きずな⑦~友達~前半
「JAOOOO!」
漆黒の闇にめーりんと進だけがいた。
「めー…りん…?大丈夫だった?こっちにおいで。」
進は朦朧とする意識の最中、めーりんの姿を捉えるとすぐに手を広げ、めーりんを迎える。
―――だが、めーりんはどこか悲しそうに俯いている。
「どうしたの?めーりん?」
不穏な空気を察し、話しかけるもののめーりんは反応しない。その悲しみの色は濃くなってゆく。
仕舞にはめーりんの頬に一筋の涙がこぼれ落ちた。
「…めーりん…?」
3度目の呼びかけにも応じない。と、めーりんは背を向き進から遠ざかってしまう。
「め、めーりん!待って!どこ行くの!?」
慌てて追いかけようとする進。だが…足が動かない!
必死にもがく。手を伸ばす。…さすれども、めーりんには届かない…
めーりんの姿はみるみる内にかき消されていく。焦燥感を覚えた進は最後に精一杯叫んだ。
「めーーーりーーーーーーんーーーー!!!」
ガバッ!!
呼吸が乱れた。意識が朦朧とする。徐々に戻ってゆく五感…今のは…夢…?そう認識した瞬間、頭部から全身へと電流が走った。
「いっ…!…」
まるで鈍器で殴られたような痛みだった。
痛みの最中、記憶を探ってみる。えーと…僕は…公園でめーりんと遊んでて…そうだ、あの3人が来て…めーりん!めーりんは無事なの!?
「…めーりんは…どこ?…」
ふと正面を見る。…いた。両目に涙を溜めて。
「JAOOOOOOOO!!」
めーりんは進に飛び掛かった。余程心配したのだろう。堰が切れたように涙が溢れ出していた。
「…よかった…本当によかった…」
大切な友を強く抱きしめて、そう呟く。
めーりんの無事が分かり安堵した進は周りを見渡した。…ここはどこだろう?ベットの上に乗っているが…病院…でもないし、自宅でもない…
そう思案していると、部屋のドアが開いた。
「あら?気がついたんだ。」
入って来たのは少女とゆっくり―――さくや種―――だった。
「…君が、介抱してくれたの?ありがとう。」
進は深々と頭を下げる。
「ああ。お礼ならそのめーりんに言うことね。そのめーりんが一生懸命、私達に助けを求めたのよ。」
その言葉に進は驚く。JAOOとしか鳴けないめーりんが…
しかし、それ以上に感謝の念が強かった。手のひらをめーりんの帽子にそぉっと当て、優しく撫でる。
「めーりん…ありがとうね。」
「JA…JAOOOOO…」
恥ずかしそうに顔を赤らめるめーりん。
少女はその絵を微笑ましく見た。
「…で、どうして公園でそんな傷だらけの状態で倒れてたの?教えて、進君。」
「あれ…?…どうして、僕の名前を…?」
そう尋き返されると少女が不満そうに冷たく返す。
「質問を質問で返さない。」
「ああ…ごめん…」
素直に謝る進。だが少女は溜息を一つ吐いて、続ける。
「…クラスメイトの名前も忘れちゃったわけ?」
その口調と視線にはちょっとした軽蔑が含まれていた。進はここでようやく相手が誰なのか気づく。
「え…?…あ!見田村さん…?」
やっと思い出したかと言わんばかりに嘆息を漏らす。
「…で、どうしてああなってたの?説明して。」
「あ、うん。…実は…」
エア銃・水鉄砲で撃たれたこと。暴力を振るわれたこと。めーりんの命を奪おうとしたこと。
起こったことを一通り説明し終わると、見田村はワナワナと震えていた。
「ひどい!!あいつら最低っ!」
「まぁまぁ。僕もめーりんを無事だし…」
実際に被害を受けた本人よりも話を聞かされた人間が怒り、宥められるというのは何とも奇妙な図だった。
その進の呑気な態度によって見田村の怒りが助長する。
「無事って・・・酷い怪我受けてるじゃない!だいたい、進君がそんなんだから!たまにはガツンって仕返ししてやりなさいよ!」
進は他人事のように頬をポリポリと掻く。
「んー…仕返しなんてしたらますますやられちゃうよ…こういうのはじっと耐えてれば…」
「はぁ…イライラする…!いい?進君に力があれば、あなたの大切なめーりんは、何の問題もなく守れた!そうでしょ?」
進は押し黙って話を聞き入っている。力が足りない…事実そうであるからだ。
「いくら、あなたが守りたいと思ってもね…力がなけれゃ守れないのよ!グズ!」
その最後の二文字が心に深く突き刺さった者が一人…いや、二人いた。
(…僕のせいで…めーりんを守れない…?)
(…めーりんがよわいから…みんなをまもれないの…?)
暗く俯く二人。と、見田村はしまったと後悔し、バツが悪そうだった。
「あ・・・ご、ごめん…最後のは言い過ぎだった…」
その謝罪に進は目を瞑り、首を横に振る。
「いや…見田村さんの言う通りだよ。僕は…自分が耐えて犠牲になればそれでいいと思って…何の努力もしてこなかったんだ…」
その言葉で部屋の空気が一気に御通夜状態になってしまった。
そんな中、見田村は先程とは対照的に諭すように語りかける。
「…辛いこととか…悲しいこととか…ちゃんと誰かに言わなきゃ…もっと肩の力抜いて…自分一人で背負い込もうとしないで。」
その言葉一つ一つを進は噛み締めた。
「…誰か…一緒に背負ってくれる…かな?…」
「わ、私が!…私が背負うから…今度何かあったら、力になるから…ちゃんと言ってね…」
一人で背負わず、誰かに助けを求め、打ち明け、共有する。それは、確かに進にとっては有効なことかもしれない。
だが…
(…めーりんは…どうすればいいの…?)
そうしたくても出来ないものも、ここには居た。
「ところで、そのゆっくりは見田村さんの?」
進がさくやを指すと、見田村はさくやを抱えた。
「ええ。そうよ。さくやって言うの。あ、そういえば、めーりんが何話してるのか分からなかったけど…この子は理解していたわ。そのお陰で助けれたのよ。」
そして、進とめーりんの傍に置く。
「へぇー。君は賢いんだね。」
すると、さくやは自己紹介を始める。
「はじめまして。すすむさま。わたくしはさくやともうします。いご、おみしりおきを。そして、ゆっくりしていってくださいですわ。」
人間顔負けの丁寧な言葉遣いに進は驚きと感心を隠せなかった。
「あ、どうも。進です。君のお陰で助かったよ、ありがとうございました。」
相手が丁寧であるためか、進の言葉遣いも自然にその様になる。
めーりんはそんなやり取りを羨ましそうに見つめていた。私も…進としゃべりたい。…そんな眼差しで。
そんな様子をどう受け取ったのか、見田村は提案した。
「そうだ。さくや、めーりんと遊んであげて。」
「かしこまりました、おじょうさま。」
さくやはすぐに了解したが、進とめーりんは戸惑った。
「え…でも…」
「いいじゃない。ゆっくりはゆっくり同士で遊ぶのも大切なのよ。」
しかし、進が心配しているのはそのことではない。
「…いや、その…めーりんは他のゆっくりと違ってしゃべれないから…」
「JAOO…」
そう、めーりんはその理由で他の種から虐め・迫害を受け易い。だが、進の懸念をよそに見田村、さくやは共に笑みを浮かべる。
「みんなと同じようにしゃべれないからなに?さくやは、めーりんの言葉が分かるし、完璧には分からない進君だって、めーりんと仲良く生活してるんでしょ?」
「それは…そうだけど…」
「言葉なんて大した問題じゃない。ね?さくや。めーりんと遊びたいでしょ?」
さくやは微笑みながら答える。
「はい、おじょうさま。わたくし、めーりんとあそぶのをこころまちにしておりますわ。」
その言葉と表情には悪い企み等微塵にも感じられない。
「…分かった。めーりん、さくやと遊んでおいで。」
「JAOOO!」
めーりんとさくやは部屋を出ていき、部屋には二人が残された。
「ねぇ、見田村さん。あのさくやとはどうやって知り合ったの?」
進が何気なく訊く。
「あの子はね…心に深い傷を負ってここに居るのよ。」
見田村は遠い目をする。
「…何があったの?」
「群れを…追い出されたのよ。」
あれ程にまで賢そうなのに。群れを追い出される道理などあるのだろうか?
「さくやは、前にいた群れで参謀をやっていたそうよ。賢くて、狩は群れ1番の腕前。多くの仲間から尊敬されていた。」
ますます、群れを追い出される理由が分からない。
「でもね。どんなに好かれる人でも、その能力や人気を妬み良く思わない人もいる。それが…ゆっくりの社会でも同じことが起きた。」
その群れに加わる前の参謀はぱちゅりーだった。頭脳では、さくやにも劣らない程の能力の持ち主であった。
が、ぱちゅりー種の宿命かな、生まれつき体が弱い。その為捕食種とも、互角に闘える程のさくやにその地位を奪われたのだ。
ぱちゅりーは自分にはないその力を持つさくやを妬んだ。そして、思いついた。さくやを貶めることを。
「その後、そのぱちゅりーはさくやの評判を落す為に、色々悪い噂を流し始めたの。最初の内は、さくやを信じていたゆっくり達が嘘だって否定していたんだけどね…」
毎日のように流れる悪い噂。始めの内は否定する者もいるが、様々な憶測が重なってゆくにつれ、徐々にさくやに対する不審が生まれた。
「結局、その群れの会議でさくやを群れから追い出すことが決まってしまったのよ。その真相を、去り際にさくやを最後まで庇い続けた親友のまりさから聞かされたそうよ。」
さくやは失望した。誰を恨む訳ではなく、ただ失望した。心に受けた傷は大きく…何も信用できなくなってしまう。
そこからさくやの孤独な生活が始まった。狩も一人。巣を作るのも一人。食事も、寝るときも…
通常、集団を形成して生きるゆっくりにとっては辛いことであろう。
「その頃ね。私とさくやが出逢ったのは。」
さくやがいつものように狩に行こうとすると突然野犬が近づいてきた。
頬を膨らませて威嚇するも、怯える様子など皆無だった。
互いに睨み合い場に緊張感が走る。しばらく、この膠着が続く。と、痺れを切らした野犬がさくやに飛び掛った。
その鋭い牙で、頬が噛み砕かれる。全身に痛みが走る。
…ああ、私は死ぬのね…そう、さくやの意識が切れかけた瞬間であった。
「こらー!その子を放しなさい!!」
少女が声を張り上げると野犬は怯え、さくやを放し逃げ去った。
「これが、さくやの過去と、私との出逢いよ。この後、治療して一緒に住むことにしたの。」
思わぬドラマを聞かされることとなり、進は何とも言えぬ感情となった。
「進君は、めーりんのことをどこまで知ってるの?」
見田村から突如、こんな質問を受ける。
「?…それはどういう意味?」
「そのままの意味。一緒に暮らす前のめーりんのこと、どこまで知ってるの?」
「えっと…他のゆっくりに虐められてて…」
進はこの時、ハッして、下唇を噛んだ。
…僕は、めーりんのことを何1つ知らない…
あんなにも幼いめーりんがたった一人で居た理由も、めーりんの家族のことも。
…悔しいような…歯痒いような…情けないような…複雑な感情が入り混じった。
「JAOOOO!」
「まってですわ!」
めーりんとさくやは鬼ごっこを楽しんでいた。めーりんはまだ幼く、さくやはすでに成体であり、両者の身体能力には差がある。
そのため、さくやがやや手を抜いてあげているようだ。
何度目か分からぬ繰り返し。それは、楽く心地よいものであったが、めーりんは疲れてしまったのか動きが止まり息を切らす。
「JAO…JAO…」
「つかまえましたわ。」
すかさずさくやがめーりんを捕らえた。
「JAOOOO?」
めーりんが休憩を提案する。
「わかりましたわ。ゆっくりおはなしでもしましょう。」
ゆっくり会話する。それはめーりんにとっては、家族と過ごした頃と同じ温かさを意味する。
進は確かに優しく、いつも一緒に遊んでくれる。簡単な会話も出来るが、少し長くなるとたちまち、進は中々理解してくれなくなってしまうのだ。
進には責任はないのだが、そのことに対しめーりんは寂しさと、言葉をしゃべれない自分への悔しさを感じていた。
「めーりんはすすむさまと、どうやってであったのですか?」
さくやにそう言われ、めーりんは話す。
家族と暮らしていたこと。家族と一緒に歌を歌ったこと。仲良くご飯を食べたこと。飛び跳ねて元気良く遊んだこと。
みょん達が家を襲ってきて…両親を失い…そして…そして…あの忌々しい記憶のこと。
最後に生きることに絶望し、他のゆっくりに虐められいた時に進に助けられたこと。
全てを話し終えるとさくやは…涙を流していた。
めーりんが何で泣いているのだろうと首を傾げていると、さくやは無言のままがっちりとめーりんを抱きしめる。
「ゆ…めーりん…いままで…よくがんばってきましたわ…ゆ…めーりんはなにもわるくないですわ…なにも…」
その言葉を契機にはらりとめーりんの目から雫が落つる。1つ。2つ。3つ。
ぽたぽた落つる。決して止まることなく、ぽたぽた落つる。
めーりんは…ただ、ただ、免罪符が欲しかったのだ。
自分の力が無かったせいで両親を失ってしまった罪に対して―――
自分が寝ていたせいで姉達が死んでしまった罪に対して―――
姉を…食べてしまった罪に対して―――
自分だけが幸せを掴んでしまった罪に対して―――
めーりんの重い十字架は…今、崩れ、消えた。涙と共に。
「めーりん…つらかったでしょう?…よくがまんしましたわ…」
さくやはまた一段と強く抱きしめ、慈悲深く慰める。
「JAOOOOOO…」
進との生活は確かに楽しく幸せなものだ。
だが…同じように苦しみ、あまたなる修羅場を潜り抜けてきた経験豊富なさくやに接することもまた、めーりんにとっては大切なことだったのかもしてない。
二人は暫し泣きあった。
一人で背負い込むこと。それはとても辛く、苦しい選択肢。
時には、全てを打ち明けることも必要なのだ。さもなければ、いつかパンクしてしまう。
世界が…壊れてしまう…
「進君…良かったら、また私の家に遊びに来なさいよ。」
「え…?」
進は戸惑った。何せ、誰かの家に来てと遊びに誘われたのは小学校低学年の時以来のことだった。
「いや…あの…ほら!?めーりんだってさくやとまた遊びたいでしょ?べ、別に来て欲しいとか…そういうのじゃないんだからっ!」
何故か顔が火照る見田村。それを不思議そうにみつめる進とめーりん。それをニヤニヤしながら見つめるさくや。
「うん!ありがとう見田村さん。また今度、めーりんを遊ばせにいくね。」
「JOOOOO!」
屈託のない笑みで進とめーりんはお礼を述べる。
「もう私たち…と、友達なんだから当然でしょ!?」
「トモダチ…?」
友達…それは、進がめーりん以外に出来た初めての人で…新鮮なものだった。
「わたくしもいつでもゆっくりおまちしていますわ!」
「さくやもめーりんと遊んでくれてありがとう。…じゃあ、そろそろ帰るね。」
お互いにまたねと言い合い、進が退出し、帰宅への道を辿る。
「おじょうさま…ほんとうはすすむさまにきてほしいくせに…」
「な、ななな何のことかしら…?そ、そんなことより、めーりんと遊ぶのはどうだった?」
ニヤニヤだったさくやの表情も、その言葉で曇りを帯びた。
「じつは…めーりんにはこんなかこが…」
さくやは見田村に全てを話す。めーりんの生い立ちを。
全てを聞き終わった見田村は窓の外をふと見やり、一つ息を吐いた。
「…あなただけじゃないのね…苦しんでたのは。」
「…わたしたちのしゃかいには…ざんねんながら、わるいものもいますから…」
「…そうね…人間と同じね…」
見田村は、いつも虐められている進の姿を思い浮かべていた。
(ごめんね…進君…)
見田村は恥じた。悔やんだ。いつも学校で虐めを受けている進に声を掛けられなかったことを。
見て見ぬふりをしていたことを。
それも、一度や二度のことではない。
…結局、行動に移さない同情など、何の意味も成さないのだ。
~続く~
以上、ひもなしでした。以下駄文。
人は何でもかんでも一人で背負えてしまう程器用な生き物ではないと思うんです。
私事になりますが、私自身、様々なことに追い込まれストレスに圧し潰されそうになった時に突然、過呼吸に陥ってしまいました。
この苦しみの最中、実感しました。これが、パンクするということなんだなと。
感情を無理矢理抑える位なら、泣いてください。怒ってください。
一人で抱える位なら、信用出来る誰かに話してください。
解決はしないかもしれない。
だけど、きっと何かの助けになると思います。
- れ レミリアじゃないだと!!!バカな!!!!!! -- 名無しさん (2011-04-27 19:24:46)
- ↑なるほど、レミリア・スカーレットか、わからん -- 名無しさん (2012-02-14 15:13:30)
最終更新:2012年02月14日 15:13