「よし、たい焼きも買ったし帰るか。」
今日で家にれいむが来てから三日になる。
まさかこの俺がれいむを拾って飼う事ができるとは…。
この世界では目撃情報も殆ど無いゆっくり。
幻想郷とかいうおとぎ話の世界に住むと言われているゆっくり。
それがまさかあんな路地裏にいるとは夢にも思わなかった。
れいむはすぐに俺に懐いた、特に何もしてはいないがゆっくりできていたのだろう。
そして今日、たい焼きをねだったので買いに行くことにしたのだ。
「ただいまー、れいむ!!」
「………。」
あれ?返事が無いぞ、寝ちゃったのかな?
俺は靴を脱ぎ家の中に入る、すると
『……たいよ…。………やめて…!!』
れいむが叫んでいるようだ、そしてある事を思い出す。
「やばい、シバを繋がずに出てきたんだ!!」
シバとは俺の飼っている柴犬の事だ、この騒動に関わっている可能性は極めて高い、俺は直感的にそう思った。
「シバ!やめろ!!れいむは食べ物じゃない!!!」
言うが早いか俺は自分の部屋に急いで駆け付ける。
『やめ゙てえ゙ぇ!!いだくしな゙いでえ゙えぇぇ!!!いぬ゙ざんやめ゙でええ゙え゙ぇ゙ぇぇ゙!!!!』
そこには顔をクシャクシャにして大泣きしているれいむと
そのれいむの顔を申し訳無さそうにペロペロ舐めているシバの姿があった、
れいむのほっぺたには軽く歯形が付いていたが、俺の目にはどう見ても危機的状況には見えなかったのだった。
それから一時間ほど経ったのだろうか、ようやく落ち着きを取り戻した俺とれいむは食卓でテーブルを囲んでいた、
あれほど取り乱していたれいむも、今は何食わぬ顔でたい焼きを頬張っている。
『…むーしゃ。むーしゃ。 …しあわせー。』
「なあれいむ、もう大丈夫なのか?」
『ゆっ? へいきだよおにーさん、あのぐらいすぐなおるよ!!』
確かにれいむのほっぺの歯形はもう跡形も無い、その付近の血色が少し悪く見えるぐらいだ。
『ゆっくりはね、ぜんぶたべられなければもとにもどれるんだよ!!』
「へえ、すごいな、でも痛くないのか?」
『…うん、こころのじゅんびができてないと、いたいの…、
でもこころのじゅんびができていれば、いたがゆいかんじだから、やじゃないよ!!』
「…じゃあ、ちょっとだけれいむを食べてみてもいい?」
俺は冗談のつもりで切り出す。
『ゆゆっ!? …ゆぅ~。 だめだよ!まだはやいよ…!!』
れいむはなぜか頬を赤らめうつむく。
「…ああっ!ごめんれいむ!食べたりしないよ!」
なぜか俺も慌ててれいむに謝る、そして少しの間の妙な沈黙。
微妙な空気を振り払うべく俺は切り出した。
「…で、全部食べられちゃうとどうなるんだ?やっぱり死んじゃうのか?」
『…ゆっ??しぬってなあに?』
れいむは真顔で俺に聞き返した。
「え?だって、全部食べられちゃったら元に戻りようがないじゃないか。」
『ゆっくりはね、ぜんぶたべられちゃったり、もううごけなくなったりしたら
おうちにもどるの、でもそれまでのことはぜんぶわすれちゃうの。』
「おうち?」
『うん、おうち、でもね、おうちはすっごいとおいところにあるの…。』
れいむは気のせいか遠い目をしている風に見えた、そして続ける。
『だからね、れいむはまだおうちにかえりたくないの!!』
「ああ、大丈夫だよれいむ、ここでいいなら好きなだけゆっくりしていっていいぞ。」
『うん、ありがとーおにいさん!!ゆっくりさせてもらうね!!!』
そう言うとれいむは次のたい焼きに飛び付き、嬉しそうに頬張る。
『むーしゃ。むーしゃ。 しあわせ~!!』
れいむは黙っていた事が一つあった。
ゆっくりが自分が思いを寄せている者に美味しく食べ切られた時は、記憶を失うこと無く「おうち」に還ることができる。
そしてそのゆっくりは程なく立派な蔦を生やし、そのしあわせな思いを糧に仔ゆっくりたちを咲かせるのだ。
そう、ゆっくりは、ゆっくり以外の者を愛しても子孫を残せるのだ。
ゆっくりも自分の子供は欲しいものだ、そして当然ながられいむにもそういう思いはあった、
しかし今のれいむはもっと「おにーさん」の元でゆっくりしたかったし、
「おうち」に戻ったら恐らくもう「おにーさん」と逢えないであろう事を何となく理解していた。
なのでれいむは、この事を話すと「おにーさん」を無駄に悩ませるような気がしたので言わない事にしたのだ。
もしれいむがゆっくりできなくなりそうなときは、おにーさんにおねがいしてたべてもらおう。
それまではできるだけゆっくりしよう。
れいむはそう考えていたのだ。
次の日。
シバはすっかりれいむが気に入ったようだ、れいむの回りをぐるぐる駆け回り、ひっきりなしに動き続けている。
『いぬさんやめてね!!ゆっくりしてね!!!』
からだ中を舐め回され、顎の辺りを甘噛みされて涙目になっているれいむを見て、俺はニヤニヤしていた。
シバはれいむを食べたりしない事は分かりきっていたからだ、
その程度の躾けはちゃんとしている、それが他の生物と生きるという事なのだから…。
程なくれいむもシバに慣れてきたようだ。
『んもう!! いぬさん!くすぐったいよ!!』
見ればれいむは、きゃっきゃっ声をあげながら躯を膨らませ、シバに体当たりしたりなんかしている、
…うん、いい感じだ。
俺は飽きもせずにじゃれあう二匹を、飽きもせずに眺め続けたのだった。
『「(このままいつまでもゆっくりできるといいな………)」』
俺と二匹の心は一つだった。
- ゆっくりの死生観みたいなものが垣間見えますね・・・ -- 名無しさん (2009-06-28 02:22:26)
- ちょっと切ない感じがします・・・ -- 名無しさん (2009-06-28 02:22:44)
- 美味しく食べられてね! -- 名無しさん (2010-11-28 01:23:15)
- おうち=幻想郷に魂が帰るということかな? -- 名無しさん (2011-05-19 15:09:53)
最終更新:2011年05月19日 15:09