【2010・11年冬企画】have a Break

4月7日、私はその港町にたどり着いた。

「ぶはっ!」

泳いで。
乱れた息を整え、しばしゆっくりする。時刻は昼過ぎだろうか、降り注ぐ陽射しが濡れた肌に心地よい。
周囲を見渡すと、休みの漁師がいるのか何隻かの漁船が停泊している。

「船が使えるなんて妬ましい…!」

とりあえず妬んでおいた。
私はパルスィ、ゆっくりパルスィ。
1ヶ月間の嫉妬休暇をとってこの港町に妬みにやってきた、海賊潜水艦『ニトリンベル』のクルーだ。



『have a Break』



パルスィは船着場で一通り妬みながら濡れた身体を乾かし、その足で(足は無いが)早速ホテルへと直行した。

「こんなに大きなホテルがあるなんて…妬ましいわ…」

もちろん、ホテルに対する妬みも忘れない。ロビーに入り、フロントに行く前に少し周りを見渡す。大きなホテルであるだけに、
多くの人やゆっくりがざわめいていた。
正装の一団が何やら楽しそうに談笑している。結婚式の披露宴でも行われるのだろう。

「結婚式…妬ましいわ!」

レストランのある方向から家族連れが歩いてきた。みんなとても幸せそうだ。

「家族で食事…妬ましいわ!」

様々な者が訪れる場所ホテル、そのロビー。パルスィは片っ端から妬んでいく。

「ふぅ…こんなところかしら」

一通り妬んだ後、ようやくフロントへと向かう。その顔は実に晴れやかだ。なんで妬んでそんな表情が出来るんだ。

「…」
「…」

フロントで待ち構えていたのは、パルスィと同じゆっくりパルスィだった。

(『同じタイプ』…)
(『同じタイプのゆっくり』…)

2人の間に緊張した空気が流れる。さながら西部劇のガンマン、その決闘シーンのように。
そして2人の口はほぼ同時に開かれた。

「こんなホテルで働けるなんて」「こんなホテルに泊まれるなんて」
「「妬ましいわ!!」」

2人の嫉妬レベルはほぼ互角。口元に笑みを浮かべ、次の妬みを用意する2人だが、それは横から伸びてきた人間の手によって阻まれた。

「はいはい、パルスィさん交代ですよ」

人間のホテルマンがパルスィ(受付)をひょいとどかし、代わりにパルスィの受付についた。

「申し訳ありませんお客さま。あのパルスィはゆっくりパルスィのお客さまと会うと決まって嫉妬比べをするもので…」
「構わないわ。ゆっくりパルスィとは…シッティスト(嫉妬する者のこと)とはそういうものなのだから…」

別の窓口に移る前に、パルスィ(受付)は一度だけパルスィの方を振り返り、にやりと笑った。
『勝負は預けた』…そういう意味なのだろう。パルスィも同じく笑みで返事をした。

「ではお客さま、こちらに記入をお願いします」

差し出されたカードに必要事項をささっと記入し、ホテルマンに返却する。宿泊料金をカードで支払い、ルームキーを受け取った。

「お客さま、当ホテルは初めてでいらっしゃいますね?簡単に施設のご紹介をさせていただきます」

そう言うとホテルマンは館内の見取り図を取り出し、主要な施設を順に説明していく。

「まず1階にあるのが無国籍料理店『LUNATIC FIREFLY』、和食料理『みどりひげ』。
11階にはスカイバー『Harbinger』もございます」
「スイ…」
「稀に『スイカバー』とボケるお客さまもいらっしゃいますが、スカイバーですのでお間違いなきようお願いします」
「ボケを潰すなんて妬ましいわね!」

ホテルマンは気にせず説明を続ける。ボケようとする輩はけっこういるようだ。

「…大浴場にはサウナ風呂、ソーダ風呂をはじめ多様なお風呂がございます。その他にも多種多様な施設がございますので
詳しくはお部屋にあるパンフレットをご覧ください」
「ちょっといいかしら」
「はい、何でしょう?」
「あれは何?」

一通り説明されたところで、パルスィはロビーに置いてある大きな岩を指して、尋ねた。来た時から気になってはいたのだ。
数名の人やゆっくりが、その岩にぺたぺたと触っている。しかしその岩の周りには特に何の説明も無く、ホテルのホームページにも
該当するような情報は無く、今の説明にも無かった。あれは、あの岩は一体何なのか。

「ああ、あれはですね…どうも随分昔から置いてあるようなんですが、よく知っている人はいないんですよ。何でも噂では、
あれに触れると新しい発想が生まれるとかで、創作に行き詰った作家さんや音楽家の人たちなんかがよく訪れるんです。
あくまで噂なので、ホームページやパンフレットなどの媒体に載せることは控えているのですが」
「…触れると新しい発想が生まれる岩、ね…つまり…」
「?」
「ネタ増し岩!」

ホテルマンは、にっこりと笑った。

「お部屋にご案内させていただきます」



夕食後、パルスィは部屋でパンフレットを眺めていた。

「ふーん、本当にいろいろあるのね…」

思っていたよりも大きなホテルだったようで、パンフレットを読むだけでも一苦労だ。

「これならしっかりと妬めそうね!」

一通り読み終わったパルスィは、明日に備えてもう寝ることにした。だってやること無ぇし。

「夜更かしできる奴が妬ましいわ!」

そう言って電気を消して、眠りにつく。ちなみに夜更かしした場合は「早寝できる奴が妬ましいわ!」になる。さすがパルスィ。
隙が無い。



4月8日。パルスィはホテルのレストランで朝食をとっていた。

「こんなおいしい料理を作れるなんて、ここのシェフは妬ましいわね…」 ※誉めてます

食べながら、パルスィは周りの人たちを観察していた。話し相手がいなくてヒマだったからというのも理由の一つだが、
妬む要素を探す目的の方が大きい。
朝食の後はホテルの各施設を妬み回った。外出するよりホテル内を巡った方が効率よく妬めると考えたからだ。
よく考えたらホテル内ひきこもりになっていると気づいたとき、「外に用事がある奴が妬ましいわ!」ととりあえず妬んでおいた。
この日は特に何事も無く終わった。少なくともこの時点のパルスィは、そう感じていた。



4月9日?

「…あれ?」

昨日と同じようにレストランで朝食をとりながら周囲の人やゆっくりを眺めていたパルスィはある事に気が付いた。
この光景に何か既視感を覚える…というより、全く同じなのだ。同じ時刻に、同じ人間が、同じ行動をとっている。

(偶然…にしては似すぎてるわね…)

バイキングなのをいい事に料理を山盛りにして満足げなレティとゆゆこ…
ピーマン抜きの青椒肉絲を皿に盛って親に呆れられている子供…
春だというのに芋や葡萄など秋っぽいものばかり食べている秋姉妹…
朝っぱらからいちゃいちゃしているクソ妬ましいアベック(死語)…
トレードマークである頭巾をとっているためぱっと見誰だかわからないいち…いち…いちりなんとか…
他人を妬むというろくでもない目的のために強化されたパルスィの観察眼は、不気味なまでに昨日と同じ行動をとる人たちを
しっかりと捉えていた。

朝食後、試しに昨日と同じルートで妬んでみたがやはり全く同じ人物が全く同じ行動をしていた。
一昨日行われていた披露宴すらも全く同じメンバーで開催されていた。気づかなかったが、おそらく昨日にも開かれていたのだろう。

「これは、まさか…」

パルスィは聞いたことがあった。人々が何の疑問を感じず、何回もある一定期間の行動を繰り返す現象…

「伝説の『エンドレスエイト』(終わらない8日)!?」
「…エンドレスエイト、ですか。8日を中心に宿泊されたお客さまにとっては、確かにそうとも言えますね」

その声に向き直る。そこにいたのは、チェックインの時に応対したあのホテルマンだった。
そういえばさっきこいつを見かけたとき、少し驚いたような表情をしていたような気もする。
このホテル内で唯一、同じ行動を繰り返していない人物。更に先ほどの発言。
こいつだ。こいつがおそらく、この現象の原因。

「当ホテルに宿泊していただいたお客さまには、このホテルで過ごした『楽しい1日』をいつまでも繰り返しお楽しみ
いただいているのです。『楽しいひと時』をひと時で終わらせず永遠に味わうことが出来る…素晴らしいことだと思いませんか」
「思わないわ」

即座に切り返され、ホテルマンは少し困ったような顔をした。

「何を仰います。私はホテルでの楽しい一日を提供し続け、お客さまはそれを楽しみ続ける。これこそホテルマンの究極形、
あなたたちゆっくりの言う『ゆっくりできる』状態をずっと味わうことが出来るのですよ!」

胸に手を当て誇らしげに語るホテルマンの言葉を、パルスィは静かに、そして熱く否定する。

「違うわ。こんな時間の牢獄に繋がれたまま、同じ1日をただ繰り返すなんて『ゆっくりしている』とは言わない。
変わり続ける毎日を味わい、乗り越え、妬んで、受け入れること。ゆっくりというのはその向こう側にあるものよ!」

妬むのはいらないと思います。

「…いいえ、あなたも受け入れてみれば解りますよ、この素晴らしさが!」

ホテルマンがパルスィに向け手をかざすと、周囲に紅い霧のようなものが発生し、パルスィを包み込む。

「他のゆっくりパルスィには効くのにどうにもあなたには効きが悪いようだ…ならばあなたには特別に、
通常の20倍の濃度の霧をサービスいたしましょう…」
「なるほど…」

しかしその霧は、パルスィから発せられた赤いオーラにってかき消された。

「周囲の時空を歪めて『ある一日の現象が繰り返し発生するホテル』という舞台(ステージ)を作り上げ、
その霧で『ある一日の行動を繰り返す』という登場人物(キャスト)を作り上げる…大掛かりな仕掛けね、妬ましいほどに」
「…その力ですか、この霧を阻み、ホテルの虜になるのを拒んでいた原因は…ならば!」

ホテルマンが指をパチンと鳴らすと、ホテル全体が激しく震動し始めた。

「何、地震!?」

やがて床が傾き、パルスィはころころと転がりながら窓の外に放り出された。
地面に叩きつけられ、『地震満々なその態度が妬ましい』などとわけのわからないことを呟きながら起き上がったパルスィが
見たものは、地を離れ空に浮かぶホテルの姿だった。
ホテルの震動は外から見ても分かるほどに続いている。そしてホテルに無数の皹が入り、形を変えていく。
崩壊ではない、変形だ。
ブロックを組み替え、足が出来、腕が出来、ホテルは巨大な人型のロボットへと姿を変える。

「さあ、おとなしく受け入れていただきますよ。このホテルで永遠に続く楽しい一日を!」

ホテルロボットの巨大な手がパルスィに迫る。しかしパルスィは臆することなく、不敵に笑っていた。

「何を得意げになっているのか知らないけど、どんなに願っても、拒んでも、ゆっくりしても、妬んでも、
明日というのは必ず来るのよ。エンドレスエイトが今日で断ち切られるのは確定しているわ。私が訪れた時点でね」
「何…これは…!?」

ホテルの、ロビーがあった部分が緑色に輝き、そこから何かが飛び出してきた。

「あの岩は…何故!?」

飛び出してきたのは、ロビーにあったあの『ネタ増し岩』…それが空中で5つに砕け、その破片から5つのゆっくりパルスィが解き放たれ、パルスィの周囲に飛来する。



『才能のある奴が妬ましい…』

他人の才能を妬む、タレントパルー。

『容姿のいい奴が妬ましい…』

他人の容姿を妬む、ビジュアルパルー。

『金持ちが妬ましい…』

他人の財産を妬む、フォーチュンパルー。

『幸運な奴が妬ましい…』

他人の運を妬む、ラッキーパルー。

『恋人のいる連中が妬ましい…』

そして…恋人たち全てを妬む、ラバーズパルー。



5つの光が飛び交う中心にいるパルスィは、声高く叫ぶ。

「ファイナル・フュージョン!」

パルスィから発せられた赤いオーラに引き寄せられ、6つのパルスィが合体していく。

パルスィを中心に、タレントパルー、ビジュアルパルーが両足に。




フォーチュンパルー、ラッキーパルーが両腕に。




そして、ラバーズパルーが背面に。




6つのパルスィが1つになり、現れたもの――――




それは、最強のゆっく神


それは、嫉妬の究極なる姿


唐突に現れた我らの希望


その名は嫉妬王


ジェラシック


ゆっ


パル


スィー!





「姿が丸っきり変わってるじゃないですか!」

すごいでしょう。

「ええい、これだからゆっくりというのは…これでも喰らえ、マクラミサイル!」

ホテル客室の窓が開き、ミサイルと化した無数の枕がゆっパルスィーに飛来する。逃げ場の無いミサイルの雨が降り注ぎ、
次々とゆっパルスィーに着弾する。

「手数が多いのが妬ましい…!」
「何ッ!」

だが、爆煙の中から現れたゆっパルスィーには傷一つ無い。

「この身体は私から発せられるジェラシックオーラで形成されるジェラシックアーマーによって覆われている…
そんな攻撃が通用すると思ってるの?ばかなの?その愚かさも妬ましい…」
「ならば貫通させるまで!エレベーターキャノン!」

ホテルロボが突き出した右腕の先端が展開され、中から4つの砲門が現れる。エレベーターシャフトを利用した4連装の
レールキャノンだ。

「プロテクト・シィィーット!」

そこから発射された砲弾を、ゆっパルスィーは左掌に圧縮させ、円形に放射したジェラシックオーラの盾で受け止める。

「馬鹿な…!」
「そっちばっかり攻撃できて妬ましい…今度はこっちから行くわよ」
「く…!」

ホテルロボが防御姿勢をとる。ゆっパルスィーの両手にエネルギーが集まっていくのが目に見えてわかる。
凄まじい破壊力を持つ攻撃が来る。なんとか回避、最悪でも防御しなければならない。

(何だ、何が来る!?)

ゆっパルスィーが高めたエネルギーが開放される!






「ギャラクシアンエクスプロージョン!」
「元ネタ違うじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

銀河を砕く威力の技をもろに受け、ホテルロボは完全に破壊された…。


……………


…………


………


……




「楽しかったねー」
「また来ようね」

ホテルから最後の客が帰っていく。その後姿を見送ると同時に、幻影の従業員達は消滅し、無人となったホテルは静かに崩れ、
瓦礫の山が後に残った。『4月8日』は、もうすぐ終わる。
その山の頂にいるのは傷つき倒れたホテルマンと、一人のゆっくりパルスィ。

「流石ね。最後の力で、客が全員帰るまでホテルを維持するなんて。妬ましいわ」
「お客さまの安全を守り、お帰りになるまで楽しんでいただく…ホテルマンとして当然の義務です…いえ」

ホテルマンは自らの目を両腕で覆った。

「私にホテルマンを名乗る資格はありませんね。自己満足のためにお客さまを閉じ込めてしまった私には…」
「そうでもないわよ」

瓦礫の山を、パルスィがゆっくりと下りていく。

「確かに今回は道を誤った。でもあなたは一番大切なものを持っているじゃない。そう…」

時空を歪ませるほどの強い…妬ましいまでの『ゆっくりしていってね』という思い…


それがあれば、いつの日かきっとなれるわ…


本物の…


テッカマンに…


「ホテルマンです!」

-おしまい-

書いた人:えーきさまはヤマカワイイ


『ジェラシックなんちゃらという言葉を使いたかった』
『企画の一発目で舞台を完全に破壊してみんなを困らせたかった』
ぶっちゃけ今回やりたかったのはこれだけです。have a Break、ブッ壊せー(誤訳)



  • 自分で挿絵まで描くとかマジ妬ましい -- 名無しさん (2010-12-25 13:03:25)
  • 止めどないネタの奔流が妬ましい、テッカマンで良いじゃん格好いいよ!
    前回のアクエニトリオンといい、ニトリンベルって奴らの戦闘力実はものすごいんじゃないかw -- 名無しさん (2010-12-25 23:02:04)
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最終更新:2010年12月25日 23:02