【1月10日】
このホテルのロビーは暖かい
廊下は何故か冷暖房が完備されておらず、極端に寒い場所があるのだが、最初に来た時から、
出迎えてくれる場所だけは気持ちの良い空気だった
「夢を見ていた気がする」
「さっきまで寝ていましたから」
いや―――2週間と2日も滞在したのか
気持ちの上では1月4日の気がする。それでも十分長いが。
そこから時間が止まっているような気がするのだった。
「変なホテルだった」
部屋は怪現象が大抵起きるし、飲食店は餡をかけられたり、ジト目で見られたり、まともな
店が殆ど無いし、風呂場は浴槽が深すぎる。
「今日でお別れね」
とは言え、宿泊した時に一緒にいたゆっくりようむは31日の夜に帰ってしまったし、こいしも
どこかへ消えた。
ゆっくりこがさ似の少女とはあれからあまり仲良くなれず、ゆっくりにとりとは、もう挨拶を
すませた。―――彼女とだけはまたやり取りがあるかもしれないが、そう長くは生きられないかも
しれないのだ。
この後、仕事も見つからないし、倹約しなければならない現実が待っている。
このホテルで何かを得た訳でも無し………
面白い体験はいくつもしたり見たりした
楽しい「伝説」もたくさん聞いた
だが、実践して役に立つ訳でも無いと、ホテルを出る時になって改めて思えてきた。
「初日に、猿轡されたのは怖かったなあ」
まあ、このホテルに来たのは、ほかならぬ自分の意思。しかしなまじ「良い経験」を求める
ならば、ここまで快適な場所ではなく、インドくんだりにでも行った方がまだ「箔」が付いた
かもしれない――――と、自分でも愚かと解る事を考える。
「そういえば、何で『自分探しの旅』の行先って昔からインドが多いのかしら」
それも具体的に何かが変わったかを語れる人はそう多くあるまい
さて―――
ロビーは、異様に人間とゆっくりでごった返していた。―――こんなに客がいたのか?という程だ。
どこかに何か違法な手段で集められていた客が、一気に解放されたかのよう。
殆どの者が、夢から覚めたような顔をしている。
それだけ楽しかったのだろう。
彼女にも解る
「終りがあるから、楽しいのよね」
うかつにも、一筋涙が流れかけた。
フロントの柱の横では、メエドのゆっくりやまめの前で、仲良くなったゆっくりにとりが泣きじゃくって
いた。
「もう来られない…」
「大丈夫。キット病気治るからまた泊まりにきてね」
従業員が、堂々と客の一人の頭を撫で回したりするのは良くないと思う。
「体動かして戦ったら、何かすっきりしたわ」
「風呂にもはったらよかったのに」
何があったか、所々負傷しているのにえらく元気なぱちぇさんと、同じく元気そうなゆっくりアリスが、
玄関を出て行った。整形顔でもなかった。
同じく、近くの待合所のソファでは、意気投合したらしいゆっくりゆかりとゆっくりあやが、どこか明るい
表情でゆっくりしていた。
お互い、身支度はできている様子なので、ホテルから出発する前の一服なのだろう。
あと、何故か軽く負傷していた。
そんな二人の前を、何やら大きな風呂敷を背負ったゆっくりまりさがトコトコと走り抜けていく。
袋の中で、何か角ばったものが動いてた様に思えた。うーぱっくか何かか?
「全員見かけた連中だけど―――あんまり知り合いにはなれなかったな」
「う~ん そんなに寂しいですかね?」
振り向くと、あまり見かけない、ゆっくりさとりが立っていた。
「色々お辛い事があるようで………」
「いえ、大した事ないですよ」
「おやまあ――――本当に大したことない悩みを持ってる方ですね。もっと辛い思いをしてる人はいくらでも
見てきましたのに」
「………」
「ああ、『そういう事言われそうだからあらかじめ 大した事ない って言っておこう』と思っておられたのに
これは失礼しました」
言い返す言葉も無い。
彼女はさとりに向き直った。
「さとりさん。あなたなら、私のその気持ちの源泉、解るでしょう?」
「そうですねえ………」
ややあって、さとりはジト目を更に閉じて嘆息した。
「確かに、これから辛い現実が待ってますが………」
「私、別にこの旅行でリフレッシュはしたけど、変わった訳じゃないし」
「それはそうでしょう」
グランドホテルは、宿泊する場所だ
「それ以上を目指してはおりますが、突き詰めて考えると『それ以上でもそれ以下でもない』になるのでございます。
そこをわたくしどもは、勘違いしてはならないと思い至るのです」
「……………」
「でも、楽しんで下さった様ですね」
それは、確かに
「嬉しい限りです」
彼女に心を読む程度の能力は無い、が―――相手の言わんとしている事は解るし、空気も読める
「ありがとう」
「いえこちらこそ」
本当にひと時の安らぎだった。
だから、これから先現実に戻ってなおの事辛くなるのかもしれないが、その分、またここに戻ってきた時が楽しいのだろう
「いいえ」
そんな決意を、ゆっくりさとりは即座に否定した。
「『伝説』の一つに、『運命が変わった』とありますが―――これは不思議な何かが働いたとかではありません」
どこぞの社長さんのコメントだっけ?
「楽しい思い出を胸に支えにして戦うのですよ」
――――さあ、 心に武器を!!!
こんな事、彼女はまだ言えまい。
「そうね」
彼女は最後に、心からうっすら笑う事ができた。
何だか最後の最後にようやく救われた気がしたが、『救ってもらう』のを待つべきではない
「また来るね」
「お待ちしております」
受付でチェックアウトを済ませ、踵を返す。
いつものあのゆっくりパルスィ嬢は、何故か普通のゆっくり顔で見送ってくれた。
後ろの列では、体格の良い男とゆっくりむらさがが並んでいた。男の方は何故か泣いている。
誰かと思ったら、知っているカメラマンだった。
一服してから出ようかと思ったが、自販機の前が混んでいたし、思い切って出ることに。
青年と女性、ゆっくりレミリアと、その子供らしい小さなゆっくりが楽しそうに何のジュースを選ぶかで、戯れている
玄関を出る際、車に大量の泡だらけのゆっくりを乗せたおりんとすれ違った
「今日も大量~」 と言っていたが、何だろう?
入口の前では、懐かしそうな顔でホテルを見上げる、実直そうな男が立っていた。いかにもホテルマン然とした――――
通り過ぎた彼女の背後で、ホテルの中から
「おかえりなさいませ!!!」
と声がしたから、元々このホテルの関係者だったのだろう
駐車場には、今日も八坂号が待っていた。
反射的に、お互いに挨拶をした
―――――――彼女はもと来た、港の方へ戻っていく
「グランドホテル ―――――人もゆっくりも来ては去っていく。何事もなく………」
傍らで、ゆっくりもみじの亡霊が呟いたのを彼女は気が付かなかった。
ホテルとは人生の縮図?
こうして一日はまた始める
- 色々なストーリーを内包した終幕乙でした
登場人物達は再び日常(色んな意味で)に戻っていくのでしょうね
-- 名無しさん (2011-02-05 00:27:53)
最終更新:2011年02月05日 00:27