【2010・11年冬企画】3つじゃなくても歩こう-1

 【1月7日】


 真っ赤な閃光を放ちつつ飛翔するホテルを真下から見上げながら、彼女が思い出していたのは、自分が閉じ籠って
4日目の光景だった。



 閉じられた空間で、ありとあらゆる気晴らしと現実逃避を繰り返しては、机に向かって仕事に取り組んだが
一行に進まなかった。
 食事は美味しいし、少ない窓から見える外は美しく、一歩室内から出れば、楽しい施設がたくさんある。
 さすがにそれは逆効果と、自身に部屋からの外出を翌日禁止した。
 さて。
 密かに持ってきたPSPを遊び倒し、ルームサービスのメニューは良心が痛まない範囲で頼み尽くし、
カーテンを開けて外を1時間近く眺め(これだけ眺め倒したのは人生初だろう)、部屋の中を調べ回り、そうした
逃避をあらかた行った後で、机に向かった。
 2分ともたなかった。
 こんな状況だが、まともな睡眠を驚く程とっていない。
 運動もしていないのに、少し呼吸が荒れる。
 机には向かうのだが、そこでたったの数分で、リフレッシュした時の気持ちが、現実逃避をする直前にもう
戻る事に怒りを覚える。
 そして、それまでの逃避の時間の長さに眩暈を感じて泣く。

 締め切りは2日後である。

 そうこうしている内に、彼女は幻覚を見始めた。
 大体ゆっくりだった。
 引き出しを開ければ、ぷちゆっくりが媚びた表情で居て、つぶらな瞳でこちらを見ていた。


    _,,_
  -'':::`''
   |:;ノ´∨\_,. -‐ァ        _    __
  _,.!イ,.ヘーァ'ニハ'ヽ、ヘ,_7     r , -`―'- 、イ、
. :::::rー''7コ|_,‐"リ´V、!__ハ    イi イ人ルレ ン、
 !イ´,'イ ノヒソ ヮ ヒンY.i !     /ヒン ヮ ヒン)| i、|
   ( ,ハ"    ")人     ("     " []ノ i
  ,)、 .ヘ,、)―― '´'レヽ     ー―――'レル'



 クローゼットをあければ、ギチギチに誰かが収まっていた。



   , -―‐- 、
  ,イ        'i,
 /─-     -─',
 l ゝ、イ人レ/_ル |
 | rr=-,   r=;ァ  ||
 |.   ̄    ̄  .「|
 |   'ー=-'    L|
 |ヽ、        ,イ |
..┼─ー──‐一─┼



 シャワーを浴びようと、部屋の浴室を開けると、


                 __
              , --'.:::::::', ---- 、
              /:::::::::::---:::::::::::::::: ヽ
            ノノ:::::::::ノ:::::::::::::::::::::::ヽ:::ヽ
           / :/:::ノ::::ノ::::::ノi:::::人::::::|::::::}.
             {:(:(:::/::/__,ノ ノノ 、__)/)::ノ:)'ウ
           人:.:.ノ::( rr=-,   r=;ァ /:::.:.ノ/
           (:.:.:)(:::::人///    ///ノ:) .:(:(
           ).:.:.:: )ノ:.:.:.)  'ー=-'  (::ノ:.:ノ:
          ノ.:.:.:.::( : ):(>.., ______ ._イノ::(::ヽ
        (.:.:.:.:.:.:.:,'´   厂|′  ハ::l `;.:.:.:)
       ノ.:.:.:.:.:..::/    |::::「`   ´}::l / 〈
      (.:.:.:.:.:.:.:, ′   ノ::::丶 __,ノ:::∨.:.:.:.:)
     ノ.:.:..:.:.:/   /^::r‐- 、____:::::}.:.:.:〈
    (.:.:.:.::, ´   , '八::::/  聖   }:フ.:.:.:.:.:)
    ノ.::.:.:,.    ,.:':::::::::::>--‐ ‐-r:.:´.:.:.:.:.:.:ヽ
      /   ,:' :::::::::::/.::::::::::::::/.:′
      .'   r'/.:::::::::::/.::::::::::::::::{:::{
     {     〉.::::::::::::{:::::::::::::::::::}::::〉
     丶. {r_}_::::. -┴<:::: ̄ア^i
        ̄ {      ヽ '´ ¦



 すぐに閉めて、その日は風呂にも入らなかった(耐えかねて恐る恐る開けて翌日は入った)。
 幻覚を見始めたのは初めてだった。 いずれはそうなるだろうと思っていた。
 受験中に、一回追い詰められすぎて性癖自体までもが変わってしまった事があったが、それに近い。だが、
あの時とは状況も危険度も違う。
 大人になってからもこんな目に遭うとは――――
 いや、後がなく、生活問題なだけに、今の状況の方が恐ろしい
 そうした訳で―――――

 「そういえばおばさん、純和風ピザは頼んだ?」
 「頼んでないけど、何それ」
 「生地がすべてお餅なんだよ!!!」

 幻覚が話しかけてきても、あまり堪えなかった。
 色々なゆっくりを部屋で目撃したが、話しかけてきたのはこいしだけだった。

 「何でそんなマニアックな………」
 「お餅を使ったからって、『純和風』なんておこがましいよね!!!」
 「じゃあ、頼んでみようか―――――って高いわあ」

 ルームサービスには、何やら青ざめた顔の青年がやって来た。
 何度も部屋の札を見つめ直している。
 もむもむと、朦朧とした頭で、こいしと一緒に頬張った。
 ややあって、こいしが幻覚ではない事にもうっすら気が付いたが、そうした事は少しずつ良くなっていった。

 「お姉さん、小説家?」
 「いいや、脚本家」
 「映画?ドラマ? フェイクドキュメンタリー? 報道番組?」
 「嫌な言い方だなあ……… 今は特撮やってる」
 「とくさつ………」

 こいしは笑いをやめた。
 そこで、彼女は、今までのゆっくり特有の笑みは作り笑いだったことに気が付いた。
 しかし、すぐにこいしは微笑んだ。それは本当の笑顔だった。

 「『ディケイネ』は知ってる?」
 「知ってるも何も…………」

 彼女が、何話か担当したのだ。
 あれは、複数の脚本家がリレーの様に描いて行ったのだ。

 「4話目だったかしらね?」

 元々彼女は、「ゆっくらいだーフライド」というシリーズ5作目のメインライターだった。10作目のディケイネに、
その「フライド」の世界を訪れるエピソードがあり、その時に脚本を描かせてもらった。

 「良い思い出だったわ」
 「そうでしょうね」

 こいしは、やたらとドヤ顔でディケイネの魅力を語り始めた。

 「本当に素晴らしい物語だった」
 「楽しい半年だったわ」

 まるで、自分がこの世界で誰よりもディケイネを知っている様に、まるで会ったことでもあるかのように。
 こうした話で、盛り上がらないはずがない。
 気が付けば、夕方だった。

 「一番好きなエピソードは? 最終回以外で」
 「もちろん『ゆイタニック号』編だよ!!!」
 「ああ、こいしちゃん出てるもんねえ。―――――『ゆっくりバカ一代!』の時は? 『流行病』編も……」
 「何言ってるの? 『流行病の世界』なんてどこにもなかったよ?」
 「ああ、何か嫌な思い出があるのね」
 「あのローラは一緒にいて面白かったのに」
 「伝子ちゃんもね」
 「何言ってるの?伝子なんてどこにも見えなかったよ?」
 「顔紅くなってるわよ」

 流石に、もう頭は朦朧とはしていなかった。
 一部が確実に機能しなくなっていることは解っていたが、ひたすら楽しかった。
 こいしが何者なのかはどうでもよくなった状態が続いていたが、そのまま違和感を感じる脳の機能がどこか麻痺
したままなのだろうと、自分でもうっすら思った。
 一通り話尽くし、劇場版の事も語ってから、少し間が空いたので、お茶を淹れる、と言って立ち上がった。
 用意をしながらも、まだマヒしたままだ
 だが、何かしら脳のどこかがよみがえっている事を彼女は感じていた。
 「缶詰」とやらが、結局あまり作家にとって――――少なくとも自分にとって――――良い結果はもたらなさない
と考えつつ、こんな、自分の関わった作品の、本来の対象者と、こうした話し続ける事など何年振りだろうと考えた。

 (――――今なら―――)

 原稿の一行を描きだすことができるかもしれない。
 ここで、もう少しあのこいしと話し続ければ、何かが生まれるかもしれない。
 ―――否

 (今やれ  すぐやれ)

 あのこいしは、創作の神か? 精霊か?
 何にせよ、アーティストにとって有益なこの世の者ではない、このホテルの地縛霊的な「何か」であることは間違い
あるまい。
 彼女は、感謝の念を込めてありあわせのお菓子を丁寧に盛り、こいしが待つテーブルに静かにお茶と共に置くと、一礼
して、作業に使う机に向かった。
 真っ白な原稿を前にペンを持つと、トコトコとこいしがやってくる音が聞こえて、後ろから覗き込み始めた。
 空中に浮遊でもしないと無理な姿勢で、後ろから………
 彼女は振り向けなかった

 「何か書くの?」
 「原稿」
 「他に、ゆっくらいだーの話しない?おばさんが好きな奴」

 となると、自分が書いたフライドと……

 「”ゆっくらいだーW(ありすまる)”ね」
 「何それ」
 「ありすと、きめぇ丸の二人で一人のゆっくらいだーよ」

 彼女は特に関わっていないが、好きな話だ。
 事実上ディケイネの完結編である劇場版でも顔を出して、中々美味しい役所だ。
 設定はかなり特殊――――というか、シリーズ史上初の、2人同時変身という形をとっているが、その内容や世界観
はかなり昭和的というか、ある意味原点回帰と言えるほどストレートで明快なヒーロー像を打ち立てている。
 リアル路線を重視するあまり、『ゆっくらいだー』という単語さえ劇中に登場しなくなって久しかった平成のシリーズ
の中にあって、あえて、ゆっくりを守るための戦士としての『ゆっくらいだー』という位置づけを強調してくれた。

 「何それ? エースみたいなの?」
 「ちょっと違うけど………」

 説明していると、気づけば深夜になっていた。
 自己嫌悪はあった。
 深い悲しみには襲われたが、いつもの怒りはなかった。
 その時間は有意義だったからだ。

 「あー…… ずっとこうしていたい……」

 運動も全くしないし、ピザなんか食べたもんだから、お腹は特に空かなかった。
 テーブルの上に乗ったこいしは、何やらいかにも腹に一物ある笑顔で尋ねてきた。

 「何か辛い事でもあるの?」
 「締切よ、締切。全然描けない」
 「そんなにお仕事辛い?」
 「辛いとか辛くないとかじゃなく…………」

 逃げたいとは思っている。切実に。

 「今、不幸?」

 少し考えて言った。

 「ああ、不幸だねえ」

 本来一番楽しかったことが、嫌で仕方ない。
 生きがいだったはずの、物語の執筆が、苦痛で仕方だなんて。
 挙げればきりがないし、もっと不幸な人がいる事も解っている。だが、改めてこのこいしと話している時間は幸せ
だったし、それを自覚したら、もう今が不幸としか思えない。
 明後日―――というか、明日には、原稿を渡さなければならない。
 この重圧に比べれば、この世のあらかたの事はましに思える。
 こいしは、満面の笑みで、わが意を得たりといった様子でよちよちと、丸っこいその身を乗り出した。
 その言葉を待っていたとでも言わんばかりに。

 「できれば、この部屋で、ずっとこんな話をしていたい。あのあんまり美味しくない餅のピザでも頼んで、
  紅茶とかチビチビ飲んで」

 ――――もう、何も書ける気がしない。
 昔は物語を、脚本を書くこと自体が楽しかったのに。
 いつからこうなってしまったのだろう。
 こんな気持ちで、何かを動かせるものなどできるもんか。

 「へえ、それじゃあ」

 未だに、いつの間にか当たり前の様に部屋にいたこいしの正体を聞き出せてもいないが、彼女には何となく何者
なのかが更に解ってきた。
 地縛霊的な「何か」と思っていたが、もっと性質の悪い奴だろう。
 悪意のある座敷童というか、メフィストフェレスと言っては大げさだが、妖怪や幽霊というより、精神的な「悪魔」
という言葉が良く似合いそうだ。
 このまま、本当にこの部屋に本当に永久に居つくことになるかもしれない。
 例えば、延々と同じ時間を繰り返すことになるとか。

 ――朝起きると、日付が同じだとか
 ――お腹も減らないし、トイレにも行かなくて済むが、部屋からどうしても出られないとか
 ――気が付いたら家具の一部か、「部屋自体」になっていたとか

 所謂、伝説の『エンドレスエイト』
 (ある種の業界用語・専門用語と化した感も少しある)
 どこかが麻痺した頭で、いくつかのパターンを考えたが、それでもいい、と彼女は思った。

 「ああ、好きになさいな………」
 「ところで」

 真っ白な原稿を覗き込んで聞いてきた。

 「何のお話なの? それ」
 「ああ、ディケイネも終わって、W(ありすまる)も終わるから、次の『ゆっくらいだー』の原案よ…」
 「え」
 「それがさあ、全然浮かばなくってさあ。このホテル『ネタ増し岩』って触ると色々アイデアが浮かぶ
  岩があるって聞いたから、缶詰にするならここだ、って、制作部に言ったら本当に部屋あてがってくれたのね?」
 「…………W(ありすまる)って」
 「知らなかった?ディケイネの次にやってる番組」
 「………………………」
 「そしたら、岩自体もう無いでやんの。元々信じてなかったけど」

 彼女は、自暴自棄に笑った。
 こいしの笑みが消えた。
 先ほどの笑いは本物だったのだが。
 乗り出していた体を戻し、テーブルから降りた。
 少し辺りをそわそわと動き回り、クローゼットを開けたり、鏡台の引き出しを開けたりして、天井を見つめ、
ややあって言った。

 「私帰る」
 「えっ」

 意外だったのは、この部屋からこいしが出ていくという事だった。
 てっきり、部屋に取りついた魔物だと思ったのに――――と言いたかったが、そんなことは誰も一言も言っては
いなかった。

 「――――…………?」
 「まあ、『辛い』『逃げたい』って言ってる人間に、『頑張れ』なんて死んでも言いたくないけど」
 「???」
 「『ゆっくりらいだーの続き』『シリーズの続き』『ジャンルの続き』………ね。あったんだ、そんなの。
  それなら」


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 とか細く、確かにこいしは言った。

 「今から私は、あなたを無限の時間の繰り返しの中に閉じ込めて、その様子を外からたまに眺めてニヤニヤしよう
  と思ってたけど、それをやめにする」
 「えっと………毎日、寝ても覚めても、24時間たつと、同じ日に戻って、『次の日が来ない』とかそういう……」
 「微妙に記憶を残して、あとは殆どリセットされるから、その自覚も無い様にしてね」
 「????????」
 「……………あなたは、外に出た方がいいと思った。だから、やめてあげるの」

 随分と上から目線だ。

 「結局、あんた何者だったの?」
 「私は、元々ゆイタニック号っていう船に乗ってたの」

 ああ、あの有名な。

 「航海の度に、適当な部屋を見つけて、色々な人間の人生を瓶に詰めるみたいな事をして、上から見下ろして
  おもちゃにするのが楽しみだったんだよ」
 「よく解らないけど、 あんた悪魔か何か? 私もそうするつもりだったの?」
 「そうするつもりだったの。――――でも。やめた」

 理由は…………

 「立ち直るなら、一人でね?」
 「――――いや……ちょっとそんないきなり…………」

 思わずひきとめた。
 このこいしが、本当に何者なのか、そうとう極悪な存在なのは間違いないが、それでも

 「私、あんたともう少し話してたい……」
 「だめよ。 一度は、一人になって動かないと幸せになれないよ。 それに―――――」

 悲しそうに笑って、こいしはドアを開けた。



 「このホテルは、また時間の牢獄に戻ろうとしてるわ」



 売れないフリーライターの人間
 落ち目の舞台女優のぱっちぇさん
 そのマネージャーのゆっくりアリス
 余命4か月らしいゆっくりにとり
 貧乏記者のゆっくりあや
 経営難の、ゆっくりゆかり社長

 こいしが、このホテルで仲良くなったらしい。




 「みんな、消えちゃった」





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 こいしとは、当然の様に会わなかった。
 あれから、かれこれ40日間程いるが、本当にこいしの言った通りになった。
 自暴自棄になって机に突っ伏していていた。
 途中で、、24時間が経ち、原稿を渡す日になった。
 なるはずだった。

 「いやーこれで、本当に日付が一日前に戻ってたら怖いわ。てか笑えるわ」

 と、携帯電話を見た。
 一日前に戻っていた。
 テレビを点けたが、そもそも前日に点けていないし、と言うか、ここの所ずっとTV自体を
見なくなりつつあったので、本当に今日が何日か確認するのにかなり時間がかかってしまった。
 釈然としないままでいる内に、24時間が経った。
 また一日前に戻っている。
 テレビの内容も覚えたので、間違いがなかった。
 頭は、かつてないほど朦朧としていた。
 そのまま、机ではなくベットに突っ伏した。
 寝て起きると、23時。
 程なくして、24時。
 携帯電話を見ると、前日の日付が表示され、テレビも前日の番組を流している。

 「お腹は減らないなあ」

 トイレにも行く気が無い。
 体も何故か汚れていない。
 どうやら、精神だけが戻っているのだろうか?
 それとも………?

 「疲れたなあ」

 こいしが言った事を最初から鵜呑みにしていた訳ではない。
 が、とにかく現実逃避に明け暮れていたホテル生活だったので、何となく受け入れてしまった。
 それだけ常に、頭がぼんやりしていたのだ。
 何にせよ、締切から逃れられたことは大きい。

 「疲れたなあ」

 ずっと締切の重圧も無く、ただ寝ているだけなのに。
 体調は前日に戻る仕組みになっているのなら仕方がないか?

 「疲れた」

 10日程経って、ベットにうつ伏せになりながら、初めて泣きながら言った。
 別に今の状況が嫌だった訳ではない。
 ただ、何となく泣けた。
 それから、何日たったのかも解らなくなった。
 何故こんなことになったのか、どうしてこんなに駄目な人間になったのか。

 朦朧として解らない。

 実際に色々な事から解放されたはずなのに、何故にこんなに疲れたまま、喜べないのか。
 そんな状況が、おそらく10日程続いた時だった。
 枕元に、彼女はこのホテルのパンフレットを発見する。
 パラパラとめくっていくと、このホテルにまつわる「伝説」が列挙されたページがあった。

 ・泊まりに来る吸血鬼の貴族
 ・「儀式」がやりやすい部屋がある
 ・信じられないほど天井と床がもろい部屋がある
 ・クリスマスには、必ず気が狂う人間の客がいる
 ・泊まっただけで運勢が極端に変わる事がある
 ・地下室か、屋上か、このホテルは目に見えない「何か巨大なもの」を飼育してるとか
 ・神隠し
 ・「何か」に出会ったとか  / 「何か」が部屋で起こったとか
 ・実は、ホテル全体が巨大ロボに変形して戦うことができる

 いくつかは、知っている話があった。
 このホテルの宣伝材料になっているものもあれば、悪名高い黒い噂となっているらしいもの、
部屋に入る前、ベルボーイが語ってくれたものなど。
 その中でも

 「”神隠し”ねえ」

 これは聞いたことが無い。
 他のはそれとなく想像がつき、リアルに怖い物もあるが、これは神懸かった怖さがある。
 起こった変化と言えば、そんなもの。
 一度、思い切り眠り―――――目が覚めたら、しばらくかなりの記憶を失っていた。
 そこで、色々思い出そうとした。




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 この状況が、こいしの仕業ではないということは解っていた。
 寧ろ

 「あの子、一人で動かないと―――」

 『幸せになれない』
 と言っていた。
 「戦え」でも「がんばれ」でも「あきらめるな」でもなく、「幸せになれない」 と。
 そして、「動かないと」
 力強さとは正反対だ。
 ただ動くだけなら――――――

 「ああ、疲れた」

 ブツブツと言いながら、彼女はベッドから降りた。
 体調は基本的に変わらないのだから、動くだけならできるのだ。
 ついでに、そのまま外に出た。
 そう――――全ての基本だが、動くだけならできる。
 寝ていたのに、どうしようもなく疲れているのならば、汗でも流そうと、彼女は地下の浴場へ
向かった。
 ホテルに来て、おそらく数度目となる外出だった。





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 湯船に浸かると、ちょうどこいしと話していた時と同じくらいに頭が冴えてきた。
 それでも、どこかが麻痺しているのは同じだった。

 このホテルは少し可笑しい。

 例えばこの湯船
 今までに犠牲者はいないらしいが、底が見えないほど、中央が深い。
 そして何か巨大な生物が下では蠢いているらしい。
 ホテルでの「伝説」の一つだが、はっきりしているので、あまり「伝説」でもない気がする。
 他に客はいたが、いたって自然に浸かっている。
 下の生物に襲われたとかのエピソードくらいあってもいいと思うのだが、無いと言う。
 と、生首が肩に当たった。
 洒落にならないほど驚いた

 「おっと失礼」

 ゆっくりまりさだった。
 そのまま、帽子を被ったままぷかぷか浮かんでいる。元々髪が長いので本当に千切れた水死体
に見えてしまって、怖い。

 「『帽子をひっくり返して、その上に乗って移動すればいいのに』とか思っただろう」
 「べ、別に思ってないですよそんな事」
 「ふむ………しかし、このホテルは少し可笑しい」

 誰かと話したいのか、一方的にまりさは話してきた。

 「実は、毎日同じ時間を、まりさは過ごしているのぜ………」
 「えっ?」
 「あ…ありのまま 今 起こった事を話すのぜ
  『まりさは8日になったと思ったらいつのまにか7日になっていた』
  なー 何を言ってるのか わからねーと思うが まりさも何をされたのかわからなかったー
  催眠術だとか超スピードだとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのぜ]

 自分だけではなかったのか
 と言うか、外に出てすらいなかったから解らなかったが、宿泊客は全員同じ様な状況になっているのか?
 だとすると、もっと騒ぎが起きそうなものだが………
 ここまで無気力に、現実から逃げたがっている自分は別として

 「あ………まあ、私もです……」
 「ようやく同じ境遇の奴に会えたのぜ」
 「?」
 「いや、全く同じ行動を皆がとってるのが可笑しいし。日付も変わらないのがなー と泊まってて思ったのに
  誰もそのことに気づいていないのぜ」
 「…………」
 「意識が残っているのは、まりさとおばさんだけみたいだぜ」

 彼女が同じ一日が繰り返されている事を自覚できているのは、多分こいしに言われたからだろう。
 このまりさは何故、自覚して行動できているのか。
 どれ程の時間を過ごしてきたのか

 「多分、外の世界では、まりさ達は行方不明になってるはずなのぜ」
 「ああ………それは」
 「ここは『牢獄』。現実にいないとなれば」


 神隠しか


 「広いホテルだぜ。色々な所を探したけど、残っているのは、この風呂場だけ」
 「―――……何が起こってるんですか……………?」
 「それを探しに行ってくるのぜ。おばさんは風呂に浸かりながら待ってるといいぜ」
 「あ……どこへ……?」
 「多分、この風呂場の地下に何かがあるのぜ」

 ちゃぷん、とまりさはお湯に潜っていった。
 何でも、外人なぞはどういう理屈かは知らないが、ゆっくりは水に触れただけで溶けて死ぬ、という
俗信があるそうで…………
 しかし、普通にこんな深い水にどんなゆっくりも長々と潜っていられるものではないはずだ。

 「結局何もできないなあ………」

 あのまりさは何かの解決に向かったらしいが、実際に部屋から久しぶりに出てはみたものの、自分には
何もできない。
 その方が楽かもしれないが、部屋で、締切を免れた事だけを喜んで何もしないでいられる心境にはそろそろ
なれなかった。
 何かしらの行動は起こしたかった。
 何が起こっているのかは知りたかったし、このまま引きこもっていても
悪い事しか起きないと解っていた。
 あのゆっくりまりさは、ちゃんと自分よりも先に
このホテルの異変に気づいて行動を起こしていた。
 他に調べる所など無いだろう
 となると

 「地下ねえ」

 このホテルは地下1F。
 浴場以外には、やや狭い通路に、観葉植物と煙草の自販機しか置いていなかった。
 本格的に探すとなると、スタッフを相手に、フロントの奥などにも行って探さねば
なるまい。
 当然スタッフも、同じ日が繰り返されている事など知らないだろう。 
 どう説明したものか?
 あのまりさはどう調べたというのだろう。
 とりあえず、ずっとルームサービスばかりだったので、普通に食堂で食事でもしよう。
 気分は重かったが、何かを成そうという気力はあったため、ややてきぱきと着替えられた。
 そして周りを見渡す余裕もあり――――従業員の一人に気が付いた。

 「ベットメイキングってエッチな仕事じゃかったんだねえ」
 「あたいも若いころはそう思ってたよ」

 ゆっくりうつほとおりんだった。
 何度か見かけたことがある。清掃業務とベルボーイのはずだ。
 2人はゴミ箱を片付け、戸棚へ車に積んでいた「太陽の黙示録」全巻をセットした。
 何の気なしにそのまま出ていくのかと思って見ていると、ごく自然に床に手を伸ばす。
 そこには、取っ手がしつらえてあったが、2人がそれを手にする前に――――、
バカリ、と蓋が開いた。
 2人はそこに、何の警戒もせずに入っていった。

 「……………」

 着替え終わって、そこを覗くと、蓋はもう閉まっていたが、「従業員用」と、床に彫刻刀か
何かで丁寧に彫ってあった。札紙などではなく、消える事の無い様にだ。
 無言でこちらも手に取ってみると、すんなりと蓋は開いた。
 下には、彼女も十分に通れる範囲の階段が更に地下へと続いていた。
 もう浴場を覗くと、軽くあぶくが湯船に浮かんでいた




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最終更新:2011年02月05日 23:22