【2011年夏企画】血染めの舞台

※深く考えずに読んでいただければと思います。
※性的な描写・グロテスクな描写は一切ありませんが、割と成年向けです。
※今まで一番2次的な要素や前提があります。苦手な人は控えた方がいいかもしれません。








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 「守るもの―――は無くとも、前に進もうとしているだけで、
  そのゆっくりは割と強いものです」



  ―――フラワー・ザ・あやや・ロック(1909-2010)




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 「大丈夫。ばあちゃんは、あやちゃんの事好きだよ? 一体ナニモンでもね……」



 一番楽しかった頃の記憶とともに、セットで思い出す台詞だ。
 このばあちゃんの台詞があったから、今まで頑張ることができた
 しかし、同時に胸が抉られる。
 あの頃周囲にはきめぇ丸がいなかったが、学校でそれとなくゆっくりあやときめぇ丸の
因縁を教えられて戸惑ったものだ。
 ばあちゃんも、やはり「偽物」という前提があったのだと、今では気づいている。
 続いて思い出すのは―――それはもう、ぬぐえない記憶が連続しているはずなのだが―
――― 一番に浮かぶのは。


 「こんな事も耐えきれないのかい」


 社会に出た頃の事だ。
 差別的な待遇は、子供間故の無邪気な残酷さから生まれるものだと思っていた。
 偽善だ、建前だ、非現実的だと皆陰口をたたきながらも、一般的な倫理を教える教育現
場では、偏見の類は巨悪の一つであると叩き込まれる。
 それは悪い事ではない。だが、幼少期には無意味だ。
 幼少期には―――――と、思っていた。

 「綺麗ごとが通じねえのは、ガキの頃だけじゃねえんだぞ? 社会出たらもっと厳しいっ
  て事も知らないのか?

 3日目の事だった。
 ミスをした訳では無い。ただ意味なく先輩から喫煙所へ呼び出されると、部署の連中と、
同期のゆっくり一同が揃っていた。

 「………でも、私は偽物では…………」

 本当に何をしたのか解らない。
 何1つこちらには落ち度はないのに、顔面に「例の雑誌」を押し当てられた。
 視界いっぱいに広がるのは肌色の―――――

 「げほっ げほっ」

 本当に、それだけで堪え切れる事ができず、あやはその場に昏倒してしまう。
 体からどんどん必要な力の源の一つになるものが流れていくことが解る。

 「本当に根性ないなあ」
 「やっぱり偽物だ、こいつ」
 「違う……私は………!」
 「少しは我慢してみろよー 本当の仕事はこんなもんじゃねえぜ?きめぇ丸さんなら
   大丈夫だぞー?」


 ――――「偽物」
 洗礼と言うか、社会ゆっくり3日目にして、こんな理不尽な暴力にあった理由を探せば、
それに尽きるだろう。
 「お前は、きめぇ丸さんの偽物だから」 この一言だ。
 そして何より――――――


 「私が、堪えられないからか」


 実際は単なる後輩いびりを兼ねた儀式だったと後で解った。「偽物」云々というのは口実に
過ぎない。
 毎年一人、生贄になるだけだ。
 これで、きめぇ丸への憎悪を燃やし始めたるのもお門違い。


 だが――――
 「堪え性の獲得」と、「偽物への対抗心」という二つの方向性が、このゆっくりあやの中
で、かちりと双方から噛み合った。



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 「――――それで、そのまま退職されたんですか?」
 「そう。自分のこらえ性の無さを思い知ったんです」
 「本当にこらえ性の無い社会ゆっくりだったんですね」

 インタビュアーは一人だけ。
 デビューしてしばらくしてからずっとつきあってくれたゆっくりはたてだ。
 基本的に、この競技の選手は本番5日前から他者との関わりを禁ずる。
 同じ使い手に至っては、日常での接触さえ禁じられる国もある。
 だが、本番前のこの時だけは、誰かと話すのが、あやの常だった。
 最初はメールだけで何でもアポイントを取ろうとする戯けた記者だったが、今は一番気
心知れた相手の一人。

 「子供のころからの憧れの職種だったそうですが………」
 「だからこそ、続けられないと思ったんです。むしろ良かったのかもしれませんね。
  あそこで痛い目にあって」
 「でも…………」
 「それで、このまま入門してここまで来られたんだから、ゆっくり生何が起こるか
  解らないものですよ」

 はたてはやや涙ぐんでいる様だった。
 ここまで腹を割って過去を話したのは初めてだったのだ。
 そこで、随分と重い話をしてしまったものだと自分でも思う。


 「全てのゆっくりあやは、一度は必ず『偽物』と言われる事にブチキレて、何かに挑戦
  するんです。大なり小なりどんな温厚な者でも、必ず、必ずそれに抵抗する日が
  来るんです」
 「あなたにとってはそれがきっかけだったと………」
 「ええ。それが40年間の修行に続きましたし―――何より、痛感した自分の弱点の克服
  になると思ったんです。
  何度も言いますが、あのままじゃやっていけなかったんですし」
 「そう言えば――――今回がこの競技の引退になるかもと……」
 「そうかも」

 あっさりと放った回答に、はたては立ち上がった様子だ。。

 「いや……そんな………重大な…まだまだ栄光のキャリアをきずいて行く事も……」
 「ここで、今日この試合に勝って私は本当に自分に足りなかったものを補完できるはず。
  ある意味そこからが、真の社会ゆっくり1年目なのかもしれませんね」

 思えば、長い長い、長すぎる修行期間だった。
 今日、この因縁の対決に勝たなければ、自分の人生は始まらないも同時なのだ。
 と、困惑中のはたてには目もくれず、控室にサングラスをかけたゆっくりもみじが
入ってきた。


 「時間です」
 「では」


 全身の拘束具が、一つずつ外される。
 手慣れたものらしく、痣は残っていない。
 あまり意味を成さないが、重さ1つ30kgの鎖と鉄球も外され、少しだけ身軽になった気分。
 次いで、目隠しも外されたが、眼はつぶったままでいた。
 試合まで、何も見ないでおきたい。
 本来ならば、ボールギャグも食事以外は3日前から付けさせられるのだが、今回は別だ。
 それにしても蒸し熱い控室である。
 TVなどの視聴は2か月前から禁じられ、周りからの情報は協会とマネージャのもみじが
殆ど遮断してくれる。
 本番一週間前からは、活字自体も目に入れる事が禁じられる。
 このはたてが、いかに特別か解るだろう。

 つくづく、周囲にも気を使わせる競技だ。

 準備運動を軽く行い、装備をしながら考えた。


 (本当のこらえ性なのだろうか、これは………)


 仏教における覚りの彼岸に達するための、6つの実戦方法・六波羅密(あるいは六度)の
中に「忍辱」という項目がある。
 単純に言えば「怒りやすい自分の心を治める」行であり、他を恨まず苦難を耐え忍ぶ事
で、感情に走らず邪念を起こすな という教えなのだから、同じ「忍ぶ」ことでも、方向
性は正反対だ。
 そもそも、きめぇ丸への嫉妬や遠まわしな怒りが原因なのだ。もし、そうした邪心自体
がなければ、今頃自分は――――

 「いや、考えるまい」

 ぶんぶかと頭を振って、控室を出る。
 振り返りざま、はたてに告げた。



 「この勝負が終わったら、私、再就職するんです」
 「―――……うわああああああああ、そんな縁起でもない言い方……」



 言われてみれば、確かにそうか。
 我ながら自然に出てしまった台詞だったのだが、だからこそ危険かもしれない。
 と、横にいる付き添いのもみじがぼそりと言う。

 「その前に、私と映画館に行きましょう」

 おいおいおいおい
 更に、焦り切ったはたてまでたどたどしく言う。

 「実は、親戚の隣の家に、今度赤ちゃんが生まれるんです。観に行きませんか?」

 何なんだ二人して
 だが、もみじは苦い顔で笑いながら言う。

 「―――………最後まで世話の焼ける方だ」
 「え?」
 「死亡フラグも、3回重なれば生存フラグになるんですよ。知りませんか?」

 ―――…… 二人はもう、何も言わなかった。
 あやも口をつぐむ。
 そもそも、会場へ向かう途中には、口を開かないのが通例だ。
 一流の料理人がこしらえるスープの具材の様に、実に雑多で膨大な感情ございます湧き
上がるが、それは全て胸に下ろす。
 きたるべき時に向けて、軽く蓋を乗せるのだ。
 その重みで進むように、一歩一歩を踏みしめていく。

 途中の回廊では――――幾人にも声をかけられた――――知った声だった。
 地から一杯の激励だった。



 ゆっくりさくや・ゆっくりゆうぎ・ゆっくりえーりん・ゆっくりけーね・ゆっくりらんしゃま―――――



 いずれも、公式戦で死闘を繰り広げてきた、かつてのライバル達だ。



 (――――みんな……………!)



 言いたいことは、目を見ればわかった。
 ここで、あやは気が付く。

 (ゆっくり生が始まらない、なんて、あれは嘘だ。愚かな発言だ)

 だって――――――


 (私は、本当にたくさんのものをもらってきたのだから………)


 「欲しがりません」 が耐える事の基本なのに、その過程で何かを得てしまったとはこれ如何に。
 気心知れたジャーナリストのはたて。
 最後まで付き合ってくれた、もみじ。
 真正面からぶつかりあった、本当の親友と言えるかもしれない、対戦相手達。
 振り返らず、あやは心の中で礼を言った。



 (私は、今日も、一滴も譲りません! 赤白 くっきりつけましょう!!!)



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 試合会場のスタジオは、打って変わって適温だった。
 対戦場も席はやや薄暗いが、却って集中力を増してくれる。
 お香が焚かれているらしい。ただ、少し甘い不慣れな匂いだ。

 観客達も自重して静まっている。
 巨大なスクリーンが、2名の出場者達を映している。


 闘技場はいたってシンプル。
 端に机が一つずつ。
 中央に、立会人のゆっくりさとりと、アシスタントのおりんとおくう。



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 早苗  「今回のこの競技、資料によりますと、中国は雲南省が発祥と書かれています
      が、あの銅鑼や毛筆もそれにならったものなのですか?」
 イズン様「それはこの前歴史的に誤りと証明されたばかりですよ」
 早苗  「これは失礼を」
 イズン様「ちなみに、もう一つのオスマントルコ起源説が有力ですが、これも疑問視
      されています。やはり最近のオクラホマ州起源説が信憑性が高い」
 早苗  「なるほど。しかし、今回は夢の対決ですね」
 イズン様「そもそもこの競技は、長年にわたってゆっくりさくやとらんしゃまの独占
      状態にありました」
 早苗  「『ゆっくりさくやにあらずんば、門戸をくぐるべからず』 イタリアの有名な
      諺ですね!」




 【ウドウィック・さくや・グラッセ(1504-1598 イタリア)】
 「他のゆっくり達にも教えてほしいですって?だったら一口餃子を1年分、プリンは10年分用意なさい!!!」


 【プリン・ア・らんしゃま・モード(1556-1606 台湾)】
 「本当に団体戦で勝ちたいんなら、ゆっくりらんをあと5人そろえることだね! それがドリームチームだよ!
  あとはちぇんが見てるだけでいい」

 【メープル・さくや・アイザック(1789-1821 スマトラ】
 「『競技に参加できないんなら、『ゆっくり相撲』を続ければいいんじゃなあい?
  ――――って、何アレ? ねえ、あそこで何やってんのあいつら。
  え? 相撲?
  本当に相撲なんですか?
  「B」じゃないのアレ? 
  「B」だと思いましたわ あっはっはっはっはっは!!!」




 イズン様「他のゆっくりにも参加が許されるようになったのは、実に近年の事なのです。
      中でも、ゆっくりあやと、きめぇ丸勢の躍進は目を見張るものがあります」
 早苗  「その中でも、このきめぇ丸(ウズベキスタン出身 53歳)と、
      ゆっくりあや(青梅市出身 89歳)の対決は……」
 イズン様「かつての『西のらんしゃま・東のさくやさん』を完全に覆しましたね。
      国交上の問題で、違うリーグの者同士、対戦が50年間近く中々実現しなかった。
      誰もが待ち望んだ頂上決戦と言えるでしょう!」
 早苗  「とは言え、この二人の経歴は実に対照的です。」
 イズン様「かたや、天才と言われ、栄光に彩られた人生に見えつつも、名門に生まれ英才
      教育を叩きこまれてこの道一本の修羅の途に生きたきめぇ丸。
      かたや、自由な青春を過ごしながらも、社会に出て己の因果を目の当たりにし、
      脱サラしてこの世界で苦汁をなめながら戦ってきたあや」
 早苗  「いよいよ開始時刻です!」



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 それぞれの机に向かっている、ゆっくりあやと、きめぇ丸に、顔だけを見合わせた。

 「――――両者とも、条件はクリアしています」

 固唾を飲んでいる客達も、静かにこれには安堵の溜息と歓声を送る。
 本当にこれから始まるのだ。
 ここでゆっくりさとりの審査により、本当に試合が開始されない事は決して少なくない。
 だが、一番安心し、決意が固まったのは対戦者2名の方だろう。

 目を閉じていたあやは、静かに開けた。
 そして、きめぇ丸を見る。
 対戦相手として、データは揃えていた。
 今日の戦いのために集められた、各20名の きめぇ丸・ゆっくりあやが一人。
 しかも、この種目が課せられたのだから、当然癖なども似通っていよう。
 おりんが近寄り、マイクを向けてくる。
 試合前のコメントか

 「実は、内心不安なんです」

 会場が一気にどよめく

 「―――……あのニセモノが、私に負けたショックで自殺でもするんじゃないかと」

 そのどよめきは、一気に歓声と声援、そして罵倒と野次に代わる。
 続いて、その対戦相手のきめぇ丸にマイクが渡された。

 「やめて下さい。泣いてしまいます」

 弱気な発言だ。
 失望の声と、ブーイング、そして僅かな叱咤激励の嵐となる中、きめぇ丸はせせら笑い
ながら言った。


 「きっとあなたに勝ったら嬉しくて仕方がないでしょうからね。 おお待ち遠しい
  待ち遠しい」


 罵声が一気に賞賛の声に変わる中、あやは静かに持ち位置に立った。
 手元のお習字セットの確認をする。
 問題は無し。


 (ここから、始まるのではない――)



 おくうは、既に開始の銅鑼を打ち鳴らす用意をしている。
 あやも、筆を握りしめた。



 (更に進むんです――――――ここに勝って、また私はたくさんのものを得る!)


 おりんが手を上げ、 僅かなどよめきと共に、会場は静まる。
 そして―――銅鑼が盛大に打ち鳴らされた!






 試合開始!!!







 この勝負は、前半戦はスピードが命だ。
 3か月間湧き上がらせ続けて、煮立って固形化したようなドロドロの熱情を、全て指先
に、そして筆に、目の前の紙に注ぐ!


 開始10秒


 「そこまで!」

 第一幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した。
 ルールにのっとり、戦士二人は、互いの文字を凝視しなければならない。





                     「チルノ」   ←  あや


                     「チルノ」   ←  きめぇ丸





 会場に、喝采と絶叫が響き渡る。




 早苗  「おお~っと、両者とも同じ文字です! イズン様これは……?」
 イズン様「こうした大勝負では良く見られる光景ですね。こつを覚えてきた中級者は、
      スタートは”ルーミア”もしくは ”フラン”辺りで様子をうかがってくる
      事が多いのですが、所謂『衝動』を上手くコントロールできる上級者とも
      なれば、それをそのまま一番の決まり手―――二人の場合はチルノ――――
      で決めるんです」
 早苗  「最初にして、最大の技で――――先手必勝、という事でしょうか?」
 イズン様「そうです。世界大会などで、よく第一幕で決着がつくことは非常に多い」
 早苗  「あぁ、あやさん、きめぇ丸さんともに、微妙に揺れていますね」
 イズン様「これは利きますよ…… 後半に行くにつれ、じわじわと……」




―――迸りそうな鼻血を、懸命にゆっくりあやは全力で堪えた!
―――脳内には、チルノ、という文字が溢れかえり、その一つ一つが、あの幼くも愛らしい
   幼女の姿を形どってさんざめく!


 最初にして、もう早くも正念場である。
 ここで放ったら、全てが終わる。



 おりんが両者に駆け寄り、続行の意思を問う。
 当然、ここで終わるはずがない。
 再び、銅鑼が激しく打ち鳴らされる!




 第2幕開始!!!





 お互い、最初の一手が「チルノ」で来るくらいは予想していた。
 しかしながら、実際に目の当たりにするのは堪える。
 歯を食いしばり、痛みを転化させるように、あやは筆を滑らした



 開始10秒


 「そこまで!」

 第2幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した





                     「ルナチャ」


                     「サニーミルク」





 会場に、喝采と絶叫が響き渡る。




 早苗  「今回は別々……!?」
 イズン様「ええ、ですが、ここでチルノの次に3妖精を持ってくるのは王道ですね。
      こうした一番勝負の時こそ基本に立ち返るのが大切と二人ともよく解って
      いるのは流石です」
 早苗  「スターサファイアが入っていないのは……?」
 イズン様「二人にとっては、やはりこちらの方がツボなのでしょう。お互いに腹を探り
      合い過ぎている感じは否めませんが……ちなみに、えーりんの場合は9割が
      スターで来ます」
 早苗  「おや?きめぇ丸選手の方がぐらついていませんか…?」
 イズン様「恐らく、あやもサニーミルクで来ると思ったのでしょう。しかし予想に反し
      たどころか、愛称を使われるのは苦しいでしょうね」







 おりんが両者に駆け寄り、続行の意思を問う。
 当然、ここで終わるはずがない。
 再び、銅鑼が激しく打ち鳴らされる!




 第3幕開始!!!





 一歩、先に出た――――
 第1幕は、まさに互角と言って良い勝負。ここで、ようやくダメージらしいダメージを
与えたと言っていいだろう。
 脳内を闊歩するサニーミルクの幼い身体に悩殺されかけるが、耐えきれないほどではない。
 内心でガッツポーズをとりながら、固く口で咥えた筆を、あやは勢いよく滑らした



 開始10秒


 「そこまで!」

 第3幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した





                     「ちぇん」


                     「こいし」





 会場に、喝采と絶叫が響き渡る。




 早苗  「白熱した戦いです……! これもやはり”王道”なのでしょうか?」
 イズン様「『こいし』、というのは少し狙いがおかしいかもしれませんね。多くの場合は、
      ここで『さとり』を出す事が多いはず」
 早苗  「あらあら、あやさんの方はピンピンしてますね」
 イズン様「追撃の手を緩める気が全くありませんね。元々あのあや選手は根っからの
      ファイター気質。これまでのタイトルも、大半は5幕以内の決着です」
 早苗  「短期決戦型―――ともなれば、長期戦はきめぇ丸さんに有利でしょうか?」
 イズン様「あやさんに不利になる事は間違いないですね」







 おりんが両者に駆け寄り、続行の意思を問う。
 当然、ここで終わるはずがない。
 再び、銅鑼が激しく打ち鳴らされる!




 第4幕開始!!!





 「こいし」は向こうの選択ミスだろう。
 先の2本に比べれば、全然滾りは来ない。
 正直、「ちぇん」はオーソドックスに過ぎたか気もしたが、ここで判断を誤るとは、最初
の「チルノ」が今になって効いてきたという事か。
 ボディーブロウの様にだ。

 (ここで安心はできませんが……)

 さくやさんと対戦した時の事を思い出しつつ、落ち着いてあやは筆を滑らした



 開始10秒


 「そこまで!」

 第4幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した





                     「れみりあ」


                     「もこたん」





 会場に、喝采と絶叫が響き渡る。




 早苗  「これは……!」
 イズン様「『もこたん』、は語感の響きが強烈ですからね。効く相手には本当に効くの
      ですが……これがゆっくりあやさんに有効かどうかは疑問ですね」
 早苗  「もともと、そうした要素は『もこたん』には足りないと思うのですが……」
 イズン様「いえ、海外――――殊にフランス辺りではかなりの決まり手として使用され
      ています。これが何かの狙いでないとすれば、きめぇ丸さんの長すぎる海外
      経験による癖が問題かもしれません」
 早苗  「もともと、ムチムチバインが当たり前になっていやがるフランス野郎どもに
      は、『もこたん』もその範疇なのですね……対して、あやさんは先程から直球
      勝負で詰めますね」
 イズン様「ええ、次が一つの峠になる事は間違いないでしょう」






 おりんが両者に駆け寄り、続行の意思を問う。
 当然、ここで終わるはずがない。
 再び、銅鑼が激しく打ち鳴らされる!




 第5幕開始!!!





 「もこたん」で心は折れまいと鷹をくくっていた。
 しかし、筆を握った所で、猛烈な眩暈に襲われた。
 全身が火照り切っている。
 顔全体から火が吹き出しそう。
 それが一気に鼻に凝縮して、吹き荒れそう。
 これが、この競技の最も恐ろしい所だ。
 攻撃を続けた結果、いつの間にか自分が追い詰められていたりする

 (いや、ここまでは想定範囲内ですが…)

 ここで、追撃の手を休める訳にはいくまい。
 正念場だ。
 渾身の力で書きなぐった!



 開始10秒


 「そこまで!」

 第5幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した





                     「だいちゃん」


                     「ぬえ」





 会場に、喝采と絶叫が響き渡る。


 続いて、あやが机につっぷした!
 おりんがすぐさま起こし、顔面を確認するが、何とか試合続行可能ととみなされた



 早苗  「……!」
 イズン様「う~ん、早期決着型の弱点が露呈されましたね……!」
 早苗  「と、仰いますと先程の………」
 イズン様「元々、これは耐久力以外にも戦略性が求められる競技なんです。と、言うの
      も属性が同じもの同士が対決する場合、相手への攻撃として出した一手は、
      当然自分にも跳ね返ってくるわけです」
 早苗  「つまり、諸刃の剣……?」
 イズン様「ある意味、先に脳内でその次の一手を想像している訳ですから、ダメージは
      相手以上の場合も」
 早苗  「それは、どのように選手の方々は対策しているんでしょう?」
 イズン様「多くは相手への攻撃を『意外性』―――例えば、先程の『こいし』『もこたん』
      といったやや変化球で圧迫する事で勝負を有利にしようとします」
 早苗  「ですが、あやさんの方は」
 イズン様「彼女は非常にスタンダード。そして基礎的な耐久力に裏打ちされているので、
      王道的な直球を投げ続け、自身の反作用と相手からの攻撃も受け止めつつ、
      短期間に決着をつけてきたのですね」
 早苗  「それが裏目に………」
 イズン様「加えて、『もこたん』から一転しての『ぬえ』もカウンターです。ここからは、
      地獄を見ますよ……」






 おりんが両者に駆け寄り、続行の意思を問う。
 当然、ここで終わるはずがない。
 再び、銅鑼が激しく打ち鳴らされる!




 第6幕開始!!!





 既に視界がぼやけてきている。
 アマチュアの頃なら、ここで『ゆかりん』と書いて、回復する事も可能であったが、今
は耐え続けるしかない。
 そこが、プロの一番厳しい所だったし、嫌と言う程体験してきたはずだ。
 震える手で、次の一手を考える。
 そして、相手の予測もする。
 これは危険な行為だが、相手のきめぇ丸は予想以上の戦略派。
 どんなカウンターを受けるか解らない。

 (こいし、もこたん、ぬえ、と来れば次は………)

 と、気が付くと勝手に筆を滑らせていた。。
 しまった、と絶望したが、書き直す時間は無い。
 完全に守りに入ってしまった。相手のダメージの蓄積も相当なものだろうが、それを突
き崩すことが、今できない



 開始10秒


 「そこまで!」

 第6幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した





                     「フラン」


                     「すわチル」





 会場に、喝采と絶叫が響き渡る。


 続いて、あやは仰向けに倒れた。
 顔を押え、ビクビクと痙攣した後に、床をのた打ち回った。
 おりんがすぐさま起こし、顔面を確認するが、何とか試合続行可能ととみなされた



 早苗  「何というカウンターパンチ! これはルール上は…?」
 イズン様「認められています。同じ単語を2回以上出すことは反則ですが、別の単語
      ならば意味合いは同じでも問題ありません。」
 早苗  「しかし、お互いの大好物の『チルノ』と、『すわこ』…? 掛け合わせと
      は、かえって色々削がれそうですが…?」
 イズン様「いいえ、これは場合によっては非常に有効な手段です。初心者はまず真似
      するべきではありませんが、所謂『スイカに蜂蜜』『酢豚に黒酢』の
      理論ですね」
 早苗  「味の方向が同じ素材を一部入れる事で、本来のその他の素材の良さを更に
      引き立てるという訳ですね!」
 イズン様「これはもう決まったか……?」






 おりんが両者に駆け寄り、続行の意思を問う。
 当然、ここで終わるはずがない。
 再び、銅鑼が激しく打ち鳴らされる!




 第7幕開始!!!





 辛い。
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い!
 誰か助けてほしい!
 あやは心で全力で叫んでいた。
 顔ではなく、全身が爆発しそうだ。
 自分への言い訳を考える余裕も無い程辛い。
 そん中、筆だけでも構えたのは――― 一体何が支えだったか。

 走馬灯のように蘇ったのは、3日目の会社だった。

 あの時。
 先輩達は、あやに自社が発刊しているハードコアなポルノ雑誌を顔面に押し付けたのだ。
 興奮と感動と屈辱で、雑誌は汚れきった。
 元々、自分の好きな物を作れると思って入った出版社だったが…………

 (やっぱり私、根性が無いのかな………?)

 湧き上がったのは怒りではない。
 怒りでは、こみあげる劣情を抑える事ができない。
 では―――――

 (あれ?)

 順序が逆だ。

 いつもは良い思い出の後に、あの辛いフラッシュバックが来るのに




 「大丈夫。ばあちゃんは、あやちゃんの事好きだよ? 一体ナニモンでもね……」




 ごめんね、ばあちゃん………
 彼女は全力で詫びる。
 優しい優しい婆ちゃん。
 こんな大勝負で、結局偽者に負けてしまう情けない私でもか?

 (ん………)

 婆ちゃん?

 今はの際の走馬灯は、所謂『検索』なのだそうで、脳内の記憶を強制的に全て洗い出し、
命を守る方法を探す本能のなせる技なのだそうだ。
 刹那――――ほんの少し前の、きめぇ丸が出したのをもう一度考えると――――


  こいし、もこたん、ぬえ、×(フラン) ちちるの


 「らんしゃま」は使えない。
 そうなると、あと残っているのは―――――

 そして、「ばあちゃん」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






 意を決して、瞬時に渾身の力を筆に、込めた。






 開始10秒


 「そこまで!」

 第6幕終了。
 会場のスクリーンは、二人の描いた文字を映し出した







                     「かなこが」


                     「ちちるの」







 会場は、最大限の喝采と絶叫が響き渡った。


 ややあって――――倒れたのはきめぇ丸。
 荒い息と、鬼気迫る紅潮しきった顔で起き上がったが、再度ダウン。
 もう一度静かに起き上がったその顔には―――――



 鼻(?)の部分から、紅い一筋が、垂れていた。



 おりんがすぐさまあやに向かい、手を差し伸べ、さとりに視線を送る。
 さとりは、深く頷き、おくうに合図をする。

 銅鑼が、歓喜の音で鳴り響く!




 「勝者―――――――ゆっくりあや!!!!!!」




 大歓声の中、あやは、まだ朦朧としていた。
 現実味が無い。
 もう出しても良いのだ、勝ったのだと解っていたが、気持ちは夜の湖の様に静かだった。
 永くこの戦いを続けているが、辛勝した時のこの減少は未だによく解らない。
 おりんが自分の右腕抱え、たかだかと上空にあげてくれているが、正直へたり込みたい。
 そう思っていると、突然、視界が開けた。

 「あやさん」

 きめぇ丸が立っていた。
 敗者は敗者らしく――――という事か、真っ赤になった顔を拭おうともしていない。
 しかし、その顔を小馬鹿に出来るものがどこにいるだろう

 「ニセ……いや、きめぇ丸」
 「本当に辛い戦いでした………まさか、最後にああ来るとは」

 自分でも驚いている。

 「今まで、戦略が全てと何かの返し技でここまで来た私です。大抵は6幕で倒していた。
  ですが、あなたは違った」
 「…………」
 「汁粉や西瓜に塩、酢豚にパイナップル のレベルでは無い。
  おそらく、あなたは私が自重せず『ちちるの』を出すことは読めていたでしょう。
  予想はしても限界だったはずだ。そこからの発想だったのですね、『かなこが』は」
 「………『すわこ』とセットで『かなこ』は出せましたよ。そりゃばあちゃんの思いd
  …… いや、なんでもない」
 「さらに、その組み合わせが『こがさ』。―――おくうでも、すわこでも無い。元々
  『こがさ』は、私にはあまり通用する一手ではないのですが、『かなこ』と組み合わせ
  ることで、その中に隠れていた属性が一気に押し出されたんです。これには参った」
 「あ、ああ………」
 「――――まるで、ショートケーキに上等な霜降和牛のスライスを巻きつけた様でした」


 それは―――― 一度だけ似たようなものを低予算でやってみたが、確かに、旨い。



 「あなたは、本当に我慢強かった。もうそれだけで勝てたんです」



 普通に勝ったのに。
 何だか、「偽者」にそう言ってもらえた事がとても嬉しかった。
 何と言っていいのか解らなかったが、あやは自然と言った。


 「ありがとう。――――きめぇ丸」


 手を差し伸べた時、はや、司会の早苗さんが闘技場にまでやってきてくれていた。
 目は充血し、息は少し荒く、頬は薔薇の様に紅潮している。

 「おめでとうございます!」
 「あ、どうも……」
 「悲願達成ですかね!これで………」
 「………」

 言いたいこと、アピールしたい事、説明したいこと、その他色々なパフォーマンスを
考えていたが、あやは、その前に少し気になって言ってみた。

 「あの」
 「はい?」
 「改めてですけど、『かなこが』ってやっぱり良いと思います?」

 どれ。
 早苗さんときめぇ丸は想像でシミュレーションしてみた。




 数秒後。
 再び仰向けに倒れた、きめぇ丸と、直立したままの、早苗さん。

 二人の鼻血を、あやは全身にどっぷりと浴びた。



 闘技場は鮮血に染まった。


                          了

  • へ、変態だぁあああああああ!!
    それも突き詰めれば一つの武闘へとつながるということですね。ていうか文字だけでここまで戦えるとは凄まじい奴らですね。ていうか読み返すと新入社員イビリちょっと和むシーンになるじゃないですか! -- 名無しさん (2011-08-06 20:39:23)
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最終更新:2011年08月06日 20:39