「お、おねぇさん……ほんとにかえるの?」「かえるの?」
とちぇん親子は不安そうに籠の中から私を見上げてくる。
「帰らなければこの部屋にいれなくなる……(金銭的な意味で)」
「それはこまるよぉ!」「こまるよぉ!!」
体を震わせ、こまることを身をもって表すちぇん親子。
「そう、だから行かねばならない……それがたとえナマハゲのいるところでも!」
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」」
季節はもう年の暮れ・師走である。 また長い時間電車を乗り継いで帰ってきた私は母に拉致られ、男鹿に連行されていた。
「「がたがたぶるぶる……」」
来る前よりは酷くは無いが籠に入れているちぇん親子は行きの車から震えっぱなしである。
まぁ無理も無い、あたしが子供の頃もこんなもんだった。この時期(年末年始)はナマハゲさんがやってくるのだからしょうがない。
いつから彼等が私の産まれ故郷に現れたかはぶっちゃけた話不明な土地神である。
伝承によると大陸からわたってきた稀人神ともシベリアの向こうから来た白人の末裔とも言われている。
まぁ、どちらにしろ今日も凋落せずに元気に生活しているのだから根性のある神様なんだろう。
何かと物騒な世の中だ。是非とも地元の人気者には元気でいてもらいたい。
まぁ、知らんままだと恐いと思うので今日はナマハゲさんが来る前にちぇんにもわかるナマハゲ講座をやってみようと思う。
「ぱちぱちぱちぱち」「ぱちぱちぱちぱち」
……拍手は声で代用か。
「この奇妙な風習にまつわる伝説はまたいろいろある。現在有名なのが「武帝説」って奴だな」
「お姉ぇさん、ぶていってなぁに?七ふくじん?」「なぁに?」
最近、親ちぇんは少しなら漢字を読めるようになってきた。 あとちぇん、それは多分「ほてい」だ。
ちぇんが来る以前見たテレビに出てきた学者曰く『仲良くしてれば賢くなる』らしいのだが、
なんだそのファー○ィと昔は一笑に付したものだ。しかし、実際に見ると……そのなんだ、
可愛いにも程があるぞ! ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!
いかんいかん。冷静になれあたし……ステイステイ。
「武帝って言うのは大陸のえらい王様……らしい。」
「どすまりさみたいに?」「どすまりさみたいに?」
たまにゆっくり達の話に出てくるんだがドスまりさってなんなんだ?
ゆっくりまりさは見たことあるがまさかあれの違うパターンなんだろうか。
「あたしはドスまりさは見たことないからなぁ………、まぁそんなもんだと思うよ?」
(ナデナデとちぇん親子の頭を撫でながら)
ちぇん達は気持ちよさそうに目を細めている、あぁもう可愛い。
気を取り直して説明を続ける。
「まぁその武帝が五匹の鬼を従えて男鹿……あたしの実家より少し上だな、に渡り、一日だけ鬼たちに自由を与えたんだ」
「おにさんならよくゆっくりすいかといっしょによっぱらってたよ!」「わからないよぉ!」
……おまえが前に住んでたところホント気になるな。
「まぁそれで喜んだ鬼たちが初めての人間社会への外出とあって畑を荒らし、娘をさらい、村人たちを散々に苦しめる乱暴を繰り返した。
まぁ、世間知らずなやつだったんだな? おまえ(親ちぇん)のところにもそんな奴いなかったか?」
「ちぇんのすんでいたところにもお家どろぼうがいたよ! ヒドイ話だよね、プンプン!!」「ひどいね!」
「ああひどいな。さすがに村人たちもこれには困って、鬼たちに賭けを申し入れた。
『海辺から山の頂上まで、一晩で、しかも一番鶏が鳴く前に、千段の石段を築くことが出来たら、娘を毎年一人ずつ差し出そう』
ってな?」
「せんってどのくらいなの?」「なの?」
……お金で言うならこのチョコ(チロルチョコ)が大体50個買える値段だ。といったところ
「すごいね!」「すごいね!」
「そう、ふつうだったらそんな数が一日でできるわけ無いんだよ。 人間やゆっくりだったらな
鬼共は日の暮れるのを待って石段造りに取りかかった。
山から大きな石を抱えて門前までひとっとび。あれよあれよとしている間に石段が築かれていった」
「おにさんたちすごいね!」「すごいね!!」
「まぁ凄いが人間からすればたまったもんじゃないな。おまえさんたちも一年に一度子供や仲間攫われちゃ嫌だろ?」
「いやだよぉ!」「おかぁさぁぁん!!」
ひしっと抱き合う?ちぇん親子。
「あぁ大丈夫大丈夫、今のナマハゲはそんなことしないからさ。ほらオランダせんべいでもお食べ」
パリパリ
「しょっぱくておいしいよぉ」「おいしいね!」
(あぁもふりてぇ……)
「話を戻すけどこれでは一番鶏が鳴く前に完成してしまう。
慌てた村人は鶏の鳴き声の上手な天邪鬼に頼んで、千段まであと一段というところで、
コケコッコーとやってもらった。鬼共ははね上がって驚き、逃げていったそうだ、以上がナマハゲの昔話」
「ずるいよ!」「ずるいよ!!」
とちぇん達は頬を膨らませている。
「ずるいけどそうでもしないと家族攫われちゃうわけだからな、必死だったんだよ。
まぁ、問題はその後だ。乱暴な五匹の鬼、まぁちぇん達に換算するとれみりゃだな、をいわばだまし討ちにして追い払ったわけだ」
「れみりゃはこわいよ!」「がたがたぶるぶる……」
「だろ? 昔の人もズルイのを理解してやってたんだよ」
「ゆぅ……」「わかったよぉ」
「まぁズルをしたのは変わらんからその鬼たちの祟りを恐れて、年に一度村人は鬼達をもてなし山に帰ってもらう、
という行事がなまはげの始まりとも伝えられているわけだ。りかいできた?」
「「ゆっくりりかいしたよ!」」
と声を揃えて唱和し返すちぇん親子。
「あと、ナマハゲもいろいろ考えたのか今は怠け者を成敗する神様になったんだってさ」
嘘はついていない、ナマハゲが持つ出刃包丁は火鉢に当たりすぎると出てくる怠けだこを採るために持っているのだ。
決して哀しみの向こう側に連れて行くためじゃあない、多分。
「おまえ等は最近は食器運ぶの手伝ってくれたりしてくれてるから、怠けてないからひどい目にはあわないよ」
「よかったよぉ……」「これでゆっくりできるよ……」
ひどい目にあうかあわないかはちぇん達にとっては大事なことだったらしく、みるみるうちに体がふにゃらかと伸びていく。
「ずっと丸かったが緊張状態だったのか、アレ……」
「「Zzz……」」
「しかも寝てるし!」
まぁ車の中なので寝ていた方が良いだろう。なぜなら……
「怒涛のヘアピンカーブぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ギャァァァァァァァァァァァァ!!」
母はスピード狂だからだ。 薄れ行く意識の中速度計を見たら140キロって見たことも無い数値を見たような気がした。
そしてまぁいろいろあって夜が来た。
遠くから声が聞こえてくる。
「なぐごばいねぇがぁ!」(泣く子はいないか)
「わりぃごばいねぇがぁ!」(悪い子はいないか)
「ほじなしばいねがぁぁぁぁぁぁぁ!」(だらしねぇ奴はいないか)
そしてわぁきゃぁ、うわぁぁぁぁぁぁん! 、と子供の悲鳴や泣き声もセットだ。
相変わらず最初から飛ばしてくれている……、余談だが私はナマハゲを見たとき恐怖の余り背中のチャックを探したものだ。
「やっぱりこわいねぇ……」「こわいねぇ……」
「だけどないちゃだめだよ、おちびちゃん! ちぇん達はわるいことしてないんだから!!」「そうだね、おかぁさん!」
と子ちぇんを元気付けている。悪いことの方は多分閻魔様か何かと勘違いしてると思うんだが、ここで水をさすのは野暮なので黙っておく。
まぁ、あの顔は散々見せたから泣きはしまい。
そして家の前に足音が近づいてきて、角踏みの音が響いた後ナマハゲが騒がしく家の玄関をあけ、今私達がいる居間の襖を開けた。
そして『ナマハゲ』を見て
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
盛大な悲鳴が上がった。
「わりぃごは……ってなんだぁぁぁぁ!?」
「「わからないよぉ!わからないよぉ!!」」
ちぇん親子は混乱のあまり、部屋中を跳ね回っていた。天井、壁、床とその動きは縦横無尽。
ピンボールを考えてくれればわかりやすいだろうか。
「こ、こら。落ち着けちぇん!一応、この人たちがナマハゲさんだ!!」
それを聞いて、ちぇん達は天井辺りで動きを止め、畳の上に落ちてきた。
これはあたしも忘れていたのだが、ナマハゲは実を言うと全て同じ形の仮面を被っているわけではない。
その集落ごとに仮面があるのだ。そしてこの集落の仮面は……ノッペリとした 角の無い 真っ白なものだった。
「しまった……仮面違うとこだったのを忘れていた。おぉい、ちぇんだいじょ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!?」
ちぇん親子の口から魂にゆっくりの顔がついたものが今にも抜けようとしていた。
「ぬ、抜けちゃダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
とりあえず口に魂らしきものを押し込み、ナマハゲの皆様には事情を説明し仮面を外してもらい(相変わらず中の人は厳つい皆様である)、
ちぇん親子の回復を確認し、それから悪事に訓戒を与え、災禍を祓ってもらい、祝福を与えてもらい、帰っていった。
「おかおがちがってたからおどろいちゃったよ!」「おどろいちゃったよ!!」
「すまんなぁ、教えるの忘れてて……」
その場はそれですんだ。
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「じゃぁ、年始周り言ってくるから大人しくお留守番してるんだぞ?」
「「ゆっくりいってらっしゃい!」」
おねぇさん達がいなくなった後ちぇん親子はコタツでぬくぬくしながら年始のテレビ番組を見ていた。
「おかぁさん、あのにんげんさんすごいねぇ!」
と子ちぇんは耳をパタパタしながらテレビの新春隠し芸に興奮している。
「そうだねぇ、かささんでくるくるますさんを回せるなんて人げんさんってすごいねぇ」
と実にゆっくりしている。
「あ、こまーしゃるだよおかぁさん!」
「そうだねぇ、かれーのこまーしゃるがたくさんながれてるねぇ」
「そうだねぇ」
年始番組のコマーシャルの時間は結構長い。そして、車のCMに入った。
「なぁまはげなぁまはげらんららんらんらん♪(実際にあったCM)」
そこには元気に踊り狂うナマハゲさん達の姿が!
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
あたしが家に帰ってきたらちぇん達は尻尾を向けてガタガタと震えていた。
そう、またもや失念していたのだ。なまはげカ○ーラという車が売っていたのを……。
そして、そのCMにはアグレッシブなナマハゲさん達がでてくることを……。
書いた人・猫が飼えない人
後書き・とりあえずの非完全版です。こっそり置いておきます。
ナマハゲカローラは本当にあります。
最終更新:2009年01月01日 22:21