いくつか、色々な設定を引用させていただきました。
申し訳ありません。しかし楽しかったです…
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
何の弾みかは解らないが、婦人雑誌や週刊誌とともに置かれた幼児向けの
児童誌を客は読みふけっている。
「どうぞ?」
「ゆっ」
こちらへ移動させようと腰を浮かせようとした時には、既に机の下にまで移動
していた。早い。距離と時間を考えるとありえないが、履歴書の種の欄を見て納
得した。これが、「スキマ」というものか。
もっとも、記録に残っている最長記録は、インドネシアでの1m半だというから、
それ程恐ろしい能力でもないのかもしれない。
「どうぞ」
ここではそろそろ古株ではなくとも、中堅に入りつつある女子社員がお茶を置き
にきた。
低めの茶碗と、いつもなら煎餅だが、クッキーを。お客も、幼児用の椅子ではなく
体ごと机の上に置いてくれる。あの距離ならば、「スキマ」で移動できたかも知れな
いが、あえてだろう。
奥のデスクに戻ったのを見届けてから、客は何故かこそこそと話す
「中々気がきいてるわね」
「ええ、ありがとうございます」
「それにしては愛想がないわ」
「あぁ。すみません」
「結構ここにつとめてからながい方でしょう?でもまだ古株じゃないよね?それでもけっ
こあせってるくちでしょ?」
「…………はあ」
黙々とデスクワークを続ける職員を、もの珍しげに見ている。
何に興味を持ったのだろう
「それにしても、いまのじどうしってアニメとか特撮の特集ばっかりね。もっと昔話とかが
じゃないのね?」
「そうしたものはお嫌いですか?」
「だいすき!むこうでもずっと見てたの」
「海外生活が長かったんですね。米国ですか」
「すごいいなかだったけどね」
改めまして――――
「当結婚相談所をご利用になるのは初めてですね」
「ゆっ!」
見ると、もうお茶を飲み干し、クッキーも平らげている。中々意地汚い。
しかし、履歴書を改めて見ると、中々のものである。母校はそれなりの名門ではあるし、
海外での経験も、取得している資格もかなり豊富だ。
「拝見させていただきましたが――――中々良い所にお住まいですね!」
「でしょ?」
「相模原の
ゆっくりアパートメントですか」
日本でも有数のゆっくり生活のモデル都市として有名な町である。そこに住んでいるだけで
も、かなりステータスとなるが、あの界隈のゆっくりアパートメントは、「贅沢さえしなけれ
ば人間でも住める」と言われるほどだ。下手な人間との共同生活より、ある程度の上昇志向の
あるゆっくりにとっては、これ程の物件は無い。
勿論、それなりのコストは(ゆっくりにとっては)ある。
今日の客は、現在の仕事は駆け出しだと言っていたが、それだけ蓄えもあるのだろう。
「どうしてまた日本に?」
「むこうで、ちぇんもひとり立ちをはじめたから、そろそろ実家にかえってもいいとおもったの!」
「?ご結婚されていたんですか?」
「それとはちょっとちがうのよ」
「―――――」
「その内こっちでもゆうめいになれるわよ!」
「あ、ご年齢の所だけ書かれていませんね?」
「ゆっ!?年をきくなんてしつれいね!」
「やっぱりどうしても必要なんですよ。すみませんね」
まるで恥ずかしげも無く
「やくもゆかり 16歳です!!!」
「ご年齢は?」
「16歳」
「ご年齢は?」
「16歳」
「ご年齢は?」
「16歳」
「ご年齢は?」
「16歳」
「―――――――ご年齢は?」
「…………………20歳」
「―――――――――」
「………………………」
「ご ね ん れ い は?」
「――あのね?」
他には、あの女子社員しかないというのに、こそこそと耳元まで移動して小声で告げる。それ程
怯える必要も無いとは思ったが、実年齢と16歳を比較して、やや納得した。
さて、日本で駆け出しとしての仕事は、インテリアコーディネーターだという。
アメリカでそれなりに評価があったというのは嘘では無いだろうが……
それでも、条件としては申し分が無い。
相手を十分に養っていける甲斐性も度量もあるだろう
しかし、それはゆっくりが相手の場合だった。
「あのゆかりさん?」
「?」
「本当に人間をお望みですか?」
「いけない?」
「いや、それは大丈夫ですが……」
できれば、自分の今の住居からは動きたくないという。ゆっくりがこうした場所で、中々配偶者と
うまくめぐり合えないのはこうした事情もあった。
野生に生きると決めた者でも、既に婚姻関係以外で人間と同居している者も、殊更彼女のように自
分で手に入れた(しかもゆっくり基準では実に快適な)住居ならば、そこを離れる事を極端に嫌がるの
だ。
「でていってね!!!」という大昔の排他姿勢に通じるものが若干そこにはある。
「いいじゃない、ゆっくりアパートメント、人間でも住めるわよ?」
「それはまあ、そうですが、やはり限界があるでしょう?」
人間でも、確かに質素にかまえればいつまでも暮らしていける。寧ろ、対ゆっくり故のシンプル
さと、それにともなった災害・防犯対策や低コストっぷりは、是非とも対人間の建築にも十分見習う
べきものがある。が、いかんせん、全ての基準がゆっくりを相手に作られているので、大人ではや
はり小さすぎて住みづらいのだ。
あと、大抵の場合風呂が無い。
「中々、難しいんですよね、ゆっくりアパートメントでも暮らそう、という人間」
「ゆ~………」
「兎に角、探しはしますが……… 失礼ですけど、ゆっくりには興味はございませんか?」
偏見とは思うが、らんしゃまやゆゆこ、れいむなど、この条件ならば不自由は無いと思ったのだ。
「例えばらんしゃま相手ならば、放っておくゆっくりはいないとおもいますが……?」
「………ああ、らんしゃまとはもういいわ………ちょっと向うでいやな事があって…」
「それは、失礼しました」
「いろいろ、教育方針とか、ふいっちが……」
立ち入るべきではないとおもったが、ゆっくりの方からべらべらと喋ってくる
最初に来た時は、本当に安易にリストから幾人かのらんしゃまを紹介しようかとおもったが、事態はそんな単純なものでもない事が解った。
人間でも、ゆっくりを愛好するものは数多くいれど、結婚――――しかも、ゆっくりアパートメント暮ら
しを受け入れる者は、年に数えるほどしかいないのだ。
「待っててくださいね、ちょっと他の資料も取ってきます」
「お茶、おかわりもよろしくねー」
さて、奥の部屋に入っていったあと、ゆっくりは手持ちぶたさになってしまった。残っているお茶も菓子も無い。また
移動して、先程の児童誌でも読み耽ろうかと思っていると、視線を感じた。
デスクの女子職員である。
こちらから見返すと、直ぐに視線を逸らして机に向かう。
ずるずると慎重に児童用の椅子を伝って床に下り、足元まで移動する
「忙しい?」
「え?いや、それ程でも無いですが……」
突然、机上に「スキマ」を使って現れたのだが、職員は極端に慌てていた。
顔が赤すぎる。
すりすりと手元のパソコンの所まで寄っていく。
「こうした所にいると、わがままな客も多いでしょ?」
「そうなんですよ……変に高望みして、相手が現れないと怒り出すれいむさんとかれみりゃさんとか!」
「さっきから話してくれたあのおじさん、いい人そうだけど、あんまりそんな相談はできないでしょ?」
「そうですねぇ……いい人ですけど、それ以上でもそれ以下でも無いっていうか………」
「じっさいむっつりよね。あのタイプ」
「ですねえ。気がついたらセクハラ、って結構ありますよ?」
無愛想という第一印象からは考えも付かないほど、職員はよく話してくれた。
いや―――会話自体を楽しんでいると言う雰囲気だ。
キーボードを打つ手が止まっている。
軽く気付かない振りをして、その手に下腹部(?)を軽く乗せてみる。
「あ…………」
思わず、机から手をのけ、膝の上に乗せてしまう
顔は本当に赤らみ、動悸が乱れている。
「どうして、しまうの?」
「いや、その……………」
さらに移動してパソコンの前にまで行き、向かい合って話し始める
職員は答えてはくれるが、もうまともに受け応えできないほど紅潮している。
話題を変え、リラックスさせようと、先程の受付の男への愚痴を聞いてあげることにすると、ようやく
落ち着いて話ができた。
ひとしきり笑ったところで、不意に「スキマ」を使い―――肩に乗った。
驚いた職員だが、抵抗も何も無い。
「ちょ…………危ないですよ!」
「かわいいわね~♪あなた」
ゆっくりに「かわいい」という形容で褒められるのは、人間にとって色々な感情が浮かんだ様子だったが、まんざらでも無い表情だった
「―――あ、ちょっとちょっと…」
汗ばんだうなじに――――予告無くスリスリが始まる。
「やめて下さい……もう戻ってくるかもしれないし、お客だって来るかも……」
「見られるから嫌なの?」
「そうした訳じゃ…………」
「はいってきたやつには見せつければいいじゃない」
すーり すーり
――――摩擦が続くにつれ、仄かな匂いが何処からとも無く漂い始める。
何かを醗酵させた時のような―――通常に嗅げば、どちらかというと不快に近い匂いだ。それでも、
それがゆっくりが放たれていると気付かなくても、女子職員はそんな気持ちにはならなかった。
いや、むしろ
もっとかぎたい。
もっと吸い込みたい
むせ返るほどのみこんでみたい
「わ、私に何をかがせたんですかぁ?」
「少女臭よ」
熱っぽい口調で、ゆっくりが耳元で囁く
どこかで嗅いだと思っていたら、クリームチーズの匂いだった。
中身は納豆ではなかったのか
「―――こんな事、みんなにしてるんです?」
「ま、まあ、昔はちょっとね…………気がついたら周りに40人も似たようなのが集まっちゃったんではんせいはしてる…」
「私もその一人?」
「日本にきて、かがせたのはあなただけよ」
忘我の境地に陥った所で―----目覚ましがなった
「なにやってる!!」
別の意味で、紅潮しきった先程までの男子職員が、分厚いファイルを抱えて仁王立ちになっている
「客に色目使う?随分だなおい!!」
「いや、これはその……」
「わたしがひまだからあそんでたの!!わるいのはこっちなの!!」
客は慌てて肩から飛び降り---床で多少ダメージは受けたようだったが、すぐさま「スキマ」で先程の
机の上に戻った。
「ありがとうね!!さ、他にどんな人間がいるのか、はやくみせてちょうだい!」
「・・・・・・・・」
「ほんとうに、あの子はしからないであげてね!!!」
「ああ、そう―――この前、ルームメイトのまりさと分かれたばかりで、結婚できるなら、ゆっくりでも
という女子大生が―――――」
しかし、いくつか紹介する稀有な例は、客の耳には入っていなかったようで―――何度も、心配そうに肩越
しに奥のデスクを見ているのだった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「結婚する?」
「はい」
数ヵ月後の事だった。
確かに、昨日と同じ服だった事が何度かあったが………
「それで―――やめる訳か」
「ええ、ちょっとだけだらしない所があって、仕事は続けてもいいって言ってくれたんですけど、私が家にいな
いと心配で……」
「まあ、決めた事だろうが……」
それでも、このご時世である
「相手は、その、どんな仕事なんだ?」
「え?」
「やっていけるのか?」
「インテリアコーディネーターなんですよ」
書類を落としそうになった。
「日本に来て、まだ日は浅かったんですけど、認められて、もう独立を果たせたんです」
「そうか、ならいいんだ………」
それ以上聞く勇気は無かった。
しかし、冗談でもまやかしでもなく、本当に幸せそうな職員の顔を見ていると、職業柄ではなくとも、今の疑問
は些細な事に思えたので、軽く聞いてみた
「もしかして相模原に住むのか?」
「――ええ!? 何で解ったんです」
それ以上は言えなかった。
見ると、若干猫背になっている。これから少し辛い事もあるだろうが、素直に頑張って欲しかった。
しかし、乗り越えられるだろう。多分
とりあえず、住居のことを考えて最後に一言言った。
「腰を痛めないようにな」
「な、何てセクハラを!!!」
そんなつもりじゃなかったのに
最終更新:2008年11月27日 00:49