ゆっくりれみりゃのおかしな友達 上
「がおー! たーべちゃーうぞー!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆゆ゛っぐりじでっでねぇぇぇ!!!」
胴付きゆっくりみれりゃの前で、ゆっくりれいむが悲鳴を上げている。
目をカッと見開いて口をあけ、わなわな震えておびえている。
ここは魔法の森の一角。紅魔館から飛んできたれみりゃの一匹が、一人で楽しく遊んでいるゆっくりれいむを見つけて、今まさにごちそうになろうとしているところ。
よくある光景ではあった。
「がおがお、がおー♪」
「ゆゆゆっ、ゆぐっ、ゆぐぅ! ゆっぐりぎでねぇぇ!」
遊び半分におどかすと、ゆっくりれいむは死に物狂いで逃げ出す。がさがさと茂みを突っ切り、ぽよんぽよんと石を乗り越え、みっともなくごろごろと転がって逃げる。赤いリボンが外れかかって、ぶらぶらと後ろにたれている。
それがれみりゃには、とてもおもしろい。
翼のあるれみりゃは、れいむよりずっと速く移動できる。れいむの苦労などまるでわからない。
――にげるにげる、あかいの、にげるー。
――あはは、ごろごろー。
――ぽよぽよ、おいしそー♪
紅魔館のまわりには天敵もいないので、れみりゃは追われるものの恐怖も知らなかった。無力なものを追い回す楽しみだけを味わっていた。
しばらく飛び続けていると、だんだん疲れが溜まってきた。れみりゃは軽い気持ちで決める。
――もういいや、たべちゃおー♪
さっと降下して、れいむに襲い掛かろうとした、そのとき。
「ガウワウッ、バウッ!」
「いだあああ゛あ゛あ゛あ!?」
木陰から、突然黒いものが飛び出し、れみりゃに襲い掛かった。
「ゆっ、ゆゆ゛っ!?」
突然背後で起こった騒ぎに驚いて、ゆっくりれいむは行き足を止めた。
振り返ると、毛むくじゃらの生き物が、今まで追いかけていた空飛ぶこわいゆっくりに噛み付き、地面に押し付けていた。
野犬だ。魔法の森にも、数は少ないが普通の動物はいる。そのうちの一頭だった。
ただ、野犬にしてはいくらか体が小さい。大人になる前の、子供の犬らしかった。
「ガウ、アグウウウ……!」
「いっ、いだああああ! やめで、たずげでざくやあぁぁぁ!」
れみりゃはバタバタと羽をもがき、身をよじって泣き叫ぶ。だが野犬はれみりゃの腕に噛み付き、ギリギリと締め上げている。漏れ出る肉汁に食欲をそそられているらしい。尻尾を大きく振っていた。
それを見て、ゆっくりれいむは歓声を上げる。
「ゆゆっ! ゆっくりしにそう? ゆっくりしんでね! ゆっくりくるしんでね!」
ざまあみろと言わんばかりにぴょんぴょんと跳ねた。自分を食べようとしていたれみりゃが、もっと強いやつに食べられかけている。いい気味だった。
若い野犬は、れみりゃのもがきに、遊び心を刺激されたらしかった。いったん口を離して、れみりゃをくわえなおそうとする。その一瞬に、れみりゃは体をもぞつかせて逃げ出した。羽をばたつかせ、ふらふらと飛んでいく。
「がえる、おうぢがえるぅぅ!」
だが方向が悪かった。そちらには高さ三メートルほどの崖がそびえていた。泣きながら飛んでいたれみりゃは、その崖にごちんと頭をぶつけ、ころりと地面に落ちた。
そこへ走ってきた野犬が再びうれしそうにかみつき、びたんびたんと地面に叩きつけ始めた。
れみりゃの絶叫が響く。
「いぎゃぁぁ! いやっ、ざぐやっ、ざぐやぁぁぁ! いだいいだい、いだやぁあぁ!」
「ゆゆゆっ、ゆっくりいたがってる! ゆっくりしぬのねー!!!」
ゆっくりれいむは、何度も飛び跳ね、振って湧いたこのスペクタクルを見物した。
れみりゃの苦しみは、なかなか終わらなかった。若い野犬はよほど気に入ったのか、いつまでたってもとどめを刺そうとしなかったのだ。噛んでは投げ、飛ばしては捕まえ、弾き飛ばしては追いかける。
れみりゃはぼろぼろになり、肉汁をまき散らし、土ぼこりにまみれて、見る影もない姿になった。
「や゛あ゛あ゛……ざぐやぁ……なんでぎでぐれないのぉ゛……」
泣き声だけは続いている。半端に生命力が高いため、死に切れないのがれみりゃの不幸だった。
それを見つめるれいむは、いつの間にか、騒ぐのをやめていた。
「ゆっくり……ゆっくりすぎるよね……」
ゆっくりれいむはたいして頭がよくないし、我がままで自分勝手なところもある。
だが、苦しむ者を見ていつまでも嬉しがっていられるような、残虐さは持ち合わせていなかった。
むしろ、頭がよくないため、少し前のことよりも目の前の出来事が重要に思えてきた。
れみりゃが可哀そうになってきたのだ。
「ゆゆ……ゆっくり、したいよね……?」
れいむは周りをきょときょとと見回して、あることに気づいた。
崖の上に、何かが見えることに。
「ゆ、ゆっくり行くよ……!!!」
もぞもぞぴょんぴょんとゆっくりれいむは動き出した。
れみりゃは絶望していた。
体中を噛まれ、振り回され、元気のもとである肉まん汁をじゅうじゅうと吸われて、すっかり弱ってしまった。どんなに呼んでも咲夜はこなかった。
――さくやのいじわる……
――れみーがよんでもこないなんて、さくやなんかもうきらい。
――さくやがこないから、れみー、もうしんじゃうから……。
「おぎゃっ!!」
薄れ行く意識ごとすさまじい力で引きずられ、崖にべしゃりと叩きつけられた。ハァハァと犬の臭い息がかかった。
――そういえば、あのあかいの、どうしたかな。
――あかいの、たべたかったなぁ……。
最後に、脳裏にゆっくりれいむの姿が浮かんだとき。
ゴツンと硬い音がするとともに、拘束が解けた。
「キャアンキャウン!」
れみりゃが目を開けると、野犬を尻尾を巻いて逃げていった。
かたわらに、一抱えもある石が落ちていた。それが野犬の頭に当たったらしい。
「う、ううー?」
れみりゃは目をぱちくりさせた。れみりゃの知能は、ゆっくりれいむよりも低い。れいむを六歳児とするなら、れみりゃは三歳か、いいところ四歳児ぐらいの知恵しかないのだ。
れみりゃにわかったのは、臭くて怖いあの生き物を、誰かがやっつけてくれた、ということだけだった。
そんなことをしてくれるのは、一人しかいないはずだ。
「さくや!? さーくーやー!」
れみりゃは顔を輝かせてあたりをみまわした。しかし、期待に反して、銀髪のメイドの姿はなかった。
「……さくやー?」
きょとんして顔を上げたとき、ちらりと赤いものが目に入った。それは、崖の上にいた。
――けれども、一瞬で見えなくなった。
「……うー?」
咲夜がいなくて、赤いのがいる。
どういうことなんだろう?
しばらく首をかしげていたれみりゃは、ふと、野犬に乗っている石に目を留めた。
石の割れ目に、赤いリボンが引っかかっていた。
†
それからしばらくたったある日、れみりゃはまた魔法の森で、好物のゆっくりれいむを探していた。
――おいしーあかいの、ほしいなー。
――げんきなしろくろでもいーなー。
木漏れ日を縫って軽やかに飛翔していく――つもりでいるのは、本人だけ。
実際のところは、巣を出たての雛鳥よりも下手くそなはばたきで、ぱとぱとぱと、と進んでいる。それより遅いのは、獲物のゆっくりぐらいしかいない。
「たーべちゃうぞー♪ ……んうー?」
そんな彼女の目に、ある光景が映った。
仲間のれみりゃが、木の根元にしゃがみこんでウロを覗いているのだ。その中からは、引きつった叫び声が漏れていた。
「ゆゆゆゆっぐりあっぢへいっでねぇぇ!」
――ごぁんだー♪
ゆっくりと言えば、れみりゃにとってはご飯でしかない。
少なくともこのときまではそうだった。
ぱとぱととー、と降下していって、仲間の隣に降りた。そこで、ぐいっと押しのけて中を覗き込んだ。
やはり、いた。紅白のゆっくりれいむが奥に隠れるようにして、目だけでこちらを振り向いている。
それを見たとき、れみりゃには何かが気になった。
――うー?
普通のゆっくりれいむとは、違うような気がしたのだ。
しかし深く考えるまもなく、横からどんと押された。
「これ、れみーの!」
仲間のれみりゃだった。ぷんとほっぺたを膨らませてにらんでいる。
反射的にれみりゃも相手をどんと突き飛ばした。
「ちがうの、れみーのー!」
「だーめー、れみーの!」
「いっだあ、れみーのったられみーの!」
「もおおお、れみーのだってばぁ!」
「れみーのなの、あっぢいげー!」
どん、どん、と突き飛ばしあう。最終的にれみりゃは、そばに落ちていた木の枝を取って、ばちばちばちーっと闇雲に相手を叩いた。相手はうわ゛ぁん! と盛大に泣き出し、飛び上がってぱとぱとと逃げていった。
「ざぐやにいいづけでやるー!」
残ったれみりゃは、ふん、と胸を張って勝ち誇る。人や動物との争いならともかく、このようなれみりゃ同士の喧嘩では、咲夜は介入してこない。うんざりした顔で、なかよくしなさいね、と言うだけだ。だから怖くない。
――やっつけたー♪
勝利した嬉しさに満面の笑みを浮かべて、あらためて木のうろを覗き込んだ。
「うふふふ、たーべちゃーう――」
「ゆゆっ? あのときのひと!? たすけてくれたの?」
予想もしなかった言葉をかけられて、顔に笑みを貼り付けたまま、れみりゃは凍りついた。赤いゆっくりがもぞもぞと出てきて、ぴょんと小さく跳ねた。
「れいむ、あぶないところだったよ! ありがとう!!!」
「……う、うー?」
れみりゃは心底戸惑った。獲物のゆっくりに泣き喚かれたり、逃げられたりしたことはあっても、向こうから寄って来られた事は初めてだった。
「うー……?」
しばらくの間、どうしたらいいか首をひねって考えた。
「……うー」
答えは明らかだった。れみりゃの頭に、高等な知能は入っていない。
寄ってこようが逃げようが、することはひとつだ。
改めて向き直って、両手を挙げ、お得意のポーズを決めた。
そして言おうとした。「たーべちゃ……」
「ゆっ、なおってる! ゆっくりなおってるね!」
あごの下を覗き込んだゆっくりれいむが、にっこりと笑った。
そして舌でぺろっとあごの下を舐めた。
「……うううー??」
れみりゃはさらに戸惑った。自分のぷにっとした顔の下のそこは、傷跡だった。そこに牙を突き立てられ、危うく首をもぎ取られかけたときの記憶が、肉まんの底からじわじわと湧き上がってきた。
いくら三歳児並のれみりゃといえども、人生で最も死に近づいたあの出来事の恐ろしさは、忘れられるわけがなかった。強烈な記憶がフラッシュバックして、幼い彼女を襲った。
「ううう……うああぁぁぁん!!! あああ、ああ゛あ゛あ゛ん、ごあ゛い゛よー!」
見る間に涙をあふれさせて、ぺたんと地面に座り込み、大声で泣き出した。
「ゆ、ゆゆゆっ?」
今度はゆっくりれいむのほうが戸惑って、もぞもぞとれみりゃの周りを回りだした。
「どうしたの? なんにもこわくないよ! ゆっくりしていいよ!!!」
「あ゛あ゛ああ゛あ゛ああん、あ゛んあ゛ん、ざぐやあぁあああ!」
「な、なかないでね! ゆっくりなきやんでね?」
声をかけたが泣き止む様子もなかった。そこで、懸命にやわらかいほっぺたを押し付けて、腕や背中をふにふにとさすってやった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ん、ああああん、ああああん……」
全力で泣いていたれみりゃは、次第に声を収めていった。咲夜はこなかったが、代わりに何かふにふにして温かいものが、寄り添ってくれていた。
「ゆっゆっ、ゆっくりおちついてきた?」
「う、うー?」
ぺたんと足を投げ出しているれみりゃの脇の下に、後ろからもぞもぞと入ってきたゆっくりれいむが、ひざの上にぼふんとあごを乗せて、見上げた。
「れいむがついてるから、こわくないよ!」
「れ……れーむ?」
「れいむだよ! あなたはだあれ?」
「……れみー」
「れみーもいっしょにゆっくりしようよ!!!」
「ゆっくぅー?」
「ゆっくりだよ!!! こうやってー……」
ゆっくりれいむはもそもそと近くの切り株に昇り、その上でうんっと力をためて、ぴょんと飛び上がった。
「ゆっくりー!!!」
「ゆっぐぃー?」
れみりゃが立ち上がって、とてとてと寄ってきた。れいむは教えたことの反応があったので嬉しくなって、もう一度、目を閉じてうーんと力をためてから、思い切り飛び上がって叫んだ。
「ゆっくりぃー♪」
「ゆっぐぃー!」
万歳、のようにれみりゃも手を伸ばして、叫んだ。れいむはすっかり得意になって、れみりゃの手をくわえて切り株の上に引っ張り上げた。
「もう一回、いくよー? せーの……ゆっくりー!!!」
「ゆっぐいー!!!」
二人同時にジャンプしたが、狭い切り株の上だったので、ぶつかり合って後ろへ転げてしまった。
ごろごろろん、と落っこちて重なり合う。
だが、すぐに起き上がって、二人ともけらけらと笑い出した。
「わあー、とってもゆっくりできるよぅ。れみーはゆっくりできる人だったのね!!!」
「ゆぐー、ゆっぐぅー」
れみりゃは不思議な楽しさを感じて、何度も万歳を繰り返し、ぴょんぴょんと跳ね回った。その後ろを、ゆっくりれいむも跳ねながら追い掛け回した。
「ゆっくりしていってね!!!」
ところがそのとき、上空から大きな声が聞こえてきた。
「お嬢様、お嬢様ー? どこですか?」
さくや? と思ってれみりゃは見上げるが、すぐに違うと気づく。この声は紅魔館の妖精メイドだ。咲夜のように心から可愛がってくれるのではなく、お義理でいやいや探している感じがありありと出ているので、よくわかる。
それを聞くと、れみりゃのそばにいた赤白のものが飛び上がった。
「ゆっ、だれかきたよ! れいむはにげるね!!!」
そう言って、もそもそと木立の中へ走り出した。
その後姿には、ゆっくりれいむのトレードマークであるはずの赤リボンが、なぜかついていなかった。
それを見たとき、れみりゃはようやく、相手と一度会ったことがあることに気づいた。だからさっき、木のうろの中で目にしたとき、変な気分になったのだ。
れみりゃは、一度見かけたゆっくりを、今までぜんぶ食べてしまっていた。
だから同じゆっくりと二度会ったり、ましてや遊んだりしたことは一度もない。
今のゆっくりれいむは、れみりゃが知らなかった気持ちを教えてくれた。
顔なじみという気持ち、一緒に何かをするという気持ち。
――れーむ?
それは、その名前とともに、れみりゃの心の中に、不思議な温かい思い出となって染み付いた。
「ああ、いたいた。おやつだから早く戻れってメイド長が言ってますよ」
降りてきた妖精メイドに抱かれながら、そのれみりゃはぽてぽてと森に向かって手を振っていた。
††
ぱとぱとと翼をはためかせて、ゆっくりれみりゃは降りていった。
魔法の森の小さな空き地だ。真ん中に切り株がある。そこに立つと、生い茂る草になかば埋もれた、小さな木のうろが見えた。
あれから三日。
ここ数日は紅魔館の周りでおとなしくしていた。しかしその間、どうもおもしろくなかった。咲夜に手製のプリンをもらったし、迷い込んできたゆっくりまりさを食べておなかも膨れたのだけど、何か物足りなかった。
あの変なのびのせいだと思った。一人で何度も、のびをしてみた。
――ゆっぐぅー。
――ゆっぐぅー。
でも、ぜんぜん楽しくなかった。何かが足りなかった。
それがここにあるような気がして、今日は空き地にやってきたのだ。
「ううー……」
切り株にぽてっと座って、何かが起こるのを待った。五分ほどたつと木のうろに行ってそこを覗いた。誰もいなかったので、切り株に戻ってまた五分待った。それからまた木のうろを覗いた。
そんなことを、四回繰り返した。
たった五分やそこらで何かが起こるわけがないのだが、幼いれみりゃにそんなことはわからない。すぐかんしゃくを起こすわがままなれみりゃにとって、五分はむしろ、長い。
それを四回も繰り返したのだから、れみりゃは飽きが来てしまった。
――なんにもこなーい。
――つまんなーい、おうちかーえろっと。
ぱとと、と飛び上がって旋回した途端。
ウロのある木とは正反対の方角で、木に隠れてじっとしてる赤いものを見つけしまった。
「ううー!」
思わず叫び声を上げて、急降下する。赤いものが、びくっと震えるのが見えた。
れみりゃは、赤い房飾りをつけたゆっくりれいむの前に舞い降りた。れいむはおびえたような顔で、小刻みに震えている。
「うー……?」
「ゆ、ゆ、ゆ……」
つかのま、奇妙な見つめあいが合った。これが他の場所で起こったなら、即座にハンティング開始なはずの組み合わせだ。
ぷるぷる震えていたれいむが、おそるおそる言った。
「ゆ、ゆっくりできる人……?」
れみりゃは、そのれいむの頭にリボンがないことに気づいた。
このひとだ、とつたない記憶がささやいていた。
身を縮めて、力をためた。
「ううーん――」
さっと万歳して、笑ってみた。
「ゆっぐぃー!」
そのとたん、相手の顔がぱっと輝いた。
「れみぃ! れみぃなのね!」
「れーむ!」
「ゆっくりしに来たのね! ゆっくりしようね!」
きらきら輝くような笑顔になったれいむが、ぴょんぴょんとれみりゃの周りを回って、「ゆっくりー!」と頬をこすりつけてきた。
「ゆっぐぃー、れーむとゆっぐぃー!」
れみりゃもにこにこと笑いながら、れいむと押し合った。
とてもうきうきした。これがしたかったんだ、と思った。
その日から、れみりゃとゆっくりれいむの、不思議な関係が始まった。
れみりゃが切り株にやってきて、「ゆっぐぃー!」と踊ってみせる。するとゆっくりれいむが現れて、「ゆっくりしていってね!!!」と挨拶する。
それから二人でいろいろな遊びをした。
鬼ごっこは、れみりゃのほうが圧倒的に得意だった。のてのてと逃げ回るれいむを捕まえるのは朝飯前だった。
れいむが鬼になると、れみりゃはぱとぱと飛んで逃げる。すると、れいむが地上をぴょこぴょこ跳ねて、「ゆっくり跳んでね、ゆっくりおりてきてね!!!」と必死になってついてくる。
地上に降りてしばらく待ち、れいむがはあはあ言いながら走ってきて、いざタッチ! というときにふわっと飛んで逃げた。するとれいむは勢いあまってころころとつんのめった。
そしてほっぺたを膨らませて怒るのだった。
「れみぃはとんでばっかりでずるいよ! ゆっくりあるいてね!」
「とばないでってば! もう、もうー、ゆっぐりじでよお゛お゛お゛!」
半泣きになって叫ぶれいむを見るのは、すごく楽しかった。れみりゃは手をぱちぱち叩いて、きゃっきゃと喜んだ。
しかしれみりゃにしても、とぶのが本当にうまいわけではない。三度に一度は、とっさのところで逃げ損ねて、つま先をがぷっと噛まれてしまった。
「やったよ、れみぃのおにだよ! ゆっくりついてきてね!」
そしてぴょんぴょん逃げ出すれいむを、もう一度追いかけるのだった。
かくれんぼもやった。これはれいむのほうがうまかった。れいむが本気で隠れると、れみりゃにはなかなか見つからなかった。最初にやったときはあまりにも見つからなかったので、れいむが帰ってしまったと思って、れみりゃは泣き出した。
「うあーあーー! れいむ、れ゛ーい゛ーむ゛ーー!」
「ゆゆっ? 泣かないでいいよ、ゆっくり隠れていたよ!」
出てきたれいむが教えてくれた。
「あのね、もーいーかーいってきくんだよ!! もーいーかーい!」
「もーかーい!」
「もーいーかーい!」
「もーかー! もーかーいー!」
れいむは向こうへ行って、木の陰からぴょこりと顔を出して言った。
「まーだだよー!」
「まーだー?」
「もーいーよ、って言ったらくるんだよ!!!」
れみりゃはルールを覚えて、れいむを見つけ出せるようになった。けれども小さくて丸いゆっくりれいむは、木の下にもしげみの中にも隠れられるので、なかなか見つからなかった。
逆に、れいむが鬼になると、れみりゃはすぐ見つかってしまった。れみりゃはどこに隠れても、羽を隠すのを忘れて、ぱとぱとと出しっぱなしにしているので、すごく目立つのだ。
「れみぃ、みーつけた!」
「ううー? れーむ、ずるい!」
「ずるくないよ、ゆっくりとさがしたよ!」
「うぶー、ずるいずるい! ばーか!」
べちん、とれみりゃはれいむを叩いた。れいむのほっぺたがへこむ。「ゆ゛っ」と目を閉じて痛そうな顔をする。
するとれみりゃは、すぐにしまったと思って、叩いたところを小さな手で撫でてやるのだった。
「れーむ、いたくないいたくないよ。ごめんね?」
「うん、いたくないよ! ゆっくりなでてくれてありがとうね!」
れいむがすぐ元気にゆっくりしてくれるので、れみりゃもすぐ嬉しくなった。
「れみぃの手は、あったかくてぷにぷにできもちいいよ!!!」
「れーむー♪」
抱き合ってすりすりと頬ずりをしていると、あったかい気持ちが高まってきて、思わず二人とも叫んでしまうのだった。
「ゆっくりー!!!」
「ゆっぐぃー!!!」
ほかにもいろんなことをした。
きれいな石を広場に隠してお互いに探しっこをしたり。
色のつく草の実をつぶして、顔に模様を書いてあげたり。
草を折って笛にしたり。これはれみりゃが知っている、ただひとつのおもちゃ作りだった。咲夜が教えてくれたのだ。でもれみりゃ自身は、造り方は知っていたがうまく鳴らせなかった。
つたない手つきでそれをつくってれいむに渡してみると、スッスッとしばらく空気を噴いてから、出し抜けにすごい音を立てた。
ぷぴーぃ!
「ゆゆゆ!? なにこれすごい!」
ぷぴー、ぷぴーー、とゆっくりれいむは笛を吹き鳴らした。それがあまりうまかったので、れみりゃは悔しくなって、笛を取り上げて自分も鳴らしてみた。
ぷひぃー……ぷひひぃー……
どうにも気の抜けた音しか出なかった。いらいらしてきて、笛を地面にたたきつけた。
「うぐぅー! つまんなーい!」
「ゆっ、れみぃはちからをいれすぎだよ!」
れいむがそれを拾って吹いた。
ぷぴー! ぷっぷくぷぴっぴー!
「やさしく吹くといいよ! そうっとゆっくり吹くんだよ!」
れいむが差し出した笛を、れみりゃはもう一度くわえた。そして、れーいむがやったみたいに、そうっと吹いてみた。
ぷぴっ
んぷぴーぃ……
「あった!」
「鳴ったねー!」
「あったあった! ゆっぐぃーったー!」
二人で代わりばんこに笛を渡して、何度も何度も笛を吹いた。
れいむとそんな風に遊ぶのが、れみりゃはとても楽しかった。
今までこんなことをしたことはなかった。れみりゃは、ゆっくりと見れば食べてしまうのが普通だった。仲間のれみりゃたちは、食べることと咲夜たちにかまってもらうことしか興味がなかった。
れみりゃは生まれて初めて――ただ一人きりの――友達を見つけたのだ。
そんな思いを表したくて、れみりゃはれいむを抱き上げて、ぱとぱとと飛び上がる。「ゆっ?」と驚いたれいむも、次第に高度が上がるにつれ、喜び始めた。
「たかいたかい! とおくがみえるよ!」
「れみぃ、れーむだいすきー」
「れいむもれみぃがすきだよ! ずっと仲良くしようね!!!」
魔法の森の上を飛んでいく、おかしな組み合わせの二人。
ゆっくりれいむも、あまり友達がいなかったので、新しい友達になったれみりゃのことが大好きだった。
でもひとつだけ、嫌なことがあった。
二人で遊んでいる最中、れみりゃはおなかがすいてぐずり始めるときがある。れいむがちょうちょやバッタをとってきたり、木の実を上げたりしても、ほとんど食べない。
「れみぃ、ごあんがいーのー!」
足元をでしでし蹴って、れみりゃはそう泣き喚く。
「れいむ、ごはん持ってきてあげたよ!」
「いやー! こーれーじゃーなーいーのー!」
そういうとき、れみりゃはいつもきょろきょ辺りを見回してから、れいむに聞くのだ。
「ごあんにいって、いーい?」
「ゆ……ゆっくりいってきてね!」
れいむはそう答えて、飛んでいくれみりゃを見送る。
小一時間ほど待っていると、れみりゃが戻ってきて叫ぶ。
「れーむ、あーそーぼ!」
「ゆっくりあそぼうね!!!」
そう言って、れいむは迎える。
嫌なのはこのときなのだった。
れみりゃの手や口元に、乾いたあんこがこびりついている。クリームの時もある。
満腹のれみりゃは、なにかひどく不安で不吉な雰囲気を身にまとっている。
うすうす、想像はつくのだ。れみりゃは本当は仲間じゃない。見つけたら逃げなきゃいけない、敵だ。自分だって「れみぃ」以外には見つからないよう、いつも注意している。れみぃ以外は、わるいれみりゃなのだ。
ううん。
多分、れみぃも――。
「ね、ねえ、れみぃ。あのね?」
「うー?」
「ごはん、ゆっくり食べないでほしい、な……」
「ごぁんー? ごぁんたべる!」
れみぃは無邪気な笑みを浮かべて、ごぁんごぁんと繰り返す。
その顔には、屈託のかけらもない。
たぶん、自分の友達はこの「れーむ」だけで、それ以外はみんなごはん、と割り切っているのだ。
何の悪意もなく。
それを見ていると、れいむは何も言えなくなってしまうのだった。
そんなある日、ゆっくりれいむとゆっくりれみりゃは、二人で森の上を飛んでいた。
「今日はとってもいいゆっくりポイントを教えてあげるよ!」
「ゆっぐぃー♪」
ぱとぱとと飛行するれみりゃの腕の中から、れいむは地上を見下ろす。
れみりゃに会う以前、別のゆっくりから聞いたそのポイントのことを、今朝になって思い出したのだ。
やがて緑の森の一角に、クジラの背のような灰色のこぶが見えてきた。れいむはむぎむぎと身動きして、れみりゃに教えた。
「れみぃ、あそこだよ! あの灰色のところにゆっくり降りていってね!」
「おりうー!」
そこはこんもりとそびえる、岩山だった。山といってもゆっくりが登れるぐらいのゆるやかな坂があり、てっぺんが平らになっていて、日向ぼっこにちょうどいい。
おまけにゆっくりがちょうど入れるぐらいの割れ目があって、万が一敵が来た時も、ゆっくりと隠れていられるという話だった。
れみりゃとともに、れいむは岩山に降り立った。そこにすでにたくさんのゆっくりが来ていた。紅白のゆっくりれいむと黒白のゆっくりまりさの一家が追いかけっこをし、紫のゆっくりぱちゅりーがうとうとと日向で体温を高め、緑のゆっくりちぇんが転がっている。
そこにれいむは声をかけた。
「みんな、ゆっくりさせてね!」
ふりむいたゆっくりたちが、挨拶しようとした。
「「「「「「ゆっくり……」」」」」」
「うっうー!」
れいむの背後で上機嫌に手を振るれみりゃを見た途端、全員が凍りついた。
「「「「「「……できないよぉぉぉぉ!!!」」」」」」
皆がなだれを打って逃げ出した。走る、飛ぶ、転がる。突き飛ばす。
あっという間に全員が、岩棚の隅にある割れ目の中へ隠れてしまった。
「ゆゆっ、みんなどうしたの!?」
ゆっくりれいむは戸惑って、割れ目の前へ近づく。すると、中から敵意のこもった声が飛んできた。
「その人はゆっくりできない人だよ!」
「ゆっくりつれてかえってね!」
「むきゅー、こわかったよぉ……」
ゆっくりれいむはおろおろと、れみりゃと割れ目を見比べる。
「そんなことないよ、このれみぃはいいゆっくりれみりゃだよ!」
「いいれみりゃだってさ」
「おお、こわいこわい」
「わからない、わからないよー!」
嘲りのこもったくすくす笑いが漏れてくる。ゆっくりれいむはだんだん腹が立ってきた。自分みたいに仲良くすれば、ゆっくりれみりゃだって怖いことをしないのに!
「ねえ、ゆっくりでてきてね?」
れいむはもぞもぞと割れ目に入り、一番手前にいたゆっくりまりさの帽子をくわえて、くいくいと引き出そうとした。
するとまりさは抵抗した。
「ゆっ? いやだよ、出る気はないよ! ここでゆっくりするよ!」
「そんなこと言わないで、ゆっくり外に出ようね!」
二人の様子を見て、ゆっくりたちが集まってきた。ゆっくりれいむを取り囲んで、体当たりする。
「なんでそんなことするの?」
「みんなはお外に出たくないよ!」
「あなたはわるい人のてさきなんだね!」
「ゆっ、わるいゆっくり、わるいゆっくりだ!」
「ゆっくりしんでね!」
取り囲まれ、突き飛ばされ、体当たりされたれいむは、悲鳴を上げた。
「ゆっ、ゆぐぅぅ!? れいむは悪くない、わるくないよ!」
「わるくないってさ」
「おお、あやしいあやしい」
「やべでぇぇ、づぶれぢゃう、だすげでぇぇ!!!」
すると、その声を聞きつけたのか、不意に岩の割れ目にれみりゃが頭を突っ込んできた。そして叫んだ。
「がおー! たーべちゃーうぞー!!!」
「ゆぎぃぃぃぃぃぃ!!?」
ゆっくりたちはあわてて割れ目の奥へ引っ込んだ。
その隙に、潰されかけたゆっくりれいむは、もたもたと外へ出てきた。
れみりゃの前で顔を上げて、無理に笑う。
「ごめんね、みんなは今ちょっと、ゆっくりしてるんだって」
「ううー……?」
「よそでゆっくりしようね」
れみりゃは戸惑った。楽しそうにしていたれーむが割れ目に入ってしばらくしたら、急に悲鳴を上げて、ぼろぼろになって出てきたからだ。
割れ目の中にいるのは悪いやつらなんだと思った。岩を覗き込んで、何度も叫んだ。
「がおー、がおがおー! もぐもぐしちゃうぞー!」
「わるいこ、ででこいー! がおー!」
そのたびに奥から、「ゆぐぅぅ、ゆぐぅぅぅ!」と恐怖と敵意に満ちた悲鳴が聞こえた。
無性に腹が立って、踏み潰してやりたくなった。
それを押しとどめたのは、友達のゆっくりれいむだった。彼女は横かられみりゃのスカートをくいくい引っ張って、訴えた。
「れみぃ、もういいよ! ゆっくりよそへいこうね!」
「ううー?」
そんなの嫌だと思った。あの腹の立つやつらを全部やっつけて、友達のれいむの仕返しをしてやりたかった。
けれどもそうしようとすると、れいむがとうとう声を上げて泣き出した。
「う゛あ゛あ゛あ゛ん、もういいよぅ!! れみぃ、もういいからぁぁ!!」
れみりゃには、れいむがなぜ泣いているのかわからなかった。
れみりゃが頑張れば頑張るほど、割れ目の奥のゆっくりたちが、れいむに恨みのまなざしを向けることが、理解できなかった。
それでも、れいむを泣かせたくはなかった。泣き止ませようと、抱き上げて不器用に揺さぶり、子守唄のつもりで下手くそな歌を歌った。
「うーうーううー、んっんーんうー」
割れ目の奥から、ため息のような驚きの声が聞こえたが、れみりゃは気づかなかった。
最終更新:2011年05月24日 23:10