きずな⑦~友達~後半

きずな⑦~友達~後半
※大将=太一;同一人物です。

 翌日の平日、学校にて
 進はこの一日、緊張して過ごしていた。
 授業の内容は全く頭に入らず、先生の話は右から左へと聞き流し、給食は全く喉を通らない。
 押し潰されそうな程、げっそりしていた。その為か授業の度に、先生に保健室に行ったほうが良いと言われもした。 
 それもこれも、朝の”あれ”が原因なのだ―――

 それは同日朝、進が登校した時のこと。校舎に入り、靴を脱いで自分の下駄箱を開ける。
 すると、何やら一枚の紙が二つ折りで上履きの上に置いてあった。何だろうと開いて見るとそこには悪魔の13文字が記されていた。

 放課後体育館裏にて待つ 太一

 と、こんな按配である。

 大将(太一)、手紙、放課後、体育館裏、これだけの単語が揃えば、その用件はとてもじゃないが喜ばしいものとは言い難そうだ。
 授業中には、太一の一派であろうクラスメイト達が進に哀れむような罵倒するような視線をぶつける。
 彼等からしてみれば、大将の本格的に進に××しようという意思が見え楽しみで仕方ないのだろう。

 なんとか逃げ出せないだろうかと手段を脳内で模索している内にとうとう放課後が来てしまった。
 結論としては逃げ出せたとしても、結局約束を破ったとして暴力をふるわれる。おそらく本来受ける筈だった以上の。こう至った。
 仕方なく諦め、恐る恐る体育館の裏へと向かう。誰も居ないことを願う進だったが、現実は甘くはない。
 そこにはイライラしながら威圧感を醸し出しながら佇んでいる大将が居た。
 進を鋭い目で睨むと開口一番「遅い!」と言い放つ。そして、進へと近づいてくる。
 ああ!殴られる!そう思い咄嗟に両目を閉じ、歯を喰いしばった。…だが。
 だが、拳は飛んで来なかった。代わりに、肩に圧力が掛かり、その緊張感には不似合いな軽い音が鳴る。何事かと思い目を見開く。
 そこには、手を進の肩に掛けながら、大将が躊躇うような憂鬱そうな表情を浮かべている光景があった。

「た、大将?」
 泣く子も黙ると言われる大将とは別人だった。進、否、彼を知っている者にとってそれは実にシュールだ。
「あ、あのな…進…お前、ゆっくり飼ってるんだよ…な…?」
 話が見えない質問だった。一体何だというのか?

「え…あ、うん…めーりんと…飼ってるというか…暮らしているというか…」
 そうかと一言呟き、一つ息を吐く。そして続ける。
「あのさ…実はさ…オ…オレん家にもゆっくりがいるんだよ。」
 進は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「…それでさ…進さ…今日、めーりん連れて…その…オレん家来いよ!…あ、菓子も用意するからよ。」
 進にはその急で予想斜め上の展開についていけず、思考が停止する。

「やっぱ…ダメ…か…」
 大きく落胆する大将。普段、微塵にも見せないその様子にますます戸惑う進。が、辛うじて声を絞り出した。
「…いい…よ…大将の家に行けばいいんだね?」
 大将はその返答に今度は年相応に顔を輝かす。
「ホ、ホントか!!じゃあ、家帰ったらすぐめーりん連れて来てくれ!」
 そう言うと、大将宅への略地図が記された紙を渡し、走り去っていった。一人残された進。
「…何だったんだろ…?」

 進は考えた。大将が何故、自分を誘ったのか。普段虐めている相手を家に誘う…全く以って不可解だ。
 …まさか、これは罠なのだろうか?…それにしては先刻の態度はどうも変だ…
 いや、寧ろ、あれは演技でそれを含めて罠…?だが、大将はそんな芸当出来るほど起用ではない。
 そんな泥沼に嵌り込んでいる内に早くも、進宅の玄関が目の前にあった。
 行くべきか行かざるべきか…迷うものの、ひとまず、めーりんに話してみる。

「めーりん、今日、他のゆっくりと遊びたい?」
「JAO…?JAOOO!」
 昨日、めーりんはゆっくり同士で遊ぶことがとても楽しいということを強く記憶に残してるのだろう。
 進の提案に対し、頷いた後、動き回って肯定の意志を表す。それを見ただけでも行く価値は十分にあるような気がしてくる。
 それに…やはり、あの大将の様子に悪意の類は全く感じられなかった。そして、引っかかる。
 いつも、自分を率先して殴る男が昨日に限り何も手を出さなかったことが。
 どうしてあのような行動を取ったのか?それを確かめたいという気持ちもあった。

「よし、じゃあ出発だ!」」
「JAOOO!」
 めーりんを自転車のかごの中へ入れ目的地を目指すが、その際にもやはり帰路を辿る時と同様に思案に耽入る。
 大将宅は、進宅から自転車で10分程度の所にあり、すぐさま着いてしまったのだが。
 いざ、玄関の前に立つと、進は恐れと緊張を抱いた。
「JAO?」
 立ち止まっている進に対し、めーりんが不思議そうな顔を浮かべる。
「わ、分かってるよ…」
 そう。いつまでもぼんやりと佇んでいるわけにもいかない。
 覚悟したように頷き、小刻みに震える右手で一刺し指をインターホンへと近づける。ゆっくりと。
 ついに…指の先が当たり…押した。

 そこからは呆気なかった。押した僅か数秒後にドアが開く。開けた主は大将本人だった。思わず目が合う
 相手が何を考えているのか?自分をどう思っているのか?
 二人はそう確かめるように視線を交わす。
「…あがってくれ。」
「う、うん…おじゃまします。」
 二人のやりとりは明らかににぎこちないものだった。大将が背を向け、奥へと歩き出す。
 他にどうしようもないのでその背についてゆく進。
 最終的に、大将の部屋だと思われる所に着くまで、最初の言葉以外、一切会話がなかった。

「入ってくれ。」
「…うん…」
 部屋に入る前のそれが、この間の唯一の会話だった。
 大将が扉を開け、中に入る。進とめーりんもそれに続く。そこには、ゆっくりが座っていた。
「…たいち…だれかきたの?」
 その声の主が目に入り、進は唖然とした。

 人間の幼児の体。艶やか薄い黄色の髪。七色に輝く宝玉が下がった翼。鋭く尖った犬歯。

 捕食種―――ゆっくりふらん―――と呼ばれる種だった。
 進はめーりんと暮らしてはいるが、ゆっくりに関する知識は皆無に等しい。
 まさか、あたかもヒトであるかの如く胴体、手足を持つゆっくりが存在するとは思ってもみなかったのだ。
 何か、常識という名の根底が覆された気分になった。
「ふらん、紹介するよ。この男の子は進。このゆっくりはめーりんっつーんだ。」
「うー。ふらんです。」
「…あ、進です。よろしくね。」
「JAOOOO!」
 ふらんは、どうも退屈そうに体操座りをしていた。が、めーりんが部屋の中に入るとその姿をじっと捉え始めた。
 見つめられているめーりんもふらんに興味津々のようだ。羨望の眼差しを向けている。
「進…すまんが、ふらんをめーりんと遊ばせてやってくれないか。」
 大将が遠慮がちに怖ず怖ずと頼んだ。
「え?あ、う、うん。いいよ。」
「ありがとな…ふらん、遊び場でめーりんと遊んできな。」
「うー。わかった。…めーりん、こっちだよ。」
「JAOOOO!」

 2匹が退出する。残された二人は…やはり居心地が悪そうにしていた。
 一方が、今日は天気がいいなと言うと適当に相槌を打ち、もう一方が、今日の給食のカレーが美味しかったなと言うと『そうだね』と適当な返事が返ってくる。
 こんな具合に会話が瞬時に終わってしまうという流れが5回程続いた。
 と、大将がこの何とも打開しがたい雰囲気を断ち切ろうと思ったのか、覚悟したようにうなずくと、再度会話を試みた。
「す、進…」
「…何?…」
「あのさ…話したいことがあるんだ。…聞いてくれるか?」
 大将は緊張し、強張っていた。…いつかの進と同じような表情だった。しかし、進とは違うのは何かを話そうとしている点だ。
 これは、ただの話ではない。何か別の…重要な内容なのだろう。そう感じ取った進も表情を引き締め答える。

「…分かった。聞くよ…」

 その後、しばしの間、沈黙が訪れる。それは、ほんの数秒にも感じられたし、ひょっとしたら数分、数十分ものの長いものだったのかもしれない。
 時の流れの感覚が麻痺してしまう程、張り詰めた空気が場を覆っていた。
 進がどれ程時間が経ったのだろうと考え始めた、次の瞬間。

「すまんかった!!」

 大将が両手を前につき、樽を壊す程の轟音を立てたと思ったら、突然首を垂らし土下座したのだ。
 その只ならぬ様子に進は困惑した。
「ど、どうしたの?急に…」
 大将は、頭を床に摩り付けたまま、震えた声で再び謝罪を述べる。

「今までお前をいじめてきて…本当すまんかった!!今更許されようとは思わん。だが、謝らせてくれ!この通りだ!!」
「…え…?その…と、とにかく顔あげて…」
「進…こんなこと言っても言い訳にしか聞こえんと思うが…そのまま黙ってオレの話を聞いてくれ…」
 進はその懇願に押し黙り、彼の話を聞くことにした。



 大将――― 太一 ―――はかつて一人ぼっちだった。幼い頃、人見知りが激しく、中々友達が出来なかったのだ。
 しかも、体格が同年代の子に比べ格段に大きかった。そのことも災いして、太一を恐れ、近づこうとするものは中々いなかった。
 だが、そんな日々もある出来事により終止符が打たれることとなる。

 ある日、クラスの男の子が些細な事を切っ掛けに、太一へと殴りかかったのだ。
 最初の内、ただ怯えてきただけの太一だったが、その攻撃は大して痛いとは感じなかった。そして…

 …たった一撃で勝負は決した。
 その男の子は『何でもしますから許してください』と泣きじゃくった。そこで太一は言った。

                  『…”友達”になって…』

 あれ…?”友達”作るのって簡単なことだったんだ。なーんだ。相手を殴って泣かせて…たったそれだけのことだったんだ。

 その日から太一の生活は一変する。殴っては”友達”を作り。殴っては”友達”を作り。
 友達は、みんな優しくしてくれる。太一は、いつしか喜びを感じるようになっていった。

 しかし、たった一人だけ…思い通りにならない少年がいた。

 いつもと同じように、その少年を殴る。が、その少年は何も言わない。ただ、痛みをこらえるだけだ。
 もう一度殴る。やはり何も言わない。今度はこちらを憐れむようにじっと睨んできた。気に食わない。その目が。
 もう一度殴る。蹴りも加える。泣きもしない。何度殴っても、何度”友達”になれと言っても反応が無い。
 くそ…何なんだ。コイツは。…ムカツク。みんな、すぐに”友達”になってくれるのに。何がなんでもコイツを”友達”にしてやる…!

 …こうして、進に対する虐めが始まった。毎日のように殴り、屈服させようとした。
 しかも、その虐めは、太一だけが行っている訳ではなかった。
 日頃の太一に対する不満を持つ”友達”達が『進は何も抵抗出来ない弱虫だ』と知ると、進に全てをぶつけるようになったのだ。

 ある日、太一はその現場を目撃してしまった。進を殴り、蹴り、更にはこう言った。
『俺たちはな…太一に好き放題やられてムシャクシャしてんだよ!恨むなら太一を恨むんだな』


 太一は、この時知った。ようやく。気づいた。己の非を。恥じた。己の勘違いを。
 …今まで、進になんて酷いことをしてきてしまったのか!!


 一通り話し終えても、未だ大将は顔を上げようとしない。それは、鉄のように固く重いものだった。
「今度進に暴力振るおうとする奴がいたら、オレは進を全力で助ける。…これが、せめての罪滅ぼしだ…」

「…大将…顔、あげて。」
 進にそう言われ、恐る恐る面を上げた。その顔は…いつから流れていたのだろうか?涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「僕は…大将を許すよ。今まで…とっても怖かったけど…大将も…苦しんでたんだね…それを明かしてくれたこと、勇気をもって謝ってくれたこと…とても嬉しいよ。」
「…進…頼む。今ここで、俺の顔面を一発思い切り殴ってくれ。」
 その申し出に進は戸惑う。
「え?…そ、そんなこと出来ないよ…」
「…けじめをつけたいんだ。お前ばかり痛い目を見てきたんだ…それ位、受けて当然だ!」
 そんな真似出来ないと断ろうと思った進であったが、この申し出を無下にしてしまうのは失礼に当たる。いや、もっと別の”何か”を踏み躙ることになってしまう。
「分かった…いくよ…」

 進いは暴力を喰らう時には常に受身で、人を殴ったことなど一度も無い。
 幼少の頃から、父親に人を守る時を除いて暴力を振るってはいけないと厳しく教わったからだ。
 しかしながら、この拳は…人を傷つける為のものではない。心を込め、大将にぶつけなければならないものだと感じた。
 憎悪とは相反する―――より高尚な”何か”を―――

 そして…歯を喰いしばる大将の頬を狙い、全力で打った!

 まともに喰らった大将はその場で床に倒れ込む。
「ぐはぁ…ちくしょー…利きやがるぜ…」
 痛みを訴える大将であったが、その表情から霞は消え去っていた。
 進は頬抑えている大将に慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫だった?」
「ああ…これで…ようやく解放された気がするよ…」

 立ち上がろうとする大将に手が差し伸ばされる。大将はその手をまじまじと見つめた。

「あの…その…ぼ、僕達!…もう、とも…だち…だよね…?」
 その問い掛けに再び憂えを帯び始め、そっぽを向く。
「…オレには…お前を友達と呼べる資格なんてねぇ…」
「そ、そんなことない!僕は…大将と友達になりたい!これからは一緒に遊んでいきたい!…ダメかな…?」
 進は内に燃え滾る感情を一生懸命に伝える。全てを許すという意志を。友達になりたいという意志を。
 大将は、目元を押さえながら、震えた声で答える。
「オデなんがに…ごんなグズなんがに゛…友達い゛で、い゛い゛のがな゛…?」
「いいに、決まってるよ…さっきので、今までのことはなかったことにしよ?…ね?」
 相手を許すこと。それもまた勇気なのかもしれない。

「進…お前はいい奴だなぁ…もっと…もっと早くお前に会ってりゃ…オレはこんなことにならなかったのになあ…」

 ここには、蟠りなど無かった。
 きっと、一人の少年の純粋さが生んだ思い違いだったのだ。悪意無き罪が生んだ悲劇だったのだ。
「…これから…よろしくな…」
「うん…こちらこそ、よろしくね…」
 恥ずかしいような、照れくさいような。そんな表情とは裏腹に、二人はお互いの手を強く握り締める。
 今、この瞬間、収束した。



「めーりん、たまたまであそぼっ♪ぜんりょくでっ!」
「JAO?」
 たまたまという聞き慣れない単語に、めーりんは首を傾げる。ふらんが、おもちゃ箱から取り出したのはカラーボールだった。
「これを、あいてになげて、とって、なげかえすんだよ。」
 成る程。キャッチボールをするらしい。
「JAO?…JAOOO!」
 何をするのかと戸惑っていたが、一応の説明を理解した。そんなめーりんの返事に対し、満面の笑みを浮かべるふらんであった。

「よーし、いくよー♪それー!」
 ふらんは久しぶりの遊び相手が出来て、興奮気味だった。
 それが原因となり、手加減という言葉を全く知らない豪速球が、めーりんの顔面に迫ってくる!
「JA、JAOOOO!!!」
 危険だと判断し咄嗟に避けようとする…が、残念ながらそれが叶うことは無かった。
 顔面に命中すると同時に、人が車に撥ねられたかの如く弾き飛ばされた。
 …客観的に見れば、園児が元気良く投げただけのボールだが、体の小さいめーりんにとってはそれ程の威力を誇るのだ。
 運動量保存則の設問にしたくなるように、転がり始めるめーりん。
「JA…JAOOO…」
 目を回し、よろめき、弱々しく鳴いた。その様子を見て慌ててふらんが駆け寄った。
「め、めーりん…だいじょうぶ?」
「JAOO…JAO!JAOOO!」
 少し頬を膨らませ、痛かったと文句を述べているようだ。ふらんはへこむ。
「うー…ごめん…つぎはやさしくなげる…」
 すなおに謝るふらん。反省しつつ、仕切り直しだ。

「めーりん、なげるよ♪それ♪」 
 今度は直線的ではなく、緩やかな軌道を描くようにしてボールは舞った。一度、めーりんの手前で落ちると、受け止め易いゴロへと変わる。
「JAOOOOO!!」
 これなら大丈夫だと判断しためーりんは、体全体を集中させ、固くしてボールを受け止めた。
「うー♪取った!めーりん、うまいよー♪」
「JAOOOO……!」
 ふらんの賛美に頬を染めるめーりん。照れ入っているのだろうか?
「うー♪じゃあ、ふらんになげかえして!」
「JAO…!?」
 投げ返す…どうやって?
 手のないめーりんにとって、それは幾らなんでも難題過ぎる…
 めーりんも暫し困ったように沈黙する。
「JAO、JAO、JAO、JAO、JAO、JAO、………JAO!」
 何か、閃いたのだろうか。ゆぴーんという効果音まで鳴る。
 めーりんは、ボールを口に咥えると助走をつけ、首を右斜め下から左上へと振るようにして投げ飛ばした。
 …原始的ではあるが、中々賢い行動だった。ツーバウンドでふらんの元に届く。
「うー♪めーりん、すごいよー!」
「JAOOOOO…」

 こうして見事、キャチボールが成り立たたせ、二人は暫くこの遊戯に没頭した。
 たまにどちらかが大暴投してしまう時もあったが、それも互いに笑い合った。
 だが、これではめーりんの体の負担は大きい。
「JAO…JAO…」
 案の定、息を切らし初めていた。ここで、とうとうばててぐったりとする。
 ふらんは心配そうにめーりんの傍に寄ってしゃがみこんむ。
「うー…?どうしたの…?ケガしちゃった?」
「JAO、JAOOOO…」
「うー。つかれちゃったんだ…うー…そうだ♪めーりん、ふらんのあたまのうえにのって!」
「JAO…?」
 唐突な謎の切り出しに、訝しげな視線をふらんへと注ぐ。
 一方のふらんは悪戯っぽい含み笑いをしていた。
「いいから♪ほら、はやくー♪」
 手を差し伸べ誘なう。半信半疑で躊躇しながらも、その手ひらに乗った。すると、ふらんは自身の頭へとめーりんを置く。
「おっこちないように、ゆっくり、しっかりつかまってね♪」
「JAOOO?」
「よーし♪おそらへのさんぽにしゅっぱーつ♪」

 子気味好い掛け声をかけると、何と言うことか。ふらんの体が浮いた!
「JAO、JAOOO!?」
 その予想外の出来事に、めーりんは思わず叫んでしまった。みるみる内に地面が遠くなってゆく。
 1m…2m…とうとう、屋根を越えていった。
「JAOOO!?JAO、JAOOOO!?」
 めーりんは、その生まれて初めての浮遊感と高さに目を瞑り、怯え、震えている。
 そんな様子をクスクスと笑い、ふらんは話し掛けた。
「めーりん、め、あけてみて♪」
「JAO…」
 恐怖の最中わずかな勇気を駆使して、恐々と右目だけゆっくりと開いてみる。
 ―そこには、見たことのない景色が詰まっていた。猫が、犬が、人が、家が。虫のようにちっぽけに映る。
 あ、あそこにあるのは…川だ。静かで優しいせせらぎも耳を澄ませば、ここまで届く。そんな錯覚に陥りそうだ。
 奥には山があった。青々と茂り、上の方を眺めると雲で頂上が見えない。
「うー♪ほんとうは、よるにみると、もっとたくさんのきらきらがみえて、とってもえれがんとなんだよ♪…今、見せられなくてごめん。」

 残念そうにするふらんだが、めーりんはこれだけでも十分満足だった。
「JAOOOO!!JAO!」
「うー♪よろこんでもらえてうれしい♪」
 その後もゆっくりと旋回し、色んな場所を見に行く。時が経つのも忘れる程、素敵な時間を過ごした。


「…あ、めーりん、あれみて!」
 ふらんは西の方角を示した。その指差した地平線の彼方は紅色に染まり、今まさに日が沈まんとした。
「JAOOOO…」
 美しい。ただ、ただ美しい。この空火照りは、見る者全てを圧倒し、引き込もうとする魔力を擁していた。前に一度、進と見たことがあった筈だ…
 それなのに、また微妙に異なる趣があった。
 めーりんは思わず息を呑むことしか出来なかった。
「うー♪きょうのはかくべつにきれい♪」
 ふらんもひたすら見入っている。

「JAOO・・・」
 と、何の前触れもなく、めーりんがか細い溜息を吐いた。急に変わった雰囲気にフランは戸惑いを覚える。
「うー?…どうしたの?…」
「…JAOOO…」
「うー?ふらんがうらやましい…?なんで?」
「JAOO、JAOOOOOO、…JAOOOO、JAOOOO…」
 めーりんは、ふらんへの羨望と同時に劣等感もいていた。
 人間と同じように体を持ち、手と足を器用に使いこなし、羽をはばたかせ、自在に空を飛ぶ。
 めーりんには地面を転がったり、飛び跳ねたりするのが関の山だった。
 この感情は至極当然なのかもしれない。

「うー…おててやあんよはねがなくても、めーりんはめーりんだよ。さっきだって、おててがなくてもたまたまであそべたよ♪」
「JAOOO…」
「うー…そうだ♪めーりん、ふらんのおともだちになって♪」
「JAO…?」
 トモ…ダチ…?
「そうだよ♪ふたりはなかよし♪うー、うー♪また、こんどいっしょにあそんだり、おそらをとぼうね♪」
 その提案にめーりんの億劫は全て消え去った。
「JAOOOO!!」
「うん♪約束だよ♪」
 ここで、大将と進が二人の名を呼ぶ声が聞こえてきた。探しているようだ。
 これにより、空中散歩はゴールを迎えた。

 閉塞的だった進もめーりんも一歩、一歩、少しずつであったが確実に変わろうとしていた。

                        ~続く~


以上ひもなしでした。今回もここまで読んで頂き嬉しく存じます。以下駄文です。
人にはそれぞれ背景がある。だから、自分が正しい、相手が間違っていると決め付けるのは
単なる僻事にしかならないと思うのです。
残念ながら、相手の気持ちを正確に理解することは不可能です。
ですが、我々には『多分、こう思ってるんじゃないかな』と考える手段が残されています。
今回のエピソードはこんな暑苦しい恩師の教訓を元に考えてみました。

無事、7話目に達した私のシリーズですが…恐らく、後2話で話が完結する予定です。
完結する前か後かは分かりませんが、小ネタとして進とめーりんの更に細かい日常の風景を創作しようかなと思っています。
  • 素晴らしいカタルシスがありました。心が通じ合うって本当にいいことですね。小ネタの方も楽しみにしてます。 -- 名無しさん (2008-12-05 16:41:51)
  • 進とみたこと筈だ・・・?・・・誤字ですかね? -- 名無しさん (2011-08-28 21:10:48)
  • 修正しました。 -- 名無しさん (2011-08-29 13:33:22)
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最終更新:2011年08月29日 13:33