『よいどれみりゃの世界』

『よいどれみりゃの世界』



幻想郷でいくつかの異変が解決された頃。
各地で"ゆっくり"と呼ばれる不思議な生き物たちが姿を現した。

里で森で山で、さらには地の底や天の上に至るまで、
"ゆっくり"は次々に数を増やし、幻想郷で生きる隣人となっていった。

それは、吸血鬼達の支配する彼の地でも同じこと。

この日、紅魔館は多くのゆっくり達で賑わっていた。
館の当主によく似たゆっくり、ゆっくりれみりゃが森の友達を呼んで遊んでいたからだ。

館のメイド達から寵愛を受け、ゆっくりライフを満喫していた、れみりゃ。
この日も、れみりゃは友達のゆっくり達と楽しく遊んで、美味しいオヤツを食べてゆっくりするハズだった。

だが。

「ぶぁぁーーん! ざくやぁー!」

れみりゃは泣き叫び、トテトテ小走りに咲夜の下へ走っていく。

「れみぃー様?」

突然の泣き声に驚き、声の主へ振り向く咲夜。
見ると、紅魔館のゆっくりれみりゃ……通称「れみぃー」が顔を真っ赤にして滝のように涙を流していた。

その部屋は、れみぃーとその友達が遊ぶために、咲夜が空間を拡張して作った遊び部屋だった。
咲夜は、楽しそうに遊んでいたれみぃー達を傍目に、オヤツの用意をしていたところだったのだが。

「どうしたんですか、れみぃー様?」

さっきまであんなに笑顔だったのに……
咲夜は不思議に思いながらも、れみぃーを抱き上げ頭を撫でてあげる。

「ふらんがぁー! ふらんがぁー! れみぃーたちのごーまがんをー!」

咲夜の腕の中で、れみぃーは嗚咽をあげながら部屋の奥を指指した。
そこは、つい先ほどまで、れみぃーと他のゆっくり達が積み木で遊んでいたはずの場所だ。

しかし、咲夜が視線を移した時、そこにはゆっくりした光景は無かった。
そこに見えたのは、怯えるゆっくりれいむや、ゆっくりまりさ、そしてあたりに散らばる積み木。
そして、今尚れみぃー達が作った積み木のお城を楽しそうに壊して散らかす、1匹のゆっくりがいた。

彼女の名前は、ゆっくりフラン。
紅魔館の住人にして、れみぃーの妹である。

「ざくやぁー! めぇーしてぇ! ふらんもぉーやだぁー!」

楽しげに積み木を崩してまわるフラン。
積み木を崩された悔しさ悲しさと、フランへの恐怖で涙するれみぃー。

咲夜は早々と事情を飲み込み理解していく。

こういったことは、近頃の紅魔館ではよくあることだった。
れみぃーとフランは決して仲が悪いわけではない。
けれど、どんな姉妹にも喧嘩はつきものである。

ただ、ことこの姉妹に関しては、妹の方が姉より強くて好戦的という事情があった。
そのせいか、姉であるれみぃーが、妹のフランに一方的に虐められてしまうことが、しばしばあった。

「ほーらよしよし……。れみぃー様はお姉さんなんですから、妹様にも優しくしてあげ……」
「だめぇー! ざくやはれみぃーのおみかたしてくれなきゃイヤー!」

咲夜の説得に応じず、ますます火がついたように泣き出す、れみぃー。
そんなれみぃーを愛おしく思いつつも、咲夜はやれやれと吐息をもらした。

れみぃーを責めるつもりは、咲夜には毛頭無い。が。
それでも姉としてもう少ししっかりしてほしい……そう思うことがあるのは事実だった。
そうすれば、きっと"館の真の主"も、れみぃーを少しは認めてくれるハズ……それは最近の咲夜の悩みでもあった。

「私はれみぃー様の味方ですよ。それに、私は"ざくや"ではなく咲夜です」

咲夜はニッコリ微笑み、優しく抱きしめて、れみぃーを落ち着かせていく。

「うっぐ、えっぐ、うぁっぐ……」
「ほら、おはながでてますよ?」

どこからかハンカチを取り出し、れみぃーの口の上あたりにあてる咲夜。

「うー、ちぃーーん」

れみぃーは口を閉じると、ハンカチへ向かって、いきんで空気を送る。
咲夜は、"にくまん"汁でぐしょぐしょになった顔を、丁寧に拭いてあげた。

そんなれみぃーの下へ、一緒に遊んでいたゆっくり達が集まってきた。

「むきゅー、れみぃーもういいわよ」
「つみきさんはやめて、ゆっくりしようね!」
「ゆぅ~、そうだよ、いっしょにゆっくりしよう?」

ゆっくり達は、皆れみぃーのことを心配していた。
その気持は、れみぃーにも伝わり、胸の奥をとてもゆっくりさせた。

しかし、だからこそ、れみぃーは納得できない気持でいっぱいになり、再び涙を爆発させてしまう。

「やだやだやだぁー! れみぃーのごーまがんなのぉー! ごーまがんでみんなといっしょにゆっくりするのぉー!!」

大好きな友達と一緒に作った積み木の"こーまかん"……
せっかくゆっくりしていたのに、完成したら咲夜達にも見せてあげようと思ったのに。
そして、"こーまかん"が出来たら、オヤツの"ぷっでぃーん"を食べながら、みんなでもっとゆっくりしたかったのに。

なのに。
もう"こーまかん"は無くて……

それが、れみぃーには無性に悲しくてたまらなかった。

「また作りましょう? 私もお手伝いしますから、ね?」
「……う~~っ、ざくやぁー、ほんとぉ?」

咲夜の提案に、れみぃーはぐすぐす鼻をすすりながらも、涙の滝をせき止めようとする。
けれど、聞こえてくる楽しげな声に、その堰は容易く決壊してしまう。

「こぉ~われろぉ~♪ こぉ~われろぉ~♪」

ビクッと体を震わせる、れみぃー。
声の主は他でもない、"こーまかん"を満面の笑顔で破壊したフランだ。

"こーまかん"だけでは飽きたらず、
今もフランは、れみぃーの玩具やぬいぐるみを振り回したり投げつけたり蹴飛ばしたりして遊んでいる。

「またこーまかんつくってよ、おねぇーたま♪ そしたら、またこわしてあげるね☆」
「ぶっああああーーー!!」

フランは、あまりにも無邪気で、あまりにも無慈悲だった。
れみぃーは再び泣き出し、咲夜のメイド服を肉汁の涙でぐしょぐしょに濡らしていく。

「……仕方ないわね」

こうなってしまうと、そう簡単に泣きやませるのは難しい。
咲夜はそのように判断し、奥の手を使うことにした。

「お嬢様も気分を落ち着かせる時にはこうしていたし……大丈夫よね?」

咲夜は、ブランデーを数滴、用意していたオヤツのプリンにかけると、
それをスプーンですくって、そっとれみぃーの口へ運ぶ。

れみぃーは、ぐずりながらも、
差し出されたプリンを半ば本能的に口に入れて、咽の奥へ流した。

「……うぁ、うぁ、ひっぐ」

泣き疲れた上に、ブランデーのアルコール分が加わり、れみぃーは徐々に瞼を閉じていく。
咲夜は、そんなれみぃーをあやしながらも、内心ホッと胸を撫で下ろすのだった。

「……ぅーぅー」

間もなくして、れみぃーは深い眠りへと落ちていった。


   *   *   *


れみぃーは、上から子供用ブランケットをかけられソファーの上で眠っていた。
泣きはらした跡こそ残っていたが、その顔は安らかだ。

「……ちゅぶ、ちゅば」

まるで母親を求めるように、指をしゃぶるれみぃー。
その姿を咲夜が見たら、流血必至であっただろう。

けれど、その場に咲夜はいなかった。
フランも、れみぃーが呼んだ友人達もいなかった。

遊び部屋には、れみぃーが一人。
ソーファーの上で寝かされていた。

チクタクと部屋の中の置き時計が針を進める。
やがて、置き時計の戸が開き、中から可愛らしくデフォルメされた恐竜の人形が飛び出した。

"ぎゃおー♪ ぎゃおー♪"

置き時計の中から、声が響く。
それは、れみぃーのために咲夜が河童に作らせたカラクリ時計だった。

「……う、うぁ?」

れみぃーは、お気に入りの時計が"ぎゃおーぎゃおー"と鳴いているのに気づき、
目をしばしばさせながら、ゆっくりと瞼を開ける。

柔らかな手でゴシゴシを目をこすりながら上半身を起こす、れみぃー。

「う~~? みんなどこぉー?」

徐々に覚醒する意識に伴って、れみぃーは周囲を見回した。
しかし、そこは記憶の中で確かに先ほどまでいた遊び部屋だったが、れみぃーに声をかけてくれる人は誰もいなかった。

ぼぉーとする頭で、れみぃーはソファーから降りて絨毯の上に立つ。
状況がわからず心細さが募る中、れみぃーは咲夜を呼ぼうとして、自らの異常に気づいた。

「うぁ……なんだかおのどがひりひりするどぉ……じゅーちゅのみたいどぉ……」

さんざん泣いた影響で、れみぃーの咽は猛烈に水分を求めていた。
ぐずりかけたれみぃーは、テーブルの上に置かれた瓶を見て、顔をほころばせる。

「うー♪ いいものみっけぇー☆」

れみぃーは背伸びで手を伸ばして、テーブルの上の瓶を両手で持った。
瓶の中には水とは違う液体がなみなみ入っており、むかし咲夜が作ったパウンドケーキに似た甘い匂いをさせている。

飲んだことのないジュースを見つけたと、小躍りして喜ぶ、れみぃー。
大事に両手で抱えた瓶を口へ運び、中の甘い匂いのする液体を口の中へ流しこんだ。

「ごきゅ☆ごきゅ☆ごきゅ……」

咽が渇いていたことも手伝って、れみぃーは夢中で瓶の中身を飲んでいく。

「うーうー♪ うぁ、うぁ?」

故に、瓶の中身を殆ど飲み終えてから、れみぃーは気づいた。
その液体が、甘いジュースなどではないことに。

「うぁー! うぁー! これじゅーちゅじゃないどぉー!」

れみぃーは、ゲホゲホむせかえって、瓶を投げ捨てる。

割れることなく絨毯の上を転がる瓶。
残りが零れて絨毯に染みを作るそれは、ジュースではなくブランデーだった。

れみぃーを寝かしつける際に咲夜が用いたブランデーが、置きっぱなしになっていたのだ。

れみぃーは、アルコール発酵独特の甘い匂いからそれをジュースと勘違いし、
原液のブランデーを水の如くがぶ飲みしてしまったのだ。

「うー! うー! ざくやぁーあづいよぉー!」

胸や喉に手をやり、絨毯の上をゴロゴロ転がりまわる、れみぃー。
高濃度のアルコールで、体がまるで焼け付くように熱く感じられた。

そして、数分後。
暴れ回った影響で、れみぃーの体にさらなる変化が起きた。

「……うぁー?」

自らの体に起こる変調。
その体験したことの無い不思議な感覚に、れみぃー首を傾げる。

「う~~なんかおからだがへんだだぉ~~? ぽかぽか☆ぐるぐるだどぉ~~」

地面に寝転がっていたれみぃーは、むっくりと上半身を起こして俯いた。

「……うー」
「あっ☆おねぇーたまおきたのね♪」

れみぃーが、声を漏らした瞬間。
扉が開き、れみぃーの妹たるフランが部屋に入ってきた。

フランは、れみぃーが目覚めたことを確認すると、嬉しそうに小走りでやってくる。

「どぉーしたの? はやくこーまかんつくりましょ☆」

フランは、れみぃーの下までやってくると、座りこんでいるれみぃーの腕を掴んで立たせようとする。

「こーまかん☆こーまかん♪ こぉーわれろぉ☆こぉーわれろぉ♪」

歌いながら、れみぃーをうながすフラン。
フランは姉とともに先ほどの続き……即ち"こーまかん"を積み木で作っては壊す遊びをするつもりだった。

しかし、その時。
喜色満面のフランの腕に、突然痛みが走った。

「うっ!?」

その痛みに驚き、フランは痛みの走った手をぼぉーと眺める。
目をパチクリさせながら状況をのみこもうとするフラン。

ついさっきまでれみぃーの肩を揺すっていた手が、ほんのり赤くなっている。
何者かにベチンと叩き払われたのだ。

そんなことをする何者か。
それは、他でもない、フランの姉たるれみぃーであった。

「うー! おねぇーたまのくせになまいきだよ!」

フランはむすっとして、れみぃーを押し倒そうとする。
押し倒して、いつかのように柔らかいほっぺたを抓って泣かしてやろう……そうフランは考えていた。

フランは気づいていなかったのだ。
目の前のれみぃーに起きている変調に。

「きゃん☆」

数秒後、絨毯の上に尻餅をついたのは、いぢめてやろうとするフランの方だった。
れみぃーを押し倒そうとするフランを、座っていたれみぃーが立ち上がりざま押しのけたのだ。

「う、うー?」

思わぬ反撃に、頭を混乱させるフラン。
その混乱は、目の前に立つれみぃーによって、さらに大きくなっていく。

「ふりゃんは、いけないこなのりゃ……いけないこは、おしおきなのりゃ!」
「お、おねぇーたま……だよね?」

フランはれみぃーをおそるおそる見上げて呟く。
れみぃーの顔は真っ赤に紅潮し、目はトロンとしながらもどこか鋭さを増していた。

「あったりまえだのくらっかーなのりゃ! れみぃーはれみぃーなのりゃ!」

れみぃーはそう言うと、両手でベチベチとフランの頭を叩いていく。
れみぃーの異様なプレッシャーに負けて、フランは頭を抱えてれみぃーから逃げていく。

「や、やめてよーおねぇーたま! さ、さくやぁー!」

フランは浮き上がり、そのまま扉を抜けて部屋から退散した。
その後ろ姿を見ながら、キャッキャッと笑う、れみぃー。

「うっうー♪ ふりゃんってば、よわむしさんなのりゃ♪」

今までの鬱憤が晴れたかのように、れみぃーは愉快そうに体を踊らせる。
れみぃー自身にも理解できない何かのおかげで、とにかく楽しくて愉快な気持が溢れてきて止まらなかった。

れみぃーは、きっとこれもあのジュースを飲んだおかげだと考えた。
きっと、後から楽しいキモチになれる魔法のジュースだったのだと。

「おとなのおあじなのりゃー♪ ふりゃんはまだまだおこちゃまなのりゃー♪」

やがて、ひとしきり踊った後、れみぃーは遊び部屋を出ることにする。
目的は一つ、もっと大人の味を堪能するためだ。

「れみぃーは、もっとじゅーちゅのみにいくのりゃ♪」

れみぃーは廊下に出て左右をキョロキョロ見回した後、
うろ覚えの道のりを歩いて厨房を目指していく。

その足は千鳥足で、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
とうとう、顔から壁に突っ込んでしまった。

「う、うぁ?」

れみぃーは驚き、壁にぶつかった顔を両手でさする。
いつもなら泣いてしまうところだったが、不思議と痛みは感じない。

「うー! かべさんじゃまなのりゃー!」

れみぃーは叫ぶや否や、両手を上に上げ壁を威嚇する。

「おぜうさまにえんりょなどふようなのりゃ♪ ただぜんしんせいあつあるのみなのりゃ~♪」

そして、れみぃーはそのまま壁へと突き進んだ。

バコーン!

れみぃーが突っ込んだのと同時に、壁はコミカルな音を立てて、あっさりと壊れた。
跡には、バンザイしたれみぃーの形の穴が空いている。

それに気を良くしたれみぃーは、楽しくなって次々に壁をぶち抜いていく。

「ぎゃおー♪ ぎゃおー♪」

次々に壁をぶち破って、厨房を目指すれみぃー。
すると、十数枚目の壁を突き抜けたところで、広いホールに出た。

そこには、唐草模様の風呂敷をほっかむりにした、2m以上もある巨大なゆっくりがいた。
それは、俗に"ドスまりさ"と呼ばれる種の巨大ゆっくりだった。

そのドスまりさは、れみぃーを見るや否や、バツの悪い苦笑いを浮かべた。
人間で言うならば余りにベタベタでコントでも用いられないその姿……ドスまりさは泥棒の格好をしていた。

「うっ! ろうぜきものなのりゃ! こーまかんはれみぃーがまもるのりゃ!」

れみぃーは、義憤に燃えて、ドスまりさに向かって小走りで向かっていく。
あまりにも違う体格は、普通であればれみぃーがドスまりさに「ボヨン」と弾かれて終わりになるはずだった。

しかし、この時は違った。

「だっだぁ~ん☆ぼよよんぼよよ~ん♪」

不思議なかけ声とともにれみぃーが突撃すると、
ドスまりさはまるで風船のようにボヨンボヨンと弾かれて、どこかへ跳んでいってしまった。

「うぃーあー♪」

勝利の雄叫びをあげる、れみぃー。

「れみぃーは、のめばのむほどつよくなるのりゃー♪」

れみぃーは、ますます良い気持になって壁を突き破っていき、とうとう厨房に到着する。

厨房の中央には、不釣り合いな食事用のテーブルが置かれており、
その上にはブランデーの入った瓶が何本も置かれていた。

「うぁ☆じゅーちゅはっけんなのりゃ♪」

れみぃーはパタパタ飛んでテーブルの上に乗ると、
その上に乗っている瓶つかんでラッパ飲みしていく。

「ごきゅ☆ごきゅ☆ぷっはぁー♪ このいっぱいのために"かりしゅま☆"やってるって感じなのりゃ~~♪」

1本、2本、3本……。
れみぃーは次々にブランデーの入った瓶を空にしていった。

本当に良い気持で、気分を有頂天にする、れみぃー。
すると、視界の端に、いつからいたのか咲夜を発見した。

「うっ☆さくやなのりゃー♪」

れみぃーは、咲夜を見て喜びの声をあげる。
一方の咲夜は、れみぃーに背を向けて何やらブツブツ呟いていた。

「さくやぁー☆このじゅーちゅとってもゆっくりできるのりゃー♪ いっしょにばんしゃくなのりゃー♪」

しかし、咲夜はれみぃーがいくら呼んでも振り向こうとはしなかった。
頭上に「?」マークを浮かべるれみぃーに対し、咲夜はれみぃーにも聞こえる声で言った。

「……れみぃーさま、私は"さくや"ではありません」
「うぁ? さくやぁー?」

咲夜は、ゆっくりと振り向いた。
ゆっくりと振り向いて、その顔をまざまざとれみぃーに見せつけるのだった。

「私は……"ざくや"なのです!」
「う、うぁぁぁぁーー! さくやのおかおがぁぁーーーっ!!」

驚愕して叫ぶ、れみぃー。
咲夜の顔は、いつもの優しいものではなかった。
それどころか人でもゆっくりのものでもなかった。

銀色の髪の毛の下にあったのは、緑色の兜のような顔と、その真ん中で光る丸くて紅い一つ目。
咲夜は、その言葉通り"ザクや"とやってしまっていた。

「れみぃーさまぁー……おやしきのかべをこわすようなわるいこはおしおきですー……」
「こぁいー! こぁいのいやなのりゃー!」

れみぃーは、恐怖で顔を引きつらせ、ひぃーひぃー叫びながら厨房を走り去っていく。
そして、何枚かの壁をぶち抜いて廊下に出た時、れみぃーは見知った後ろ姿を見つけた。

それは、見間違えるはずもない妹、ゆっくりフランの後ろ姿だった。

「うっ、ふりゃーん! はやくにげるのりゃー! さくやがぁー!!
「……どうしたの、おねぇたま。そんなにあわててはしたない」

れみぃーは、危機を知らせようと、背中を向けたままのフランへ近寄っていく。

「うぁ! れみぃーははしたなくなんてないのりゃ! で、でもそれよりいまはさくやが!」
「さくやが……どうしたの?」

くるり。
れみぃーへ振り向いたフランの顔は、先ほどの"ザクや"と同じものになっていた。

「うあああああーーーっ!! ふりゃんまでぇぇーーーーっ!?」

れみぃーはフランに背を向けると、一目散にその場を後にした。
人間から見れば遅いそれも、ゆっくりからすれば必死の全力疾走だ。

「な、なんなのりゃー!? ここはれみぃーのこーまかんなのにぃー!!」

わけもわからぬまま無我夢中で廊下を走り抜け、壁をつきやぶっていく、れみぃー。
気づけば、そこはれみぃーの自室だった。

れみぃーは部屋の奥のベッドへと飛び乗り、
シーツを皺だらけにしながら四つんばいでベッドの上を進む。
そして、枕の横に置かれた、自分の体ほどもある大きな恐竜のヌイグルミにぎゅーと抱きついた。

「う~~っ! きょーりゅーさん、れみぃーをおまもりしてぇー!」

れみぃーは、がばっとシーツの中に身を隠れさせると、
恐竜のヌイグルミもシーツの中へ引き入れて、それを抱きしめた。

「う~♪ これでもうあんしんなのりゃー♪」

シーツの中に隠れた自分のカムフラージュは完璧だ。
それに、自分には恐竜さんもついている。

これなら、大丈夫、きっと大丈夫。れみぃーは自分を説得していく。
しかし、その時バタンと部屋の扉が破られる音が響いた。

「うっ!?」

ビクンと体を震わせて、ギューギュー恐竜にしがみつくれみぃー。
そうしている間にも、部屋の入口から足音が近づいてきた。

「う、うぁ? な、なんでこっちくるのりゃー」

ギシィ。
ギシィ。

ゆっくり、ゆっくり、床板を軋ませながら足音が近づいてくる。
れみぃーはぎゅっと目を瞑り、恐怖を払うかのようにシーツの中で押し殺した声をあげる。

「うぁ、うぁー、こっちこないでぇーーー」

そして、ついに足音はれみぃーの隠れているベッドの前までやって来た。
ガクガクぶるぶる、れみぃーは体を震わせる。

次の瞬間、れみぃーの中で恐怖が限界を超えた。
れみぃーはバサァと自らシーツを払って、両手をバンザイした格好で精一杯叫んだ。

「ぎゃおーーーーーっ!!!」

叫んで、叫んで。
そこで、れみぃーの視界が真っ暗になった。


   *   *   *


パチン、と暖炉にくべられた薪が火の粉を爆ぜさせる。
温かく保たれたこの部屋は、紅魔館の中で、れみぃーのために用意された部屋だった。

「うー、うー、うぁー」

れみぃーは、ベッドの上で温かい布団にくるまれて、うなされていた。
苦しげに声をあげ、額から"にくまん汁"の汗を流す。

その汗を、白く綺麗な手が拭き取った。
それは、いつも通り優しく愛おしくれみぃーを見つめる咲夜のものだった。

「れみぃー様……」
「おねぇーたま……」

さらにその横には、妹のフランが椅子に座り、
姉のれみいーの様子を見ては表情を曇らせて、心配していた。

「うー、ううー、………うぁぁぁーー!」

突如部屋に響く、大きな叫び。
それとともに、れみぃーは目を大きく見開いて上半身を起こした。

「うぁー、うぁー、うぁぁー」

ハァハァと息を荒げる、れみぃー。
その視界にまず入ったのは、心配そうな、それでいてれみぃーを見て嬉しそうな咲夜とフランの顔だった。

「よかった、目が覚めたんですね」
「うー、おねぇーたまだいじょーぶぅ?」

ホッと胸を撫で下ろす、咲夜とフラン。
その顔は、いつも通り、れみぃーが良く知る2人のものだ。

「うぁ……ここは……」

不思議に思って、周囲を見回そうとするれみぃー。
が、頭を動かそうとしたその時、猛烈な痛みがれみぃーを襲った。

「う、うぁー! おあたまガンガンするどぉー! おむねがムカムカだどぉー!」

そのれみぃーの様子を見て、咲夜が溜息をついた。
その手には、空になったブランデーの瓶が持たれている。

「もう、これは大人の飲み物なんですから、れみぃー様は勝手に飲んじゃダメですよ!」
「う、うー、ゆっくりりかいしたどぉー……おとなのおあじは、やっぱりれみぃーにはまだおはやかったどぉー……」

痛みと気持ち悪さから、両手で頭を押さえる、れみぃー。
咲夜は、そんなれみぃーを再びベッドに寝かしつけて、頭を撫でてあげる。

「う~~しゃくやぁ~~♪ なでぇなでぇもっとぉ~~もっとしてぇ~~♪」

咲夜は微笑みながら、れみぃーの願いを聞き入れて、頭を撫でてあげる。
その動作に、れみぃーは落ち着きを取り戻し、ゆっくりしだす。

そのれみぃーの様子を見計らって、フランがおずおず口を開いた。

「うー、おねぇーたま、さっきはごめんー。いっしょにこーまかんつくろうね?」
「うー? ふらん……?」

フランの言葉に、れみぃーは胸が詰まる思いがした。
そして、気づいたら、ポロポロ涙を流しながら嗚咽を漏らしていた。

「う、うー! うーうー!」
「ど、どうしたんですか?」
「おねぇーたま?」

その涙は、先ほどまでの悲しみや恐怖によるものではない。
純粋な嬉しさと安堵からくる、実にゆっくりした涙だった。

「ほらほら、おはながでていますよ?」
「ぐ、ぐしゅん……ちぃーーん」

咲夜に鼻をかんでもらう、れみぃー。

「おちつきましたか? こわい夢でも見たんですか?」
「な、なんでもないどぉー♪ れみぃーはおつよいこだから、なみださんとはバイバイなんだどぉー♪」

れみぃーはそう言うと、ぐしぐしと自分の手で涙を払う。
そして、ベッドで横になりながら、満面の笑顔を浮かべる。

「うっうー☆さくやとふらんといっしょにこーまかんつくるどぉー♪ たぁーのしみだどぉー♪」

咲夜とフランは、れみぃーに背を向けて、静かに微笑んだ。
故に、れみぃーはその瞬間を見ることは出来なかった。

「……そうですね」
「……とってもたのしみだね」

ふかふかベッドで横になるれみぃーを背にして、
咲夜とフランの前髪で隠された影の奥で、怪しい一つ目が赤く光った瞬間を……。


酔っぱらいれみぃーの不思議な体験は、まだ終わらない……。




おしまい?




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シュール系コメディ……なんでしょうか?
す、少しでも楽しんでいただければ幸いです……。

by ティガれみりゃの人
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  • 不覚にも一生懸命こーまかんを作るれみぃーを想像して可愛く思えてしまった

    -- 名無しさん (2008-11-24 22:49:48)
  • 続きがあれば見てみたいです。 -- れみりゃ好きの人 (2008-11-26 08:11:50)
  • れみりゃざまあww
    -- 名無しさん (2012-05-03 19:55:13)
  • なぜザクが出てくるんだ。 -- 名無しさん (2012-10-05 15:52:28)
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最終更新:2012年10月05日 15:52