salary 2

仕事が終わり、いつも立ち寄るスーパーで惣菜と和菓子を買い込むと、いそいそと車に乗り込んでその場を後にした。
通勤路には夕方になると混む場所があるので、早めにそこを通り抜けたい。
通行量のわりに道路が細く、そこがいつもボトルネックになっているのだ。
無事にそこを抜けられると道は閑静な住宅地へ入っていく。
いかにも「車でのぼれ」といった、歩くのも億劫になるような坂の上に、古いマンションが建っている。
煤けて、タイルも古びてしまったそのマンションの一階に私は住んでいた。
もともと両親が田舎から遊びに来るための別荘として購入したものだったが、
父が腰を悪くしてからはそうそう使われることもなく、痛むがままになっていた。
売るにも未練があるし朽ち果てさせるよりはと、
私の就職が決まったときに、ローン代わりの家賃を支払う条件で明け渡してくれたのだ。
一人で暮らすには広いくらいだったし、家賃が「返済の手伝い」程度の金額であったのは正直ありがたかった。

住居の一辺にはわりと広めの庭があり(それがマンションの「ウリ」であり購入の理由だった)、塀がわりにと生垣がされている。
斜面を利用して建つ構造上、一階でも見晴らしは良かった。
花や木を手入れする器用さはなかったから、元々の草木はそのままにして半分を菜園に、
もう半分は苦情が出ない程度に茂らせたままにしていた。
住み始めたころは家庭菜園でもやれば家計が助かるかもしれない、などと考えていたが、
育むという行為は易々とできるものではない。
植えれば勝手に育つなどと思っていたものだから結果は燦々たるもので、結局苗を抜いてしまう惨状だった。
"だった"というのは今は見違えるほど綺麗になっているからで、夏になれば嫌というほど湧いていた虫を今年はほとんど見かけない。
れいむが雑草とりをしてくれているからだ。
奇妙な共同生活は続いていた。

鍵を開けて扉をあける。
音を聞きつけてれいむが跳ねてやってきた。

「おにいさんおかえり!!!ゆっくりしていってね!!!」

 ――うん、ただいま。
惣菜と一緒に買ってきた土産を掲げて見せると、れいむは目を輝かせて飛びあがった。

「うー☆」

それはれみりゃの鳴き声ではなかっただろうか。可愛いとは思うけど。
れいむがこちらに向けて体を傾げてくる。最近彼女は特技をひとつ身につけたのだ。
鞄を彼女の上に乗せると、バランスを整えるように二三度小刻みに跳ねてから居間まで運んでいく。
頭の上にものを乗せて運ぶことができるようになっていた。
さすがにお茶や料理のようにこぼれるものは運びきれなかったが、
ラッピングされたお菓子や今運んでいった鞄のようなものなら、まるで海驢のように運んでくれる。
ものを落とさずに飛び跳ねるというのは難しいことではないだろうか。
ゆっくりの意外な芸達者さを見ている気がした。
本家というか、彼女の二次元上の母体となったAAでも、
色々おかしなことをやっていたのだから、やろうと思えばあれこれ出来るのかもしれない。
それが物理の法則と少しかみ合わないだけで。
れいむが鞄を運ぶあいだに夕飯の準備の準備をする。
冷蔵庫から出した沢庵の切れ端をプラスチックの皿に移して、テーブルに置いておいた。
れいむが私の家に来たばかりの頃は、私が夕食を作るのを待ちきれずに泣き出したり怒ったりすることが多かった。


『お゛ながずいだぁぁあ゛ぁああ゛あ゛!!!
 ごはん゛ん゛ん゛!ぢょうだい゛ぃいい゛いいい!!!』

声がとても大きなものだから、食事を作るまでの防波堤に、前もってなにか食べ物を出しておくようになった。
なんとわがままなのだろう。
共同生活がはじまった頃、私はれいむのけたたましさに苛立ちを隠せなかった。
小さな子供だってこうは騒がない。
なんてやかましい、なんでここに来たんだまったく…。
そう思っていた。
間違っていたのは私のほうだった。

れいむはなんでも食べる。
その属性が"ゆっくりしていってね"全てに関連するかはわからないが、
少なくともれいむは出されたものはほとんど食べられたし、庭の雑草や虫だって食べた。
歯が疼くのかひもじいのか、和室の襖や柱にはれいむの歯形が残っていて、
私がそれを見つけたときはひどく慌てて

「れいむじゃない!!!れいむじゃないよ!!!ごめんなさい!!!」

よく分からないことを言っていた。
(とても微笑ましかったが)
雑食極まりない彼女達にとって森は食物の宝庫だ。
食べ物を選別しなくてもいいのだから最悪、木の枝でも噛めば飢えをしのげるのだろう。
食糧に囲まれて生きるゆっくりに、空腹に耐えるという発想そのものがなかったのではないだろうか。
私はそう当たりをつけた。
腹が減る前につまみつづける。「食事」という概念がないのだ。
冬が来るか森が焼けるか、ちいさな鼠のような生活が崩れたとき、ゆっくり達ははじめて、空腹に目を向けるのではないか。
空腹というこれまでに経験したこともない危険信号に押し出されて、
彼らは、彼らなりの「説得」で食糧を分け与えてもらおうとしているのではないか。
野生の動物を相手に交渉ができるとは考えにくい。
説得の声は自然とコミュニケーションが取れるかもしれない人里へ向くだろう。
――食べ物が欲しい。出来れば安心できる寝床も。
生来の虚勢と幼稚さが願いを歪めて漏出させて、説得は失敗に終わり反感だけが残る。
あるいは、人間とのコミュニケーションに行き着くまで凌ぎきれず畑を荒らす。
人間の目に害獣に写るのは仕方の無いことかもしれない。
渡さなければ不満を叫ぶだろう。
彼らにとって食べ物は「あって当然のもの」なのだから。
なぜ助けてくれない、こんなにも食べ物は余っているではないか。
人間との対話は膠着し、最後には失望してここは自分の家だと主張する。
――ここを侵略しなければ、自分の領地とせねば。出来なければ死ぬ、ゆっくりできなくなる。

彼らの不条理さがよくわかる気がした。
人間のようにもなりきれない。
動物のようにもなりきれない。
中途半端な精神と知性が、彼らの悲境を呼び寄せているのではないか。
そう考えた。
れいむも彼女に出来る範囲で必死に我慢したのだろう。
彼女は飢えた経験があったから。
ただ、彼女達にとってなにも口に入れないというのは、人間の想像を超える辛苦なのかもしれない。
ついに耐えられなくなって叫びだしたのだった。
私達は互いのルールを照らし合わせることから始めるべきだったのだ。

今はそこまで聞き分けも悪くないし、騒がない。
食べこむという行動を理解したれいむは、三度の食事と噛み棒で無事に過ごせるようになった。
防波堤の前菜は、単なる習慣として私達の生活に根付いている。
御飯と肉野菜炒めと、スーパーで買ってきたスモークサーモンが今日の夕飯だ。
自分の分の茶碗に白米をよそった後、ラップを敷いてそこにも御飯を盛る。
ラップで包んでおにぎりにすれば、れいむにも食べやすい。
皿に盛り付けてテーブルへ運ぶ。
れいむのスモークサーモンは食べやすいように巻いて、軍艦巻きのようにたてておいた。
食卓にはもうれいむが待機していて、目を爛々と輝かせている。涎までたらして、よほどお腹がすいていたのだろう。
しかしここで食べさせるわけには行かない。
犬でも「待て」は出来るのだ。
私はれいむに人間の慣わしを覚えてもらいたかった。
 ――まだ待つんだよ。待ちなさい。
れいむはに言い聞かせながらおにぎりを彼女の前に置き、まわりに皿を並べていく。
彼女はラップの隙間から湯気の立ち昇るおにぎりを凝視している。
私は努めてゆっくりと、食事の前にはなんて言えばいいのかを尋ねた。
 ――さあれいむ、御飯を食べる前にはなんというで――

「いただきまああああああああす!!!」

れいむは弾けるように叫んでがつがつと食べはじめた。
まだ最後まで言っていないというのに。
彼女の食にみせる貪欲さには少しあきれてしまう。
大きな舌を巧みに使って、目の前に並べられたものを全て独占しようとしているかのようにして口へと運ぶ。
体全体でがっつく様は"ゆっくりしていってね"という名前にはちょっと似つかわしくなくない。
そんなに焦って食べなくてもいいのに、と私は思うが、
元来野生とはこういうものなのかもしれないと、変に納得もしてしまっていた。
ゆっくりに宿る野生。
私はなんだか不自然なような、そうでないような、変な感覚に囚われた。
いずれ一緒に"いただきます"が言えるようになれれば良いけれど、そこまで行き着くのはまだまだ先のようだ。
れいむの使う皿はメラミンでできた丸い平たいランチ皿で、ピンクの縁取りをしている。
皿の下には板が貼り付いていて、板の上に乗れば、ボール然としたれいむでもこぼさずに食べられる。
これは私が市販の皿を工夫してみたものだ。
我が家の皿では食べようとすると皿の縁に体がのしかかってしまい、口に届く前に食べ物が散乱してしまうことが多かった。
せめて手があるか、口がもう少し下に付いてでもいれば随分良かったのだろうけど、無いものは仕方がない。
都合のいい皿が見つかるまでは新聞紙を下に敷いて対応していたが、それでも水気のあるものなどは如何ともし難かった。
割れた小皿が5枚になったところでいいかげん閉口した私は、庭にビニールシートを張った。
紙皿を持って、しばらくのあいだはピクニック気分で食べていたが、
私が庭で見えない何者かと談笑している、と、変な噂がたちかけたので断念せざるを得なかった。
喋る生首饅頭には気づかなかったようだが、近所の目とは壁に障子に、どこにあるのかわからない。
所用でデパートに出かけたとき、ベビー用のプレートが目に留まった。
あれなら割れないし加工もしやすい。高く盛ればゆっくりでも食べやすい。
板をあてて、れいむが上に乗ればひっくり返りもしない。
我ながら天啓だった。
その場で皿を買って、ホームセンターで薄い板と繋ぎあわせた。
従業員に、なにに使うんですか?と聞かれたが、前方後円墳的なシルエットのそれに、
一頭身生物の使う食器以外の用途を私は見出せなかったから、ごにょごにょと愛想笑いで誤魔化さなければならなかった。
れいむ用のプレートが完成してからは食べ物を撒き散らすことも無くなり、おなじ食卓で夕餉につける。
相変わらず食べ方は汚いし食い意地は張っているけれど、愛嬌だ。

「むーしゃ♪むーしゃ♪」

この上なく幸せそうに、一心不乱に食べ物を口の中に押し込んでいく。
あの食べ物は体のどこへ入っていくのだろう。
ゆっくりれいむは糞をしない。
ときどき寝ているときに涎はたらすけれど、排泄をしたことがない。
いつかどこかで読んだ、ゆっくりを題材にした漫画の中で、ゆっくりは賞味期限切れの餡子を体の外に出していた。
それを本来の人間である霊夢が売りさばくというオチの漫画だった。
頭の片隅にそのことが残っていた私は、れいむにトイレの場所を教えたが、トイレは必要ないということを告げられた。
体の中に入れてばかりで出さない生き物はいない、という、ある種常識のようなものが私に彼女の生態をより不思議に見せていた。
自分の常識では計り知れないものなのだと気付くたび、彼女がどこからやってきたのかを考えてしまう。
彼女の出自はやはりあの幻想郷なのだろうか。
それともどこかのホラー映画みたいに呪いとか祈りとか、人の思うなにかが固まってできたものなのだろうか。
きっと彼女の中では幻想郷なのだろう。
話に断片的に出てきた人里の話。森での生活。時偶出会う人間との交流。
れいむは小さな子供のように純真で、嘘を言っているとはとても思えなかった。
ただ、彼女の現実と私の現実が一緒であるとは限らないのだ。
彼女は気付けばそこにいて、結局あのファイルは二度と見つけることが出来なかったのだから。
調べようがないのだからわかるわけもない。私は溜息をついてテレビのリモコンを手にした。
テーブルの上でテレビテレビとねだられていたから、電源をつけてやる。
 ――ああ、すっかりテレビっ子になってしまって、れいむや。
ちょうど歌番組があっているようだった。

「ゆーん♪ゆーん♪」

流れてくる歌にあわせて右へ左へ飛び跳ねたり、転がったり。手足があったら本当に踊りだしそうだ。
ときたま皮が体の勢いについてこれずに伸びるのが、不恰好でユニークだった。
末はダンスホールでサタデーナイトフィーバーだろうか。
ゆっゆっ、と掛け声を上げながられいむは踊り続けている。
私は食器を洗っていた。
いたって平和だった。


思い返せば、れいむとの暮らしが現在の光景を生み出すには、少しばかり苦労が必要だった。
人語を解することは出来ても、ゆっくりと人間では基盤となるものが違う。
食事の作法から衛生観念まで、寄って立つものの違いは軋轢を生み、理解しあうことを拒んだ。
きつく注意すれば癇癪を起こし、ストレスを抑えきれないのか壁に体当たりし続ける日もあった。
れいむの心のひずみは私にも伝播して、家の中は重苦しい空気が立ち込めた。
喧嘩のたびに

「もうでてって!ここはいまかられいむのおうちにするよ!!!」

と私の家を自分の領地にせんと喚きたてた。
正直に言えば、思わず腕を振り上げそうになることもあった。
この分からず屋、と何度思ったことかわからない。
だが力に訴えたところで何になると言うのか。
躾のために叩くことは必要かもしれない。
しかし、その段階の何層も前で私たちの関係は進退していたのだ。
 ――ねえゆっくり、話し合おう。
 おねえさんがなんで君を放り出したのか、それはわからない。 
 でも、君がここで生きていかないといけない。
 そのためには、人間のルールを覚えなくっちゃならない。
 ここには人間しかいないんだから…。

私はゆっくりにもわかるように、できるだけ丁寧に対話を繰り返した。
噛んで含めるように、滑り込ませるように、彼女が納得するまで話し続けた。
そうすることでしか溝は埋められないと信じて。
常識を知らないのは当然だ。
彼女は異邦人なのだから。

"ゆっくりしていってね"との融和会議は遅々として先へ進まず、二人とも擦り切れていた。
口数も減り、やもめの身丈にあわない屋室の広さが、最低限の接触のみ行う消極的な決断をとらせ続けた。
家の冷え込みは止まらなかった。
ある日、庭の雑草を抜いているとれいむが窓際へよってきた。

「おにいさん!!!」

 ――ん。どうしたんだい。
 また苛々してテーブルでもずらしたのかい、ゆっくり。

「ゆっ!それはもういいよもうしないよ!!!」

 ――どうだろうね。

「なにをしているの?」

 ――草むしりだよ。

「くさむしり?」

 ――うん、草むしり。
 こうやっていらない草を抜かないと、虫が沸いてしまうんだ。
 虫が沸くと刺されて痛いし、それに…上の人が怒るしね。
私は人差し指をマンションの二階部分のベランダへ向けると、つられてれいむも天井を見つめた。
天井の向こうに、他の世界があるということが理解しきれないのか、ぼうっと眺めている。
 ――うん、ここにはいろんな人が住んでいる。
 だから君は静かにしなきゃいけなかったんだ。
れいむはふぅん、と声を漏らした。
どういう考えがあったのかはわからない。
なにか合点がいったような表情をしていたから、そのまま続けた。
 ――こういう、人が集まって暮らす場所は静かにしないといけない決まりがあってね。
 じゃないと喧嘩になっちゃうからね。

「いじめられるの?」

 ――そうだね、あんまり騒ぐと、仲間はずれにされちゃうかもしれない。
 もう仲間に入れてもらえないんだ。
 そうなったら二人ともいくところがないね。

 「あたらしいゆっくりぷれいすをさがしていってね!!!」

私はマンションの上階から誰かが出ていないか確認して、れいむを持ち上げた。
フェンスと生垣のすきまから一緒になって外を覗いた。
庭は高台にあるから、なかなかに見晴らしがいい。
遠くを見やると銀色の電車が小さな音を出して通り過ぎていった。
人はまばらより少なく、映画館の座席のように並んだ家々は人ならぬ魔性を隠しているようで、すこしだけ不気味だった。
れいむは街をじっと見ていた。
なにを思うのか、彼女の思考は私の及び知らぬところにある。
生暖かい風が吹いて少し髪が揺れる。ゆっくりの髪はあまり揺れなかった。
 ――いろんな家があるだろう。
 見える家全部に人が住んでいるんだ。
 ここを追い出されたら、ゆっくりプレイスはどこにもない。
 もしどこかに開いた家を見つけても、そこでゆっくりできるかわからないのが人間の世界なんだ。
 この家をゆっくりプレイスにするしかないんだよ。
私がそう言って庭に降ろすと

「ゆ、ゆっくりりかいしたよ!!」
れいむは気味が悪そうに身震いした。
 ――もう少し違うところに飛ばされればよかったんだろうけど、ごめんな。
 おにいさんは見てのとおりあんまり力がない。
 もっといいところ、というか、せめて幻想郷の中だけで移動させられてたなら、
 ゆっくりももうちょっとゆっくり出来たんだろうけどね――

「げんそうきょう?」

 ――多分、君が元々すんでたところだよ。うん、多分。

「れいむのもりはげんそうきょう?」

 ――それはきっと森だよ。あと森は君だけのものじゃない。
 幻想郷は森よりずっと広いんだ。
 森をすっぽり囲んで、君が見てた空や里も、ほかのゆっくり達も、幻想郷の中にあるんだよ。
れいむはゆっくりにしては(といっても他のゆっくりなど見た事もないのだが)神妙な顔をして、私の話を聞いていた。
 ――ねえ、ゆっくり。帰りたいかい?
彼女が私を見た。
私は、彼女が帰りたいと答えると思っていた。
自らを育んだ空気や環境は、自身の要素となって、懐かしい感情としていつまでも失われない。
人間ではないが人間的に記憶する彼女なら、その心理は変わらないのではないかと。
そう踏んでいたのだが、れいむはむすっとして私を睨み、

「れいむはゆっくりじゃないよ!!!」

と言い出した。
 ――だって君は"ゆっくりしていってね"じゃないか

「ゆっ!れいむはれいむだよ!!ゆっくりていせいしていってね!!!
 もりのよんばんめのあなのれいむだよ!!!」

森の穴の四番目の穴のれいむ。
言われて見れば"ゆっくりしていってね"という呼称は彼女達全体をあらわすものであって個別の名前ではない。
このときまで私はれいむをゆっくりと呼んでいたが、
これは私の立場で言えば、名前でなく「おい日本人」と呼ばれているのに等しいのではないか。
個体名ではなく全体名で呼ぶのは失礼なことなのではないかと、そのときながらに呼び名をれいむに改めた。
 ――じゃあ、れいむ。
 森の穴の四番目というのは、れいむが住んでいたところ?

「そうだよ!おにいさんがれいむだけじゃわかりづらいから、すんでるばしょもいってくれないとこまるって!!!」

 ――お兄さん?ああ、そうか、里の人か…。
誰かが書いた小説には、ある一定の年齢の男はすべてお兄さんと呼ばれている、と書かれていた。
女性ならおねえさん、たまにおじいさん、おばあさんとも言う。
ゆっくり同士の場合でも家族の役割ごとに人間と同じような呼び方をするし、まだ発育していない個体には赤ちゃんと声をかける。
人間と接触した事がない個体も多いだろう、全体どこから輸入してきたのか。
いつか聞いてみようと思った。

 ――じゃあ他にもたくさんれいむがいたの?

「いたけどみんないうこときいてくれなかったよ!もりのおくにいっちゃったの!
 まりさたちが『あのさとはぜんぶまりさたちのゆっくりぷれいすだぜ』っておにいさんのところにいったけど、
 かえってこないの!!!」

 ――森の奥にいってしまったのかい。
侵略戦争に打って出たまりさ達はおそらく帰らぬものになったのだろうと、あまり掘り下げないでおいた。
れいむは喉に小骨が引っ掛かったようにしている。

「みんなドスまりさをさがすんだって!!!
 だからじゃまなれいむやぱちゅりーはゆっくりおいていくね!っていわれたよ」

 ――ドスまりさって、あの、大きい奴?

「おにいさんドスまりさしってるの?」

 ――質問を質問で返すのはよくないことだよれいむ。
 ドスまりさについては大きくてジャンプする事ぐらいしかしらないね。
 どこにいるんだろう、れいむ達は見つけることが出来たのかね。

「みつかりっこないよ!!
 ぱちゅりーまでおいてっちゃったんだよ!!
 あんなやつらゆっくりできないよ!!!」

れいむは顔を真っ赤にして膨れている。
話さないほうがよかったのはこちらの話題だったのかもしれない。
私の覚えている限り、wikiに載せられた設定と短編ではドスまりさは森の深部や洞窟に棲み、
神性を帯びて、不可思議な力を以って他のゆっくり達の拠点となり柱となるものといった位置づけだった。
れいむ一人の伝聞からではドスまりさがどこまで彼女の幻想郷に反映されているかわからない。
いるかどうか、誰も見たことがないのでは…。
ドスまりさの話も気になるが、ぱちゅりーとはなんだろう。
"ゆっくりしていってね"の口から出るということは、おそらくそのぱちゅりーも"ゆっくりしていってね"だ。
"東方Project"にもパチュリー・ノウレッジという魔法使いが登場するが、
"ゆっくりしていってね"がどういう存在であれ、立場は数いる野良と変わらない。
原作で名をもって扱われるキャラクターと深い関連を持つとは思えなかった。
わからないなら聞けばいい、そう思ったが、私の知りたがりから、いらぬ蓋を開けてしまうのではないか。
ゆっくりとはいえ思い出したくないこともあろう。
ずっとこの家においておきながら、私がれいむのことをよく知らないのは、この臆病ともとれる勘ぐりの多さからであった。
なにから話し出せばいいのか口は開かないままだった。
私がれいむを見ると、れいむは意を決したように、しかし声を潜めて言った。

「おにいさん!このくさをぬけばいいの?」

 ――え?

「『くさむしり』のおてつだいするよ!てつだうからゆっくりがんばってね!!!」

れいむが私を手伝うと言ったのか。
それも自分から。
こちらから手伝ってくれと頼んだことはあったけれど、自発的に手伝うと言ったのは初めてだった。
れいむは悪戯が見つかったように、はにかんでいた。
どういった心境の変化があったのか知る由もない。
私たちの社会に溶け込む姿勢を見せだしたのはそれからだった。


れいむが私に対して開放的になってからは幾分やりやすくなり、金襴の友、とまではいかないが、共に楽しく暮らしている自信はある。
文字は読めないがテレビにチャンネルがあるということも覚えたし、ハンディモップを加えて掃除ができるようになった。
たまにモップを汚したまま和室に持ち込んで私から目玉を貰うわけだが。
れいむを見ると、先程と変わらず番組の歌にあわせて下手くそな歌を歌っていた。

退屈はいかな動物も腐らせるのだから、なにも出来ないよりずっといい。
おねえさん、貴方の意図はわかりませんが感謝します。




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最終更新:2008年08月31日 05:04