これは、私とれいむ様の平凡な日常を淡々と綴った絵日記である。
過度な期待はしないでくださいていうかどうして第三者が勝手に見ているんですか
今からせいぜい後ろに気をつけろまぁもう遅いのだが!
『私とれいむ様withじゅねじゅね触手ボール』
8月1日。晴れ。
運命の出会い、というものは、何も人間同士の出会いに限定した言葉ではないと私は考える。
私の眼が“それ”と初めて重なりあった瞬間、心の奥底に線香花火のように小さい、だが確かな熱さの火が灯り、
その熱は胸を打つ鼓動となって私の身体に顕れて、まるで恋に落ちた時みたいな心地よい微熱を纏わせた。
“これは、とても良いものだ”“もう、買うしかない”
気付いた時には、私の未熟な精神はそんな根拠のまるでない確信に呑みこまれ、“それ”をレジへと運ばせた。
(これは‥、これこそ‥、あのお方に相応しい“入れ物”に違いない‥!)
滅多に行かない寂れた古道具屋にて。
その日、私はとても素晴らしいものを手に入れた。
我が家へ続く長い長い階段を登り終えて、家路に着いた時にはもう時刻は午後を回っていた。
今日のように雲ひとつない晴れの日では、一番気温が高くなる時間帯だ。
そんな心まで侵略されそうな暑さの中、私は買ってきたものを早くれいむ様に見せたい一心で、
溢れ出る汗も気にしないまま一気に階段を駆け上がった。
その結果ドバドバと滝のように私の頬を流れ落ちる汗を気にとめることもなく、私は我が家の縁側の前で乱暴に靴を脱ぎ、
階段を駆け上がった勢いを保ったまま勢いよく障子を開き、
「只今戻りましたよ!暑さでバテていませんか?れいむ様」
居間の奥に鎮座しておられたれいむ様に元気良く帰宅の挨拶を告げた。
『‥‥』
れいむ様はいつものように頭しかない御身体で小さく頷くと、慈しむような瞳で私を出迎えてくれた。
いつも通りの風景、当たり前の日常、家で帰りを待っていてくれている家族が居るという幸せ、
その幸せに、今日は一つの高揚感が追加されていることに、れいむ様は気付いておられるだろうか。
「元気そうですね、安心しました。それでですね、れいむ様!今日はれいむ様におみやげがあるんですよ!」
『‥‥?』
「じゃーん、これです!」
はやる気持ちを押さえ切れず、私は大きめのビニール袋から“それ”を取り出し、勢い良くれいむ様に対して掲げて見せた。
『‥‥‥』
れいむ様、神妙な御表情。
「ふふ、驚いていますねれいむ様。さぁ喜んでください!これこそ、私がれいむ様の為に買ってきた、れいむ様ためだけの‥!」
それは、れいむ様より一回りほど大きいプラスチックで作られた、4つの短い脚がついた青色の入れ物。
丸みを帯びた四角形のような面を持ち、その4つの角にはそれぞれ4本の細長いプラスチックの棒が突き刺さっている。
一見妙な形をしたバケツのようにも見えるが、底面には細かい穴がいくつも空いているため水を溜めておく事は出来ない。
もちろん、私だってこれをバケツとして購入した訳ではない。
そう、これは、
「これこそ、れいむ様の為の御本殿です!!」
『‥‥‥』
れいむ様はやっぱり何を考えているか良く分からない表情で、顔を右斜め下に傾けた。
『‥‥‥』
寡黙なれいむ様に人間の言葉での返事は期待できないことは分かっている。
だが、長年れいむ様と一緒に暮らしている私には分かる。
れいむ様は今、喜んでいらっしゃる。どうやら、私のプレゼントをいたく気に入ってくださったようだ。
「古より、神様がおはす処には、その神様の存在しているということを象徴する入れ物が必要とされてきました。
神棚や仏像もその一つでしょう。そんなことを誰かが言っていた気がします。
でも、れいむ様にはそれがなかったので、私ずっと捜していたんです。どこかにれいむ様に相応しい“入れ物”はないかって。
そして今日それを見つけた訳です!」
神々がおはす天空を示す群青色に、更なる高みを目指すように伸びる四本の御柱。
そして、表面には『あさがお』、即ち、かつてそれが“阿佐ヶ大神”なる神様を奉っていたことを示す文字。
「私、一目でピンときちゃいました!一応巫女の端くれですからね、なんだか分かるんですよ!
これこそ、れいむ様に相応しい、この世界で唯一無二の“入れ物”だって!
さぁさぁ!どうぞお入りください、れいむ様!」
『‥‥‥‥』
れいむ様は再び神妙な顔で私の持ってきた“入れ物”をじっと見つめ、二・三回顔を傾けて、
『‥‥‥』
そして、今度は私の方を慈しみに溢れた御瞳で見つめてきた。
「どうしたんですか!?れいむ様、入らないのですか!どうぞ入ってくださいよ!」
『‥‥‥‥‥』
れいむ様は、黙って首を二回ほど横に振った。
「そんな‥、れいむ様‥、もしかして!?」
『‥‥‥‥‥‥』
そして、れいむ様は静かに一度だけ、大きく頷いた。
「御一人じゃ、入れないから手を貸せってことですか!」
『‥‥‥‥』
「なんだ、そうならそうと早く言ってくださいよ!じゃ、はい御身体持ち上げますよ!」
『‥‥‥‥』
「そしてスポっと!」
私の目論見通り、れいむ様の御身体はぴったりとその“入れ物”にフィットし、綺麗にがっちりと御嵌りになられた。
「キャー、れいむ様!とてもお似合いですよ!
いつもより神々しさが八割増しで、中東や西欧の唯一神に負けないくらいの後光が見えますよー!」
『‥‥‥‥』
れいむ様、やっぱり神妙な顔でその小さな御身体を右に左に動かして、ゴトゴトとその“入れ物”ごと御身体を小さく御揺らしになられた。
「そんなにおはしゃぎになられて‥。やはり気にいってもらえたのですね、私とても嬉しいです!」
『‥‥‥(ゴトゴト)』
「それじゃ、私は境内の掃除に向かいます。れいむ様はそこで好きなだけお寛ぎください!」
『‥‥‥‥(ゴトゴトゴト!)』
嬉しそうにはしゃぐれいむ様を居間に置いたまま、私は流れ出る汗もそのままに、ほうきとタオルを持って縁側へと向かった。
一度だけ振り返ると、やっぱりれいむ様は神妙な顔で御身体を、今度は前後左右、全方向に動かすという御可愛らしい姿を私に見せていた。
8月2日(晴れ)
あれから一日が過ぎた。
れいむ様は本当にあの入れ物のことが気に入ったようで、今日の朝また御様子を伺いに行ったら、まだ入れ物の中に納まりになっていた、
だけでなく、
それどころか、成長なされていた。
「へ?」
大事なことだから二回書く。成長なされていた。
「‥‥‥‥え?」
『‥‥‥‥』
昨日までは日本人形のように美しかったれいむ様の頭髪が、まるで植物のツルのように一定の太さを伴って伸張し、
つる植物のように四本の御柱に絡みついている。
流石の私もこれには驚いた。
「れ、れいむ様‥、これは‥」
『‥‥‥』
れいむ様御本人はいつもと変わらぬ慈しみに溢れた目でこちらを見つめている。
だが、私にはこの事態が示す深刻さが痛い程に良く理解できた。
「そんな‥、まさかれいむ様が‥、れいむ様が‥」
『‥‥‥‥』
「れいむ様が、れいむ様が大きくなった!!生まれて初めて!!」
私、爆感動。
れいむ様が我が家におはすようになってからはや5年。
そのかたずっと大きなメロンパン程度の大きさしかなかったれいむ様が、今日初めてその身体の大きさを変化させたのだ。
髪の毛がつる状に伸びるというやや変則的なものではあったが、成長は成長だ。
「う‥うう、嬉しいです‥、私は嬉しいです!れいむ様。こんな立派な御姿になられて‥」
『‥‥‥』
やはり、この“入れ物”を選んだ私の眼に狂いはなかったようだ。
れいむ様に気に入られる素敵空間を提供するばかりか、その成長まで促すことができるなんて‥。
「たった一日でここまで成長なさるなんて‥。これで一週間とか一ヶ月とか経ったらどうなっちゃうのかしら‥。
究極完全体グレートれいむ様とかなっちゃったりして‥」
『‥‥‥‥』
「とりあえず‥、更なる成長を促す努力はするべきですが‥」
つる状に伸びたれいむ様の髪の毛を見るに、恐らく植物と同じ成長の仕組みを持っていられるようだと推測できる。
ということは‥、更なるれいむ様の成長を促すには‥、
「‥水ぶっかけてみるが?」
『‥‥‥‥』
今までどんなご飯あげても成長なさらなかった訳だし。
「後は肥料‥、花屋で売ってる栄養剤とか射しでみるが?」
『‥‥‥‥‥』
もしかしたら根本的に身体成長に必要なエネルギーが人間とは違うのかもしれない。ていうか神だし。
試してみる価値はある。
「そしたら虫がづかないよう農薬散布も必要だが‥」
『‥‥‥‥‥‥‥』
青虫とかたくさん付いたれいむ様とか見たくないし。
「うん、必要なものがたくさんありますね。よし、こうしちゃいられない!
れいむ様、私人里にちょっと買い物に行って来ます!すぐ戻るので、暫く待っていてくださいね!」
『‥‥‥‥』
れいむ様、表情は変わらず慈しみを備えた眼差しでこちらを見つめる。
良くみると、その身体が細かく震えている気がしたが、多分気のせいだろう。
「ではれいむ様!行って参ります!!」
8月3日(晴れ)
昨日買ってきたパワーアップ材料(肥料とか農薬とか)の効果は、翌日、目に見えて明らかになった。
ていうか、
「なり過ぎだが‥」
れいむ様から伸びたつるは既に入れ物から伸びる四本の御柱の高さを越えて、
今や居間の壁、床、天井にまで、いたるところに伸び渡り、
『ペシッ、ピシッ、ペシッ!』
それどころかそのつるの先っぽが犬の尻尾みたいに小刻みにペシペシ動いていた。
もはやそれは植物のつると呼べる状態ではない。
いや、もともと植物から生えたものではなかったし、色もれいむ様の髪の毛と同じ黒色だったので、
植物と同じ存在だとは思っていなかったのだが、今日のこれは植物のようだった面影すら残していない。
仮に植物だとしても、それはバイオハザード恐怖の植物人間的な何かである。
職業柄こういった怪異現象は見慣れたものだが、それも自宅で起こるとなると話は別だ。
それも私の大事なれいむ様が関わった事象となれば尚更だ。
「れ、れいむ様? これはいったい‥?」
取りあえず伸びに伸びたつるの根源、青い“入れ物”に入ったれいむ様に話しかけてみた。
もちろん、返事はない。だが、例えれいむ様が流暢に言葉を話せるような御存在だったとしても、返事は困難だっただろう。
なぜなら、既に昨日までれいむ様がおはした“入れ物”の中心には、既にれいむ様の姿を見ることが出来なかったからだ。
『じゅねじゅねじゅねじゅねじゅね』
昨晩までれいむ様がおはした位置は、四方へ伸びるつるの根源として、
何十本ものつるが気色悪い効果音とともに妖しく激しくのたうち回っていた。
その様はまるで野球ボールに無数の糸こんにゃくを結びつけた無為な謎物体のようなもの。
もし、まりもがつるを伸ばすような形態の植物だったらこのような形を取るのだろうか。
「ご、御無事ですよね? れいむ様?」
ここまで姿が拝見できないとなると、さすがの私でも心配になってくる。
だが、もちろん返事が返ってくるはずがない。
今や、この“じゅねじゅね触手ボール(仮)”の中におはすはずのれいむ様の状態を外側から確認することは、ほぼ不可能となっていた。
「れ、れいむさまぁぁ!!」
これは‥、困った事態になった。
触手を抜いて中身を拝見させて頂ければ、取りあえずの安否は知ることができるだろうが、
果たして、この触手は易々抜いたり切ったりして良いものなのだろうか?
一応れいむ様の御身体の一部なのだ。なるべく傷つけるべきではないし、傷つけたくもない。
「ヤバ、やりすぎたが‥」
れいむ様が成長なされたことに興奮し過ぎて調子に乗りすぎた。
れいむ様の成長自体は私にとってもれいむ様にとっても喜ばしいことには間違いないが、
物事には限度というものがある。こんなモルボルボール的なれいむ様のお姿など望んだ覚えはない。
『お前ってやつは本当、今という瞬間のテンションだけで生きてるよね、ちなみに誉めてないだら』とは親友の談。
治そうと思っても全然治る傾向のない私の悪い癖。それが最悪の形で発動してしまったようだ。
『じゅねじゅねじゅねじゅねじゅね』
「どうするが‥」
元の姿に戻っていただくべきなのか、それともいっそこのまま成長を促進させて更なる進化を促すべきだろうか。
前者は方法が思いつかないし、後者は状況がさらに悪化する危険性しか孕んでいない気がする。
「だからってこのまま放っていく訳にはいかねーがー」
‥‥。
だめだ、一人で考えても埒が明かない。
こりゃ、我が唯一にして最高の親友、マイベストフレンドに相談するべきだろうか。
あの子、一応れいむ様の生みの親だし、魔法チックな不思議オカルトパワーには、“本業”である私以上にあれこれに精通してるから、
この事態を何とかできる方法も知ってるかもしれないし‥。
「でも、知られたらまた怒られそうだがなー」
あの子、怒るとめっちゃ怖いしなー。オカルトに精通してる癖に、オカルト自体は大嫌いだしなー。
今回の件知ったら、まためっちゃ私のこと叩いて怒鳴るだろうしなー。
うーん‥。
そして、小一時間考え抜いて、私はある一つの結論を導き出した。
「私は、れいむ様を信じる!!」
「きっと、この今の御姿も、れいむ様の望む一つの御形」
「きっとそうだから、私はれいむ様を信じて取りあえず様子を見よう!」
「そう、今はまだ何もするべきではない。れいむ様を信じて雌伏するのみ!!」
「別に考えるのが面倒になったとか、そういう訳じゃないが!!!」
ということで、今日は早めに寝ます。おやすみ、れいむ様。
8月4日(晴れ)
うわぁ‥。
雌伏作戦は完全に失敗でした。
目覚めてすぐ私は自分の失策に気がつきました。
どうして昨日のうちに手を打たなかったのかと悔やんでも悔やみきれませんが、今更言ったところで後の祭り。過去を変えることなどできません。
実は絵日記なんて書いてる余裕なんてないほど事態は切迫してるんだけど、もう神社からは出られなそうだし、
私一人の力でこの恐るべき自体を解決することは多分無理なので、今この絵日記を読んでいる誰か、“あなた”に後を託します。
どうか、私に代わり、この最悪な状況を何とか解決してください。
昨日までの絵日記を見ればわかるとおり、昨日までは我が家の居間を占領していたに過ぎなかったれいむ様の御触手ですが、
今朝になったら、なんていうかその‥、爆発的に増殖してました。
昨日まで『じゅねじゅねじゅねじゅねじゅね』だった物体が、
今朝になったら『ぐっじゅなばどごどがぎががぶじゃどっごいえくせりおんばすたー!!!!』って感じになってました。
何言ってるか分からないと思いますが、私にだって分かりません。
とりあえず、昨日まではまだかろうじて植物らしき原型は一分でも残っていたはずのあの触手が、
今じゃ蛇口全快に開けたホースが如くのた打ち回り暴れまわり、動くもの皆襲っています。何あれ?本当にれいむ様なの!?
今私はかろうじて絵日記を持って寝室のクローゼットに避難している最中ですが、これもいつまでもつかどうか分かりません。
今でも触手達は増殖の真っ最中、部屋中を触手で埋め尽くし圧迫し、このクローゼットもギシギシと音をたて形を歪めています現在進行形。
ていうか何これマジ怖いんだけど。あの触手に捕まったらどうなるんでしょうか私。
ああ、神様れいむ様。どうして、どうして私がこんな目に遭わなくてはならないのでしょうか?
理不尽です。ていうかもう誰か助けて助けて助けてー!!
ああ、クローゼットがつぶれて触手が、れいむ様の触手が‥!
ここで思ったけど、
これ全部れいむ様から伸びた触手だって考えると我慢できるていうかむしろ興奮するかもしれな
(日記はここで途切れている)
「なるほど、だいたいの事情は分かった」
小さくため息をついて、“私”は片手でその絵日記を閉じ、この神社で今現在何が起こっているのかを理解した。
この絵日記に書かれた最後の日付は8月4日。
そして、今は8月5日の午前10時。
つまり、神社がこんな風に、一面黒色の触手パラダイスになってから、もうまる一日は経っているということだ。
今私が居るのは、辺り一面から黒色の触手が伸び散らかっている神社の居間。
絵日記に書いてあった通り、この部屋の奥には、青い色の“入れ物”が置いてあり、
この騒動の根源たる触手の本体、絵日記の言葉を借りるなら“じゅねじゅね触手ボール(最終形態)”とでも言うべきものが、
今もその身体を増殖させていた。
心配なのはこの神社の本来の住人、住み込みで巫女としての業務を日々こなしている少女の安否だったが、
これだけの触手に捕まって24時間以上の時が経過したとなると、この絵日記の著者はもはや無事ではあるまい‥、
「よー、まだ生きているようで何よりだら、アホ巫女」
「た、助けに来てくれたようで何よりです‥、マイベストフレンド」
と思うまでもなく無事だった。本当に理不尽なのは目の前のこの女の生命力だろう。
私は心の底から呆れながら、目の前で両手両脚を四本の触手によって拘束されている巫女服を着た私の親友、
名前なんぞアホ巫女で十分な彼女に向かって、手に取った絵日記を突き返した。
「いや無理です。こんな状態で私の絵日記返されても受け取れないです」
「うっさい、最近姿見せないから心配して様子見にきてみれば、思ってた十倍以上の心配を引き起こしてんじゃないわよ」
「私のこと心配してくれたのですが!? ううう‥、有難う。私すごく嬉しいです‥!」
「心配なのは主にあんたの頭だから!」
「あうあうあうあうあうあうあうあう」
突き出した絵日記でアホ巫女の頬をペチペチ叩きながら、私は再び辺りの惨状を確認した。
部屋一面に散乱繁茂する触手の群れ、その触手によって散々に荒らされ散らかった部屋の家具達、
「そして、ほのかにチリチリと香る焦げた髪の毛と畳の匂い。一週間前まで趣のあった神社が酷い有様ね、ていうか臭い」
「匂いに関しては、あなたがさっき火を放ってこの辺りの触手を畳ごと焼き払ったからですが?」
「まぁ元気そうに触手プレイされてるあんたの姿を見て安心したよ。今日もう暑いから帰っていい?」
「ま、待って!ここで帰ったら親友の二文字の名折れですよ!?
どうせだったら最後までビシっと解決してから共に『いやな事件だったね』と呟くまで付き合ってくださいよ、マイベストフレンド!
ついでに触手に身体弄ばれるのって思ってたより全然気持ちよくないのだが寧ろ巨大なミミズを身体に乗せてるみたいな感覚で
全然気持ち悪いです吐きそうなのだが!!」
「大丈夫だら、触手と巫女の相性って抜群に良い筈だから。
最終的に何をされても悦びを感じるみだらな身体に改造されるはずだから。
この前読んだ本がだいたいそんな感じだったから」
「しょ、触手と苗床エンドは嫌ですよー!ていうか曲がりなりにも女の子がなんて本読んでるんですか!?
後でその本貸して!」
「‥実際、あんた結構余裕だら?」
一日中触手に縛られていたはずなのに、飲食も排泄も休息も満足にできなかった状況のはずなのに、
目の前のアホ巫女は無駄に元気だ。本当にこいつは私と同じ人類なのだろうか。
「と、取りあえず、100歩譲って私のことは放っておいてもいいですが、お願いします。
れいむ様を、れいむ様だけはなんとか助け出してください!」
閑話休題ということだろうか。目の前のアホ巫女は急に真面目な顔つきになって、私に向かって頭を下げてきた。
気のせいか、その目には涙が溜まっている。
「もともと今回の事態は全て私の責任、私に罰がくだるのは仕方ないです。でも、れいむ様は関係ないはずです。
なのに、このような邪悪な進化を遂げてしまった‥。」
「あんた‥」
さっき読んだ絵日記の最後に読んだ部分と言ってることが全然違くないか?
いや、反省してるなら今はそこを突っ込むべきではないが。
「だから、お願いします!あなたの力でどうかれいむ様を助けてあげてください!
今回の件でれいむ様が消えてしまうようなことになってしまったら、私は‥、私は‥!!」
「‥‥‥」
なんであんな良く分からない饅頭型生命体のためにそこまで嘆願できるのか私にはとても分からないが、
彼女にとってあの饅頭がとても大切なもの、いや家族だということは私も良く知っている。
目の前にいるこのアホ巫女は、取る言動が逐一間抜けで刹那的で空回りだが、友達や家族を想う気持ちは人一倍強い。
「今もこの部屋の奥の“入れ物”の中で蠢いている、あの“じゅねじゅね触手ボール(最終形態)”、
あの“本体”を破壊すれば、多分全ての触手を倒すことができる‥、そんなこと、私にだって分かります。
でも、あの中にはれいむ様が、れいむ様がまだ居るはずなんです!」
だから、“家族”を犠牲にして、この事態の解決を図る、そんな手段、彼女が実行も納得もできるはずがなかった。
「お願いします、方法なんて分からないけど、どうか、あの“じゅねじゅね触手ボール(最終形態)”かられいむ様を助けてあげてください!!」
彼女の気持ちは痛いほど分かる。しかし‥、
「それは、できない」
「な!? どうしてですか!?」
「だって、お前の言うれいむ様とやらはもう‥」
私は背負っていたリュックサックから、“それ”を黙って目の前のアホ巫女に差し出した。
「助けるまでもなく、なぜか普通に助かってるし」
『‥‥‥‥‥』
「え‥‥?」
私がリュックから取り出したのは、メロンパン程の大きさで、頭に大きな紅いリボンをつけたなぞの饅頭型生命体。
目の前のアホ巫女が“れいむ様”と呼ぶ、5年前、私が“苺大福”から創ったなぞの生命体だ。
そいつは相変わらず慈しむような目つきで、目の前のアホ巫女を見つめている。本当に何を考えているのかまるで分からない顔だ。
「へ‥?」
『‥‥‥』
一方、アホ巫女。鳩が豆鉄砲に撃ち殺されたみたいな顔で、
無言で、というか言うべき言葉が見つからない様子で目の前の饅頭をただ眺めている。
「ええー!? な、なんで!? なんでー!?」
「いや、今朝普通に見つけた。境内で触手パラダイスと化したこの神社を哀れむような目で見つめてたぞ」
「マジで!?」
それからアホ巫女は慌てて振り返り、部屋の奥に存在する“触手じゅねじゅねボール(最終形態)”を確認する。
その姿は変わることなく、未だに触手を量産し続けている。
「だって、それじゃあれは?“触手じゅねじゅねボール(最終形態)”の中身は?」
「分からないけど、絵日記見て考えるに、れいむは姿が見れなくなった一昨日の内から既にあの“入れ物”から抜け出してたんじゃないか?」
「じゃあ、今現在神社に蔓延ってるこの触手は何!?」
「いや、うん。本当マジ何だろうね」
『‥‥‥‥』
れいむから産み出された何かがここまで肥大化したのか、
それとも元々れいむとは関係のない何かだったのか、どちらにしても謎が多すぎる。
「それじゃ私は一日中、れいむ様じゃない、得たいの知れない触手に身体を許してたってことですか!?
なにそれ気持ち悪いし、私が触手なら何でも構わないビッチみたいじゃないですか!!」
「安心しろ、そんなビッチはこの世に存在しない」
『‥‥‥』
「ああー、もう一日損しました!!れいむ様との触手プレイだと思えばまだ我慢できたのに、がー!!」
「やっぱあんた只の変体だら」
『‥‥‥‥』
「そうでなくても、せめてこのマイベストフレンドとの緊縛プレイなら寧ろ望むところでしたのにー!!」
「黙れ変体!!」
『‥‥‥‥‥』
「ああもう腹が立ちます! 全部こいつのせいです!こんな“じゅねじゅね触手ボール”なんてつぶしてやります!」
(グシャ!!)
「あんたいつの間に触手による拘束解いた!?」
『‥‥』
「おー、やっぱりと言うべきか、本体を破壊しただけで、
さっきまであんなに元気だった触手の皆さんが粛々と縮小して動かなくなっていきますねー。効果抜群です」
「人の話を聞け!やっぱ私が来なくてもこの事件解決できたんじゃない!!何で一日中触手に拘束されてたのよ、あんたは!?」
『‥‥‥』
「だってそりゃぁ、私が本気出せばいつでも破壊できたんですよ、こんな脆い楔なんて。
相手がれいむ様だと思ってたから今まで我慢してたんです!!とんだ裏切りです、酷いです、人騒がせです!」
「触手たちも、最後の一言はお前に言われても心外だろーら」
『‥‥‥‥‥』
「ああ、もう一頻り怒ったらお腹すきました。 ‥‥この触手って食べられるんですかね?」
「やめろ。目に入ったもの取り合えず食べようとするのはやめろ。腹減ったなら私が何か作ってあげるから、それだけはやめろ」
『‥‥‥‥‥』
「本当ですか!?私あなたの作る料理大好きなんです!うれしいです!!」
「はいはい、分かったら、取りあえずこの部屋片付けるら」
『‥‥‥』
「了解です!あなたの料理食べるためならマッハで片付けられますよ!」
「馬鹿、掃除は丁寧にやらなきゃ意味がないから!」
『‥‥‥‥』
「あ、なによ、こいつ。気色悪い」
「あら、れいむ様珍しい」
『‥‥‥‥‥』
「なに、笑ってんのよ」
「とても良い笑顔じゃないですか」
8月5日(晴れ)
なんか今日は昨日から色々ありました。大変でした、疲れました。
正直思い出したくもない内容なので書くのも億劫です。
ですから、大切なことだけ抽出して書こうと思います。
親友が手伝ってくれたので、神社の掃除はけっこうすんなり終わりました。
燃やすゴミにも燃えないゴミにもカテゴライズされない不思議なゴミがたくさんできました。正直困っています。
崩れたり破けたり壊れたりした箇所は後で大工さんに頼んで直してもらうしかないでしょう。
結局古道具屋で買ったあの青い“入れ物”は、神社の蔵、奥深くに封印することになりました。
親友の忠告もありましたし、私に使いこなせるレベルでの神具ではないので仕方ないです。
親友の料理は卵丼でした。お肉は入ってなかったけどとても美味しかったです。
嫁にほしいです、あの親友。
れいむ様が笑っていました。これはとてもとても珍しいことです。
れいむ様の笑顔は、私にとっての幸せです。
だから、私の笑顔もれいむ様の幸せであって欲しい、そんなことを願います。
~お仕舞い~
- れいむ様を信じるとゆっくりできるよ! -- 名無しさん (2012-07-01 12:32:22)
最終更新:2012年07月01日 12:32