緩慢刀物語 妖夢章 微意 前編

 このお話にはえっちぃシーンはありませんが少々過激なシーンがあります。そう言うのが苦手な人はブラウザバックをお勧めします。



 それは刀と力が支配した遠い遠い昔の物語。
国と国とが分かれて争うこの島国『日元』に二人の旅人がいた。
一人は体に似合わぬ刀を下げた少女、もう一人は強固な意志をその瞳に宿したゆっくりみょん。
二人はともに己の刀を求め果てなき旅を続けていく。

「この口上飽きた、銃×剣みたいなカッコいい主題歌が欲しい」
「欲張りすぎみょん」

 主題歌は無いけど"自称"乱世痛快娯楽緩慢劇 緩慢刀物語妖夢章微意はじまりまっす!




 双月の光が怪しく照らす永夜国蓬莱城の天守。
月の灯のみが光源となるこの謁見場の端には幾人ものゆっくりてゐが立ち並び、
中央には睨みあうように摂政のゆっくりえーりんと仮面と襟巻を付けたゆっくりうどんげが向かい合っていた。
「因幡忍軍首領、因幡零戦。覇剣の件は一体どうなったのかしら」
「………」
「私達には時間がないことは分かっているわよね。それなのにこの体たらく、無理でしたじゃ通じないわよ!」
「………」
「言い訳の一つすらないというの!? 姫様が起きる前に何としてもあの覇剣を手に入れなければならないのよっ!」
『部下はよくやっていました。責任は全てこの私にあります……ウサ』
「嘘翻訳はやめなさい!!」
 ひぇぇとえーりんの一喝に翻訳係のゆっくりてゐは耳で体全体を抱え蹲まってしまう。
うどんげは弁明もできないのか、それとも言葉を持たないのか未だ無言のままでただひたすらえーりんの言葉にじっと耐えていた。
「……ふん。やっぱこんなやつじゃあかんということでっしゃろ姐さん」
「きもんげ宰相……」
 この緊迫した空気の中もう一人のゆっくりうどんげがこの謁見場にずかずかと入ってくる。
ただしその表情はゆっくりにしては醜悪で、このような緊迫した場にふさわしくなくその手にはお札が何枚も握られていた。
「どや?ここはわいに因幡忍軍を任せてもらえへんか?このダンマリよか働くで」
「……しかしきもんげ宰相、あなたはあの計画の要となる人物……死なれでもしたら困ります」
「でも覇剣が無きゃ計画もままならへん。わいに任せておきぃ……にしししし」
 しばらくは無言が続いたもののえーりんが仕方ないと言ったように頭を下げるときもんげは醜く笑い、周りのてゐ達を連れて謁見場から豪快に出ていったのであった。



 甲剣「千兵」 緩慢刀物語妖夢章・微意 金烏刀「重命」




 月は皐月の中旬、春が本格的に訪れ暖かい日が続く季節である。
そんな呑気な季節であるがこの日元でいくつかの例外と言える場所があった。
 その内の一つは日元の西南側に位置する小国、西行国。
万年桜が咲き誇ると呼ばれるほど年中温かい気候で有名であるがその反動なのか皐月から水無月の間はまるで凍土のように吹雪が吹き荒れるのである。
 そんな摩訶不思議な西行国の端のとある茶店に二人の旅人がいた。
一人は体に似合わぬ刀を下げた少女、もう一人は強固な意志をその瞳に宿したゆっくりみょん。
二人はともに退屈そうな顔をしながら無言で温かい中華風のそばをすすっていた。
「ずるるるる」
「ちゅるるんちゅるるん」
「……真名身四妖夢……あなた確か旅にでたんじゃなかったのかしら……ずずずずず」
 その茶店の店長であるれてぃは二人と同じように中華そばをすすり、みょんの方を白い目で見る。
氷のように冷たいその視線を受けてみょんは居た堪れなく思ったのかそのまま麺をすすりながら縮こまってしまった。
「そ、その……旅賃が……無くなってしまったんだみょん」
「はぁ……?あれほど土地持ってるくせに金がないって言うの?というからーめん代くらいはあるんでしょうね!」
「それくらいはあるみょん……しかし結構持っていったはずなのにどうしてこんなに少なくなったのでござろう。暮内で無駄遣いしたけどそれほどでもないし……」
「金銭管理くらいちゃんとしてよねーずずずずずず」
 他人事かのように彼方は呑気に麺をすすり続け、あっという間に汁さえも飲み干してしまう。
というか大体の浪費の原因はほとんど彼方の暴飲にある。彼女は茶店による度にどこに入れているんだと言うほどのお茶を啜りみょんの財布を寒くしていったのだ。
 幸い西行国のこの季節での茶店は暖のためのお茶は無料である、みょんは久しぶりに安堵の息をついた。
「おかわり!」
 しかし彼方は店員のちるのを呼びつけ、あろうことか中華そばのおかわりを注文したのであった。
「ちょっ!かなた殿! ただでさえお金無いんだから今日ばかりは止めるでござる!」
「汁がおいしいんだよ! ウメーウメー」
 みょんが制止しているにもかかわらず店員のちるのはすぐさま空になった容器を厨房へ持っていき、風のごとき速さでおかわりを持ってきたのであった。
「あたいったら最速ね!」
「持ってくるの早! というか作るのも早! そして食うのも早いみょん!!」
「ずずず~~~」
 お茶の場合大体は安価のため沢山飲まれても致命的な損害にはならなかったが、きちんとした食事である中華そばだとそうはいかなくなる。
お代は恐らくお茶の3~6倍くらいはする。流石にお茶と同じように沢山食べないと思うが、いつもの暴飲が異常すぎであるためその可能性も否定できなかった。
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク」
「ぬわーーー! もう麺食べたでござるか!?」
 暴飲に加えて暴食まで備わったら何という匂宮でリズムでイズムでみょんみょみょ~ん、と焦燥感に駆られみょんは思考が飛びかけてしまう。
しかし突然何かを思いついたように表情を明るくしすぐさま受付台で未だ麺をすすっているレティに詰め寄った。
「ゆふふ、れてぃの姐さん……みょんは今あまり手持ちがないんでさぁ。でもこのままじゃ足が出ちまう……
 そこでだ。あの子がもうゆっくりそばを食べたくなくなるように汁をめちゃくちゃ熱くしてくれませんかねぇ……ゆっひっひ」
「……」
 随分底意地の悪そうな表情をしているなとれてぃは半ば呆れかえってしまった。
そもそも食べさせたくないのであればもう出さないように頼むだけでいいのだ。切羽詰まりすぎて今のみょんはあまり思慮が働いてないようである。
「……はぁ」
 けれどこの切羽詰まったみょんに反論するのも危険なのでれてぃは仕方なくやたら汁がアツアツの中華そばを作ってちるのに運ばせる。
その熱気は運び終えたちるのが完全に液体になる程度、どんぶりの中は地獄の釜ゆでのような惨状に変わり果てていた。
「さあさあ食べるみょん……なんならみょんが食べさせてもいいでござるよ……ゆっしっし」
「そんな幼子じゃあるまいし……頂きまーす」
 みょんの意地の悪い表情が気にかかりながらも彼方は麺をすすり始める。
舌を火傷し慌てふためく彼方の姿を夢想し底意地悪くにやけるみょんであったが彼方は少しだけ熱がる様子を見せただけで
そのまま何事もなく息で麺を冷ましながらちゅるりちゅるりと美味しそうに食べるのであった。
「……テンチョー! 手ぇ抜いたな!」
「そんなわけないでしょ、うちの店員を見てごらんよ」
「あたいは火さえもこくふくした!」
 液状になってもちるのは平然と動き店の奥の方へと戻っていく。
そんな奇妙な光景を見ているうちに彼方は麺を食べ終え、灼熱であるはずの汁をがっつり呑んでいったのだ。
「……カ、ア!! 熱い! もう一杯!」
「ぎょえええええええ!!!!」
 三杯目まできたら暴食の域、暴飲暴食の二連撃による無一文の自分を思い浮かべてしまいみょんは(◯)  (◯)な目で絶叫し始める。
そしてとうとう精神の均衡がとれなくなったのかみょんは至極単純な方法、むりやり彼方の腕を掴みそのまま外へと逃げ出したのだ。
「テンチョー! お代ここに置くでござる! ではでは!」
「まちなさい、外まだ吹雪いてるわよ!」
 れてぃの警告にさえ耳を傾けず、みょんは彼方を引きづりながら雪と風が暴れ狂うこの猛吹雪の中へと飛び込んで行く。
まふもふ装備を付けてないゆっくりがあんな吹雪に晒されたら凍えてしまうだろう。そんなみょんの背中ををれてぃはただ黙々と麺をすすりながら見つめるのであった。
「あたいったらぶつりこうげきむこうね!」
「そろそろ戻りなさい」


 勢いよく飛び出したのはいいがやはりれてぃの心配通り、みょんはある程度店から離れたところで歯をがちがち振るわせながら凍えていた。
今更店に戻る度胸も無いのだろう、今では彼方の腕に包まりながらゆっくりと暖を取っている。
「みょみょみょみょ……か、かかなた殿はさむくないのでござざざざざるかかかか」
「うん、あのあっついそばのおかげかな」
 嫌がらせのために行われたものだが災い転じて福となすと言ったところだろう。みょんの方は自業自得としか言いようがないが。
それでもみょんは何とか彼方の体温を頼りにしながら意識を保ち続け、自らが戻る家を彼方に指していった。
「ぶるる……そう時間はかからないから早めに行くみょん」
「そだね~」
 熱々の中華めんのおかげである程度体温は維持されているが長時間吹雪に晒されていれば彼方も凍死を免れないだろう。
寒気も少し感じ始めたのか彼方は少し急いだ様子でみょんを服の中に突っ込み、体に付いた雪を掃って雪原の上を走りだした。
「うっへぇ寒くなってきたなぁ、うぐぅ」
「うぷぷ、おむね暖かいみょん」
 追い風向かい風、どんな風であっても冷たい刃のように容赦なく彼方の体温を奪っていく。
本当に斬り傷が出来るのではないかと恐る恐る頬を触るが自分の手の感覚が無くなりつつあるのに気が付いて彼方は歩を進めるのを速めた。
「ああもう視界も悪いしちゃんと辿り着くかなぁ……まさか遭難とかしないよね」
「流石に地元で遭難するというのは恥ずかしすぎるでござるよ」
「そうだね……」
 彼方はふと歩を止めてゆっくりと辺りを見回す。
今では辺り一面雪に覆われているが地形から見てここはもしかしてみょんさんと初めて会った場所じゃないだろうか。
自分達の旅の全てはここから始まったのかもしれないと思うと彼方は無償に感慨深くなった。
「あのうさぎ共に襲われたのもここだったなぁ、ああ思い出すだけでも体が痛むよ」
「しまったバレた!?」
 と、唐突に雪の中から声が聞こえ彼方は辺りを見回す。
吹雪のせいで視界は悪かったが目を凝らして見てみると雪の中からいくつかのウサ耳がはみ出ていることに気が付いたのだ。
「もしや貴様たちは因幡忍軍!! ええい姿を現すでござる!」
「ちくしょう! この因幡忍法『雪雨詐欺』は完璧だったはず! それがどうして!?」
 もはや姿を隠す意味は無いと考えたのか因幡忍軍は雪の中からひょこんひょこん飛び出す。
三人ほど出てきたがまだ雪の中に隠れている可能性もある、みょんは彼方の胸から這い出て羊羹剣を構えた。
「因幡忍軍……みょん達が戻ることを見越してここまで追ってきたでござるか!?」
「当然ウサ、貴様らの行動などお見通しウサ! さて、覇剣は渡してもらうよ!」
 三人のてゐ達は彼方達を取り囲むように陣を作り、じっと二人の様子をうかがっている。
今までのこともありみょんの実力を理解しているためか相当警戒しているのだろう。てゐ達は吹雪に晒されながらもむやみに二人に近づくことは無かった。
「さ、さぁさぁ! かかってくるでござる! は、はやくしないいとととさぶぶぶ! はっ! 凍えさせるのが狙いかみょん!?」
「そんなことしたらこっちだって凍え死ぬよ!」
 そのことは理解できているはずなのだがお互いの実力を理解しすぎているせいかこの場のゆっくり達は迂闊に行動できなかった。
しかしこのまま膠着状態が続けば敵味方全滅の恐れもある。そこで因幡忍軍の一人が耳で雪を掴みそのまま彼方に投げつけた。
「きゃん! 冷たい!」
「……これだ」
 てゐ達は怪しい笑みを浮かべて次々と雪玉を作り彼方に投げつけていく。
こうして雪玉をぶつけることで彼方の体温を奪っていくつもりなのだろう。それを察知したみょんは投げ飛ばされる雪玉を次々と破壊していった。
「それそれそれ! これぞ因幡忍法『寒冷丸』ウサ! ゆっくり凍え死ね!」
「明らかに今さっき考えたでござろう! しかしこのままでは……」
 みょんが雪玉を弾き返そうとしても雪玉はあまりにも脆く、羊羹剣で立ち向かおうとしても砕けるだけで雪そのものは容赦なくみょんと彼方の体を襲っていく。
この動きが封じられる吹雪の中では遠距離戦が圧倒的有利、みょんは体を震わせながらただ雪玉を砕かないように叩き落とすくらいしか出来なかった。
「くっそー! そっちがそう来るのなら! 合戦だ!!」
 だがむざむざ攻撃を受ける彼方ではなくそんなことを言って闇雲に雪を掴んでてゐ達に投げつける。
風に舞い荒れ狂う雪と同じほどの速度で雪玉は鈍い音を立てて一人のてゐの顔面へと当たり、そのままてゐは断末魔さえ上げずに昏倒してしまった。
「「………………え?」」
「よっし、一人!」
 しばらく何が起きたか分からないまま呆けるてゐ達であったが、事態を理解すると同時に必死の形相で彼方達に雪玉を投げつけ始める。
あいつはヤバい、洒落にならない。一刻も早く始末しなければとかつてない焦燥感に駆られてゐ達は早期決戦を狙ったのだ。
「つ、つめた! ひ、ひえる! こ、このおお!!」
 てゐ達の猛攻に精いっぱい反撃する彼方であったが、てゐ達が本気を出して必死に回避していったため全弾かわされてしまう。
みょんも必死に雪玉を叩き落としていくが二方向からの攻撃には対応しきれず、雪玉は彼方とみょんの体温を悉く奪っていった。
「うおりゃあああ!! ゆっくりしねええ!!!」
「こんにゃろう!!」
 このまま防戦一方では負けると思ったのかみょんは羊羹剣で雪原を抉り、大量の雪がてゐ達に降りかかる。
もちろんこの程度で凍えさせられるなんて思っていない、雪でてゐ達の視界を奪いみょんはすかさずてゐ達に向けて得意の接近戦へと持ち込んだのだ。
「ウサッ!?」
「さて、いつものようにやらせてもらうでござる!」
「お、乙女の命をこれ以上奪わせるもんか! 因幡忍法『怒髪天剣山』!!」
 てゐは咄嗟にそのうぇーぶがかかったふわふわの髪を逆立ててみょんの羊羹剣を弾く。
だがみょんは怯むことなく、その髪からはみ出ているウサ耳を揉み上げで掴み逆さまの状態でてゐの真上に移動したのであった。
「にゃっ!?」
「みょんが剣術だけかと思ったら……大間違いでござる!!」
 みょんはそのままウサ耳をねじりまわし、一気にてゐの体を回転させる。
吹雪の中による高速回転はてゐの体から体温を一瞬のうちに奪い去り、回転が終わった時にはそのてゐは完全に氷漬けとなっていた。
「う、うわあああああああああ!!!!」
 みょんの驚異的な強さに最後に残ったてゐは錯乱して両耳で雪玉を作りそれぞれ彼方とみょんに投げつける。
だが適当に投げられた雪玉ごときでは当たってもみょんと彼方の動きを止めるには至らず、みょんはすぐさま残りのてゐとの距離を詰めた。
「ひ、ひえええ!!」
「くらええええ!!!」
 みょんはてゐの髪を掴み、巴投げのような動きでそのまま頭頂部から雪原に叩きこむ。
てゐは体半分雪の中に埋まり、追い打ちをかけるようにみょんはそのてゐの上に雪を掛け雪の中に生き埋めにした。
「ふぅ……まぁ来月には出られると思うでござる」
「キャッホー! さすがみょんさんだね!……でもやっぱり寒いね、なんか妙に体震えるし」
 戦いに勝利したはいいものの二人も無事というわけにはいかなかった。
彼方は中華そばで得た熱をほとんど奪われてしまい、みょんも十分に温まらずに吹雪の中で動いたためすっかり体が冷たくなってしまった。
「そう言えばゆっくりって体温あるの? なんか発熱機関とかあるように見えないんだけど」
「……………………………………………………………かなた殿、体雪まみれでござるよ」
 はぐらかしたか。まぁ知って得するものでもないと思い彼方は体についた雪を払う。
手袋の類のものをしていないため雪と肌の冷たさが手を通して容赦なく感じられた。
「つ、つめてぇ……うう、肌が凍りつきそうだよ……いででっ!」
「まぁどうせそんな遠くないし……ちゃんと雪はらって行くでござるよ」
 全身に雪が付着し一人では落とせないと思ったのか、みょんは彼方の体をよじ登って死角となる部分の雪を払い落とす。
その間彼方が寒くて痛いとかかじかんで痛いとかやたら痛いを連呼し始め鬱陶しいと思い、みょんは無視で決め込もうとしたが
彼方に付いた雪に隠れて棒のような物体があるのに気が付いた。
「…………」
「あ~みょんさんそこ! そこがなんか痛いの~凍傷かなぁ……血とか出てない?」
「……してやられた」
 慎重にみょんはその棒に纏わりついた雪を払い、その棒の正体を知って愕然とする。
肌を容赦なく貫く鉄の芯、引き抜きにくいように鋭く尖った返し、それは因幡忍軍がよく遠距離攻撃に使う棒状手裏剣であった。
「いつの間にこんなものを……ッ」
 雪玉と共に投げられたのかそれとも雪玉の中に仕込まれていたのか、今となってはどうでもよくそれよりもみょんはその手裏剣に付いている液体のようなものが気にかかった。
雪解け水ではない、まだ鉄芯は彼方の体温を伝えきっていないから。血ではない、手裏剣が傷の蓋となっているから。
だとしたらこれは。
「あ、あれ……?」
「………かなた殿?」
 突然痛い痛い言うのが治まったと思ったら彼方は急に姿勢を崩し、そのまま力なく雪の上に倒れる。
まだ体が動かせなくなるほど体温は減っていない。みょんはここでその液体の正体を理解することが出来た。
「……毒」
 忍者だから毒くらい使ってもおかしくない。その可能性を見落としていたのはきっと今まで純粋な破壊力による戦いしかしてこなかったからだろう。
みょんは自分の不甲斐なさに舌打ちをし、彼方の体からその手裏剣を引き抜いて毒を出来るだけ抜きだそうと傷口に口づけをした。
「くっそおおお!!!」
「……みょ、みょんさん……」
 溢れだす血が喉に絡みつきみょんは激しくせきごむ。しかしそれでもみょんは諦めようとしない。
責任を取ると言ったのだから、彼女の役に立ちたいと心の底から思ったから、みょんは彼方のために戦うことが出来るのだ。
 しかしたとえどんな決意をしても体の限界というものは残酷に訪れる。
「こ、これで……大体は……吸い出せたか……みょん」
 毒を吸い出すのに夢中になっていたためか自分の体が冷え切っているのに気付くことが出来なかったのだ。
そのまま動けない彼方を目的地まで引っ張ろうとしたが、その前にみょんは体に力を入れることが出来ず音も無く雪の上に倒れた。
「……あ?」
 何故自分はこんな所で寝そべっている?そんなことをしたら死んでしまうことは自明ではないか。
だが意識ではそう認識していても体は言うことを聞かない。その意識さえも霞み始め、みょんはゆっくりゆっくりと目を閉じた。
「………………………………」






 時々思うんだ。長生きすることって幸せなのかなって。
もちろん子供のころに死んじゃったりまだ生きられるのに病気とかで死んじゃうのは不幸だよ。でもその逆が幸せとは限らないじゃない?
長生きも度を越せば不幸だと思うんだ。簡単に言えば不老不死みたいなものは不幸だと私は考える。
普通に百年以上生きる生物はこの世に結構いるが人間は飽きる生物、百年ならまだしも二百年三百年生きたらきっと生きるのに飽きるはずだよね。
 じゃあそうならないための不老不死が一番幸せなのかな。そもそも長く生きると言っても色々あるかもしれない。
死んだあとすぐに生き返る者、死という概念すら持たない者、死んだ後も意識だけを残す者。
……何かどれも幸せのようには思えないね……。というか生きることに飽きず、過去を忘れない存在って地味に不気味だよ。
 私は思う。幸せって何なんだろうって。私は思わない。それが度を越した長生きは幸せであるということを。
私は思う。きっと幸せって長生きするかしないかじゃなく『生きている間に自分のすべきことやりたいことをやり遂げること』なんだって。
 それって幸せだよね。多分。



「ぬおい!!」
 妙な自問自答の夢から覚め彼方は縮んだばねが元の形に戻るように跳ね起きる。
てっきり無意味に哲学的で中二病なタチの悪い世界に迷い込んだのかと思った。まぁ今もこうやって他の世界に迷い込んでいるわけだが。
「そんな世界絶対この作者じゃ手に負えないよ…………で、ここどこ?」
 寝ぼけ眼であたりを見回し彼方は自分の所在に疑問を覚える。
てゐ達を退けた後突然体が痺れてバッタリ倒れたところぐらいまでは一応記憶に残っている。それであまりの風と雪の冷たさに気を失ったはずだ。
しかし今自分はどこかも分からない和室で何個かの火鉢や湯たんぽに寝かされている。
「……何かみょんさんの家を思い出すな」
 もしかしたら時間が戻ってまた最初から旅が始まる恐怖の『無限八』始まってしまうではないかと彼方は危惧したが、
部屋の内装はみょんの部屋とは異なり窓から見える外の景色も銀一色であることからその可能性は無いと彼方はほっと胸をなでおろした。
「起きたでござるか!かなた殿」
「あ、みょんさん」
 お粥と薬らしきものを持って部屋に入ってきたみょんは手に持っていた物を置いて、一心に彼方の胸へと飛び込む。
彼方からはみょんの表情は見えなかったが人の命を想うみょんの純真な気持ちは存分に伝わった。涙で服が濡れるが今の彼方にとってそれはそれほど気にならなかった。
「ぶえっくしゅ!」
「うわっきたねぇ!!!」
 彼方はすかさずみょんを引き剥がしそこらへんに投げ捨てる。
危うく火鉢の中に入りそうになったがそこは達人の腕前でうまく床に着地し、鼻水を垂らしたまま置いておいた粥と薬を彼方に差し出した。
「ふぇ~、無事なのはよかったけど一応解毒剤飲んでおくでござる。毒のしびれが残ってるかもしれないからみょん……ぶえっくしゅんゆっくしゅん!」
「今唾と鼻水がお粥の中に入ったような気がしたけど……まさかそれを食べろとか言わないよね」
「ゆっくりはお菓子で出来てるみょん、だからその唾と鼻水は蜜のように甘いでござるよ……」
「へぇ~そうなんだ。って絶対だまされねぇぞ!!!!!!!!自分で食え!!」
 しかし毒の影響なのか寝起きなのか分からないがいまいち体の調子が悪いため、彼方は粉末の解毒剤を水も無しに飲み込む。
その横でみょんは自分の唾と鼻水が入った粥を苦々しそうに、とても苦悶に満ちた表情で頬張っていた。
「ちくしょう……甘くておいしいでござる……」
「そんな辛いなら無理しないでよ……」
 解毒剤を全部飲んで気分だけでも楽になったのか彼方は体の力を抜いて一息つく。
こうして生き延びたということは本当に幸運だ。しかし気絶したままここに辿り着くはずもなくそれには何かしらの理由があるはずなのだ。
「で、みょんさん。ここどこ?」
「ああ、ここは迷僻。西行国の一地方みょん」
 そう地名を言われても彼方はこの世界に来たばかりなため理解できるはずがない。
でもそんなことを言ったら聞いた自分が悪いわけで彼方は何か自分に分かることは無いかとじっとみょんの言葉に耳を傾けていた。
「みょん達が気絶した後優しいここの家主が助けてくれたそうだみょん。後でお礼言うでござるよ」
「あ、うん分かった」
 元々活動的な性分であるからか彼方はすぐに掛け布団を跳ね除け、立ち上がって体を伸ばす。
折角命を助けてもらったのだからすぐにでもお礼を言わないとなと思っているうちに彼方はふと違和感を覚えた。
 毒のせいで不調であるはずなのに体が異様に軽いのだ。
「…………………………」
 既視感と言うのだろうか、彼方はこのような状態を前にも経験したことがある。
まるで今回のことがあの時の写しであるかのよう。そう、それは初めてみょんさんに会った時のことだ。
 彼方は恐る恐る腰に付いているものを確認する。
右の方には確かに見慣れた鉄柱のような物体がしっかりと差さっている。だが左の方には何も、あるべきものが差さっていなかった。
「………嘘」
 まさか気絶している間道に落としてきたのか、いや、しっかりぎちぎちに腰に縛りつけていたからそんなことは無いはずだ。
だとしたら、いや落ち着け、前と同じ状況だというのならそれほど焦るほどでもない。
「……みょみょみょ、みょんさんその人にああ、あ、あ会いたいんだけれれど」
「まぁいいけど……急にどうしたでござるか……?」
 みょんはその挙動不審な彼方に疑問を抱きつつ彼方の要望通りこの家の家主のところまで案内する。
それほど大きい家ではなかったのでみょんと彼方は二つ三つ障子を通った程度でその家主と会うことが出来た。


「あら、そっちの子起きたのね、初めまして」
「にゃあん」
 家主は彼方の姿を見ると安らかに微笑んで頭を下げる。
柔らかな赤い髪を携えた妖艶で妙齢の女性だった。膝にはゆっくりちぇんがゴロゴロと言う音を立てながら眠たそうにしている。
「……助けていただきましてありがとうございました。ええと」
「フォルティア。ふぉるてぃあ・ふぉうりん・あおい。この国では馴染みのない名前だけどよろしく」
「葵さん……ですか。その……聞きたいことがあるんですけど……」
 彼方は会話している間でも心ここにあらずと言った様子で辺りを見回しながらしきりに何もないはずの左腰を弄っている。
そんな彼方を見て葵はクスリと笑い、怪しげな表情のまま彼方に語りかけた。
「ふふ、探し物はありましたか?」
「………!!!」
「言いたいことは分かりますよ、持っていたはずのあれはどこだ。でしょう?」
 言いたいことを言い当てられて彼方はその目の前の女性に妙な恐れを抱く。
読心術でも持っているのだろうか。いや、理由を知っているとするともっと至極単純な理由がある。
それは、この女が原因だとする場合、だ。
「そ、その私の!どこにやったんですか!?」
 まだそうと決まったわけでもないのに彼方は何も考えず目の前の女性が犯人であるかのようにそんなことを口走ってしまう。
その彼方の不躾極まりない言動に対して葵は気分を害した様子もなく、悠々と扇を仰いだ。
「すっごくレアいものだったからね、こっそり借りちゃった」
 あ、間違いない。こいつが犯人か。
そう思うと彼方の中にあった恐怖の念は一切なくなり、心の底からふつふつと熱いものが込み上げてくるようだった。
「か、返せよ」
「でもあれ折れてたよね、どう?時間あれば良い鍛冶屋斡旋するけどどうかしら?」
「返せよ!」
「そんないきり立たないで、悪いようにはしないから」
「返せ返せ帰せ反せ還せ孵せ返せ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ちょちょっとかなた殿……」

「死ねこのくそババァ!!!!」

 突然彼方は激昂し一歩踏み出して右腰に差していたものを両手で構えて葵に付きつける。
脈絡も段階もない突然の展開にこの場にいる誰もが驚きを隠せなかった。
「かなた殿……そ、それは」
「知らないなら教えてやる!!!これはう゛ぃんと製対戦車用鉄鋼長炎刀『しゅばるつあいん』(注・長炎刀は銃器。この場合はライフル)だ!!返さないとコロス!」
「……ず、随分と威勢がいいじゃない、そうやって暴力に働きかけて……我儘な娘だこと」
 葵はすぐに元の落ち着いた様子に戻ったように見えるが今だその言動の片鱗に焦りを残している。
しかし彼方はその葵の言葉を単なる挑発と受け取り、スカアトの中から一つの薬莢を取り出して長炎刀にはめ込んだ。
「ほ、本気?」
「その刀は!私達のものなんだぞ!!見知らぬあんたが持っていいもんじゃない!!返せよぉぉ!!」
「……」
 葵にとっては些細な好奇心から起こしたこと。けれど彼方にとってあの剣はそう冗談で済むものではない。
彼方にとってあの剣は目的、生きがい、人生、そして約束。怒りに満ちた表情を浮かべる彼方であったが瞳には涙が滝のように溢れていた。
「あ、あおい殿、ここはかなた殿の言うよう返した方が……」
「……気に入らないわ」
 しかししばらく沈黙を続けていた葵はため息を一つついてそう呟く。
いつの間にか焦りの様子も消え、葵は侮蔑するかのような目つきで彼方を睨みつけながら扇を振りかざした。
「にゃにぃ?」
「私は人の話聞かない子は大嫌いよ、それにそんなもの突き付けてくるなんて……お仕置きが必要ね」
「ちょっとあおい殿まで!」
 剣を取られた時の彼方のキチガイ具合をみょんは知っている。
部屋を蹂躙することなどお構いなし、人に手を上げることなど日常茶飯事。それのおかげで今までの旅でどれだけ苦労したことだろう。
 みょんはいきり立つ二人を宥めようとしたが、時すでに遅く彼方はその指を長炎刀の引き金にかけていた。
「!!!!!」
「はぁっ!!!」
 轟音と共に長炎刀の先端から弾丸が放たれ、部屋中に火薬の臭いが広がっていく。
弾丸は錐揉み回転し容赦なく葵の体を狙っていったが、葵が扇を振りおろすとその軌道上に謎の異空間が現れ弾丸はそこに吸い込まれ消え去ってしまった。
「………こ、これは」
「仙術『次波』………脅威も分からず挑発していたわけじゃないのよ」
「ど、どういうことだよ!!!」
 彼方はすぐにもう一回引き金を引くが弾丸が込められていないのか全て空撃ちに終わる。
ついには癇癪を起してその場に崩れ落ち、涙を流しながら床を畳が抉れるほど無意味に叩き続けた。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」
「………」
「ホント困った子ね、ちゃんと頭が冷えたら返すって言っておいて」
 そう言って葵は肩で息をし、物陰で怯えていたちぇんを優しく宥め始める。
みょんは今起こっている状況を上手く掴めなかったが、とりあえず床に頭を擦りつけている彼方を宥めるために彼方の元まで近寄った。
「そ、その、あれは……やり過ぎでござるよ、というか何あれ、なんぞこれ」
「ふ、ふ、ふふふふふふふふふふふふふふ」
 突然彼方は不気味に笑いだし顔を上げて咄嗟に葵の手からちぇんを奪い去る。
あまりも素早い動きであったためちぇんに傷は無かったが彼方は右手でちぇんを鷲掴みにし左手の爪をちぇんの肌に突き立てた。
「かなた殿!!」
「えへぇぇへへへへへぇぇ……最初に人の物盗ったお前が悪いんだぁ!!このゆっくりの身が惜しければさっさと返せぇ!!」
 今の彼方は完全に正気ではない。目は焦点が合ってないし、呼吸も全く一定の周期を取っていない。
まさかここまでおかしくなるとは、みょんは彼方のあまりの豹変ぶりに自己嫌悪も交えて冷や汗を垂らす。
すぐにでも彼方の凶行を止めたかったが体格差もあってちぇんに暴行を加えるまでに彼方を止める自信がなく、みょんはただじっと様子を窺うことしか出来なかった。
「い、いやだよぉ、こわいよぉ!!たすけてよぉおばあちゃん!!」
「ウルサイナァ!!!全て悪いのはそこのくそばばぁさ!あはははゆあひゃははやひゃはぎゃ」
 狂ったように叫び、ちぇんを掴む手に力を入れた瞬間であった。
彼方の真横に再びあの異空間が開き、そこから女性らしき腕が彼方の頬めがけて殴りかけてきたのだ。
「ぐぎゃあああああ!!」
 不意の攻撃に彼方はちぇんを掴む手を緩めてしまい、その隙にその異空間から伸びる腕にちぇんを奪われてしまう。
ちぇんがその異空間の中に入ると異空間の隙間は消え、いつの間にか葵の手にはちぇんが抱きしめられていた。
「今のはあおい殿が……?」
「……ふ、ふざけるな、小娘。人の、人の家族に手を出すだなんて覚悟はできてるのかしら!!!!!?」
「こわかったよぉぉ………」
 恐れ慄くわけでもなく、落ち着いた様子でもなく、葵は憤怒の表情で彼方の顔を睨みつける。
狂乱状態である彼方は理性の欠片も無く獰猛な動物のように葵に襲いかかるが、その寸前でみょんの手で止められた。
「ぐぎゃああああああああああああ!!!みょんざんまで!!わだじのジャマヲズルノガ!!!」
「………それはやってはいけないこと、でござるよ」
 そしてみょんは羊羹剣を取り出し、大きく振りかぶって刀身で彼方の横っ面を張り倒す。
ゆっくりとはいえど達人の真名身四妖夢、その一撃で彼方の体は吹き飛び壁にぶつかっていった。
「……あ、え、ええ、えあ………なんで?なんで、みょんさん……だって、だって」
 みょんの攻撃というよりみょんに攻撃されたことに対し衝撃を受けたようで彼方は茫然自失としてしまう。
みょんさんだけは自分のことをどんなことがあっても助けてくれる、その甘えを打ち砕かれた彼方はただひたすらに大声で泣き始めた。
「あおい殿、申し訳ないでござる。絶対に、絶対に謝らせるみょん……だから今はかなた殿を、許してほしいでござる」
「………彼方、ね。あなたが私達に謝るまで、絶対にあの刀を返さないから」
 激しい悪意を目に宿らせて葵はそう冷たく言い放ち、ただひたすらにちぇんを宥める。
こうして、刀を求めて旅する二人と数百年生きた仙人との会合は、最悪と言う形で始まった。







~前編終了~


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最終更新:2011年02月19日 20:41