うちのゆっくりれいむが風邪を引いた。
「ゆぅ……ゆぅ……」
部屋の隅に置いた段ボールの中で、小さな声を漏らしつつ、ふくらんだり
縮んだりしている。
覗いてみると、額にうっすらと汗をかいて、目を閉じていた。まるまると
した体(頭?)が、心なしか扁平につぶれている。
頬が桃のようにうっすらと赤い。
手で触れると、蒸篭から出したての饅頭のように、熱かった。普段はさら
さらと乾いているはずの頬も、汗でぬめっている。
「ゆ……?」
薄目を開けたゆっくりが、挨拶しなければいけないと思ったのか、小さく
言った。
「ゆくり、してて、ねっ」
舌足らずになっている。ふぅ、ふぅ、と浅い息を繰り返す。
頬をぺたぺたと撫でて、おまえこそゆっくりしなさい、と言い聞かせた。
ゆっくりは苦しそうに顔をしかめて、もそ、もそ、と伸び上がった。
ジャンプしたつもりなのだろう。だが地面から離れることもできない。
「ゆぅ゛ぅ゛……」
と、うめいたかと思うと、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「つらいよぉ、頭ががんがんするよぉ……
ゆっくりできないよぉ……
おねがい、たすけてね……」
昨日湿ったまま扇風機の前で寝てしまったからだ、と言い聞かせた。水浴
びをしたら、すぐタオルにくるまって、乾かさなければいけない。それでな
くてもこの季節、カビたり腐ったりしやすい。気を付けなさい、おまえは饅
頭なのだから。
「ああん、あたまいたいよぉ……
いたくて死にそうだよぉ……
れいむ、しんじゃうよ……あぁん、あぁん」
説教は、どうやら届かなかったらしい。斜めにぐったりと潰れて、ゆっく
りはぐずぐずと泣き始めた。
持ち上げる。見た目だけではなく、手触りもいつもより緩い。たゆたゆし
た健康的な柔らかさではなく、皮が削れて薄くなってしまったような、危う
い柔らかさだ。
腕の中で、ねろんっ、と横に伸びた。ちょっと乱暴にしたら、すぐ破裂し
てしまいそうだった。
光のないうつろな目をして、息を荒げたまま、つぶやくように言う。
「だっ、だめだからね……
れいむ、やぶれちゃうから……
おちたら、しんじゃうから……
ゆっくり下においてね……!
おねがいだからね……!」
身の危険を感じたらしく、力なく体をもぞつかせる。朦朧としてしまい、
相手がわからないのだ。もちろん、腕の中から逃げ出すほどの力もないのだ
が、懸命さはひしひしと伝わってきた。
箱に戻して、買い置きの冷えピタをおでこに貼ってやった。「ゆっ!」と
かすかにつぶやいた。
気持ちいいのかどうか、数回聞いてみた。四度目にやっと、こくりと小さ
くうなずいた。
いつもなら冷えピタを貼ると非常に喜ぶのだが、今夜はその余裕もないら
しい。
葛根湯をスプーンで口に入れても抵抗しなかった。苦味までわからなくなっ
ていた。
心配になったので、いっしょに寝ることにした。
枕の横に置いて、明かりを消す。
横になると、耳のそばで「ゆぅ……ゆぅ……」と苦しげな寝息が聞こえた。
髪に鼻を埋めてみた。普段、砂糖の甘い匂いのするゆっくりの髪は、少し
脂じみて辛い匂いがした。
ぶるぶるっと震えて、寝言ともうわごとともつかないつぶやきを漏らす。
「あつい……さむいよぉ……
ゆっくりしたいよぉ……」
バスタオルを取って、かけてやった。裾を丁寧に頬の下に入れ込んだら、
泥棒の頬かむりのような姿になった。
十分ほど様子を見たが、それでも寒気は収まらないらしかった。がたがた
とひっきりなしに震えている。
仕方がないので、抱きしめてやった。ゆっくりは「ゆぐ……」とうめいた
が、もぞもぞとこちらの胸に顔を押し付けて、ぴったりとくっついた。熱い
息が夜着越しにふぅふぅとかかった。
その夜はずっと、ゆっくりを見てやった。暑がってバスタオルをぶるぶる
と振り落とす都度かけなおし、二度も冷えピタを貼り替えてやった。
こちらが眠ってしまうと、寝ぼけて踏み潰すおそれがある。
だから寝ることもできなかった。
できなかったはずなのだが、いつの間にかうとうとしてしまった。
はっと目を覚ますと、窓の外が明るくなり始めていた。どこかでカラスが
鳴き始めた。
ゆっくりはまたしてもバスタオルを振りほどいていた。くしゃくしゃになっ
た汗ばんだタオルにうずもれて、寝汗で前髪を張り付かせ、眠っている。
髪に手をからめてゆっくりと撫でていると、あることに気づいた。
耳障りな寝息が聞こえない。
落ち着いた、静かな呼吸が続いている。そういえば、こころなしか熱も下
がったようだ。
安心したので、そっと持ち上げて段ボールに戻した。
日が昇ってから起きだして、食事を作っていると、「ゆっ! ……ゆうっ!」
と大きな声が聞こえた。
段ボールを見に行くと、夢から覚めたようにきょとんとした目で、ゆっく
りが見上げていた。こちらの顔を見ると、ようやく安心したようにいつもの
得意げな顔になって、「ゆっくりしていってね!」と言った。
もういいのか、と具合を尋ねた。
「うん、れいむげんきになったよ!
おねつさがったし、さむいのもなくなったよ!」
ばふばふ、と二度ほど跳ねた。わずかだが、確かに離陸していた。
「れいむ、おなかすいたな!
ゆっくりたべさせてね!!!」
ほんの六時間前には死にそうなほどぐったりしていたのだから、無理して
はいけない、最初はおかゆにしなさいと言い聞かせたが、ゆっくりは聞かな
かった。おかゆどころかホットケーキがいいと言い出した。
おかゆにすると繰り返すと、不意にゆっくりはあの、ジト目で口を尖らせた非
常に不愉快な表情になって、つぶやいた。
「れいむ、とってもつらかったのに、おいしいものもくれないんだ」
抱き上げて、ゆふゆふと軽く揺さぶりながら、台所に連れて行った。まだ
中身がぼさぼさした感じで弾力に乏しかったが、皮の厚みは戻りつつある気
がした。
テーブルにゆっくりを置いて、鍋に向かった。小鉢におかゆを取って、塩
を振り、みつばを乗せた。
それを持って、ゆっくりと向かい合わせに腰掛けた。ふー、ふー、と顔に
向かって湯気を吹き流してやると、表情がみるみるほぐれ、薄く開けた口に
よだれを貯め始めた。
香りに気を取られてぽかんとしているゆっくりの前に、よく覚ましたおか
ゆをスプーンで差し出した。反射的に、ゆっくりがスプーンにかぶりついた。
「あむっ! も~ぐも~ぐ……」
ぱあっ、と明るい顔になって叫ぶ。
「おいしーい♪」
一口でホットケーキのことは念頭から消えたらしい。その後も次々とスプ
ーンにかぶりついて、一皿空けてしまった。
「もっとほしいよ! ゆっくりおかわりちょうだいね!」
病み上がりなのにそんなにたくさん食べてはいけないと言ったが、もちろん聞
き分けなかった。
「ゆゆっ? れいむはもうびょうきじゃないよ! いっぱい食べてもだいじょ
うぶだからね!」
なおもそう要求するゆっくりを抱いて、縁側に行き、腰を下ろした。顔の
高さまで持ち上げて、何度も頬ずりをする。
むにむに、すりすりとやっているうちに、何かが伝わったらしく、「ゆ……」
とゆっくりが身動きした。
不意に、むにっと自分から頬を押し付けて、言った。
「いっぱいありがとうね! 今度はゆっくりしてね!!!」
ようやく、少しは報われた気になった。
縁側にゆっくりを置いて、寝室に向かった。戸を締めて横になろうとする
と、もぞもぞがたがたと戸をこじ開けて、ゆっくりが入ってきた。
「いっしょにゆっくりするね!!」
そういうわけで、再び胸の中にゆっくりを収めて、昼寝することになった。
ゆっくりは時おり楽しげに「ゆ」「……ゆっ!」と寝言を漏らし、ほんの
り冷たく柔らかくなっていた。すっかり回復した様子だった。
その日の午後も遅くまで、ゆっくりとゆっくりした。
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- ゆっくりよかったね! -- 名無しさん (2009-07-14 22:41:36)
- やっぱゆっくり可愛いけど、飼い主もゆっくり想いですな -- 名無しさん (2010-03-21 02:51:33)
- 風邪はつらい。 -- 名無しさん (2010-11-27 14:34:06)
- 回復はや! オレは3日くらい寝こんでたぞ -- 名無しさん (2014-09-22 09:40:53)
最終更新:2014年09月22日 09:40