そらを夢見て
宇宙開発が停滞していた時期は終り、今度は銭金が絡むような大プロジェクトの数々が行われるようになった。
宇宙先進国の発射場や飛行場からロケットエンジンが発する轟音が途絶える事は無い。
安価な往還機の開発が、それに拍車をかけた。
ファイナルフロンティアの資源を貪欲に消費し、火星テラフォーム計画すら始動していると聞く。
エンジンが発するのはそのための音なのだから、ある意味で人類にとっては福音の鐘とはいえるだろう。
しかし、その音を聞くたびに私は憂鬱になる。大昔に関わったプロジェクトの、あの子を思い出してしまうためだ。
かつて地上に存在した、ソビエトのロケットからクドリャフカという犬が飛び出した後に、アメリカも同様に動物を乗せて打ち上げた。
当時は、宇宙に出た人間は発狂するのではないか、とすら言われていたのだ。であれば、まさかいきなり人体実験をするわけにもいかない。
ならば、どうするのか?
簡単である。同じように動物を使うのだ。
ゆっくりという生き物は、良くわからない生き物だった。
生き物というのが正解かどうか、それすらもわからない。
そのゆっくりが何故ここに居るかというと、たまたま日本から移民が持ち込み、犬と同様に人工に膾炙した、というのが定説だそうだ。
ともかくも、その当時においては実験動物として選ばれる一般的な動物であったのは確かである。
幾つかの一般的な種族であるゆっくりれいむや、まりさ、ともかく様々なゆっくりが選定された。
その中に、あの子、ゆっくりかぐやが居たのである。
そらを見上げては、いつもはしゃいでいるような子ではあった。かぐやという種族としても、かなり変わった部類の子だったであろうことは、私にもわかった。
ともかく、訓練課程は苛酷であった。
不適格だと看做されて、脱落できた子はまだ幸運であったし、貰い手も少なからずあった。
だが、不幸にも死んでしまった子も数多く居る。しかし、より一層不幸であったのは、苛酷な訓練課程を生き残り、
選ばれてしまったかぐやでは無かっただろうか。私は、今でもそう思う。
ふと、何でそんなに頑張るのか、と聞いてみた。
かぐやの返答は、子供のようなものだった。
「ゆ! だっておつきさまに、あいにいきたいのだもの!」
だからゆっくりしないでがんばっているの! そういったかぐやの目は、私を通り越して、もっと遠くで焦点を結んでいたように思う。
そういう目をしたゆっくりには、今でも会った事がない。
なら、もっと頑張らないとな、そう返答した。
「ゆっくりがんばるよ!!!」
そのすがすがしい笑顔につられて笑い、餌を与えてケージに戻した。
その次の日、チンパンジーのハムが宇宙へ飛び立った。飛行時間は16分39秒と短かったが、
それでも成功したことに、皆活気づいていたことを、記憶している。
次の打ち上げが迫った日、かぐやは最終チェックを終え、準備万端でいつでも飛び立てるようになっていた。
かぐやにとって待望の宇宙、そこが手招きをして待っていたのである。
かぐやの飛行が成功すれば、そのうちにまたチンパンジーが軌道飛行をすることになっている。
「ゆっくりがんばってくるね!!!」
「そうだな、頑張ってこい」
そういって、あの子は宇宙に旅立った。
飛行も大成功で、地上に帰ってきたかぐやは興奮冷めやらぬようすで、ころころと転げていたものである。
だが、あの子のフライトは、これで終りだった。
つぎはおつきさまにいきたいね! そう話していたかぐやは、月には結局行けず、しばらくしてからあの目を濁らせ、食事をすら拒否した。
そうして、死んでしまった。最後に、一言を残して。
「ゆ……おつきさまにいきたかったよ……」
……その日、アームストロング船長が人類としてはじめて月の『静かの海』に、足をつけた。
だから、あのエンジン音を聞くたびにいつも思うのだ。どうしてあの子を月に行かせてあげられなかったのだろうか、と。
ただのセンチメンタリズムであるという事はわかるのだが、どうしても、あの目が脳の奥底にこびりついて、離れない。
あとがき
さて、ぶっちゃけるとかなり現実的では無い話ですが、衝動的に思いついたので書いてみました。
大体、前の打ち上げではチンパンジーを使ってるのに、わざわざ別の動物を使わなくても、ってのはありますわな。
加えて、マーキュリー計画とアポロ計画には結構時間的な開きが有るので、その辺は突っ込まないでもらえれば(ry
……えーと、確か、チンパンジーのエピソードは童話にもなっていたと思うので、結構有名な話かな……とは思うのですが。
にしても、ぜんっぜん愛でてないですよね、これ。
ゆっくりと動物の人
最終更新:2008年09月20日 02:08