……なんだろう。最近どうもよく頭が痛くなる。おねえさんが最近よく出かける。それと関係があるのだろうか。……何を考えているんだ。関係のあるはずがない。……私は、どうしたんだ……。
こういうときは人形を見るにかぎる。今にも動き出しそうなたくさんの人形は、私の心をほっとさせてくれた。……そうだ。充分に食べられ、充分に眠れる。これ以上何をのぞむことがあろうか。人形は、食べたくも眠たくもならないのかな……。
棚には私を模した人形もある。私が始めて人形棚を見たときにはすでに並んでいた。おねえさんは実に早く人形を作るんだな、と感心したのをよく覚えている。
……この人形、実際にどれぐらい私に似てるんだろうか? たしかとなりの部屋には鏡がある。人形を持っていけば、比べることができる。しかし、おねえさんに家の物には触るなと言われている。……さからったらどうなるか? いや、何を考えてる。そうじゃない、私は人形が取りたいんだ。ひかくしたいんだ。さからったときのことじゃなくて……いや、そもそもおねえさんに禁じられていて……
!
気づくと私は、口元に人形を加えていた。しまった、これはまずい。戻さないと……
?
これは……確か、写真? 私と……この女性は?
人形のうらにしゃしん? わたしと、女性? ??? …………
「シャッターチャーンス!」
「わっ!」
「ふふ、アリスさん激写です」
「いきなりなんなの!」
「この写真によると、アリスさんは本を読んでますねー。タイトルはー、『記憶……?』その後は影になって読めません! 残念」
「目の前にいる本人に聞こうって言う気にはならないの?」
「頼んで教えてくれそうならぜひそうしたいですね」
「お生憎様。人間だろうが天狗だろうが、非礼を礼で返すほど私はお人よしじゃないわ」
「そうは思えないですけどねえ」
「……なによ」
「さあ、なんでしょう?」
「言いたいことがあるならねえ、はっきりと「はいっ!」
アリスの言葉を遮るように、目の前に写真が差し出された。
「これ……私? 笑ってる……」
「そうです。半年ぐらい前のですかね。今はアリスさんちょっと怒ってました。皺がこう眉間にぐわっと寄って」
「……」
「笑うのもそうですけど、怒るのも大事ですよ。それから、泣くのも。どれも感動してるってことですからね。そう言った瞬間を探し求める、これぞ記者魂ってやつですね」
「支離滅裂よ。結局、何が言いたいの」
「……私があげた写真、大切にしてくれてます?」
「全く、最初からそう訊けばいいのに。どうだったかしら。人形の後ろにでも放り込んでおいた気がするわ」
「ふふ。それは安心です。撮った甲斐があります」
「ところで、私はその笑っている写真を撮ってもらった覚えがないのだけど……」
「ととと盗撮ちゃうわ!」
「まだ何も言ってないわよ。……ま、いいわ。私は忙しいから、じゃあね」
「てっきり怒るかと思ったのに……ええと、あっちは確か紅魔館。何冊か本を持ってたし、図書館に用があるのかな?」
「おねえさん、こんにちは!」
「はい、こんにちは。食事、水……オーケー。水が残り二週間分ってところかな……次来るとき持ってこないと」
「おねえさん!」
「はい?」
「いつもご飯とお水、ありがとう!」
「な、何よあらたまって……」
「物をもらったらお礼を言うものだよ!」
「じゃあなんで今まで言わなかったの」
「ありがとうの安売りはよくないの」
「結構深いこと言うのね、あんたは」
「ほんとはわすれてただけだけどね!」
「……一瞬見直した私が馬鹿だったわ。さて、じゃあ今日も演りますか」
「じゃかじゃーん、じゃかじゃんじゃんじゃんじゃーん」
「いやそういうの要らないから」
「そう?」
「そうよ。……さて、今日の主演人形は……」
(わくわく)
「この子です!」
「!」
「さて、この子は誰でしょう?」
「まりさだー!」
「その通り!(ふふ、短期間で作ったとはいえ出来は最高級よ)すごいぞー、かっこいいぞー!」
「まりさ、かっこいい!」
「そして助演は……」
(どきどき)
「お友達の子供達でーす!」
「! …………」
「?(受けが悪いわね。人数が足りてなかったかしら)……続いての助演は……」
(…………)
「やさしいおばさんです!」
「!!」
「あれ……?」
「……う……お、う……あ」
「ど、どうしたの」
「う、お、おばさん……おばさん、会いたいよう。お、……おともだちと、……あそびたいよう。」
「ちょ、ちょっと」
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーん! おばさーーーーーーーーーん! ああああああああーーーーーーーーーーん! あうううう……うああううう……うううううう、うっ、うっ、うっ、うあーーーーーーーーーーん」
(……そうね)
「あう、あっ、あっ、あうううう、あーーーーーんうあぐっ、ぐ、ひぐっあうう……」
(寂しくないわけ、ないじゃない)
「……ごめんね」
「お、お、おねえさん、んんん……あったかいよ、ん、ん、おばさんも、よく、まりさ、だっこしてくれ、た……」
「……会いましょう」
「う……あ、ん、ん?」
「おばさんに、会いましょう」
「……でもおばさん、こない」
「私が今から連れてくる。必ずすぐに戻ってくる。……だから、待ってて」
「……」
「……」
「……って……しゃ……」
「?」
「いってらっしゃい! ……大好きな人がお出かけするときは、こういうんだよね」
「……うん。いってきます、まりさ」
初めてそう呼んだ。
ただの人間が情に絆されると碌なことにならない。彼らは大抵非力であるからだ。――しかし、彼女なら――魔法使いの、彼女なら――アリス・マーガトロイドなら――
「……お久しぶりです。(……声を潜めて)」
「! マーガ(……トロイドさん! 私は、私は……)」
「(積もる話は後で。……この家の周りは随分と不逞の輩が多いこと。苦労なされたようで……)」
「(そうなんです、何度もあの子のところへ向かおうとしましたが、監視が、尾行が……)」
「(わかります。正面から出るのは無理です。なので上から行きます。私に掴まってください)」
「(ええっ、上から!? 上からとは……)」
「(いいから掴まってください!)」
「(きゃっ……う、浮いてる……)」
「(このまま行きます)」
「(えっ、そっちは壁……ああっ!! ……?)」
空に舞い上がった二体の肢体は、存分に夜風を浴びて、その衣を棚引かせた。
「抜けました。もう普通に喋っても大丈夫ですよ」
「え、あ、あ、壁は……? 浮いて……飛んで……?」
「壁はすり抜けました。浮いてるのは私の魔法です。飛んでるのは私が魔法使いだからです。他に質問は?」
「…………あの子は、まりさはどうしているんですか」
アリスはほほ笑んだ。
「敵わないなあ」
速度をあげ、うっとおしい雲を突き切るほどの勢いで、一人の女性の想いを載せて魔法使いは飛ぶ。
「……おばさん……ぐすっ、」
「……さ」
「!」
「ま……さ」
「お、ば……」
「まりさ!」「おばさああん!」
扉を開くや否や、まるでそれがなかったかのように、一人と一匹は走って寄り添った。
「……」
「おばさああああん、おばさあ、ああん!!!」
泣きわめくまりさに対し、ただじっと抱きしめる様子がアリスの目には印象的に映った。
――だが、いつまでも感傷に浸ってる程彼女は人間的ではない。
「……お邪魔して申し訳ありません。貴女のことを前に少し調べさせていただきました。貴女は、魔理沙の……」
「昔の話です」
「……」
「血縁でもないのに……馬鹿な女と思うでしょう。でも、貴女も女なら、わかりませんか」
「おばさん、おばさん……」
「女性だからなのかはわかりませんが……今は少し、わかります。まりさは、いい子です」
「っ、おねえさん、ありがとう……。あ、ありがとうの安売りしちゃった。てへっ」
まりさがほほ笑む。アリスもほほ笑む。
それから幾許かの余韻を経て、二人は目を合わせる。
「……まりさを、私に預けていただけませんか?」
「……はい。……はじめから、そうお願いするべきだったんです。私は、心のどこかで、この子を……まりさを手放したくないと思っていた。せめて自分の目の届くところにおいておきたいと思った。……今度こそは、そうしたいと思っていた。でも違うんです。それは大人の勝手。あの子は……魔理沙は、少し急ぎ過ぎたけど、自立したんです。……私はそれを認めきれなかった……近所の人々よりも、霧雨家の人々よりも、誰よりも…………」
「おばさん、まりさよくわからない……あたまわるいから」
「あなたは優しい子よ。それだけで充分なの。魔理沙だって……いや、あなただから、あなた自身が、それでいいの。あなたは他の誰でもない、誰の変わりでもない、やさしいまりさなの」
「(ずいぶん冗長で、不格好な表現ね……伝えたいことはわかるけど)」
まあ今だけはそれも悪くないかな、とアリスは心の中で付け加えた。
魔法使いは夜空を飛ぶ。なぜではない。どうしてではない。もともとそういったものであり、理由は後から付いてくるのだ。今回の彼女のケースは、夜遅くなったのと、気分がいいからだ。
「最後に一晩だけ一緒に、か……」
アリスはほほ笑んだ。……今日はよく笑っている気がする。
「人間ね。実に人間。余韻に飢えてるのね。でも、今夜の空は荒れそうだから、それもいいでしょうね。不安な天気の夜は、母親は子を寝床で宥めるものよ」
こうして独り言つ自分も実に人間。そんなことはわかっている。わかっていても止められない。しかし、こういうときがたまにはあってもいいではないか。
(……まりさが家に来たら、新しい帽子でも作ってあげようかな。今のは結構ボロボロだったし)
(あ、リボンを新調するのもいいな。ちょうど大きな生地が余ってたのよねえ)
(それから、それから……)
想像を膨らます少女には、豪雨さえも小鳥のさえずり程度にしか聞こえてこない。無意識に魔力の層を敷き、雨粒を弾くことができるアリスほどの魔法使いになると、尚更である。
「おばさん」
「なあに?」
「たくさん雨ふってるね」
「そうねえ……風も強いみたいだし。そう言えば昨日から雲行きが怪しかったわねえ……」
「おばさん」
「なあに?」
「雷、うるさいね」
「まりさにはおへそがないから、雷も大丈夫よ」
「おばさん」
「なあに?」
「……なにか、いる」
「……へ?」
「なにか、いる。いるよお。おばさん」
「お化けなんていないわよ。寝ぼけた人が見間違えたって、よく言うじゃない」
「ちがう。ちがうよお。いる。あ、あ」
「まりさ、なにを……!」
「う、あ、あ」
「……誰」
まりさをしっかりと、守るように抱きかかえ、上体を揚げる。
――――
「誰なの! 出てらっしゃい!」
「お、おばさん……」
「まりさ、黙ってて!」
「でもおばさん! おばさんの腕が、腕がないよおおお!!!」
「あ……ぎゃああうっ!!!」
紅色の小球が描く曲線を、稲光が一瞬露わにした。その先には、指に激しく痙攣を起した腕――血線を描いた『筆』――が、暗闇でも輪郭のはっきりした、なにものかに咥えられぶらついていた。
「あ、う、あ……よ、よう……」
雨は更に激しさを増し、鋭い稲光が夜空に轟く。
「ようか……」
(僕知ってるよ! 急に大雨を降らして、家に閉じこもってる人間を襲う妖怪がいるって!)
「ゆぎゃあああああああああああ!!!」
「まりさ! 大丈夫よ、まりさ! ……今度は、今度こそは何があっても離すものですか!!」
「オッス、オラ魔理沙!」
「コンニチハ、私は博霊霊夢。ではさようなら」
「なんだよ、つれないなあ」
「いきなり気持ち悪い挨拶をする人間に釣られたくはないわね」
「挨拶もそろそろ新規開拓すべきと思ってな。温故知新してみた」
「微妙に使い方を間違えてる気がするけど……で、今日はどういった大義名分で、他人の家の軒下で図々しく茶をすするのかしら」
「下見」
それだけ言うと魔理沙は再び箒に乗って、ゆっくりと奥に進んでいった。
「家主をほっぽいて上がりこむ人がありますか……ったく」
「それでー、拙宅は今日の宴会にふさわしい場所だったでしょうか?」
霊夢がお茶を渡しながら訊く。魔理沙がお茶を受け取りながら答える。
「うむ、広さも充分、貯蔵してある密造酒も充分。よきに計らえ」
「あんた、勝手に何見てんのよ」
「茶がうまいのう」
「……誤魔化すこともしなくなっちゃ、人間としてお終いね。どうせ化け物だらけの場所で生活してるんだし、妖怪にでもなったらどう?」
「よしてくれよ。私ほどの影響力がある妖怪じゃあ、いつ博霊の巫女の標的になるかわかったもんじゃない」
「腕が鳴るわ」
「鳴るな。……霊夢、妖怪と言えば、珍しく妖怪を単品で撃墜したそうじゃないか」
霊夢は些か不自然に宙を眺め、それから思いついたかのように答える。
「神社の敷居内で騒いでたから黙らせただけよ。……ちょうど雷で鳥居が一つ壊れて、腹が立ってたし」
「そうか」
「そうよ」
「……」
「……」
「『普段凶悪だったり、へそ曲がりな人間がちょっといい事をすると、途端にすごく善良そうに見える現象』、いやこの場合幻想かな……」
「何が言いたいのよ」
「お、空飛ぶアリスだ」
魔理沙が空を指さす。
「また意味もない嘘を……あ、ほんとだ」
「降りてきそうにないな。仕方ない、こちらから出向くか」
「永遠にさようなら」
「確実にまた今度」
そう言い始める頃に箒にまたがり、言い終わる頃には鋭い初速で飛び出していった。
「おうアリス。元気か」
魔理沙はアリスのすぐそばで静止し、箒から手を放し腕を組んだ。
「あんたの顔を見るまでは元気だったわ」
「はっはっは。元気みたいだな」
「魔理沙もいつもに増して元気ね。馬鹿みたいに」
「後ろにいらんものつけるな。でもまあ、いつもより元気ってのはあってるな。なんせ、今日は大宴会だからな」
人間めいた話をするには、人間めいたふるまいをしなければならない。その真正は全く証明されていないにもかかわらず、異を唱える者は不思議と少ない。彼女たちもそうであった。一人は『種族』魔法使い、一人は『職業』魔法使い。似通っていて、微妙に異なる彼女らが選択した人間性、人間的ふるまいは――歩くことである。
「……」
「……」
「彼女は、厳しかったの?」
先に口を開いたのは、意外にもアリスだった。
「ああ。ずいぶん扱かれたな。……でも、褒めるものうまかった。こう、ぎゅっとな、熱い抱擁をなだな……」
腕の中で微笑んでいるまりさの顔がアリスの頭をよぎった。
「わかるわ」
「わかるか。……親と随分揉めたときも、ずっと庇ってくれてたなあ。『教育係風情が……』って下りの親父の言葉にはキレそうになったもんだ」
「最後まで庇ってくれたんでしょう」
「ああ。……結局は私が堪え性がないせいで、家を飛び出しちまって、それっきりになっちまったんだけどな」
「馬鹿ね。昔から」
「うるせえ。……」
「……」
「……実はそれっきりじゃなくて、一度こっそりと実家の近くまで戻ってみたことがあるんだ」
「へえ。恋しくなったのは両親? それとも彼女?」
「無論後者。そのときにはもう、離れに引っ越しててな、……事実上霧雨家を追い出されてて、会いに行くには好都合だったんだが、かなり後ろめたく思ったね」
「その百万分の一でもいいから、私にも後ろめたく感じて欲しいものね」
「……お前、今日はやたらと話の腰を折るな」
「そんな気分なの」
「そうか。じゃあ気にしないことにする。んで、まあそれでも会いたいって気持ちが強かったから、門を叩いたんだ」
「どうだったの?」
「顔を合わすなりおもいっきりぶたれたよ。貴女の意思はそんなものか、決めたのなら二度と帰ってくるな、ってね」
「いい気味ね」
「ああ、そう思う。おかげでここまで辿り着けた。……でも思うんだよ。私と同じで、おばさんも迷ってたんじゃないかなあって。迷ってたけど、必死で迷ってないふりをしてたんじゃないかなあって」
「人間はそうかもね。特に、歳を取ってくると」
「なあ、アリス」
魔理沙が歩を止めて、アリスの方を向く。アリスも一歩送れて歩を止めて、魔理沙の方を向く。
「お前も、そうなんじゃないか?」
「……」
「なんとか言えよ」
「私は、彼女から相当な額の金銭を受け取った。受け取りっぱなし、ってのは、性に合わないから、きちんと代金分の世話は……」
「永琳は何て言ってた」
「!」
「パチュリーから本を貸して貰うのは骨が折れただろう」
「……貴女みたいに盗んだりはしないからね」
「話を逸らすなよ。紫、慧音、文……他にもいろいろ聞いてるぞ」
「……」
「お前、どうして全部一人で背負いこもうとするんだ。そりゃあ、あいつ等は他所者を好んで助けようとしたりはしない。でも少しなら、退屈しのぎや面白半分かもしれないけど、少しなら手を貸してくれる。その少しを借りて、なんとかすればいいじゃないか」
アリスはまりさを説き伏せていた彼女の姿を思い出した。……今の魔理沙とは状況も、言葉も、意味も全く違っている。それゆえ、我慢がならない。
「よくもまあ、長々と……。言えば言うほど陳腐になるってことを知らないの? ますますあんたが嫌いになったわ」
「ああ、私だって大嫌いだぜ。大嫌いだから、どんなことを言うと効果的な嫌がらせになるかもよく知ってる。……ところで私は、天邪鬼なところがあってな」
溜息。
「……負けた」
「勝った。では改めて。まず、私には何ができる?」
「最後の記憶の衝撃が強すぎるから、無理して思い出させようとせず、引き出された記憶に対してなるたけ自然な対応をすること……薬師の受け売りだけどね」
「なんだよ、結局私がはじめに言ってたことと同じじゃないか」
「『面倒なことを考えずに、自然にやればいい』だっけ? ……認めたくないけど、今回ばかりはそういうことになるわね」
「結局他の奴らも、適当に振る舞えばいいってことか。……なんか、大きな回り道をした気分だぜ。幻想郷の端から端まで一週分ぐらい」
「同感だわ」
「お」
「あ」
二人が正面を向くと、いつの間にか扉が目の前にあった。
「歩いてるとどうも距離感が掴めないな」
「……職業病、とでも言うのかしら?」
「いい表現だ。さて、今日の主役を連れ出しに行くか」
今日は楽しいことがある。楽しいこと……なんだろう。しゃしんを見てからというもの、そこにうつっている女性のことばかり気になっていたが、そのもやもやも吹き飛んでしまった。なにがあるんだろう、たのしみだなあ。
「ただいまー」
「誰の家だと思ってるの」
おねえさんと……変なぼうしをかぶった人が家に入ってきた。
「おお。本当に私にそっくりだな。可愛いぜ」
変な人はずかずかとわたしのほうにきて、わたしをもちあげた。
「そうねえ、可愛げがあるってところ以外は、そっくりねえ……はい、まりさ」
おねえさんがわたしのあたまの上になにかをのせた。
「お揃いだぜ」
へんな人がじぶんのぼうしをゆびさした。
「これで、身なりは元通り。後は――
「えー、一番、神奈子。脱ぎます! ……早苗が」
「え、ちょ」
たじろいだ早苗を、背後から構えていた諏訪子がキャッチし、早苗が驚いて背後に気を取られている隙に神奈子が文字通り神速で早苗の肩に手をかける。
「やめ、やめ、わーーっ!!」
みるみるうちに身ぐるみを剥がれていく早苗に、ある者は好奇の目を向け、ある者は掌で思わず目を覆う(しかし、指の隙間からバッチリ見ている)。
そしてある者は、遠くで酒をちびりちびりと嗜みながらぼうっと眺めている。
「あら魔理沙、駄目じゃない。馬鹿騒ぎが起こってるのに、肝心の馬鹿がこんなところで酔いどれてちゃ」
「逆だな。賢い私は、馬鹿騒ぎなんかに巻き込まれない」
そう言って魔理沙はぐい、と酒を書き込み、ぷは、と大袈裟に息を吐いた。
「……結局実家には行かなかったの?」
「ああ。実家をぶっ飛ばすよりも、宴会開いて大酒飲んで騒ぐ方が霧雨魔理沙らしいからな」
「騒いでないじゃない」
「ん……ああ、そう言えばそうだな。霊夢、お前頭いいな」
「あんた、酔ってるわね」
「ふふ。騒いでくるぜ」
てんぐさん……ふみさんのおててはいがいとごつごつしてた。
「おお、思ったよりモチモチですね。被写体に触れるということの重要性を感じます……なんですか、レミリアさん。その物欲しげな眼は」
「お嬢様、これの体液はお身体によくないかと……」
「違うわよ。普通に触ってみたいの」
「渡しませんよお。『たーべちゃうぞー』ってオーラが出てますもん」
あれっ、うえにすいよせられる?
「独占禁止法に抵触したので、没収とのこと」
ふりむくとひらひらのひと……ゆかりさんがすきまからからだをはんぶん出していた。おててにすこししわがおおい……あっ、いたっ。いまつねった、つねったこいつ。
「ねえ、それこの兎と交換してくれない?」
おいしゃさん……えいりんさんが、ちいさなうさぎさんをもってゆかりさんにていあんした。うさぎさんはぐったりしてうごかない。……ひどい。
「いーーーーーーやっほおぅ!」
うわっ!
「あら、取られちゃった……乱暴ねえ。魔法を使うと、がさつになるのかしら」
「……心外だわ」
ぱちゅりーさんがぼそっとつぶやいた。そのとおりだとおもう。こんなにへんなやつは、まほうつかいといえどもひとりだけ。そいつは――
「魔理沙! そんなに乱暴に扱わないで!」
そう、まりさ。わたしとおなじなまえ。
まりさはおねえさんのいうことをきかないで、わたしをかたてにかかげてぶんぶんぐるぐるとびまわっている。
「いいぞー魔理沙、もっとやれ!」
「魔理沙さんは相変わらずですね」
「魔理沙、楽しそう……」
まりさ。まりさ。まりさ。たくさんのひとが、そういっている。……たくさんのひとにかこまれて。いっしょにわらって。まりさ、まりさとよばれたからわたしはまりさで…………
―――
わたしは。わたしは、まりさ。
「魔理沙! いい加減にしないと撃ち落とすわよ!」
「へっへー、この麗しき霧雨魔理沙様をうっちおとせるかなー?」
まりさは、みんながすき。だれといてもたのしい。
「あれっ?」
「あっ! 何てことするのよ、いきなり手を離すなんて!」
「ち、違う、そいつが自分から飛び降りたんだ! 冤罪だ!」
でも、いちばんすきなのは。
「言い訳はいいわよ! ……まりさ、怪我はない?」
『おねえさん』
まりさはそう言うと、アリスの胸に顔をうずめた。
「ま、まりさ?」
おねえさんに、おばさんに、おともだちに、みんなにおそわったんだ。
「……みたい」
「痛い? どこか痛むの?」
すきなひとには、とびっきりのえがおで。
「人形劇……観たい」
「え……?」
その場の全員の動きが止まる。近くはアリス、遠くは霊夢まで。
「おいまりさ、今何て……」
おねえさんのおなまえ。ずっとおしえてくれなかったけど、まりさはちゃんとおぼえてるよ。
「アリスおねえさんの人形劇がまた観たいな」
―
――
―――
「「うおおおおおおおおおおーっ!」」
「思い出した! 思い出したのか!」
「よかった……!」
叫び、喚き、唸り、叩き、頷き、呟きなどなど一切の音が集まり、一瞬にして響めきが作りだされた。続いて飛び、跳ね、歩き、走り、果ては転がるなどの躍動も伴い、喧々囂々と止めどなく続く。
そんな中、酔いがすっかり冷めた魔理沙は、ただ茫然と俯いているアリスの肩に手をかけた。
「アリス! よかったな、アリス! ……!」
「そ、そんなに大、声出さなくても、聞こえて、てるわよ、馬鹿魔理沙……」
魔理沙は振り向きながら、独り言のように呟く。
「お前の今の顔の方が、よっぽど間抜けだぜ。くしゃくしゃで皺がれて、見られたもんじゃない」
突如、萃香が奥から巨大な樽を持って現れた。
「さあさあ、皆の衆、ご注目あれ。愛でたい席にはまりさが似合う。そして目出度い席には美酒が似合う! ここに有るは博霊神社の奥底に眠っていた超度級秘蔵の酒!」
今まで傍観者に徹していた霊夢の顔色がみるみるうちに焦燥の色に染まっていった。
「ちょ、ちょーーーっ! それは、それは魔理沙にも見つからないように結界に結界を張り巡らせて貯蔵しておいた、云百年の年季がついたお酒!」
「うむ、霊夢、説明御苦労さま」
「す、萃香。それを」
「無論、飲む」
「そ、そんなの駄「さすが霊夢! 私たちにできないことを平然とやってのける!」
「え、え」
レミリアが咲夜に目くばせした。
「そこにシビれる、あこがれるぅー……と、こんなもんでどうでしょうか、お嬢様」
「素敵よ、咲夜」
「す、素敵じゃなーい!」
「いやーとっても大きな樽酒ですね。割る前に写真撮っときましょう」
「わ、割らない割らない!」
「あ、もし良かったら、チョップで割りましょうか? 気を込めると、すごく綺麗に割れるんですよ」
「西瓜割り、もとい西瓜斬りで鍛えた腕を振るうとき。それは今!」
「真っ二つにするとお酒も零れちゃうんじゃない、妖夢?」
「だ、駄目だこいつら……早く何とかしないと……」
霊夢の目が騒ぎの中心に佇むアリスに向けられた。周りの騒々しさと比較すると、まるで台風の眼のようにまりさを抱えておとなしくしていた。
「あ、アリス。あんただけが頼り。この酔っぱらいどもに何か言ってあげて……」
アリス、と霊夢が発した瞬間、皆の注目が一斉にアリスに向けられた。
「……確かに、勿体ない」
「うん! うんうんそうそう!」
「こんなに皆が盛り上がってるのに、美酒だけでは勿体ないわ。ここは一つ、美酒に加えて、不肖アリス・マーガトロイドがとっておきの人形劇をご披露いたします!」
「「「「「おおーーーっ!」」」」」
「そうそう……ってちっがーう!! 馬鹿! 馬鹿! みんな馬鹿!」
「霊夢!」
霊夢の傍で、爽やかな声がする。振り向くと、爽やかな顔をした魔理沙がいる。爽やかな魔理沙は、爽やかな声で、爽やかにこう言った。
「あきらめたら?」
「あーもう! 好きにしなさーーーーーーい!」
両の手指をすべて使っても足りないほどの役者たちを、人形遣いはいとも容易く躍らせる。声亡き骸の前で何度も練習した演舞。それは、すべてこの幸福な瞬間のために。
十の指に滑らかに連動した人形たちは、飲み、歌い、踊る人々に負けず劣らず饒舌に振る舞う。
ここにいる人形達は、そのすべてが宴会の参加者の移し身。人形遣いの織り成す個性が、観客の心を酔わせ、心の酒気で博霊神社が一杯に埋め尽くされる。
劇の特等席は、人形劇を一番好きな者のために。
劇の主演の座は、人形師を一番好きな者のために。
終演の時まで、彼女たちの笑顔が尽きることはなかった。
――そして、これからも、きっと。
お疲れ様でした。
いろいろ不満な点は残っているのですが、とりあえずこの辺りで皆様にお披露目したいと思います。今後多少加筆修正することがある……かも。
今回の実験的試み(ほぼ自分用メモ)
- 会話文と地の文をほとんど混ぜないようにした(どちらかを密集させる)
- 二つの時系列を並行して列記した(流れが追いにくいかも……)
- ウザいぐらいキャラの言い回しを仰々しくした
- ! とか ? とか …… とか ― とか(約物?)の使い方をいろいろ凝ってみた
- できる限り説明臭くなくして、二度読んでようやく意味がわかるぐらいを目指してみた(最後の魔理沙とアリスの会話で台無しかも……)
頑張って書きました。時間かかりました。自分の作品の中では、最も長いです。
相変わらず陳腐なレトリック、可読性に乏しい行間、個性の死んだキャラクターのオンパレードで、及第点には程遠い出来です。それでもプロットを練り、構成を考えて書くこと自体が楽しいと再認識できたのはよかったと思っています。
感想ください。批評をください。辛辣でも構いません、むしろ大歓迎です。一字一句逃さず、皆さんに楽しんでいただける文章を書く肥やしとさせていただきます。
では。
- ゆっくり視点っていうのが新鮮でした。ああ、ゆっくり視点のネタは使って見たいなあ。霧雨家のこととかいろいろ深いストーリーがあって楽しめました。バカな俺はあんまり理解できてなかったんですけどねw -- 名無しさん (2008-10-05 13:00:11)
- ゆっくりまりさのパートは、平仮名ばかりなのに加え、まりさが言葉足らず過ぎて、情景の表現が非常に難しかったです。そのせいで、会話に頼り切ってます。……それと、東方原作に寄り過ぎかも。まりさが充分に愛でれてません。……猛省。 -- Jiyu (2008-10-05 22:50:10)
最終更新:2008年10月06日 00:11