ゆっくりてんこがなぐるけるされています
ちゅういしてね
ある晴れた紅魔館。
門番こと紅美鈴が、一人トレーニングに勤しんでいた。
今日は侵入者もなく、晴れた気候も素晴らしく。紅美鈴にとってはまさにトレーニング日和であった。
「ほっ!」
準備運動代わりの正拳突き。汗がきらきらと飛び散る。
左手、右手、左手、右手と……空を切る音と紅美鈴の吐息だけが辺りに響く。
「ほっ!?」
何度目かの正拳突き。何故か手に空気以外の感触が!!
「え!? あれ……?」
野鳥でも殴り飛ばしたか?しかし気配は無かったはずだが……
紅美鈴はおずおずと拳を下げる。
目の前数メートルのところの木の幹に、喜色満面のゆっくりてんこがめり込んでいた。
「……」
これが手に当たったのか、と理解はできた。
だが解せないのは一瞬たりとも気配を察知できなかった事だ。
一応紅美鈴だって気を遣う妖怪なんで生物の気配ぐらいわかる。
それが警戒心の薄いゆっくりなら尚更で、気配は常に駄々漏れなのだが……
ゆっくりてんこを見ると恍惚とした表情でまだ木にめり込んでいる。
「……ふはぁああ」
一度大あくびを漏らし、紅美鈴は別の方を向いてトレーニングを再開した。
ゆっくりてんこは確かに珍しいが、別に害の有る生物ではないので紅美鈴は取り立ててどうしようという気もなかった。
さて次は精神統一。
紅美鈴は片足立ちで気を集中し、全ての感覚を研ぎ澄ます。
先ほどのゆっくりてんこはまだ背後でふすんふすん息を荒げて恍惚に浸っていた。
さっき手に当たったのはおおよそ、木の上から落ちてきたとか…きっと無意識のうちに私の拳の前に来てしまったのだ。かわいそうに。
紅美鈴はそう思った。
そうこうしているうちにゆっくりてんこの気配が消えた。
ああ、やっとどこかへ行ったか。ちゃんと動けるのかしら?
紅美鈴は心の片隅で気に留めつつ、まだまだ同じ姿勢で立ち続けた。
「!」
数分後。
妖怪としての本能が、門番としての本能が紅美鈴を跳躍させた。
まだ目は敵を捉えていないがしかし、門に先回り、反動を生かした回し蹴りを何かに放つ!
回し蹴りは美しく弧を描き、並大抵の物には受けきれぬ蹴りをその何かに浴びせた。
紅美鈴の足の形にぐにょりと歪んだまま何かが飛んでいく……紅美鈴はその姿に愕然とした。
「ヘブン状態!!!」
先ほどのゆっくりてんこであった。
よだれを撒き散らし恍惚の表情でまたどこかへ飛んでいった。
また気配を感じ取れなかった。同じ相手になんたる失態。
紅美鈴は最早その事に愕然としていた。
しかしそれもつかの間。紅美鈴は反射的に頭部右側に裏拳を放つ。
「おいィ?お前らは今の裏拳見えたか?!」
まただ。またゆっくりてんこだ。
ゆっくりてんこはまたどこかへ転がっていった。
「ひぃぃいい……」
思わず声を上げる紅美鈴。なぜだ。なぜ気配が読めん。
目を閉じ、一心不乱に蹴りを放つ。
憂さ晴らしのように、精神統一のように、ひたすらに、己の未熟さをかみ締め…
蹴りを放つうちに、手ごたえ?を感じるようになった。
この空を切る感覚……
いや待てよ
目を開ける
ゆっくりてんこが辺りの木にバウンドしながら高速で自分の蹴りに合わせて飛んできていた。
「……」
開いた口が塞がらない。かける言葉も見つからない。
ただ足だけがびゅんびゅんとてんこを蹴り続けた。
紅美鈴はふと我を取り戻し、てんこを避けて別の方向に突きを繰り出した。
すると今度は突きに向かって正確に飛び込んでくる。
もっしゅりとしたやんわらかい感覚が手先を包む。
もう紅美鈴は何かを諦めていた。
辺りが夕日に包まれ、紅美鈴は今日のトレーニングを終えた。いつもより異常に疲れが見える紅美鈴。
足元でふんぞりかえったゆっくりてんこがこちらを見ている。
「何なんですかあんたは。」
若干やつれた紅美鈴が尋ねる。恍惚覚めやらぬてんこがふしゅふしゅと息を荒げて答えた。
傷一つなく、むしろ最初よりよっぽど艶やかに膨らんでいる。
体全体が満足を訴えている……その様子を見て紅美鈴は更に疲労が増した。
「やはり蹴りよりやはり突きだな・・
今回のでそれが良くわかったよちゅうごく感謝」
「中国じゃない!!」
やおらゆっくりてんこを持ち上げたおやかな動作で天に向かって気とともに打ち上げる!!
「有頂天ー!!!」
ゆっくりてんこはきらきらと輝きながら天にかっ飛んで行った。
嗚呼ゆっくりてんこが往く……
ゆっくりてんこがガチMだと紅美鈴は知っては居たがここまでとは思わなかった。
完全なる敗北を喫した……と紅美鈴は一人思う。
ゆっくりてんこが打ち上げられた空にはオーロラが懸かっていた。
紅美鈴はそれを呆然と眺めた後、仕事をサボって寝ることにした。
- warota -- 名無しさん (2008-10-03 04:19:16)
- ジュースをおごってやろう -- 名無しさん (2008-10-03 18:32:37)
- >よだれを撒き散らし恍惚の表情でまたどこかへ飛んでいった。 こっちは鼻水撒き散らしました -- 名無しさん (2008-10-03 22:38:26)
- うーん、てんこシリーズはいいな。乙でした -- 名無しさん (2009-05-10 23:01:13)
- てんこはかまってちゃん、ブロント語、ドM、といいキャラしてるわ。ほんと。 -- 名無しさん (2010-11-27 14:54:42)
最終更新:2010年11月27日 14:54