きずな④~陽~
柔らかい春の日差しが少しずつ強く変わり、生命が青々と輝き始める5月の始め。
「JAOOOO!!」
一匹の子めーりんがひらひらはさはさ舞う蝶を追いかけ回している。ちょうど鬼ごっこのようで微笑ましい。
そんな光景を少年、進が見守っている。
「ほら、めーりん、頑張って!」
進の声援がこだまする。だが、めーりんの頑張りも虚しく蝶は空の彼方へ去って行った。
「JAOOO…」
残念そうな顔をして、トボトボと進むが座っているベンチに戻ってくる。
「あー。めーりん、惜しかったね…」
と、めーりんの頭を撫でて慰める。
「今度は、滑り台で遊ぼっか!」
「JAOOOO!!」
父親の説得のお陰で母親の反対をなんとか押し切り一緒に生活することになった進とめーりん。
それから十日程経つが、その仲はどんどん良くなってゆく。
平日は進は学校に行かなくてはならないため、夕方まではそれぞれバラバラにであるが、進は放課後すぐに帰宅し、めーりんとゆっくり遊ぶ。
これが日課となっているのだ。
今日は休日。普段は家の中や庭で遊ぶのだが、今日は思い切って公園で遊ぶことにした。そして今に至る、
めーりんを抱え、滑り台に登ると一緒に滑る。
「JAOOO~~♪」
滑る速度こそ大したことはないが、切る風がとても心地良い。めーりんは生まれてから経験したことのない遊具での遊びに目を輝かせていた。
「JAO!JAOO!!」
「え?もう一回滑りたいの?よし、じゃあ、のぼろっか。」
「JAOOO!!」
どうやら滑り台を大変気に入ったらしい。
(久しぶりに公園に来たけど…公園ってこんなに楽しかったんだなあ…)
遊具は成長した進にとっては小さいものが多く不釣合いではある。だが、かつてとは違い懐かしさとめーりんの笑顔がそこにはあった。
当時とは比較できぬ楽しさが溢れているのだ。
「じゃあ、次は…ブランコに乗ってみよっか。」
「JAOOOO!!」
「はは、次はシーソーだ!!」
「JAO、JAOOO!!」
夢中になって遊んでいる時程、時が経つのは早く感じる。そんな経験はないだろうか?
時間とは本来、最も客観的な単位である筈なのに。私達人間はどうしても主観的に考えてしまう。
―5:30―
周辺が暗くなり始め、鐘がその楽しかった時の終わりを告げる。何事にもいつかは終焉が訪れる。
「むぅ…もうこんな時間か…めーりん、そろそろ帰ろっか。」
「JAOO…」
めーりんの鳴き声も名残惜しげである。
「ほらっ、そんな悲しい顔しないで。また、今度遊びにいこっ!ね?」
「JAOOOO!JAOOOO!!」
絶対だよ!絶対だよ!!そう言いたいのだろうか?ぴょんぴょん跳ねる。
進は伸びをするようにして空を見上げる。
「ほら、めーりん見て!綺麗な夕焼けだよ!」
「JAOOOOOOOOO!!!」
一対の人間とゆっくりが黄昏に染まる。一歩前には燃え盛る炎、一歩後には神秘的な闇。
何気ない日常の情景である筈だが、初心に帰り心を無とすると有無を言わせない美が確かに存在した。
「明日も楽しくなるといいなあ…」
「JAOOOOO!!」
二人は会話に華を咲かせた。
めーりんは言葉は確かに話せない。それでも、お互いの言わんとすることは分かる。…完璧に理解できる訳ではない。それでも心は繋がっていた。
会話を楽しんでいると、とうとう家に着いた。
「ただいまー!」
玄関へと入ると父親が凄い勢いで進むの元に来る。その迫力に進とめーりんはたじろいだ。
「進~~~~~~~~~~~~!!!」
「ど、どど、どうしたの、父さん…?…びっくりした~…」
父親は興奮したと平謝りして色を正す。
「ふっふっふ…実はな、めーりんにプレゼントがあるんだよ。」
父親は早く見せてあげたいが焦らすのもいいかもしれんとニヤニヤ顔を浮かべていた。
「プレゼント?え~何、何?」
「JAOOO?」
進もめーりんも興味津々といった感じだ。父親は咳払い一つして二人をなだめる。
「まあ、待て待て。お前の部屋に置いてあること…よし、手を洗ったらついてきなさい。」
「はーい!」 「JAOOO!」
二人は早くプレゼントなるものを見たいと言わんとばかりに洗面所へと駆けて行った。
ゆっくりは多少の水は大丈夫だがあまり長時間浸かっていると皮がふやけてしまう。
めーりんをお風呂に入れたさいぶよぶよになってしまい乾燥するのに3時間掛かってしまった。
その経験から、水にはそう頻繁には触れさせまいと思い、濡れたタオルでめーりんの体をふいてやる。
「…これでよしっと…父さーん、早く見せてー!!」
「よし、ちゃんと洗ったな。ついて来なさい。」
プレゼントは何だろうか?お菓子だろうか?それとも玩具だろうか?二人はwktkしながら父親の背中に従う。
(やれやれ…なんか最近さらに暗くて物事に対して関心がなかったというのにな…)
平生、無口で物腰が落ち着いている。悪く言えば暗く、関心が薄く子供らしくない。
子供はやはりこれ位感情豊かでないといけないと思う父親だった。
それに…近頃、特に進の表情が浮かないように感じていた。上手く表現出来ないが…進にどこか暗い影がさすのだ。
悩みでもあるのか…?…だが、なかなか聞き出せない。と父親なりに心配していた。
それが、めーりんと出会った日以降、まるで別人のような笑顔を見せるようになってきている。
これは間違いなく良い傾向だと父親は確信していた。
(めーりんには感謝しないといけないな。)
父親がそう思いふけっている内に進の部屋にたどり着く。
「さあ、今見せるぞ…じっくりとみなさい。」
ドアが開き…明かりがパァとつくと…そこには
―――小屋があった―――
木材で出来た小屋だった。いや、まだ体長10cm程しかない子めーりんにとってはお城のような大きさに感じることだろう。
「うわぁ…凄い、これ!めーりんの家?」
進が感嘆をもらす。その一方で、めーりんは目の前にあるとても大きくゆっくりできそうな家に心を奪われていた。
「JAOOOOOOOOO!!」
その咆哮で喜びの意を全面に表現する。
「どうだ?なかなか凄いだろ?」
父親は得意げに続ける。
「ゆっくりの飼い方って本読んでたら、ゆっくり達には家に帰りたい…懐郷性みたいなもんが強いらしいんだ。それで、家がないとストレスが溜まるって書いてあってな。父さんが気合入れて作ったんだぞ。」
何故か腕をまくって拳を作りぎこちないウインクまでする。
進はただ、ただ感動するばかりだった。
「これ、父さんが作ったの?凄いや!!父さん、こんな立派なもの作れるなんて知らなかった~。今度、僕にも教えてよ~!」
「はっはっは!!こう見えてもガキん頃は”木工の魔術師”と言われたもんだ。今の仕事に就いてなきゃ、大工やりたかった位だ。じゃあ、めーりんが大きくなったら一緒に増築するか?」
「うん!約束だよ!!」
父親の意外な特技を知り、ちょっぴり尊敬の眼差しを送る進。父親は息子のその念に頗る満足そうだ。
「JAOOOOOO!!」
二人に取り残された気がしためーりんは、二人に自分の存在を知らせるように鳴きながら跳ねる。
「おお、めーりん、すまん。…よし、じゃあ早速入ってみるか?」
「JAOOOOOOOOOO!!!」
その元気の良い返事に父親はまた満足感を得る。
「よし、じゃあ扉を開けるぞ。」
ドアが開かれるとめーりんはすぐさま中へ入る。その中は…実に広かった。
「JAOOOOOOO!!」
めーりんは感動した。家が出来たことに。そして…そう、ここは…まるで…
(おかあさん…おとうさん…おねえちゃん…)
この小屋はまるで、かつて家族で共に暮らしたような空間だった。と、突然、めーりんの頬に雫が垂れた。
その涙は喜びなのか…或いは悲しみなのか…それは定かではない。
ふと小屋の外を見る。そこには進の笑顔が映る。その屈託のなさを見ると、めーりんはまた先ほどまでの笑顔に戻った。
めーりんにも過去はある。どんな過去があるかは分からないがまだ赤ゆっくりと変わらない大きさで一人でいる所を察すると少なくとも、それはとても楽しいとは言えないものだろう。
(いまは…やさしくてだいすきなすすむがいるもん!…かなしくなんて…ないよ…)
そう言い聞かせる。…だが、その過去はまだ幼いめーりんが一人で背負いきれる程軽くはないようだ。
(…はなしたい…わたしのこと…すすむにはなしたい…)
おしゃべりできたらどんなに素敵なことだろう。慰めてもらえればどんなに幸せなことだろう。だが、そんな願望をめーりんは打ち消す。
(ううん…めーりんはすすむといっしょにいるだけでとってもしあわせなんだよ!)
そして、いつものように鳴き、進に喜びを表す。進も父もそれを見て微笑む。
…過去に、一体何があったのだろうか?
~続く~
以上ひもなしでした。
次回から話が重くなりますので…ご注意ください。
余談ですがこういうSSを書いている思うんです。人間は傲慢だと。
目の構造は蛸の方が優れている。体の大きさは象の方が圧倒的に強い。
ただ脳と手先が他の生き物より発達したというだけであるのに私達は地球のトップだと勘違いしている。
だから、生き物を”飼う”という表現がなんだか都合の良い言葉に感じてしまうんですね。
進君には使って欲しくないと思う今日この頃です。
- 乙です。確かにねぇ。人間は弱い者を虐げ、征服し、誰にもトップの座に近づけないようにしている気がする。これは逆に言うとトップの座を脅かされるのが恐怖だから故なのかもしれませんが。SSの方も良かったです。めーりんと進くんとの交流。小屋ができた時のうれしさが伝わってきました -- 名無しさん (2008-10-18 01:54:19)
- 人にもよりますね -- 個人差はありますが… (2010-06-12 02:11:15)
- お母さんが空気だったな、完璧に -- 名無しさん (2010-07-21 22:58:43)
最終更新:2010年07月21日 22:58