世界で一番☆おぜうさま

注意。
東方キャラと、オリキャラ(名無し)絡み(会話)があります。
あと、ちょっと印象悪い描写したかも知れません。
ちょっぴりえちぃの手前ぐらいの描写もあるかな?
それでもよければ、どうぞ。
※12月1日、加筆修正しました。


「ただいまー。」
「おじさん、おかえりだどー!!」
俺がアパートに帰って来るなり、小さなそいつはそう言って、
よちよちと玄関まで歩いて来た。
「……あのな、れみりゃ。おじさん言うのはやめろ。」
「うー☆わかったどぅー!おじさん!!」
……進歩ねぇな。
俺は軽くため息をついて、靴を脱ぎ始めた。
「うー!くちゃい!!」
「仕方ないだろ。嫌なら向こうで待っててくれ。」
近年、突如として現れた謎の生物……みたいなもの、通称「ゆっくり」。
生首を奇妙にデフォルメしたようなその姿は、人によっては嫌悪感をもたらすものの、
意外にも人気を博し、ペットとしての需要はかなり高い存在となっていた。
俺はその一種、体が付いてるのに何故か肉まんであるという、「体付き」のゆっくりれみりゃを
居候させている。
「今日もいい子にしてたか?」
「あったりまえだどー!れみりゃはこーまかんのおぜうさま☆なんだどー!!!」
れみりゃはそう言って胸を張った。
『こーまかん』が具体的に何を差すのかは不明なのだが、
どうもれみりゃの住む巣のことだそうだ。
つまり、この場合は俺のアパート。
「そーか。偉い偉い。」
俺はそう褒めながられみりゃを撫でてやる。
「うっうー☆」
れみりゃは独特の鳴き声とともに、嬉しさを体現するかの様に腰を振る。
人によっては酷い不快感を覚えるその仕草も、慣れた俺にはむしろ可愛く思えた

「おじさん!れみりゃはごはんがほしいどー♪はやくするんだどー♪」
れみりゃはそう言って俺のズボンに擦り寄ってくる。
「はいはい、分かった分かった。」
俺はそうあしらうと、早速夕飯作りに取り掛かった。

最初、こいつを飼い始めた時は、とにかくこの妙に癪に触る態度を改めさせよう
と、散々注意したが、てんで効果が無かった。
しつけてはいるのだが、この口調ばかりはデフォルトらしく、
結局、「やってはいけないこと」「やるべきこと」を教えるのが精一杯。
今日も我が家のおぜうさまは、甘えん坊な「お嬢様」として君臨していた。

「うー☆ごはんおいしかったどー♪あいがとおじさん♪」
俺が作った特製ハンバーグを平らげて、れみりゃは言った。
無邪気極まりないその顔を見て、俺は早速ネタをばらす。
「そうか、おいしかったか。……実は今日のハンバーグには人参さんやピーマン
さんがはいってたんだけどなぁ。」
それを聞くなり、れみりゃは俺を凝視した。
「う、うそだどぉ!!にんじんさんも、ぴーまんさんも、はいってなかったどー!!」
「細かく擂り潰したんだよ。分からなかったろ?」
通販で買った最新式のフードプロセッサの威力である。
「う゛あ"あ"あ"ー!!!おじさんのいぢわるー!!」
人参とピーマン嫌いはどのれみりゃにも共通したものらしいが、結局は単なる嗜好らしい。
というか、ピーマンはまだしも、ガキの頃から人参好きだった俺には、
人参嫌いの奴の意味がよく分からない。
「意地悪で結構。第一、人参さんやピーマンさんも食べられないんじゃ、『お嬢様』とはいえないな。」
「う゛ー……。」
一番痛い所を突かれて、れみりゃは渋々黙り込んだ。
傍若無人なれみりゃにも、絶対的な道徳観念がある。
それが「お嬢様」だ。
人間が思うそれとれみりゃが思うそれにはあまり相違がないらしく、
れみりゃの悪戯や我が儘を窘めるのに使う言葉の定番となっているそうだ。
「それではお嬢様とは言えない。」
この一言で、大抵のれみりゃは嫌々ながらも納得する。
……まぁ、こういうしつけをしたからといって、れみりゃ自身が思う「お嬢様」
になれる訳ではないのだが。
……それにはちょっぴり心が痛む。
「わがっだどぉ……。れみりゃはおぜうさまだがら、にんじんさんもぴーまんさんもだべるどぉ……。」
今にも泣きそうな顔でれみりゃは言った。それほど、苦味や独特な匂いが苦手なれみりゃ種にとっては、
大嫌いな食べ物なのである。
とはいえ、「嫌い」なだけで、健康に生きていく為には、むしろ食べるべき食品でもある。
そのため、家庭でれみりゃを飼う際には、「苦手をなくす」ことが欠かせないのだ。
「そう泣くなって。せめて、今日みたいに分りづらくしてやるから、な。」
「う゛っ……う゛ー……。」
れみりゃは今にも泣き出してしまいそうだった。
ああもう、仕方ない。
「それじゃ、一応人参さんとピーマンさんを食べたご褒美に……。」
俺は冷蔵庫を開けて、それを取り出す。
「きょうのプリンだ!!」
「うっうー☆!!!ぷっでぃーん☆!!!」
早速ご機嫌である。
本当に現金なお嬢様だ。
「んじゃま、ぷっちん、と。ほれ、プルプルのプリンだ。」
「うっうー☆うあうあ☆」

手渡したスプーン片手に、れみりゃはヘンテコな踊りをし始める。
お世辞にも上出来とは言えないが、まぁ、微笑ましいものだ。
「うー☆いただきまーすだどー!!!」
お行儀悪くスプーンをぎゅっと握り締めて、れみりゃはプリンを食べ始めた。
「~~!うー☆☆☆!」
どうも、言葉に出来ない程嬉しい様だ。
そんなれみりゃを見て俺の頬も緩んでいた。

無邪気で我が儘で、けど愛しくて。そんなれみりゃとの生活が続くと思っていた。


あの日まで。


その日は疲れていた。
色々あって仕事が長引いたのが主な原因だ。
明日が休みだからって、面倒事を引き受け過ぎた……。
帰りも遅くなり、れみりゃに心配をかけてしまった。次からは気をつけなくては。
「うー……ごはん、まだなのぉー……?」
れみりゃが夕ご飯をねだる。
普段なら、ただ「我慢しろ。」と一蹴するところだが、午後9時を回ってしまった今日ばかりはそうも言えない。
「もうすぐ出来るから、な。もうちょい我慢しろ。」
ちょっとばかりゴージャスにしてみた。
「う゛ー……。」
れみりゃは不満気な声を出したものの、空腹に耐えるのに精一杯なのか、いつもの様に拗ねたり暴れたりはしなかった。
それに心配しつつも安堵しながら、料理を作っていると、
「痛ッ!」
包丁で軽く人差し指を切ってしまった。
軽く、といってもどうも切れたところが悪いらしく、傷は浅いが、水で洗った側から溢れてくる程出血がひどい。
ひとまず、傷口の近くを握って止血していると、
「うー?どうしたんだどー?」
さっきの声を聞き付けたらしく、れみりゃが側に寄ってきた。
「う゛ー!!おじさん、ちがでてるどぉー!!」
血を見てれみりゃは少しばかり動揺したようだったが、
「うー、ばんそーこーもってくるんだどぉー!」
と、意外に冷静な対応をし始め、救急箱から絆創膏を一枚取って来てくれた。
「お、ごめんな、れみりゃ。」
「いいから、おじさんはゆびをだすんだどぉ!れみりゃがなおしてあげるんだどー!!」
「あ、ああ。それじゃ、頼むぞ。おぜうさま。」
そう言って俺が指を差し出すと、れみりゃは
「あむ。」
と咥えた。
「うわッ、何やってんだれみりゃ!!」
慌てて指を引き抜くと、
「うー、だめだどおじさん!!つばがしみていたくても、れみりゃがばんそーこーはるまでがまんするんだどぉ!!」
と、れみりゃからのお叱りがきた。
いや、痛いからとかじゃないんだが……。まぁいいや。
「あ、ああ、ごめんな。ほら。」
改めて指を出すと、れみりゃは絆創膏を袋から取り出して……そうこうしている
内にまた血が……。
「う"ー、おじさんがひっこめたからまた血がでてきたどぉ……。」
「……はは、ごめんごめん……。」
また、れみりゃが指を舐め始める。
……なんか、なんとも言えない気持ちになる……。
とは言え、俺の為を思ってやってくれてるんだから、無下にする訳にもいかない。
俺は黙っておくことにした。
血を舐めとると、れみりゃは意外にも綺麗に絆創膏を貼り付けた。
「うー☆これでだいじょうぶなんだどー☆」
「ありがとな、れみりゃ」
れみりゃの頭を撫でてやると、れみりゃは嬉しそうに腰を降り出した。
「それじゃ、飯作りの続きといくか。れみりゃ、もうちょい待ってくれ。」
「うー☆、わかったどぉ!!」



「れみりゃー、飯できたぞー。」
返事が無い。
いつもならすぐさまに「ごはんー!」とか言って駆け付ける筈なのだが。
訝しみつつ、居間に入ってみると
「れみりゃー……、なんだ、そこにいたのか。」
れみりゃはベランダの前でぼけーっと突っ立っていた。
「うー……。」
しげしげと夜空の一点を眺めている。気になって、俺も外を見てみた。
「おー、月蝕か。今日は急いで帰ったから気がつかなかったなぁ。」
夜空の月は真っ赤に染まっていた。
「うー、……おつきさまあかいんだどぉー……。」
初めて見るそれに、れみりゃは見とれているらしく、
いつも以上にぼけーっとした態度で呟く。
珍しいものだし、もうちょっと眺めていたいとは思うが、今は遅い飯時だ。
「れみりゃ。飯冷めんぞ。」
「……。」
「れみりゃ!」
「うー?!なんだどー?」
「飯だ。もう遅いんだから、早く食べんぞ。」
「うー……。わかったどぉー!!!」
やたらと名残惜しそうだったが、やはり食欲には勝てなかったらしい。
れみりゃはてくてくとテーブルへと歩いていった。
「今日はれみりゃの好きなから揚げと、納豆だ。」
人参やピーマンは嫌いなくせに、れみりゃは納豆は好きだったりする。
「うわぁーい!!!やったどぉー……あれ?」
固まるれみりゃ。
「どうしたれみりゃ。」
「これからあげじゃないどー!!!たったあげだどぉー!!!」
……。
いや、確かに片栗100%の衣だからそうだけども。
「竜田揚げだと問題あるのか?」
「はつげんのてっかいをようきゅうするんだどぉー☆」
ああ、それが言いたかったのか。やれやれ。
「撤回せんから、俺一人で食う。」
「ううー!!?なんでなんだどぉ?!おじさんのばかぁー!!!」
無論頭の悪い冗談だが、怒ったれみりゃはそう言うと納豆のパックの蓋を開け、ビニールを取ると、
「ひっさつぅ☆なっとうさんのにおいなんだどぉ☆」
と、ビニールを俺の鼻に押し付けた。
「うわっ、馬鹿!!!こんなことするなら、納豆混ぜてやらないぞ!!!」
「うー!!!」
れみりゃはうまく箸を使えないので、納豆を混ぜるのにも一苦労するのである。そのため、普段は俺が混ぜている。
「ごめ"ん"なざいだどぉー!!!」
早速泣き出した。……やれやれ、反則だっての。
泣き止ますために、買ってきたこだわり卵のプリンをデザートにだして、遅い団欒は過ぎていった。




赤い赤いお月様は、私に沢山のことを教えてくれた。

私は何がしたいのか。
誰にしてあげたいのか。
そして、そのためにどうすればいいのか。
突き動かされた私は、ゆっくりとすることが出来ない。
あの人が望むのなら。
私は、お嬢様にならなくてはいけない。




「あぎゃぁぁ……ハッ?!」
なぜか上司からモンゴリアンチョップを受けた所で目が覚めた。
時刻は真夜中の三時半。
こんな時間に起きたことや、夢の話の前後が思い出せないことで、少しばかり苛立つ。
なんであの人、夢の中でマワシなんか閉めてたんだっけ?
「くそー、折角の休みだってのに……。」
そんなぐだぐだな独り言を呟いて、ふと気がついた。
「……れみりゃ?」
れみりゃがいない。
こんな時間なら、俺の隣の小さな布団で、枕に涎の染みを作っているはずなのだ。
「トイレにでも行ってんのかな?」
だとすれば、大きな進歩だ。
以前は怖がって毎度毎度俺について来て欲しいとねだってきたものだが。

「まさしく、「ひとりでできるもん」か。成長したなぁ。」
「……それ、トイレと関係ないじゃない。」

思いもかけない方向からの声に、俺は驚いた。
その方向を向くと、声の主はベランダの前で優雅に浮かんでいた。
月はまだ赤く、その光は彼女の最も奇異な部分――大きく広げた飛膜のような翼を際立たせていた。
「……誰だ?」
「さぁ誰でしょう?……でも、分かるでしょう、『おじさん』、なら。」
そうだ。きっと俺は、見る前からといって言いぐらい、直ぐに誰だか分かっていた。
今まで見たこともない、華奢で美麗で、そして得体のしれない尊厳を持つ、
こいつが。
見覚えのある帽子と服。「飛膜」なんて言葉を調べるきっかけになった翼、
全部が。

「れみりゃ、なのか?」
「正解。」
悪戯めいた微笑を浮かべて、そいつは俺の目の前まで飛んできた。
そして、少しづつ体を寄せて来る。
「……でも、もう少し早く気づいてもいいんじゃない?」
そいつの口は言葉を発するだけでは飽き足らず、耳を甘噛みしてきた。
「甘噛みやめろ。あと、離れろ。」
「後半は厭。」
そいつはそういって、手を後ろに回す。
「だから、やめろ!」
細い腕からは想像出来ないくらいの力で、強く抱きしめられる。
「う……ぐ……っ!」
「こんなにも月が紅いのだから。仕方がないでしょう?」
意識が朦朧としてきた。どれだけの力で締められてるんだ、俺。
「……もう少し、勇気が出るまで夢を見させて頂戴。」





そこで、目が覚めた。
「うっうー!!!おじさん、おきるんだどぉー!!」
この声のせいもあって。
「……おはよ、れみりゃ。」
「おじさんたらなさけないんだどぉ!!!れみりゃよりおそくおきるなんて!!!」
「いいじゃないか……休日なんだし。」
「ぷんぷんだどぉ!!!」
れみりゃはそう言って俺の上でどすんどすんとジャンプをし始めた。
「うわ、やめてくれよ!お前結構重いんだからさ。」
「う~!!!ぷりちー☆なれでぃーに、おもいだなんてしつれいなんだどぉ!!!」
れみりゃは更に激しくジャンプし始めた。ぐへぇ。

昨日……というか、一応今日の日付なんだが、あれは何だったのだろうか。
夢にしては、いまだにはっきりと思い出せてしまう。
れみりゃに似た帽子や服、そして翼を持った少女……いや、多分不老不死とかで年齢三桁ぐらい
いってるような気がする女。
そんなのに抱きつかれたのなら、夢でも嬉しい筈なんだが、何でだろうか。
ベアーハッグされたことを差し引いても、嬉しくない。
「おじさん、あさごはんなにたべるんだどぉ?」


『さぁ誰でしょう?……でも、分かるでしょう、『おじさん』、なら。』


……くそ、俺も変な夢を見たもんだ。頭を切り替えないといけない。
えぇと、確か今日の朝食のことだろ?
「目玉焼きでいいか?」
「うー☆わかったどぉ!」
れみりゃはぶちゃいくで可愛い、満面の笑みでそう答えた。そして、
「それじゃ、れみりゃがつくるんだどぉー☆」
と、今までからは考えもつかないことを言い出した。
「れみりゃが?」
片付けだって面倒臭がってた(それでも最近はやるようになったが)、れみりゃが?
「……いや、無理だろ。身長的な意味とか、いろいろ。」
「みかんばこがあればだいじょうぶなんだどぉー☆」
「うーん……。」
それでも足りない気がする。
「れみりゃはおぜうさまだから、おりょうりだってできるんだどぉ!!!」
……お嬢様、って料理作るのか?まぁ、「おぜうさま」だからいいのか。
けど、な。
「駄目だ。料理は遊びじゃないんだぞ。結構危ないし。第一、れみりゃがするなら、
せめてガスコンロでも買わないとな。」
「ううー……。」
れみりゃは不満そうだ。けど、こればっかりはな。

そして、夜。
今日も何事もなく、平穏な時間が過ぎていった。
昨日の傷は、当たり前だがまだ治っていない。
夕食の後、ひとまず新しい絆創膏に換えておいた。
れみりゃがまた指を舐めようとしたが……まぁ、臭いからあきらめざるを得ないわけで。
「おじさんのばかぁー!!」
といって、不貞寝してしまった。
いや、馬鹿って言われても困るんだが……。
その内、本当に寝てしまったらしく、すやすやと寝息を立てている。
なんというか、この寝顔は可愛い。ゆっくりと住んでて、良かったと思えることのひとつだ。
むにむにしたくなる。勿論、起こす訳にもいかないから自重はするが。
「さて、俺も寝ますか。おやすみ、れみりゃ。」
俺はそう言って、照明の電気を消した。
あの夢が続かないことを願って。



あの人はどうして、私を大切にしすぎるのだろう。
私は貴方に報いたいだけなのに。
貴方のために。
やっぱり、この姿がいけないのだろうか。
私は、お嬢様にならなくてはいけない。



「残念そうね。」
「……ああ。」
嫌な予感はあたる。まさしく、昔懐かしいマーフィーの法則というやつだ。
そいつは、仰向けに寝ていた俺の耳元で囁く。
「なにが不満なのかしら?」
「全部。」
寝返りを打つ。
「……贅沢ね。」
そいつは律儀に、俺が顔を向けている方にやってきた。
「そうでもない。お前が居なけりゃいいんだ。」
……寝返りを打つ。
「随分な言い草。」
そいつは悲しげにそう呟くと、俺の布団を引っぺがした。
「お、おい、なにするんだ!!」
「……欲しいの。」
え?さ、さすがにそれはマズイよ!!!
「は、はぁ!?お前ちょっと何を言って……。」
「……違うわ。そういう意味じゃない。倒錯して、思い込んでたいの。そのための何かが、ね。」
「はい?」
「そうでもしなければ、保てない。だから。」
何を言ってる?それに、体を寄せてくるな!……というか、もう、
「なんだよ倒錯って!意味が分からん!!第一、お前に協力する気はない!!」
そいつはひどく悲しげな顔をした。
「どうして?『おじさん』は私のことが嫌い?」
「『おじさん』言うな。俺をそう言っていいのはれみりゃだけだ。」
「今日だってそう。私は手伝いたいのに。貴方の為に。そのために『あの姿』がいけないなら。」
……朝のことか?だったら、やっぱりこいつは……。
「この姿を保つしかない。けど、それはすごく難しくて……なら、貴方といるだけで気持ちを保つためなら。」
そいつは俺の上に乗っかると、すごい力で腕を押さえてきた。
「……やめろ。」
くそっ、何が『違う』んだ。
「よく考えたら、結局はこうしたかったのかしらね。」
「やめろ。」
お前があのれみりゃだとしたら、本当に。
「ふふふ……。」
「やめろっ!!!」



一瞬、何が起きたのか分からなかった。
俺が叫んだ次の瞬間には、あいつは壁際で見知らぬ女に押さえつけられていた。
「なんで……邪魔を……!!!」
驚きの目で、そいつは闖入者を睨む。
「……お嬢様の姿を借りた行為にしては、あまりにはしたないでしょう?理由ならそれで充分。」
「私の……知ったことじゃない……ぐぁ!!」
「黙りなさい。」
あれは……メイド、なんだろうか。よく分からないが。
「あなたがこいつの飼い主ですか?」
メイドはあいつを押さえつけながら、俺に尋ねてきた。
「あ、ああ、多分、飼い主というか、同居人というか……あんたは一体……?」
「名乗るほどでも。見たとおりの家令です。」
ああ、やっぱり。
「紅魔館のメイド長が、何を……しに来たの。」
想像も出来ないほどの力で押さえつけられているであろう、――恐らくはれみりゃでもあるそいつは、メイドにそう言った。
「そもそも、お前たちはお嬢様をはじめ私たちの不手際。こちらの人間に害を成すつもりなら、ケジメとして始末せざるを得ません。」
「なんでっ……!!あともう少しなのに……っ!」
「それを誰が望みます?」
「ちょ、ちょっと待てくれ!!!」
異様な雰囲気に呑まれていた俺は、ようやく口を挟んだ。
なんだかよく分からないが、物騒な話になってないか?!
「何ですか?」
「説明、してくれないか?何がなんだか……。」
メイドはしばらく考えた後、
「いいでしょう。……一応、説明はしておきます。」

「……幻想郷という、こことは別の世界にある場所があります。」
「……へ?」
なんか、いきなり電波なことを仰られています……。
「信じられませんか?まぁ、いいでしょう。話半分に聞いてください。」
「そこでは、人を食らう妖怪が跋扈し、共存し、『弾幕ごっこ』という一種の決闘が行われる場所。まぁ、決闘といっても、
遊びのようなものです。自分が持つ力――魔法のような力ですが――を持って、『弾幕』を張り、打ち破る遊び。」
メイドはそこまで言って、俺の方を向くと
「ついてきていますか?」
と尋ねた。
「あ……。ええ、まぁ辛うじて。」
正直、魔法だのと言われても困る。俺の様な一般人には本当に突拍子もない話だ。
――しかし、れみりゃが今、こうなっていることや、こんなメイドが俺の部屋に現れたことを鑑みれば……
俺には、否定し切れなかった。
「続けます。
ですが、あるとき、一人の妖怪が異変に気づきます。自分達が放った弾の力が漏れ出していることに。ただ、それは幻想郷と地続きの
『外の世界』ではなく――関係のない、この世界。
そして、その世界に漏れ出した力は、一つの形を取ります。生物のような形を。
それが『ゆっくり』と呼ばれるものです。
そして、ゆっくりは自らを弾として放った人物の姿を模します。もっとも、それはひどく不細工ではありますが。
貴方が飼っているれみりゃを『生み出した』のは、私、十六夜咲夜の主である吸血鬼のお嬢様――レミリア・スカーレットなのです。」
メイドはそこまで言って、改めて俺を見た。
……そういえば、この髪型や色は……ゆっくりさくやに似ていなくもない。
「では、ここからが本題です。ゆっくりにはある力があります。それは、存在として不安定な為が故に、自らの意思がその身に反映されると
いうことです。――もっとも、ひどく強い意思でなければ、そうそう反映されません。自分はこうだ、と強く思い込まなければ。
或いは、本能に眠る、自分の『あるべき姿』に、強く倒錯していなければ。」
メイドはそう言って、ベランダに映る月を見た。
「昨晩は、とても月が紅かったそうですね。」

『こんなにも月が紅いのだから。仕方がないでしょう?』

俺は、絆創膏を張り替えた指を見た。れみりゃは、あの時血を舐めた。そして、赤い月に見とれていた。
あの時、自分のことを思い出したのだろうか?

「私は、異変に気づいた妖怪の頼みで、ここに来ました。ここで、力が歪んでいるのだそうです。それは世界に影響を与えるような
ものではありませんが――。」
メイドはそう言って、今だに押さえつけているれみりゃでもあるあいつを見下ろす。つられて、俺も見る。
「人一人の運命を狂わすには、充分なものです。」
メイドの目は、今夜の月のように冷たかった。
「そいつ……殺すつもりなのか?」
「あのままで良かったと?」
「いや、そういうことじゃなくて。……殺さないでもらえるか?出来れば、元に戻して欲しいんだ。」
メイドはそれを聞くと、――なんだかひどく熟考したような即決で、
「駄目です。面倒ですから。」
とだけ言い放った。
「め、面倒って!さっき聞いた話じゃあ、原因はあんた、というか、あんたの主人にあるんだろ?だったらそれくらい……。」
「いいえ。駄目です。お嬢様の姿を騙るばかりか、お嬢様の名を落とす豚であるなら、生かす理由などありません。」
メイドははっきりとそう告げた。冷酷で、迷いなど一切ない非情な言葉。むしろ完璧とも言える。
……ただ一つの言葉を除いて。
「……豚?」
「はい。」
「れみりゃが、豚か。」
「はい。」
「本気で言ってるのか?」
「はい。ですから。」
メイドは懐から、銀色のナイフを取り出した。
月の光に映えるそれは、冷たい色をしている。
だから――俺には、それが何の為に取り出されたものかが、いやという程に分かった。
メイドはそれを高くかざし、
「豚は屠るまでです。」
そう言って、押さえつけている豚に、容赦なく振り下ろした。


――しかし、そんなことは出来はしない。
何故なら。
「殺すような豚なんて、何処にいるんだよ。」
ナイフを振り下ろそうとするメイドの腕を握り締めながら、俺は静かに、そして、激昂しながらそう言った。
ここにいるのは、豚なんかじゃない。
少しばかり羽目を外した、肉まんだ。
「おじ……さん。」

「……何の真似ですか?」
「ふざけるなよ。」
急いでメイドの側まで駆け寄った俺は、息を付きたい衝動をこらえて、続けた。
「あんたがどれほど偉いかは知らないがな。俺のれみりゃを豚呼ばわりした挙げ句に、殺させてたまるかよ。」
「……話を聞いてましたか?幻想郷の妖怪は人を食らう。そして、私はその一人に仕える者。」
メイドは俺に顔を寄せる。
「……人を捌くのには慣れています。お嬢様へのいい土産になるでしょう。」
「へぇ。人間て捌けるもなんだな。骨は多そうだが。」
綺麗な顔とその言葉は凄まじく怖いが、俺は思いっきり強がった。ここで引いてたまるか。
「それは驚きだ。けどな、だからなんだよ。」
「はい?」
いちいち怖ぇ!!
「家族……少なくともそれ同然の奴を侮辱されて、引き下がるほど俺は腐っちゃいないんでね。
あんたと同じで。」
「……。」
「俺にとっちゃ、普段のあいつが『お嬢様』なんだ。だから――。」
もともと近いメイドに、更に俺は近づく。



「豚呼ばわりなんぞしてくれるな。」



それを聞いたメイドは、顔色一つ変えずに強引に俺の手を腕から引き離し、ナイフを懐に仕舞った。
そして、顔を俯け肩をわなわなと震わせ――
「ぷ、くふふふ……。」
クスクスと笑い出した。
「へ?」
それはいかにも、『してやったり』な笑い。
「いやいや、申し訳ありませんね。実は、ある妖怪から頼まれたというのは嘘なんですよ。むしろ頼み込んだんです。」
「え?じゃ、じゃあ、なんでここに……?」
「ちょっとした気まぐれです。家令なんてやっていると、息抜きしたくなるものなんですよ。」
「じゃ、じゃあ、さっきのは……。」
「さっきのも、始末だなんて冗談です。少しばかり気が向いたので、ちょっとしたぁゃιぃ現場に乗り込んだだけです。」
ポカーン。
「まぁ、本当のことも交えてますが。事実、ここにはさっきまで強い力が溢れていました。この子の思う力が。」
俺が視線をメイドから下の方に向けると――そこには、いつものれみりゃが突っ伏していた。
「怖くて気が抜けたんでしょうね。一応、演技だったんですけど人を捌いたことも本当ですから、怖めのオーラは出てたみたいですね。」
俺はいまさらガタガタと震えだした。
……やっぱ怖ぇぇ。
「……ああ、貴方もやっぱり強がってたんですね。」
「……だって正直、怖いですよ……。あの静かな威圧は……。」
「どういたしまして。でも、格好よかったですよ?私も少しばかり、ハッと気づかされました。」
メイドはそう言って、――またしてもいつの間にか、開け放しのベランダの外にいた。
「それじゃ、あなたの『お嬢様』をお大事に。」
そう言って、次の瞬間には消えていた。
少しばかりぼうっとしていたが、俺は大切なことを思い出した。
「れみりゃ!」
俺はれみりゃに目を向けた。
「うー……。」
「れみりゃ!!!」
俺はれみりゃに駆け寄ったが、れみりゃは払いのけるような仕草を見せた。
「おじさんなんか嫌いだどぉ……。れみりゃはおじさんのために、ほんとうのおじょうさまになろうとしたのにぃ……。」
れみりゃはきっと、あの日。俺の血を舐めて、赤い月の光を浴びたとき、自分のことに気が付いたのだろう。
自分が、自分の無意識に求めている「お嬢様」になり得ることを。
「おじさんは、れみりゃに『おじょうさま』になってほしいんでしょう?」
「んな必要あるか。」
俺はちっこいれみりゃを抱きしめた。
「確かにお嬢様になって欲しいとは言った。けどそれは間違いだった。ほんとは、ただもっといい子になって欲しかっただけなんだ。」
ぎゅっと、痛くならない程度に更に抱きしめる。


「お前はいつだって俺の、世界で一番の『おぜうさま』だ。」


「……ほんとぉ?」
訝しげに、れみりゃは聞く。
「当たり前だ。俺のおぜうさまに、そんな嘘なんかつくわけないだろ?」
「……うー☆わかったどぉ☆」
れみりゃは泣きながら、いつものように満面の笑みを見せてくれた。




「久方ぶりの休暇はどうだったかしら?咲夜。」
「はい。大変満喫させていただきました、お嬢様。」
「それにしても……れみりゃだったかしら?あなた、あれを持って帰るって言ってたわよね。やめたの?」
「いえ、まぁ、いい子は見つけたんですけど、ね。飼い主さんがいて。」
「あら。奪ってくればいいじゃない。」
「飼い主って言い方はちょっと違いました。あれは、まさしく『ナイト』です。」
「肉まんに、……ナイト?」
「ふふふ、少しばかり頼りないですけど――私なんかの、生半可な気持ちでは太刀打ちできなくてですね。」
「……何にやついてるの。――ほんと、人間って分からないわね。」




「ただいまー。」
「うっうー☆おかえりなんだどぉー☆……おにいさん!!!」
おお……。
「分かってくれたのか!おにいさん地味にうれしい!!」
年齢的に、本当にお兄さんなんだよ、俺。
「あったりまえだどぉー!!れみりゃは、せかいでいちばんの、おじさんだけのおぜうさまなんだどー☆」
れみりゃはそう言ってうあうあと踊りだした。
……結局、またおじさんって言ったのは考えないことにする。
そして、れみりゃが変わってしまったのも。
あれから、夜中一人で起きていても、怖がって俺を起こすこともなくなった。
ピーマンや人参も食べれるようになった。
箸だって……なんか俺の小さいころよりもうまく使えるようになったし、納豆だって一人で食べれる。(つまみ食いもする。)
変わってしまった。あの夜の前には、二度と戻れない。
けど、それがどうしたというのだろうか。
だって、れみりゃは。



やっぱり、あの人は私にとって大切な人。私を守ってくれる人。
でも、私は、『お嬢様』にはなれない。
それはとても悲しいことだけど、でも構わない。
あの人は背伸びしない私を見ていてくれるのだから。
だって、あの人にとって私は。




『世界で一番☆おぜうさま』
――
ゆっくり怪談の人。



  • 貴方は最高に素敵です。最大の賛辞を!! -- ゆっけの人 (2008-12-03 18:54:00)
  • 乙!すばらしいSSをありがとう‼
    -- 名無しさん (2008-12-28 12:53:55)
  • 泣いた。こんなゆっくりSSを待っていた。 --   (2009-02-14 01:57:08)
  • 「こけ脅し」や「虚勢」なんかじゃあ決して無い、本当の「気迫」を感じたッ!このおじさんからッッ!! -- 通りすがり (2009-03-27 01:49:22)
  •  ネ申降臨、あなた凄すぎ。 -- 味塩 (2009-04-05 00:45:30)
  • まじで泣きかけた。GJ! -- 名無しさん (2009-04-06 20:56:18)
  • GOOD!
    -- 名無しさん (2010-11-02 22:25:05)
  • よかったぜ… -- 名無しさん (2010-11-13 02:35:43)
  • 素晴らしい!なんて素敵な話なんだ! -- 名無しさん (2010-11-25 11:58:03)
  • 結婚しちまえおまいら!!!!
    -- 名無しさん (2011-05-02 13:40:39)
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最終更新:2011年05月02日 13:40