「お饅頭~♪ お饅頭♪」
白玉楼の主、西行寺幽々子は上機嫌だった。
なぜなら、今日のおやつが、彼女の大好物……
ゆっくりだったからである。
「ゆっ! それじゃあ、れいむはそろそろいくね! ありがとうおねえさん!」
「いえいえ、どう致しまして」
「よかったね、あかちゃん! おいしいおかしがたくさんもらえたよ!」
「やっちゃー!」
「はやくかえってたべよー!」
笑顔で、お菓子を頭に乗せて、ゆっくりれいむの家族は去っていった。
いかな幽々子とは言え、生きたゆっくりを食べるような事はしない。
彼女の大好物であるゆっくりとは、母ゆっくりの出産時に
赤ん坊と一緒に生み出される“お饅頭”の事であった。
「それにしても便利な生き物よねー」
と、幽々子は一人ごちる。
「あんなに美味しいお饅頭を、自分の身体から生み出せるなんて」
白玉楼の近辺に住むゆっくりは、自身が妊娠した時、白玉楼へと向かう。
夢精卵とも言うべき“お饅頭”を差し出すことで、
対価として沢山のエサがもらえる、というシステムが出来あがっているのだ。
幽々子は美味しいお饅頭を食べる事ができ、ゆっくり達は生やした“お饅頭”より沢山の食料が手に入る。
まさにいいことづくめの関係だった。……白玉楼の財政以外には。
「……けど、何で赤ちゃんと一緒に、饅頭が生えてくるのかしら」
「知りたい?」
不意に、誰も居ないはずの場所から、声が聞こえた。
「……紫、女の部屋に入る時はノックが大事よ」
スキマ妖怪、八雲紫であった。
「あら、ごめんなさい。けど、意外ね」
「何がよ」
「あなたが、あの饅頭妖怪の生態に興味を持ったことが、よ。てっきり、食べられれば何でもいいものだとばかり思ってたわ」
少女のような笑みを見せつつ、紫は云った。
「消費者は、普段食べているものがどこ産だとか結構気にするものよ」
「論点がずれてるわよ、幽々子……」
呆れたような顔をしたものの、気を取り直して紫は云う。
「ま、良いわ。あの饅頭が、なんで子供と一緒にただの饅頭も産むか、ね。だいたい予想はついてるわ。受講料、“お饅頭”3つで良いわよ」
「高いわ。0.5個にしなさい」
「最近寝てばっかだったから、藍と橙の心象悪いのよ。少しは主らしいとこ見せなきゃ」
「1.2個よ。これ以上は譲れないわ」
これでも、幽々子を良く知る者にとっては、信じられないほどの譲歩である。
「はぁ……分かったわよ。しようがない、2人のお土産は人里で買うしかないか……」
溜め息を一つついた後、紫は語り出した。
「私の予測ではね、あの饅頭たちが、ただの“お饅頭”を生やすようになった理由は、3つあると思ってるわ」
「3つ?」
「そ。1つ目は、世間でそう言われている通り、子供や自分の食料として。2つ目は、妊娠時にカラスや犬などの外敵に襲われた時、
囮にするための保険。そして、3つ目は……」
一呼吸置いて、語りだす。
「……悲しみと、無念さが理由かしらね」
「悲しみ?」
「きっと、あの饅頭たちがああいった進化を遂げるまでには、結構な年月がかかっているはずよ。
そして、最初の頃は、普通に“顔付き”だけを産み出していたんじゃないか、って思ってるわ」
「ちょっと待って。じゃあ、昔は、もっと沢山の子供を一度に作る事が出来たって事? それじゃあ、進化とは言えない気がするけど」
「……野生の動物が、共食いするのを見た事があるかしら? 親が子を喰らい、子が親を喰らう。
それを醜いと批判するのは私たちのエゴね。向こうも、生きるために必死なんだから。
永遠亭の医者が言ってたけど、あの饅頭たちの中身って、脳味噌としての役割も果たしているらしいのよ。
聞いた事があるかしら? 知識を手っ取り早く得るためには、賢人の脳を喰らえばいい、って」
こくり、と頷いて幽々子が返答を返す。
「ええ。外の世界の魔女たちが、かつて行っていたそうね」
「あの脆弱な饅頭妖怪たちは、数世代、数十世代にも渡って同じ事を繰り返していた。
そうしないと、種の存続にすら関わるほど、彼女らは弱かったから。
そして、それを続けるうちに、彼女らの餡子には、喰らった相手の深い悲しみが刻まれるようになった。
姉を食べねばならなかった妹、妹を食べねばならなかった姉、母を食べねばならなかった子、子を食べねばならなかった母。
その悲しみと無念さは、彼女らの心を蝕んだ。
だからきっと、彼女らは子供だけでなく、“お饅頭”も頭に生やすようになったのでしょう。
かつて、自分の祖先たちが犯した、悲しみの連鎖を断ち切るために」
幽々子が、何かを思ったような顔で“お饅頭”を見つめる。
「……とは言え、“お饅頭”も、子供として生まれる事が出来たのかもしれない存在であった事は確かだわ。
けど、母と姉妹が悲しみから救い出される代わりに、この子たちは、その機会すら失ってしまった」
「ええ。……それは、とても残酷な御伽噺ね」
紫は、“お饅頭”を手に取り、そう云った。
- せつないんだぜ・・・ -- 名無しさん (2011-05-19 15:38:16)
最終更新:2011年05月19日 15:38