新・アリス×ゆっくり魔理沙

今日の霧雨魔理沙は茸狩りに勤しんでいた。といっても今回は計画性に乏しく、それらしき場所を勘で探るという適当極まりない手法だった。
当然収穫も芳しくなく、そろそろ帰ろうかと思い現在地を確認した時に魔理沙はふと気がついた。
「そういえば、ここはあいつん家の近くだな」
あいつとはアリス・マーガトロイド。七色の人形遣いである。その家はあまり人目に付かない場所にあるし、彼女自身も滅多に人前に顔を見せない。かといって人嫌いではない。意味なく他人と慣れ合わず、目的的交流しかしない性格故のふるまいである。
魔理沙はアリスのそういった性格は何となくわかっていた。
が、
「茸も集まらなかったし、息抜きにたまには寄ってみるかな」
その性格を気遣おうとしたことは特になかった。

とりあえず居るかどうかを確かめるために魔理沙は扉に近づいた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「うわっ!」
扉を開けた瞬間に見えたものは、やけに丸みを帯びた自分の生首、いや生頭だった。
「ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしていってね!!!」
「な、なんだこいつ!」
魔理沙の周りを生頭が右往左往に跳ねまわる。意外な生物の意外な場所での襲来に魔理沙はただただたじろいでいた。
「静かになさい、まりさ!」
「ゆっ!」
聞いたことのある声とともに、見なれた姿が奥から現れる。魔理沙の生頭は縦に縮み、その分少し横に長くなった。顔を見るに落ち込んでいるようだ。
「よぉ、アリス。なんなんだこりゃ?」
魔理沙が生頭を指し尋ねる。ずいぶん質問が抽象的だが、始めてそれを見た者はそうとしか訊きようがない。
「家の周りで騒いでるのを最近見つけて、捕まえたの」
「……アリスが作ったんじゃないのか? 私の顔してるし、髪型も帽子も同じだし。ナリが作為的だ」
アリスはそう来ると思った、といった感じのあきれ顔をする。
「生物生成は専門外よ。……まあ、ここまで似てたら疑われるのも仕方ないわね。特に弁明するつもりはないわ。帽子も最初見たときから被ってたし、髪もその髪型だった。私は魔理沙が化けたものかと思ったわよ」
魔理沙はちらと生頭の方に目を向ける。生頭は激しく跳ねまわることはしなくなったが、そこらを小さく跳ねまわっている。顔は……笑っているようだが、眉を潜めており、何とも不自然な表情だ。
魔理沙はアリスの方に向きなおした。
「ふーん、まあいいけどよ……こんな騒がしそうなの、何で家に置いてるんだ? アリスうるさいの嫌いだろ」
「そうねえ、見た目もどこかのうるさいやつに似ているしね」
「はは……きついこと言うぜ」
ふう、とアリスが小さく溜息をつく。
「お茶ができてるんで、奥で話さない? どうせ暇つぶしにきたんでしょう」
「いいねえ。ご馳走になるぜ」
「どうぞ」
奥に入っていく二人に続いて、生頭が続いた。



奥にはすでに二つのティーカップとお茶受けが並んでいた。アリスのことだ、魔理沙の気配に気づいて先に用意しておいたのだろう。お茶を入れているアリスをしげしげと魔理沙が見つめている。
「いっつも思うんだが、こういうの全部人形にさせないのか?」
「やってみたことあるんだけど、二度としないわ」
はい、とアリスは湯気の出たティーカップを魔理沙に渡した。
「なんで?」
アリスは自分のカップにお茶を注ぎながら答える。
「操って用意させる方がずっと面倒なのよ」
「そういえばそうだな」
ずず、と魔理沙が一口。
「自律人形が完成すればねえ……ほら、来なさい、まりさ」
魔理沙は一瞬首をかしげたが、例の生頭が寄ってきたことでああ、と頷いた。
「ゆっゆっ」
跳ねながら生頭がアリスに寄って来る。
「なあ、そいつの名前は」
「まりさ、よ」
「なんつーか、こう……」
「変える気はないわよ」
「ん、ん……」
アリスは膝元まで来たまりさを抱えて、膝の上に乗せた。続いてお茶菓子を手に取り、まりさの口元に運んだ。
「ゆっ! ゆっ!」
「こうしないとこぼしちゃうのよね。手がないから」
「ああ、なるほど」
魔理沙はアリスがまりさに餌をあげている様をぼうっと見ていた。妙な光景だ。他人に世話を焼かないやつが自分の生頭の世話をしている……
「なに、魔理沙も食べさせてほしいの?」
アリスが小さく笑う。
「わ、私は自分で食べるぜ!」
魔理沙は急いでお茶受けを口にいれ、流し込むようにお茶を一口飲む。順番が逆だ。
「むーしゃむーしゃ」
「しあわせー!」
微笑むまりさを気にする様子もなく、アリスはまりさの金髪を撫でた。
「髪は使ってるの。人形の素材にね」
「なんだ、やっぱりそう言う目的か。髪って切ってもまた生えてくるのか?」
「そうみたいね。その辺は人間と同じ。代謝もあるし、栄養も食事で取り入れる」
「あとは身体があれば完璧だったんだがな」
魔理沙はそう言った直後、自分の身体にまりさの頭が付いている姿を想像して少し寒気が走った。
「そうでもないのよね」
「?」
「まず消化だけど、人間でいう消化器官が見つからないのよ。だから当然、と言っていいのかしら、排出もしないわ」
「そりゃ不思議だな。……ん?」
魔理沙の頭にひとつ疑問が浮かぶ。
「もっと驚きなのが、体の中に柔らかい固形物が詰まってる――いえ、固形物しか詰まっていないのよ」
「……」
アリスはこの生頭のことを幾らか知っているようだ。が、
「その固形物だけど、どうも食べられるみたいなのよね。人間の文化で言う甘味に近いみたい。特に味が似てるのは、餡子ね」
どうやって調べたのだろうか……?
「な、なあアリス。それってどうやって」
「解剖したのよ」
アリスが小さく微笑むのを見て、魔理沙が椅子に座ったまま少し後ずさりする。
「何を驚いてるの? 生物の解剖だなんて、魔法使いなら誰でもやったことあるでしょう」
「ゆっ?」
雰囲気が掴めてないのか、まりさは相変わらず抜けた顔をしている。
「そりゃ、そうだが」
アリスの言っていることは正論だ。だが、自分とそっくりの生き物が解剖されている様は考えるに堪えない。解剖しているのが自分と多少の因縁のある相手だと尚更だ。魔理沙は言い返す言葉が見つからずに俯いてしまう。アリスはそんな魔理沙をやれやれ、といった表情で見ていた。
「魔理沙。ところで今日のお茶受け、どうだった?」
「ん……ああ! うまかったぜ!」
話題を変えたかった魔理沙はやや大げさに答えた。それでもアリスは満足なのか、満面の笑みを浮かべる。
「良かったわ。今日のは新作だったから、喜んでもらえて光栄よ」
「そうなのか! そういえば新鮮な味がした気がするぜ」
「最近手に入るようになった材料を使ってるからね」
「へー、それなんて……」
魔理沙の表情が怪訝なものに変わっていく。
「特製の、餡子よ」
魔理沙の顔から血の気が引いていく。喉が咽せ、手のひらで口を塞ぐ。
「うぐ、ぐっ」
「どうしたの? 顔色悪いわよ?」
「ゆーっ」
アリスが立ちあがると、膝に乗っていたまりさが転がり落ちた。椅子から立ち上がったアリスの口元は微かに緩んでいた。それに反応して、魔理沙は後ろに椅子が倒れそうなほどの勢いで椅子から飛びあがる。
「あ、アリス、心配いらないぜ」
アリスがゆっくり近づく。魔理沙がゆっくり遠ざかる。まりさはゆっくりと二人を見つめている。やがて魔理沙は壁に追い詰められた。
「ねえ、魔理沙」
アリスは魔理沙の頬にそっと手をかける。
「な、な、な、なんだぜ」
「まりさ、あの子ね、捕まえたときはすごく行儀が悪かったの。やたら『ゆっくりしていってね!!!』って騒ぐし、家じゅう跳ねまわって家具を傷つけるし……」
魔理沙の頬をアリスの白い手が滑らかにつたう。
「言っても聞きそうになかったから、折檻したんだけど、ついやりすぎちゃって……中まで見ちゃった」
残された方の手を残された方の頬に寄せる。
「舐めると、甘かったわ……とっても」
「あ、アリス、急用が……」
恐怖で口をつぐんでいた魔理沙がやっとのことで口を開く。アリスは聞かない。
「ねえ、魔理沙……」
二人の顔が口づけをしてしまいそうなほどに近づいた。


「本物の魔理沙は、どんな味がするのかしら……」


「か、勘弁してくれーーーーーーーっ!!!!!」
「きゃっ!」
金縛りが解けたかの様に魔理沙が急にアリスを突き飛ばした。飛ばされたアリスはバランスを崩して倒れる。
「ゆぎっ!!」
アリスには運のいいことに、まりさには運の悪いことに倒れた先にはまりさがおり、クッション代わりになった。
体制を立て直したアリスが出入り口を見ると、乱暴に開け放された扉の向こうに箒に跨って虚空に飛び立っていく魔女が見えた。
「けほっ、けほっ」
舞った誇りをすって軽く咳をした後、アリスはまりさの方に目をやった。
「…………!!!」
口の下あたりに切れ目が入って中身が漏れ出しているのを涙目でまりさは堪えていた。
「泣かなかったのね。この前とは大違いだわ」
アリスはまりさを拾い上げ、傷口を優しく撫でる。
「……とはいえ、今回は私が悪いわね。ごめんね、まりさ」
「……ゆぅっ」
(この前ここで暴れまわったときに家具に押し潰されてできた傷に比べれば随分浅いから大丈夫ね。あの時は酷かったわ。ほとんど中身が漏れ出してたもの。治療法がわからないからあの時はかなり疲れたなあ……まあ、そのおかげでいろいろとこの子の身体についてもわかったのだけど)
「さ、怪我の手当してあげる」
「ゆ……」
「どうしたの?」
「あのまりさにそっくりなおねえさん、また来る?」
「ああ……あれだけ脅かしたから、しばらく来ないわね。これでしばらく静かにお茶が飲めるわ」
そう呟くとアリスはまりさを抱えて別の部屋に移った。




出入り口の空いた扉から風が吹き込んでくる。吹き込んだ風はお茶をしていた部屋まで流れ込み、戸棚に置いてあった一枚のメモが床に落ちた。

"今回の人形劇も楽しませていただきました。子供達もずいぶんと楽しんでいたようで、次にマーガトロイド様が来られるのを皆心待ちにしております。つまらないものですが、商店街の製菓店の新作です。まだどこにも出回ってない、珍しいお菓子です。紅茶との相性がとてもよいので、ぜひお試しください"



  • 面白かったです。不安を感じる展開は新鮮。 -- 名無しさん (2008-07-18 20:38:23)
  • 二次設定全開かと思ったら本家設定をしっかり踏襲してて二度驚いたw \お見事/ -- 名無しさん (2008-12-09 02:02:35)
  • アリス自重しろwww -- 名無しさん (2010-07-04 18:35:48)
  • 「埃」が「誇り」になってるんだぜ。 続編期待してますだぜ。 -- 名無しさん (2010-08-01 20:19:01)
  • ハハッ -- 名無しさん (2010-11-27 17:25:50)
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最終更新:2010年11月27日 17:25