幸せ虎、あるいはハッピータイガー
外れた履帯は既に錆付き、転輪もまた同様だった。
車体は塗装が施されていたのがかろうじてわかる程度で、砲塔の横腹に、撃ってくださいと言わんばかりの赤地の上に、さかさまに『福』の字が描かれている。
倒福といい、中国の故事に由来するといわれている。旧正月などに幸せを願って描かれる、縁起のよい図柄だ。
それが中華料理屋に描かれていたならば普通であるが、かつてこの地上に存在した第三帝国のⅥ号戦車ことティーガーに描かれているのだから、この光景はある意味で異様とは言えた。
だが、もっと異様だったのは、その戦車の砲塔のハッチが開き、中からなにやら生首のような、丸っこい生き物が現れたのだ。
いや、生き物と呼ぶのが適切かどうか。
むしろナマモノと呼称したほうが確からしい。そういう物体であり、要はゆっくりとかいう代物である。
出てきたのは赤いリボンと、それと同じ色の髪飾りを黒い髪につけた『れいむ』と一般的に呼称される種族である。
そのれいむのどことなく苛立ちを覚えさせる自慢げな表情は、傾いた日の光で物寂しくも見える。
「……」
ぐう、という腹の音。要はお腹が空いていただけであった。台無し感で一杯である。
「……なにやってるんだぜ? れいむ」
黒い帽子を被った、同じくゆっくりの『まりさ』が現れる。こちらは対照的に金髪であった。
「おっちゃんが亡くなって、もう何年になるかな……」
「……」
れいむの自慢げな表情とは対照的に、まりさは突っ込みたくて仕方が無い、という表情をしている。というのも。
「いや、おっちゃん生きてるし。バリバリ脱出してたし」
「黙れ小僧!」
「めっちゃ同い年だよ!」
単に二人とも逃げそびれて、その二人の世話をしていたおっちゃんが死んだものと思って脱出して、
ものの見事に置いてけぼりを食らっただけであった。悔し紛れに気分を出していただけである。
「ゆっくりしすぎたけっかがこれだよ!!!」
「10年もここでくらしてるよ!!!」
「……ちっ、こまかいわね」
「細かくないよ!ぜんぜんちがうよ!」
はあ、とれいむはため息をついて、やれやれ、と言いたげに口をすぼめ、くりっとした目を半目にする。
まりさはため息をつきたいのはこっちだよ! と抗議したそうにしているが、
突っ込んだら負けなのがわかっているので、膨れて涙目になりながらも突っ込まない。
「……食事、とってきてね」
「ゆっくりとってくるね!」
「いいから早く行って来てね!」
もう突っ込むのも疲れた、と言いたげにまりさは滝のような涙を流しながら、砲塔にもぐりこもうとしている相棒のれいむを追い出す。
といって、お互いに居なくなったら居なくなったで、突っ込み不在のボケと、ボケ不在の突っ込みという末期的漫才になるので、いまだにくっついている。
何のかんの言って、お互い仲は良いのである。
そして、住処にされている幸せ虎は、またやってる、と言いたげに鈍く輝いていた。
かつての戦場は、今では漫才の舞台であった。
それが良いことなのか、悪いことなのかは、少なくとも住んでいる二人か二匹かわからないナマモノがそれなりに幸せそうなので、良かったということにしておこう。
……むしろ、そうしておきたい。
written by ゆっくりと動物の人
あとがき
むしゃむしゃしてやった。いまは反芻している。
元ネタは小林源文のハッピータイガーです、影も形もありませんが。
- ゆっくりはどこにでもいる。戦場に居てもおかしくは無いか……
ある意味平和の象徴とも言えるかも知れませんね。 -- 名無しさん (2009-01-01 22:41:39)
最終更新:2009年01月01日 22:41