訳のわからない戦い

※フィクションです
※かなり大幅な世界観の崩れが最後の方にあるのでご注意ください





 ①子供相手でも、真面目に付き合う誠実さ
 ②子供相手でも、手を抜かない公平さ
 ③子供相手でも、容赦をしない冷酷さ
 ④子供相手に、本気で激怒する大人げなさ
 ⑤子ども目線になりきれる、無邪気さ

 一般社会において、恐らく求められるのは①。寛容に見て②までだろう。
⑤はごくたまに需要があるかもしれない。
 人間とは根本的に価値観の違う妖怪達にとって、③辺りは評価されるかも
しれないが、④と紙一重になる事はできれば避けたいとは誰でも思うだろう。
 腹が減っているのなら兎も角、積極的な明らかな弱い者いじめは見栄えが
悪い。

 そうした訳で、星熊勇儀は、その時は冷静だった。


 「ゆふふふふ おにゅしも、まだまだじゃのう」


 地底も旧都を割と外れた岩場にて。
 ヤマメとキスメ、そしてゆっくり―――――地上の巫女さんの顔を模した
こぶし大で頭だけの、お饅頭に似た不可解な生物―――――に付き合い、
その日は呑気に遊んでいた。
 昼食の弁当を食べ終わり、ヤマメとの談笑にも飽きて、気だるく涼んで
いた時だった。
 ゆっくりは、「かんで」いた。
 本当に舌っ足らずというか、媚びているとか幼稚だとか、そうした次元では
ない喋り方と、その自信満々な顔つきが間抜けすぎて、腹も立たない。

 「どうしたい、ゆっくり?」
 「れえむは、もういろいろ『究めた』よ!!!」

 よく見ると、ゆっくりれえむの背後にはうず高く何かの本が積まれていた。
 さっきまで、そんなものは無かったはずなのに……

 「勝負をもうしこむよ!!! ゆーぎおねえちゃん!」
 「何だって?」

 発言から考えると、本の山は何かしら武術の指南書か何かで、それを読んで
ちょっと気が大きくなっているのかとも考えたが――――表紙はどうにも子供向け
が過ぎている様に思えた。
 いくつか漢字だけが見えた。
 「斬」「炎刃王」「漂流作家」―――さて脈略がない。

 「なるほど、鬼に勝負を挑もうってのは良い心構えさね!最近そういうのが
  ないから嬉しいよ? 強くなる子だ」

 元々幻想郷には今、仮に人間でも工夫次第で戦えるとても良いルールがあるのだ。
 また、鬼は、勝負事が大好きである。
 元々敵なしの基本性能を備えた、強者の余裕もあるし、常に好敵手を求め、
時に相手の工夫によって自分が敗北する事だって、楽しむ器量があるのだ。
 特に、彼女は「相手に合わせる」という事をよく心得ていた。
 軽く柔軟体操をし、早速杯に酒を注いで用意をしながら宣言した。

 「それじゃあ……こっちは3枚」
 「あー…… すんません。弾幕は苦手……っていうか、できにゃいよ……」
 「………えっ?」

 となると

 「それじゃあ何だい? 『究めた』 とか 『勝負』 ってのは」
 「もちろん、拳と拳のぶつかり合い。 にくたいごんご にきまってるよ!!!」

 それこそ勇儀の独壇場である。
 そこは④どころか、③にもならないように①と②を発揮するのが、流儀というものだ。
 しかしだ。

 「あんた、拳ないじゃん」
 「ゆゆぅ………」

 己の体のどこを『究める』のかはしらないが、弾幕ではなく本来の肉弾戦が持ち込まれると
しても、これでは手加減以前の問題である。
 単純に腕相撲で勝負を決める事も今までならばあったが、ゆっくりには腕に代わる
部分も無い。
 と、辺りを見回して、ゆっくりが提案する。

 「あそこに、大きな岩があるのが見えるね?」
 「ああ、あるね」
 「おねえちゃんは、それを砕いてみてね。れえむはそれよりもっと大きい岩を割るよ!」
 「ほほう」

 躊躇なく――――勇儀は4歩程度でその岩に近づき、弾幕ごっこの時と同様、杯の中身を
多少気にしながら―、3メートルほどの、岩を、砕いた。
 片手でだ。

 「ざっとこんなもんさ」
 「「「おおお~~」」」

 歓声が沸く中、ゆっくりは、既にその奥の―――崖自体に目を向けていた。

 「ちびちゃん・・・・・気を付けてね?」

 キスメが早くも泣きそうな目でゆっくりを見守り、特にやる事も無く手持ち無沙汰なヤマメが
変にしおらしい目で

 「姐さん、お疲れ」

 と声だけ冗談交じりにねぎらっていた。
 何、気を使われるほどの作業でもない。
 これで力の差は歴然と解った事だろう。
 振り返った時――――
 れえむは、宙に浮いていた。

 「おっ」

 理屈は解らないが、飛べるとはそこそこの付き合いなのに知らなかった。
 まっすぐに―――勇儀が砕いた岩の先の、やはり崖自体に向かって。

 「こ、これは……!」
 「け、けどさあ」


 遅い。
 ゆっくり過ぎる。


 「こ、こんなゆっくりなの、初めて見た!」
 「ゆっくりすぎる!」

 いつだったか、さとりがペット達に戯れに笹船の作り方を教えているのを見た事があった。
あの鴉が極端な程、一人で作れるようになるまで時間がかかっていたが、それ以上にゆっくりしていると、
勇儀は感じていた。
 本当に遅い。
 ためしに、気持ちを切り替え、意図的に幾分油断した心構えで勇儀は酒を飲み始め、ヤマメは
何となく皮膚の化膿と壊死についての軽い講釈を勇儀に話し始めた。
 しばらくしてれえむの方を見ると、まだ崖には到達していなかった。
 ちなみに、少し助走をつけていた様で、2m程の距離があったが、進んでいるのかいないのか、
二人にはよく解らなかった。
 何が不安なのか解らないが、やや涙目でキスメだけが健気に応援している。
 二人は今度は、杯や瓶、その他敷物や弁当箱といったものを丁寧に片付け始め、その合間に
水橋のここ数日間の観察結果を話し合ったり、軽い猥談を展開するなどした。
 ゴミも回収していつでも帰れる状態を作り、もう一度ゆっくりの方を見た。
 ゆっくりれえむは、まだゆっくりしていた。
 本当に遅い。
 キスメが律儀に動かず見守っているので、それを支点に、多少は前進していることが解ったが、
本当に止まっているのではなく、一応申し訳程度に前進している事が解って、そのゆっくりさが、
余計に伝わった。
 そこから、ある程度崖に到達するまでの時間が計算できそうだったが、段々頭が痛くなってきた
ので止めた。
 ヤマメと勇儀が顔を見合わせていると、旧都の方から妖怪が一人走ってきた。

 「姐さん、ちょっと来ていただけませんかね。若いのが今厄介ごと起こしてまして」
 「仕方ないね………」

 と言いつつ、全く頓着することなく、彼女は旧都へ呼ばれて出向いた。

 その先で、喧嘩を仲裁し、その足で管轄の賭博場や遊郭に顔を出して見回り、従業員や店長達と
打ち合わせている内に、本当にゆっくりの事を忘れていた。
 ヤマメはとうに帰っていた。。

 「………いかんわっ!」

 勝負を引き受けておいて、いくら相手がゆっくりし過ぎてていたとはいえ、流石に普通に自分の
仕事をしていたとなれば、相手への侮辱この上ない。
 これは、恥だ。
 申し訳なさから、息せき切って旧都の外に出た――――が、自分でも違和感を感じていた。
 何か、言い知れぬ確信の様なものがあったのだった。
 あのゆっくりが、自分が一用事どころか二つも三つも行って帰ったとしても、さりとて問題が
無い様に、どこかで思っていた野だと思う。

 (――――………何だいこりゃあ)

 さて、勝負の行われた崖の下まで到着すると、律儀にキスメはまだいた。
 ヤマメも戻っていた。



 ゆっくりは、まだ崖に到着していなかった。



 「す、凄い!」

 素直に声を出してしまった。
 ここまでゆっくりし続けるのに、あのお饅頭の様な丸っこい体のどこにエネルギーがあるという
のか。
 これは、認めざるをえない。元々岩を砕くという単純な破壊力の勝負だった事を忘れた訳では
なかったが、少なくとも彼女には真似できない。真似たくもない。しかしとりあえずすごい。
 決して途中で休憩を入れた訳ではないだろう。
 ずっと見届けていたキスメが、こちらを見て、頷いた。
 少し回り込んでみると、ゆっくりは疲れているどころか、非常に余裕を持ったふてぶてしい顔で
進んでいた。
 「うぷぷ、勇儀早過ぎ。 バカジャネーノ?」
 なんて暴言を吐きかねないし、吐いても違和感がない

 「あのゆっくり……さっき『うぷぷ、ヤマメ早過ぎ。 バカジャネーノ?』って言いやがった…」

 ああ、言ったのか。
 喋れる余裕もある様だ。
 ゆっくりれえむと崖との間は、そろそろ10㎝と言ったところ。非常に近い。よくぞここまで進んだ
ものだ。
 とは言え。
 これは腕っ節の勝負だ。

 力と、ゆっくりは 関係は無い。

 ゆっくり と 強さ の両立等、鬼には必要ない。

 結果は結果である。

 崖まで到達し終わったら、きちんとその事を幼いゆっくりに伝えねばなるまい。
 そう思っていた。
 これはおごりでも何でもあるまい。
 どれくらい経ったのだろうか?
 ゆっくりれえむは、崖に接触した。




 クレーターが、そこに、一瞬で作られた。



 深さはおそらく10メートルはきかない。







 ヤマメは、目の前に古い瓦を置いた。
 手には盆栽にでも使うような、丸みをもった大きな鋏を握っている。
 取っ手ではなく、閉じた刃の部分をだ。

 「見ててね」

 握ったまま、瓦めがけて、ヤマメは思い切り鋏を叩きつけた。
 瓦はびくともしない。土蜘蛛の腕力に耐えきれる程度の頑丈さだ。鬼には造作も
なかろうが………

 「もう一度見てて」

 ヤマメは意識的に肩から脱力し、今度は刃の先を、人差し指と中指、親指だけで
軽くつまんだ。
 そして力むことなく、されど勢いよく瓦の上に、それを振り下ろした。

 「おっ・・・・・!」
 「ね?」

 瓦は、先ほどの衝撃もあったのだろうが、ピシリ、とやや深めの亀裂が入った。
 キスメとゆっくりが帰った後の採石場で、妖怪二人は神妙な顔で、クレーターと、
足元の瓦を見比べている。

 「つまりはこれと同じ原理じゃないかと思うんだわ」
 「ちょっと違う気がするねえ。さっき握った時より、早かったから、その分の効果だろ?」

 ゆっくりは、とにかくゆっくりと向かって行ったのだ。早さは関係あるまい。

 「いや、今この鋏が早かったのは結果論で、それより重要なのが、私が力を抜いてたこと」
 「ふむ」
 「梃子やらバネやらの原理は姐さんも詳しいだろ?科学・物理云々の話だけじゃなく、非力な
  人間が鬼に抵抗する時になんかは………」
 「ああ、あるねえ」

 しかしだ。

 「『ゆっくり』=破壊力 ってのはどこかおかしいだろ。もっと他の要素が……」
 「ヤマメちゃんの方、あたり」

 突然声をかけられたが、それは足元からだった。
 見てみると、あのゆっくりれえむよりも二回りほど大きなゆっくり――――あの、事実上現在の
地上の結界を管理しているスキマ妖怪・八雲紫にそっくり―――がふんぞり返っていた。
 あのゆっくりれえむと違って、自信満々ではないが、ものすごく底意地の悪そうな顔をしている。
 胡散臭くてあまり信用する気になれないのは、あの妖怪そっくりだ。

 「またゆっくりか………」
 「ヤマメがあたりだって?」
 「そう、勇儀おねえちゃん、あなたは鬼でしょう?」

 そう、地底生活は長いとはいえ、れっきとした。

 「しかも『怪力乱神を持つ程度の能力』の」
 「おだてたって今は奢る気になれないよ」
 「あなたは力を出すのに小細工はいらないでしょう?」

 それもそうだ。
 例えば、どこかに飛行せずに跳躍する時、余程余裕が無いか、相当離れている所に必要性が迫られて
いない限り、彼女は、助走をつけたりはしない。
 そのまま、その場で自力で、持った脚力だけで跳ねる。
 先程の瓦割だって、特に構えをとったり、弾みをつけるなどもっての外。その剛腕をただ振り下ろす
だけである。
 暴「力」が具現化したような存在の妖怪こそが、鬼。
 通常ではありえない事こそが「怪力乱神」。
 そこに工夫や効率性などは必要ないのだ。
 基本スペックが根本から違う。
 事実、大抵のことはその強力の行使でどうとでもなってしまう。

 (もう少し言うと…………)

 妖怪である以上、非力な人間と戦わざるを得ない宿命にある。それは実際には「弱い者いじめ」に
他ならず――――――せめて と言う訳ではないが――――――――相手の創意工夫は喜んで受け入れ、
最初から十分すぎるアドバンテージを持っている鬼としては、それだけで戦うのが誠意だと、少なくとも
彼女は考えている。
 まあ、これは妖怪相手にも言える。

 「それは、ゆっくり も同じわけね」
 「……………」
 「……………」

 ここは怒るべきところなのだろうか?
 ヤマメと一瞬顔を見合わせていると、どこからともなく、滑車の付いた黒板をゆっくりのゆかりは持ち
出した。
 本当にどこにあったのだろう……?冗談抜きで見当たらなかったはずだ。

 「ええとね」

 そこには、すでに何らかの式が書かれていた。
 その下には、妙な長い布が糊で留められていた。


       【 速度×硬度×力量(インパクト+ゆっくり) = 破壊力 】



 「一番解りやすく、省略しまくってるけどね!!!」
 「速度×硬度 ってのは解る。『ゆっくり』――――ってのは、弛緩とかそういう意味かい?」
 「まあそうね! 深い意味はあるけど、緊張し過ぎちゃだめよっ てこと!!!」

 「ゆっくり」―――は、寧ろマイナスで、そこから掛け算の連続になるのでは?と、やはりどこかで
工夫に頼らざるをえない時があるヤマメは疑問に思ったが、勇儀は興味深げに聞いている。

 「まあ、それぞれが密接につながってはいるけど、普通の人を適当に……」

 糊と布が剥がれる



 【 速度(50)×硬度(50)×力量(インパクト(50)+ゆっくり(50)) =250000 】



 「だとすると、鬼さんのさっきの場合は」



 【 速度(100)×硬度(98000)× 力量(インパクト(4760000)+ゆっくり(0)) =46648000000000 】



 「…………」
 「…………」
 「あ、数字は適当だけど、 『速度』や『ゆっくり』に頼らなくても、硬度とインパクトだけで、ここまで
  いけちゃうわけね」
 「姐さん、褒められてるよ? 嬉しい?」
 「嬉しいっちゃあ嬉しいが……何て言うかそのあの」
 「本当は、速度ももっと高いはずだけど、鬼さんそこは普通にやるから」

 と、なると

 「そこで平均的なゆっくりの場合はね………」

 ペリペリと、布が剥がれる




 【 速度(0.5)×硬度(3)× 力量(インパクト(4)+ゆっくり(9785556000000)) =58713336000000 】





 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「いや、誰も悪くないのよ?」
 「……………………」
 「……………………」
 「得意分野が違うだけ! むしろ皆力持ちさんだけど、ゆっくりがゆっくりし過ぎてるだけだから気にしないで!」
 「速度(0.5)って、一回それで半減してる訳じゃないか」
 「それを補えるだけのゆっくり分があんのよ!!!」

 数字は繰り返し言うが、おそらく適当なので、今いちなっとくできない。

 「『ゆっくり』って要素だけで、鬼の少し上を行っちゃったって事?」
 「だからね」

 心底――――悪魔のような、恐らくは、地上の湖近くに居を構えるという吸血鬼よりも悪辣な顔で――――ゆっくりの
ゆかりは笑って言った。

 「鬼さん達には、『ゆっくりしていもらいたい』のよぉ…………」
 「なんのためにそんな……」

 少したじろいでしまったのは、ヤマメの方だった。

 「ゆっくりれいむに勝ちたくないの………?」
 「何言ってんだか、この饅頭は。姐さんが本気であのおちびちゃんに負けたと思ってるのかい?
  あんなもの、負けの内に入らないよ。 本気を出せば、こんな崖の一つや二つ……」
 「いやいや、負けは負けさ。あんたら『ゆっくり』を見くびるもんじゃない事を勉強させてもらったわ。正直反省してる」
 「…………姐さん」

 鬼だから、③の面はあっても、やはり①であり、④には決してならない星熊勇儀。今は②を実践しなかったことをやはり
悔やんでいるのか?
 いつもの余裕のある笑みが全く無い。

 「鬼さん、興味は無いの?」
 「ああ………そりゃあ、鬼だからね。強さには興味はあるけど、その『ゆっくり』ってのは何か違う気がする」
 「今度、またあのおちびちゃんと再戦しなよ! 次は勝てるって!」
 「ああ…… あんなおちびちゃんじゃなくて、地上のルーミアちゃんにひっついてたゆっくりれいむは………」

 一番下の布をはがす



 【 速度(0.5)×硬度(3)× 力量(インパクト(2)+ゆっくり(999999999999999)) =2999999999999997 】



 「ば、馬鹿馬鹿しい!!!」
 「あ、数字はあくまでもてきとー」

 ヤマメは憤慨して一緒に帰るように勇儀を促したが、本人は怒る事も無く、何かを考え込んでいる。

 「考えた事も無かったな………」
 「『押してダメなら引いてみな』と言われて、前進全力極限まで引きまくったのが、ゆっくりよ。鬼さんとは逆ね」

 そう――――押してダメでも、それでも押し続けてきたのが鬼だ。
 だが、今日は、「引く」事にも意味がある事を大いに知った。

 「『強さ』自体には興味はあるけどね。やっぱり性にあいそうもないわ、それ」
 「…………」
 「悪いけど」

 まあ、本当の対決や能力合戦、弾幕ごっこともなれば、単純な破壊力など、たった一要素に過ぎない。
 彼女は、ヤマメに応じて、ゆっくりのゆかりに踵を返した。

 「何かゆっくりれいむと一悶着あるみたいだね? 本当に何かあるんなら自分でやんな。私は自分の部屋でゆっくりするよ」

 振り返る事は無かった。
 きっと、あのゆっくり、とても悪そうな顔でこちらの背を睨んでいる事だろう………

 「『押してダメなら引いてみな』ねえ…………」


 酔いは、醒めきっていた。







 自室に戻ると、水橋が何故か来ていた。

 驚いて何かしらもてなすものは無いかと焦っていたら、持参してきた一升瓶を手渡された。
 つまみも無しに、二人で並び、チビチビと飲んだ。
 無言だった。
 ややあって、90度回転して背を向けた水橋は、そのまま30度程頭を傾け、側面を勇儀の肩に乗せた。

 「あ………あ…………どうしたい、いきなり」
 「あんた、ずるいよ」

 結構無理な態勢だったので、そのままよろけ、コトリ、水橋の頭が床に横たわったが、そのまま動こうとしない。
横になりながら、その背中だけが、勇儀の太ももに押し当てられた。
 小刻みに震えている。

 「いっつもいっつも、仕事中もちょっかいだして、毎日そっちから来るくせに、最近どうしたのよ」
 「………いや、諸場代の回収とか、ほら、最近皆大変そうだったし……」
 「酒まで持ってこさせてさぁ」
 「そりゃあありがたいが……」
 「今度はそっちから、何か奢りなさいよ」

 太ももに、背骨のゴツゴツとした部分を感じながら、茹った頭で、勇儀はそっと反芻した


 「『押してダメなら引いてみな』…………」









 ゆっくりゆかり先生の教室は、始業時間は日が暮れてから始まった。
 場所は、守矢よりも、博麗に近い森の中。
 切り株が机代わり。
 大きなキノコが椅子。
 あと、「ハロゲンヒーター」とかいうよく解らない道具が置かれている。

 「さて、まず始めるにあたって――――」

 ゆかり先生は、大きな岩が教卓代わり。
 生徒は勇儀の他に、密かに白狼天狗や船幽霊もいるらしいが、今日は一人だ。

 「先に覚悟してもらうわね」
 「おお、『ゆっくり道は地獄道』って訳かい。望むところさ」
 「まあそうだけど、気持ちの問題ね」

 と言って―――本物よろしく、スキマから取り出したのは、御神籤入れにでも使われるような筒だった。
その先端を勇儀に向けると、ひとりでにカタカタと、その反対から紙が飛び出した。

 「何ですそりゃあ?」
 「ゆっくり判定機―――とでも言おうかしら」
 「随分簡単な……」
 「今、あなたの『ゆっくり力』を数値化させてもらったわ」

 ぞっとして、言葉を失った。
 これは―――――恐怖だった。
 そんな事ができるのか

 「本当はこういう事、やっちゃいけないんだけど」
 「そりゃあ……」

 どういう理屈かは知らないが――――それは、悪趣味、というか、愚かな事である気がした。
 数字は便利だが――――数値化「できない」ものはたくさんあるし、本来できない物を比較用に数値化
する事は、何かを怠けている様に思えてしまう。
 妖怪を必要としなくなった―――――想像力を自分から捨ててしまった、外の世界の人間達の範疇だ。
こんなものは。

 「そこまで解ってるんならよろしい」
 「結局幾つなんだい」

 机の上に置かれたメモには――――――「5600」 と記されてあった。

 「………………?」
 「平均妖怪は2000くらいかな?」
 「これは、数が多ければいいんだね?」
 「流石、勇儀お姉さんはゆっくりさも並みじゃないわね!」
 「ほほう……」
 「ちなみに、『鬼自体』のゆっくり度は平均7000ね………」
 「…………………」

 この前使った黒板には、今日の練習メニューが書いてあり、そこには「座禅90分」などと記されている。
元々鬼には精通している者も多いが、彼女は今まで避けてきた。今度ばかりは、この事を後悔した。
 更に、追い打ちをかけるようにゆかり先生は続けた

 「キスメちゃんは8400」
 「む」
 「れいむの奴は―――53000000000000000000ね」
 「…………………」

 ―――いや、ゆっくりさを極めようとは思っていない。
 「ゆっくり」の必要性を認めたから、今より少しはゆっくりできるようになりたいと思ったから来た。
 しかし、これではこれでは………

 「ね? 数字にするって残酷でしょう?」
 「全くだ!!!」
 「でも、これを乗り越えないと、目標に向かえないでしょ?」
 「………」

 やや立ち直りに時間のかかりそうな勇儀に、ゆかり先生が手渡したものがある。






 「よくできてるなあ」
 「おお………… こっちはレミリア。あの吸血鬼か。八雲藍まである」
 「いつのまにさとり様まで………」
 「で、今日はこれだけもらって帰ってきたの?」
 「いや、説明も受けたよ」

 深夜。
 地上に行ってきた勇儀は、沢山の花札の様なものを持って帰ってきた。
 その表面には、様々な妖怪達の緻密な絵と、数値と、いくつかの記号が記されていた。
 不思議な魅力があって、キスメ・ヤマメ・水橋は手に取り、一枚一枚眺めながら楽しんだ。

 「どういうテクノロジーで作ったんだろうね?」
 「知らん」

 ただ………

 「これから、私の『ゆっくり度』って奴が増減するにつれて、それがそのまま、その札に
  反映されて、数が変わるんだそうだよ」
 「ああ、この数字ね」
 「高い方がゆっくりしてるって事か……」

 中には、ヤマメ本人の札もあった。
 そこには、「9800」と記されてあり――――何となく気まずくて、裏返して伏せた。
 しかし、何か悪い気はしない。

 「お、八坂神奈子が190000か……」
 「八意永琳も190000だよ?」
 「ああ、その場合はね…………」

 数字の横に記された記号を見ると―――――

 「八意は、『月属性』、八坂は『風属性』と………」
 「何ですそれ?」
 「ゆっくり度が同じだった場合、『属性』で勝敗が決まるのさ」
 「―――それも同じだった場合は? 」
 「その横にもう一つ記号があるだろ?それが『系統』のマークで………」

 ヤマメは立ち上がった。
 よく見ると、「ガイドブック」なるものが、勇儀の傍らに置いてある。

 「………」

 そこには――――さっとめくっただけでも、1pに、約20種類ほどの『属性』と、その相関図が
記されていた。
 これを、一回で暗記したらしい勇儀も凄いが………

 「あのさ、姐さん?」
 「ん?」
 「――――『ゆっくりする』ために、これからも授業受けるんだよね?」
 「? そうだよ?」
 「いや何でもない」

 元々、「好戦的」、称される、土蜘蛛の黒谷ヤマメだったが………

 「最近、熱いものをなくしちゃったのかな」


 それとも、キスメや水橋、そして勇儀が何かに取りつかれてしまったのか………

 そもそも強さの一要素に過ぎない(そのこと自体怪しい)「ゆっくり」を求めるのはいいとしても、
その基準値を記した札だけを付け合せて、勝敗を決める遊びに進行してしまっている。
 それ自体は悪くは無い。悪くはないが、ヤマメはどうにも参加する気になれなかった。
 実際それ自体で、本人たちの強さの全貌でも無し。
 基準値も、どうにも怪しい。
 ――――しかし

 「本当に、楽しそうだなあ」

 3人にその事を言う気持ちにだけはどうにもなれない。
 考えてみれば、確かに貴重な機会ではある。
 全ての人間も妖怪も一度は思う事があるのだ。―――――


 「一番強いのは誰だろう」 と


 八雲紫だと言い切ってしまえばそれまでだが、何でも月にはそれを軽く凌駕する相手がいるらしい。
弾幕勝負なら、博麗の巫女さんは、一度彼女に勝っている。
 他にも、幻想郷にはまだまだ強者がいるはずだ。
 風見幽香は?
 最近復活したらしい聖白蓮は?
 そして、単純に「勝負が見たい」と思う事もある
 例えば、紅魔館の、時間を止められるメイドさんと、ここ地霊殿の我らが古明池さとり様
 うつほと、藤原妹紅はどちらが勝つか?

 「考えれば興味は尽きない……」

 まあ、「ゆっくり度」という非常に胡散臭い数字に頼るとはいにえ、1つの土俵で、様々な強者たち
の、実現しないはずの勝負が体験できるのだ。
 子供じみた話かもしれないが、これは―――――確かに楽しそうだ。
 とは言え

 「そんな事より…………」

 ヤマメは、食堂に走った。
 このフロアで、一台しかない箱で――――妖怪の山の「TV番組」を見逃すわけにはいかない。
 今、一週間に一度の楽しみだ。
 さて、駆けつけると、たくさんの住人がこぞって来ていた。
 こいしさんも、お燐もいる。






 ―――『 撃論!!!  SAN-SUKUMI バトルウォッチ 現代世界と幻想郷 』 ――――

 テーマは主に外の世界における討論番組だ。
 それも毎回毎回、厳選してこっそり攫ってきた各テーマに関わる外界人達が、陣営ごとにそれぞれ
10名、本人たちに討論をさせる。
 喧々諤々・歯に衣着せぬ、容赦のない論争が、密かに一部の妖怪達に人気である。
 お燐がニヤニヤしながら話しかけてきた。

 「よく解らないけど、この前の【●●ト● ・ ●イ●ー ・ ●●ジャー 最も偉い特撮シリーズはどれ?】
  は愉快だったねえ」
 「全くだね。久々に結論が出たし」

 司会者の木の葉天狗が、意気揚々と今週もまくしたてる。


 『さて、今週のお題は前回に引き続き――――こちら!』


   【●●人 ・ ●●人 ・ ●●人  この3国の、どの民族が最も優秀か?】


 「おいおい、人間の数、ちょっと減ってないか?」
 「あ、本当だ。やっぱりあの後あれだったか…………」

 ヤマメは、ひと月前の【○○○○教 ・ ○教 ・ ○○○○教 どれが一番正しいか?】 が、結局中断した
ことを思い出していた。



                            了

  • 攻めのゆっくりッッ -- 名無しさん (2011-05-08 10:43:46)
  • ゆっくりゆうぎはどうなんだろうか?
    ゆっくりなのにパワーファイターみたいな位置だし・・・
    ゆっくりしていないゆっくり・・・きめえ丸は?
    ゆっくりてるよ、ゆっくりこまちも凄そうだ。    -- 名無しさん (2011-05-12 14:16:46)
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最終更新:2011年05月12日 14:16