すっ、すっ、すっ。
浮腫んだ球体の身体で、緩慢に地を這う。
「おはよう」
「おはよう」
自分より数倍背の高い生物に声をかけられ、答える。必然的に見上げる形となる。寝起きでまだいつもの三角帽をかけていなかったので、彼女の顔から背景の天井まで広々と見渡せた。
「ご飯、出来てるわよ。食べましょう」
「うん」
そう言うと彼女は私を拾い上げて、食卓に向った。別に自分でも移動はできる。だが、食事場所が彼女の背丈に合わせて作られているため、私一人では台に乗れない。結局台に乗る時に彼女の手を借りることになるので、いつもこうやって運んでもらっているというわけだ。
今日のメニューは主食に大福、副菜にいちご豆腐の冷奴(加糖練乳をかけて食べる)、パンプキンケーキ、人参の蜂蜜バター煮、汁者はお汁粉。理想的な一汁三菜である。デザートは無難にパフェだ。いちごがふんだんに使われていることから、いちご豆腐の残りを使いまわしたものと思われる。
彼女は私とは食事のメニューがずいぶん違っている。種が異なるからだろうな、程度に思っていたが、彼女の場合そもそも食事をとる必要すらないらしい。食べずに生きていけるなんて、珍しい生き物もいるもんだ。
「おいしい?」
「うん」
喉が渇いたので、ストローを咥え、十倍に濃縮したココアを飲む。
「今日は何か予定あるの?」
「いや、特には」
「じゃあ、いつもみたいに書斎に籠りっぱなしか」
「そうね」
私はデザートに手をつける。
「やっぱり食後には生クリームがいいね」
「……ちがう」
「? アリス、生クリーム嫌いだったっけ?」
「ちっがあああああああああーーーう!!!」
―――………
突然の叫び声に、部屋中が震え、ピリピリと震えるのを感じた。
「ど、どうしたん?」
「違う! 違うじゃない! なによこの会社出勤前の夫と妻みたいな会話は!」
「会社……? 出勤? 何だ、それは。どこの言葉だ」
「……! とにかく違うのよ! あなたはもっとガツガツ汚く食べたり、『おいしー、おいしー!』『むーしゃむーしゃしあわせー!』とか爆裂可愛く言ったりしながら食べたりできないの!? なんなのその無難で面白みのない食べ方は!!」
「わ、わかったわかった。落ち着け」
どうやらアリスは私の食べ方が気に食わなかったらしい。しかし、そのあとがどうも解せない。汚く食えば後始末をするのはアリスだ(私は体の構造上片付けや掃除といったものができない)し、食事中にやたら無駄話をするのは行儀が悪いことだ。『面白みのある食べ方』か……。普段考えもしないことだ。
「う、う~ん」
「なに唸ってるのよ」
「いや、どうすれば『面白い食べ方』ができるのか考えてて」
「あー、もう! ダメ! そういうのが実にダメ! もういいわ、外に行くわよ!」
「ちょ、今日は出かけないんじゃなかったのか? それに食器を片づけないと」
「いいから! あなたも来るの!」
帽子を乱暴に被せられ、抱きかかえられて私はアリスと外に出た。自分で動く、と言うとアリスはしぶしぶ私を下ろす。その後も何やらぶつくさと頻りに呟いている。
「……なあ、どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」
ぎろり、と睨まれた。まずいことを言っただろうか。
「私があなたと会ったのは、約一か月前」
ここで昔の話? とりあえず相槌を打っておこう。
「う、うん」
「あなたはとりたて抵抗もせず、私に拾われた」
「まあ、そうだな」
「そのまま、話をしながら家に帰った」
「うん、うん」
「私が『これからどうするの』って聞いたら、あなたは『特に決めてない』って言った」
「うん」
「それで、『じゃあここに住みなさい』って言ったら、『そうする』ってあなたが答えて……」
「……」
「……」
アリスは黙ってしまう。何かそのあとアリスにとってショックな出来事があったのだろうか。
「普通……」
「普通?」
「普通すぎ!」
「??」
「あなた、もっとさあ、人間に警戒心持ってたり、敵視してたり、そう言うのがないの? それでさ、その理由が昔受けた虐待だったり、前の飼い主に捨てられたり、そんで、そんで、私がナウシカ張りの慈悲の心で噛みつくあなたを優しく撫でて……」
ああ、何やらアリスの目が遠い目をしている……
「すまん」
「え!?」
「言ってる意味がわからない」
「……」
「……」
「……もう、いいわよ」
私は彼女が何を欲してるのか思索を巡らせながら、とぼとぼと歩を進める彼女について行った。
一方のアリスは、何やら不穏な考えをしている模様。
(ふふふ、あの場所に、あの場所に行きさえすれば……!)
「おっ、アリスじゃないか。珍しいな。ゆっくりも一緒か」
「こんにちは」
ゆっくり魔理沙がこく、と会釈した。
「別にいいじゃない、私が博霊神社に来たって」
「お茶ぐらいしか出せないわよー」
「御構い無く」
魔理沙と霊夢にそれとなく応対しつつ、アリスは一心にあるものを待っていた。
(さあ、こいこい)
期待していたそれは、平然と、あっさりと三人と一匹の前に現れた。
「ゆっ」
「来た!」
霊夢、魔理沙、ゆっくり魔理沙の目線がアリスに向いた。アリスは自分が思わず声をあげてしまったことにすぐに気が付き、口に手を当てて塞ぐ。
「あ、いや、何でもないのよ。こ、こんにちはゆっくり霊夢」
誤魔化すように、アリスが待ちわびていたゆっくり霊夢に話しかける。
「ゆっ!」
身体を小さく膨らませながらゆっくり霊夢は返事をした。
(ああもう、可愛いなあ。こっちを飼えたら良かったのに)
「ゆ?」
アリスのうっとりとした目線をよそに、ゆっくり霊夢がゆっくり魔理沙の存在に気がついた。
「ゆっゆっゆっ」
元気に跳ねまわりゆっくり魔理沙の元に向かう。
「……はっ!」
アリスが再び声をあげ、魔理沙と霊夢が目線をやる。
「なんだ、さっきから」
「不気味なんだけど」
「あ、いやいや、空飛ぶ弾幕があったような気がして」
「弾幕は空飛ぶもんだろ」
「気でも触れたの?」
「ああもういいじゃない! 早くお茶出しなさいよ!」
「さっき要らないって言ったのに……」
霊夢が神社の中に入って行った。魔理沙も首を傾げ、霊夢の後について行く。
(ふっ、邪魔者は消えた。さて)
「ゆっー?」
「……」
ゆっくり霊夢は右へ左へ移動しながら、ゆっくり魔理沙をなめるように観る。
(ゆっくり霊夢とゆっくり魔理沙は初対面。さあ、どんな反応を示す!? ……ふっふっふ、かかったなゆっくり霊夢! 貴様はこのアリスとの知恵比べに負けたのだ!)
アリスの頭の中で、頬ずりを始めたり、嬉々としてはしゃいだり、可愛らしく威嚇してみたり、その他ここではとても書けない○○○や×××をしたりと様々な想像が浮かんでは消えていった。
しかし。
「ゆっ」
ぷい、と振り向き、ゆっくり霊夢はゆっくり魔理沙から離れていった。
「えっ……」
「興味ないみたいだな」
「どわあ!」
後ろからの予期せぬ声で、アリスは地面に飛び込むように倒れた。
「大丈夫か、アリス」
「今日のお前、リアクション面白いな」
二人の魔理沙から声をかけられ、アリスは人間の方に返事をする。
「な、な、中に入ったんじゃ」
「面白そうだから戻ってきた。で、何がしたかったんだ?」
「な、何って…………」
「その点は私も聞きたい。今日の朝からアリスの行動は、よくわからないことだらけだ」
「らしいぜ」
二人の魔理沙に詰問される。アリスはしぶしぶ話すことにした。
「ゆっくり霊夢とゆっくり魔理沙を対面させたら、何か面白いことが起こるんじゃないかなあ、って……」
「何かって、たとえば」
「その、頬ずりしたり、その……」
表現しがたい羞恥心に襲われ、思わず二人に背を向ける。
「何だよ、はっきり言えよ」
「そうよ、気になるじゃない」
「……霊夢まで」
振り返るとゆっくり霊夢を抱えた霊夢がいた。
「いつまで経っても中に入ってこないからじゃない。で、頬ずりしたり、何よ」
「あの、その……」
「何だよ」
「何だ」
「何?」
「ゆぅ?」
「えと……」
「「「何」」」「ゆ?」
「だああああああーーーっ!!!
アリスの大声に、二人と二匹は思わずたじろいだ。
「ふう、すっきりした」
「なんなんだよ、全く」
「……つまりね、ゆっくり魔理沙は普通すぎると思うの」
「普通?」
「普通で、何がいけないんだ」
「全部よ! こう、よしよし、としたくなったり、うぜえ! と言いたくなったり、そう言うのがないのが駄目!」
「ペットなんて、そんなもんでしょ」
霊夢がねえ、と言って魔理沙と顔を合わせる。魔理沙もああ、と小さく答える。
「うう。もういい、帰る」
すごすごと帰るアリス。ゆっくり魔理沙がその後について行った。
「「変なの」」
「ゆぅ?」
「……もう……こうなると……」
アリスはゆっくり魔理沙に背を向け、何やらぶつぶつと呟いている。
「(家に帰ってからずっとこの調子だ……)」
「決めた!」
キッ、と目を見開き、アリスはゆっくり魔理沙に顔を向けた。
「こうなったら、虐待よ! 折檻よ! 暴行よ! そうよ、私は両刀なのよ!」
「?」
アリスはゆっくり魔理沙ににじり寄る。
「ふふふ……殴っちゃうわよ、叩いちゃうわよ、抓っちゃうわよお」
ぽか。
「いて」
ぺし。
「いててて」
ぎゅう。
「ちょ、本当に痛いって、やめやめ……?」
抓る力が弱くなった。……アリスを見ると、目を潤ませている。
「ううう……」
「おいおい、どうしてそっちが泣いてるんだ」
「つまんない……」
アリスは立ち上がって部屋の隅に移り、そこで塞ぎこんでしまった。
「そうよね、普通に考えて愛でたり虐めたりなんて異常なのよ。生頭に愛も憎しみも、糞も味噌もないわ。マリアリだって所詮誰かの巨大な幻想なのよ。二次創作なんて、全てはキャラクター愛に飢えた大衆の滑稽で勝手な欲望の極小再生産なのよ……」
「(……何の話をしているんだろう)」
ゆっくり魔理沙が考えていると、ぐう、と腹(?)の虫が鳴いた。
「(腹が減ったな……仕様がない)」
ゆっくり魔理沙はアリスに近寄る。
「著作者の存じないところでうだうだと議論を重ねることが、どれだけ非生産的か云々……」
すりすりと身体を擦りつける。
「……何よ」
そして、精一杯の営業スマイルを浮かべて。
「ごはん、ちょうだい」
「……!」
アリスの表情がぱあっと明るくなった。
「可愛い! くぁわいい!」
ゆっくり魔理沙を手に取り、ぎゅうと抱きしめる。
「よしよし、今すぐ甘くておいしいご飯を作るからね」
頬ずりされるゆっくり魔理沙は、冷めきった表情をしていた。
「(……まったく、どちらが飼いならされているのかわかりゃしない)」
メタに走ると失敗するって痛いほどわかりました。
キャラクターを弄ってるつもりが、キャラクター性に振り回されている。そんなこと、ありませんか?
- すげえぜ、アンタ。あえてテンプレなしでこんな面白いものを書けるとは!確かにアリスのセリフが分かるなぁw -- 名無しさん (2008-10-11 09:35:31)
- テンプレって何ですか? -- Jiyu (2008-10-11 16:22:47)
- ゆっくりが良く言う台詞かと「ゆっくりしていってね!!!」等 -- 名無しさん (2008-10-11 23:07:26)
- そう言えば一度も言ってないですね。このSSはゆっくりSSとしてはアイデンティティーが危い。 -- Jiyu (2008-10-11 23:49:15)
- このまりさは可愛くない。飼いたくない。 -- 名無しさん (2008-10-28 19:07:06)
- これ面白すぎるw -- 名無しさん (2008-10-28 20:40:15)
- これはこれで可愛い… -- 名無しさん (2008-10-29 08:52:02)
- こっちまで「ぬあああ」ってなりますね。ゆっくりにはあまり冷めた風に育ってほしくない -- 名無しさん (2008-10-29 14:14:08)
- 可愛いのはむしろアリスだなw -- 名無しさん (2008-10-29 21:26:22)
- ゆっくりが普通~の人間口調とか違和感で寿命がマッハなんだが -- 名無しさん (2008-10-31 22:38:01)
- これはこれでアリだと思うしコンセプトは面白いけど、作者さんの鍛錬が足りぬよー。最初のほうは「そう言うと彼女は私を拾い上げて」等とゆっくりまりさ一人称なのに、途中から脈絡もなく「ゆっくり魔理沙がこく、と会釈した。 」って三人称になっとる。全体的に主語がなくて誰の行動かわかりにくい。それに「極小再生産」じゃなくて「縮小再生産」だと思うよー。 -- 名無しさん (2008-10-31 23:14:21)
- このss説得力あるね。考え方が面白い。 -- 名無しさん (2010-04-21 12:52:18)
- アリスが可愛い。アリスが可愛いよ!しかし、このゆっくりまりさは大物になるな -- 名無しさん (2010-04-23 16:46:28)
- こんなゆっくりやだ・・・ -- 名無しさん (2010-12-02 06:03:46)
- 本当に生首だけの存在で“ゆっくり”じゃないよなw -- 名無しさん (2012-10-15 01:47:04)
最終更新:2012年10月15日 01:47