【2011年春企画】緩慢刀物語 堕壊章 -閉-

ゆっくり達を苦しめる謎の毒気を止めるため、毒の『上流』を目指して走っていた彼方は、ふとあることに気が付いた。

「そういえばさ、みょんさんは平気なの?」

この毒はゆっくりによく効く。しかし何故かみょんには効いていないように見える。

「おそらく、覇剣の影響でござろう」

生命の覇剣、『舞星命伝』。なるほどこの刀の力ならば毒の中和くらい造作も無いだろう。抜刀しておらず、所持すらしていないみょんにまで影響が及んでいるのは折れた部分がくっついた事によるものか。
やがて2人は、ある場所へとたどり着く。

「ここって…」

それは、刀剣研究家近藤平の自宅がある山の麓、今は既に廃鉱となった洞窟。毒気はそこから流れ出ていた。

「危ない、とは言われたけど…」
「危険は承知、みょん達には成さねばならぬ事がある…で、ござろう?」

みょんと彼方は視線を交わし、互いにふっと笑いあった。
災厄の元凶が待ち受ける洞窟へ、2人は歩みを進める。
誘うは深き闇。
導くは紺色の毒気。



緩慢刀物語 堕壊章-閉-



2人は慎重に洞窟の中を進んでいく。中に入るとぼんやりとだが灯りがついており、闇の中を進まなければならない事態は避けることが出来た。
しかし、裏を返せば灯りをつけた誰かがいる、という事。もしその何者かが洞窟の内部を熟知しているのなら、地の利は向こうにある。不意討ちを警戒すると、慎重にならざるを得ない。

「…みょんさん」
「わかっているでござる」

彼方たちのいるところの前方突き当たり、左側の壁に何かの入り口のようなものが見える。かなり濃くなってきた毒気はそこから流れ出しており、中には人の気配が感じられる。
間違いない、ここに犯人がいる。

(いっ…)
(せー…)
(のー…)
「「みょん!」」

2人は呼吸を合わせ、そのくせ力の抜けそうな掛け声と共にその場所へと踏み込んだ。

「誰か近づいてくると思ったら…なるほど、やはりあなた達でしたか」

やや広い、小さな道場くらいはありそうな空間。用途不明の道具や何かの材料らしきものが散乱し、床には怪しげな模様が描かれている。その部屋の中央にいたのは…

「近藤さん…」

この山にたどり着いた時から、予感はしていた。
だが、疑いたくはなかった。菓子剣の研究に情熱を注ぎ、覇剣の恩人でもある彼を。
だから、信じたくはなかった。部屋の中央で気味の悪い笑みを浮かべる彼、この光景を。

「ククク…おかげでようやく復元することが出来ましたよ。真っ二つに折られていたこの刀を…」

近藤の手には一振りの刀が握られている。毒気はその刀から放出されているようだ。

「あの刀は…!」
「みょんさん…?」

近藤が握っている刀を見て、みょんが反応する。

「あれがどうかしたの?みょんさん何か知ってるの?」
「認めたくはないでござるが…菓子剣、といえば菓子剣でござる」

忌々しげにみょんが呟く。改めて見ると、鍔の部分が妙にトゲトゲしていて、普通の真剣とは微妙に形状が異なる。

「しかしあれは、通常の菓子剣とは異なる製法、特殊な薬品の使用や魔術的儀式などいわゆる外法と呼ばれるやり方で作られた呪われた剣…堕菓子剣!」
「負の思念、主に恨みの念を収集・変換・増幅し病を広める刀…負剣・恨病刀(マケン・コンペイトウ)。それがこの刀の名です」

近藤が恨病刀を一振りすると、紺色の毒気…病気が2人に襲い掛かった。しかし、病気は彼方を避けるように拡散して消えていく。近藤はその様を見て軽く舌打ちした。

「忌々しい覇剣めが…」
「…そうだ、私にはこれがある…完全復活した覇剣!」

彼方は覇剣を勢いよく抜き放つ。

「舞!」

彼方の咆哮に応えるが如く、掲げられた覇剣が光を放つ。

「星!」

覇剣を振り下ろし、横に一薙ぎ。

「命!」

再び振りかぶり、勢いよく振り下ろすと共に、決めとばかりに正眼に構えたところで覇剣が二つにぽっきり折れた。

「でぇん!?」

彼方はもちろんの事、横にいたみょん、対峙していた近藤までもが驚きの余り顎を外した。
みょんが折れた方の刃に近づき、断面を覗き込む。

「………ご飯つぶでくっつけてあっただけのようでござる」
「あァァァァァァァんまりだァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!HEEEEEEEEYYYYYYYYYYYY!!!!」

崩れ落ち号泣する彼方をよそにみょんは思った。『むしろ今までよくもったみょん』と。

「てめェこのマチャ彦ォォォォォォォォ………ナメたマネしてくれやがってェェェ…」

ゆらりと立ち上がる彼方。その目からは血の涙を流し、立ち上る殺気は修羅をも凌駕する。

「私は何もしていないのだがな…」
「テキトーな事言ってんじゃねえこの姉歯(手抜き野郎と言いたいらしい)!!叩きのめして苗字の後に『夢』とか『無』ってつけてやるから覚悟しやがれ!」
「彼方殿、少し落ち着くでござる。あといやらしい」

荒ぶる彼方を押さえるようにみょんが出てきた。

「ふむ…折れているとはいえ覇剣の力は健在か。この距離でもゆっくり一匹屠れんとは」
「そんな事を言っていられるのも…今のうちでござる!」

問答無用で円剣「胴夏」を一閃する。発射された戦輪が近藤に襲い掛かる…はずだったが、何故かうんともすんとも言わない。

「…あれ?」
「ふっ…」

ぶんぶんと振り回すが、戦輪がちりちりと音を立てるだけで一向に発射される気配が無い。

「ならば!」

泡剣「升斗形鬼」を取り出し振り回すが、今度は泡が全くでない。

「どういうことみょん…!?」
「ククク…ハハハハハ!保険はかけておくものだな!」
「まさか…」
「そうよ、そのまさかよ!貴様にそれら菓子剣の解説をしてもらった時…恨病刀復元の情報を集めるついでに能力の封印をさせてもらった!もう一つの保険の方は上手くいかなかったが十分だ、これで貴様らは丸腰、私を阻める者はいない!」
「誰が丸腰だって?」

彼方が長炎刀『しゅばるつあいん』を近藤に向ける。

「よーしフリーズ動くんじゃねえ。大人しくしてれば命のひとかけらくらい残してやるイッヒヒヒヒヒ」

その目には漆黒の意思、というか狂気。
だがそんな彼方を前にしても近藤は揺るがず、空いている左手を振り上げた。

「丸腰だよ、もはや」
「動くんじゃ…」

瞬間、近藤の左手にどこからともなく別の刀が飛来する。彼がその刀を握った瞬間、恨病刀からあふれ出す病気が数倍に増幅され、同時に激しい衝撃が空間全体を襲った。

「崩れる!?」
「脱出するみょん!」

その衝撃に耐え切れず洞窟が崩壊を始める。あまりの事態に都合よく我に返った彼方は、みょんと共に洞窟を脱出した。
不敵な笑みを浮かべる近藤を後にして。



比較的入り口に近いところにいたため、2人ともなんとか無事に脱出できた。しかし、事態は何一つとして解決しておらず、むしろ悪化の一途を辿っていた。
周囲に立ち込める病気。
封じられた菓子剣。
折れたままの覇剣。
そして。

「なんなのこいつら!」
「そんなの聞かれても答えようが無いでござる!」

洞窟から脱出した2人の前にどこからともなく現れた、鎧と刀、あるいは槍で武装した集団。装備の全ては昏い闇色、鎧の中に人の姿は見当たらず、黒い影のようなものが詰まっている。彼らは何も語らず、ただ淡々と2人に襲い掛かる。

「一人一人は大した事無いんだけど…」

彼方は覇剣の鞘で鎧を叩き壊す。こいつらはどうやら鎧の方が本体のようで、胴体部分を破壊するか五体をばらばらに解体してやれば塵と消えてゆく。

「数が多すぎるでござる…!」

菓子剣の使えないみょんは体術で応戦する。2人の言葉どおり、鎧の一つ一つは一撃で倒せるほど脆く弱いのだが、後から後から湧いてくる。

「これもまた負剣…」

いつの間にか、崩れた瓦礫の上に近藤が立っていた。その左手にはもう一つの負剣。

「昏き兵士を作り出す刀、昏兵刀(コンペイトウ)。2つの負剣は共鳴し、その力を増す…!」

それを証明するかのように2つの負剣は紺色の輝きを放ち、恨病刀は病気を撒き散らし、昏兵刀は兵士を産み続ける。

「このままではジリ貧でござる!」

病気の方は覇剣のそばにいれば防ぐ事が出来るが、倒しても倒しても際限なく現れる兵士達が相手では、いずれ精神的、肉体的に限界が来るだろう。

「それならいっちょ…」

彼方は鞘を左手に持ち替え、長炎刀を抜き放つ。

「一発逆転の一発……あ!」

銃口を近藤に向けるが、兵士が突き出してきた槍に銃身を弾かれ、容易に回収できない所まで飛ばされてしまった。

「こんな乱戦の中、狙撃などできるわけないでござろう!」
「うっさいな!」

そんなやり取りをしている最中も兵士はどんどん増えていく。

「これは…さすがにっ!」
「きついでござるな…!」

倒したそばから新しく産み出されてくる兵士達に2人の気力と体力が削られていく。

「やばっ…!」

蓄積した疲労はミスを誘発する。彼方の手から覇剣の鞘が零れ落ちた。

「覇剣が…」
「彼方殿!」
「え…」

拾おうとかがんだ彼方に対し、兵士の1人が刀を振り上げ、首めがけて打ち下ろす。
彼方を助けようとするみょん。
避けようとする彼方。
しかし2人とも、反応があまりに遅すぎた。どちらの動作も間に合わず、刀が彼方の首を切り裂かんと迫る。
その瞬間。

「はぁっ!」
「!」

何者かが乱入し、兵士を蹴り飛ばした。走った勢いがあったためか、兵士の鎧はバラバラになり、霧散する。

「葬らん!」
「みょん!?」

突然の乱入者に驚くみょんの上を、何かが通り過ぎる。続いて鎧が砕ける音、兵士が消える音が聞こえた。

「ボーッとしないでね、私にあっさり勝ったゆっくりが」
「お前は……!」

みょんに襲い掛かろうとした兵士を倒し、危機を救ったのは、緋色の剣を持ち、青い髪をなびかせ、桃のついた帽子を被った…。

「どちら様でしたかみょん?」
「てんこだよ!もう忘れたの!?」

よく見たら、今朝村で盛大にぶっ飛ばしてさしあげたてんこだった。サングラスが無いからわからなかった。
もう一人の乱入者、兵士を蹴り飛ばした少女は彼方の近くまで駆け寄り、肩越しに声をかける。

「状況が状況だから、手短に言うわよ。そこのてんこの知り合いが、負剣とやらに身体を乗っ取られて…ああ、あそこにいるあれね。なんかとても迷惑な存在になってるらしいから、なんとか身体を傷つけずに剣だけどうにかしたい、ってのがこっちの都合」

彼女は、自身が置かれている状況を簡潔に説明した。

「そうだったんだ、やべーやべー」
「?」
「…彼方殿は、あの男に銃をぶっ放そうとしてたのでござる」
「そっちの意味でもギリギリセーフだったってわけね」

苦笑を浮かべる少女に対し、彼方もばつが悪そうにあははと笑うしかなかった。

「こっちは…あの近藤さんが操られてる、って事以外はだいたいそっちと同じ。近くの村で、この病気でゆっくりたちが苦しみだしたから、なんとかしようと辿ってきたらこうなっちゃった」
「なんであんた達の周りだけその、病気が避けてあるの?」
「おそらく、彼方殿のもつ覇剣の力でござろう」
「覇剣?」

この人は覇剣のことを知らないらしい。彼方は得意げに覇剣を掲げ、見得を切る。

「悪を根こそぎ断ち切って、善なる命を再生させる、一振りで戦局を変えるほどの力をもつ覇剣、あ!その名も!『舞・星・命・伝』!」

ついでに兵士を一体叩き潰した。

「折れているでござるがな」
「なるほど、抜刀しないのはそういう理由なのね」

4人は背中を合わせて集まる。

「策は?」
「無い。そっちは?」
「同じく」
「頼もしい限りみょん」
「そういえば、名前をまだ聞いてなかったわね。私は床次紅里、こっちはてんこ」
「烏丸彼方。とりまるでもかたなでもないからね、間違えたら怒るよ。こっちはみょんさん」
「真名身四妖夢みょん!」

話している間にも兵士たちを倒してはいたが、やはり倒したそばから再生産されてくる。4人は包囲され、四面楚歌の状態にあった。

「さて、自己紹介も済んだところで、そろそろマジで行くわよ」

今まで本気じゃなかったのか、なめてるのか。彼方はそう思いながら紅里の方を見ると、彼女は袋からみょんな絵柄の小銭のようなものを取り出し、首飾りについている装飾のフタを開けた。

「?何それ…」
「変身!」
『ユックライドゥ!ディケイネ!』

小銭を装飾に入れてフタを閉じると、みょんな声が聞こえ…なんと、紅里はゆっくり(のようなもの)に変身した。

「「えええええええ!?」」

その光景に、一度はすげえびっくりした彼方とみょんだったが、

「「…世の中にはいろんな人がいるんだなぁ(でござるなぁ)」」

この旅で、妖怪妖刀神さま仙人吸血鬼と、いろんなものと出会ってきたおかげですぐ順応できた。

『スペルライドゥ!産霊「ファーストピラミッド」!』

紅里が再び小銭を入れると、無数の光る弾丸が現れ、兵士を次々となぎ倒していく。

「おお、すげー!」
「対集団は紅里殿の方が向いているようでござるな…とはいえ!」

紅里の背後、弾丸が飛ばなかった方向から襲い掛かる兵士を、みょんと彼方、ついでにてんこが叩きのめす。

「流石に全方位は無理っぽいね」
「と言うか、全方位に撃ったらみょんたちにも当たるみょん」
「あ、そっか」

紅里とてんこの加勢により、状況はやや好転しつつあった。昏兵刀の生産速度を、彼方たちの破壊速度が僅かばかり上回り、蠢く昏き兵士たちは徐々にその数を減らしていく。

「これなら…」
「いける…と、思ったか?」
「「「「!」」」」

瓦礫の上から戦況を見つめていた近藤が、両の刀を重ね、思い切り振り払った。

「なっ…!」

その瞬間、今までとは比べ物にならない数の兵士たちが湧き立ち、なだれ込むように4人に襲い掛かる。

「うっ…!」
「がぁっ!」
「紅里さん!」
「てんこ殿!」

4人の中で、比較的格闘戦能力の低い紅里とてんこが隙を突かれ、攻撃を受ける。紅里はその場に組み伏せられ、てんこは覇剣の守護範囲外へと放り投げられた。

「みょんさん、てんこを!」
「承知!」

彼方が紅里の、みょんがてんこの救出に向かう。

「どけぇぇぇぇ!」

覇剣を一閃し、紅里の周りにいた兵士たちを薙ぎ払う。しかし、あまりにも数が違いすぎる。

「ぐ…!この、雑魚のくせにッ!」

突き出された剣が、槍が、彼方の服をずたずたに引き裂き、その下の肌に、肉にいくつもの赤い線を刻み込む。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

彼方は力の限り暴れ、次々と兵士を倒していくが、雑な動きにより薄まった防御の穴を突かれ、背中を強打され地に組み伏せられる。

「くっそ!離せ!」
「う…!」
「みょんさん!」

彼方の目の前に、みょんが転がされてきた。

「無念でござる…!せめて菓子剣が使えれば…!」

てんこの救出に向かったみょんだが、彼方と同じく数の力、そして一時的に覇剣の守護範囲を抜けた事により病気にあてられ、返り討ちに遭っていた。

「くくっ…はははははははは!数が増えていい気になったか!?だがなァ、2つ揃った負剣に対して、封じられた菓子剣と!折れた覇剣で!勝てるわけが無いだろうが!!!」

近藤の高笑いと共に、兵士たちは武器をゆっくりと振り上げる。

(ちっきしょ…こんな奴らに…!)

せめて心は屈すまい。そう思い、彼方は目を閉じず、振り下ろされる武器を睨みつける。しかし、彼方たちにトドメを刺そうと振り下ろされた武器は、その役割を果たす前に、突如放射された紅い力の奔流に呑まれ、兵士ごと消滅していった。
彼方は立ち上がり、紅い力が放射された方を見た。

「はー……っ……はー……っ……はー……っ……はー……っ……」

そこには、病気に侵され、息も絶え絶えに立つてんこの姿があった。

「てんこ殿…」
「貴様…何故まだ立ち上がれる!」

近藤の口を借り、負剣が怒鳴る。恨病刀は堕菓子剣。その力はゆっくりに対して最も効果を発揮する。2つの負剣が揃い、この近距離で発生させた濃度の病気を吸い込んだゆっくりが未だ立てるなど、彼には信じられなかった。

「約束………したから……」

覇剣の守護範囲に入り、少し症状が軽くなったてんこがうわごとのように呟く。

「とっておきの緋想の剣を見せてあげるって…二人でまたゆっくりするって………!」
「………くっ!」

その言葉に、みょんは怒りを覚えた。近藤の肉体を奪い、彼らのゆっくりを邪魔した負剣に。そして、菓子剣が使えないくらいで勝負を諦めかけていた自分に。

(みょんも、まだまだ修行が足りないでござる…!そうとも、菓子剣なくともみょんにはこの、封印など出来ぬ武士の魂がある!)

諦めない覚悟と、負けないという決意。それを武器に戦う事を決めたみょんは、視界の端に、この場には不似合いな、何やらつやつやした袋が落ちているのを発見した。

「これは…!」

その中身を確認したみょんは、軽く笑みを浮かべる。

「…そういえば、いつか聞いた歌にもあったでござる。探し物は、探すのをやめた時に見つかると!」



「ふん…最後の最後でひと足掻きしてくれたようだが、所詮それもここまでだ」

近藤が再び剣を振るうと、昏き兵士の軍団が湧き上がり、4人を囲みこんだ。

「…彼方殿、紅里殿、てんこ殿。みょんに一つ策があるでござる」

みょんはさっき見つけた袋の中身の事と、勝つための起死回生の策を3人に話した。

「えええええええ!?」

その際、目の前で起こった光景に、紅里は驚きの顔を見せたが、彼方たち同様「世の中にはいろんなゆっくりがいるのね」で落ち着いた。

「じゃ、私たちが先鋒ね。てんこ、行ける?」
「大丈夫、問題ないよ!」
「そうか、お前たちから死にたいか」

一歩前に進み出た紅里とてんこに対し、近藤が冷ややかな声で語りかける。

「冗談。その名の通り、負けるのは負剣、あんたらの方よ!」

紅里は2枚の小銭を取り出し、そのうちの1枚を挿し込む。

「またあの光弾か!しかしこれほどの数、倒しきれまい!」
『ファイナルフォームライドゥ!ててててんこ!』

声と共に、てんこ自身が巨大な一振りの緋想の剣へと姿を変える。

「何ッ!?」
「ここからどうなるか…さっき見てたんだから分かるわよね!」
『フルパワーでいくよ!』

剣を構え、もう1枚の小銭を挿し込む。

『ラストスペルライドゥ!ててててんこ!』
「 全 人 類 の 緋 想 天 」

「『おおおおおおおおおおおおおおっ!」』

緋想の剣から、紅い光が放射される。紅里は剣を振り回し、昏き軍勢を病気ごと根こそぎ薙ぎ払う。

「ぐ…!」

昏き軍勢を殲滅した、巨大な紅い光の剣はそのまま近藤に襲い掛かる。近藤は2つの負剣でそれを受け止める。

「負剣の力を…甘く見るな!」

兵士たちを殲滅した事で力の大半を失っていたのか、紅い剣はやがて細くなり、そして消滅する。

「そうだねー…菓子剣ならともかく、甘くは無いだろうね。それは」
「!」

収まった光の中から、一つの影が襲い掛かる。

「貴様…!」
「あの連中に阻まれて気づかなかったけど、結構近かったみたいだね」

紅里たちが兵士を消し飛ばし、作り上げた道を駆け抜けてきたのは、彼方だった。

「これは!」

彼方の攻撃を2つの負剣で受け止めた近藤だったが、彼方の使った武器を見て目を見開いた。
彼方が使った武器…それは、折れたままの抜き身の覇剣。

「効くでしょ?この素ん晴らしき覇剣の力」
「小癪な!」

悪を滅ぼし、善なる生命を生かす覇剣は、負剣、特に恨病刀に対し絶対的な優位性をもつ。それは折れている状態でも変わらない。

「だが、それまで貴様の身がもつまい!」

恨病刀から、彼方に向けて病気が放出される。覇剣によって弱められているとはいえ、この距離ならば人一人病に侵せるくらいの力は残っている。

「う…!やべ……そうみたい……」

負剣の力を弱めることに注力しているため、覇剣の守護は働かない。彼方の顔色がどんどん青くなり、全身から力が抜けていく。やがて覇剣を落とし、地に膝をつく。

「じゃ…あとは……みょんさん、よろしく…」

彼方が倒れると同時にみょんが飛び出し、近藤に打ち込む。

「次から次へと!」

近藤は三度、負剣でみょんの刀を受け止める。

「貴様を倒せば全滅…私の勝ちだ!」
「『相手が勝ち誇った時、既にそいつは敗北している』…この刀を見てもまだそんな事が言えるのかみょん?」
「何……何だ、この刀は!」

みょんが持っている刀は、近藤が封じたどの菓子剣とも違う、新しい菓子剣。

「馬鹿な、力が抜けていく…」

見ると、負剣の表面に小さな白い毬栗のようなものが無数にこびりついている。そして、それは菓子剣と打ち合った箇所を中心にしてどんどん広がっていく。

「この刀だけならば、2つ揃った状態の負剣に勝つのは出来なかったでござろう…しかし!紅里殿とてんこ殿が昏兵刀を!彼方殿が恨病刀の力を削いでくれた今ならば!」
「く…………そ………あと………一歩……………この…………刀………は…………………」

表面が白で埋め尽くされていくと同時に、負剣の力が弱まっていく。

「お前たち堕菓子剣のような、歪んだ魂を閉ざす力をもつ正しき菓子剣…これこそが正剣!」











真っ白なコンペイトウで覆われた2つの負剣は、その能力を完全に封じられた。






近藤の振り下ろした鎚が、2つの負剣を叩く。白いコンペイトウでコーティングされた負剣は、音も立てず粉々に崩れ去った。

「封印された菓子剣も元に戻って、堕菓子剣も破壊した。これで、ようやく全部終わりでござるな」
「この度は申し訳ありません。私のせいで大変なご迷惑をおかけしてしまい…」
「全くだよ」
「彼方殿!もうちょっと気を遣うでござる!」

ド正直な彼方をみょんが諌める。

「それじゃ、みょんたちはそろそろ行くでござる」
「じゃあ私たちも」
「もう発たれるのですか?」
「そりゃー、せっかく腕のいい鍛冶師ってのを紹介してもらったんだから、早く覇剣直してもらいに行かなきゃ」
「私のほうの目的もたぶん達成されただろうしね。いいものも貰っちゃったし」

彼方の表情は明るい。結局覇剣を直してはもらえなかったものの、約束通り鍛冶師への紹介状を書いてもらえたからだ(と言っても、あの約束は近藤に憑依していた負剣が勝手にしたものではあったが)。
紅里のほうは連れらしきゆっくりれいむ、ゆっくりまりさと何やらぎゃあぎゃあ騒いでいる。あの2人のゆっくりは戦闘の時いなかったが、おそらく紅里が避難させていたのだろう。

「では、旅の無事と、覇剣の修復が叶うことを心よりお祈りさせていただきます」
「近藤殿も達者で。またいつか近くに来たときには立ち寄って、新しく手に入れた菓子剣を披露するでござる」
「『自慢する』の間違いでしょ」
「てんこも、近藤さんと末永くね」
「べ、別に私とお兄さんはそういうんじゃないんだからねっ!」

2人に見送られ、彼方とみょん、紅里たちは下山した。

「じゃ、私たちはここで」
「あ、うん。縁があったらまた会おうね」

そして山の麓、ちょうどあの洞窟跡…戦いの決着がついた場所で、彼方たちは紅里たちと別れた。

「今回もなかなか大変な事件だったでござるな、まさか堕菓子剣が出てくるとは。何にせよ、犠牲者が出なくてよかったでござる…彼方殿?」
「あ、ごめん。ボーッとしてた」
「…何か考え事でもしてたでござるか?」
「あの紅里って人、何ていうか…なんか、私と似てるなーって思って」
「髪型が似てるからでござろう?胸は対極的でござったが」
「失礼な上にオヤジくさいよみょんさ…どうしたの?顔色悪いけど」
「…何か物凄い悪寒を感じたでござる」
「え、あの負剣の影響がまだ?」
「いや、もう収まったから大丈夫でござる…それで、似てるというのは?」
「うーん、上手く言えないんだけどさ…」

言葉を探し出すように、彼方は視線を泳がせる。

「この世界と合わないっていうか、そんな感じ」
「よく分からないみょん」
「んー………まぁ、いっか!」

気にはかかったが、んーんー唸っていたところで答えは出ない。彼方は気持ちを切り替え、歩みを進める。
しかし、一つ気になる事を思い出した彼方は、みょんにたずねてみる事にした。

「そういえばみょんさん、あの菓子剣…魂閉刀ってどうやって作ったの?私ら金平糖なんか持ってなかったよね」
「ああ、あれはあの場に丁度金平糖が落ちていたので、それを使って作ったのでござる」
「…」
「…なんでござるか?」

彼方のみょんを見る視線が、蔑むようなそれへと変わる。

「落ちてる食べ物使うなんて…みょんさん、いやしい…」
「なっ…あの場は仕方なかったんだみょん!」
「いやしい…」
「彼方殿だってあれに助けられたでござろう!?」
「いやらしい…」
「関係ないみょん!」

実の無いやり取りをしながら2人は歩いていく。覇剣を直す旅、元の世界に帰るための旅は、まだまだ続くのだ。

-おしまい-





-おまけ-
れいむ「まりさだったら、刀を直せるよ!」
彼方「うっそだぁ~」
まりさ「嘘じゃないぜ!」
れ「今はじーまーるー…」
彼「それは前回やった」
れ「…でも、本当に直せるんだよ!」
彼(…こんな事言ってるけど絶対無理だよね、なんたってモノが覇剣だし…いや、でもみょんさんはあんなナリで強かったわけだし、もしかしたら本当に…)
彼「ちなみに、どうやって直すの?」
ま「まずご飯つぶを…」
彼「お前か」
ま「ゆっ?」





-ここから蛇足-

緩慢の作品を作るにあたって目標としたのは「ディケイネとどうにかしてクロスさせる」「覇剣を直したように見せかける」の2点でした。クロスについてはあっちで書くので、こっちでは覇剣について。
そりゃあね、「直さないでください」なんて言われたら直したくもなるでしょう。むしろ今まで書かれた方々がどうして直さなかったのかが不思議。ただまぁ、本当に直してしまったらルール違反になるので、あくまで「くっつけただけ」。気づかれたかはわかりませんが、彼方たちの台詞以外では一言も「直った」なんて書いてないんですよね。「くっついた」とは書きましたが。
それにしても、誰かしら「(直すのは)ルール違反じゃねえの?」って言うと思ったんですけど誰も言いませんでしたね。みんな大らかなのか、それとも「どーせ直ってない(または壊れる)んだろ?」と看破されていたのか。
以下、補足とか設定とか。興味のある方だけどうぞ。

  • タイトルについて
堕菓子剣を破壊する話だから堕壊章。壊の字にはディケイネとのリンクという意味もあったり。
開は物語の始まりと壊の同音異義語。閉は物語の終わりと魂閉刀の閉。
正剣と負剣の名前をカタカナにしたのは名前で能力がバレる可能性があるから。あと字が違う2つの負剣が存在するという事も隠せるから。

  • 近藤平について
年は20代後半の優男風の刀剣研究家。基本的に丁寧語で喋る(途中から口調が変わったのは負剣の意識が表に出てきたから)。鍛冶の腕はそこそこ、ちなみに『そこそこの腕と十分な材料があれば覇剣を直せる』というのは負剣が2人を引き止めるための出任せ。実際どうなのかは知らないが、少なくとも現時点の彼に覇剣は直せない。
名前の由来についてはご想像の通り、金平糖の字を変えて組み替えた。

  • 近藤(負)が言っていた「もう一つの保険」について
彼方たちとの接触は負剣にとって以下の効果がありました。
メリット:菓子剣の情報を得る事で負剣復活の助けとなる
デメリット:菓子剣を使う戦士と交戦する可能性が発生する、覇剣をもつ戦士と交戦する可能性が発生する
実際に交戦することになった場合に戦いを有利に進めるため、近藤(負)は菓子剣と覇剣の無力化を考えました。これが2つの保険になります。
菓子剣の無力化は本編中にもある通り、成功しました。本当なら完全に破壊したかったんでしょうが、みょんが見てる目の前で堂々とぶっ壊すわけにもいかないので(硬いのもあるし)、封印という手段をとりました。ただこれも、簡易的なものであるため永続せず、負剣の消滅または時間経過で勝手に解けるものですが。
覇剣については、彼方とみょんが寝てる間に何とかしようと試みたんですが、折れているとは覇剣。堕菓子剣とは格が違います。無理やり破壊するにしたって、属性が反対(病ませる能力と癒す能力)のため迂闊に手を出せず、結局、破壊も封印も出来ずにそのままほったらかす事になりました。

  • 負剣「恨病刀」
外法によって作られた堕菓子剣の一つ。恨みや、憎しみといった負のエネルギーを取り込み、それを紺色の気体(病気)に変換・放出する。この気体に触れると身体の調子が半端なく悪くなり、病気にかかったような状態になる。接触感染なので息を止めても無駄。症状は刀に近いほど(気体の濃度が高いほど)重くなる。あらゆる生物に有効だが、菓子剣を元に作られた堕菓子剣ゆえか特にゆっくりによく効く。
恨病刀単体ではある程度距離が離れるとゆっくり以外にはほとんど効かなくなるが、昏兵刀と2つ揃った状態で使用すると能力が強化され、ゆっくり以外の生物にも効くようになる。
何らかの原因により損壊した状態にあったが、近藤の研究成果とみょんの菓子剣のデータによって復活した。なお、本編中で発生させていた病気は、予め刀にストックしてあった負のエネルギーによって生み出されたもの。

  • 負剣「昏兵刀」
外法によって作られた堕菓子剣の一つ。昏い色の鎧をまとった兵士を作り出し、使役する。兵士自体は脆く、鎧の胴体部分を破壊するかバラバラに解体すると消滅するが、破壊されても無尽蔵に生産できるため破壊力が生産力を上回っている状態でぶつからないとまず勝ち目は無い。
昏兵刀単体では生産力が低く、一度に4,5体程度しか作り出せないが、恨病刀と2つ揃った状態で使用すると能力が強化され、一度に数十体の兵士を瞬間的に作れるようになる。
意思を持ち、損壊した半身である恨病刀を修復するために近藤の肉体を乗っ取り、魂を廃鉱内に拘束した。堕菓子剣全てが意思を持っているのかは不明。
なお、コンペイトウと言う名の刀が複数種類存在するのは元となった金平糖の性質(様々な色が存在する)によるもの。

  • 正剣「魂閉刀」
金平糖より生み出された菓子剣。対象の魂を閉ざす(封じ込める)能力をもつ。とは言っても完全に閉ざせるわけではなく、効力は対象によってかなりバラつきがある(能力を封じる、寝つきが悪くなる、喋れなくなる、怒りっぽくなくなる、好き嫌いが直る、など)ため「あらゆる相手を封印できる最強無敵の剣」にはなり得ない。むしろ、使ってみないとどんな効果が発生するかわからないためかなり使いにくい。傾向としては、正しくないもの・邪悪なものに対しては強い効果を発揮し、特に堕菓子剣、中でも負剣に対してはその魂を完全に閉ざす能力を有する。(ただし、あくまで性質の問題であり、パワー負けする事もある)



書いた人:えーきさまはヤマカワイイ


  • 米つぶで修復する剣というと、やはりサイケでヒップでバッドでゴーの出番でしょうな。
    それにしてもいやらしい… -- 名無しさん (2011-05-13 21:40:18)
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最終更新:2011年05月13日 21:40