※独自解釈です
※9割近くの妄想です
※一部オリキャラです
「おわったー?」
ゆっくり霊夢はソファの上で、まるで手の様に、紅い布でまとめたもみあげを上げ、
交差して目をふさいでいる。
わざとらしい…… と思いながら、レミリア・スカーレットは事切れた人間の首筋から
犬歯を抜き、殊更丁寧に口を拭った。
床には一滴も何も漏らしていない。我ながら器用に飲めるものだと思う。
一応口に出して、メエド長を呼ぼうとしながら干からびた死体をまずは一折したが―――
――本人は既に室内で気づかぬ内に待機していて、死体を受け取るとてきぱきと畳みながら
その場を後にした。元々人体なのだから、あんな段ボールの様に都合よく折れるはずがないと
思わせる手際の良さで……
実に阿吽の呼吸という奴だが、呼ばれる前から部屋の中にいるのもどうかと思う。
「さすがにちょっとかわいそうだね」
「ふん、言ってなさい」
かつてかのワラキア公ヴラド3世は、ツェペシュ公(串刺し公)と呼ばれ恐れられた。
有名な話では、オスマン帝国の使者を生きたまま串刺しにし、戦時中は場内に敵兵の串刺しで
林を作り、相手の戦意を喪失させたという。
その他にも、農民の罪人のみならず、貴族達も無礼があれば容赦なく串刺しにしたそうな。
とはいえ、それは積極的に治安維持に努めようとした結果と捉えている当時の資料も
ある様で・・・・・・
「昔から、そんな目に遭わせてやっているのは身の程知らずな馬鹿が中心だ。当然の罪に対しての
罰なのだよ」
「………そんなことでもってかえさなきゃいけない、罪なんてあるの?」
服を払って、仕事机に座り直し、少し冷めた紅茶を啜り、しばらく考えて言った。
「いや、あるんだ」
さて、と万年筆を手に取ると、ややあって蝙蝠が6匹ほどやってきて、床に着地すると、見る間に
礼服を着こんだ少年少女達の姿に変わり、いそいそと主の手伝いに入る。
レミリア・スカーレット君、中断していた午後の仕事の再開である。
うず高く詰まれた書類が、待ち構える塔の様に机の両脇に積み上がっており、右手と右目で右脇の
やや込み入った書類を処理しつつ、左手と左目で最低限の確認を行ってから機械的に猛烈なスピード
で片付けていく。
かつての八雲藍もかくや、というべき勢いに任せた仕事量だ。
人間は勿論、大抵の妖怪もまず太刀打ちできない。
6人の吸血鬼たちは、その処理された仕事の最低限の確認を行い、追加の書類を運び、時折問題が
起こった時に対処するためにいるが、正直6人では足りていないと思われている。
眷属も増えたのだし、そろそろ他の吸血鬼かもしくは妖怪でも雇ってはどうかとメエド長に言われ
ているが、レミリア君は今の6人体制でも嫌だと思っていた。
出来る事なら一人で全てを処理したかった。
そのまま脇目もふらずに仕事を通け、そろそろ眷属達の方が音をあげそうになった頃。
時計が15時を打つと、やや躊躇い気味にレミリアは腰をあげた。
「お茶の時間か」
その後は、一階にしつらえた小規模な室内運動場で軽い柔軟体操を30分
他の吸血鬼達は安堵の声をあげて、蝙蝠に姿を変えると、さも息苦しそうに部屋を後にしていった、
「さっきのはどうしたのー?」
「さっき吸った奴の事か?あれも仕事のひとつだと言ってるだろう」
「たべてただけじゃん」
「その前のプロセスをお前は知らないだけだ。別段味としても紅茶に劣ってるものを滋養として
飲んでいるし、 あいつらへの制裁も含まれているんだから仕事以外の何物でもない」
久々に不逞を働いた人間は、一応取り押さえて拉致する現場まで、深夜に行って立ち会った。
人里にとっても久々の事だ。しばらくは皆怖がり続けるだろう。
元々小心者だったようで、血を吸う時も随分怯えきっていたが、容赦はしなかった。
「食べるのがしごとって、なんだかひょうろんかさんみたいないいみぶんだね!」
「”良い身分”だって?冗談じゃない。大体お前、さっきはこれみよがしに目隠ししてたじゃないか」
館の主とはもう根本的にライフスタイルというか生き物の基盤が180度違うんだ、とでも
いうように、ソファの上でゆっくり霊夢はゆっくりしている。
遊ぶんなら、他の連中と遊べよ――――と部屋の隅を指さす。
シンプルさを追求したはずの仕事部屋の、約5分の1程度を使って、ゆっくり達の遊技場が
しつらえられている。
一体一体はソフトボール大のゆっくり達だが、そいつらが大体50程常にここで遊んでいる。
一見すると完全に人間の保育園である。
改めて見渡すと連中の内の3分の2ほどが、元々頭部しかないはずなのに、体を生やし非常に
きっちりとした真っ直ぐな良い姿勢で眠りについている。
ゆっくりによっては、そのままクッション等柔らかいものの上でその丸っこい全体を預け、
あどけない顔で眠りについていれば、愛らしいと素直にレミリアは感じられるのだが、どいつも
こいつも寝る時にだけ変にかしこまっているのだ。
起きている連中は――――――新顔ばかりだった。
仲が良くない訳では無いだろうが、今いちゆっくり霊夢も遊んでいて心から楽しめないのだろうか。
ドッカ とソファに腰を下ろすと、反動で大袈裟に30センチほどゆっくり霊夢は跳ね上がって、
レミリアの真横に着地した。
「きゃいん」
「可愛い子ぶった声あげるな」
「お待たせいたしましたー」
同時にメエド長が入ってきた。
コーヒーと山盛りの菓子を皿に盛って。
軽く片手で礼を示して、コーヒーを皿から受け取ると、メにっこり笑って言う。
「カフェインって摂取すると、直後は頭がすっきりするんですが、長期的には逆効果なんですよ?
ADDなんかを抱えている子供には特に控えるべきとか」
「・・・・・そうかい。解って何でそんな話を飲む直前にするんだ」
「解ってたって飲むのでしょう」
「もう味が好きなだから飲むだけさ」
「砂糖は4つでよろしいですね?」
「最近控えているから3つで」
ズルズルと啜り始めると、にわかに外が騒がしい事に気がついた。
当然と言えば当然だが、この部屋には窓が無い。
イライラしながら、レミリアはカップを片手に、ゆっくり達の遊び場まで足を運んだ。
そして、敬礼するように背筋を伸ばして眠るゆっくり美鈴を乱暴に片手で鷲掴むと、ブニョブニョと
両頬をつまんだ。
いかにも大儀そうに眼を開けたゆっくりは、早くも首だけになっている。そして、その口から、
非常に抑揚の無い、機械的だが何故か無機質と思えない―――馬鹿にしているのかと思う程――――
呑気な声が発せられる
『ゆっくりしていってね!!! いかがなされマシタおじょうさま』
「如何なされたも何もあるか!どこの馬鹿どもが来ているんだ!」
ゆっくり達にかの地霊異変の時に八雲紫やアリス・マーガトロイド達が使った通信機能がある事を、
守矢神社の現人神が発見したのは、かれこれ300年前と、割と近年の事であった。
特にかかるコストは無いのだが、制限が数点。
「本人」――――そのゆっくりの元となっている人妖のみからしか、声を届ける事が出来ない事
つまり、遠くで会話するには、自身のゆっくりをお互いに交換する必要がある。
また、非常に棒読みと言うか、緊張感に欠ける平坦な子供の声が発せられる事
これにはブン屋が一番に痺れを切らし、古明地さとりのゆっくりを木の幹に叩きつけ、そのまま
180度跳ね返ってきたゆっくりが顔面に直撃して一瞬昏倒したという逸話が残っている。
そして、通信の際には、必ず「ゆっくりしていってね!!!」と叫ぶこと
こうしている間にも、門の前で美鈴は、あの間抜け極まりないレミリア本人のゆっくりを携えて
会話している訳で、こうした怒鳴り声も全てあの緊迫感皆無な柔らかい音声に切り替わっているのだ。
『どこの――――といいますか、観光客デスヨ』
「何!?」
昨日、そう遠くない人里から1人を制裁のために連れ去った――――というか、先程血を吸って
始末したばかりなのだが
確かに、去年も幻想郷観光名所の5位には入った紅魔館入り口前だし、年中特に観光の制限など
設けていないが、これこそ平和ボケというやつか。いや、恐怖ボケか?相当遠方の観光客だろう。
正直、レミリアは横腹が痛くなる思いだった。
「何だ?こんな時でも来るのかあいつらは!?」
『はい、ずいぶんまえから、よやくしてたそうデシテ』
「ふむ、この前スタンプも切らしてたが、今回は大丈夫だろうな?」
大規模なスタンプラリーの、よくは把握していないが、7番目辺りに位置しているらしい。
お土産やグッズの充填については一応毎朝レミリアもチェックはしている。
「それに―――――寒気団の方はまだ来ていないだろうね?この時期湖がいきなり凍ってから
客どもを避難させてたんじゃ 遅いんだぞ?」
『わかってマスヨ。さすがにそれはむこうもかくにんずみデス』
外からでも歓声が聞こえるのに、ゆっくりからも微かに聞こえる2重音声。
イライラが一層増したレミリアは、更にゆっくりの頬をつまむ力を強めてしまった。当のゆっくり
美鈴は潰れ顔のままあきれ返った表情を遠慮なしにしている。
どうも、ゆっくりレミリア―――本人以外の幻想郷の全住民が、ゆっくりの中で一二を争う
愛らしさだとか理解不能な事をまくしたて「肉まん当主」という不名誉な愛称?までつけている――
―を美鈴が持ち出した事と、レミリアと会話している事に興奮しているらしい。
更に、幽かだがガイドの声も聞き取れた
―――はい、これ以上先には進めませんが、中々興味深い光景でしたね!
少し名残惜しいのは、この美鈴様と、あの大魔法使い・霧雨魔理沙の門前での決闘が
見られなかった事ですが――――
まあ、近年その習慣も少なくなって来たようですので、また次を期待して――――
レミリアは無言でゆっくり達のスペースに行くと、迷わずゆっくり魔理沙を引っ掴み、
ブニュブニュと頬を乱暴につまんだ。
『ゆっくりしていってね!!! ………なにようだよ?』
「おい魔理沙。 お前、今からちょっとこっちに来い。で、美鈴と戦え」
『―――またか。こちとらコウギでたてこんでんだわ』
「いいから来い。若い頃のツケだと思え」
『………お前が外に出れb………』
「それじゃあいい」
ゆっくり魔理沙を手放し、強制的に通話を終了させると、外の歓声が更に高まった。
まさか―――と思い、ゆっくりフランドールを握って通話を試みたが、反応せず。
大慌てでゆっくり美鈴に話しかけると、悲鳴にも似た声が伝わってきた。
「妹様!」という呼び声まで
「おい、フランが来てるのか!?」
『ゆっくりしていってね!!! エエ、でもだいせんきょうデスヨー!』
「馬鹿かっ!すぐ戻る様に言え!」
『モー ちょくせつそとにでていけばいいじゃないデスか』
「おい」
『…………デスヨネすみません』
怒鳴り声は、外からの轟音と観光客連中の声にかすれてしまった。
外ではさぞ傍観する側かすれば心躍る弾幕ごっこが繰り広げられているのだろう。
フランはやたら口上やらまさに無駄としか言いようのないサービス精神ばかりが達者になった。
こういう時には連中の好奇心をくすぐるような話をして盛り上げるので、美鈴までも良い気になって
いるに違いない。
「おい……さk」
と呼ぼうとしたが、多分察して外に向かっている頃だろう。
実際、これで大事に至ったり、観光客に怪我人が出たという事例も一度も無いのだし。
優秀すぎる。先程の美鈴の様に、こちらが口ごもる状況さえ作らない。本当に優秀だ。
一瞬だけ手持無沙汰になってしまったレミリアを、感情が全く読み取れない目つきでゆっくり霊夢
が眺めている。
気を取り直して時間を確認すると、休憩時間が残り少ないどころか、数分越えていた。
一瞬だけ軽い自己嫌悪に囚われかけたが、すぐさまに机に着つこうとすると、空気を読んで
ようやく他の吸血鬼達が舞い込んでくる。
それと同時に―――――狙い澄ましたかのように――――ゆっくり達むこうからがいっせいに
囀り始めるのだった。
『『『『『『ゆっくりしていってね!!!』』』』』』
本当にうんざりする光景なのだが、何とか自分を慣れさせる事に成功している。
分厚い手元のメモ帳を開き、予定等と確認しながら2.3秒で優先順位をつけ、レミリアは矢継ぎ早
に一つ一つ応対していった。
白玉楼の元庭師の亡霊・守矢神社の3柱・竹林の妖怪兎の長・旧都の鬼・人里の退治屋・寺の住職・
道場主―――と、対応の仕方には優劣貴賤をつけず、
むしろ進むにつれて歯に衣着せなくなっていきつつも、的確に主に相談に乗り、何かしらの指示を
出して言った。
一体のゆっくりだけは無視しておいた。
全くもって ゆっくりなど できない。
30~60分程このやりとりを続けている様に思えるが実際は10分そこらである。それでも長いが。
一日中、食事中だろうと入浴中だろうとゆっくりを通じて誰かが話しかけてくるが、この時間帯は
特に多い。
そう――――誰かしら、レミリアを頼って、連絡してくるのだ。
だから、今や紅魔館には、幻想郷で見られる大抵の種類のゆっくりが常在している。
今や幻想郷も、ちょっと説明するには時間がかかり過ぎるほど変容した。
紆余曲折あったが、新しい秩序は確かにできている。
だから、寂しさなど感じるはずもないのだった。
「しかし、おぜうさまはやさしくなったよね!!!」
一番言われたくなかった事を、毎日寝る前にゆっくり霊夢に言われる。
パチュリーも小悪魔も美鈴もフランも、一度だけこれを言った事があった。
咲夜は一度も言った事が無いが、空気を読んでいると言うより、一番最初に美鈴が言った時の
レミリアの剣幕を覚えていたからだろう。誰かがそれを言ってしまうたびに、横で「腹の中では同意
しているんだ」 という表情を隠しはしない。
「毎回、どこを見て言ってるんだ」
「だって、みんなおぜうさまをたよってるよ」
「あれは私を怖がってるだけだろう」
ある程度怖さも度を過ぎたり種類が違ったりすると、逃げるとか逃避するとか以前に自分から
関わり続けてそれを薄めたいと思うものだ。
あの観光客達だって案外そんな心根なんじゃないだろうか。
「むしろそうしてもらわないとな」
「ゆっ」
「本気で私を慕っている訳がなかろう。いるとすればそいつは『自分だけは違う』と常に思考する
タイプだなもっとも唾棄すべき人種だ」
はっきり言って、昔と比べると―――幻想郷に移住する前程ではないが、人間の血を吸う事は
かなり多くなった。
いや、それが本来のあるべき姿なのだとは自分でも思うのだが、血液などより紅茶の方が美味しい
はずなのに、無理し過ぎな気さえする。
今の役職に上り詰めた、というより、巡り巡ってここに来てから、確かに色々な施策もした。
善行と言われる事もやっただろう。
だが、感謝と同じくらいに恨みを買う事もやったはずだ。
八雲藍が決して認めなかった賭け事や私刑でさえももごく一部では解禁してるし、吸血鬼の数も
多少増えた。
(勿論紳士的ではない輩は徹底的に制裁しているが)少なくとも混乱期を脱したものの、以前の
幻想郷程の平和を取り戻す邪魔にはなっていよう。
事実、容赦なく襲って喰らう時は喰らっている。
それから―――――
「ほらあれだよ! ジャパニーズYAKUZAや、じもとをたいせつにするマフィアのおやぶんさん
を、みなが あこがれてるってやつだよ!」
「本当の私なんて知ればそうとは言えないさ」
「おっ いやに ちゅうにてき なセリフ」
本当なら、ここからが吸血鬼の本分と言うかまともに活動する時間なのだが、疲れきった体を
ロッキンチェアーにもたれさせ、数少ない窓から外を眺めている。
ゆっくり霊夢は膝の上。
「実際、人間どもになんか殆ど会ってないぞ」
「早苗さんや魔理沙はけっこうあってるじゃん」
「あいつらはもう何か、違う存在だしな……大抵の事はお前らゆっくりを使えばやりとりできるし」
「いやでも いやでも」
珍しくゆっくり霊夢は何か言いかけてやめている。遠慮などとは程遠い生物なのに。
と――――咲夜が、一体のゆっくりを抱えてやって来た。
「……おいっ」
「いい加減出てあげましょうよ」
唐草模様のリボンで、黒髪をポニーテールにし、何だか鬱陶しげなもみあげのゆっくり
本名は忘れた。一応そのまま『カラクサ』と読んでいる。
ゆっくり自身は今にも泣きそうな顔だった。
思わず無言で見ていると、「ゆっくりしていってね!!!」と着信音が鳴る
頬をプニュプニュと押して出てやった。
『あ、おはようございます、レミリアおじょうサm』
プニュリっ
そのまま手を放すと、唐草ゆっくりは床へ落下
「ちょ」
「――――解ってるわよ……」
レミリアは自分から大泣きしている唐草ゆっくりを拾い、無造作に話しかけた
「………私だ」
『ひひひひひどいじゃないですか レミリアおじょうs』
「――――『このゆっくりは現在使われておりません』」
『たったいま、はなしてたじゃないですかー』
「お前なあ いい加減、お嬢様 はないだろ お嬢様 は」
『だってだって』
「少なくとも、様なんてつけるな」
退治が仕事の巫女なのに。
『だって、にちや幻想郷のためにずっとなんびゃくねんもがんばっておられるレミリアさまに
くらべれば、私みたいな じゃくはいものなんてたんなるムシケラいかのそんざいで』
「卑屈過ぎよ…… どこでそういう事覚えて来るのか知らんが、立場を弁えてるって訳じゃない
わよそれは」
『ひるまは、なんでむしするんですかあ』
ゆっくりのあの音声が更に苛立ちをたかまらせる。
レミリアは無言で雑巾でも扱うように、唐草ゆっくりを絞り上げた。勿論ゆっくり自身はこんな事
でダメージを負う訳では無い事は解っている。
『のおおおおおおおお』
「お前がそういう態度だからさ」
『ううっ でもいいんだ。これをきにさらなるにんげんせいのはってんを……』
「重いんだよお前は!」
本当に――――博麗の巫女がこんな事でよいものか?
「で、結局何なんだ」
正直眠りたい。
吸血鬼にとっては昼夜逆転生活もよいところである。
巫女は要領よく相談事や報告をまくし立ててくれたが、そのどれもが大してレミリアには直接関係
の無い事務関係の話だったし相談事も巫女が吸血鬼にするとは思えない――――反駁したくも
無かったが、とにかく不謹慎な内容だった。
「もう、お前がここに来いよ……」
『そんな、おそれおおい………』
「一度美鈴も咲夜も破って私の部屋まで来てみろ」
『―――でも……それだったらむしろ』
「…………」
レミリアは無言でゆっくりから手を放した。相手もまた通話を求める事は無かった。
中途半端な形の月を見ながら、レミリアは椅子に全身が溶け込むようにな脱力していくのを覚えた。
とにかく眠かった。
この窓際で寝てしまうと明け方日光をもろに浴びてしまう訳で、吸血鬼にとっては危険極まりない
眠り方なのだが疲れすぎてどうでもよくなっていた。
巫女との会話がきっかけだが―――別にあの小娘が嫌いな訳では無かった。ただ、最後に非常に
考えたくない事を思い出させてくれたのだった。
膝の上にちょこんと乗っていたゆっくり霊夢は、胸の上に乗り、顎のあたりまで近づいてこっそり
と何かを話しかけてくる。
心配してくれている事は確かだが、ちょっと相手にする気にはなれなかった。それだけ疲れていた。
朦朧としながら――――咲夜とゆっくりの話し声は断片的に耳に入り、大体何を話しているのかも
わかった。
――――お嬢様は、やはり、強い方だ
なんて
実際にこれだけ皆のために働いて、怖がらせて、守ってくれて
何より
「ゆっくりれえむさん、あなたをこれだけ可愛がってる辺りね」
「そうかなあ」
「普通なら、拒絶して目に入れないようにするか、反対に極端な程溺愛するかなのに、良い距離を
保って傍に置いてる」
「…・・・・……」
「感謝してますよ」
「でもねえ」
二人の溜息が一部重なった
「「外に出てくれないんですよねえ」」
―――うるさい くだらない
言い返そうと思って口を開こうとしたが、酷く重く感じて、こんなにしんどい身体操作があるだろ
うかと嫌になった瞬間幸運にも意識が途切れた
+++++++++++++++++++++;
咲夜もいたのだから、普通に寝台に運んでくれるとまでは考えないが、カーテンを閉めるとか、」毛布をかけるとかそうした事で朝起きても命に別状はないと思っていた。
完全に油断しきっていた。
翌朝。
目覚めると、どの処置もされていなかった。
一瞬身の危険を感じたが、勿論外傷一つない。
至極丁寧に羽毛布団が体に巻かれていた。
美鈴の故郷では、ある国王の転寝時に枕係が気を利かして布団をかけたところ、目覚めた王は枕係
と布団係両者の首を刎ねたという。
眠りが浅く、実はまだ夜なのかと思ったが、外は白んでいた。
「んん?」
本当に白い。
改めて首を捻って壁時計を見ると、もう日が昇っている時間だった。
一日の予定の遅れを案じて別の冷や汗がでたが、外が不自然に白い。
「咲夜」
呼ぶとメエド長は何だか奥歯に物が挟まった様な顔をして部屋に入ってきた。色々な事は不問に
するつもりだった。
「外で何が起こってる?」
「――――どうも霧の様ですね」
昨日までは無かったのに。
年々酷くなりつつある、あの氷精が起こす大寒波も考えたが、あれはもう少し予兆というものが
あるし、第一あれほど寒くはない。
体が非常にだるい中、懸命に起きようとしたが、ちょうど下腹部辺りの上で、ゆっくり霊夢が
すやすやと寝息をたていてたので、慎重に椅子と布団の間から這い出る。
適当なソファの上のクッションに、起こさない様にゆっくりを置き、レミリアは顔をしかめながら
窓の外を睨んだ。
「紅魔館の辺りだけか?」
「いえ……ほぼ全域――とまではいきませんが、昔の幻想郷の範囲は優に包み込めますね」
「訳がわからんな。――――大体本当に霧かこれは?何だか固形物っぽくすらあるぞ?」
第一、野外で生活する格下妖怪達や、そこら辺の人間連中は無事なのか?
スタスタと歩いて仕事部屋に行き、ゆっくり達を捕まえて各方面へ連絡を入れようとレミリアは
急いだ。
が、保育所の様なスペースには、厄神と橋姫のゆっくりが厚さ1ミリ程になって眠っているだけ
だった。
これでは確認もとれたものではない。
「どうしたこれは!?」
「大丈夫。私も外に出てとりあえず吸って見ましたが、体に差し障るものではありませんよ?」
「お前を人間の基準にしていいものとは思わんし、このまま放置しておくわけにはいかんだろう」
そうこれは―――――
「異変ですね!」
「『唐草』のゆっくりはどこだ!」
幻想郷全土を覆い尽くさんばかりの、正体不明の濃霧
まさにこれは巫女の出番だろう
しかし、いつも鬱陶しいほど連絡をよこすゆっくりはやはりいない
「『会いたいときにあなたはいない』――――言い換えれば『会いたくない時にあなたはいる』」
「本当にその通りだなあ。どうすんだそれ」
「どうもこうも、願ったり叶ったりでは?」
咲夜は何だか低い声でで話しかけてきた。
酷く芝居のかかった調子で
「この調子なら、太陽の光だって完全にシャットアウトしてますよ?」
「ああ……深刻だな。農家とかまずいだろこれは」
「あんな唐草巫女なんか相手にしなくっても大丈夫ですよ」
「何だって?」
「外に出て――――直接霧を出してる奴をぶち殺せばいいんですよ」
「何だって?」
何だか息までが頬に当たる程顔を近づけて、咲夜は囁いた。
「こんな時は、外に 出て、自分で異変の相手を、ぶちのめせばいいのさ」
うなじをゴシゴシこすってレミリアはパシリとメエド長の頭を叩いて言った。
「そんなに近寄るな。気持ち悪い…・・」
「申し訳ありません」
とはいえ―――――
「外に出ろと言い張るか」
「こんな不自然な霧、幻想郷なんだから誰かが起こしてると考えるのが自然です」
「人間は何かあると、すぐに気に食わない奴のせいにして済まそうとするが、
幻想郷だと本当に迷惑をかける奴が原因だったりするから困るな」
レミリアは、反射的に何度も咲夜にしている言い訳を出しかけて飲み込んだ
―――世の中、上手くいかないように、上手くできている。
あれだけスペックの高い吸血鬼が、特に能力持ちでもない人間なんぞに退治された
歴史があるのは、その分解りやすい弱点が多過ぎるせいだろう
吸血鬼として格が上がるって事は、完璧な生物になるというより、元々の特徴がそのまま
強調される訳なのだ――――他の弱点も克服できている分、日光がきついという事も。
(日傘で何とかできるってレベルじゃ無しに)
勿論、出不精の言い訳だったのだが………
「ほら、よく見ると、変な気流が確認できます。これを辿って行けば霧を出している奴を
叩きのめせる事ができますよ?」
「………言いたいことが解って来たぞ?」
暫く沈黙が続き、レミリアはくるりと踵を返した
と――――その先には、本当に一瞬にも満たない時間差で、咲夜が先回りをして
立ちはだかっていた。
「行くんでしたら、私を倒してから行きなさい!」
「はぁ?!!!」
思わず思い切り叫んでしまった。
「お前なんなんだ?」
「主にそんな危険な目に遭わせるわけにはいきません!」
「いや、本当にたった今外に出ろって挑発したのはお前だろ!」
「それでも本当に行くと言うのでしたら、私は全力で、止めます!」
「あー止めんのかよ! それでもいくならまあいいか、じゃなくて止めるんだな!?」
「いや、お嬢様何かまだまだやる気無さそうでしたから、こうして止めれば却って行くかと」
「煩いなもう、だったら本当に行くよ………」
と、よく見ると、目の前に立っていたのはゆっくりの方の咲夜だった。
あの特有の丸みも無いし、生首だけでもないし、というか、普通の人間と
大差はないのだが、顔だけがゆっくりのそれである―――というか、スタンダードなゆっくり顔
ではなく、きめぇ丸ともちょっと違う不気味に斜めになった笑顔のそれだ。
不自然にも程がある。
咲夜とはゆっくりを使った通信など必要が無いため、こいつのゆっくりをまともに見る機会が
あまりなかったが、こんなに不気味なゆっくりだったのか。
「仮にでもお嬢様に手をあげるなんてそんな……」
本物の咲夜は90度横にいてさっきから喋っていたらしい。
「相手をするのはこのゆっくりです!」
「自分が面倒なだけだろお前」
その時、奥のドアが開いた。
そこには、袢纏を羽織ったもの凄く眠そうなパチュリーが猫背で立っていた。
「ええと、私も止めるけど……」
「………あぁ、そう」
「眠いから、代わりにゆっくりにやってもらう」
と、そのままパチュリーは無言で帰って行った。
扉の所から、ゆっくりパチュリーが非常に不自然な角度で頭だけ半分出している。
+++++++++++++++++++++;
ゆっくり咲夜・ゆっくりぱちゅりーを、文字通り片手で払いのけ――――門の外に出ると、
ゆっくり美鈴がいつものように折り目正しい姿勢で眠りについていた。
本人はどこにもいなかった。
湖は本当に凍っていた。
出所はその先にあるので、ちょうど良いショートカットだと、そのまま水の上を飛んで行くことが
できた。
向こう岸の手前辺りで下を見ると、ゆっくりチルノが湖面の上で凍ったままゆっくり美鈴のように
眠っていた。
どうやらこれが凍った原因らしい。本当のチルノが出てきて本気を出されたら、湖が凍るどころでは
すまなかっただろう。
そこから先が、少し難題だった。
森に入り、気流だけを頼りに進んでいくと、前方に一点、黒い点が確認できたのだ。
全てが白い霧で包まれている中、何故にそれだけが見えるのかと進んでいくと、点では無い事が
分かった。
非常に遠くにいすぎて解らなかったが、半径何百メートルにも及ぶ、闇の塊だった。本当にそうと
しか言いようがなく、巨大などす黒い立法体が、霧も日光全ての何の影響も佇んでいる。
面倒くさいなと一瞬立ち止まると、闇がほんのりと薄れた。
中には、ちょっとこら辺の妖怪でも人間では比較対象にすらならない、絶世の美貌の女性が立って
いた。
しかし、その目つきは人間味に溢れているものの、これだけ離れているのに感じられるのは、ひた
すら恐怖。
闇とは、解らないものとは本来恐ろしいという事を体現している様
レミリアは十分にこの妖怪の事を知っていた。
「お化けも出るし、たまらないわね」
「―――何も言ってないけど………」
「さっき会ったじゃない。 あんたもしかして認知症?」
「いや・・・・・本当に会ってないわよ? 1500年ともなれば……ってことはないがなあ」
「どうせ夜にしか活動してないんでしょう」
「いや、昼夜逆転生活もいいところで、夜には寝てしまう不健康さで困ってるわ」
「左様でございますか」
「………・・・・」
「『目の前が取って食べれる人類?』」
「無縁塚行け だがその前に……」
こうして――――本日最初の
レミリアにとっては、約50年ぶりになる、弾幕ごっこが始まった
+++++++++++++++++++++;
正直レミリアは、ゆっくりパチェを蹴飛ばした辺りから、予想はしていた。
咲夜→パチェ→美鈴 と来て、別に戦った訳では無いがチルノと、そして終いにルーミア。
明らかに手を抜いた宵闇の妖怪を張り倒し 霧の出所となる建物の、何故か後ろに行きついたが、
その輪郭を見て、レミリアは立ちすくんでいた
「下らない……」
霧が放出されていたのは、どの様な方法かは少し検討がつかなかったが神社だった。
博麗神社だ。
もう、何年通ってない事だろう?
やむおえず仕事上行かなければならない事はある。
それがなければ、おそらくは3ケタを軽く超える年数が経つ。
一度は、それこそ毎日のように通ったあの神社に。
楽しいとか懐かしいとか思い出とか、簡単な言葉で終わらせたくない。
あれから1000年が経った。
実力も買われたとはいえ、今や一日中机仕事に忙殺され、それでも幻想郷のためと
時折自分に言い聞かせる日々
そうなる事を決意し、決定づけたのは誰だったか
本当に、博麗神社に行かなくなってから、どれくらいが経つだろう。
「一発ぶん殴るかあの唐草」
何なら、本気で次の巫女を磯子で選出する手筈だけ整え、この場で殴り殺してくれようか
一歩一歩、レミリアは神社に向かって進んでいく。
やや白く閉ざされた視界にも慣れてきていた。
大体、日傘もささずに昼間に歩くことなどそうそうあるものじゃない。
そう考えると、無性に笑えてきた。
愉快で思わず1人で笑ってしまっていると、前方の道の端の切り株の上に、、ゆっくり霊夢が
いる事に気が付く
無言で飛び跳ねてくるゆっくり霊夢を笑いながら抱きかかえ、レミリアは歩く。
「まったく、本当に下らない」
その手が、小刻みに震えている
ゆっくり霊夢の頭上に、ぽたぽたと何か熱いものがしたたり落ちる。
「私を誰だと思ってる」
ゆっくりれいむも何も言わない。
「おのれおのれおのれおのれ」
一度流れ出た涙は、後から後からとめどなく流れ落ちた。
どうにも止まらない。
こんなに泣いたのは、本当に1000年ぶりだ。
「霊夢、何故死んだ」
あの日
皆が大好きだったあの巫女さんが死んで、葬式が上がり、
本当に全員がこうして泣いていた。
俯いたりむせび泣いたり、必死にで堪えたり、認めたくなくてもってと
大声で泣きわめいたり。
人間だから、そんな事が起きるのは当然の事だった。
そして、一日心から泣いて別れを告げ、そして次の日からはまた
自分の生活に戻って懸命に生きようと誰もが思った。
レミリアはもそうだった。
「だから、一度も泣かなかったのに、私ときたらこんな所で」
いつもはおちょくって何か言ってくるゆっくり霊夢が何も言わない。
どうにも止まらず、これ以上涙でぬらすのが嫌なので、レミリアは帽子の
上にゆっくり霊夢を移動させた。
そして、しゃがみこんで暫く泣き続けた。
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さて、神社に到着し、律儀に階段を上って到着すると、境内の中央では
解りやすく当代巫女が待っていた。
法螺貝なぞを吹いていやがった。
原理は不明だが、そこから絶え間なく白い霧が吹き荒れているのだ。
これでは法螺貝を吹いたら吸血鬼がやって来た、ということになってしまう。
唐草巫女の横には、最近表で目立った仕事はしないと思っていたら
化粧がやたら濃くなった凶兆の黒猫が立ってニヤニヤと妖艶な笑みを
送っていた。
こいつの入れ知恵か
二人の所までツカツカと歩いたが、巫女は吹くのに必死で気が付いていない。
「殺すわよ?」
途端に腰を抜かさんばかりに巫女は驚き、期待と恐怖と歓喜が入り時混じった
声を上げ、八雲橙はゲラゲラと笑った。
目を白黒させながら、橙に巫女は文句を大声で垂れている。何て内弁慶なやつだ。
「お嬢様、『こんなにも月が紅いから』をお忘れです」
振り返ると、紅魔館の一同が揃っていた。
「・・・・・・確かにあの時、そんな感じの事を言ったが、何というか、そういう決め台詞とか
そうとられると、何だその 困る 非常に」
何だ、こいつら全員で
更に、境内には続々と各方面からの人妖が集まりつつあった。
多少老けて見える亡霊達や、全く変わらない竹林の蓬莱人達と、代替わりしたらしい兎達、
山の神社の神様3柱、如何にも暇そうな地底の妖怪達、それぞれ信者が増えすぎた
寺の連中と仙人連中
その他、人人人 妖怪妖怪妖怪 その他その他その他
そして、それぞれのゆっくり達。
「まあ……… 何はともあれ」
代表して、法螺貝を橙に預け、恭しく巫女はレミリアに一礼した。
「かの、一時代の幕開けとなった『紅霧異変』から早1000年を記念した訳ですが―――――
よく博麗神社へご足労をいただけました」
沸き立つ観衆
何か言わなければいけない気がして、レミリアは適当に「ああーまあ ありがとう」とだけ言うと、
連中は更に盛り上がった。
あれを起こしたのは、確か夏で、今の時期とは違うんじゃなかったか?と思ったがそれは
黙っていた。
そして雪崩れこむように、宴会が始まった。
「結局お前ら飲みたかっただけじゃないか」
こんな事でも起きないと、全員が集まらないなんてゆゆしき問題だ。
次の会合で、是非とも言っておこう。
各々好き勝手飲んでいる最中、唐草巫女が近づいてきて、酒瓶と、杯をにっこり笑ってレミリアに
渡した。
それも二人分。
そして屋根を指さす。
「誰も入れないようにしますから、今は―――ね」
「―――……馬鹿ものめ」
ゆっくり霊夢と二人
そこまで高くは無いが、幻想郷をそこそこ一望できる場所で、レミリアはチビチビと呑み始めた。
何を話していいものか、ちょっと胸も詰まっているし、あれだけ泣いたのにまた涙腺が緩んでいる。
これも年のせいなのか。
「―――……妖怪がそんな事でめそめそするんじゃないわよ、気色悪い」
「えっ?」
それまで珍しく黙っていたゆっくり霊夢が話し始めたので、レミリアは今日一番驚いた。
「『夜の女王』はどうした?」
「―――見くびるない」
忘れるはずの無い声を、ゆっくり霊夢は確かに発した。
次の瞬間、ゆっくりはいつものあの抑揚のない声で、能天気に杯の中の酒を器用に啜り、
摘みをさも上手そうに齧り始めていた。
「どしたの?」
「ん。まあ、ちょっと良い事があってな」
何とも都合の良い空耳があったもんだとレミリアは自嘲しつつ、杯をまずはゆっくり霊夢に
そして次に虚空に向けて乾杯した後、笑いながら飲み干した
了
「ところでさ」
「何だい」
「魔理沙は、結局魔法使いになれたんだよね?」
「自分じゃ認めてないが、パチェと肩を並べる程度にはいけたな、あいつも」
「ミョンは……」
「結局完全な幽霊なんじゃないか?あいつは」
「早苗さんは神様だよね?」
「本当にな」
「……………」
「……………」
「紅魔館は、雇うメエドさんに必ず『十六夜咲夜』って名前を付けるの?」
「いや別に?」
「あの人結婚とかしたの?」
「閻魔に説教されて多少気にしてたみたいだが、そんな柄じゃない事は知ってるだろう」
「……」
「……」
「……」
「……………」
「あのメエド長は何で1000年たっても」
「それ以上は聞いたら行けない約束さ」
最終更新:2012年12月31日 14:08