シュガーフリー

 彼は全力で後悔していた。
 しかし嘆けども嘆けども問題は解決しないし、そもそもの根本の原因が実はよく解っていない。
 うなだれる彼に、目前のゆっくりれいむは何も言わず、何もしない。
 やはり怒っているためなのか?
 ただゆっくりと座っているだけである。
 侘びるとすれば、どこにだろう?
 その日の事を、彼は位置から思い返すことにした。


 気持ちよく目覚め、快晴で体調も良かった。こんな日は後からロクでもないことが起こるものだ。
 午前中は朝練・抗議共に順調に終わった。
 午後からのバイトで失敗を犯し、大目玉を食らった。
 夕方、2年付き合っていた彼女に振られた。
 終点近くの、無人の最寄り駅に深夜に降り、飲んでも無いのに酩酊したように電柱にもたれて
しまった姿は、きっと日本一かっこの悪い男。
 自分で立ち直るには申す子s時間がかかるとぼんやり自覚していると、パタパタと軽いのか重いのか
よく解らない音で近づいてくる者がある。
 顔を上げると、ゆっくりがそこにいた。
 月光を背に、自信満々な顔つきで佇むスタンダードなゆっくりれいむ。


 「どうしたいダンナ。そんな酔った振りしてしゃがみこんでさあー。 実は本当に電車なんかで
  酔っちまったのかえ? ゆっくりしていってね!!!」


 ゆっくりに慰められる事が殊更気に食わぬわけではないが、この状況は少し怖かった。


 「何でもないよ…… ほっといてくれ」
 「まあそう肩肘はるもんでもなし。何なられいむにゆっくり話してみたらいいよ!!」
 「僕にかまわないでくれ」
 「なに、どうせれいむは行きずりのゆっくり。こんな月も奇麗だし、電車でただ酔うだけなんて
  勿体無い。何でも話して心も今日の空みたいに晴らしなさいよ―――!!!」


 そう言ってれいむは、どこからともなく―――本当に何処にも隠す場所などないというのに、
ファンタグレープのボトルを取り出した。



 ―――気がつくと、彼はゆっくりと一緒に深夜だというのに団子等の重い菓子を肴に、れいむと
ファンタグレープを煽りつつ談笑していたのである。



 アルコールでもないのに、気持ちは現実から乖離した様に浮いていた。
 それ以上に心持ホッと暖かいものが胸に満ち、焦って何かを為そうとする気持ちも無く、「ゆっくりする」
とはこうした事を言うのだろうと思えた。
 ファンタをお互いなおも煽りつつ、話は弾む。


 「いやー 面白いダンナだね!!!」
 「馬鹿言うない。こう見えてもまだ20さ」
 「えー みえなーい。 ちかごろじゃ、なんにでも『男子』『女子』ってつけるからね!!! そこまでこどもにみられて
  嬉しいの?馬鹿なの? ってれいむは毎日おもってるけどね!!!」
 「そういうゆっくりもこどもっぽい話し方だぞ。お前さんも幾つだよ」
 「行きずりのゆっくりにそんな事を聞いてどうするの?」
 「おお………そうだったな」
 「まあ、行きずりにこうしてゆっくりして、たまにはファンタで酔っ払うのもいいもんだよねえ」


 確かに。
 おそらくこれから一生、このれいむとゆっくりする事は無いだろう。とんとん拍子に一緒にファンタを飲んだが、
それでいいのだ。一夜限りだから意味もあろう。

 とは言え――――腹の底から暖かいものを広げ、また明日への活力(もう深夜だが)を作るきっかけを与えて
くれたれいむには感謝したかったし、愛着も湧いた。
 ゲラゲラと上機嫌に、調子に乗ってエンゼルパイまで食べ始めたれいむに、そっと手を伸ばす。

 「いや………ありがとう本当に」



 ++++++++++++++ ++++++++++++++


 …………… ここで、 彼は回想を一端止める


 「ここら辺か? これが、いけなかったのか?」


 単純に言って、そうとしか思えない。
 しかしだ


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 「いやあ、おれいなんてしなくていいよー!」
 「れいむは面白いゆっくりだねえ」


 ゆっくり自身、多少子供っぽくみえる所がある。頭だけだから当然小さいし、喋り方も多少幼い。
 そう思って、親戚の赤子でも思い出していたのだろう。
 彼は、れいむを抱えてあげようとしていた。


 ++++++++++++++ ++++++++++++++


 「それか」


 ++++++++++++++ ++++++++++++++



  ――――    スッ   ――――




 本来なら、しない筈の音がなった気がした。
 状況が解るのに実に数秒かかった。
 れいむの足元を見て気づく。
 そう、足元である。


 「えっ?」


 思わず手を離すと、ストン、とまた音が鳴った。
 ややあって、もう一度々動作を繰り返した。


 「…………」


 改めて、目の前のゆっくりれいむの全身を眺める



 ―――伸びてる!!?



 どこがだろう?
 体?
 頭?
 元々頭だけの存在のゆっくりだが、下顎?に相当する部分?が、伸び、更にその先端は
二股に分かれている。
 更にその先は、非常に小さいが足首のような支えがあって、しっかりとその全身を床に固定
しているのだった。

 つまるところ、足が生えている。
 いや、胴体が出来たというべきか? しかし腕は無い。


 「………………………」
 「………………………………」


 しばらく無言で観察し、良い言葉が思い出された。

 「2頭身」 である。

 最初は頭の境界がどこにあるのかわからなかったから3頭身とも思えたが、大まかに言って
2頭身だ。
 勿論、胴体があるゆっくりも普通に多い。
 しかしこれは………


 「ええと」
 「…………」


 思わず、もう一度手を離した。
 やはり一頭身に戻る。
 再び抱え挙げる。
 特に肉感的な音はしないし、何かを引き伸ばしている感触も無い。ただ。


   ――――    スッ   ――――


 という効果音が聞こえる気がする。
 勿論現実には聞こえないというのに………

 「何だこれ?」

 そして―――彼はそのまま、引き上げ続けた。


 ++++++++++++++ ++++++++++++++


 「僕があそこで加減をしなかったから………!!!」


 ++++++++++++++ ++++++++++++++


 やはり無音だが、何かが当てはまったような音がした。
 びっくりして手を離す。
 ゆっくりはなおも、二本足で立っていた。どうみても何かを支えられるような筋力があるようには見えない
足だったが、しっかりとしたものだった。
 彼は、自分の手を離れても、しばらくしたら基の一頭身に戻り、また話せるものと思っていた。

 現実には、戻らなかった。

 「2頭身」となったれいむは、無言でこちらを見つめている。
 恐る恐る話しかけたが、何も返ってこない。
 そんな無言の見つめ合いが、しばらく続いてしまった。

 やはりれいむは話さない。 顔もどこかおかしく、違和感があると思ったら、いわゆる「まりさ顔」なのであった。
自信満々でまっすぐな瞳の「れいむ顔」の次にゆっくりには最も多い、どこか腹に一物、世の中や相手への
不満をちらりと見せびらかしているような、独特の生意気さを持つ顔だ。


 「れい………む?」


 ++++++++++++++ ++++++++++++++


 ―――気がつくと、朝になっていた。
 一睡もできなかった。

 ネットを使ったり、知人に直接電話するなどしたが、このれいむに起こった状況を説明できる情報は殆ど
得られなかった。
 何が起こるか解らないゆっくりだが


 (これは―――何か次元が違う!!?)


 人智を超え、何か種だとか遺伝子だとか、自然や造物主の意志とか、そうした考えるだに被害は無くとも
恐ろしい思いにかられる何かが働いていた。

 れいむはもう、本当に話さない。
 表情も「まりさ顔」のまま、刻み込まれたかのように変化しない。
 特に動こうともしなかったが、日が出てくると同時――――信じられない事に ――― 正座していた。


 「す、すまんかった! れいむううううううううううううううううう!!!」


 彼は泣きながら侘びた。
 本当は侘びる必要があるかどうかも解らないし、実の所自分が悪い訳では無いのではないかとも片隅では
思っていたが、元に戻らず、自分が伸ばした以上、やはり自分に非があるはずだ。
 しかし、これからどうしよう?


 「そ、そうだ医者に………」


 とは言え、近所には眼科しかない。


 ++++++++++++++



 「ウツホフ、 おりんりんドラゴン、 男前さとりん・男前こいし、 8頭身のバット持った鬼に、ダーマ、…」


 先輩はビール片手に、最近目撃したゆっくりを指折り数えている。
 5本で済むなんて、少ないのも良い所なのだが。


 「鬼怒川温泉で初めて見たゆっくりは、こんなもんか」
 「あ、私この前、体操着着たひじりん見ましたー」
 「横にゆーぎがいなかったか? たまに衣装交換して遊んでたりするかなあ」


 夜も更けゆく、秋の合同コンパ。
 話は流れに流れ、皆楽しげに、今まで見た変なゆっくり談義で盛り上がっている。
 ここでその生態や奇行についての講釈を聞くもよし、名前だけを挙げていくだけでも楽しい。


 ―― ゆーびぃ、 まるみあ、 天子さんボール、 うー毛布団、 ぱちゅりー博士、 ”キ”さん …………


 「考えてもみい、きめぇ丸だって、一昔前は珍しいって割りと思われてたんだぜ?」
 「今じゃそこら辺にいるもんな」
 「何だかんだ言っても、割ともうそこまで珍しい奴はいないのかな?」
 「あー………でも、本当に凄いのとか、ちょっと実際見てみたいなあ」


 このコンパ、女子ソフトボール部との合同なのである。
 レフトを守っている3年の娘がしみじみ言った。


 「珍しい子って大好きだけど、私、やさかだこも見たこと無いんですよ」
 「今度山に行きなよ。沢とかで結構見かけるから」
 「あー 誰かと行きたいなあ」


 ――…… その一言が、彼を後押しした。


 ++++++++++++++ ++++++++++++++


 「―――やあ……」
 「うわああ」


 レジがレシートを出しているのを見計らって、会計をしてくれた彼女に声をかけたのだが……
タイミングが悪かったのか、れみりゃみたいにビクビクと彼女は叫んでいる。


 「あ、ごめん。そんなに怖がらなくても―――」
 「えっと……山下君だっけ?」
 「いや、漆原だよ」
 「う、漆原君。どうかしたの?」
 「いや、君ってさ、そのさ。 聞いてたんだけど、珍しいゆっくりが好きみたいで……」


 レシートを受け取り、財布をしまいつつ――――愛くるしい、3年のレフトの娘は、ええそうね、と
相槌を打ってくれる。


 「僕もなんだ」
 「うん」
 「色々話したと思うけど」


 主にチルノフやマチョリーさんについて色々語った


 「凄い話まくってたよねー」
 「うん。でさ」
 「うん」
 「もっと、珍しいゆっくりが――――これは誰にも言わないで欲しいけど、僕の家にいるんだ」
 「へえ?」
 「どんだけ珍しいかって言うと………」
 「整形アリスとか?」
 「いや」


 わざと一呼吸置いて言った。


 「多分、新種。名前もないし、だれも見たこと無い」
 「わあ」
 「ねえ」
 「へえー すごいんだあ」
 「うん」
 「…………」
 「……………」
 「…………で、どんな?」
 「そうだな――――」


 2頭身、 ではちょっとパンチが効かないか。


 「2.5頭身の………二股なんだ」
 「二股?」
 「大根みたいな奴」


 レフトの娘は上手く理解できなかった様子だが、考えてみると理解できない方がいい


 「へえ、そうなんだぁー すごいねー!」
 「うん。 でさあ。 僕の家、来ない?他の皆は内緒でさ。ほら、君そういうの好きならこっそり見せたいし 」
 「えっとね、今日は無理」


 ――………確かにそう来るだろう。


 「いやいや、そんな変な事とかじゃなくてさ、純粋に面白いし、凄い奴だから見せたいと思って」
 「………………」
 「大丈夫だって大丈夫だって。 送ってくよ。 ちょっと見てくれたらそれでいいから」
 「………………………」
 「本当だって! 俺普通だし!  そんなんじゃないから!」


 そして、店の外に出て、月光の下、話すこと1分ほど。

 一時間をかけて、彼女はレフトの娘は、彼の部屋に到着していた。


 「どう?割と奇麗な部屋でしょう?」
 「ええ」
 「何飲む?」
 「そのゆっくりは………?」
 「いや、まあ落ち着いてから……」
 「え?どこ?」
 「ワインとファンタオレンジしかないけど、いい?」
 「ファンタオレンジで」
 「………えっと、つまみは……」
 「で、どこにいるの?」


 彼女は座ろうとしない


 「で、どこ?」
 「ファンタオレンジは………」
 「あ、もらうね? ありがとう。 で、どこ?」


 その時、フスマが開いた。


 「あっ」


 そこにいたのは………


 「すごーい、本当にい……た…………って、これって………」
 「れいむ。わざわざ飲み物も菓子も持ってきてくれて…… ――ありがとう」


 彼も初めて見た。


 微細だが、「手」が生えている。


 首だけの状態のゆっくりにも、手足が生える事は本当にごくたまにだが、ある。
 それは針金くらいの細さの、あるのか無いのか解らないほどのものだが―――
この場合も細かったが、非常に柔らく細そうな―――そう、昆虫の触覚を一回り
太くして、先端に手首を着けたような代物だった。
 それが、しっかりとファンタオレンジのボトルとグラスとお菓子を盆に乗せて、
やって来る。


 「れいむなのに、まりさ顔……? 頭身がなんかおかしいし」
 「2頭身だよ」
 「あ、確かに歩いてるね……… どこにいたの?この子」
 「ええと……」


 要領を得なかったが、あの散々だった日中の事は言わずに、このれいむと会った
日の事を軽く話し、一体何者なのかもいまだ解らない事も添える。
 割と無遠慮な視線でれいむを観察し、質問も本人に投げかける娘だったが、
れいむはやはり答えない。
 別に怒っている訳ではないのだ。
 そして、娘の方もその事で気を悪くする様子も無かった。


 「すごーい すごーい」
 「………」
 「………」
 「うわー」


 それが3分ほど経過して。


 「本当に珍しいねえ…… どういう事なの、あれ?」
 「さあ………」
 「それじゃあ、ありがとう。堪能したわ」
 「そりゃよかった♪」
 「じゃ、帰るね」


 …………


 「何で?」
 「いや、もう遅いし堪能したし」
 「え、でも遅いじゃない」
 「うん。遅いから帰るの。電車なくなるし」
 「あ、送ってく?」
 「大丈夫だよー」


 彼に手を振り、ゆっくりにも笑顔を向けて、娘は出て行った。
 外の階段を下りる音が聞こえなくなってから……… 彼は床に膝をついた。


 「ちくしょうっ」
 「…………」


 泪が一筋、流れ落ちた。


 「正直、すまんかった、れいむ……… そりゃ、責任とってお前さんを住まわせる事を
  決めたのは僕だ。しかし……気づいたら、お前さんを好きな娘を家に呼ぶ口実を作る
  ダシに使ってたんだよ……」


 最低だ。


 「最低だ、最低すぎるよ……… 結局こうしてまた振られたし……」


 顔向けできない。
 淡々と彼はまた侘びた。


 「笑ってくれ……といっても、その顔じゃ何も言えないし、何も出来ないとは思うけれど……」


 深夜、自室でゆっくりに誤りつつも膝を突いて顔向けもできない自分は、きっと世界一かっこ悪い男。
 と――――目の前に、グラスに注がれたファンタオレンジが置かれる。
 そして、生暖かい感触で、ポンポンと、肩を優しく叩かれた。


 「れ、れいむ…………!」


 誰にも見せられない顔なのに、彼は思わず仰ぎ見た。



 れいむは、両腕を組みつつ、 足を肩に乗せていた






                                         了

  • おさとう氏リスペクトがSS界にまで……
    あのインパクトを文章で表現するとはチャレンジャーだ(笑) -- 名無しさん (2010-10-04 20:44:28)
  • わたしもゆっくりとファンタ飲みたいです -- 名無しさん (2011-06-15 16:12:21)
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最終更新:2011年06月15日 16:12