- 注意
- オリキャラが出ています(秋なんたらじゃない)
- 東方キャラが出ています
- オリキャラに比べあんまりゆっくりが出てきていません
- オリキャラにキャラつけています
- 投棄場送りも覚悟しています
- オリキャラが何処かで見たことがあると思っても見逃して下さい
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『蓬莱の茄』
『緩慢永琳』〈幻想郷妖怪縁起第十二巻三項〉
『緩慢永琳は竹林に住む緩慢なり。姿形は蓬莱人八意永琳の如き。
竹林に住み緩慢輝夜を囲いつつ薬を作る。
その薬万病に効くと言ふ。
輪郭はまるで茄子の如し。』
憂鬱だ-僕は地面に倒れている看板を見てそう思った。
看板が刺さっていた地面には立派な筍が生えている。
恐らくこの筍が生えてきたために看板が抜けたのであろう。
看板には「この先永遠亭」とその方角を示す矢印が書いてある。今ではその矢印がどちらを
向いていたのか分かる故もなかった。
でもすぐ近くだ、この竹林自体にまやかしが罹っているわけではないのだから歩いていれば
いずれ着くだろう。それまでは根気よく行こう。
と、思ってから三時間ぐらい経っただろう。結局戻ってきてしまった。
何故僕が永遠亭に向かっているかというとその答えは至極簡単で
永琳さんが作る薬を買うためだ。かといって僕は医者じゃない。
僕は幻想郷に住む普通の人間だ。
異変に対処したり妖怪を退治する力さえない非力で冴えない人間。
そんな僕はちょっとだけ不思議な力を持っている、その時点で普通じゃないと言うが
他と比較してもやっぱり地味で、比較しないでも地味で普通なのである。
僕の能力は『生命を見るだけで何の病気か分かる程度の能力』だ。
ただそれだけ。おまけでそれを治療する技術があったら普通ではないと言えようが
結局僕は普通のまま落ち着いてしまった。
僕はうだつの上がらないまま成長し大人となり、自立した。
小心者、引っ込み思案と他人から言われる人間になってしまった。
そしてその影響からか人を信じることに恐怖を覚え始めたのであった。
始めは出来るだけ他人と会わないような仕事、小説でも書いて生計立てようかと決めていたのだ。
だが運も天のご加護もこの陰気くさい性格が弾いてしまったのか、天狗のような印刷技術がない
村に住んでいたがためにそれも叶わぬ夢であった。
生計を立てるため人前に出ることを我慢して人付き合いを繰り返した結果鬱に近い状態となって
半年ほど静養にしなければならない状態にまでなってしまったのだ。
引っ越しをしてでも文を書けばよかったのに、色々な物を捨て去る覚悟が足りなかったとしか言いようがない。
僕は友人にその能力を使って商売すればいいのではないかと言われた。
仕組みはこうだ、まず僕が他人の病気を診て、その病気に効く薬を薬師から買い
それを患者に売るというのだ。薬師は紹介するとまで言ったので僕は信用して早速取りかかったが
それが今でもどうしようもなく浅はかな考えだったと思っている。
まず一番の問題だったのが自宅と薬師のお宅までの道のりが果てしなく長いこと。歩いていくと
あっという間に一日が過ぎていくほど長い。その上住居前の竹林でよく迷う。それが今の状況だと言わざる終えない。
そしてそれからその問題に連鎖するように起こる二つ目の問題がある。
一人依頼を受けるたびに薬師の下へ通っていても時間と労力の無駄なので
依頼をある程度の数を受けてから薬師の下へ行くことにしている。しかしそれも問題だった。
依頼の数が十分な物になるまで何日もかかる上に薬師への往復も一日以上かかる。
帰ってきたら病気が治っていて薬はいらないと言われることがよくあるのだ。
もちろん損するのは僕だけ、それに薬の保存は止めて欲しいと薬師に言われている。
これでは年中赤字だ。出来るだけ負担が軽くなるよう往復で材料になりそうな薬草を探し
交換材料として渡しているが焼け石に水とはこの事である。
結局誰も恨めず自分を恨むしかないこの状況では憂鬱だと宣いながら愚痴を吐くほか無かった。
僕は今迷いの竹林にいて、どこを向いていたか分からない看板に腰を掛けて溜息をついている。
永遠亭のウサギも姿を見せず、道標はこの筍の登場と共に消え去ってしまったような物だ。
どうしたって憂鬱だ。
生まれも育ちも幻想郷で妖怪と神秘に囲まれて生きてきた。
妖怪も神秘も力のない僕にとっては恐れの対象でしか無く、さらには人すらも恐いと来たもので
生まれてからこのかたあまり平穏など感じられなかった。
どうして生きているのか、それすらも分からない。ただ恐怖から逃げるようにしていたら
生きていただけであった。
ただ宇宙人という枠組みはただ疑問を覚えるしかない。恐怖も平穏もない
あるのはただの胡散臭さだけ。
そう言う点において友人以外に恐怖を抱かずに接することが出来るのは彼女だけだ。
ただ彼女とどんどん接しているうちに彼女もそう人間と変わりない者だと思うようになってきた。
憂鬱だ。
「ケラケラケラケラ」
突然の笑い声に僕は反射的に身を縮ませる。こういうところが卑屈と言われる所以なのだが
どうも治しようがない。
恐る恐る目を開けて見てみるとそこにはあの永遠亭の月ウサギがいた。いや、
背丈は子供並みしかない。彼女は僕と同じぐらいの背だったはずだ。
これがゆっくりか。僕は思った。
饅頭妖怪と言われてはいるものの、その正体は結局は誰も理解することが出来ず
この幻想郷の一番の理不尽で非常識だと言われている。
そしてゆっくりは幻想郷の有名人を模しているらしい。何故かは誰も分からない。
けれど全般的に全部同じ様な太々しい顔をしているようだ。
「げらげらげら」
そう訳もなく笑いながらその月ウサギに似たゆっくりは僕の腕を掴んだ。
突然のことに僕は驚いたが永遠亭に連れて行ってくれるのかと思い引かれるままに足を動かした。
この時は気づいていなかったが僕はこのゆっくりに何の恐怖も抱いていなかった。
「あ、やっと来ました」
永遠亭の前でウサギの耳をつけた女性が僕を待っていたようだ。
その女性はゆっくりの頭を撫で竹林へと去っていく様子を見送った。
ーーーこの永遠亭で暮らしているわけではないんだな。ふと心に思った。
「あの子はゆっくりうどんげって言うんです。私にそっくりですよね」
そう話しながら月のウサギ、鈴仙さんは僕を薬師永琳さんの下へと連れて行く。
途中若い女性の声がけたたましく誰かを呼ぶように聞こえてきたが鈴仙さんは
気になさらぬようと言ったので素直に従うことにした。
「来たわね」
僕が部屋に入ると薬師永琳さんはその一言だけを呟いた。
しわくちゃでボロボロの和紙で作られた本を机の上に置き僕の方を見つめる。
この瞳はどうも嫌いにはなれない。むしろこの人そのものに恐怖感というものを覚えない。
宇宙人だからか。聞くところによると数百年前にこの空に浮かぶ月からやってきたそうだ。
しかもこの屋敷にいる姫様というのは竹取物語のかぐや姫本人だという。
にわかには信じがたい。
しかしこの人は普通ではない、凡夫である僕が無意識的にそう感じ取れるのだ。
竹取云々にしても噂は本当なのだろう。
永琳さんと初めて会ったとき僕は人見知り故の性か、まともに目も合わせようともしなかったし
会話もしなかったようだ。ただ注文する紙を手渡しただけと言う卑劣なことをした。
その時永琳さんは声も上げず、ただ無言でその紙を受け取った。
恐かった。嫌われたと思い僕は身を縮ませて余計に目をそらした。
「風邪って書いてあるけど喉の風邪?鼻の風邪?」そう唐突に訪ねられ僕は反応に困った。
訪ねられたからには流石に答えないわけにもいかないと思い僕は小声ながらも
「鼻らしいです」と答えた。
永琳さんはただ分かりましたと言い筆を動かしていった。
一言答えただけであったが不思議と緊張の紐が解かれていったのだ。
後は分け隔て無く素性のことを聞いたり聞かれたりして一時恐怖を忘れることが出来た。
明日ここに来る人はとんでもなく陰気な奴ですが宜しくお願いします、と
僕の友人が宣っていたのを聞いたらしいが、思ったより話しやすくてよかったなどとも
言っていた。友人に対する僕の評価はそうだったのかと落胆したが自分を見つめ直してみると
矢張りそうかもしれない。
そんな僕に永琳さんは一袋の薬をくれた。
研究を重ねて作った鬱を治す薬だそうだ。それはあなたに必要な物であると。
今ここで飲んでと言われ僕は恐る恐る袋を開け粉末の薬を口の中に注ぎ込んだ。
甘くもないし苦くもない。毒でもなければ薬でもないような味であった。
薬を飲んだ後僕は無意識的に彼女の顔を見た。今まで僕は目を合わせようとしなかったのに
今度は吸い込まれるように彼女の顔に引きつけられる。
彼女は僕を見てふふふと笑った。
その後最後の確認をして彼女は部屋に籠もり薬を作り始めた。出来上がるまでの間
僕は部屋で待たされてその時鈴仙さんと会った。
彼女もまた魅力的であったが永琳さんの魅力とは別の種類に感じられる。
数時間後永琳さんが薬を作り終わり、それを買って僕は特に問題もなく帰っていった。
僕は何度も何度も薬を買いに行くために永遠亭に通った。その度に彼女と顔を合わせた。
彼女と会えば自分は変われる、そう思っていたのかもしれない。
そしていつの間にか、僕は恋をしていた。
ただそれに伴う嫌われる怖さもまた心に一層浮かんだ。
ふと余計に恐くなった。
「風邪、インフルエンザ……心臓疾患……これで全部ね」
往復で難があったものの今日もいつも通り薬を貰う手筈だ。
相変わらず彼女の魅力につい顔を上げたくなるが、嫌われたくないという怖さが
それを抑制する。いつものように顔を下げたまま僕は彼女の顔を見た。
「それにしてもまた陰気ねぇ、ずいぶんと窶れているよう」
陰気はほぼ性分だから手もつけられない。しかし窶れているのは経済が貧窮しているせいだ。
誰かが悪いというわけではないが矢張り辛い物だ。
「ゆっくりしていってね!!!」
ふすまの奥から唐突にその様な声が響いてくる。そしてふすまが少し開きその間から
太々しいような瞳がこちらを見上げていた。
「こっちへ来なさい」
永琳さんはふすまから覗いている瞳の主に対して手を甲を上にして縦に振る。
そのジェスチャーに反応して瞳の主は勢いよく部屋に入ってきた。
「ゆっくりします!!!」
「うっわあああああああああ!!」
驚いた。急に飛び出してきたからではない。飛び出してきたのは生首だったからだ。
僕は喉でも噛まれるんじゃないかと思い手で覆うように顔を隠した。
「安心なさい、単なるゆっくりよ」
「たんなるじゃありませんよ!ぷんぷん!」
「え、ええと」
突然の出現に僕は声が出ない。そうして沈黙しているうちにそのゆっくりが僕に話しかける。
「ゆっくりえーりんです!よろしく!」
僕はある程度安心してそのゆっくりの顔を見る。
「……………ナス?」
それが第一印象だった。ゆっくりえーりんはすぐそばにいる本物の八意永琳が丸っこい顔を
しているのに比べ輪郭が縦長でしかもしゃくれている。
その形状はどこからどう見てもナスを彷彿とさせる。
「不思議な物よね……何でこんなにしゃくれてるのかしら」
「それはなーすだから!!!」
うまいこと言ったつもりか、と言うか永琳さんはナースじゃなくて薬師だ。
「おにいさんゆっくりしていってね!!!」
「あ、ああ……ゆっくりしてきます」
どうもこのゆっくりの気迫に押されてしまう。それを見て永琳さんは微かに笑った。
しかし顔は似てないけれど何処かしらこの両者に同じ様な雰囲気がある。
どちらも魅力的だ。
「このゆっくりは一体…?」
「ああこの子ね、ちょっと私もゆっくりの研究がしたくなって」
ゆっくりの知能について研究してその被験体がこのゆっくりえーりんらしい。
八意永琳が持つありとあらゆる知識を詰め込んだ結果、本物とそう大差ない
知識量を持てることが判明ようだ。
「かしこいでしょ!」
そうは言っているものの見た目からではどうも賢いようには見えない。
しかし彼女も嘘を言っていると思えないし、ゆっくりも訳分からない存在だから否定しようがない。
「あっという間にうどんげを越しちゃって……気まずくなってるのよ」
「うどんげなんてめじゃないわ!」
うどんげとはあの鈴仙さんの事だろう。ゆっくりに負けるなんて本気で同情したくなる。
「大丈夫なんですか?師弟関係とかは……」
「いとわろし、ってところね。今はまだうどんげも耐えてるけれど」
いつ爆発するか分からないそうだ。いくら精神安定剤を作っても飲まなければ意味はないし
それで抑えられる保証もないらしい。
「…………そこでだけど」
そう言って彼女は膝の上に置いていたゆっくりえーりんを僕の膝の上に載せた。
訳も分からず僕はなんとなくゆっくりえーりんの頬を撫でていく。
ある程度頭を働かせようやくその真意に気づいた。
「……もしかして僕に?」
永琳さんはただそのまま頷いた。
しかしそれも僕にとっては困ることだ。ただでさえ一人暮らしでも家計が危ういというのだから
ゆっくりと言えど住まわせる余裕はない。
しかしそれは問題ないと永琳さんは言った。
「この子は私と同じ様に薬を作れます」
それならば確かに客の注文にも即座に対応できる。
それに加え自宅で作るのでコストは今までより安くなるはずだ。
元々しっかりと薬を作りその薬を全部売れば黒字になるはずだったのが
時間のせいで赤字になっていたに過ぎない。このシステムはそれを完璧に解決している。
「すばらしいあいであよね!」
ただ師弟関係を維持するという僕には一切関係ないような行動によって
僕の経済はあっと言う間に再建してしまった。
あまりにも急な展開に僕は言葉が出ない。ゆっくりえーりんが言うようにこれは最高だ。
でも
待ってくれ
「ま、まって、まって、まって!」
それじゃあ、それじゃあ、薬を自宅で作れるという事は!
ここに来る必要は、もう無くなってしまったのか!?
「往路は大変だったしょう、今までご苦労さまでした」
ご苦労様じゃ、ご苦労様じゃない。
会えるだけでよかった。会えるだけで恐怖を忘れられた。
人とも妖怪にも恐怖を覚える僕にとって、彼女こそ宇唯一心の治療出来る人であったのだ。
それなのにこんな突き放される形で離れるなんて
嫌だ、恐い。
「あ、あの!その!ぼくはいい」
そこまで言いかけたとき彼女は塞ぐように手を僕の口に当てた。
素肌ではなく手袋である。
「まず口を閉じて涙を拭きなさい、別に意地悪したい訳じゃないのよ」
目元を触ってみると確かに濡れている。僕はあふれ出る感情を抑え
それでも止まらぬ勢いと共に涙を拭いた。
「何でッ……どうしてッ……」
「………不思議なくらいあなたは頑張ったわ
あなた……食事どのくらい抜いているの?」
…………家賃を払うため、出来るだけ食費やら娯楽費やら切り詰めている。
もう財布の中には薬を買うための紙幣三枚のみ、今日の朝ご飯を買う金はない。
僕は昨日食べたご飯とか思い出すのは苦手な方だが今回は記憶そのものがないのだ。
「自分では気づいていないようだけど下手したら栄養失調で死ぬわよ、ただの人間のあなたじゃ」
「…………確かにお金が無くて……今も辛いですよ……でも」
「でもじゃない」
言い出す前に一蹴されてしまう。でもそれも命に関わることなので当然のこと。
「本当にあなたはよく頑張ってきた、普通ならこの竹林にある永遠亭に通うなんて事しないわ」
普通ならしない、でも僕はこの人、八意永琳に恋をしてしまったのだ。
学生の時、恋なんて病気だと当時読んでいた本の影響からそう思っていた頃もあった。
でも今なら分かる、分かるんだ。このどうしようもなく酸いも甘いも混ぜ合わさったような
一途で愚かしく、そして切ないこの気持ちが。
「…………この子を可愛がってね」
「ゆっくりしていってね!!!」
うそだ。ゆっくりなんて出来ない。
そんな目で見ないで、ゆっくりも永琳さんも同じ僕が好きだった瞳で見ないで。
訳が分からなくなり僕はただ恐怖に怯えるばかり、顔を手の中に埋めただ震えることしかできなかった。
「ごめんなさい」
そんな僕の耳に聞こえたの謝罪の声であった。そして首下に鋭い痛みが走った。
よくは分からないが恐らく注射でも刺されたのだろう。
そしてそのせいか意識がフェードアウトしていく、でも今の恐怖に塗れた意識下にいるよりは
まだマシであると僕は感じた。
「起きろ」
夢も見ずただ意識を眠らせている僕の耳に低く曇ったような声が聞こえてくる。
その悪魔か幽霊みたいな男の声で僕は意識を覚醒した。
「…………君か」
僕が寝ていたそのすぐ隣に男が仏頂面で座っている。
この男は僕の友人だ。それだけで説明を終えるというのも何なので
今回のことに関連することだけを言うと、この男は僕に永遠亭のことを紹介した男だ。
今回の事の発端はこの男にあると言っても良い。
「永遠亭から電話で呼ばれて来てみると君が眠っていた。
大変だったんだぞ、ここまで連れてきたのは」
「ここは君の家か……」
古くさい和紙の臭いが辺りに漂い、辺りにはそれを発散させている古書がやたら几帳面に積まれている。
本棚には所狭しと本が並べられ、その一カ所にはゆっくりパチュリーが挟まっていた。
「妻が可愛いというからな、それにあの子も本が好きみたいだし」
「むきゅ」
妻という言葉を聞き僕は少し厭になる。
恋い焦がれてさんざん通っていたのに行く口実が無くなってしまった。
確かに僕は彼女に恋をして永遠亭に通っていった。
けれど恋を原動力だけにあそこまでは出来ないと自分でも分かっているのだ。
「とりあえず話は聞いている。君は彼女に依存しすぎだ」
そんな事分かっているさ、でも他の人が恐くてたまらないのも事実であるのだ。
「………ようやくめがさめたみたいね!」
唐突にバカっぽい声が聞こえてくる、ぱちゅりーかと思って本棚を見てみると
ぱちゅりーはすうすうと擬音を立てながら眠っていた。
「ここよ!」
背後から聞こえてくることに気づき僕は後ろを向いた。
ゆっくりえーりんだ。えーりんが僕の枕のあったところで横になっている。
いや、今まで枕だと思っていたのはえーりんだったのか。形が歪んでやがる、寝過ぎたんだ。
「けいじょうきおくなす!」
と叫ぶと潰れていた身体は一瞬にして元のナスの形に戻る。形状記憶だか知らないけれど
どういう原理なんだか全く分からない。
形が元に戻ったと思ったら、すぐさまえーりんは僕の膝の上にちょこんと乗ってきた。
「とりあえず今日は俺の家で休んでおけ、疲れてるだろ」
さんざん僕の意識外でこの男には迷惑かけたと思う。
昔も今もこの男がいなかったら僕は生きる屍となっていただろうし、このほどよい敵意と
優しさが僕の心から恐怖をぬぐい去っていく。
僕はゆっくりえーりんを両手で持ち一礼してから男の家から出て行った。
痛みきった足でやっと自分の村へと辿り着き、そして薬を売るために村中を舐り歩いた。
案の定既に病気が治っている者が多数いて結局売れたのは全体の六割、確実に赤字だった。
そして僕達はようやく自宅に帰ってきた。心も体も疲れていると感じ布団のある寝床へと
足を動かしていく、そして糸が切れたみたいに僕は布団へと一直線に倒れていった。
今日一日で色々
「ゆっくりはたらいていってね!!!」
耳元でけたたましくえーりんがそう叫び散らす。しかしもう動く気すらしないこの状態で
働けコールは全くの無価値で無意味だ。僕は風太郎じゃない。
しかし口に出す気力もなくその声量は次第に大きくなっていく。ひらがなだらけの言葉を聞くのは
頭を無駄に使うので聞きたくもない。
しかし何でこうもムキになるのだろうか、考えたって仕方ない。僕は目をつぶり再び
眠りにつこうとした。
「………ゆっくりはたらいてね!!!」
「………………もう止めてくれ、バカの振りするなって」
「あら、バレちゃった」
ゆっくりえーりんが何の臆面もなく白状したのに少し驚いた。
僕は俯せとなり顔がえーりんと同じ高さになるように向かい合う。
「前にもゆっくりえーりんを見た事あったけれどさっきまでのお前ほどバカじゃなかった」
ああいう反応はれいむやまりさなどのゆっくりが行うものだ。それにそう言う種であっても
普通に漢字を使うゆっくりもちらほらといる。
それに、目だ。形はゆっくり独特の太々しい瞳だがその奥に光る輝きはオリジナルである
八意永琳とそう変わらない。眩しく、そして穢れのない瞳に僕は少し目をそらした。
「あなたなら理由はわかるわよね」
「どうせ陰鬱な僕に元気をつけさせようという考えだろう?」
当たり、そう呟いてえーりんは近づいてくる。どれだけ目をそらしてもそらしきれない距離に
なってようやくえーりんは止まった。
「………………色々なやんでいるみたいね、とりあえずゆっくりやすみなさい」
「さっきまで働け働け言ってのはなんだったんだ」
「あれは癖、というか念仏のようにしこたまいわれたのよ」
ニートを生むな!働くことこそ社会に生きる者の務め!
働け働け働け!貴様のその四肢はなんのためにある!何のための不老不死だ!
外の世界では過労死という問題がある、貴様がその人達の代わりに
粉骨砕身働けば命を救うことさえ出来るぞ!
さぁ働くがよい!月給でキリキリ暮らし、ボーナスで歓喜する、そんな人生を体験するのだ!
え、働きたくない?送り返されたくなかったら働け!!
「と何かがのりうつったかのように」
誰が言ったか知らないけどやけに鬼気迫ってるものだ。
しかし働け説教を喰らったって今の僕は動く気すらない。
まぁえーりんは今の僕に働かせよう気持ちはなくなったみたいだろうから、僕は仰向けになり
布団を被せ天井を気が済むまで見続けた。目を合わせるのが辛かっただけだ。
「もし」
天井に目を背けているためどこにえーりんがいるのか分からない。でもささやかなその一言が
僕に向けられて発せられている。
「心に落ち着きがあって、今の状況をみとめたいのであるならば伝言をはなします」
「伝言……?」
「ええ、八意永琳からうけたまわった貴方にむけての、ね」
僕は天井と向かい合い少し思い耽る。ゆっくり、ゆっくりと自分と向かい合って
そして数分後ようやく答えが出た。
「お願いするよ」
僕がどんな臆病腰の卑怯者でも、今後襲いかかってくる恐怖に耐えられる自信はない。
それならば僕は永琳さんの言葉に耳を傾けていたい。恐怖はある。
けれどこのゆっくりならば、訳のわからないこのゆっくりならば
永琳さんと同じでありながらゆっくりであるゆっくりえーりんならば
僕はまだ耐えられそうな気がするのだ。
「それじゃあいいます」
僕は天井を見つめながらゆっくりえーりんを通じて八意永琳の言葉に耳を傾けた。
「「今貴方が私に感じている思いはまやかしの物。貴方が人を恐いと思う気持ちから生まれるものよ
まず人を愛するよりも人を信じなさい。
もし貴方が本当に私のことを愛しているというのなら、優曇華の花束を私の元へ持ってきなさい」」
とのことです、とゆっくりえーりんは〆をつけた。
僕の虚ろであるはずの眼は未だ天井を見続けている、しかしこの心許ない心情は
次第に恐怖から虚無、そして安らぎへと変わっていく。
全く持って永琳さんの言う通りだ。僕は人が恐いから~あるはずもない裏切りや心の奥の侮蔑を
心の底から恐れたから~宇宙人という訳の分からない概念である永琳さんを頼った。
そしてそれに恋という概念を被せて自分を正当化しようとした。
でも結局彼女も何も変わらない、宇宙人だから奇天烈な思考をしているなどという事はないと
僕は今この時気づいたのだ。
彼女はこの僕の偽りの恋心に気づいていただろう。僕の稚拙な言動や挙動から分かることだが
彼女はそれ以前から分かっていたのかもしれない。そしてその恋心に対しての答えが返ってきた。
悲しい、けど嬉しい。
僕は妖怪でも宇宙人でもないただの人間。例え長生きしても100年が限度、三千年に一度花が咲く
優曇華の花は人間である僕にとっては夢想や幻想の存在だ。その上花束なんて奇跡という名の現象であっても
揃えることは不可能である。
彼女は僕を待たないかもしれない。千年、百年、十年でさえ彼女は待たず、いずれ声、形
そして僕の存在が記憶の彼方へと葬られていくことだろう。
悲しい、しかし待たないけれど彼女は僕の事を考えてくれた。その思いを形にしたのが
この薬の知識を詰め込んだゆっくりえーりんなのだ。
これからこのゆっくりと住むこととなるのだな--気づいてみるといつの間にか部屋の中は静かだ。
外から村の人々の靴が地面を踏む音が聞こえ、ささやかな談義が部屋に響いてくる。
今この部屋には物音もえーりんの声も存在していない。つまり僕という存在が
この部屋の唯一の因子であるのだろう。変だけれど孤独は恐くない、人を恐れすぎたか。
もう全ての力が抜けていって起きている意味もないと思って僕はようやく天井から目を離す。
横を向いたとき、たらりと瞳から生暖かい液体が眉間を通り枕へと流れていった。
泣いていたのか、僕は。
例え人の優しさを知り気が高揚しても、僕の恋は儚く散っている。この悲しみは消えない。
出来ればこの感情は忘却の彼方に葬らずに墓まで持って行きたいと思っている。
絶対に忘れてはならないと心の何処かで呟いているのだ。
そして僕は目を閉じて無意識の世界へと沈んでいった。
がり、がり、がり
何かが擦られる音が聞こえる。夢にしては響きすぎるし、聞いているだけで今この世界が
壊れてしまうような因子がある。低いけれど何処か神秘的でもあり、そして愛しい。
「んあ、」
そして阿呆みたいな声を上げて目が覚めた。そして擦られる音が現実として耳に響いてくる。
夢の中では現実が神秘みたいに感じられる物だと感じ僕は現実を肌に受け止める。
どうやらこの音は診察場、所謂表玄関から聞こえてくるようであった。目やにを落とし
僕は表玄関へと赴いた。
「ゆっゆっゆっ」
ゆっくり特有の掛け声と共にゆっくりえーりんがすり鉢を使い何かを擦っていた。
もしかしたら客でも来たのか?もしそうなら勝手に診察して薬を作っていることになる。
そんな事されては僕のいる意義がなくなるではないか。
「おきたのね、お早う」
そう言って眩しく、神秘的な笑顔を向けるゆっくりえーりん。とりあえずなぜ薬を作っているのか
訪ねてみることにした。
「別にきにしなくていいのよ!客なんてきていないもの」
あっと言う間に僕の真意が悟られてしまった。
「じゃあ一体何を作ってるんだ?」
「それはできからのお楽しみよ」
そう言われて僕は出来るまで朝食の準備でもすることにした。
今日から二人分作らなくてはいけない、彼女の好きな物は何なのだろう。
……僕は永琳さんが好きな物すらも知らない。好きな人なのに何で知ろうともしなかったのだろうか。
無性に自分が厭になる。
「ゆっくりこっちにきなさい」
結局作り終わる前に呼ばれてしまった。
僕は肩を落としながらえーりんの所へと移動する。するとえーりんは僕に薬包紙を差し出した。
「?これは……」
「鬱をなおす薬!これを飲んでゆっくりこれからもがんばっていって下さい!」
鬱を治す……か
僕はその薬包紙を受け取りそしてそのまま薬を飲み干した。
粉状なのに水無しでもむせることはない不思議な薬だ。
そして甘くもなく苦くもない、毒でもなければ薬のでもないような味だった。
当たり前か、これはただの粉だ。ただ身体が微かな栄養を摂取するだけの粉
だがこの薬は魔法がかかっているような物だ。ただの粉であるがただの粉でなくなる。
それが人間の思い込みという物なのだ。
「元気になったら今日からがんばりましょうね!」
僕はゆっくりえーりんをゆっくりと抱きしめる。これから一生を過ごすかもしれない相手だ。
精一杯愛情を持って暮らしていこう。
自分で書いてて途中から訳分からなくなりました。
オリキャラのモデルは某関さんです。様々な人に御免なさいを申し上げたいです。
ただこれの次に当たる作品が書きたかっただけでその土台を形成しようと
このような話を書いてしまいました。
次回からはちゃんとゆっくりを書きます。「月姫の床」こうご期待下さい。
書いた人 鬱なす(仮)の人
- 薬作るのはすり鉢じゃなくて薬研じゃないの? -- 名無しさん (2009-11-29 04:37:22)
最終更新:2009年11月29日 04:37