ゆっくりさなえのいる生活
※現実世界にゆっくりがいます
※前半は少し鬱々とした感じです
※ゆっくりの死を描写するシーンがあります
※虐待シーンはありませんが、虐待されていたゆっくりが出てきます
※きめぇ丸がきもくありません
※それでもよい方のみどうぞ
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一ヶ月前、飼っていたゆっくりが死んだ。
死因は寿命。10年前上京する際、家で飼っていたぱちゅりーが、自分が産んだ子ゆっくりを連れて行け、
と言うので連れて行ったものである。連れてきた子もぱちゅりー種であったので、
身体の弱いぱちゅりー種にしては長く生きた方だろう。朝起きたら、俺の隣で永遠にゆっくりとしていた。
苦しんだ様子はなかった。どこか満足げな表情で、目の前には開いたままの絵本が置いてあった。
恐らく、絵本を読んでいて眠気に誘われ、そのまま永遠にゆっくりとしてしまったのだろう。
このぱちゅりーとは、文字通り苦楽を共にしてきた。上京したばかりで早々にホームシックにかかった俺に、
小さな身体で寄り添い、一緒にゆっくりしたり。昔からの夢であった絵本作家になった際、
お祝いだと称して一緒に遅くまで騒いでみたり。脳裏を、走馬灯のように様々な思い出が駆け巡って行った。
そして、回想が終わった後、どうしようもない程の喪失感が心を支配した。
俺が外出から帰る度、「むきゅー! ゆっくりしていってね!」と言ってくれた。
出版した絵本が売れたと教えると、我が事のように喜んでいた。
その絵本の売れ行きが良く、古いながらも一軒家を購入できた時、
「これでおにいさんもたくさんゆっくりできるわね!」と自分より先に俺のことを気遣ってくれた。
散歩に行った時、弱いくせに「おにいさんはぱちゅりーがまもってあげるわ!」等といっていた。
もう、あんな思い出を積み重ねる事などできないのだ。ぱちゅりーは、
もうずっとゆっくりとできる所へ行ってしまったのだから。
それ以来、俺は生きる気力を失った。大げさに聞こえるかもしれないが、事実だ。
実家で暮らしていた時期を含めれば、10年以上一緒に連れ添い、どんな事があっても
2人で乗り越えてきたのだ。寿命とはいえ、俺にとっては半身をもぎ取られたに等しい。
ぱちゅりーを庭に埋め、簡素な墓を作った後、俺は泣いた。こんなに泣いたのは何年ぶりだったろう。
同居人などぱちゅりー以外には居なかったので、誰憚ることなく泣けた。
そして涙が止まってからは、正直良く覚えていない。
何を食べたのか、いつ寝たのかすらもよくわからない。1ヶ月を過ぎても生きているのだから、
少なくとも最低限度は食べ、休んでいたのだろう。
ぱちゅりーの死を知って訪ねてきた友人は、まず俺の憔悴仕切った顔に驚いたという。
だが俺にとって、そんな友人の気遣いすら煩わしかった。
頭では分かっているのだ、こんな生活などしていてもしょうがないと。
このまま死んでも、ぱちゅりーは喜ばない。彼女は俺に、生きろと言うだろう。
でも、現実にはもうぱちゅりーはいない。10年を連れ添った半身は、時という残酷な死神が
無慈悲にもぎとっていってしまったのだから。
そんな、ゆっくりと、口の悪いゆっくりの言葉を借りれば、まさに「ゆっくり死んでいく」俺を見かねたのか、
ある日友人は俺の家に1つ、あるものを置いていった。
緑の髪に、カエルとヘビを模した髪飾りをつけた、1匹のゆっくり。
そうして、俺とゆっくりさなえの日々は、半ば強制的に幕を開けた。
「ゆっくりしていってくださいね!」
目が覚めるなり、ゆっくり独特の甲高い声が聞こえた。横を見れば、ゆっくりさなえ。
新しい飼い主のところに来れたのが嬉しいのか、にこにこと穏やかに笑っている。
前の飼い主がある事情で飼えなくなったので、お前のところで飼え。お前で駄目なら保健所行きしかないぞ。
正直、ゆっくりなど飼いたくなかった。どうしても、ぱちゅりーの事を思い出してしまうからだ。
だが、そんな脅迫まがいのことを言われて突き返せるほど、俺は悪人ではなかった。
受け取る代わりに友人の顔面にパンチをお見舞いしておいたので、少し溜飲は下がったが。
「殴る元気があるなら大丈夫だな」そういって、友人は帰って行った。そしてさなえと共に一夜を明かし、現在に至る。
同じ部屋では寝たが、特にかわいがろうと言う意思は無い。他のゆっくりに比べ大人しいさなえ種といえど、
ほったらかしにして何かされては困る。特に、ぱちゅりーとの思い出を壊されたくは無いからだ。
「…………」
寝転がったまま、さなえをじっと観察する。
ゆっくり。俺が物心ついたころには、既にペットとしては犬や猫並みにポピュラーな存在だった。
饅頭の皮のような表皮に餡子の内容物。まさに生きた饅頭で、小癪なことに知能があり、人語を解する。
どうみても生命体として成り立っていない摩訶不思議な生命体だ。
このゆっくりさなえはゆっくりの中でも比較的新しい種で、最もポピュラーな種であるれいむ種の亜種らしい。
性格はれいむ種に対して非常に穏やかで、自己主張はせず、献身的。仕込めば家事も少しは出来るらしい。
「……そ、そんなにみないでください……」
じっと見ていると、照れたのかそっぽを向いてしまう。暢気な事だ。
嘆息して、布団を出る。まずは朝飯を食べよう。さなえの事はまずその後だ。
「飯が食いたいならついてこい。後で食べたいといっても昼までは何も出さないぞ」
そう言うと、慌てたように跳ねて俺の後を追う。
台所に着くと、冷蔵庫の中から適当に物を出し、調理する。
気がつけば、大きな皿に一人前、小さな皿に一人前分の料理が出来ていた。
極普通の野菜炒めだ。小さい皿の方は、ゆっくり用に若干薄味に作ってある。
いつも、ぱちゅりーに作っていたものだ。
――――あれから一ヶ月も経つのに、覚えているもんだな。
自嘲気味に笑い、床で待っていたさなえに野菜炒めを出し、釜から飯をよそって自分も食べ始める。
食べ始める直前にふと見てみると、さなえがこちらをじっと見ていた。野菜炒めを食べたそうにしているが、食べた形跡は無い。
「食っていいぞ」と伝えると、控えめにぱくぱくと食べ始めた。躾が行き届いているな。手がかからなくて、楽でいい。
その考えが間違いだと気付かされたのは、それから1ヶ月ほど経ってからだった。
その日は、ぽかぽかと良い陽気で、ゆっくりにとってはさぞゆっくりできる日和だろう。
そう思って居間に行くと、案の定日の光が差し込むサッシの前で、さなえがうつらうつらとうたた寝をしていた。
この1ヶ月さなえを見ていて、あることに気がついた。大人しいのだ。ゆっくりによくある「あそんで!」だの
「おなかすいた!」だの、そういった主張を全くしない。最も構ってやれるほどの精神的余裕はあまりなかったので、
自分が食べる時に一緒に飯を出し、ぱちゅりーが居た頃に買ったものの、余り使うことのなかったゆっくり用のボールを与えて置いた。
その時までは、そういうものなのだろうと思っていた。さなえ種は飼った事がなかったし、実家に居たのはぱちゅりーとまりさだ。
あれだけ種類がいるのだ、1種類くらいは大人しいのもいるだろう、と。
起こさないように足音を殺し、近くに腰を下ろす。ぱちゅりーが生きていた頃にも良くそうしていた事を思い出し、少し陰鬱になる。
さなえがいたおかげで忘れかけていたが、今俺の側にいるのはぱちゅりーではない。ぱちゅりーは、死んだのだ。
「ゆぅ、ゆぅ……」
さなえは、俺に気付く様子も無く眠っている。
その寝顔は穏やかではあったが、時折眉を顰め、うなされているようにも見える。悪い夢でも見ているのだろうか。
そのゆっくりしているとは言いがたい寝顔を見て、俺はまた一つ、あることに気付いた。
俺は、さなえの寝顔をこの一ヶ月見たことが無かったということに。
いつも、さなえは俺より遅く寝て、俺より早く起きていた。飯を食べ、ボールで遊んでいたときも、
満腹感を感じていたり、疲れた様子こそ見せたものの、俺の目の届くところで眠ったりはしていなかった。
確かに、この1ヶ月、あまりさなえと積極的に接しては居ない。良い飼い主だとは思われていないだろうが、流石に異常ではないだろうか。
そしてもう一つ。さなえは、いつも笑顔だった。だが、その笑顔はどこか疲れたような感じがしなかったか。
嬉しさから来るものではなく、諦観からくるどこか空虚なものではなかったか。
前の飼い主は、厳しい飼い主だったのだろうか……そんなことを考えながら、俺の手は自然と、さなえを撫でていた。
起こさない様に、ゆっくりと。日の光で温まった髪が心地よい。
こうして撫でていると、その髪や肌が意外とぱさ付いているのを感じた。ゆっくりできていなかったゆっくりは、
ストレスでこうなる事が多いと聞く。飼い主がゆっくりできていないと感じた場合もこうなるらしい。
おそらく、さなえの場合は後者だろう。ここ暫くの俺は、自分でソレを自覚できるほどにゆっくりできていない。
正直、どんなにそっけなくしても笑顔を向けてくるさなえを鬱陶しいと思ったことすらある。手を上げそうになったことも。
悪い事をしたな、などと思い浮かんで、自分でそれに驚いた。俺は今、さなえの事を気遣ったのか?
どうやらこの1ヶ月は、ほんの少しであるが、俺の心の穴を埋めてくれたらしい。
僅かに胸に広がる暖かい何かに苦笑しながらさなえを撫でていると、指が何かに触れた。
普段は髪に隠れて見えないそこを掻き分けてみると、そこにには黒く、小さな点があった。
ホクロではない、その部分だけ焼け焦げたような痕跡。火のついたタバコを押し付けると出来る痕……根性焼きだ。
その火傷の痕は一つではない。外からでは分からない位置に、いくつもあった。ゆっくりの行動を阻害しない程度に、いくつも。
「なんだよ、こりゃあ……」
知らず、そんな言葉が漏れた。虐待、という単語がよぎる。
ゆっくりに限らず、こういう行為を躾と称して行う者は多い。特にゆっくりは下手に人語を解する為か、
その言動に苛立ちを覚え、虐待に走るものも多い。酷いものになると、拷問まがいの行為を行うものもいるようだ。
このさなえはまだ可愛い方だろう。どうするべきか……そうこうしている内に、さなえが軽く身震いをする。
目が覚めたようだが、身体を振るわせたタイミングが悪かった。
揺れた体が、しかも火傷の痕がある部分が、丁度退け様としていた手に触れてしまったのだ。さなえの身体が、瞬間的に硬直する。
「ご、ごめんなさい! あたたかかったから、つい……ごめんなさい、おねがい、あついのはいや……!」
ゆっくりらしからぬ敏捷さでその場を飛び退き、がたがたと震えだす。
「お、おい……」
なだめ様とするが、聞こえていないようだ。ひたすら、「ごめんなさい」「もうしませんから」「いたくしないで」等と
言い続けている。撫でてやろうと手を伸ばすが、すぐに飛び退いてしまう。
「仕方ねえな……」
正直、手の施しようが無い。
そう認識した俺は嘆息し、部屋を出た。電話をかけるためだ。
それからしばらくして、家の前には俺の友人がいた。一月前、家にさなえを置いていった奴だ。
脇には胴付きのきめぇ丸が立っている。こいつの飼っているゆっくりだ。
こいつと知り合ったのは10年ほど前、俺が上京してすぐになるが……今は置いておこう。
こいつは自他共に認めるゆっくり好きで、色々な方面に顔が利く。今の世の中、ゆっくり好きは何処にでもいるのだ。
俺が絵本を出版する時も、出版社に口を利いてもらったりもした。
こいつの本業は探偵だが、そうして構築した独自の情報網を用い、ゆっくりの保護活動にも精を出している。
虐待を受けているゆっくりや捨てゆっくりを保護し、自然に帰したり飼い主を探したり。
俺の所に置いて行ったさなえも、そうしたうちの1匹なのだろう。
「おう、久しぶり。さなえとは上手くやってるか?」
「やってたら呼び出しなんかしないっての。良いから上がれよ」
居間に通し、とりあえずは茶を入れる。
俺と、友人と、きめぇ丸の分だ。さなえは今ここにはいない。
「おお、かんしゃかんしゃ」
ヒュンヒュンと頭を揺らすきめぇ丸を無視し(癖のようなものなので止めても無駄、と友人は語る)、友人は本題を切り出した。
「さなえは、今どうしてる?」
「上にいるよ。さっきよりは随分落ち着いた」
電話をかけてから友人が来るまでの間に、恐慌状態に陥っていたさなえも大分落ち着いた。
話を聞くに、昔の夢を見ていたところにあれだったので、昔の記憶がフラッシュバックしてしまったらしい。
今は寝室で落ち着いてもらっている。一人になりたいのだそうだ。
「今度は俺が聞く番だな。どういうことだ? お前、さなえを置いて行った癖に何も言っていかなかっただろう」
「受け取るなりワンパンかました奴が言う事か? まあ、言わなかったのは悪かった。
こっちでももう大丈夫だと思ったんだよ。それにさ、心の傷ってのは、中々消えないもんだ。
お前ならあるいは、と思ってな」
それから、友人はあのさなえがどうして保護されるに至ったかを語った。
あのさなえは、元々野良だったものを虐待マニア、いわゆる「虐待お兄さん」が捕まえ、
虐待されていたのだという。虐待されはじめてそれほど経たない内に救出された為にそれほど酷い痕は残らなかったが、
寝るたびに悪夢にうなされ、さっきのようなフラッシュバックなど、心に大きな傷を抱える事となったらしい。
さなえの髪がぱさついていたのは、それが理由らしい。だが少しは、俺のせいも混じってはいるのだろう。
「俺が虐待するとか、そういうことは考えなかったのかよ」
「信頼してたからな」
曇りの無い顔でそんな事を言われ、微妙に居心地が悪くなって顔をそらす。
その時、茶を出して以来口を閉ざしていたきめぇ丸が口を開いた。
「おにいさん、よろしいですか?」
いつもとは全く違う、真剣な口調で話し始めた彼女の声に、俺は思わず居住まいを正した。
「おにいさんのもとにあのさなえをつれていくようにいったのはわたしです。
わたしもまた、かつてはかいぬしをうしない、のらとなりぎゃくたいされたゆっくりだからです。
さなえのきもちはいたいほどわかるし、かけがえのないあいてをうしなったおにいさんのきもちも、
かんぜんではないながらわかるとおもったからです」
驚いた。このきめぇ丸ともそれなりに長い付き合いだが、こんなに饒舌に話したことは無かったからだ。
何より、事態を正確に理解し、それに対処しようとしていることにも。
「だから、わたしはおにいさんとさなえをいっしょにすませようとごしゅじんにいいました。
こころのきずはなかなかきえません。でも、あなたなら、きっとさなえのきずをいやしてくれるとおもったのです」
「だから、お前らは何でそう言い切れるんだよ! 俺がキレてさなえを殺すかもしれないって、何で思わないんだ!」
知らず、テーブルを叩いていた。湯飲みが倒れ、熱い雫が足にかかる。
そうだ、なんでこいつらは、こんなに俺を信用してる。彼女を疎ましく思い、碌に接さず、
さなえに危害を加えようとすら思った俺を。そんな思いは、きめぇ丸の奴が物の見事に打ち砕いてくれた。
「だって、あなたはやさしいひとではないですか。ぱちゅりーがじゅうねんもゆっくりとできたのは、
かいゆっくりだっただけではない、あなたがとてもやさしいひとだからです。
ねがやさしいひとでなければ、ゆっくりとじぶんをどうれつになどみれないはずです」
「だけど……」
「それに、あなたがでんわをかけてきたとき、とてもおこっていたとごしゅじんはいっていました。
みただけではわからないさなえのきずをしったからでしょう? ほんとうにゆっくりのことがきらいなら、
いちいちそんなことでおこったりはしないはずです。なのにあなたはしってすぐにでんわをかけてきた。
それは、あなたがまだゆっくりをあいしているというしょうこではないのですか」
言葉に詰まる。この2ヶ月、あまり外出はしていない。余り人に合いたくなかったのがまずある。
だが、もう一つ理由があった。他のゆっくりに当り散らしそうだったからだ。
さなえを見ていて、なんでこいつが生きててぱちゅりーが死んでるんだ、と思ったこともある。
原因がどうあれ、さなえが大人しいゆっくりでよかったと思う。もし連れてこられたのがれみりゃやまりさだったら、
殺してしまっていたんではないだろうか。そんな事、したくは無かった。
だから外出する時はゆっくりが寝静まる夜にしたし、あまりゆっくりがいそうなところも通らなかった。
ゆっくりを殺したって、ぱちゅりーが戻ってくるわけじゃない。その位は、わかっていたのだ。
「割り切れとも、吹っ切れともいわねぇよ。けどさ、俺たちに出来る事は、ただ悲しむ事じゃないだろ?
死んでいったゆっくりの分まで、ゆっくり生きる。それが、俺たちに出来る唯一の供養だと思うぜ。
それに、お前、忘れてないか? お前が絵本を書き始めた理由。俺は覚えてるぜ」
最後の一言は、ひどく俺の胸を打った。
涙を流している事に気づいたのは、手に雫が落ちてからだった。思い出したのだ、俺が絵本を書き始めた理由を。
この2ヶ月、悲しみに沈みすぎて、そんな事も分からなくなっていた。
気付いてしまうと、胸の奥からこみ上げてくる感情を抑えきることは出来なかった。
立ち上がり、2人に向かって悪いがこれから忙しくなる、今日は帰ってくれ、と伝えると、
2人はわが意を得たり、とばかりににやりと笑った。
足早に居間を出て行くこの家の主人を見て、きめぇ丸は満足げに顔を揺すっていた。
「おお、よきかなよきかな」
きめぇ丸の主人が保護した時、さなえは極度の人間不信に陥っていた。のうかりんや体つきのれてぃなど、
大人しい体つきにすら怯えていたくらいだから、その恐怖はいかほどのものだったろう。
さなえの治療は主に通常種のゆっくりが担当し、今現在の状態まで持ち直した。
まともに会話が出来るようになってから、きめぇ丸はできるだけさなえと一緒に居た。
自分もまた虐待を受けたゆっくりであったから、さなえの力になりたかったのだ。
主人の家には、そうしたゆっくりが沢山いた。皆は、種族こそ違えど家族だという認識もあった。
実は、さなえをこの家に連れてこようと発案したのは、家族の総意でもあった。
自分達は、かつてこの家のぱちゅりーと遊んだことがある。とてもゆっくりしていて、
とても幸せそうなゆっくりであった。2ヶ月前死んだと聞いた時は、皆で涙を流して悲しんだ。
だが、ぱちゅりーは天寿を全うしたのだ。とても身体が弱いぱちゅりーが天寿を全うすることは珍しい。
優しく飼っていても、季節の変わり目などのふとしたことで死んでしまうことが多いからだ。
あのぱちゅりーがそうする事ができたのは、この家の主人がとても優しい人間だったからであろう。
だから、さなえをこの家に住ませよう、この家の主人ならきっとさなえを癒してくれる。そう思ったのだ。
そしてさなえと接する事で、この家の主人の心の傷も癒えて欲しいと。
身体の傷はゆっくりでも癒せる。けど、人間によって受けた心の傷は、同じ人間と接することでしか癒せないのだ。
その逆も、また然り。きめぇ丸は、それを身を持って知っていた。
「さて、お邪魔だろうし、帰るか」
「おお、きたくきたく」
後はさなえとこの家の主人の問題だ。自分達はもう関わってはいけないし、関わる意味も無い。
玄関をくぐる時、この家の主人はもう大丈夫、だが、さなえの方は大丈夫だろうか、という不安がもたげたが、
「おお、ぐもんぐもん」
その言葉と共に外へ捨て去り、この場を後にした。
あの後、俺は寝室の前に居た。色々考えてはみたが、俺にはこうするしか思い浮かばなかったからだ。
さなえと話そう。俺がどういう人間なのか、さなえがどういうゆっくりなのか。
そして何より、俺が絵本を書き始めた理由。それを全うする為に。
そのために、ある物を引っ張り出してきた。ぱちゅりーが死んで以来、物置に突っ込んだままのある物を。
「さなえ、入るぞ」
思えば、さなえの名前を呼んだのは初めてではないだろうか。名前を呼ぶのはコミュニケーションの基本だ。
そんな単純な事も忘れていたなんて、我ながら自分の愚かしさに溜息が出る。
部屋の隅で、さなえはこっちを見つめていた。済まなそうな顔で、苦笑いを浮かべて。
とりあえず立ったままというのも馬鹿らしいので、床に胡坐をかく。
「あー、その、なんだ。取り合えずこっちに来ないか。話がある」
そういうと、さなえは一瞬怯えた顔を見せたが、覚悟を決めたのか、こちらに跳ねてくる。
もう少し言い方は無いのか、俺。そうは思ったが、正直話すのは苦手だ。口を出てしまった以上仕方が有るまい。
「おはなし、ですか?」
その目には、まだ怯えの色が見える。自分が何かしてしまったのだろうか、そんな顔だ。
「ああ、お話だ。この1ヶ月、まともにお前と会話をしたことが無かったからな。
お前や、あいつらのお陰で色々と忘れかけてたものを思い出せたよ。ありがとう」
まずは、素直に気持ちを表してみた。当のさなえは凄く戸惑っているようだ。まあ無理も無い。
今まで自分に大して感心を持っていなかった新しい飼い主が、いきなり穏やかな笑みで感謝の意を表したんだ。
俺ならまず引く。
「え、ええと、その、え……?」
おお、戸惑ってる戸惑ってる。まあ、引かれなかっただけいいか。
「まあ、普通は戸惑うよな。ちょい前とは全然態度違うし。どっちかっていうと、こっちの方が素なんだわ」
さなえの頭を撫でる。すこしぱさついた、緑の髪。そこから感じるさなえの体温は、とても暖かかった。
始めは何をされるのかと怯えていたさなえも、俺に害意が無いのは伝わったらしい。
身体の力を少し抜いて、くすぐったそうにしていた。
……おっと、そろそろ本題に入ろう。気持ちよさに時間を忘れるところだった。
「そういえばさ、お前って、字は読めるのか?」
その問いに、さなえは俺の意図をはかりかねたようだ。怪訝な顔でこちらを見ていたが、
少しして、頷いた。
「ひらがなくらいなら、よめますけど……」
「なるほど、それだけ読めれば十分だ。実は、見てもらいたいものがあってな」
さなえの前に、先ほど物置から引っ張り出したものを置く。
大き目の四角い紙を何枚も束ねたもの。表紙には、野原で楽しそうに跳ねるぱちゅりーの姿があった。
つまるところ、絵本である。タイトルは「ゆっくりぱちゅりーのたび」。
飼っていたぱちゅりーをモデルに、俺が描いた絵本だ。一番初めに出版された本でもある。
「俺の描いた絵本だ。ちょっと、読んでみてくれるか。めくるのが苦手なようだったら、俺が読んでやるけど」
首を振るさなえ。どうにか読めるようなので、とりあえず読ませておく。
この絵本は、独り立ちしたぱちゅりーが様々な苦難を乗り越え、途中で出会った仲間と共に
ゆっくりプレイスにたどり着くまでを描いている。どこにでもあるような陳腐な話ではあるが、
だからこそゆっくりにも分かりやすいのではないかと思っている。
この絵本は、どちらかといえばゆっくりに向けた絵本なのだ。ゆっくりでも楽しめる絵本。
それが、俺が描きたかった絵本なのだった。
さなえを見ると、すっかり絵本に夢中のようだ。瞳を輝かせ、食い入るように絵本を読んでいる。
さっきも言ったが、俺はあまり話すのは得意ではない。だから、俺は絵本を読んでもらった。
この10年、いや、物心付いてから、ずっと絵ばかり描いてきた。
主なモデルは家にいたゆっくり達だったので、ずっと、ゆっくりばかり描いてきた。
絵本を描こうと思い立ったのもそのせいだ。家にいたゆっくりの片割れ、
ぱちゅりーが本を読みたいというので、ストーリー仕立てにした絵を束ねて読ませたのが始まりだったと思う。
その時、ぱちゅりーだけではなく、ほかのゆっくりもとても喜んでくれたのが、とても嬉しかった。
その頃から、ずっと思っていた。ゆっくりでも、ゆっくり楽しめる絵本が描きたいと。
それを読んで、楽しんでいるゆっくりの顔が見て見たい。一緒に楽しんで、喜びたい。
ゆっくりが好きで、口では表し難いその感情を表に出す手段。それが絵本。そしてそれが、俺の原点なのだ。
だから、さなえにも知って欲しい。目の前の人間が、どのくらいゆっくりが好きかと言うことを。
ゆっくりを虐めるような恐い人間ばかりではない。ゆっくりが好きで好きで仕方ない、
そんなどうしようもない人間も、この世界に沢山いるのだと。
少しして、早苗は絵本を読み終わった。その顔には、笑みが浮かんでいる。
いつもの、どこか空虚な笑みではない、見るものを癒すような、暖かな笑みを。
「……なあ、さなえ」
「は、はい」
若干緊張した面持ちで、さなえが返す。まだ完全に怯えが抜けたわけではないようだが、そんな事はいい。
あとは、時間が解決してくれるだろう。
「それを見て、どう思った? なにか、感じる事はあったか」
さなえは少し何かを思い出すように宙を見て、
「とても、うらやましかったです。こんなふうに、ゆっくりしたい……」
「すれば良いさ。ゆっくりすんのが、ゆっくりだろ?」
そう言うと、おずおずとこっちを見上げてくる。その口が何かを言いかける前に、その身体を拾い上げて足の間に乗せる。
柔らかくて、暖かい感触が心地いい。久しく忘れていた感触に、自然と顔がほころぶ。
「お前が来る前に、ウチで飼ってたぱちゅりーのことは知ってるな? その絵本はさ、ぱちゅりーがせめて物語の中でだけでも
外で元気にゆっくりさせてやりたくて描いたんだ。ぱちゅりー種は身体が弱いから、 中々この絵本みたいにはいかないからな」
早苗の頭をなでながら、言葉を続ける。
「前の飼い主はかなり酷いやつだってのは聞いたよ。でも、お前はもう俺んちのゆっくりだ。
お前を虐めるやつなんて、この家にはいない。居るとすれば、ゆっくり好きの絵本描きが1人いるだけだ。
好きなだけゆっくりすればいいし、少しなら我侭だって言ってもいい。
今までずっと辛い事ばかりだったなら、これからずっと幸せになればいい。
な、さなえ。お前が居たいと思う間だけでいい。野生に戻りたいならもとの山に返してやるよ。
だからさ……それまでは、この家でゆっくりしてけよ。俺も、お前とゆっくりしたいからさ」
返事はない。ただ、早苗の身体が小刻みに震えていた。少しして、足からズボンが濡れたような感触が伝わってくる。
それから暫く、俺はさなえの頭を撫でながら新しい絵本の構想を練っていた――――――
あれから、また一ヶ月が経った。俺とさなえの関係は、概ね良好といった所だ。
元々献身的なゆっくりだったので、食器を運ぶくらいなら手伝ってくれるし、何より騒がしくないのがいい。
普通のゆっくりに比べて控えめなものの、自己主張もするようになった。
今までの分を取り返すように甘えてくるので、可愛くて可愛くて仕方が無い。
友人にそのことを話すと、「あーはいはいごっそさん」とぞんざいに聞き流しやがったのでとりあえず膝を叩き込んでおいた。
全く失礼な奴だ。主にさなえに。
ともあれ、俺は家路を急いでいた。年の瀬が迫っていたので、色々と買い込んで来たのだ。
さなえと過ごす初めての大晦日。除夜の鐘をつきにいこうか、コタツに入って紅白でも見ようか。
今から色々と楽しみで仕方が無い。顔がだらしなくにやけているのが鏡を見ずとも分かる。
玄関の前に立つと、軽く顔をマッサージして普通の顔に戻す。軽く深呼吸し、まるで新婚さんだな、
などと苦笑しつつ玄関を開ける。そこでまず最初に見たものは、
「ゆっくりしていってくださいね!」
見違えるように艶やかな髪になった、さなえの暖かな笑顔だった。
おしまい
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どうも、初めまして。ゆっくりに対する愛情を抑えきれずに、1本書いてしまいました。
SSを書くのはほんと久しぶりなので、色々拙い部分もあったかとは思います。お目汚し失礼いたしました。
ゆっくりは良いですね。なんかこう、忘れてたものを思い出させてくれた気がします。
続きと言うか番外編と言うか、そういうものも思い浮かんではいるので、
ちょくちょくこの絵本描きのお兄さんとさなえをご覧に入れる機会もあるかもしれません。
その時が来ましたら、どうかまたよろしくお願いします。
最後になりましたが、愛でスレ住人の方々とゆっくりに、心からの感謝の意を。
本当に有難うございました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- スレにて「ぱちぇりー」となっている部分がある、との指摘を受け
その部分を修正。有難うございました。 -- 作者 (2008-12-31 17:33:07)
- 年の瀬にふと寄ってみた結果がこれだよ!!泣いた・・・(;_;)
キャラクターの心情が綺麗に描写されてて読みやすかったです。乙!! -- 名無しさん (2008-12-31 21:41:29)
- これは・・・いいね、年明け最初に読んだSSがこれで良かった、作者さん乙です -- 名無しさん (2009-01-01 00:37:25)
- いいお話♪
さなえ幸せになれてよかったよかったー!
あ、あけましておめでとうございます。
ことしもゆっくりしていってね!!! -- ゆっけの人 (2009-01-01 09:58:15)
- 感想、有難うございます。
スレのほうでも「心が温かくなった」等の感想をいただき、作者としては嬉しい限り。
辛い展開や描写などを描くのは苦手なので、後半に至るまではほんと胃の痛みとの戦いでした。
しかし耐えただけはある作品に仕上がったようなので、報われた気分です。
色々描きたいものは多いので、ゆっくりとお待ちいただければ。
そういえば、コテなんかは名乗っておくべきなのでしょうか。
書いた作品を末尾に記している人も多いので、大丈夫かなぁとも思うのですが。 -- 作者 (2009-01-01 17:39:46)
- 新年早々いい話です。あけましておめでとうございます。 -- 名無しさん (2009-01-01 21:18:08)
- ( ;∀;)イイハナシダナー
いや、心が温まる素晴らしいお話でした。年明けからいいものを読ませて頂きました。 -- 名無しさん (2009-01-02 00:40:52)
- 今年の初泣きだよチクショウ -- 名無しさん (2009-01-08 00:14:45)
- うあああぁぁぁぁぁ
さなえさあぁぁぁぁあん・゚・(ノД`)・゚・。
良い物読まして貰いましたぜ…GJ! -- 名無しさん (2009-02-08 01:01:34)
- 感想有難うございます。
概ね好評のようで、嬉しいやらこそばゆいやらw
リアルでは色々厳しいご時勢ですが、そんな中でもゆっくりする一助になればと思います。
4本書いて色々と面子も増えてきましたが、多分まだまだ増えます。
ゆっくり愛の続く限り。
それではみなさん、これからもゆっくりしていってくださいね! -- 絵本描き (2009-02-09 19:52:05)
- 話もいいし、なによりも感情の描写がとてもうまいと思います。
ああ、俺もこれくらいうまくなりたいなorz -- 名無しさん (2009-07-11 16:12:38)
- 何度読んでもこのSSはいいな -- 名無しさん (2009-11-24 01:28:20)
- 心が温かいです♪ -- 名無しさん (2010-04-09 13:31:59)
- ↑2 同意!
-- 名無しさん (2011-02-11 11:09:56)
- やさしい気持ちになれたよ。感謝! -- 名無しさん (2011-03-12 19:07:23)
- その絵本読みたい=w= -- ゆっくり愛護団体団員 (2011-03-22 11:58:05)
- 一箇所だけ「さなえ」が「早苗」になっています。 -- 名無しさん (2011-03-25 14:24:48)
- 見事な話ですぅ。・°°・(>_<)・°°・。 -- 名無しさん (2012-07-23 23:55:53)
- アニキィ!! -- 名無しさん (2012-07-26 20:04:14)
- 温かい話で和んだよ -- 名無しさん (2012-08-06 02:34:42)
- 俺も漫画書いてる -- アレックサンダーレッチェルクロードスレイトン (2013-04-23 04:35:24)
- 和みます~ -- 名無しさん (2013-12-22 22:31:51)
- 大人しいとはおとなしい?それともおとならしい? -- 名無しさん (2014-07-17 21:18:18)
- いい話でした!うぽつです! -- 名無しさん (2015-03-21 07:52:33)
- 泣けた
-- 咲夜好き (2015-09-08 23:07:50)
- 虐待してないのもめっちゃいいな😢 -- Cana (2024-08-15 00:38:00)
最終更新:2024年08月15日 00:38