町が夕暮に沈む。電柱の影も濃くなり、自分と、自分の自転車の落とす影もまた同様だ。あまりに静かなため、油をさしていない自転車特有の、ぎこぎこというチェーンの音が、嫌でも耳に入る。 
のんびりと漕いでいるため、風を切る音は聞こえない。 
「……」 
 そのぎこぎこ、という音とは、また違う音が耳に入った。ひゅんひゅん、ひゅんひゅん、という風を切る音がする。 
自転車のブレーキをかけ、はて、何かあったのか、と思ったところ、すぐ目の前にゆっくりが浮かんでいた。うっすらと頬を染めている辺りが何とも言えない気分になる。 
妙に違和感を感じさせてくれる造形、不遜な視線。ふわふわとした房飾りに烏帽子をつけたそれは、誰が呼んだかきめぇ丸。 
 どうやら、前かごに乗せて欲しい、と言っているらしい。何も言わなくても不思議とわかるあたり、このきめぇ丸を何らかの生物とは認めがたいものとする一因であった。 
 ぶるぶるとシェイクを続けているきめぇ丸をそっと持ち、乗せてみる。持っている間もシェイクを続けているので、マッサージ器を当て続けたような感じだった。 
違和感を打ち消すようにぶるぶると腕を振った後、ペダルに足を乗せて、ぐいと踏み込む。 
「おお、おそいおそい」 
 この、もっと早くしろという事か。さらに力を込め、ぐいぐいと前に進む。チェーンが悲鳴をあげそうな速度になった時、もう一度きめぇ丸は何事か言い始めた。 
「おお、はやいはやい」 
 満足したという事だろうか、なぜか籠から飛び出し、ひゅんひゅんと頭の周りを回り始める。ちなみにブレーキはかけていない。 
自転車の速度に追いつきながらぐるぐると回っているのだ。 
「くそう。ばかにしやがって」 
意地悪く急ブレーキをかけるが、きめぇ丸はぶつかる事も無く、まだ回っている。どうやら、自転車のサドルに乗せて欲しいらしい。 
「……どうせ漕げないだろうに」 
 不承不承、自転車を止めて、さらに速度を増しながら回っているきめぇ丸を掴んでサドルに乗せると、得意気な顔をしていた。顔は夕日の為か、染めたように真っ赤に見える。 
「おお、きもいきもい」 
 そういった次の瞬間、きめぇ丸の顔の下からにゅっと足が生えた。ぎこぎことぎこちなくこぎ始め、猛スピードで走り去った。まさに風の如し、といったところだろう。 
 はてな、何か忘れているような。と思ったが、乗って行ったのは言うまでも無い私の自転車だ。 
「ど、泥棒!」 
 叫ぶが、とっくにきめぇ丸は走り去っている。くそう。 
悪態を二三吐きながらとぼとぼと家に帰ると、きめぇ丸が自宅の玄関の前で自転車を降りて例の不遜な顔をしていた。どうやって知ったんだ、こいつは。 
「おお、かんたんかんたん」 
 どうやら、自転車の住所欄を見たらしい。知恵があるのやら無いのやら、全くわからない生き物だ。 
 それから、きめぇ丸はえさもやらないというのに、私の家に住み着いている。 
最初は追い出しもしたが、もう諦めた。諦めて以来、自転車に乗っては一緒に出かけるようになったのはいい事なのか悪いことなのか。未だに判断がつかない。 
ただまあ、家と職場の往復だけよりはマシな自転車の使い方だろう。と、酷使したチェーンを張り替えながら考えた。 
ゆっくりと動物の人 
-  面白かったです。きめぇ丸は、やはりまだまだ未知の生物ですね(笑)  -- 名無しさん  (2009-03-13 22:11:35)
-  謎は謎のままで良いと思います。主に精神衛生に。  -- ゆっくりと動物の人  (2009-03-13 23:24:07)
-  きめぇ丸はすてきだ。  -- 名無しさん  (2010-11-27 15:11:27)
-  きめぇ丸かわいい^^  -- 名無しさん  (2011-08-05 13:31:24)
最終更新:2011年08月05日 13:31