“現実なんて、そうそう夢みられたものではないのですよ”
冷めた顔でそんなことを言うもんだから、思わずそいつをはったおしてやったんだぜ――
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『眠れぬ夜のゆっくり』
※東方キャラ登場注意
草木も眠る丑三つ時。
魔理沙は寝床で悶えていた。
山から涼風降り始める晩夏。けれど今日はぶり返しの暑気に晒されて。
木茂り胞子舞う魔法の森ともなれば、湿度が増してさらに酷い。
それは昼だ夜だとても変わりなく、
ゆえに住処である霧雨魔法店は、お世辞にもゆっくりできない中にある。
幾度目かの寝返りをうつ。
明日もこの調子なら、誰かの家に潜り込もうと心に決める。
このような換気もままならぬ場所では如何ともしがたい――
窓の向こうの、誰とも言わぬ家の方角をぼやけた視界で見遣る。
外の木、ゆっくりがひっかかっていた。
「……あやや、これはこれは白黒の魔法使い殿。こんな夜更けにどうかされましたか?」
「どうかされたもこうかされたもないぜ。ここは私の家なんだからな」
箒にまたがり、魔理沙は背後の我が家を示した。
驚いた様子もなく、天狗を模したそのゆっくり――きめぇ丸は頷く。
「まぁそうでしょうね。窓から貴女の艶姿が見えていましたから」
「ふぅん……?」
まぁこっちから見えりゃ向こうからも見えるよな、と魔理沙も頷いてから、
あまりの蒸し暑さに半裸で寝ていたことに、はたと気づく。
「この! 忘れろ!」
「フフフ」
殴りかかる魔理沙を、おなじみの高速移動でいなすきめぇ丸。
先ほどまで顔だけだったはずだが、いつの間にか翼が生えていた。
「おやすみからすっきりまで、あなたをみつめる射命丸です」
「そういうのはアリスんちだけにしといてほしいぜ」
まぁガツンと殴りつけるわけだが。
「……で、こんな所でゆっくりが何してるんだ?」
きめぇ丸はモデルになった天狗同様に、妖怪の山に棲息すると聞いている。
日中ならともかく、夜更けに魔法の森へ現れるのは稀だろう。
「ワタクシですか? 労働の後の一休み、といったところですかね」
尋ねると、きめぇ丸はそういって、空を示した。
幻想郷には、夜空の星を打ち消す程の夜灯はない。
ゆえに晴れならば、どの場所であろうとも満天の星空が眺められる――はずなのだが。
「おやぁ?」
空には黒い染みのようなものが広がっていた。
「「大結界を壊したいというしょうもない連中がいましてね」」
きめぇ丸は告げる。
「結界を? 霊夢が狙われているって事か?」
「「巫女を始末すれば、結界は消え去る。が、彼女には結界の妖怪がついている」」
魔理沙はスキマ妖怪のことを思い浮かべた。
「「博霊を打倒するにしろ、結界そのものを破壊するにしろ、八雲紫が話のキモなのですよ」」
「ふぅん? しかし、アレは霊夢なんかよかかなり強いぜ」
こっくりと、きめぇ丸は頷いた。
「「そう。その能力は神に匹敵するでしょう。が、目には目を。歯には歯を」」
「?」
「「神には神を、ということで。まぁ神様なんて八百万いる訳ですから。
適当な荒神を見繕ってぶつければ、彼女とてただではすまない、なんて考える人間がいるのですよ」」
神は明鏡止水の心を持ったものばかりではない(むしろ人間以上に直情的なのが多いくらい)。
性格や性質をつかめば、怒りや敵意の矛先を捻じ曲げることもできよう。
魔理沙は腕を組んだ。
「……ところで、気になることがあるんだが」
「「なんでしょう?」」
きめぇ丸はどうぞおたずねなさいとばかりに胸を張った。
「といっても、どこから突っ込んだものかというのはあるんだが」
魔理沙は半眼で指を差す。ぐるぐると、そいつの体のあちこちを示す。
「とりあえず……なんか、お前……段々進化してないか?」
魔理沙がはじめ見たときは、木に引っかかったただの顔だった筈だ。
それが、羽が生えて飛び回り始めた。
胴ができ、前に鹿の足が、後ろにライオンの足が生えた。
尻尾から得体の知れない顔が湧き出し、声がステレオになった。
間もなく首元から牙や、蛇のような尻尾が生え始めている――
進化というには、あまりにも歪な変化。
「…… き め ら 丸 ?」
そいつは、空を見上げる。
風が出てきた。
というより、話しているうちに、いつの間にか森を抜け、風通しのよい空まで上昇していた。
空を覆う黒い染みは、こうしている間にもじわじわと広がっているようだった。
「「この話の面倒な所はですね、連中は月齢の若い頃に、ああやって出てこようとするのですよ」」
言われてはじめて魔理沙は、今日が新月だと思いだす。
「「妖怪は月齢によってパワーに差が出ますからね。
そんなものと関係のない私が、こうやって能力を取り込んで相手をしている次第」」
“きめら丸”、と呼ばれる存在は、ばさりと羽ばたいて見せた。
「ていうことはなにか、お前には神様の力が宿っていると言うことか?」
「「いえ、巫女でもあるまいし、あくまで取り込むのは特性だけで、流石に神性まではとりこめませんよ。
……いつかは取り込んだ力が圧倒的になって、自我など混沌の果てに埋もれてしまうのでしょうねぇ」」
あくまで、暢気そうにいうが――魔理沙は、敢えて訊いた。
「そうかい。それでいいのか?」
「「まぁいつまで荒神に対抗できるのか、というのはありますね。
ただ私が倒れても、次代のきめら丸が現れるですから、問題はないでしょう」」
「いや、そうじゃなくてな。お前の話は、何だか自分のゆっくりを犠牲にしてるみたいだぜ」
「「……誰かがゆっくりしている時、ナニカが犠牲になるのは付き物です。
現実なんて、そうそう安易に願ったり、夢をみたりはできませんよ。ん?」」
ぱちこんっときめら丸の頭がはたかれる。
「「何するんですか」」
「はぁ……道理で眠れないわけだぜ。こんな湿気たやつが近くにいたんじゃあな」
魔理沙は顔をしかめる。
「霊夢のとこに一匹ゆっくりがいてな。やたら欲望に忠実なやつで、
どんなときでもゆっくりすることしか考えてないんだ」
「……」
「でもそういう方がらしくていいんじゃないのかね。
だから別にさ、きめぇ丸だろうが、きめら丸だろうが、遠慮する必要なんてないんだ」
ピッと指を突きつける。
「ゆっくりしたって、いいんだぜ」
「フフフ……」
きめら丸は、少し呆気に取られていたようだったが、やがて肩を揺らして笑いだす。
いつものように、斜め上から。
「何を言うかと思えば……支離滅裂で、何いっているのか分かりませんよ」
「まぁな。とりあえず、それが言いたかっただけなんだ」
きめら丸は、また一つ大きく羽ばたく。
それはブワリと大きくはためき、まるで小さな風車のようだった。
雄雄しく、強大で、異形の神のように見えなくもない。
「「では、もう行きますよ。そろそろあちらさんも痺れを切らしている頃でしょうし」」
「おう行け行け。言いたいことは、もう済んだんだぜ」
手を振って遣る。
神とゆっくりと何かの混ぜ物は、その戦場へ向かって飛翔した。
後に残るのは、魔理沙、熱、風、夜、そして余韻。
見上げる空は、恐ろしいくらいに広く、暗い。
やがてはあの黒い染みが、きめら丸を飲み込むだろう。
「ああそうだ。ひとつ、言い忘れてたことがあったぜ」
そういって、魔理沙はきめら丸の飛び立った方向へと手を掲げる。
その手には、ミニ八卦炉。
――ふと魔理沙は、きめら丸が、元はゆっくりあややとかそういったものだったんじゃないか、と思った。
「……ッッッマスタァァ!!! スパァァァァアアクゥゥウウウ!!!!!!!!!!」
大気を振るわせ、夜闇を切り裂く閃光。
それは空を陥没する黒穴へと到達し、やがて吸い込まれていく。
そして、静かに穴は消失し、何事もなかったかのように夜空が復活した。
きめら丸はいない。
魔理沙はきめら丸が穴に突入し、その奥へ消えていくのをみていた。
脇を抜ける魔砲の照射光に、一瞬その姿が照らされる。
浮かび上がったその表情は、まるで――
「っ……!」
この静寂は、誰が守ったものだろうか。
「……ったく。そんなだから、うざいって言われるんだぜ……」
――空は、流れ星。
・
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○
「あぢーぜ」
その昼、魔理沙は博霊神社でぐだっていた。
結局その日は寝付けず、日が昇るとすぐさま霊夢のところへと向かった。
巫女の用意した朝食をとると、そのまま境内で寝転んでいるのである。つか、ヒモ。
「おお、ゆっくりじゃないか」
ぴょんこぴょんこと間抜けにはねるゆっくりれいむを手招きすると、
「うりうり」
その頬をつっついてやる。
「ゆゆ?! ゆっくりやめてね!」
魔理沙から離れ、ぷくーと膨れるれいむ。
「ちょっと、ゆっくりをいじめるのはやめてよね」
みれば掃き掃除から戻ってきた霊夢が魔理沙のそばで仁王立ちしている。
ぼりぼりと頭をかきながら、魔理沙は体を起こした。
「いやー、ゆっくりって、なんなんだろうなと思ってさ」
「ゆゆ!? れいむはゆっくりしているよ! ぷんぷん!」
れいむは抗議の声を上げていたが、魔理沙はそれは無視し、どちらかと言えば他のものを見ているようだった。
「いい加減、邪魔なんだけど」
「ひどいぜ。こっちは悩みを抱えてるって言うのに」
「嘘つけ。あんたに悩みなんてあるわけないでしょ」
霊夢はため息をついていう。
「いったい何だか知らないけど……どうせ、やることは決めているんでしょうに」
ぽかんと魔理沙は口を開けていたが、やがてため息をつく。
まったく、どうしてわかるんだぜ?
「長い付き合いでしょ?」
霊夢は微笑を返した。
そうなのだ。やることははじめから決まっているのだ。
――だって、どうみてもこれは異変だろう?
人間が解決しなくてどうするのだ。
「はぁ、今日もあついですね」
「まったく。秋気を集めれば、涼しくなるのかしら?」
暇な人間が、ぞろぞろとやってきた。
こいつらも巻き込んでやろうか。
暑気払いは楽しく騒がしくやるものだ。
「毎度~。いつも楽しく明朗会計。公明正大な記事を心がける、清く正しい射命丸です。なにか面白いネタはありませんか?」
“元凶”の大元までやってきた。この際、鬼や引きこもりも巻き込んで、倍返しとしゃれ込もうか―――
「ああ、あるぜ。……暗く楽しく悲しい、真夏の夜の夢物語がな」
魔理沙はにやりと笑った。
気づけば赤トンボが空を舞っている。
秋は、すぐそこまで来ていた。
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何かのプロローグちっくに。
風の~もそうでしたが、どうも彼女達はニヒルが先立ってしまう……。
某絵師さんのように、可愛がりたいなぁ。
-- うりとぅん ばい "むの人"
- 魔理沙の表現がとてもいいです! -- 名無しさん (2008-11-29 20:58:55)
最終更新:2010年01月23日 10:35