【2011年春企画】緩慢刀物語 地輪章 入-2



 飛び交う灼熱の火球
 渾身の力で放った、むらさの錨が、僅かにだがそれを打消し、みょんが通れるだけの活
路を開く。
 頬の辺りをそれでもチリチリ焦がしながら、みょんは走る。
 升斗形鬼から生まれる泡が、それを行き詰らせない。
 加えて、おりんが統率する生白い妖精達の周囲の保護もあった。
 化け鴉まで、あと何尺か?
 先程あれだけの火球、それも一つ一つがかなり大きかったのに、彼奴は、もう次の炎を
吐こうとしている。それも、一点に集中し、大きさは先程の2倍3倍では到底足りない。
 自身の速度に不利でも賭けるしかないかと考えていた時――――背後から、幾つもの赤
黒い鉄の輪が飛び交い、鴉の嘴に数本が刺さる。
 背後で躓いたらしいケロちゃんが何かを言っていたが聞こえなかった。
 ――――もう間合いだろうか?

 最後に踏み込みながら、みょんは思い出す。






 あの衝撃の宣告からは目まぐるしかった


 そして――――変化が一番変わったのは、彼方の方だったかもしれない事。

 「みょんさん」

 自分の飲む分もしっかり淹れてからだが、彼方は最中までつけて、みょんに茶を出して
くれた。
 滞在している民宿でのことだ。

 「まさか、こう何度もこんな事になるなんて………」
 「こ、これも因果でござるよ…………」

 そもそも、生まれた時点で皆何かを背負っているのだ。
 みょんは半霊が無い、という状況でも受け入れてくれる者がいた上に、武家に生まれ国
を守り国内に死ぬまで留まり続ける、という一種の束縛を蹴って、この旅を続けている。
 かなりの、自由ではないだろうか?
 だからその分、というのもおかしいが

 「―――『宿命』の一つや二つ………」
 「でも、気を付けてよ?」

 彼方、最近優しくね?
 気のせいさ
 気のせいか
 ―――みょんは自分に言い聞かせた。気のせいさ気のせいさ。
 おしとやかのおの字も無かった彼方が気を使ってくれる程、客観的に見て自分は大変な
状況なのだろうか?

 「しかし、覇剣を治す使命もあるというのに……」
 「あーまあ……そりゃさっさと地上に戻りたいけどさ」
 「……………」
 「いや、みょんさんには深刻な事だからさ。うん。だから早く仕事終えてね」

 やはり苛立ちは隠せまい。
 素直にすまく感じる。
 しかしだ。


 「『妖怪』を退治しないと、移動できないとは………」


 半透明の『妖怪』は、門の辺りに巣食っている。
 街で周辺地図も購入したが、もと来た道を辿って森に出ては、やはり反対の方向へ向か
ってしまう事が分かり、二人は町の反対方面を目指すことになった。
 どちらにせよ、「妖怪退治」は利害が一致している訳だ。

 「その、何ていうかごめん。手伝えなくて」
 「いやいや…… そもそも、彼方殿にはあやつらを見ること自体が叶わぬ話」

 見えない敵と戦うとは、今回そのままの意味。
 原理は知らぬ。
 ただ元々、『妖怪』は観念的な存在という事は聞いていた。所謂「人知の及ばない・恐怖
を伴う・正体不明の現象」に名前と人格を与えた概念の総称である。「怪物」「怪獣」「化物」
とは若干異なるのだ。
 となれば――――ここで、「妖怪退治」の専門家だったゆっくりれいむとまりさの受け売
りだが―――

 「解らないなあ。この前、実際にひどい目に遭わされたじゃない」
 「あの『幻想郷』より、非常に不安定な存在と見えるでござるな」

 そもそも、神仏の存在を信じ切っていない住人達がいるという事がおかしい。
 逆に言うと、それが原因で生まれたのか存在なのだろうか?
 解っている事は今の所6つ。


 ・定期的に、広場に明りが灯り続ける期間はその地区には基本現れない(明りが灯った直
  後はたまに目撃される)
 ・ごく一部の、この街の人間と、外部からやって来たゆっくりにしか視覚できない
 ・他の地区への通用門に巣食い、半透明の状態で壁際を、または街中を徘徊している
 ・その間、他の地区に行こうとする者と、それ以外の主に外来者を不規則に、襲撃する
 ・どこかへ攫うか、ただ殺害するのみである。捕食目的ではないと思われる
 ・当然だが、視覚できる者、それもゆっくりにしか、退治はできない(さらに決まった形
  式がある)


 「まあ、そういう訳で、しばらく彼方殿はゆっくりしてほしいみょん」
 「何だか腑に落ちない……」
 「一人だけで戦う訳でもなし」

 これは、大きい。
 身支度を終え、部屋を出ようとすると、まだしおらしい目で彼方は見ていた。
 正直少しぞっとした。

 「―――……しばらく、観光でもしたらどうでござるか? ほれ、近くに工房があった
  みょん。意外とあれは刀鍛冶の……」
 「あー…… 行ってきたけど、あれは鍛冶屋さんじゃなかった」
 「そうでござるか……」
 「楽しかったからもう一度行くけどね」
 「??? それでは、もう出かけるでござる」

 振り返らず、襖を開けて廊下に出ると、壁にもたれた、ゆっくりゆゆこが待っていた。

 「他の者はどこへ行ったでござるか?」
 「さくやは、れみりあを連れに行ってるわ」
 「ふむ……となると、あと一人でござりまするな。ゆゆこ様、忝い」
 「様づけはやめてね」

 別のゆっくりと解っていても、どうしても君主と同じ種類のゆっくりには敬称を付けず
にはいられない。
 さて、今頃、れいむが最後のメンバーを求めて奔走しているはず

 「本当なら、まりさが頼むところだったんだけど……」
 「いやいや、いたしかたありませぬ」

 二人は上の階へ。
 別に出てく訳ではなかった。
 階段を上って、奥でも無く、直ぐ手前にその部屋がある。
 正直この近さのせいで緊張感がない………

 「ごめん」

 当然ながら返事も無し。
 されば了承の意と勝手に受け取り、襖を開くと、正面奥の壁には、西日を浴びてゆっく
りアリスが、気だるげにもたれかかっていた。
 恐ろしいほど機嫌の悪そうな顔だった。
 どれだけ心に傷を負ったのだろう………?

 「………」
 「ええと、アリスさん?」

 さん付。
 殿 ではなく。
 みょんは部屋には踏み込まなかった。
 真上の天井と、襖の両脇、半開きの押入れ、棚のスキマ、ちゃぶ台の上と下、それぞれ
に武装した精巧な西洋人形が置かれ、しかもこちらを見ている。

 「『居合人形使い』の名は伊達ではなさそうでござるな……」
 「あんた達何? 昨日のまりさの連れか何か?」

 声は普通だった。怒っている訳ですらなさそうである。

 「いかにも。ならば話は聞いておられるはずみょん。その高速の人形遣いの腕を見込ん
  で、ある『妖怪』の討伐を………」
 「断る」
 「報酬はちょとこれから考えるんだけど……」
 「えっ? じゃあ昨日のこれは何?」

 少し意外そうに、アリスはようやく体を動かし、ちゃぶ台の上にあった一冊の薄い本を
みょんとゆゆこに投げてよこした。

 「ふむ」

 一見すると、少し渋めのその道の玄人が好みそうな洒落本の一種と見られなくもない。
 表題は、「淫乱 手泥邊亜」……………

 「あのまりさの奴、何という本を…………」
 「みょん、知ってるの?」
 「知っている自分が恥ずかしいでござる…… とにかくゆゆこ様はご覧になってはなりませぬみょん」

 内容は、ある人間達のやや特殊な性愛行動を描写したものである。その少し特異な表現
方法とテーマが、一時期「その手」の界隈で話題を呼び、一部表社会でも知られることに
なった。
 知っていても、普通の人間・ゆっくりに益することはほぼない。むしろ予備知識なく読
んでしまうと、明らかな悪影響が出る事は請け合いである。
 そう、このアリスの様に………
 機嫌が悪いのではなく、本当に「こういう顔」になってしまったのだろう。気の毒に。

 「素敵なお土産をありがとう。 『疲れを癒してくれる、可愛いクマさんの本らしいぜ』
  って言うからじっくり読ませてもらったわ」
 「あー…… まあそれは……素直に謝るみょん」
 「それはそうと、『妖怪』退治にはあなたが今回必要なのよー。ゆっくり助けと思って
  手伝ってくれない?」
 「断る」

 ―――この街から出たい・別の地区へ移動したい、ならば、広場に灯りが灯るのを待て
ばいいでしょう?と冷淡に言ったが、これは別段機嫌が悪いためでも無かろう。
 さりとて、実害が出て、定期的に命を落とす人間やゆっくりがいるはずなのだ。
 その事実を知っている以上、放置はできまい。
 改めて、まりさの余計な心遣いを詫びた後、みょんは説明をした。
 さくやさんと、れいむが見つけた、この外来者のアリス――――是非とも協力が欲しい。

 「結論から言うと」

 やや普通のゆっくり顔に戻り、アリスは言った。

 「『妖怪』は殺すことはできない と聞いたわ」

 「病気や貧困を根絶するのは無理」という事と同義だろうか?だとすれば、「絶滅」など
と表現するはずである。

 「だからと言って、何もしないのはよくないでござるよ」
 「あいつらを倒すノウハウ自体は知ってるんでしょ? だったら私がいかなくても」
 「いえいえ。何事も必要のないゆっくりなんていないのよお」

 「こういうのは正面からきっちりしないと」―――――
 人形達が見張っているというのに、ゆっくりゆゆこはスルスルと部屋に入った。みょん
は声を上げて制止する間も無かったが、人形は何故か動かない。これにはアリスも少し驚
いた様子だった。
 アリスの正面に座り、ややあってもぞもぞとちゃぶ台の上の菓子に手を伸ばそうと何や
らモジモジしている。
 腹でも減っていたのだろうか。作法も何もあったものではない。
 しばらくして、ゆくり一言だけ、ゆゆこは尋ねた。
 アリスは完全にゆっくり顔に戻って硬直し、みょんは、改めて――――因果を感じつつ、
使命感を噛み締めた。

 ――その昔、大きく3つに分かれていた世界
 ――天界と魔界、そして地上界。
 ――数億年の長きに渡る、天界と魔界の争い。
 ――地上界のため、1000年に一度双方の争いの代表として、天界魔界から派遣され
  る強力な計8戦士。
 ――そして現在、事態は両者を、やや想定外の方向へ導こうとしていた。


 「アリスさん、『四破天使と四天魔族』ってご存知?」








 ―――あと数尺、と言った所だったが、正剣「魂閉刀」は空を切った。
 早まってしまったのだ。
 それでも、邪悪を討つ剣だ。化け鴉はやや怯えたように動きを鈍らす。
 炎はまだ来ない。
 だが反射的に、普通の獣か人間相手の経験からは想定できない、化け烏の3本目の足が、
即座にみょんの顔面を薙ごうと迫りくる。。
 少しでも致命傷は避けようと、90度全身を回転させようとした時、やや硬い物に脇を押
され、地上に叩きつけられた。
 鴉の足の風圧をその身に受ける。あのままなら、爪をしっかりと受けていただろう。

 「………ケロちゃん殿!」

 後方から戦ってくれたケロちゃんは、大きく体を裂かれていた。
 苦悶と共に落下する所を、駆けつけたおりんが、手押し車で受け止めると即座に後退す
る。
 化け鴉は、既に、次の炎を吐こうとしていた。
 「胴夏」による遠距離からの攻撃の連続で、確実にダメージは蓄積させたはずである。
 決定打として間合いは取れたが――――外した今、炎にこれだけの近距離で近づいてし
まった事になる。
 おりんは手押し車をみょんに向け、全力で救出に走って来るが、これでは3者とも全滅
である。

 「――――……間に合わぬみょん!先に二人は避難を……」

 とは言え、覚悟もまだ決まらないまま、立ち上がったみょんの頭上に、はや赤々とした
凶悪な光が迸った。
 思わず目が眩んだが、それもすぐに消える。

 「???」

 大木に一回渾身の力で鋸を当て引いた様な鈍い轟音
 仰ぎ見ると、鴉の後頭部に、錨の端部分が不自然に刺さっている。
 鎖の先を、むらさが何も我慢していない様子で咥えて引っ張っている。

 「一度投げたアンカー。手元に戻さないとね」

 恐らく後頭部をこうも的確に攻撃されたのは、化け鴉も初めてだろう。
 鴉は苦悶に満ちた鳴き声で嘴を震わせ、落下しかけている。

 「――――ここは、逃さぬでござる!」

 車の上で、ケロちゃんも朦朧しつつも頷いている。
 おりんはいつも通りの薄ら笑い。
 菓子剣を構え直し、みょんは渾身の力で跳躍した。


 思い出していたのは――――――






 「こうしてみると壮観ねえ」

 アリスはしみじみと言っていた。
 決戦の日の、前日の深夜である。

 この区に潜む『妖怪』退治のため、決戦に向けて、選ばれた8人が揃っていた。

 「――――この8人でなければならないのでござるよ」
 「長かったね……」

 色々な基準や条件があったはずだが、それを思い出すのがちと骨だった。
 アリスや、そもそもさくやさんとの初対面の事を、みょんは思い出さずにはいられなか
った。
 元より時間の感覚が薄れる地底生活だ。広場に灯りも灯らなくなり、住人も、人間達や
滞在するゆっくり達も、一部ではやや戦々恐々としている頃。
 民宿の3階。
 みょんとアリスだけが、窓にもたれて外を眺めていた。
 残りの6人は、呑気に酔い潰れている者もいれば静かに本などを読んでいたり、ぼんや
りと明日の決戦と、恐らく今までの出会い等について、思いをはせているだろう者も。

 「食べてよ」

 ゴトン、と固い音がして、室内のちゃぶ台に何かやや重い物が乗せられる。
 見ると、彼方だった。
 部屋は暗く、表情までは解らない。
 少し猫を被った声なのは、みょん以外のゆっくり達がたくさん集まっているからだろう
か?

 「ありがとう」
 「かたじけない。しかし―――何でござるかな? これは」

 焼き菓子である事には間違いない。
 最初は、クリームやイチゴはないものの、以前出会ったショートケーキの同類かと思っ
ていた。
 実際は違って、あのケーキは柔らかさや舌触りの良さが1つの特徴だったが、この焼き
菓子は違う。極端な事を言えば、何か繊維の厚い野菜か、魚でも食べているような感覚だ
った。噛む楽しさがある。
 完成形がどんな形なのかは知れぬ。
 彼方が持ってきたものは、明らかに失敗作だと解ったのだった。
 部分部分は焼き焦げ、ある個所は生焼けで生地が蕩けており、正式な形が少し想像でき
ない。
 食べれば、もしかしたら知っているかしかも知れぬと口にするも、相当何かの配分を間
違えている様子で、これも参考にはならぬと解る。

 「―――ああ、3丁目の工房で作ったんだね~ わかるわかるよー」

 無邪気に、みょんが口にしなくなったのを良い事に、さくさくと頬張るちぇんが得意げ
に言う。


 ―――作った………? 彼方が? 菓子を?


 何か順序がおかしい。
 何かを好きになったのが高じて、その道を目指す者はいる。
 彼方が、例えばお茶の専門店を開業したり、みょんが菓子職人に弟子入りするのならば、
(まずありえない話だが納得はできる。
 この場合は――――何だ?

 「必勝祈願?」

 皿の上、数だけはある。
 モグモグと頬張りつつ、ゆゆこが教えてくれた。

 「本当はお祝いの時に贈ったりするんだけど」
 「おお、それでは前祝いという事でござるかな」

 最近、不気味に優しいとは思っていた。
 その優しさが高じてしまった結果の一つか?
 だとすれば、怯えるのも失礼か。

 「本当にかたじけない」

 素直に礼を。
 暗闇の中、彼方は微かに笑っていた様だった。
 相当疲れている様だった。
 みょんが『妖怪退治』の準備に勤しんでいる間、その工房とやらで作っていた訳か。そ
の結果がこの廃墟の様な生地の塊と言うのは、流石にお粗末な気もしたが、どうして卑下
できよう?
 見れば、中々複雑な構造である。
 きっと制作には相当な精魂を込めるに違いない。

 「尋常に……」

 みょんは、残りを心して平らげた。
 驚くほど不味かった。
 表情には出さぬ様、また窓際に移動して街の様子を見ていると、アリスが遠い目で言う

 「『退治』し終わったらどうするの?」
 「まずはこの街から出て―――――」
 「出るだけなら、もっと別の出口があったんじゃない?」
 「いや、地上の森で遭難した挙句、ここに来たんだみょん……本来の目的地には、向こ
  うからの地上口が近いみょん」
 「それって、却って遠回りじゃ」

 そうだが――――

 「東口から来たんだね~ 普通は西口からなのに、たまに迷って来ちゃうのがいるんだ
  よねー」
 「この戦いは、けじめの様なものでござるから」

 暗闇の中、本当に疲れていたらしく、彼方は気だるげに座布団を枕代わりに横たわって
いる。
 みょんの一言に何か反応したようだったが…………

 「このお菓子、すっごく難しいのよ。一番使うのは根性と時間だって」
 「ほほう……それでは、彼方殿がここで熟練するのは叶わぬ話になってしまうでござるな。
  明日、きっぱりけじめをつけるでござるから……」
 「それはない」

 即答

 「私の方が先に完成できる」

 それは………
 明日の討伐が失敗に終わるという予言だろうか?
 しかし、それはいつかは成功するという前提であり、一応みょんが生きて帰ることは信
じていると
捉えてもいいのだろうか?
 強がりだとしても少し底が浅い。
 一気に食べた菓子が、早くも体内で変な反応を起こしているようだ。
 胸やけがして、外気を浴びたくなり、みょんは彼方と残りの7名に会釈し、一人で一階
に降りる事にした。

 「ああ………」

 玄関口で外気を浴び、みょんはひとりごちる。
 みょんは、初日に茶店で食べた、表面に砂糖らしきものを塗したドーナツらしき菓子が
たまらなく食べたくなった。
 遠くの仄かな灯りと、近所の行灯の微かな火のみ。
 だが、もとより僅かだが、この都市全体がぼんやり明るいのだ。
 月も星も無いのだが、何故か不安にならない。

 今までの旅路
 出会ってきた人々と菓子
 その前に西行国にいた頃の武家として教えられた心得・家訓
 たくさんの戦い
 彼方
 新しい7人の仲間
 ―――未だによく解らない所があるが、この街のたくさんの家々にも人間とゆっくりが
………
 人間も、ゆっくりも



 ―――皆、何て大きくて、重たい物を抱えて生きているんだみょん――――




 全員がだ。
 「業」という重いものではないが、「宿命」とか「運命」とか「義務」だとか、そうした
ものが綿に水を含んだ様に重くなっていく。
 ただ――――「逃れたい」という気持ちには何故かなれないのだった。
 早く地上に戻るべきなのに。

 「???―――思った以上に人生は短いはずでござるのに」

 ふと。
 みょんは、裂耶の主人であった吸血鬼、そして、葵の事を思い出さずにはいられなくな
った。
 そして改めて思う

 「時間は永遠にあったという事は………」

 突然、両者の辛さが想像できなくなった。

 「重たい物ですか………」

 声をかけられ、振り返ると、一階の奥の廊下から人間の少女が歩いてくるのだった。見
知った顔だ。

 「おや」

 初日に茶店で、この街の事を教えてくれた相手だ。
 はて、口に出してしまっていたかと顔を赤らめると、少女は優しく言った。

 「大分この街の事にも慣れて来たようですね」
 「いやいや、まだ来たばかりで右も左も……」
 「そんな事はないでしょう」

 どこか、年齢(というか服装)に不釣り合いな艶やかな笑みで返す。

 「そんなに難しい事は無いですから…… まるで、ずっとここに住んでるみたいな印象
  ですよ?」
 「む………まあ、友達? もでき、明日一仕事あるので……そうした風に見えるのかも
  しれないみょん」
 「ええ。それにしても夜遅いですし、そろそろお休みになられては?」

 悪くて怖―い『妖怪』がでるから注意してくださいね?
 と寂しそうに笑ってつけ足した。

 「ああ、地元の人間でござるからな……見た事があるでござるな」

 みょんが、明日討伐に行くと知ったら喜んでくれるだろうか?
 それにしても、地元民のはずだが、この民宿経営者の子どもなのか?
 出歩く時間ではないし、不定期で殺される確率は低いとはいえ、『妖怪』の恐ろしさは知
っているはずと、言うより…………子どもと思い込んでいたが、本当はいくつなのだろう?
 クスクスと、袖で口を隠しながら、彼女は笑った。

 「頑張って下さいましね」

 そして付け加えた





 ――――― 緋銀(ひしろがね)6大弟子が一人、真名身四妖夢殿



  続く

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最終更新:2011年05月30日 20:04