【夏休み10】真夏の夜のハクレイ悪夢




8月14日


  「れえむさんを殺した」




 暑い夜が続いていた。電話がかかってきたのは、就寝の少し前辺りであった。
寝起きはよい方なので、冷静に聞いてみた。

 「何で?」

 口論が進み、カッとなったから、という割とありふれた話だった。

 「面白くない理由でモウシワケナイ」

 正気の沙汰ではない謝罪まで付いてきた。
 すぐ来て欲しいというので、自宅に行く事になるかと、敷き掛けていた布団を畳んだが、
場所は喫茶店だと言う。
 今は現場から離れて喫茶店にいるのか、そこでバイトでもしていて、客だか店員だかの
ゆっくりれいむを殺害したのかとを殺害したのかと、兎に角急いでいってみると、喫茶店は
まだ明々と明かりが灯っている。
 扉を開くと絶句した。
 ゆっくりれいむは、胴体部分を出した状態で口論していたのだろう。テーブルの上に、
かなり綺麗に切断された下半身が丁寧に置かれていた。
 ゆっくりの断面は初めて見たかもしれない。素材は解らないが、とても分厚く何やら
ふてぶてしい皮らしき部分がまずあった。中身はよく餡子と言われているが、何やら
コーヒーゼリーとかそこら辺の素材に見える何かだった。正体は今一不明だが、しかし、
食欲はそそられる何かだった。
 そして上半身は、(どちらかというとこちらの方が大事だと思うのだが)、恐ろしくゾンザイに
転がされていた。
 腕が万歳している様で、ルーミアの真似か何かと思ったが、やや上に向かっているため、
「可愛くてごめんねー」でもやっている最中に殺されたのだろうか。
 顔は、痛々しい事にありえないほど垂直で大きく、硬そうなバナナがのめりこんでいるが、
これはこの夏に入ってからよく見られる光景だった。
 友人は涙ながらに語る。

 「話していたら、口喧嘩になってその…… れえむが調子に乗って『可愛くってごめんねー』
  をやり始めて……」
 「あ、やっぱりやってたんだ、あれ」
 「あったまに来て、チョップしちゃったらこんな事に………」

 手刀か。それにしては綺麗に切れている。
 ―――例えば、もしもこれが、首が切断されたのだとすれば―――非常に不謹慎な言い方
だが――――却って無事そうな気がする。
 それでも、こうも胴体がパックリ割れ、先程から微塵も動かない。見ているだけで不安になる。

 「―――真夏の夜の悪夢………」

 落ち着いて辺りを見回すと、普通に客はいた。
 一応相手が相手とは言え、殺人が起きたというのにマイペースに食事を取る者や、興味津々で
覗き込む者など、大した騒ぎになっていないのが、とても、不気味だった。

 「ねえ………何よこの店」
 「何だと言われても」
 「事情はわかった……とりあえず警察に」
 「―――………これ、本当に死んでるのかなあ」
 「『殺した』って自分で言ってたじゃない」



 罪は償わねばならぬ。


 恐らく、地獄も天国もあるのかもしれないが、それが確証できないのならば、現世で裁かれる者は
裁かれねばなるまい。
 何かの形で死亡は確認したから電話したのだろうが、確かにゆっくりの死体といわれても実感が
湧かぬ。
 他の客達は無責任にも死体を除きこみ始めて騒いでいる。
 巻き毛の何かどこぞの水平のような出で立ちの少女が、微笑をたたえながら言った。

 「あー……… こりゃあもう、死んでますよっ」

 ふざけるな、と一喝しかけた。
 しかし友人は、「そんな事言わないでほしい」と無様に再び泣き始めた。
 その横では、茶髪どころか完全に紅い色の髪を三つ編みにした少女が、

 「じゃあ、運んじゃいますか」

 と言い始めたが、意味が解らない。
 そういえば他の客も――――隅で寝ている奴から暢気にアップルパイやチョコレートパフェを頬張っている
奴等(少し気になったが、それらには蟹肉らしきものが入っていた)まで、何人か見覚えがある。
 そう。
 水兵っぽい奴は、ゆっくりムラサ
 赤髪は、ゆっくりおりんに似ているのだ。
 似ている、というか、彼女達がゆっくりのモデルであり本物と言っても差し支えないような気さえした。
理由は解らぬ。
 他にも、寝込んでいる奴等や雑誌を熟読している連中の中には、ゆっくりかぐや、こまちやめーりん
といった面々に似ている者がいる。 
 何の仮装だ。
 ヲタの集まりだとしても、よく解らぬラインナップと趣旨の元、完成度が信じられないほど高い。
段々この店が現実の世界とも思えなくなっていく。

 悪夢か。

 幻想か。

 彼女は眩暈を覚えた。
 ややよろめいた所を、これまたゆっくりらんにそっくりな店主がお冷を持ってきてくれた。喉を鳴らして
飲み干すと、彼女が入ってきたのとは反対方向の扉が開いて、夜風が心地よく吹き付けてくれた。
 同時、おりんりん似の赤髪が、牟礼にも古びた手押し車を持って入り込んできた。

 「こんな所でお仕事たあねえ」

 止める間もなく、片手でれいむの切断された体を、軽々と乗せていく。ある程度の腕力がある様だ。
が、その乗せ方がやや乱雑で、車の淵に首がぶつかると、少し鈍い音で、幅広い豆腐を切るように、
ゆっくりと首だけが床に転がった。

 「あらら」

 おりんりん似は、手を伸ばして拾おうとした。
 が、一瞬手を引き、肩をすくめた(よく見ると、尻尾に耳まであり、猫の驚いた時の仕草を的確に
表現してた。完成度が高いどころの話ではない)

 「ん?」

 ムラサ似も、かぐや似も友人も覗き込み、お無い区肩をすくめた。
 最初は解らなかったが。縦の方向に、じわじわとれいむの首が伸びていた。バレーボール一個分程度
の大きさだったかが、次第に2個分、3個分と垂直に高くなっていく。
 伸びているのは、顎の辺り? だが、非常に気味が悪い。

 「どういう事?」
 「これが死後硬直って奴かな?」
 「硬直?」
 「夏だから、そういうのが早い」

 死後、夏  はわかるのだが

 「死体って、多少膨らむもんだろ」
 「それが何でこんなに早く、直に真上にだけ伸びていくんだ?」

 少女達がお互いに納得しあおうとしているが、れいむはついに全員の背を追い越しかけた。

 「まずい」

 店主は、率先してれいむの生首を抱えると、外に飛び出した。皆おりんりん似があけた扉から外の様子を
そろって眺め続けた。
 伸びるが止まる様子は無い。

 「こ、このままじゃ、この店よりも高くなってしまう……」
 「倒れたら危険だなー」
 「どうれい……・・・ 」

 見物客の中から、特に聞き覚えの無い声が聞こえたからと思ったら、後から皆を押しのけて外に出る者がある。
 ゆーぎ似の女だった。
 角の再現度が凄い、というか、実際に映えているとしか思えない。
 身長は優に2メートルを越え、最早れいむの死体に届くのは彼女だけである。

 「キスメの人生相談にのってくれるわ、あたしを旧都で投げ飛ばすわ、関節技を師事してくれるわ、ゆっくり
  ッて奴等は面白いねえ」

 助走をつけて彼女は飛び込み、斧でも振り下ろすように、れいむの頭を押さえつけた。
 そのまま踏ん張っていると、伸びゆくれいむの頭が、少しだけ  下がった。


 「「「「おおおおおおおおおお!!!」」」」


 が、それも束の間
 ゆーぎ似から、僅かに苦しげなうめきが発せられたかと思うと、すぐにれいむの頭がまた伸び
―――なんと、ゆーぎ似の体を持ち上げかける!
 すぐさま、全体重と手の平にこめて、れいむの伸びはまた抑えられた。
 そのまま硬直状態が続き――――
 掛け声とともに、さらにもう一押し!

 「さぁっ!!!」

 渾身の力で抑えつけられ―――れいむは、一気に元の身長に戻った。
 かなりの力が必要らしく、ゆーぎ似は両手で押さえつけている。

 「これを使って」

 らん似の店主が持ってきたのは、何やら途方もなく細長い、青白い棒状の物。
 先端に紅く円を描いた大袈裟な装飾が施された束のお陰で、かろうじて剣である
事が伺えた。
 ゆーぎ似は片手で何とか受け取り―――かなり戸惑っていたが――――ややあって、
意を決したように、れいむの死体に突き立てた
 叫びも何も無い。
 その間、誰一人声をあげられなかった。
 ややあって――――ゆーぎ似は手を離す。
 そこには――――――――脳天に剣を突き立てられたまま、もう、動かなくなった
れいむが佇んでいた。
 信じられない事だが、いつの間にか夜明けになっていた。
 バナナは、いつしか顔からこぼれていた。
 陽光を浴びて――――芝生に脳天から剣を突きたてられたゆっくりれいむは、とても
荘厳な雰囲気をかもし出していたが――――
 その佇まいだけで
 この世の果てを見たような気分だった。
 貫通し、剣が地面に刺さっており、それで固定されているようだ。
 これで、これいじょう伸びる事はあるまい。

 「―――あれ、剣と見せかけて千歳飴なんだ」
 「へえ」
 「その内溶け出して、ゆっくりの体内と同化する、割りと優しい素材なんだ」


 そんな事を言ったって


 「れ、れえむうううううううううう!!!」


 れいむは、もう帰ってこない。


 殺ゆっくりだとか
 警察だとか
 罪と罰とか

 そんな事は、今は些細な事なのだろう。
 剣が突きたてられた死体に追いすがって、友人は泣いた。
 泣いて泣いて、泣き続け、謝り続けた。

 「ごめんね、ごめんね」

 口論は――――昨今の「反ゆっくりブーム」についてだろう。
 友人は、きっと「反ゆっくりブーム」に苛立ちながらも、やはりゆっくりに対しての恐怖や
わだかまりを抱え――――それをそれとなく話しながらも、ゆっくりれいむは、そんな事を
気にもかけず、元気付けるつもりで茶化し、挙句の果てに「かわいくてごめんねー」を
やって、バナナを突き立て、手刀を食らわしたのだろう。
 それが、たまたま当たり所が悪くて本当に死んでしまったか。
 こうなると解っていれば、本当に誰もがやらないし、反ゆっくりブームなど訪れなかった
だろう。

 「ごめん………本当にごめん」

 客達は、声もかけられない。
 ゆーぎ似だけが、同じくしゃがみこんでいる。

 「もう………私、ゆっくりの事を差別したり、これ以上疑ったりしない」
 「―――…………」
 「そりゃ、不気味だし、怖いし、何か腹の立つ事はあるけれど………」


 元々相容れぬ存在
 そんな言葉で片付けて納得できてしまう程、この世に悲しい事は無いだろう。


 「れえむはれえむだもの………」


 たとえ、人間とゆっくりの殺し合いの戦争が始まっても
 世界がどんなに変わってしまっても


 「れえむはれえむ。 私は人間で、あなたはゆっくりだけど、それ以前に、私は――
  竜造寺ヨネで、あなたはれえむ…… それだけでいいじゃない……
  それだけでいいじゃない………」


 後は、震えながら謝り続けるのみ
 ―――ゆーぎ似は…… いや、おそらく、本物の鬼の女性は、何か感じ入る所があった
のだろう。
 元々どこか優しい目つきだったのだ。
 無言で、友人・竜造寺ヨネの背中に手を乗せようとした、

 その時


 「その言葉をまっていたよ!!!」


 れえむの目が開いたのである


 「れえむ!?」
 「完全に死んでたでしょ? 凄い仮死状態でしょ? 死後硬直と、死後の膨らみまで再現できたよ!!!」
 「――生きてるの? 生きてるのね!!?」


 一気にどよめきが広がる。

 「ヨネ。心配をかけすぎたね。 でも、れいむも心配だったんだよ! これから先、また2人の友情にヒビが
  入ってしまうんじゃないか?って」
 「―――そんなあ」
 「だから、手荒いし、あまり良くない事だけど、傷つければゆっくりだって痛いし、死んでしまうこともあるって
  事を、ヨネだけには教えたかったんだ! まー 夏って変な事したくなるよね」
 「れえむ…… 私、目が覚めたわ!」
 「こっちも、本当に謝る」

 その場にいる全員が、心を打たれていた。
 ゆっくり似達は、割と冷めている奴も多かったが(おりんりん似とか)、かぐや似は袖で顔を覆い、ムラサ似は
そっぽを向いて打ち震え、こまち似は、目元をこすりながら、「それらしく立ち直ってくれるねい」と江戸っ子口調
で苦笑いしている。
 他の客も、涙するか、実家に携帯電話で今自分が目撃した光景を伝えているのだった。

 ――― 納得がいかないらしいのは、鬼だけだ。
 先程まで、一番泣いていたのだが、いつの間にか少し怒ってすらいる
 無理も無いか

 「そりゃ………擬態って奴かい?」
 「いかにも」
 「確かに凄いが、感心しないねえ そんな技は……」
 「姐さん、空気読みましょうよ」

 おりんりん似の忠告に、更に渋面する鬼
 何か論点が違う

 「私も、思わず涙ぐんじまったけどさ、『死んだ振り』ってのはどうにもかっこ悪いさね」
 「いやでも、こういうのは自然界じゃよくあることだよ?」


 虫や小動物など、割と弱いとされる生物は、擬態を使って死を演ずる。オポッサム等は、死臭まで放つという。
結果として、生き残るのだから、それは自然界では勝利といえるのだ。


 「いや、勝ちじゃない」
 「勝ちも負けもないんだよ!!! ゆっくり理解してね!!!」
 「一理あるね、鬼の姐さん。そう―――例えば、力が弱い人間が、努力して、鰯の頭や柊を発見したり、その他
  強力な武器や技術を身につけて、元から基本性能に大差があるあんた達鬼を退治しちまうなんて事は、
  今までの歴史にいくらでもあるだろう?」
 「まあね」
 「それを、小手先だけとか、馬鹿にしたりする妖怪じゃないよね? むしろ、そうやって人間が足掻いていい勝負に
  なったり、勝ってしまう事すら、あんたら心躍って嬉しい展開でしょう?」
 「そうさねえ……」

 ムラサ似が一歩進んで言う

 「私は元は人間ですからわかりますよ。 弾幕ルールなんてその最たるものだし――――元々、どの身体能力も
  精神面も強すぎる鬼さん達にはちょっと理解しがたいかもしれないけど………」

 おりんりん似は、やたら優しい顔になっていた

 「肉体って奴は、案外本当に脆いんですよ。それは妖怪も人間も同じで―――まあ、後から生えてくるか
 こないかって大きな違いはあるんですが」



 ―――こいつらは何を言っているんだろう?



 「―――そうだな。
  私も、元々生まれ持った自分の馬鹿力には慢心しまいと思ってたが、どうも錯覚してた所があるかもしれん。
  一つ勉強になった」

 まあ、勝ち負けという点で考えれば、これは屁理屈だとは思うが

 「しかしなあ……… 今回は、別に勝負じゃなかったからよかったけどさ。これが例えば他の状況だったら、
  いきなり相手に平身低頭謝って許しを乞って、生き残ったから 勝ち  て事になるのかい?」
 「なるよ!!!」

 言い切ったのはれいむだ。
 流石にこれは、周りも呆れている。

 「ならば……」

 店主は手で合図をして、客の全員を店内へ戻した。
 店の隅では、この状況にも関わらず、まさに我関せず と、めーりん似の中国人が眠りこけていた。
 店主はカウンターの下の棚を開けると、両手でゆっくりれみりあを掴み上げた。カウンターに置き、
何かを囁いて納得させると、優しく、あくまで軽く、めーりん似に向かって放り投げた。

 ドスっ

 案外重いらしく、鈍い音で、ゆっくりれみりあはめーりん似に激突した。
 本当に重かったらしく、割と痛そうな面持ちで、めーりん似は目を覚ました


 修羅の目である


 スコットランドには、こんな諺がある。 「狼が来ても、ふらんとめーりんのシエスタを邪魔しては
いけない」。
 あの鬼や、今しがた本当に殺ゆっくり未遂を犯した友人も蒼ざめているのがわかる。
 しかしその時―――


           , -‐   ̄  ‐ 、 〉、
     ,イ   _(/         Y ヾ、
     〃、:\. |:i:::ヽ,r^ー、____r、,ィ   ハ
   //  \_〈:〈::::7 ,〈 ー'ー' V | リ   |
    |'     `レ7  レニ レV ニ| .レ /⌒ヽ|
    |    _(rヘハrハ'' ,--, ノン∨ っ
    レ⌒Y´ ィ‐ヘ , ィ>ニニ、'__  っ
         >:::ヽ// /  ヽ!
         ヽ::彡/  / |  ハ
          レ^トニY ̄Yーイ^'


 「あ、お嬢様………? ちょっとちょっと……外での休み時間くらい、許して下さいよお」
 「うー☆ うー☆」

 と、外から、千歳飴を抜いたため、頭からポッカリと貫通した穴を開けたれいむが、ゆーぎ似と
「この穴が開いた部分を使って、按摩でも習おうと思う」と言いながら入ってきた。
 怯えながらも無事なれみりあと、優しい目に戻って、首を傾げているめーりん似を見比べ、
れみりあに近寄る。
 そして、その右手を器用にもみ上げを使って伸ばして言った。


 「ゆー ウイン☆」
 「うー!」


 鬼は下を向いていた。


                                  了

  • 最後可愛いw
    微妙にシリアスっぽかったのに見事にブレイクしおったw -- 名無しさん (2010-08-31 20:49:58)
  • この店時空が乱れすぎだろうwうー☆ってやつ可愛い -- 名無しさん (2010-09-21 17:41:47)
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最終更新:2010年09月21日 17:41