、相手の悪意に付け込まれない様な願いごと―――とは言っても。
この状況で機転など利かせられず、てんこは、咄嗟に言ってしまった。
「―――時間を戻して欲しい」
「えっ いつ?」
「…………この海に落ちる前………」
「いっその事、人生やり直さない?」
それは――――なんだか意味が無い気がする
「いやいや、大丈夫だって。
言いたい事は解るよ? そんなの、実際に死んだのと同じじゃないか? って思うんでしょ?
だから、サービスして、生まれ変わって、今この海に落ちるのと同じ時間が経ったら、その時の記憶が
戻るようにしてあげる」
「がぼぼぼぼおぼ」
「ま――――ちょっと目を閉じて、開けたら、やり直した人生が待ってるって事ね」
成る程。
しかし、それはそれで、やり直した人生の記憶などはどうなるのだろうか……?
それに、全く代わっていなかったら?
目を開けて、さっきと同じ部屋だったら?
「大丈夫。やり直すんだから、それとなく今までの記憶はほんのり残した人生になるのよ?
全く同じ道は歩まないでしょ」
聞いている間にも、肺に辛い水が流れ込んできて、てんこは反射的に頷いていた。
「OK! じゃあ、目を閉じてね――――― 幸せな第二の人生を! 目を開けたら、すぐに何が変わっているか
解るはずよ 2点程ね」
―――そして、てんこは目を閉じた。
--------------------------------------------------------------------------------
目を開けると、同じ部屋にいた。
「……………………」
結局こうなる運命なのか、何か別の形で騙されているのかと、絶望的な気分で叫びたくなった――――が、
気を取り直して考える。
「一応、私は、記憶が多少残ってたんだよな?」
―――という事は
「多少は変わっているところもあるはずだ」
が、転がっているチームメンバー・風景・自身の身なりなど、本当に時間がそのまま単純に戻ったとしか思えない。
改めて落ち込んだが
「助かるには助かったんだ」
テーブルの上のTVでは、ちょうどボスともみじのやり取りが始まった所。
―――老いぼれダカラといって用捨するてんこではにい
気炎万丈の剣でバラバラに引き裂いてやろうか?
―――臍がチャを沸かすな。そんな、
ブン………ブン………ブン………
なテンポでは蚊も殺せん。
これはこれで、対策は立てられる。
ようやく胸を撫で下ろしたが―――――手には、まだブブゼラがあった事に、彼女は驚愕した。
そして、卓上カレンダーを見て、更に首を傾げた。
―――世界自体の暦がかわってしまったのか
―――誰に、どう騙されているのか?
―――もう1点の変化とはどこだろう?
日付は、 8月32日 となっていた
了
- オチがぼくのなつやすみのバグみたいで怖いw -- 名無しさん (2010-08-31 22:21:09)
- 詰め物どころじゃないw -- 名無しさん (2010-09-01 12:24:29)
- 最後が何か奇妙な感じ。
何気にクリスマスやら何やらの過去作と繋がってるね。 -- 名無しさん (2010-09-04 12:56:21)
最終更新:2010年09月04日 12:56