『理想の投影像』
―昼下がりの香霖堂。紅白の巫女も、黒白の魔法使いも現れず、平和なそこに、珍客がやってきた。だが、それは黒白魔法使いに良く似ていたが、どこか異質だった-
概ねにおいて、願望の投影は歪むものだ。そう僕は理解している。
なるほど、たしかにあの黒白の娘にはある意味で頭が上がらないし、そう言った状況が何とかなれば、と考えたことは無いではない。もっと素直であってくれればいい、と思ったことも一度や二度ではきかない。
そういった意味で、僕が彼女に願望を投影していたのは、まず間違いない。
だが、しかしだ。
「こんな願望を、抱いたことは無いんだがなぁ」
なるほど、魔理沙には手を焼かされているが、僕は落ち武者よろしくの生首になってもらおう、と考えたことは無いのだから、これは一体何なのだろうか、と顎に手をやり、考え込む。
僕こと香霖堂店主、森近霖之介は、魔理沙そっくりの、不遜な表情の生首を見やる。いや、今は雑然とした、とまで言われる店内を、面白そうに見て回っている。
御阿礼の子である稗田阿求にはごみの山のようだと評されたが、いずれもれっきとした商品で、幻想郷ではなかなか手に入れられない、外の世界の物品ぞろいだ。
なぜ幻想郷縁起の英雄の欄に僕が入っているのか、協力をしたのにゴミの山は無いだろう、だとかはいずれ問いただすにしても、このような珍客がやってくるとなると、宣伝の効果はあったのやらなかったのやら、だ。
ただ、例の白黒とはちがい、このその少女によく似た生首はぴょんぴょん飛びはねながらも、何かをツケと称してちょろまかすことは無い。この点だけは、忠実に僕の願いを投影していた。単に盗ったところで使いようがないだけなのだろうが。
さて、いよいよもって暇になってきた、そう考えると、無縁塚から拾ってきた『幼年期の終わり』という本を棚から取り出し、文机の前に腰かけて頁をめくる。
あまりべたべたと押し売りのめいたことをやっても仕方がないし、それにただ見ているだけなら放っておいたところで、何らの不都合がない。こういうところが、魔理沙に言わせれば商売っ気が無さ過ぎるのだそうだが。
「ねえ、おっちゃん!」
ずるり、という音とともに、僕はこけそうになる。確かに人間の基準で行けば相当な年寄りだが、まだまだ妖怪基準で若いつもりだ。なにせ、半分はそれの血を引いた半人半妖なのだから。
気を取り直して、本にしおりをはさむと、立ち上がって声の主のところへ向かう。
「何でしょう」
「これ、何なんだぜ?」
少女の生首が、口にくわえたものを差し出す。それはアンティークな鏡であった。金属を磨いて光沢を出したもので、ガラス板にめっきする方式の鏡以前に広く使われていたものだ。いつ幻想入りしたのかもわからないが、ともかくも磨いてみて、自分の姿が映るのを見てから、商品だなに並べっぱなしになっていたためか、像がゆがんで見える。
「これは鏡ですね。……値段は勉強させてもらいますよ」
「でも、ちゃんとうつらないぜ!」
この生首はもともと困惑したような表情なのだが、それがより一層色濃い。これが自分の姿なのか、というショックでも受けているようだ。なるほど、鏡というものはまさに罪作りである。いや、鏡というのは元来神秘性を持ったものであり、それを無視した扱いをしたがために、意地悪く歪んだ像を写すようになったのかもしれない。
つまり鏡の願望が映っているのだ。そう考えると、これもなかなか面白い、などと思えてくる。
だが、僕はともかく、生首-例の魔法使いに似た容貌であるからか、ゆっくりまりさというらしい-にとってみれば面白くないらしく、何か説明を求めるような目をしてくる。もとい、説明を求めてきた。
「鏡は自分を映すものだ、って聞いてたのに、わたしはこんな格好してないぜ!」
「……まあ、確かにそうですね」
そう、だんだん涙目になってきているが、それでもまん丸として、ふてぶてしいまりさとは似ても似つかないというか、正直言って横幅が縮んで映りすぎている。意地の悪いどうのこうの以前に、鏡そのものが歪んでいるだけかもしれない。
「……不良品?」
「……僕はそうは思いませんね。鏡に憑いた妖怪がいたずらをしているのかもしれません」
冗談のつもりで言ったそれを聞くと、なぜかまりさは震え始める。口には、あの子に渡したミニ八卦炉に似た何かがいつの間にかはまっており、顔色はりんごのように真っ赤だ。また、顔に青筋というものが浮かんでいるのをはじめてみた、なるほど、不思議な生き物だ、妖精か何かかもしれない。
そう考えていると、八卦炉の火が漏れ出し始める。魔理沙がマスタースパークを撃つ時に良く似ている、などと能天気に考えていた。とんでもない間違いだったのだが。
「ますたーすぱーく!」
「ちょっ……?!」
鏡に向けて、まりさは『ますたーすぱーく』を放つ。
なるほど、大した威力だ。鏡が見事にそれを反射し、屋根を抜かなければもっと感心できていただろう。
ばらばらという音を立てて落ちてくる、屋根の木材と、かつて瓦だったものたち。まりさはどこか得意げだった。
「……あれ?」
得意げだったまりさは、また眉間にしわを寄せる。鏡は無事だった。なるほど、歪んでは居たが、事実魔力を蓄えた鏡の類であったらしい。いや、とこの鏡が反射する光の先を見て、考えが変わる。魔力を吸収したのか、妖しく輝くそれは、屋根から差し込む光を反射して、何か像らしきものを店の壁に投影している。
なるほど、この鏡は文字通りの『魔鏡』だったらしい。吸血鬼辺りが見れば、顔をしかめる類の文様である十字架が壁に映りこんでいた。
映らないからと言って、削った際にこれが映らなくならなくて本当に良かった、価値がなくなるところだった、とは思うのだが。まさかその代償が天井一つである、というのはいかにも酷い話だ。
そして、どこか満足げな表情のまりさはあれ?という表情で上を見上げ、恐る恐るといった様子で僕の顔を見て、ほほを染めてこう言った。
「やっちゃったぜ!」
なるほど、願望の投影という奴は像が歪むらしい。それもより悪い方向に。
とりあえず、まりさに一発、一応はお客であるということを無視したチョップをお見舞いすると、どう修理するか、を考えることとした。
例の『梅霖』でもまた現れようものなら、店が大変なことになるのだから。
―了―
おまけ
「これ、なんなんだぜ?」
好奇心旺盛なまりさは、とある瓶に興味を示す。黒い液体を入れた、王冠を被ったどことなくエキゾチックな造形の瓶である。女性の体を模している、というのは物の本で読んだことがあるが、どうにも理解はしがたい。
「あまりおいしくないよ、それは」
「え、じゃあ飲み物?」
ちょーだい、ちょーだい。というねだる声。お金を払えばね、という僕が言うと、どこから取り出したのか、二銭を手渡して、王冠をあけるようにこちらに頼んでくる。
プシュっという音がして、中から空気が抜ける。どうにも薬のようなにおいで苦手なのだが、外ではこれに中毒めいた症状を示す人間も居るらしい。
この液体を料理に使う事もあるというから、まさに恐ろしい話である。
ストローをさし、目の前においてやると、ちうちうとそれを吸い、ぷはぁ、と息を吐く。
「……おいしいよ!」
おや、僕の味覚がおかしかったのだろうか、と幸せそうなまりさの表情を見て思う。
だが、瓶の中身が減っていくごとに、どんどんまりさの目が据わっていく。まさか、とは思うのだが、ひょっとして酒精でも入っていたのだろうか。いや、自分が飲んだ際にはぜんぜんそんな雰囲気は無かったのだが。
「おりょ……?世界がまわるりょ?」
「……まりさ?」
「おっちゃん、変な顔らー」
けらけらと笑うまりさ。どうやら、いくつか対照実験をしてみたところ『炭酸』が入った水だと、この面妖な種族は酔っ払ってしまうらしい。ビールを飲ませてみるとどうなるのだろうか、という若干意地の悪い考えもあるが、それはまた別のお話。
あとがき
霖之助と、まりさというなんだかよくわからない組み合わせで書いてみました。
魔鏡ネタで香霖堂の短編を思いついたものの、ゆっくりを出した時点でどうしたものか、という。カテゴリ的にはちょっとした短編……なんでしょうか。
おまけで飲んでるのは、やっぱりというか、コーラです。
コーラ煮は肉が適度に柔らかくなっておいしいんですけど、下手食扱いされるのが困りものだったり。
あとがき2
ちょっと自分で編集してみました。上手く行ってると良いなぁ
あと、炭酸で酔う、ってのはゆっくり怪談の人の『稗田ゆっくり録』のにとりが元ネタだったかな……?たぶん、そうだったと思います。
ゆっくりと動物の人
- こんにちわなのだよー!!
コーラ煮は、沖縄では割とぽぴゅらーだそーです。
ぽぴゅらーってナニ?
よくわからないですけど、おいしくなるなら試すのもいいカモww
-- ゆっけの人 (2009-01-17 11:55:34)
最終更新:2009年01月17日 11:55