”ゆっくりあたためるね!”
「遅れないようにっ……」
俺は普段信じもしない神に祈る。これから会社の面接に向かうと言うのに
新調した靴が見つからないのだ。このために買った結構良いやつなのに。
「ゆ?おにーさんどうしたの?」
右の部屋から俺と一緒に住むまりさがおきてきた。
目がまだ半開きな所を見ると、さっきまでずっと寝ていたのだろう。
「いやな、靴が見つからないんだよ。まりさは知らないか?」
「ゆっ!……まりさはしらないよ!」
まりさの顔から汗?の様な物が出ている。目は泳ぎ、俺の方を見て居ない。
犯人がまりさなのはなんとなくわかった。だが、今ここでお前がやったのだろうと
問いただしても強情な奴だ「ちがうよ!まりさじゃないよ!」と言うのだろう。
言い合っている間に時間が過ぎてしまう。
……まぁ、半べそなまりさも悪くは無いが。俺はそんな事を考えると、まりさの方を
離れて別の場所を探す振りをした。
「どこかな~?」
ちら、と壁に掛けられた時計を見る。大丈夫、探す振りをする時間はまだある。
間に合わなくなったら「なかせてでもうばいとる」だ。
15分後、無いとわかっていて探すのは馬鹿らしいので、落ち着くのも兼ねて玄関に戻る。
そこには、探していた靴が左右逆におかれていた。
そして、隣にはすこぶる誇らしげに顔をあげているまりさの姿が。
「まりさがおくつさんをあたためておいたよ!ゆっくりがんばってね!」
「へ?」
「だから、まりさがくつをあたためたんだよ!おにいさんがいつも「さむいぜっ」
っていってるから。おぼうしのなかにいれてあたためておいたんだ!」
「つまりこういうことか?『俺が寒くならないように靴を帽子の中に入れて暖めておいた』」
まりさはお辞儀の様に顔を地面につけて
「ゆくざとりー(そのとおりでございます)」
みょうに渋い声で答えた
「まぁなんだ。ありがとう。」
俺はまりさのあたまを撫でてやる。気持ちよさそうに笑顔を浮かべるまりさを見て
時計を見る。……そろそろ行くかな
「んじゃ、まりさ。いってくるぜ」
「ゆっくりがんばってね!」
まりさの元気な声に励まされながら、俺は面接へ向かった。
左右逆な靴を戻し忘れ、そのまま履いてしまい恥をかいたが、まりさが暖めてくれたぬくもりが消える事は無かった。
- やさしいなぁ… -- ふらん (2012-08-26 11:12:59)
最終更新:2012年08月26日 11:12