きずな⑧~決別~

 ある日、人生のどん底という名の深い谷へと落ちてしまう。
 何日も何週間も何ヶ月も何年も歯を喰いしばり、流れる血、遠のきそうな意識に耐え崖をただ、ただ登り続けた。
 それを登りきった時、そこにはどんな素晴らしい景色が待ってるのだろう?


 太一宅へ行った翌日の朝。いつものように登校し、いつものように教室に入る。
 進が自分の席に座ろうとすると
「ん…?」
 椅子に針が天井を向いた画鋲が幾つも置いてあった。ふーっと息を吐き、画鋲を退けようとすると、一人の少女が近づいてきた。
「ひどい!誰?進君の椅子に画鋲置いた人!?」
 見田村だった。教室中に響く声で叫ぶが反応する者はいなかった。
「いっつも、いっつもこんなことして…恥ずかしくないの?そこの3人!」
 見田村が指差した先には先日、進に暴力を振るい、めーりんの命を奪おうとした3人組だった。
 指を指されたものの、その顔には幾分か余裕があった。
「…なんのことだよ?俺たちがやったっていう証拠でもあんのかよ?」
 その反論に見田村は言葉が詰まる。証拠は…確かにない。それでも、こんな陰湿なことを行うのは3人組以外には思い浮かばない。
 ここで食い下がる訳にはいかなかった。進が虐められ易い環境を作っていたのは…見て見ぬふり続けていた、他でもない自分だったのだから。

「だ、だれか…この3人が画鋲置いた所見た人いる…?」
 そう訊くが、教室の誰も反応しない。しかも、ただの無反応とは言い難い白々しさがあった。
 一瞬、見田村や進、3人組みの方をチラと一目見た後にある者は我関せずと読書に耽り、ある者は終わってない宿題に筆を戻し、ある者はトランプを再開した。
 どうしようもない空気に見田村は下唇を噛んだ。
「ほら見ろ、誰も、知らなねぇじゃねぇか。」
 クラス中の無関心。これ程までに強力な盾は他になかった。なす術なく、俯き、ポツリとつぶやく。

「…みんな…卑怯だよ…」
 その言葉に、何人かは見田村の方を向いた。
「…みんな…ずるいよ…自分には関係ないからってだんまり?進君はいっつも殴られて…こんな風に虐められて…それを黙って許してるのは、みんななんだよ!」
 徐々に語気が強まる。見田村は過去の自分を断ち切った。…このままではダメなのだ。
「いいよ!みんなが無視するなら、私だけでも守るから!私はもうこんなの嫌だ!」
 その悲痛な心の叫び声が…届いていた者がいた。

「…見田村、オレは…もう、進はいじめない…いや、誰もいじめない。」
 そう言いながら二人の方へ近づいてきた。
「…え?」
 半ば、泣き出しそうな表情で、その声の主の方を振り向く。―――大将だった。
「た、大将…?」
 主犯格だった一人の男の言葉に戸惑うクラスメート達。一方の彼の目には、迷いなど微塵にすら感じられない。
「今までのオレは最低だった…この場でもう一度しっかり謝る。…進、すまなかった。この通りだ!」
 昨日同様に謝罪する大将。その突然の行動に更に教室がざわめき始めた。
 そして、一人の少年が立ち上がる。
「オレ…見てた!そこの3人が朝早く来て、進の席に画鋲置いてたんだ!」
 その1人の発言を契機に、何人ものクラスメートが「僕も」、「私も」と続いた。

 大将はよく理解していた。進に個人的に謝罪するだけでは何も解決しないということを。
 だから、この場ではっきりと自分の意志を表したのだ。

 これだけの証人がいる。最早、3人組の不利は明らかだった。
「…お前ら…頼む!これからは進を虐めるのはもう止めてくれ…」
 今度は3人組に懇願する。彼らは酷く狼狽した。何せ、かつて率先して進を殴っていた張本人が進の虐めを止めるように頼んだのだ。
 いや、3人どころではない。和解した進と、大将本人を除く全員がそのまさかの展開に呑まれていた。
 やがて1人が何とかして、口を動かした。
「な、…何だよ!今頃奇麗ごと並べてよ…自分だけ許されようなんて汚ねぇぞ!」
 それに残りの二人も続いた。
「見損なった!男が一度したことを覆すなんてねえよ!」
「それでも大将かよ!」
 大将は黙って俯くしかなかった。事実、傍から見れば彼らの言い分も一理あるように感じてしまうだろうから。そうする他なかった。

「お前らの言う通りだ…オレは…卑怯な人間かもしれねぇ…だけどな!もう、オレと進はもう友達なんだ!進を虐めたいなら…オレを好きなだけ虐めろ!」
 そこには気迫があった。友を守ろういう強く、固い意志が。3人組は圧倒され、一歩退いた。
「く、くそ!もうお前なんて大将じゃねぇ!いくぞ!」
「え?あ、ああ。」
「おい、待てよ!」
 そう吐き捨て、3人組はどこかへ去ってしまった。教室は静寂に包まれる。
「見田村さん…大将…あり…がと…」
 断片を丁寧に、慎重に繋ぎ合わせるように進は呟く。

「…私は、もうこんな見て見ぬふりは嫌だっただけよ…それより、今まで何も出来ずにごめんなさい。」
 見田村は心苦しい表情を浮かべていた。そう、彼女には自覚があった。傍観だけしかしてこなかった自分にも罪があることに。
 だから、闘った。今までは今度は自分が虐めの対象になることを恐れた。だが、それは何と愚かなことだったのか!
 この目の前の心優しい少年を助けたい。ただ、その一心だった。

「…進、もうお前は一人じゃねぇ。オレがいる、見田村がいる、みんながいる。守るから。オレ達全員で。だからよ…一人で全部背負い込むな。」
 太一は全て捨てた。己の罪を許し、救ってくれた新しき友の為に。それは、進への罪滅ぼしでもあり、感謝の表れでもあった。
 すると、誰からともなく進へと集まり始めた。
「今まで、ゴメン。」とか、「これからは友達だよ。」という声が聞こえてくる。中には泣きながら謝る子もいた。
 生まれ変わったのは進、見田村、大将だけではない。クラス全体が変わろうとしていた。或いは、あの3人組も何か感じるものがあったのかもしれない。

 人は変われる。省み、願い、行動すれば、きっと変われる。
 変われないと思い込むのは、自分で壁を作ってしまってるだけのことだ。

 虐めはなくなり、誰もが溶け込み、自然と笑い合える。そんな陽だまりのような温かさがこの日を境に、このクラスに生まれたことを追記しておこう。

―――3週間後の6月某日、夕刻―――
 1組の少年少女が並んで下校している。
 少年の方はぼけーっとしていたが、少女はそわそわして落ち着かないようだった。先程から急に立ち止まったり溜息をつく。
 何か言いたげだが、なかなか決心がつかない仕草を見せる。
「じゃあ、僕こっちだから…またね。」
 不幸かな、ここでお別れだ。このままでは…伝えられない。少女は最後の勇気を振り絞った。

「す、す……進君!!」
 瞬間、進は足を止め、振り返った。
「どうしたの?」
「いや、あのね…そのね…」
 呼び止めたはいいが、今度は俯いて指をもじもじ絡ませる作業が始まった。
「え?何?」
 進は見田村の元へ歩み始める。
「えっとね…うんと…き、きょ、きょきょ、今日さ、…まままま、祭り、い、行かない?」
 声が完全に裏返っていた。
「…おまつ…り?」
「あ、いや、べべ、別に一緒に行きたいとかそういうのじゃなくて…ちが…そうなんなんだけど、そそそ、その…つまり…何と言うか…」
 早口で捲くし立てるが、最後の方は口を魚のようにパクパクと動かすのみで、ほとんど消え入る声でしか言えず、言葉にすらなっていなかった。
「お祭りかあ~…久しぶりだなあ…いいよ、行こっか。」
 実に呆気なかった。見田村の苦悩に釣り合わない程の簡潔で明確な返答だった。

「え?ホ、ホント!?」
「うん、ホントのホントだよ…あ、めーりんも連れてってもいい?お祭りなんて初めてだし驚くだろうなあ。見田村さんもさくやを連れて来てよ!きっと2人とも喜ぶよ。」
 …何やら、雲行きが怪しくなってきた。
「……さ…さくやね…分かったわ。」
 まぁ、ゆっくり位は構わないだろうと思った次の瞬間、乙女の淡い希望は見事に崩れ落ちてしまうこととなってしまう。

「あ、そうだ!大将も呼んでいい?」

 …………めげるな、見田村!………


―――某神社―――
 今日はここで祭りが催されている。祭りの名は禊祭り(みそぎまつり)。
 その名の通りその昔、身に宿る罪や穢れを清めるという願いの下、この地域で行われるようになったそうだ。
 今は、そんな意味を知る者も減ってしまったが、奇しくも罪を認め、償い始めた少年・少女達が今年は多く参加することとなった。
 賑やかな喧騒の中、二人の少年と少女、そして3匹のゆっくりという一風変わった一行が歩いていた。
 その一行の紅一点は、口をへの字に曲げ、そっぽを向いてる。
「…見田村さん、どうして怒ってるんだろ?…」
 訳が分からず、大将にこっそりと訊いてみる。大将は、進と見田村を一度ずつ見比べると繭を顰めた。
「…お前のせいじゃないのか…?」
「…ん?…どうして…?」
 進が乙女心を理解するには、まだ幼過ぎたようだ。

 一方のゆっくり達は目を輝かせていた。
 そこら中から誘うように漂ってくる食べ物の臭い。愉快な笛、太鼓の音色。
 子供たちの和気藹々とした笑い声。金魚掬いや射的等の見たことのない楽しそうな遊び場。
 ここは、7色に煌めく輝石がぎっしりと詰まった宝箱のようだった。
「JAO、JAOOOOO!!」
 ある物に目が留まり、めーりんが叫ぶ。
「ん、どうしたの?」
 肩に乗ったパートナーの視線の先にはお面屋があった。
 アニメのキャラ、ヒーロー物、動物、更にはゆっくりなど多種様々な種類の仮面が置いてあった。
 とても物欲しそうな視線をお面に注いでいる。
 その様子をくすりと笑い、進が連れの二人を呼び止めた。

「あ、二人ともごめん。めーりんがお面屋に行きたいみたいなんだけど…寄ってもいいかな?」
「オレは構わないが…」
 二人はちらっと見田村の方を見る。
「別にいいんじゃない?」
 相変わらずの表情でぶっきらぼうに答えた。その反応に苦笑いを浮かべ、ありがとうと答えると進は一足先にお面屋に向かった。

 残された大将は静かに口を開いた。
「…見田村、もっと素直になれよ。」
 その言葉に見田村は敏感になった。
「な、ななな、何のことかしら?」
「本当は進と二人っきりで行きたかったんだろ?悪いな、お邪魔して。」
「わ、私は別に…大勢でいた方が楽しいし…」
 はぐらかす様にしゃべる。が、ゆっくり達にも指摘された。
「おじょうさま、うそはいけませんよ。」
「うー♪うそはだめ~」
 特にさくやはいつかのいやらしい笑みを浮かべていた。その追い討ちに見田村はみるみる内に赤みを帯び始めた。
「な、何よ!みんなして…」
 反論しようと試みるがもう、言葉が出てこなかった。

「進はさ、『誰もが幸せになる』ってスタンスなんだよ。」
 冷かしから急に掴み所のない話に変わり不審に思った。
「…いきなり、何の話よ…?」
「いいから聞け。あいつは、そのために自分が犠牲になることを厭わない。バカだろ?みんなの幸せを願うあまりに、自分の幸せをいつの間にか忘れちゃってるんだよ。」
「……………」
 見田村は黙り込んでしまった。

「あいつは今、いい顔してるぜ。だけど、まだ気づいてないんだろうな。そのことに。」
 見田村の瞳には進むがめーりんにお面を取って渡そうとしている光景が映されていた。
「お前が進に教えてやれ。…オレにその役目は重すぎるわ。」
「……………」
 その無言をどう受け取ったのか。それ以上、大将は言及するのを止めた。



「JAOOOOOOOOO!!」
 眼前に広がる大量のお面にめーりんは興奮仕切りだった。
「めーりん、どれがいい?好きなの1つ選んでいいよ。」
「JAOOOO…」
 1つだけという言葉にめーりんは甚だ悩んだ。どれもこれも素敵な面ばかり。可愛いものもあればカッコいいものある。
 この中からたった1つに絞り込むのはそれなりに決断力を要する作業だ。
「んー。これなんてどう?」
 進が取り出したのはリスのお面だった。
「JAOOOO!?JAOOOO…」
 確かにキュートなのだが…めーりんは思う。かっこよく、強そうなお面が欲しいと。
「うーん。気に入らなかったか…」
 次のお面を探しにかかった進を余所に、めーりんは1つの面に心を奪われた。
 これは…そう、仮面○イダーのマスクだった。
「JAOOOOOOOO!!!」

 肩でぴょんと跳ねるめーりん。…そうだ、あのマスクは進と毎週テレビで見ているかっこいいお兄さんが被っているマスク。
 あのマスクを着けると、お兄さんは超人的な力を得て、それにより悪の組織と闘う事が可能となるのだ。
 めーりんは、その華麗かつアクロバティックなアクションを脳裏に再生させた。
 これは…絶対に手に入れなければ…
「JAO、JAO!!」
「ん?欲しいのあった?」
「JAOOOOO!」
 懸命にあれが欲しいと訴えた。
「ええっと…あ、これかな?仮面○イダーのやつ。」
 見事に正解を一発で言い当てた。
「JAO、JAOO!!」
 ついつい興奮し、加減できずに暴れてしまうめーりんに進はバランスを崩してしまった。
「うわ!ちょ、ちょっと、もう…跳ねすぎだよ~。…すいませーん。これください。」
 早速購入し、めーりんに被せる。
「JAOOOOO!!」
 心なしかたくましく見えた。仮面の効果だろうか?
 と、ここで後の2人と2匹が合流した。

「うー!あなただれ?すごくつよそう!」
「JAOOOOO!!」
「そのこえ…めーりんのこえですわ!」
「うー!か、かっこいい!!」
 さくやとふらんはめーりんをほめたたえ、めーりんはしゃんと胸を張った。
 こういう類の面は、子供だけでなくゆっくりの基準でも強さの象徴らしかった。
「…全く、男子とかゆっくりってなんで、こーゆーの好きなんだろう?」
 少女が眉をひそめ、皮肉っぽく言う。
「まぁ、そう言わないで…見田村さんも被ってみる?」
「もう、バカ言わないでよ!」
 そう拒否するもあまりに突拍子でおかしな誘いだった為か、思わず吹き出してしまう。
「あ、やっと笑ってくれた。」
「…え…?」
 その真意を測りかね、即座に返すことができなかった。
「見田村さん、今日ずっとつまらなさそうだったからさ…よかったなあって…」

 見田村ははっとした。自分が不貞腐れている間も、ずっとこちらを気にしていたのだ。
 …大将の言う通りだ。進は皆の幸せを願っている。それを彼の望みなら…彼の幸せは、誰もが幸せになることじゃないか。
 …バカらしい。何てバカらしい。自分が楽しめば、進も楽しくなる。それだけのことだ。
 だったら、楽しもう。みんなで。

「ほら、ボケーっとしてないで次の店に行きましょ!」
 見田村は笑った。偽りも無ければ、屈託も無い眩しい笑顔で。

 一行が向かったのは投矢屋だった。3投して、合計得点に応じたお菓子の景品が出る遊戯だ。
「えい!…あーだめだ…」
「くそ…これ、案外、難しいな…」
「うー…あたらないよ~…」
「はい、残念。まとめて参加賞のガムだよ。」
 皆、苦戦していた。矢が真っ直ぐ飛ばず、ひょろひょろと力なく落下したり、見当違いな所に刺さったりと、得点が全く伸びない。
 しかし、そんな中、獲物を狙う肉食動物の如く目鋭く尖らせた者がいた。

「…おじょうさま…わたくしもさんかしてもよろしいですか?」
 見田村は、さくやからいつもとは違う雰囲気を感じ取っていた。
 何かこう…表面はあくまでクールを装っているのに…その仮面の下では内なる闘志が熱く燃え滾っているような…
 圧倒された見田村は、短く『ええ』としか返答することができなかった。

「お、そのゆっくりも参加するのかい?まあ、頑張れや。はい、3投だよ。」
 店のオヤジが、手がないのにどうやって挑戦するつもりなのか、と言いたげにクスクスと笑った。余程、滑稽に思えたのだろう。

 だが、次の瞬間。オヤジの顔が…いや、場の空気が一変した。

 さくやは矢を丁寧に口に咥えると、目を閉じて精神を研ぎ澄まし、集中する。そして突如、カッと目を見開くと反動をつけ投じた。
 また、その一閃はまるで何者かに導かれるかのように、真っ直ぐな軌道を辿ると、最後にはボーガンの如く的に突き刺さった。
 ど真ん中の最高得点、100点を貫いていた。

 それでもさくやは、彼らに圧倒される暇さえも与えてくれない。
 続けて2投、3投が放たれた。すると、今度は中央から数センチ離れた点に刺さる。
「あれ…こ、これは…」
 そう、よく見て、3点を結ぶと…なんと、正三角形が浮かび上がってくるのだ。
 なんと言う神業。さくやの正確無比な精度にそこに居た者達は皆、その場で固まってしまった。
 まるで、時が止まってしまったかのように。動くことはおろか、呼吸すら許されなかった。
 何秒…いや、何分、何十分という時間が経ったのかもしれないが…暫くして、誰からともなく拍手が巻き起こり、そして時は動き出す…

「うー♪ぱちぱち!さくや、すごい!ぜんぶまんなか!」
「JAOOOOO!!JAOOOO!!」
「さくやは投矢の天才だね!凄いや!…僕なんか全然当らなかったのになあ。」
「…おい、見田村、さくやってこんな特技あったのか?」
「…私も驚いたわ…野生の時には、群れ一番のハンターだと言ってたけど…まさかこんな腕前だったなんて…」
 驚嘆、賛美が次々と渦巻いた。

「た、たいしたことはありませんわ!しばらくぶりで、うでがにぶるのはいやですわ!」
 さくやの顔から鋭さが消えると、照れるのを誤魔化すように謙遜し始めた。

「お前さん、凄い腕前だな。おめでとさん。これは景品だよ。ったく…300点満点出されるとはなー。」
 お菓子が詰まったバラエティパック。それも3袋分もあった。
「…こんなにもらっていいのでしょうか?」
「遠慮はいらん。本当は1袋だけなんだが…あんな余興見せてもらったんじゃあ、割に合わんよ。その友達にも分けてやってくれ。」
「あ、ありがとうですわ!」
「うー♪おじさんはゆっくりできるひと♪」
「JAOOOOO!!」
 3匹は口々にお礼を述べる。


 その後も一行はこの日を楽しんだ。
 綿飴、たこ焼き、ベビーカステラなど食を満喫したり
 金魚掬いの最中、めーりんが水中に落下してしまったのをみんなで笑ったり
 投げ輪でふらんが、玩具の剣を手に入れたのを褒めたり
 笑顔が絶えない、本当に幸せな1日だった。

 祭りも終焉に近づき、進たちはくじ引きで手に入れた小さな線香花火のセットで遊ぶことにした。
 会場から少し離れた公園へと移動する。
「ええっと…あ、ちょうど6本だね。」
「うー…?それ、なに?」
 得体の知れない棒をまじまじと見つめる3匹。
「さあて、なんでしょう。手にとってからのお楽しみです。」
 もったいないぶるようににっこりとする見田村。ゆっくり達は、教えてくれと喚き散らすが尽くはぐらかした。
「おーい、戻ってきたぞー!」
 コンビニへライターを購入しに行った大将が帰ってきた。
「あ、ご苦労様。じゃあ、始めましょうか。めーりん、さくやはこっちを咥えて。」
 まだ怪訝な顔を浮かべている。
「…よし、全員持ったな。じゃあ1人ずつ火点けていくぞ。」
 まずは、大将が自身の花火に着火する。

「JA、JAOOOO!?」
「うー?…うー♪」
「…きれいでございますわ…」
 流星の闇の中に一輪の花が、金色に美しく、咲き誇った。
 それは、夢か現か。実に幻想的だった。
「ふふ、すごいでしょ。ふらん、棒の先を近づけてみて。」
「うー?…わかった…」
 戸惑いつつもゆっくりとその閃光に近づける。
「うー!うーうー♪」
 火が移り、もう一輪咲いた。今度はスカイブルー。空のキャンパスは純粋で何者も拒まぬ。
「わくしも、わたくしも!」
 普段大人しく、控えめなさくやもその美しさの心が奪われた。
 次なる花は銀白色に照り輝いた。金とは対となり、控えめではあるがその優雅さが劣ることはない。
「じゃあ、私もつけよっと。」
 次なる花は妖しき紫。見る者全てを魅了し狂わせる神秘さ故、古きから禁忌とされた。
「JAOOOOO!」
 次なる花は鮮明な紅。その見た目通りの燃え盛る激しさと、えも言えぬ優しさとが同居している。
「よし、僕も…」
 最後の花は穏やかなる緑。決して自らの存在を強調せず、全ての色を調和し引き立たせた。

 6色の花が音色を奏で、見事なセクステットを生み出した。
 幻じゃなく、見事な音の重なり合い。ほら…耳を澄ませば、聞こえてくる。
 この、6人の世界での演奏が。

―――あ、―――
 誰からともなく声が発せられた瞬間、金色の閃光が弱まった。
「JAOO!?」
「うー!がんばって!ゆっくりしていってね、はなびさん!」
 めーりんとふらんが必死に希うがみるみる内に花は枯れてゆく。
 パチ…パチ、パチ…パチ……パチ……
 と、次々に同じように花が枯れ始めてしまう。
 空、銀、紫、紅、…そして緑。今、最後の灯火が失せた。
「JAOOOOOOOO…」
「…きえちゃいましたわ…」
「うー…おわりなんてやだ…」
 3匹は、先刻までの光景が嘘のように消え去ってしまったことに酷く落胆し、涙を溜めてしまう。

「はぁ、終わっち…まったな…」
「…いっつも思うのよね。いつまでも続いて、終わらないで。って、私も小さい頃、泣きじゃくってた記憶ありもの。」
 3人の方も感傷に浸っていた。
「でもさ、終わりがあるから、余計綺麗に感じるんじゃないかな…」
 2人は無言で、その刹那性を肯定した。だが、めーりんはとうとう涙を流し、泣き喚いてしまった。

「JAOOOO!、JAOOOOO!!」
「めーりん、げんきだしてくださいませ…でないと、わたくしまで…」
「うー…うー…めーりん、泣かないで…」
 その幼気な励まし合いは…昔の自分たちを見ているようで…
 と、進がめーりんの傍により抱きしめた。


「めーりん、花火はね、僕たちの為に頑張ってくれたんだよ。」
 そっと、撫でる様に話し掛ける。
「……JAO……?」
「めーりんは、花火見てどう思った?とっても綺麗でゆっくりできたでしょ?」
「JAO…JAOOO!」
「花火は、一瞬だけど…閃光のように美しく、力強く生きた。」
「JAO…?」
「だから、花火は誇りに思ってるよ。自分の生きがいを以って命を終えたんだもん。」
「JAOOO!」
「だけど、いつまでもめーりんが泣いてたら、花火さんも悲しくなっちゃうよ。『めーりんを幸せに出来なかった』ってね。」
 めーりんは慌てた。それは困るという具合に。
「JAO、JAOOO、JAOOOO!!」
「よし、だったら、涙拭いて元気出さなきゃね!」
 そっとハンカチを取り出し、めーりんの涙を拭き取る。

 このやり取りを見守っている2人は、心が自ずから温まってゆくのを感じた。
「…進君って想像豊かっていうか…発想がメルヘンね。」
「進はきっと良いオヤジになるだろーなー。」
 そう言いながら、チラっと見田村の方を見遣る。
「い、やだ、もう!良いお父さんだなんて…困るわ!」
 いきなり大将の頭を突いた。
「ゲホッ、ゲホッ!…なんでお前が困るんだよ…」
「え?あ、いや…だって…ほら…その…あ、あれよ、あれ!」
 しまったと言わんばかりに顔が真っ赤になる見田村。今にも噴火する勢いだ。

 つい、先日まで虐めを受けていた進。
 こんなにも明るい未来が待っていたとは誰が予想出来たであろうか?
 これは奇跡…否、奇跡なんかじゃない。進自身、その周りの少年達の努力と歩み寄りの結果だった。
 いや、その前に進の心が開くように導いた不思議な生き物のお陰でもある。
 いずれにせよ、ここにいる者たちの幸せは、過去と決別し手を合わせ、掴み取ったのだ。

                            ~続く~

遅れて申し訳ありません。最近筆が進まなくて…

  • 新作ですね、陰ながらいつも読んでます。読んだ後に気分が良くなる物語、このシリーズ好きだなぁ。ゆっくり自分のペースで書くといいと思いませう。 -- ine (2008-12-12 14:59:53)
  • あと少しで終了だと思うと寂しくなりますね。ひもなしさんの納得のいくところまであせらずゆっくりと練りこんでください。楽しみにしています。 -- 名無しさん (2008-12-12 18:12:20)
  • 幸せって素晴らしいw -- 名無しさん (2008-12-13 18:50:07)
  • うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!(勢いだけでも伝わるとうれしいです・・・口下手なもんで) -- 名無しさん (2011-04-27 19:37:27)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年04月27日 19:37