※初投稿です
※ぶっちゃけ「しゃくや」で思いついたネタをやりたかっただけです
往々にして、世界という言葉に先行するのは、ひどくあいまいで茫漠としたイメージです。
薄紅色にお化粧をしたお山のむこうには。地平線をこえて広がっていく青空の下には。いったいどんな世界が待ちかまえているのでしょうか。
お歌やお話は、モヤモヤでグニャグニャとしたボクたちの想像に確かな形を与えてはくれます。
しかし、結局のところ、そういったアタマの中の世界は、アタマの中にもともとあったモノだけで成り立った、いわば自分の世界のやき直しです。
その小さな世界に、豊かで充実したひろがりを与えることを、ボクたちは「生きる」と呼んだりしているのかもしれません。
れみりゃが生まれたのは、桜の香気が芳しい春の夜でした。まんまるなお月さまが顔をのぞかせる明るい静かな夜でした。
アタマと羽しかない、五百グラムに満たない小さな命は、小さな世界をもって生まれてきました。
「ぷりん」と「しゃくや」と「れみ☆りゃ☆うー!」
たった三つのせまい世界でした。
ゆっくりと、どこまでも広がっていく可能性に満ちあふれた世界です。
その世界に「ぱぁぱ」と「まぁま」がくわわることは、ついにありませんでした。
でも、れみりゃは、さみしくありません。ばあちゃんがいたからです。
だから、しあわせでした。まいにちがえぶりでい(?)です。
その幸福な日々は、れみりゃにたくさんのおくり物をくれます。
しかし、彼女のちいさな体で、そのすべてを留めることはできません。
「ゆっくり」と「にんげん」。種族が違えば、育ち方や感じ方も違います。
ゆっくり、ゆっくりと広がっていくれみりゃの世界は、すぐにいっぱいになってしまうのです。
ただ、それは、決して悲しいことではないのかもしれません。
変わりばえのない毎日。くり返される日常。あたりまえの光景。
そんなものには目もくれず、地平線を目指して、あしばやに去っていくボクらでは、きっと気づくことなどできないのでしょう。
なんども立ちどまり、ときに引き返し、ゆっくりと進んだ者だけが、足もとに咲いた可愛らしいなスミレの花に気づくことができるのです。
だから、このお話に、ワクワクやドキドキなんかは、一つもありません。
路端に咲いたスミレのような、どこにでもある、なにげないものの一つなのですから。
桜が散り、青々とした新芽の萌える季節。吹き抜ける風が心地よい五月の昼下がり。
れみりゃは、ばあちゃんと一緒にお買い物に出かけました。なんのことはない、お夕飯の買い物です。
出かける前に、背中の羽をお手々のようにつかって、身だしなみを整えます。空色の髪に櫛を通し、薄紅色のお帽子をかぶり直したら、姿見の前で一回転。
バッチリキマった鏡の中のカリスマさんに満足したなら、たのしいたのしいお買い物に出発です。
まっすぐ進んで、ポストを右に、赤はとまって、青ですすめ。
ばあちゃんはテクテク、れみりゃはパタパタ。
ほどなくして、スーパーに着きました。自動ドアを二人一緒に、せーの、でくぐって入店です。
ばあちゃんがカートに買い物カゴを乗せると、クルクルと飛び回っていたれみりゃは、嬉しそうにカゴの中に入りました。
「うっうー☆」と楽しげに笑うと、ばあちゃんも「うふふ」と上品に笑いました。
「しゅっぱつ、しんこ、う~☆」
元気よく言い放つとカートが動きだします。
四つの車輪がカラカラと小気味良く回り、野菜売り場からお肉売り場へと順番に進んでいきました。
たまねぎ、にんじん、パプリカ、トマト、キャベツに、じゃがいも、ミンチに、生ハム。
ばあちゃんが次々とカゴに入れていくと、れみりゃの場所がどんどんせまくなっていきます。
誰だってきゅうくつなのは嫌なものです。れみりゃだって、きゅうくつは嫌いです。品物のお山をよじ登りました。
空を飛べることも忘れて、ヨジヨジ、ヨジヨジ。
れみりゃの険しい登山がおわるころ、カートは、乳製品売り場にさしかかっていました。
お山のてっぺんで喜びにうちふるえ「うっうー☆」とやっていたそのときです。カゴの端からアタマをのぞかせたれみりゃは、目ざとく大好物を発見しました。
糸のように細めた目をカッと見開き、見据えたちんれつ棚のいっかくに羽を向けて、ビシッと指しました。
「ぷりん!!」
ドヤ顔です。どうだ、と言わんばかりの誇らしげな顔でした。
ばあちゃんは、あらあら、と微笑みながら、れみりゃの指した方にうでを伸ばしました。
「れみちゃん、これは、プリンじゃないわ。ヨーグルトよ」
手しにしたヨーグルトをカゴの中にポイッと入れて言いました。
「よーぐぅとー? ぷりん、ちがうー。そーなのかー」
目の前に置かれたプラスチックの容器を羽でパシパシしながら、れみりゃが言います。
どことなく、宵闇妖怪さんのような口ぶりです。
不思議そうに目をまんまるにするれみりゃをしり目に、ばあちゃんは、ちんれつされたヨーグルトの三つ横、一つ下の商品に手を伸ばして言いました。
「プリンは、こっち」
「ううっ!! ぷりん!! ぷりん、う~☆」
透明な容器になみなみと注がれた黄色いプルプルは、まがうことなきプリンでした。
大本命の登場にハフーッハフーッと息を荒げるれみりゃでしたが、しかし、意外にもばあちゃん、これをスルー。
プリンを棚に戻します。
キラキラと輝いていたれみりゃのお目々から光が失われました。熟れたりんごのように真っ赤な瞳は、今や滴り落ちる血潮の色です。
羽のパタパタも止まり、お口も開いたままふさがりません。
まるで、お通夜でした。
イタズラが効きすぎてしまったようです。
少女のようにテヘ☆ペロをしてから、ばあちゃんは、牛乳を手にとって言いました。
「お家に卵とバニラオイルがあるのよ。プリンは、手作りがいっとう美味しいわ」
「あうっ!? はうす☆めいど……。そういうのもあるのか!!」
ふっくらとしたれみりゃの顔に笑顔がもどりました。
新しくカゴに加わった牛乳の紙パックに飛び乗ると、コウモリのような羽を左右に広げて、うっううー☆
カナリアのように愛らしい声で、一鳴きしました。
とても元気のいい声です。
周りのお客さんがびっくりして振り向きます。
あらあら、まあまあと、ばあちゃんは、すこし困った顔で笑いました。
さて、無事にお買い物も終わりました。
もと来た道をたどって、お家へ帰ります。
テクテク。パタパタ。
ポストがある十字路へ戻って来ました。ここを左に曲がれば、お家まで一直線なのですが、二人は足と羽を止めました。
来たときは、気がつきませんでしたが、十字路のいっかくに新しいお店ができていたようです。
スーパーへ向かう道の反対側、ばあちゃんのお家がある方面。なるほど、行きしには、見つけづらいはずです。
店頭には、色とりどりの季節の花がならんでいます。お花屋さんでしょうか。
屋根の上に掲げられた看板には、カラフルなパステルカラーで、こう書かれていました。
――わくわく ゆうかりんランド――
とても楽しそうで、愛らしい名前です。
それなのに、なぜでしょう。その軽快で耳に心地よい響きの中に、生理的な恐怖を呼び起こす悍ましい音色が混じっているように感じられました。
お店の名前がポップ体のような丸みを帯びた可愛い字体などではなく、流麗で達筆な行書体で書かれているからでしょうか。
字が読めるばあちゃんの頬がひきつりました。字の読めないれみりゃは、いつもの笑顔をよりいっそうほころばせました。
「ばあちゃん!! おはな、おはな!!」
「え、あ、そうね。せっかくだから、見ていきましょうか」
見なかったことにして立ち去ろうと思っていたばあちゃんでしたが、嬉しそうにしているれみりゃの期待を裏切るのも可哀想だと思い、覚悟を決めました。
ビューンとゆっくりらしからぬ瞬速で、一直線に飛んでいくれみりゃの後を追って、お店の中に入ります。
そこは、なんのこともない普通の花屋さんでした。
らっしゃぁせぇ、と気だるそうな声がかかります。店員さんは、ニコリともしない眠そうな若者でした。いわゆる最近の若者です。
しかし、お店の品揃えは、なかなかのものでした。晩春から初夏に咲く季節の花がところせましと並んでいました。手入れもしっかりしているようです。
数瞬、むせ返る花の香りをうっとりと楽しんだばあちゃんは、れみりゃを探しました。
とは言っても、たいして広くもないお店の中ですから、首を巡らせればすぐに見つかりました。
れみりゃは、近くのテーブルに乗って、白い大輪の花をじっと見つめていました。
ふいに、その花を羽で指して言います。
「しゃくや!!」
八分咲きの華やぎの中に、凛とした力強さを感じさせる花でした。そのたたずまいに、一度も会ったことのない瀟洒な従者のイメージを重ね合させたのでしょう。
「あら、おしいわね。そのお花は『しゃくやく』よ」
ばあちゃんが声をかけると、瞳を輝かせて陶然としていたれみりゃは、反すうするように聞き返しました。
「しゃくや……く? しゃくや、く!! しゃくやくぅ、しゃくやくう~☆」
立てば芍薬。風情のある女性の姿をたとえるときに、もっぱら耳にする花の名前ですね。
すっかり、その響きが気に入ったれみりゃは、悪魔のような羽をパタパタとしきりに羽ばたかせながら、天使の笑顔で花の名前をくり返します。
ばあちゃんは、くすりと小さく笑うと、芍薬を何本か手にとって店員さんに言いました。
「これ、いただくわ。おいくらかしら」
「お代は、けっこうっす……。自分の育てた花で、そんなに喜んでもらえて……。なんか嬉しかったんで、プレゼントするっす」
ニコリともしない店員さんは、耳の端を赤く染め、恥ずかしそうにそっぽを向いて言いました。最近の若者も、これはなかなか。捨てたものではありません。
あらあら、と笑みを深いものにしながら、ばあちゃんは、れみりゃの背中をポンと叩きました。
「ほら、れみちゃん。やさしいお兄さんにお礼しないと」
そう言われて、ハッとしたれみりゃは、しばしアタマを抱えて、ウーンウーンとうなります。
お礼の言葉を思い出しているのです。
ゆっくりしていってね!!! これは歓迎の挨拶。違います。
ゆっくりしね!!! 可愛い妹の歪みない愛情表現です。違います。
あっりゃとうやした! おしいけれど、論外です。
「うーっとね、うーっとね……。さんきゅ、うー!!!」
口をついた言葉は、なぜか英語でした。
「ユア、ウェルカム」
負けじと、店員さんも英語で答えます。
「Good for you !」
「え!?」
ならばと、ばあちゃんも英語でれみりゃに語りかけました。流暢な発音に、驚いた店員さんがすっとんきょうな声を上げます。
それがどうにもおかしくて、三人は大笑いしました。
それからしばらくして、二人は、花屋さんをあとにしました。
すっかり長居してしまったようで、西側にある山の稜線は、すっかり朱に染まり、東の空には、チラホラと星がまたたいています。
急いでお家に帰りましょう。
テクテク。パタパタ。
テクテク。ぱたぱた。
テクテク。…………。
羽音がやみました。はしゃぎまわって、すっかりお眠のれみりゃは、ばあちゃんの頭の上で、ウツラウツラと夢見心地です。
ばあちゃんは、その寝顔を見ることができませんが、れみりゃがどんな顔をしているのかなんて、誰にだってわかることでしょう。
満面の笑顔で見るのは、夢の世界です。小さなアタマの中の、内側に閉じたとても小さな世界です。それは悲しいことでしょうか。
芍薬にオールドローズ、水仙にチューリップ、タンポポにスミレ……。そこは、季節も大きさも蕾も満開も、なんもかんも関係なしに花が咲き乱れる花園です。
プリンにヨーグルト、ゼリーにアップルパイ、クッキーにビスケット……。美味しいものならなんだってあります。
その楽園で、仲良しなみんなとお花見をします。
大好きなばあちゃんがいます。引きこもりがちで乱暴な妹がいます。いつか出会うでしょう瀟洒なメイドもいます。少し離れた桜の根元では、花屋のお兄さんがムッツリとした顔で手をふっています。
決してひとりでに広がることのない世界ですが、痛みも悲しみもありません。
風が吹き抜けることのない、花の香りが満ちる世界は、毎日ほんのすこしだけ広がっていく幸せな世界です。
「きっと明日は、もっといい日になるわね」
れみりゃの幸せな世界を知ってか知らずか、ポツリとばあちゃんがつぶやきました。
そのつぶやきは、左手に携えた芍薬の香りと一緒に、五月の涼風に乗って消えていきます。
とっぷちと暮れた宵闇の中、れみりゃの穏やかな寝息だけが、くかーくかーと響きました。
あとがき
「借家ぁー、借家ぁー」「いいえ、あれは、今まさに燃え尽きんとする我々の資産の一部です」
おかしいな。はじめは、こんな話になる予定だったのに……。
- 心が穏やかになります。(//・ω・//) -- 名無し (2014-01-08 02:26:13)
- カワイイ! -- 名無しさん (2014-04-05 13:37:10)
最終更新:2014年04月05日 13:37