「で」
幽香はティーカップを置いた。
「何なのよ、アレは」
アレ、というのは、先程から幽香達の周りをはね回っている生首のことだ。
アリスは出された紅茶を飲みながら答えた。
「何って、貴女のゆっくりじゃない」
「それは見ればわかるわよ。なんであんなのを連れてきたのよ」
「…あの子の頭についてるの、何だかわかる?」
ゆっくりゆうかの頭には、小さくて白い花の髪飾りがついていた。
「…茶の花?」
「ご名答。さすがフラワーマスターね」
幻想郷の人里の、比較的新しいとあるお茶屋には、自前の茶畑があり、ゆっくりゆうかを用いて茶の栽培を行っていた。
そのお茶屋のゆうかは、他のゆうかと区別するために、頭に茶の花の髪飾りがつけられているのだった。
アリスの話によれば、最近になってそのゆうかの数が増えてきたので、何匹かを常連客に譲った、ということだった。
「ゆうかはおちゃやのむすめなの!」
ゆうかが言った。
「あら、そう」
幽香の反応は冷たい。
アリスが続いた。
「…で、私ももらったんだけど、うちじゃ2匹も飼えないから、幽香に飼ってもらおうと思って」
「…なんで私なのよ?」
「貴女、あまり他の人妖と普通に接する機会ないでしょ?」
確かに、幽香と交流のある人物は少ない。時々紫やリグル、アリスが来る程度で、霊夢や魔理沙は家を行き来するような仲ではないし、それなりに強い相手だとすぐ戦闘になってしまう。それ以外は幽香に近寄って来ることすらない。
「…貴女だって似たようなものでしょ、ミス引き籠もりさん」
「イ・ン・ド・ア。それに私は貴女と違って人当たりはいいわ」
実際、アリスは人里で何回も人形劇を行っているし、ゆうかを譲り受けたのも親しくしているからこそである。
「…私には必要ないわよ。今でも鬱陶しいくらいだわ。紫といい貴女といい」
「うぎぎ…そんなこと言わないで、ね?」
「ゆっくりさせてね!」
結局アリスに押し切られる形となり、幽香はゆうかを飼うことになった。
翌日、幽香はゆうかと件のお茶屋に向かっていた。幽香はそんなお茶屋があることすら知らなかったので、ゆうかに案内させた。
目的は2つある。丁度紅茶を切らしたので新しい紅茶を仕入れることと、ゆうかに関する情報を仕入れること。幽香はゆうかどころかゆっくりに関する知識が不足していた。会っても無視したか、すぐに潰していたからだ。
2人はお茶屋に到着し、中に入った。中はカウンターといくつかのテーブルと椅子のセットがあり、喫茶店という感じだった。カウンターの後ろの棚には、葉の種類ごとに分けられた様々な瓶と食器が並んでいた。テーブル席には先客が3人いた。
ゆうかの話によれば、この店ではいろんな種類の茶葉を扱っており、買って持ち帰ることも、ここで飲んでいくこともできるということだった。
カウンターには中年の男がいた。
「いらっしゃい」
「どうも」
「おじさんただいま!」
「おやおや、おかえり。…あんた初めて見る顔だが、この子をどこで?」
「知り合いに譲られたのよ」
幽香はカウンター席に座り、紅茶を頼んだ。男は戸棚から紅茶の葉が入った瓶を取り出した。瓶のふたを開けると、紅茶のいい香りが辺りに広がった。そういえば、と幽香は気づいた。
「いろんなお茶があるって聞いたんだけど、店の中はあまり匂いがしないのね」
「そりゃあ、匂いが混ざると味が悪くなるからね。こうやって、種類ごとに分けて密閉出来る瓶に詰めてるのさ」
男は必要な分だけを取り出すと手早く瓶を閉め、紅茶を淹れて幽香に出した。幽香は紅茶を一口含んだ。
「…おいしい」
「どうも」
幽香は持ち帰るための紅茶の葉を買い、ゆうかの飼い方について男に聞いた。
「う~ん…とりあえず辛い物は与えないことと、雨とか水場に気をつけることだな」
「…何よそれ…」
「ゆっくりの管理は嫁の担当なんだ。詳しく聞きたいんだったら、畑にいる嫁か…そちらのお客さんに聞いてみるといい」
と言って男は3人の先客を指した。紅魔館の門番と渡し守の死神、永遠亭の月兎だった。門番の足下にはゆっくりめーりんとゆっくりこまちがいる。
「…そうみたいね」
「なんだ、知り合いなのか?」
「多少はね」
幽香は立ち上がり、ゆうかを連れて3人の方へ向かった。
小町は美鈴に連れられて人里に来ていた。「おいしいお茶屋さんがある」ということだった。美鈴は先日の買い出しの際にこのお茶屋を見つけ、紅茶を買って帰ったら紅魔館の住人達にとても好評だったのだ。
「言っとくけど、あたいは緑茶しか飲まないよ」
「緑茶もちゃんとありますよ」
2人はお茶屋に入って適当なテーブル席に座り、小町は緑茶を、美鈴は烏龍茶を頼んだ。
「紅茶じゃないのかい?」
「紅茶も緑茶も飲めますけど、烏龍茶が一番好きなんですよね」
2人がそれぞれのお茶を飲みながら雑談をしていると、鈴仙が入ってきた。
「あら、鈴仙さん」
「あ、美鈴さんに小町さん、こんにちは」
「おー、死なない薬師んとこの兎の片割れか」
鈴仙はパチュリーに喘息の薬を届けに行った帰りだった。
「美鈴さんが門にいなかったので、どうかしたのかと」
「今日はお休みなんですよ。鈴仙さんはここにはよく来るんですか?」
「ええ。私も好きなんですよ、ここのお茶」
鈴仙も同じテーブルについて緑茶を頼み、その後は3人で話をしていた。
そこに幽香が現れたのだった。
「隣、いいかしら?」
幽香は美鈴に問いかけた。
「あ…どうぞ」
幽香が美鈴の隣に座った。
「ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!」」
ゆうかはめーりんとこまちに挨拶した。
鈴仙が問いかけた。
「…その子は?」
「ああ、アリスに押しつけられちゃってね」
「なんだ、あんた、アリスさんの知り合いなのか」
男が声をかけてきた。
「それなら心配ないな」
「…どういうことよ?」
「その子はアリスさんからもらったんだろ?アリスさんだったら、ちゃんとゆっくりの面倒を見れる人にしか譲らないだろうからな」
「…さあ、どうかしらね」
その後、幽香は鈴仙にゆうかの飼い方について質問し、お礼と言って4人分のお茶代を置いて店を出て行った。
幽香が出た後に、美鈴と鈴仙はテーブルに前のめりになってため息をついた。
「はぁ~緊張した…」
「疲れた~…」
「なんだい2人とも、だらしないなあ」
「小町さんは怖くなかったんですか?」
「別に。いいじゃん、おごってもらえたんだし」
あくまでマイペースな小町。
「あのこはとってもゆっくりできるこだったよ!」
「じゃお!とってもゆっくりしてたよ!」
2匹へのゆうかの印象はよかったらしい。
「おじさんは怖くなかったんですか?」
「それほど。質問してたってことはそんだけまじめに飼おうって気がある証拠だろ?それに」
「それに?」
「お茶好きに悪い奴はいない」
「…」
幽香が鈴仙から聞いた情報をまとめると、
○辛い物は非常に嫌がるが、それ以外は基本的に何でも食べる
○長時間水に触れているとふやけて解けてしまうので、雨の日やある程度深さのある川や湖などには注意する(半分以上浸からない程度に浅ければ問題ない)
○ゆうか種は植物の世話が得意なので、花や野菜の畑を持たせるといい
ということだった。
そこで幽香は、自分の向日葵の畑の隣に囲いを作り、ゆうかにそこを畑にしていいと告げ、花の種を与えた。
「ゆっくりそだてるね!」
ゆうかは早速作業に取りかかった。最初は何もないただの土地だったが、数日後には立派な畑になり、1週間後には芽が生え始めていた。水やりや雑草取りもちゃんとしていた。ゆうかの手際の良さに幽香は感心せざるを得なかった。
花の芽が伸び、つぼみがつき始めた頃のある日、幽香とゆうかは畑に向かう途中、1人の少女と出会った。
「風見幽香ってのはあんたか?」
「…人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀でなくて?」
「おお、失礼失礼。私は星熊勇儀ってんだ。よろしく」
幽香は既に、勇儀がただ者ではないことを感じ取っていた。
「…ゆうか」
「ゆ?」
「下がってなさい。私は彼女に話があるの」
「わかったよ!ゆっくりまってるよ!」
ゆうかは跳ねていった。
「…おおかた、私の噂を聞いて、力比べにでも来たんでしょう?いかにも鬼らしいわね」
「…察しがいいな」
勇儀はどこからか杯を取り出し、酒を注ぐと、片手でその杯を持った。
「…何のつもり?」
「これが私の流儀だよ」
「…なめられたものね」
幽香は日傘を閉じた。
「二度とそんな気を起こさせないようにしてあげるわ」
2人の戦いが始まった。
力と力のぶつかり合い。衝突の度に空間がわずかにゆがむ。
それほどの力を出し合っているにもかかわらず、お互いの顔には余裕が見える。
しばらく続いた後、2人が距離を取って向かい合った。
「あんた、本気じゃないだろ」
「今の貴女ならこれくらいで十分よ。もっとも…」
杯に小さなヒビが入る。勇儀は気づいていない。
「この程度じゃ、余興にもならないわ」
杯に大きくヒビが入る。勇儀がハッと気づいて杯を見た瞬間、それは砕け散った。
勇儀の手が酒に濡れる。
「もっと私を愉しませて頂戴」
「…やるね」
勇儀は酒を振り払うように手を振った。雲の流れが乱れる。
「そんなに私の本気がお望みなら、見せてあげ
「そこまでよ」
その瞬間、幽香の四肢がスキマに掴まれ、幽香は身動きがとれなくなり、一方の勇儀は巨大な手に体ごと掴まれていた。
「何すんだ萃香ー!放せー!」
「まあ落ちつけって、勇儀」
勇儀は萃香の手の中であがいている。
一方の幽香は依然身動きがとれない。
「…何のつもりよ、紫」
幽香の目の前の空間が裂け、紫が現れた。
「あら、幻想郷を守るのが私の仕事よ」
「何を言って
「貴女達に本気を出されたら幻想郷が幻想郷でなくなるって言ったのよ。それに、あの子も怖がってるじゃない」
紫は下の方をさした。ゆうかが怯えた目で幽香を見上げていた。
これには幽香は何も言えなかった。
紫は指をくるっと回すと、大きなスキマが2人を呑み込み、次の瞬間2人はゆうかの近くに降り立っていた。ゆうかはまだ怯えている。
幽香はしゃがんでゆうかに手を伸ばしたが、避けられてしまった。ゆうかが言った。
「おねーさんゆっくりしてないよ!おねーさんとゆっくりできないのはいやだよ!ゆっくりしてよ!」
幽香はやれやれとため息を1つついて立ち上がり、歩き出した。
「おねーさんどこいくの?ゆっくりしてね!」
ゆうかが問いかけた。幽香は立ち止まり、振り返らずに答えた。
「…畑に行くのよ。置いてくわよ?」
ゆうかは笑顔になり、幽香はまた歩き出した。
「ゆうかもゆっくりいくよ!ゆっくりまってね!」
花が咲くまで、もう少し。
おまけ
芽が出始めてから少し経ったある日、幽香はゆうかを連れてアリス邸に向かっていた。幽香はゆうかに向日葵の髪飾りをつけたかったのだが、自分では作れないので、アリスに頼むことにしたのだ。
2人はアリス邸についた。
「アリスー、私よ。入るわね」
「ゆっくりはいるよ!」
幽香は扉を開けた。アリスは椅子に座って昼寝をしていた。アリスの膝の上には、白い花の飾りをつけたゆっくりゆうかが眠っている。
(なんでゆうかがいるのかしら…)
と幽香が不思議がった次の瞬間、
「ゆっくりおきてね!」
と幽香のゆうかが言った。
先に起きたのはゆうかの方だった。寝ぼけ眼で来訪者がいることを確認すると、
「ゆっくりしていってね!」
と挨拶し、幽香のゆうかも、
「ゆっくりしていってね!」
と返した。
続いてアリスが目を覚ました。
「う~ん…うるさいわよ、ゆう…か…?」
眠そうに目をこすると、2匹のゆうかと幽香がいた。
「…ふえっ!?幽香!?」
「お目覚めはいかが?」
「なんで貴女がここにいるのよ!?」
「さてねえ。…あなたたち」
幽香は2匹のゆうかに言った。
「ちょっと外で遊んでらっしゃい」
「「ゆっくりあそんでくるよ!」」
ゆうか達はアリスの家を出た。
「さて…なんであなたがゆうかを飼ってるのかしら?」
「それは、その…ほら、ガ、ガーデニングを始めようと思って」
「花壇なんかないじゃない」
「う…」
「何よ?何か私に知られたくない理由でもあるわけ?」
「そんなこと…」
「ふーん、じゃあ…」
幽香はアリスに近づき、耳元で囁いた。
「カラダに聞いてみようかしら」
「え…ちょっと、何するの幽…あ、痛い痛い、噛まないで…い、いや、らめえ…」
※以下自粛※
以下作者の言い訳など
- タイトルと冒頭の台詞の一部はFoZZtone「茶の花」から。某東方絵師さんのネタも少し拝借。
- 紅茶も緑茶も烏龍茶も全部同じ葉から出来るんですよね。
- あれ、何書きたかったんだっけ…ああ、幽アリだ。そうだ。…で、何だコレは?
- リグルきゅん名前出ただけで終わってもうた。
- おまけの部分に何かデジャヴュを感じる…。
- 感想、質問、誤字報告等あれば下のコメント欄へ。閲覧ありがとうございました。
尻尾の人
- 幽香×ゆうか 即ち幽ゆうですよ(オイ)
ゆっくりゆうか可愛いなぁ、最初ゆうかの頭に上に茶の花が咲いてるのかと思ったのは内緒です
とても読みやすい物語でした。 -- 名無しさん (2008-12-20 08:57:24)
- ありがとうございます。
読みやすい…のかなぁ。 -- 作者 (2008-12-20 09:42:49)
最終更新:2008年12月20日 09:42