ゆっくりのいる生活

俺が学校から家に帰るとそれは居た。



「ゆっくりしていってね!!!」
何やら饅頭のようなものが突然俺に話しかけてきた。
「…ゆっくり?」
何なのか全く理解できない俺はとりあえずその饅頭に近づく。
「お兄さんはゆっくりできる人?できる人ならごはん持ってきてね!!!」
とりあえずご飯が欲しいことは分かった。しかしそんなことは無視して辺りを見渡す。
ベランダの窓が少し開いていた。今日の朝急いで出かけたため鍵をかけ忘れたのだ。
どうやらこの謎の物体はそこから入ってきたらしい。
一応そこらへんを荒らされた形跡があるが力がそれほどではないがたかがしれたものだった。
状況を理解したところでとりあえず、この物体を突いてみる。
お、以外と柔らかい。プニプニしている。
「ゆ、突かないでね。はやくご飯持ってきてね。れいむのおうちでゆっくりさせてあげないよ!!!」
どうやらこの饅頭はれいむというらしい。そしてここを自分の家と思っているようだ。
「ここは俺の家だよ。」
「れいむがここをみつけたんだよ!!!だかられいむがここにお引越ししてきたの!!!」
なるほど、どこかからの住処からここにやってきたのか。
「どうして前のおうちから引っ越してきたんだい?」
「遊んでたら前のおうちよりいいおうちを見つけたからここに住むことに決めたんだよ!!!
 それよりおなかペコペコだからはやくごはんもってきてね!!!」
なんとも単純というかなんというか。とにかくしゃべることはできるものの大した知能はないらしい。
とりあえず、ごはんごはんうるさいので、今日の昼食のあまりのパンを与えてみることにした。
「やっと、ごはんくれたね。ゆっくりしすぎだけど約束どおりゆっくりしていっていいよ!!!」
そういうと体?に対して結構な量のパンをモゴモゴと食べていく。
そんなに入るのか?と疑問に思ったが、難なく平らげてしまった。
しかし、手がないからか。きれいには食べられないらしくあたりにパンくずをぼろぼろとこぼしていた。



その後、れいむからゆっくりと話を聞いた。
れいむの他にも饅頭に似た生き物がいること。れいむには親姉妹がいたこと。
今は一人で暮らしていること。食べ物はそこらへんの虫から何から何でも食べること。



ここは俺の家であることを主張したが、れいむの方は頑として譲らなかった。
しかしだからと言ってそれ以外に実害があるわけでもないので放っておくことにした。
もしかしたら俺自身この謎の生命体に興味があったのかもしれない。




次の日の朝が来る。
「ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしていってね!!!」
騒がしい…。例の饅頭が騒いでいるようだ。
「お兄さん。おなか減ったよ。れいむのおうちでゆっくりさせてあげてるんだから
 れいむのためのごはんを作ってね!!!」
なるほど、そういうことか。時間は…   6時半か…。いつもより結構早起きだな。
「仕方がないな。ゆっくり待ってろ。」
そういうと俺は、寝ぼけ眼でゆっくりと朝飯の準備をする。
途中、れいむがはやくつくってね!!!と言いにきたがうるさかったので
部屋に蹴っていって扉をしめた。手足がないのでドアノブの付いた扉はあけられない。



そうしてご飯が完成して、部屋へ持っていく。
「ゆっくりしすぎだよ!!!れいむお腹が減って死ぬと思ったよ!!!」
空腹で死ぬのかな?と思いつつご飯を下に置く。
メニューは卵焼きと野菜炒めだ。こぼされると困るので下には新聞紙を敷く。
「ゆ!?全然少ないよ。れいむこんなんじゃ満腹でゆっくりできないよ!!!」
「今ある材料で用意してやれるのはそんなもんだ。足りないなら今までやってきたように
 外に出かけてとってくればいいだろう?」
「お兄さんはれいむのおうちでゆっくりしてるんだかられいむの満足するご飯を作るのは当然だよ!!!
 じゃないともうれいむのおうちでゆっくりさせてあげないんだからね!!!」
「どうぞ、ご自由に。どのみち俺は今から学校行くし。んじゃゆっくりしていってね。」
食器をシンクに入れ、俺は学校へ出かけた。




いつもと変わらない学校生活。変な饅頭生物が来たことは今日は言わない。
どんな生物か分からない以上他人に見せるのは危険だし。そもそも信じてもらえるとも思えない。



そうして俺はいつもの学校を終え、家に帰る。




「ゆっくりー… ゆっくりー……」
家に帰るとれいむがぐったりしていた。
「どうしたんだ、れいむ?」
「ゆっくりした結果がこれだよ!!!お゛な゛か゛す゛い゛た゛!!!
 ご飯作っ゛て゛ーーーー!!!」
泣きながられいむが俺の所に駆け寄る。どうやらおなかがすいていたらしい。
「お腹が減ったなら外に探しに行くなり、ここでご飯をたべればいいじゃない。ここは君のおうちなんだろう?」
「お゛外でれ゛な゛い゛し゛、ご飯お゛う゛ち゛に゛な゛い゛し゛ ヒッグ、ヒッグ…」



ああ、しまった。いつもの癖で窓の扉の鍵を閉めて出かけてしまったようだ。
更にこの家にはれいむの手 …はないから口が届くような所に食べ物はおいてない。



「そうか、それは悪かったな。」
そういって俺は、ベランダの窓を開ける。
「ほら、自由に探して来い。」
「こんなお腹ペコペコじゃご飯見つけられないよ!!! はやくご飯作ってね!!!」
しかし俺はここで敢えて無視する。
「お゛兄さ゛ん゛、ごは゛ん゛…」
「どう゛じで作っでぐれな゛い゛の゛…」
れいむが泣きながら懇願するが無視を決め込む



そしてどうやられいむが限界のようなところで俺は言った。
「ここのおうちは俺の家なの。君が俺の家でゆっくりさせあげてるの。
 それから俺の作るご飯に対して文句を言わない。そうしたらご飯作ってあげるよ。」



「ば…   い゛……」
とりあえず家の所有権を取り戻すことはできた。これをはっきりさせておかないとさすがに面倒だからな。
そしておなじみのスティックパンをれいむの前に差し出す。
「うっめ、めっちゃうっめ。これ」
れいむが泣きながらもの凄いスピードでパンを平らげていく。
しかし本当に嬉しそうな顔で食べるなぁ、こいつ。
「おいしかったよ、お兄さん。これでゆっくりできるよ!!!」



その後、自分の分のカレーを作り、このゆっくりにも分け与えながら食べた。
こうして俺とれいむの二日目が終わった。





次の日、俺は出かけるときベランダの鍵を開けていき、ついでに朝飯の残りをれいむの為に置いていった。
そしていつものように学校へ行き、学校から帰る。
そうするとやはりれいむは居た。置いていったご飯はなくなっていた。
「家でゆっくりしてたのか?」と聞くと
「今日は雨だからお外でれないよ!!!」と返ってきた。
よくよく聞くと雨に長い間晒されると体が溶けてくるらしい。
そういう話をオレンジジュースを飲みながら聞いてくると
「れいむにもちょーだい!!!」
なんだ水は苦手なんじゃないのか?と聞くと飲む分には平気らしい。いい加減なやつだなぁ。




今日はテレビでも見る。ゆっくりも分かっているのか分からないが一応見ている。
「つまらないな…」
そう言ってチャンネルを変えると
「ゆーーー、さっきのゆっくり見るの!!!」
と言ってきた。エンタの神様の何が面白いんだ?
そういって金曜ロードショーを見ていたが、れいむがゆっくりゆっくり煩いので
「うるさいぞ、ゆっくりテレビ見させてね。」
とベランダの外にほっぽり出した。
最初のほうはゆー、ゆー、何か言っていたが途中から気にならなくなった。
テレビを見終わった後、すねてどこか行っちまったかな… とベランダをあけると
ゆっくりが寝息を立てながら寝ていた。
「ったく…」
そういって俺はゆっくりを部屋に運んで布をかけた。
「おやすみ」
一人暮らしを始めてから初めてそれを口にして俺は寝た。





次の朝が来る。
「ゆっくりしていってね!!!ゆっくりしていってね!!!」
毎朝のようにれいむが騒いでいる。
しかし今日は土曜日。学校は休みだ。俺はゆっくり寝ていたい。
「ゆっくり寝かせてね!」
そういって俺はゆっくりを掴むと口を押さえて抱きまくら代わりに抱え再び布団に入る。
「ゆ゛ー、ゆ゛ー」
なにかゆっくりがいっているが、俺の睡魔には勝てない。くー、ゆっくりと俺は夢の中に入っていった。




「お兄さん、ゆっくりしすぎだよ!はやくご飯つくってね!」
俺が抱き枕代わりにしたばっかりに何も食べれなかったれいむが怒りながらおれに催促をする。
もう11時。普段良く食べるれいむからすればお腹がすいて大変だろう。
俺はササっとパスタをつくり、れいむと一緒に食べる。
「お兄さん、これどうやって食べるの?」
どうやら初めて見るパスタにれいむは悪戦苦闘しているらしい。
「こうやってすすって食べるんだよ。」
俺は実演して見せてやってやる。
「ゆ、なるほど、これで食べれるよ!!!」
そういってれいむはパスタをくわえすすってみる。



ペシッ!!
「ゆゆゆゆ!痛いよ!何か飛んできたよ!!!」
すすったときにパスタの端がうねり、れいむの顔に直撃したのだ。
「これじゃ、ゆっくり食べられないよ!!!」
何度も挑戦するがそのたびパスタが当たりしまいに泣き出すゆっくり。
「仕方ないな…」
そういうと俺はれいむを膝に乗せ、フォークでパスタを丸めてれいむにたべさせてやった。
「これでゆっくりできるよ!!!」
相変わらず嬉しそうに食べるゆっくり。こっちも少し嬉しくなる。



「今日は晴れているしお外でゆっくりしてくるよ!!!」
そう言って、れいむはベランダから出て行った。
元々、野生だしやっぱり外で元気に動くのが一番のだろう。
俺はそれを見送るとねっころがりながら漫画でも読みふける。全くダメ学生の典型だな…。




夕方、俺が夕飯でも作ろうとすると、れいむが帰ってきた。
「うわ、結構汚れてるな。」
れいむは泥で汚れていた。雨上がりの日に外で遊んできたのだから当然だろう。
ひょいとれいむを抱えると俺は風呂場へ連れて行った。
「ゆっくり?」
れいむは何が起きるか分からないようだ。そこへ俺はシャワーでお湯を浴びせる。
「ゆーーーーー」
驚くれいむを抱えながら、汚れを洗い落とす。ついでだから髪もシャンプーで洗ってやる。
シャワーが終わり、タオルで拭いてやると
「すっきりー!!!」
れいむはそういって飛び跳ねた。そうとう気持ちよかったみたいだ。



こうしてゆっくりとの午後が過ぎていった。




その後もゆっくりとの生活は続いた。
たまに外に遊びに出かけたり、うるさいと放り出してすねてどこかへ行ったりして
2、3日帰ってこないような日もあったけど、気付くとれいむは帰ってきて
「お兄さん、お腹すいた!ゆっくりご飯作ってね!!!」
と言ってきた。



今まで、ただ繰り返すだけだった毎日が楽しくなった。
時にうざくなったり、面倒になったりもしたけどそれでもれいむは帰ってきたし
そんなことなかったことのように「ゆっくりしていってね!!!」と言ってくる。
賑やかな毎日だった。




そんなある日のこと。
ゆっくりの体も大分大きくなっていた。今ではバスケットボールサイズである。
他のゆっくりもそんな大きさになるの?と聞いたがそれよりかは少し大きいらしい。
「お兄さんのご飯のおかげだね!!!」
そう言いながら朝食を食べるれいむ。
「そのままブクブク太ったらどこまでいくんだろうなぁ」
「ゆ!れいむは太ってないよ!謝ってね!!!」
「はいはいw その内走れなくなったりしてなぁww」
そうからかっていると
「ブー、れいむは太ってないもん!全然走れるんだから!!!」
そういって外まで飛び跳ねていく。しかしぼよんぼよんと以前のような軽快さはない。
「はっはっはっ、大丈夫かぁ?」
「笑わないでね!さっさと学校行ってね!!!
 その間にれいむは痩せてくるんだから!!!」
そういってれいむは外へ出て行った。
「では俺も行くか」
そして俺も学校へ向かう。






それから1ヶ月たったが、あれ以来れいむは帰ってきていない。
別のところでゆっくりしているのか
それともどこかで命を落としてしまったのか。
それは俺には分からない。



ただれいむがいなくなって、今までの生活に戻った自分がいるだけだった。
「もう少し あいつとゆっくりしたかったな…。」
そう呟いてゆっくりと学校へ歩いていく。
季節はもうそろそろ梅雨が明けようとしていた。




fin


  • ゆっくりは少し生意気なくらいがかわいい。
    れいむ・・・無事だといいな。いつか帰ってくるといいな。
    -- 名無しさん (2010-11-27 13:33:32)
  • 気づいたらゆっくりさせられている自分がいた。
    人間とゆっくりの話はともすれば人間様がゆっくりをゆっくりさせてやっているという話にシフトしがちですが、本作品はそのような事がなく
    自由気ままに生きるゆっくりと、それと共同生活を送った青年の非日常がストレスなく受け入れることが出来ました。 -- 名無しさん (2012-07-01 14:32:53)
  • いつもわざとベランダ全開のオレの家 -- いつかくると信じて (2012-07-25 18:45:09)

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最終更新:2015年10月07日 01:14