今日は珍しい種類のゆっくりに会った時の話をしよう。
その名も秋姉妹。主に『みのりこ』と『しずは』の二匹。必ず、ひとつがいで行動する種族である。
このゆっくりはその名に違わず、秋以外は全く姿を現さない種である。
同様の生態を持つリリーホワイトやレティの仲間とされるが、
二種に比べて絶対数が少なく、その希少性からも絶滅が危惧されている。
生息地域は山。夏が終わり、山奥の木々まで見事な紅に染まる頃、活動を始める。
頭を小さな紅葉で飾っている方が『しずは』 薄紫色の帽子を被っている方が『みのりこ』
二匹は非常に仲がよく、必ず行動を共にする為か、特に役割分担のようなものはないらしい。
他のゆっくり同様、日が落ちるまで野山を遊び回るのが日課だが、
特筆すべきは他のゆっくりとは積極的に遊ぼうとはしないという点だろう。
れいむやまりさなど、他のゆっくりが現れると岩陰に隠れたり、逃げ出す所を何度か目撃されている。
これは秋姉妹が他のゆっくりと比べても力が弱く、縄張り意識の強いゆっくりと出会うとイジメられてしまう事に起因している。
特にきめぇ丸は天敵で、逃げようとする所を何度も回り込まれ、最後は泣き出すまでイジメられてしまうようだ。
このように、総合的に見てもこのゆっくりは他種から劣っている点が多い事が学者から指摘されていて、
曰く「神主からも見放されたようなゆっくり」と揶揄される事も多い。(実際は他種と比べても優れていると言える点も幾つか持っているのだが)
秋姉妹に出会うには少し根気が必要だが、秋の野山を何度か散策すればいつか出会う事が出来るだろう。
もし出会う事が出来ても最初から頭を撫でようとしたり、秋姉妹に触れようとしてはいけない。
前もって書いた通り、非常に非力で臆病な種族である。
見つけたら、まずはしゃがみ込んで、人差し指でもいいので体の一部を地面につけて、じっと待つ。
しばらくして、興味を持った二匹が恐る恐る近づいてきた。
二匹とも頭に大きめの落ち葉――紅葉を載せている。隠れているつもりだろうがバレバレなのがかわいい。
大きな紅葉がじわじわ近寄ってくる様は愛らしく、笑いを堪えるのも大変だが、まだ動いてはいけない。
警戒心が強いくせに同様に好奇心もやたらと強い、というのは他のゆっくりと同じである。
歩き慣れた野山に何やら見慣れぬ大きなものがある。それだけで警戒心が吹き飛んでしまうらしい。
待ちくたびれて遠く秋景色を眺めていると、いつの間にか二匹が自分の指先の匂いを懸命に嗅いでいた。
危険がないと感じたのか、二匹とも頭に載せた紅葉を放ると、今度は指に体をすり寄せてくる。
「ゆっ!ゆっ!」
さっそく懐いてくれた、わけではない。
こうやって体をこすり付けて自分の匂いを移す事で、自分の所有物である事を主張しているらしい。
秋姉妹、特にみのりこの体臭は焼き芋のような甘い匂いで、強く何度もこすりつける事でいとも簡単にその匂いに染め上げてしまう。
秋の野山で甘い匂いを感じたなら、それはおそらくその一帯が秋姉妹の縄張りである事を表している。
こうしていても埒があかないので、ここで話かける。
「ゆっ!?」
突然の声に驚いて、二匹は放り捨てた紅葉を再び被って隠れてしまった。
だが危険がない事が分かると、紅葉からこっそりと顔を出し、
「…人間さん?」
黙ってうなづくと、一転。二匹はまるで雲間がパァッと晴れたように、満面の笑みで自分の周りをグルグルと駆け回りだした。
「人間さん♪ 人間さん♪」
「なんかちょうだい♪ 人間さん♪」
この反応には少し驚いたが、どうやら人間から餌をもらった事があるようだ。
秋姉妹はかつては豊穣の神の使いとも言われ、今でも田舎では秋姉妹にお供えをすると豊作になる、という言伝えが残っているようである。
最近ではお供えをする人が減った事で秋姉妹が満足に餌を食べられる事が少なくなった、というのも減少の遠因ではあるらしい。
しかし、大きな原因は他にある。
急かされてポケットの中から焼き栗を取り出して、食べやすいように皮を剥いてから差し出す。
出来れば餌は秋に旬の食材の方がいいそうで、今回は持ち運びに容易な焼き栗をあらかじめ用意していたのが功を奏した。
「わ~!」
「人間さん、ありがとう!」
二匹はお礼を言い終えると,協力しながら器用に栗を割って、半分づつに分けた栗を食べ始めた。
ゆっくりの食事と言えば、悪く言えば意地汚い、食い散らかすように食べ方をする種が多いが、秋姉妹は違う。
「おいしいねー、お姉ちゃん!」
「甘くておいしいね!」
真っ二つの栗の端っこを少しだけかじって、モグモグしながら互いの顔を見る。
もう一匹も喜んでいる事を確認すると、再び栗の端をかじってモグモグ。またお互いの顔を見る。
秋姉妹の食事はこの一連の動作をくり返すのである。はっきり言って、秋姉妹の食事はゆっくりしすぎている。
他のゆっくりがやってきて餌を横取りされないか、見ているこっちの方がハラハラさせられる食べ方である。
「ごちそうさまでしたー!」
こちらの気も知らず、ようやく呑気に栗を食べ終えた二匹は、行儀良くお礼を言った。
「ゆっ!!」
すると、いきなり何か思いついたようにどこかへと駆けていく二匹。一瞬、食うだけ食って逃げられたか、とも思ったが、
「人間さん、ゆっくりしててね!!!」
その言葉でしばしそこに留まる事にした。というのも、二匹の行動に思い当たる節がある。
しばらく待つつもりでいたが、二匹は考えていたより早く戻ってきた。思いのほか近くに巣があったようだ。
やはり、二匹は懸命に何かを運んでいる――松茸である。
大きく形のいい松茸。それを自分に渡すと嬉しそうに二匹は跳ねた。
「おいしいもの、くれたからあげるよ!」
「ゆっくりたべていってね!」
流石に生の松茸をかじるわけにもいかず、やむをえず食べるフリをしてポケットの中にしまった。
実は秋姉妹が減少した原因はこの習性にある。
まだ詳しい事は分かっていないが、秋姉妹の巣には自然と松茸が生えてくる。
これは秋姉妹のなんらかの生態が松茸を生やす要因になっているらしい。
そして、何かのお礼に自分の巣に生えた松茸を差し出すのがこの種族の特徴である。
かつて人々も、この習性を見て秋姉妹を豊穣の神の使いと呼んだのではないかと自分は考える。
だが人間は欲深い。この秋姉妹が持つ松茸。その全てが欲しくなった人間は秋姉妹を乱獲し、その巣を荒らした。
結果、秋姉妹は今では『幻のゆっくり』と呼ばれるほどに減少してしまったのだ。
『ゆっくり図鑑』に載っている秋姉妹を指差し、「なにこれ。オリキャラ?」と小学生が発言した事が教育問題に発展したのは記憶に新しい。
近年、他種のゆっくりがその生息地域を拡大している中で唯一減少しているというのも皮肉な話である。
無邪気な二匹を見ていると、いたたまれなくなって指先で軽く頭を撫でてやった。
「ゆぅ~」
「お姉ちゃんだけズルいよ! あたしもゆっくり撫でていってね!」
自分が出会った個体はちょうど、たこ焼きほどの大きさ。成体とも幼体とも言えぬ大きさである。
撫でるとプヨプヨと指先に心地良い弾力が返ってくる。催促されて、みのりこの方も撫でる。
やはり二匹同時。互いが気持ち良さそうにしている方が幸せに見える。
「あのね!」
撫でられているうちに心を開いたか、上目遣いでなにやらモジモジしている。
嫌な予感がした。
「人間さん!」
「わたしたちは、人気ですか!!」
――意訳すると、『自分たちは他のゆっくりのように人間に人気がありますか?』と聞いているらしい。
二匹の頭を撫でていた指が思わず止まった。
昔ならいざ知らず、この姉妹の区別、それどころか秋姉妹の名、存在すら知らない者が今では大勢いる。
何故そんな事を聞いてくるのか。
「ほかの子がゆっくり言ってたの!」
「ウソだよね!? 私たちは不人気じゃないよねっ!!」
どうやらこの個体は他のゆっくりから自分たちが不人気である事を吹き込まれたらしい。
少し言葉に詰まってから、
静かに、出来る限りの力で首を振った。
「ほら、お姉ちゃん! だから言ったじゃない!」
「ホントだね! わたしたち人気者だね!」
二匹はふんぞり返って威張るように体を膨らませ、誇った。自分たちの人気を。
気分を良くした、しずはがピョンと跳ねて、自分のヒザに乗った。
そこからさらに跳ねて、肩に乗る。みのりこもそれに続く。
「人間さん! 人気者のわたしたちを!」
「ゆっくりかわいがっていってね!!!」
二匹は両肩から自分の頬にすり寄ってきた。
フワフワとして、柔らかく。もし以前の問答がなければいつまでもそうしていたい,そう思えるような感触だった。
あの過剰な体臭、甘ったるい匂いはしない。
最初と違い、マーキングの為のすり寄りではなく本気で懐いてくれた証である。
もう、この二匹を見ているのは限界だった。
ポケットの中に残っていた焼き栗を3つ。
秋姉妹に献上すると、静かにその場を去った。
打ちのめされて去っていく自分の背を、
いつまでも、いつまでも二匹はピョンピョンと跳ねながら見送っていた。
「人間さん! またゆっくり遊びにきてね!!!』
秋姉妹は一生のほとんどを土の中で過ごし、秋の短いサイクルの中でその一生を終える。
おそらく、あの個体と出会う事も、もうないだろう。
今も数が減ったとは言え、秋姉妹はあの紅く美しい野山を駆けているのだろう。
もし、あの個体が子孫を育み、その子孫が自分のついた嘘をいつまでも信じ込んでいないか。
そう思うと、秋はいつも憂鬱である。
- 切ない・・・ -- 名無しさん (2009-05-07 14:41:14)
- 秋姉妹本気で可愛いわぁ
でもネタ的には余りにもギャグなのに凄く切ない -- 名無しさん (2009-05-07 14:59:44)
- 餌をねだる仕種が可愛すぎ -- 名無しさん (2009-05-08 20:27:19)
- 秋姉妹マジプリティ! -- 名無しさん (2010-11-27 15:27:03)
- 秋姉妹にもこんな時期がありました・・・今ではとんでもなく図太い人気者に成長しましたなw -- 名無しさん (2011-05-19 15:26:26)
最終更新:2011年05月19日 15:26