【2010・11年冬企画】「13階はブラックパックン&ブラックリリーの苗床」だってあの人昨日言ってました

【1月1日】

 このホテルは少し可笑しい

 一般的なホテルの「伝説の数」の平均値はどの程度かは解らないが――――むしろ無いのが当たり前だが
―――このホテルに伝わるよく解らない不気味な逸話は、多過ぎる。
 客達も物好きな連中が多く、新米ベルボーイの彼だが、ほぼ毎日「何か『伝説』を知らないか?」と
聞いてくる客に当たる。
 最初のころは割と有名な話をしていたが、良く投げられるのが「それは聞き飽きた」という一言。
 中にはリピーターもいて、もうそんな話は十分に知っているだろうに―――と思うのだが、そういう客に
限って、向こうから己の知っている「伝説」を一方的に話してくる。

 で、それが大抵本当に知らない話だったりする。

 周りにその話を聞いているかと尋ねると、5人に一人の割合で知っている者がいるので、その客の
でっち上げではないのだ。
 そうした「伝説」を語る時の、お客さんの得意げな顔といったら!!!




       ___,∧"´:ト-、_
       >,ゝ/ヽ、ノ::V:::_」∠::::7ァ_>ァ、         _,,.. -――C○ィ )     ̄ ̄\
     .,:'ィiヽ':::_>''"´      ̄  `ヽ!,        // ̄ヽ    ゝ○o _      ヽ
    / キア'"          ',   、`フ     Y   //\ /    \`L_       ',
   ,イ  /  /  ,ハ!   /  !  _!_ i ! Y   .,'   /    ゝ、__,..-、\  ̄`i う) i
   '、!,イ   ,'  /´___!_ i  ハ _ノ_`ハ/ ノ   |  / i   イ ,ヘ  ヽ  \ `  し' |
    ノ ',  レ、 !ァ´ノ_」_ノレ' レ' ソ`Y i、(    ゝ、| 斗jナ ル  ヽ、ナ‐- ',ヽ、 ハ !  \
   ( ソ'´  Vi  rr=-,   r=;ァ ハヘノ'       T{∧{ rr=-,   r=;ァ i} リ   `T ‐ヽ
   y'´   !  !. '" ̄      ̄"'ノノハ     _ノ  ム!""        ""/     !_」
   ,'  !   , ヽ、_,ゝ'"'"  'ー=-'   ' ,ハ  !    ゝ._ノ人    'ー=-'    ∠ノ     |
   '、 ゝ、ノ   )ハゝ、,       ,..イノ ソ      `ー‐ >, 、 _,. <_Z_  /ノ/
    `ヽ(ゝ/)ヽ,ノイi,` ''=ー=':i´ノ´ンノ        / ̄_ヽ`ー-一'イ==≠二





 は何度見た事だろう。
 ゆっくりではないけれど、少し前に帰って行った一行も酷かった。
 26日頃に来た団体なのだが―――――「山の方角」から夜中にやって来た外国人らしき、いかにも育ちの
良さそうな幼い姉妹と、その保護者と付き人を兼ねているであろう幾人かの少女達―――――「赤い霧」を
初めとした、このホテルの有名な伝説を、一応一通りしたのだが、

 「人g……いや、この国の奴らの想像力は全く乏しいわね」

 と芝居のかかった口調で罵られた。
 畏れ多くも、スイートルームに宿泊したのだが、到着するなり、ドアの前で付き人のメエドさんが大声で
これまたわざとらしく言ったのだった。

 「何と――――これがかの吸血鬼が泊まりに来るという噂のスイートルーム!」
 「ほほお」

 横では、中国人らしき女性が一緒になって、やはりわざとらしく驚いていた。
 ――――”吸血鬼が泊まりに来る”という伝説は、その時知った。
 そして、知らなかったことをコンシェルジュにたしなめられた。
 ホテルマンたる者、自分のホテルの伝説程度は知っていてしかり、という事だが―――何しろパンフレット
の種類がでたらめに多く、管理もされずその種類ごとに伝説が違うのだ。
 それらを覚えきれているのは総支配人とコンシェルジュ、これまた副メエドリーダーのゆっくりヤマメさんと、
ベルボーイのおりん先輩ぐらいだろうと言われている。

 そして、「伝説」は8割実話に基づくと言われる。

 一応科学的に原理が解明されたそうだが、現実に紅い霧は出続ける。



・泊まりに来る吸血鬼の貴族
 →  吸血鬼かどうかはともかく、スイートルームの清掃時、動物の眼球が年末にはよく転がっているとの
報告がある

・「儀式」がやりやすい部屋がある
 →  やりやすいかどうかは別に、実際に「儀式」らしい事が25日に行われた

・信じられないほど天井と床がもろい部屋がある
 →  ↑のちょうど上の、ポップコーンを爆発させた部屋だろう

・クリスマスには、必ず気が狂う人間の客がいる
 →   ↑の客だろう

・泊まっただけで運勢が極端に変わる事がある
 →  宿泊してリフレッシュし、元気になって翌年「おかげで経営が立ち直りました!」と言ってきた社長
    がいる。
     また、その逆も探せばあるだろう。

・地下室か、屋上か、このホテルは目に見えない「何か巨大なもの」を飼育してるとか
 →  地下1階の浴槽がとても深い。あまりにも深くて(無害らしいが)、時折何かを見間違える人もいる。
    実際行ってみると、怖い場所だ

・神隠し
 →  【口外禁止】

・「何か」に出会ったとか  / 「何か」が部屋で起こったとか
 →  あまりに広義過ぎる

    今年だと、
   「顔が猿(猫?)・胴体が狸(鳥?)・手足が寅で、尻尾が蛇になっている巨大な獣」に会った
   「唐傘お化け」に会った

    昨年だと 
   「引き出し一杯に詰まったプチゆっくりの群れ」を見た
    等々

・実は、ホテル全体が巨大ロボに変形して戦うことができる
 (去年4月に起きた倒壊事故以来その技術は封印されているという説もある)
 →   流石にこれは嘘……





 「何、簡単な事じゃない」

 ―――深夜
 従業員用の食堂にて。
 やたらと卑猥なタブロイド誌を広げて、その上にどっかと体育座りをして、ゆっくりやまめ副リーダーは
教えてくれた。

 「下手に古くて立地条件も変だから、変な噂がいくつもたつんだよ!
  ―――それが他のホテルよりちょっと多いから、皆調子に乗って色々な伝説を作ったのさ」
 「お客様方の豊かな想像力の産物、という事ですか?」
 「――― 一から作ったんじゃないよ!」

 何かちょっと真新しい、自分自身に理解できない事が起これば、それが「伝説」になって
しまうのだろう。
 延々と増える続ける訳だ。
 最近自宅から通ってくる従業員のゆっくりさなえさんは、八坂号に乗って通勤しており、駐車場で
いつも待機させており、昨日の大晦日などは、一階玄関から入ろうとして騒ぎになったから、これまた
尾ひれ羽ひれがついて「伝説」になるだろう。

 ―――「駐車場にて主人を待ち続ける犬の亡霊」とかなんとか

 「『何かを見た』って伝説も――― 『プチゆっくりの大群』も、『唐傘お化け』も、『ネタ増し岩の再生』
  も、見た人はまあ見たんだよきっと!
  ちょっと『見たい』と思ってれば何かを見間違えるだろうし、それがそのまま『伝説』になっちゃうんだよ!」

 ―――「ネタ増し岩の再生」 というのは初耳だが………

 「ですよね」
 「正体は解らないけど、『そういうのを何か見たい』と無意識に思ってたらなんか見ちゃうもんだよ」
 「なるほど」
 「『卵が先か鶏が先か』ってやつだね!ふたを開けてみればどうってことないよ!」
 「寝ぼけた人が見間違えたんだよ!」
 「そうですね」
 「怖くなんかないよ!」
 「お化けなんてないよ!」
 「世の中やっぱりつまらないなあ。『唐傘お化け』はそれっぽい傘をお持ちのお客様がいらっしゃいました
  それが原因ですね」」
 「不思議な事なんて何一つ起こらないんだよ!」
 「ところで、『ネタ増し岩の再生』って何ですか?」
 「あれは去年の冬に……」

 と、副リーダーが説明しかけた時、横にはおりん先輩ニタニタと笑いながら立っていた。

 「交代の時間だよ」
 「おっと」

 広げていた雑誌の上から、ポヨンポヨンと飛び降りると、副リーダーはそのまま走って行った。
 休憩の時間はもう少しあるはずだが……
 それから、今の会話に、誰かが一人入り込んできた気がした。
 今しがた。副リーダーの後ろに、ゆっくりこいしらしき姿が見え隠れしていた気がするが、気のせいだろうか?

 「おりんさん、『ネタ増し岩の再生』って……」
 「後で話すよ」

 どんな『伝説』も、従業員の5人に一人はその内容を把握している、
 他の休んでいる連中に話を聞こうとしたが―――が、誰もいない。薄暗い部屋に、おりんと彼の二人っきり。
 休み過ぎたのかと思ったが、時間はまだ確実にあった。
 何やらこの部屋に、というか、おりんさんと一緒にいたくなくて、彼は次の持ち場に一人向かった。
 寒い夜だ。
 他の何人かの先輩が、おりんさんを怖がっていたのを思い出す。
 そもそも、おりんにまつわる話が従業員間のみでいくつかった。


 ―――ホテル一番の働き者とされているが、実は一日の実働は15分だとか

 ―――たまに通り過ぎる時、車の中に、血にまみれた肉の塊を積んでいるのを見たとか

 ―――仕事中ずぶ濡れになってしまったメエドに着替えを持ってきてくれたが、下着になって服に手をかけたら。
    「まだまだ着てるじゃないかぁ」
    と、どこからともなく人間の頭がい骨を持ってニカニカ笑っていたとかいなかったとか


 一番最後の奴は深い意味を考えたくない。

 「それにしても」

 昨日、と言っても数時間前だが、大晦日だというのに大混雑だった。
 深夜になっても、ロビーはごった返していたのだ。
 ―――いや

 「あれは、本当に客だったのか…………?」

 控室に戻ると、数人が既に待機していた。
 その内の一人が言う

 「やまめ副リーダー、『953号室』に行ったって」
 「えっ」

 これも、「伝説」の一つだったはず。
 どの階も、50号室も部屋はないのだ。
 なのに、9階の53番目の部屋からルームサービスが来る。
 指示された者は、何の疑問も抱かず向かい、そして、廊下が極端に長く果てが無い事に途中で気付く。
 そして、常識的に考えて、53号室自体が存在しない事を思い出す
 ――――その時、ふと横を見ると、「953号室」は存在しているという。

 「で、何を見たって?」
 「いや何も。嫌~な顔してたから、聞かない方がいいかも」

 何人かは苦笑いし――――その内一人は青ざめていた。
 伝説が残っているという事は、生還した者がいる、という事で、悲惨な最期を遂げる可能性がある、という話は
残っていない。
 しかし「何を見たか」が伝わっていないのは、おかしな話だ。
 いずれ話には上るだろうか?
 ―――筋肉質のパチェさんが構えていた、とか

 「そういえば、『伝説』を体験してきたばかりの人のに会うのは初めてです」

 彼自身、体験自体していなかった。

 「そうか。その内に何か起こるかもしれないぞ」
 「ですかね」
 「皆、おりんさんが怖いって言うけど、それ俺のせいなんだ」
 「何故」
 「車に骸骨が積んであった、って最初に話したのが俺なんだ。―――嘘じゃないけどね」

 これも嘘ではなしに、おりんさんは受付嬢のぱるすぃさんと一緒に、近くにできた「ゆっくりランド」とかいう
別のホテルから、定期的に客を取り上げている。
 このくそ忙しい中、別にそんな妨害をしなくても繁盛しているのに、何かの悪意があるのだろう。
 そうしたちょっと怖い噂の裏には、素行の悪さが見え隠れしていよう。

 「そう、根拠があるんでしょう。別に不思議な事じゃない」
 「不思議な事じゃないな。多分丸焼きにした牛か羊の骨を片付けていたんだろうさ」

 『伝説』はあくまで『伝説』
 そのものには影も形も無いが、目の前には差し迫った仕事がある。
 本当にそろそろ休憩時間も終わる。
 気持ちを切り替えた時――――――電話が鳴った。

 「―――テロだって」
 「えー………」
 「全裸のおっさんが、受付に飛び込んできたんだそうな」
 「おお、ジェラシックゆっパルスィミニも出動を…」

 時刻は12時を回り、年が明けたのだが、そんな実感はみじんもわかなかった。
 そうしたわけで、混乱の最中、コンシェルジュから受けた指示に彼はすぐに従った後、エレベーターの中で
驚いた。

 「703号室にルームサービスだよ!!!」

 クリスマスの夜、天井を破壊したポップコーンが、最終的に降り注いだ部屋だ。
 ―――天井がほぼ全て抜け落ちるという大惨事だったのだから、今あの部屋に泊まれるはずはない。
 エレベーターで7階へ向かう途中、先輩に会ったので、その事を話した。

 「803号室自体が修復終わったから大丈夫さ」

 ―――6日間しか経っていない。
 天井と床自体が無くなって、いかなる素人考えでも、一週間以内に宿泊ができるとは
思えない


 レゴブロックか? このホテルは


 そういえば8階へは何度か向かったが、夕方頃には、確かにあの付近には立ち入り禁止の札が取り除かれていた
様に思える。
 当たら前の光景なのに、何故か違和感を感じたのはそのためか。
 と、言うか、そうした状況に「慣らされている」気が最近する。

 「ん?」

 そこでまた『伝説』の一つを反芻して気が付く。

 「『儀式がやりやすい部屋』と『天井と床が信じられないほど壊れやすい部屋』って同じ部屋ですか?」
 「おそらくその通り」

 先輩は去年の10月にこのホテルに勤め始めたのだという。
 ちょうど、奇跡の復興を遂げた頃か。

 「去年天井と床が壊れてたのは903号室だったな」
 「あ、だからその影響で、803号室の天井が壊れたんでしょうか?」
 「その前も同じ部屋だったかどうかは思い出せないな」
 「でも、このホテルって頑丈ですよね?」

 非常時に巨大ロボに変形するという話は、ここに起因しているのだろう
 何しろ


                  -''"´     `'
              ,'´ ,. -‐ァ'" ̄ ̄ ̄`ヽー 、`ヽ
              ゝ//          `ヽ`フ
               / .,'  /! /!      ! ハ  ! ',ゝ
             (    ! ノ-!‐ノ!   ! ノ|/ー!、!ノ  ,.ゝ
            ヘ  ,ノレ' u rr=-,    r=;ァ  ir /! ノ  ズルルルルル
           (   ノ ! ///        /// ! ヘ(       。
             )  ,.ハ ''"u 。 )、_____, (  "。' ! ',ヽ.  ゚ ゚
            ,_)__'! ト.。   ,__ヾミ三三三三三三三三三三三ミヽ
          r'"ヽ   t、 Y`⌒ヽ-----‐´レヘ ノ(  ) .      /〃
         /   、、i/゙  \,ィ\ヽ (   )    ヽ       ノ〃    ,)ノ ゚ 。
         /   /     ゙i=ョ=ョ=ョ=(^ヽ、_/  )     ヾミ三三三彡´ 。
         {         ノ \ ____ /,) i    .|   。
         ゝ-,,,_   /  `└‐─‐‐ と" ノ    イ





        _,. -‐ '' " ",. ̄'' ̄` ''‐、                 /(_
      ,.-'      ,r''  _,,.. - 、  ` 、    三三三三三三三  て
     ,.r'/// /   ,.-'      `' 、. \   三三三三三三、   {
   /       ,r'  ,r'          \ '、           / / /
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  i     ,.ァ   .i   ____      ____  ',. ',      ////
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      '、'-..,,_____ ___`、    `''‐- ..,, ,,.. r'  /_______」ミ、
     \ ヾヾヾヾヾ \          /三三三三三三三三三ノ
      ` 、  、、、、、、、、 ` - ..,,, _ _,.r'゙ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        `' - .,,_       _,. - ''"
            `"'' '' '' ""


 みたいな事が起こるが、一応無事だ。
 むしろ、倒壊した部屋が一般基準で言えば一番まともか?
 いや、それでもポップコーンに潰されたのだ。

 「建築には詳しくないんだが、法隆寺あたりの文化財は、耐震性があるけど、そこまでガチガチに堅く
  作ってる訳じゃないそうだ」
 「はあ」
 「むしろ上手く計算して、スキマを多くバランスをとることで、その地震の力を抑え込むじゃなく、
  分散させて建物全体を保つって訳」
 「うちは別ですねえ」
 「うちは別だ」

 様々な境界の上に建つこのホテルの構えは、どこか固い。遠目から見ると、
 サイコロと言われる事もある。

 「外も中も、力ってものは蓄積するもんさ」
 「どっかで放出しないといけないのかもしれないよ!!!」
 「ストレスをためこまない様に――――って事です?」

 それは精神論の話のはず。
 しかし、頑丈に隙無く作った複雑な構造の立方体の箱を、本当に内外からの衝撃に耐えきれるようにするため、
その力の受け皿というか、犠牲になり続ける部分は確かに必要かもしれない。
 内外善悪問わず、何らかの「暴力」「攻撃性」といったものの存在は、
目に見えないが確かにある。
 それを圧倒的に弱い者への圧力などで解消しようとする者もいる。
 スポーツやその他の遊び等の有意義な形を取るものが世の中は殆どだが、そこには「発散」という行為があるのだ。
 先輩はワゴンの上に乗せられた銀の半球の蓋をコツコツと叩いてから、中を見せてくれた。
 中には、30年ほど昔のアニメにでも出てきそうな穴だらけのチーズが盛られていた。
 意味が何となく解る分、よく解らない。
 先輩は6階で降りて行った。
 一緒に、ゆっくりこいしが後をつけて行った気がしたが、気のせいだろうか?
 と言うか、一緒に誰かがエレベーターの中にいて、会話に加わっていた気がする。
 そして7階。
 ―――――確かに、一週間前と同じ光景
 考えてみれば、工事が行われていた記憶さえも曖昧である。
 03号室は近い。

 「お待たせいたしましたー」

 中では、ゆっくりまりさが疲れた顔で出迎えてくれた。
 ちらりと部屋中を見渡したが、6日前にあのポップコーンに埋め尽くされた部屋とは思えない。少しだけ塩臭い気が
したが、泊まる事ができるだけ、すごい。
 ――――と言うより、あの惨事が起こった日の事は覚えているが、その時ポップコーンに潰されたのが、
このゆっくりまりさでは無かっただろうか?
 あんな目に遭って、無事なのはまだしも(どうせゆっくりの事だから、『しゃがんで避けた』とか『ゆっくりして
いなかったら死ぬところだった』とか、適当に言うんだろう)。
 まあ、ゆっくりまりさは数が多いから、別個体と考えた方がいいだろう。

 「チーズの盛り合わせになります」
 「ゆわあ 凄いのぜ…… 何か30年前のネズミが好きそうなチーズだね!!!」
 「ごゆっくりどうぞ」
 「何か塩の匂いが強いけど、やっぱりいいホテルだね、ここ」

 やはり本人か

 「あの時は、災難でしたね」
 「しゃがんでゆっくりしてなかったら死んでたよ!!!」

 両方言った………
 考えてみれば、長期滞在の客の一人だったはず。「侯爵」とかあだ名まである人気者だ。
 何をしているのだろう?

 「んー 調べもの」
 「? 何も言ってないですよ?」
 「そうかい。 しかし、このホテルはどこか可笑しい」
 「―――皆様そう仰られます」
 「何て言うか―――――『想い』も『観念』も物質なのぜ」

 一つかみチーズを取ると、モムモムと噛みながら、ゆっくりまりさ侯爵はテーブルへ運んでいく。

 「はあ」
 「物質ではないけど、ある意味物質と同じで、『ある物』って考えた方がいいのぜ」
 「解るような気がします」
 「このホテルは、色々な境界が曖昧になりすぎているのぜ」

 「ぜ」の使い方が間違っている。
 「空気を読む」という事を暗に行っているのだろうか?それならば、イクさんの専門だ。
 しかし、ホテルに務めているとそうしたことが解る。
 明らかに、「空気が悪い」とされる場所は、実際に温度も違い、汚れもたまりやすくなる。どんなに気を配っても、
絶対にだ。

 「あんたは、気が付かないのか?」
 「 ――――色々な『伝説』のあるホテルではあると自覚しておりますが、そうした経験は皆無でして」

 お恥ずかしながら と付け加えると、何だかおばさんみたいな笑い方を、部屋の奥からまりさ侯爵は返してきた。

 「それは一つの才能ぜ」
 「そうでしょうか」
 「『見えない』『感じない』―――――程度や場合にもよるが、それこそある意味本当の『スルー』が
  できるのぜ」
 「『スルー』?」
 「『スルー』ぜ。 誰が何と言おうと、『スルー』は人類に必要なのぜ」
 「ああ、ありがとうございます」
 「大体、全部『伝説』を知ってる訳じゃあるまい」
 「ええと、『ネタ増し岩の復活』という話だけは存じないのです」
 「ああ、それなら………」

 と言っていると、部屋の電話が鳴った。
 まりさ侯爵は、それに即座に出ると、出る事を促すように、済まなそうに彼を手で払った。
 ガラガラと、ワゴン車の音だけが響く。
 廊下は何故か冷暖房がしっかりしていないので、寒い。
 全裸で現れたテロリストとやらは、逆に本当に苦痛を味わったのだと何となく想像した。

 「こんな夜中に何だったんだろう」

 窓が少ないので、外も見えない。
 何だか永遠に春も、朝も来ない気がする。
 いや、ホテル自体が、地底の様な場所に閉じ込められている様な。

 「うわっ」

 角を曲がったところで、思い切り大きな物が通路をふさいでいた。

 「これは、失礼」

 2.3歩退いてしまったが、目をこすってよく見ると、普通のゆっくりだった。ギターを背負ったゆっくりようむだ。

 「お帰りで………?」
 「荷物はだいじょうぶ。じぶんでもっていきます」

 ――――暗い想像をしていれば、そんな可笑しなものも見るだろう。
 そして、思った

 「それはそれでいいかもしれない」

 何、設備の整ったホテルだ。
 野外にいる訳でも無し。



 このままずっと霧が止まらなくても
 ずっと冬でも
 ずっと夜でも
 地底だっていいだろう。
 何だか却って暖かい。土竜は土の中で楽しそうとか、昔は考えていたのだ。
 やたら高い山の上にあっても困る。
 ふわふわホテルが空を飛んでもいても困る



 「見えなくたっていいじゃないか」

 誰にも解らないように一人ごちた。
 エレベーターを降りると、誰かが一緒に降りた気がしたが、気のせいに決まっている。
 今度こそ、「ネタ増し岩の再生」とやらを聞こうと思ったが、すぐさま別の部屋に呼ばれることになった。
 ワゴンに、ありったけの酒を乗せていると、少し前から顔色の悪かった従業員が話しかけてきた。

 「凄い事教えてやろうか」
 「何だい」

 大分、客は落ち着いてきている様子

 「『953号室』って俺の創作なんだ」
 「――――………」

 「今行ってきた」者を見たのは、先ほどが初めて。
 実際に「行った」という人は、黙っていたが3人ほど知っている。

 「どういう事?」
 「――――『何か面白い話無い?』とか聞かれたことはある?」
 「あるよ」
 「そう、ネタ切れになっててさ。で、『飽きた』とか言われるのやだから、創作したわけ」

 多分、色々な逸話を繋ぎあわせたのだろう。
 「953」という数字も、何か不自然だった。

 「だけどさ」
 「ああ」

 繰り返す。
 少なくとも、4人は「953号室」に呼ばれたのだ。
 何を見たかは、何故か解らないのだが。

 「とりあえず、行ってくる」
 「気を付けて………」




 ――――何、 よくある話だ


 ありがち過ぎる伝説なのだ。
 それ位、「被る」という事だってあるだろう。


 実の事を言うと、彼もでまかせで『伝説』を話したことがある。
 しかし、そんなものは実現しまい。
 彼自身、不思議なことなど体験した事も無いのだから。



 エレベーターに乗っていると、次々にほぼ全ての階に止まった。


 「『想い』も『観念』も物質なのぜ ―――――か」


 3階で、室内なのに、茄子みたいな配色の巨大な唐傘を持った少女が入ってきた。
 4階で、プチゆっくりの集団が入ってきた。  ――――その数、3ケタは優に超える事は解るが、無理矢理。


 「きっちゅいにぇ……」
 「おねえちゃん、ちょっとだけ傘さんをよけんてにぇ!」
 「このホテルさん、ろうかがなんでこんなにさむいんだろうね?」


 5階で、きめぇ丸が。

 「紫社長、元気になったかな………」

 何か、話し方が普通のゆっくりあやっぽい。
 そういえば、「ゆっくりあやはきめぇ丸の偽物」と良く揶揄され、あや達はきめぇ丸の事を執拗に嫌って
「私の偽物」と呼ぶのだが、両者の名前は全く似ていない。
 何故だろう。

 6階で、無人なのに止まった。
 8階で、寒そうな半袖とミニスカートを身に着けた、黒づくめの少女が乗ってきた。

 「やあ」
 「ども」
 「いつまで?」
 「そろそろ。ぬえさんは?」
 「帰れなくなった。――――――あの部屋から出られない。今はあの門番を泊めてるよ」

 9階   無人
 だが、扉は開く。
 プチゆっくり達にもまれ、誰も降りず、彼はもう一度胸の内で反芻した。


 ―――――しかし、このホテルはどこか可笑しい」
 ―――――『想い』も『観念』も物質なのぜ」

 同時に、「953号室」に行く前のやまめ副リーダーの言葉も


 ―――――正体は解らないけど、『そういうのを何か見たい』と無意識に思ってたらなんか見ちゃうもんだよ
 ―――――『卵が先か鶏が先か』ってやつだね!ふたを開けてみればどうってことないよ!
 ―――――怖くなんかないよ!
 ―――――お化けなんてないよ!


 ………一番サイトの台詞は、副リーダーの言葉ではない。
 誰が言ったんだ?
 ついでに、またまりさ侯爵の台詞も思い出した。


 ―――――『見えない』『感じない』―程度や場合にもよるが、それこそある意味本当の『スルー』ができるのぜ
 ―――――『スルー』ぜ。 誰が何と言おうと、『スルー』は人類に必要なのぜ


 ふと、足元にいた、ゆっくりこいしが尋ねてきた。
 いつの間に乗ったのだっけ?

 「従業員の旦那。このホテルって何階までだっけ?」
 「11階です」
 「あらそう」


 海と陸地
 平地と山
 農村と都市
 自然と人工物
 住民と異人
 人間とゆっくり



 ―――様々な境界の上に、このホテルは建てられている。



 現実と幻想
 常識と非常識
 物質と観念


 嘘と真実





 彼は、1307号室行きの、ワインセットが載ったワゴン車を、改めて無心で握った。


                                了

  • nice -- 名無しさん (2011-01-27 01:58:38)
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最終更新:2011年01月27日 01:58