夕暮れ

「ゆゆゆゆゆ、さむいねー」
「ぶるぶる、そうだね。さむいねー」

 とあるマンションの一室。
 れいむとまりさが震えていた。
 とは言っても、一室なので表に放り出されたりしている訳では無し。
 時節は冬の夕暮れ時。
 単純に誰も彼もが寒い季節と言うだけの事だ。
 2匹が篭っていたのは前も見えない暗闇の中。
 外部とは完全に遮断された闇の中だが、寒さだけはそ知らぬ顔でどことも変わらず佇んでいる。
 ――大仰に書いては見たが、簡潔に言えばそこは先日押入れの中から引っ張り出されたコタツの中。
 が、家の主は人間なので今はまだ仕事中。
 安全面を考えれば当然のごとくコンセントなど引っこ抜かれており、ただの布団とさほど変わりない。
 昼ご飯を食べてからは外で遊ぶ気にもなれず、ずっと寄り添い篭っていたがゆっくりの発熱効果など知れている。

「おなかすいたよ」
「おなかすいたね」

 まりさの呟きに、れいむが同じく呟きで返す。
 寒さゆえにか言葉数は少ない。
 じっとしていても腹は減る。
 なんと理不尽なと憤りすら覚えるが、理不尽だろうがなんだろうが、減るものは減るのだから仕方ない。

「おかしたべたいね」
「……おかしたべようよ」
「いってらっしゃい」
「……そと、さむいね」

 実のところ、まりさは少し前からおなかが減り始めていたのだが、寒さに負けて固まっていた。
 そして、それはれいむも同じ。
 取りに行ってくれと言外に含ませて待っては見るが、どちらも揃って動こうとはしない。
 互いに背を向けてくっついたまましばし。
 ぐぅぅ~~~。
 果たしてそれは、どちらの腹と言おうか、体から鳴ったものだったか。

「……ゆっくりおそとにでようね」
「……しかたないね。なにかおやつあったっけ?」

 どちらも相手の意図が読めたのか、諦めたようにれいむがもそもそと動き出した。
 闇の中を適当に歩けば、すぐに柔らかい布団へと突き当たる。
 ぐいぐいと顔面を押し付けるようにして布団を押し開け、隙間が出来ればそこへとさらに身を滑り込ませ。
 出る順番はれいむが先。
 コタツから這いずり出ると辺りを見回し、コタツに沿って置かれたソファーにぴょんと登る。
 まりさの帽子が布団に引っかからないよう、端を咥えて持ち上げてやるためだ。
 そうして作られた闇を切り裂く光の楔を、再び黒が塗りつぶす。
 三角帽子を時折引っかけつつも、遅れてまりさがのそのそ這い出してきた。

「ゆいしょ、ゆいしょ……ゆゆゆ、やっぱりさむいね。ゆっくりできないね……ぶるぶる」

 表へ出るや否や、まりさから飛び出したのは身を取り巻く寒さへの愚痴。

「そうだね、はやくもってかえってゆっくりしようね……」
「おじさんゆっくりしないでかえってきてね……」
「はやくぽかぽかしたいねー……」

 恒温動物と言っていいのか変温動物なのか。
 どちらも正直怪しいが、それ以前に生物としての定義すら危うい2匹の動きはやはり鈍い。
 ともかく、まりさがコタツから出たのを確認すると、2匹はさっさと目的を果たすべく行動に移る。
 よいしょ、ゆいしょとソファーを介し、目指す場所はコタツの上だ。
 コタツの上には古き良き時代を思わせるような竹篭が一つ。
 家の主にここの分は適当に食べても良いと言われているので、2匹は跳ねるのも億劫そうによじよじとにじり寄る。

「ゆいしょっ……と」

 まりさが籠の端を加え、中身を机の上にぶちまけて――ごつん。

「ゆぷっ!」

 籠を傾けたまりさの脇をすり抜けて、下がって見ていたれいむの顔面に硬いものが衝突する。 

「な、なに? なんなの?」

 衝撃にひっくり返ったまま、突然の事に目を白黒させるれいむ。

「だいじょうぶだよ、りんごさんだよれいむ!」

 振り返ったまりさの視線の先、れいむにぶつかったのは赤くて大きな冬の代名詞。
 おいしそうなりんごがひとつ、それよりなお赤い日差しに照らされてごろりごろりと転がっていた。

「ゆゆゆ、れいむゆっくりびっくりしたよ!」

 事態が分かれば何の事は無い、痛みも大したことなくれいむは元気一杯にぽよんと跳ねる。 
 そのまま短い跳躍でまりさの隣に並び、散らばったお菓子の中からさて今日は何を食べようかと物色しようとして――

「ゆ?」

 れいむは小さく体を傾げた。

「おかしないよ?」
「おかしないね」

 昨日まではおせんべいとかみかんさんがあったはずなのに。
 揃って辺りをきょろきょろ見回し、籠を何度もひっくり返したりつついたりして見るものの、手品じゃあるまい、なにかが出てこようはずも無く。

「どういうことなの?」
「まりさもわからないよ」
「たべてないよね?」
「たべてないよ?」
「ゆぅー?」
「ゆゆゆ……?」

 さっぱり事情が飲み込めず、顔をつき合わせて考え込む。
 もちろん答えは単純だ。
 2匹が昨夜さっさとゆっくりお休みした後に、家の主が日曜洋画劇場を見ながら食べ尽くした事など彼女らは知る由も無い。
 分かることと言えば、

「りんごさんだけだね」
「いっこだけだね」

 2匹は互いに見詰め合う。
 まりさの瞳にはれいむ、れいむの瞳にはまりさ。

「……」
「……」

 ふてぶてしい笑みで固まったままの沈黙。

「まりさがかごをうごかしたから、これはまりさがたべるよ!」
「さきにおやつたべようっていったのはれいむのほうだよ!!」

 開口一番、どちらも意地汚かった。

「れいむはゆっくりあきらめてね! まりさおこるよ! ぷんぷん!!」
「まりさこそひとりじめしようなんてずるいね! いたいいたいしたからこれはれいむがたべるよ! ぷくうぅ~~~~っ!!」

 一触即発の空気。
 まりさもれいむも互いに譲らず、頬に空気を溜めて威嚇し牽制しあう。
 とは言っても、別に容姿が変わるわけでもなく、緩い顔の饅頭と大福が口を引き結んで膨れているだけ。
 傍から見ればどこが怒っているのか疑問に思えるが、本人達は至って本気。
 先ほどまで寒さにガタガタ震えていた姿はどこにも無い。
 部屋の空気を溶かすような熱気が気配となって静かに湧き上がる。
 互いに一歩も動かない。
 ただ己の優位を誇示するように、やや上を向いて胸を張るのみ。
 じりじりと、息が詰まるような静寂。
 カァ。
 遠く、カラスの声が高く響き。
 それを合図に、引き絞られた弓のように張り詰めていた空気が一気に破裂した。

「ゆっ!」
「ゆゆっ!」

 ぽよん。

「ゆぅ!」
「ゆっくり!」

 ぼよん。

「ゆん!!」
「ゆーっ!!」

 ぼむっ。

「ゆゆゆゆゆ……」
「ゆっゆっゆっ……」

 繰り出されたのは基本にして究極。
 ゆっくりの原点にして奥義たる必殺の体当たり。
 溜めや跳躍のタイミングにフェイントを交えつつ、決定打を叩き込もうと武勇と知略の限りを尽くす2匹。
 互いに位置を変え、何度かの交錯の後に再びにらみ合う。
 ……もっとも、見た目はただのじゃれあいにしか見えないが。
 生まれた時期も同じ、育った環境も同じ。
 お互いの力量はほぼ拮抗していた。
 机の上をぐるぐると回りつつ、一分の隙も見逃すまいとじわりと間合いを詰めては離れ、離れては詰め。
 れいむは若干眉を立てた強気の笑み。
 対するまりさはそれよりかは幾分余裕を感じさせる笑みだ。

「ゆぅ……」
「ゆ……」

 どれほどの間回っていただろうか。
 不意に2匹同時に動きが止まる。
 決して終わりではない。
 その証拠に互いの纏う空気は弛緩する事無く、今も視線は互いを捕らえて離さない。
 それぞれが最後通告だと言わんばかりに笑みをさらに色濃くし、無言の圧力を掛け合っていた。
 即ち「無様な姿をさらす前に、降参するなら今の内だ」、と。
 だが、これは戦いだ。
 ゆっくりするためのおやつを賭けた、決して退く事が出来ないプライドをかけた戦いなのだ。
 れいむがまるで挑発するように、ふ、と口をすぼめる。
 それを受けて、まりさもまた嘲笑するかのように両の口の端を薄く上げた。
 最早、不可避。

「ゆゆゆーーっ!!!」
「ゆううううっ!!!」

 今度は何も待つことは無く、またしても同時に飛びかかった。
 互いの頬が密着し、ぐにゃりと変形して――離れる事無く、浮いたままでぐいぐいと押し付けあう。 
 いや、良く見れば浮いているのではない。
 れいむとまりさのその足元、よくよく見れば細い棒が2匹の体を支えていた。
 いつの間にやら沸いた足が天板を踏みしめ、丸い体を支えて踏ん張っていたのだ。
 そして互いの口元にもまた、細く延びた棒が押さえ込むように相手の体に回されていた。
 日本人がこの光景を見たならばこう言っただろう。
 まさしくSUMOUだ、と。
 もっとも、体に比して短く細い手足なので、張り手も何も無くやっている事は実質顔面の押し付け合い。
 むっちりと密着しあうお互いの頬。
 デフォルメされたとは言え、人間のそれに似通っていて非常に暑苦しい。
 むしろ、デフォルメされて居るからこその弊害。
 丸い顔面が押し合いへしあいする様は、そこだけ切り取ればデブが顔を寄せ合っている様に見えない事も無く。

「ゆんぐぐぐ……ゆ、ゆっくりしないであきらめてね!」
「ゆむむむむぅ……れいむこそゆっくりしないでさっさとまけてね!」

 何度も言うが、当人達はいたって本気。
 ストッキング芸人が見れば嫉妬しただろう顔面変形っぷりを見せつつ、一歩も引かずに押し捲る。
 秒針は既に一回りを終え、戦いは持久戦の様相を呈していた。

「れいむ……」 

 一見すりすりのように、しかしそれとは真逆の意味を込めた押し合い。
 その最中にまりさがぽつりと。
 己を鼓舞するようなそれとは違う、小さな呼びかけ。

「ゆ? なんなのまりさ! こうさんするの?」 

 れいむの反応も素早い。
 戦いの中で語る言葉など、互いの主義主張に関するものが主だ。
 そしてそれらは全て語りつくした。
 であれば、残りは降伏に関するものと相場は決まっている。

「れいむのほうこそだよ! ほんとうにあきらめないんだね!?」
「ゆっ、あたりまえだよ!」

 あくまでも強気なれいむ。
 それを受けて、まりさの目がきらりと輝いた。
 密着状態のれいむはそれに気付かない。
 気付く事は出来なかった。
 見た目だけは相手を捕らえて離さなかった腕が、そっと宙に外される。
 ぐ、力を溜めるように引かれる右手。
 まりさはそれをれいむの顔面やや下、丸みを帯び始めた辺りに叩きつけた。
 ぺちん。
 いや、ぺちんと言おうか、現実に即した表記をするならぺち、どころか音すら伴わぬ動き。
 そもそも、針金手足に一体如何ほどのパワーがあるというのだろうか。
 だが、

「ゆ゛ーーーーーーーーーーっ!!!」

 今まで見たことも無いほどの叫びを上げるれいむ。
 ――どうやら、見た目に反してそれなりに効いているらしかった。

「ゆーーーっ! いたいよまりさ、ゆっくりやめてね! いいかげんゆぅーーーーーーっ!!」
「ゆっふっふ、ゆっくりしないでこうさんしてね!」

 突然の打撃に顔を真っ赤にして憤るれいむ。
 相撲ならば当然反則だ。
 だが、これは相撲ではなく、SUMOUですらない。
 それらと似て、だがそのどれとも異なる、ゆっくり同士にしか判らぬ戦いなのだ。
 れいむの怒りも何処吹く風、言葉の最中にも新たな打撃が加えられ、乾いた部屋に再び絶叫が木霊する。

 ぺしーん! ※効果音はイメージです

「や、やめてねまりさ!」

 ぱしーん! ※効果音はイメ(ry

「ゆ! れ、れいむおこ……ゆーっ!」

 ぴしーん! ※効果音(ry

「ゆ、ゆぅ、ゆぅぅぅぅぅ……」

 バシィーッ! ※(効ry

 幾度と無く繰り返されるスパンキング。
 れいむの顔に、余裕めいたゆっくり特有の笑みは既に無い。
 ピンと強気に立った眉は見る間に萎れ、ハの字の形に垂れ下がる。
 常時開きっぱなしの半月めいた口もふにゃふにゃとその形を歪め、いつしか漏れ出す弱々しい呻き。
 目にはまだ輝きがあった。
 だがそれは抵抗の意思ではなく、物理的な意味での光。
 大きな大きな目の端からじわりじわりとにじみ出る涙。
 誰の目にもれいむの敗北は間近。
 そう見えた。
 開戦当初は攻撃と防御を兼ねた押し付け合いも、今のれいむにとってはクリンチ状態。
 ただただ待って耐え凌ぐのみ。
 だが。
 度重なる攻撃に耐えかねたのか、自重を支え続けていた足が震えだし、ついに力を失い曲がり始めた。
 ずり、ずりとれいむの体が滑り落ちていく。
 それでも敗北するまいと堪えるれいむ。
 しかし現実は無常。 
 まりさをホールドしていた腕の力も次第に弱まり、体と共にずり落ちだして――

「ゆぅっ!?」

 それは唐突。
 崩れ落ちるれいむの姿に、余裕の笑みを更に濃くしたまりさが裏返った声を上げる。
 絶対的有利だったはずなのに何故。
 れいむから攻撃を受けた気配は何も無い。
 体力を使い果たし崩れ落ちていっただけ。
 まりさにとってはそう見えたのだが。

 さわさわ、さわさわ……

 それは、腕。
 何らの用も果たしていないように見えたれいむの右手。
 その手がまりさの脇をすりすり、すりすりと。
 叩いたまりさと違う、そっと優しく撫で摩る動き。
 言い方は悪いが、尻を撫で回す痴漢の動きと見えなくも無い仕草。
 まあゆっくりに尻は無いので道徳的な問題は全く無い。

「ゆゆゆゆぅ……ゆふふ……」

 熟練のテクニック。
 まりさの頬は見る間に朱が差し、顔は際限なく蕩けていく。

 さすさす、なでなで……

「ゆふぅん……ゆぅぅぅぅ……」

 腕の動きは既に止み、だらりと力なく垂れ下がっていた。
 すぼまった口からはだらしなくよだれが垂れ、恍惚とした表情はすっきり直前。
 しかし、二兎を追うもの一途も得ず。
 まりさにはりんごもすっきりも、どちらの至福も訪れなかった。

「ゆっ!」

 一瞬。
 れいむはその隙を見逃さない。
 摩っていた腕にぐっと力を込めると、自分の左方へ投げぬくように振り払う。

「ゆぅぅぅ……? ゆーーーーっ!?」

 見事なまでの上手投げ。
 快楽に緩みきっていたまりさが堪える事など出来ようはずも無く、成す術も無く地に打ち伏せられる。
 ごろりと転がってさらにころころ、そのまま土俵――では無くコタツの上から転げ落ち。

「ゆぅ……ゆゆゆ……ゆっく、えっく……」

 すっきり寸前から、一気に敗者のどん底へ。
 すっ転がった姿勢のまま、まりさはさめざめと泣いていた。
 声を上げて泣き喚かないのはせめてものプライドか。
 いつの間にか冬の太陽は早々に姿を消し、空を染めた茜色も夜の黒へとその座を譲っていた。
 頬を濡らし、敷き布団に染み込みながらも肌に伝わる涙の熱。
 宵闇の空気は、それらをあっという間に冷めさせていく。
 戦いの熱も、また。
 今まで行われていた熱く激しい戦いを伝える物は、まりさの姿以外残渣すらも残ってはいない。
 その姿をコタツの上から見下ろし、れいむは何事かを発しようと口を開き――止めた。
 勝者が敗者にかける言葉など無いのだ。
 れいむは黙って見下ろして、ただ一言。
 ふんぞりかえってただ一言だけ、声を発した。

「ゆっくりしていってね!」










 それから数分後。

 ガタン、ガタガタ。
 カチャッ――

 金属機構が接触し、回り、開かれる音。 

「おーい、帰ったぞー」

 続くのは、部屋の主の帰宅を告げる声。
 どたどたと足音も小走りに、首を竦め、手をすり合わせながら居間へと一直線に来るらしい。

「おー寒い寒い……お、れいむ、どうした。コタツから出てるなんて珍しいじゃないか。まりさは?」

 マフラーに手袋、厚手のジャケットを着込んだ腕には、重みで食い込んだコンビニの袋。
 言いさしつつも早速コタツのコンセントを差し込み、スイッチを高へと切り替える。
 彼はようやくそこで、ふてくされたように転がったまま涙を流すまりさの存在に気が付いた。

「まーたしょうもないことでケンカしてたんだろ……」

 彼はそれ以上の詮索はせず、さっさとコタツに足を突っ込む。
 良くある話だ。
 暮らし始めてまだ1年にもならないが、こんな事は日常茶飯事。
 ふてぶてしいんだか弱々しいんだか未だにさっぱり判らない。

「あ゛あ゛~~~~~あったけ~~~~~~」

 どうせほっとけばそのうちコロリと忘れて機嫌も直る。
 それよりも今はこの幸福を享受せねば。
 この手軽さと暖かさは何物にも変えがたい。 
 おっさんじみた声が漏れるのも仕方なかろう。
 顎を天板に載せ、猫のようにぬくぬくと目を細めた矢先。
 閉じたその目が薄く開かれた。

「あ、そのりんご」
「ゆ? これはれいむのりんごさんだよ!」

 億劫そうにもぞもぞと身を捩る男の前で、れいむがりんごの所有権を主張する。
 しかしれいむの眼前、ひょいと伸びた手はあっさりとりんごを掻っ攫っていってしまった。

「ゆ! やめてね! かえしてね! ここのおやつはたべてもいいっていってたでしょ!?」

 ようやく勝ち得た権利を横取りする行為に、れいむは再び頬を膨らませる。
 しかし男の返事は無い。
 りんごをくるくると片手で弄び、外観を確かめつつやっぱり、だのよかっただのと呟きつつ、

「いや、こいつ悪くなってたから今日捨てようと思っててさ。忘れてたんだよなぁ」

 ほら、と向けられたりんご。
 れいむの丸い目が見つめた先には、どす黒く黒ずんだ底面。
 まあ、腐りきったとまでは行かないものの、気分がよろしいものではない。

「ど、どうしてぇぇぇぇぇ!?」
「いや、どうしても何も結構長い事置きっぱなしだったし……」

 勝利の余韻も何処へやら、たちまちの内に意気消沈してしょげ返るれいむ。
 しかし、彼女らの同居人はそこそこ程度には気が利いていた。
 しょんぼり俯いたれいむの耳に、がさがさとビニール袋を探る音。
 見上げれば、身を捩って中を探っていた男がちょうど身を戻したところで、

「ほれ、これでも食ってろ」

 男が取り出したのは、りんごと異なる橙の色彩。
 ちょっぴりサイズは小さくなったが、これもまた冬の味覚だ。

「みかんさん!」
「おう、ちょっと待ってろ。ほらまりさ、蜜柑だぞー。さっさと来ないとなくなっちまうぞー」
「ゆ! た、たべるよ! ゆっくりまってね! まりさもみかんたべるよ!」

 現金なもので、みかんの言葉を聞いた瞬間、今までの涙は何処へやら。
 飛び起きるや否や、床からソファー、ソファーからコタツの上へ、見事な連続跳躍。

「みかんさんならわけられるね!」
「いっしょにゆっくりたべようね!」

 戦いの事など忘れたように、2匹並んで男がみかんの皮をむくのを待つ。
 うずうず、うずうず。
 寒さではなく期待に震えるれいむとまりさ。
 その姿に頬を緩めつつ、男は内心小さくため息。
 こいつらの手は一体何のためにあるんだろうか。
 皮を剥けるでも無し、かといって剥いてやらねばそれはそれで文句を言い。
 皮があっても食べられない事は無いようなのだが、野に生まれていたら一体全体どうするつもりだったんだろうか。
 まあ家生まれの家育ちだから、言った所でどうという話でも無いが。

「ほれ。ちゃんと分けて食えよ」
「わーい!」
「ゆっくりたべるよー!」

 見上げた2匹の真ん中に、皮を剥かれたみかんが投下。
 互いの頬の間に挟み、れいむとまりさは揃ってコタツから飛び降りる。
 向かう先はすぐ隣。
 コタツの敷き布団の上で汁物を食べると怒られるので、その隣に設えられた小さなマットが今は2匹の食事場所だ。

「むーしゃむーしゃ、おいしー! とってもゆっくりしたあじだね、れいむ!」
「あまあまー! すっごくゆっくりできるね、まりさ!」

 舌と歯だけで器用に一房ずつ分けては食べ、食べては舌鼓を打ち、打っては幸せに震え。
 お互いに頬を寄せ、お互いの幸福を分け合うようにすりすりし。
 果汁が飛び散り汚れれば舐めとってやり。
 冬の遅くの夕暮れ時、仲良く寄り添いながら、ゆっくりゆっくり2匹はみかんを消化していく。

『むーしゃむーしゃ!!! し・あ・わ・せ~~~!!!』

 世は事も無し、今日も平和だ。










                                終わり

                                作・話の長い人








「ゆ? ひとつあまったね」
「これはわけられないね!」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「まりさはさっきまけたでしょ! これはれいむがたべるよ!」
「さっきのはりんごさんでしょ! れいむはりんごさんだからみかんさんはまりさのものだよ!」
「ぷくぅぅぅぅぅぅ!!」
「ぷぅぅぅぅぅぅぅ!!」

  • まさにゆっくり -- 名無しさん (2011-05-30 08:40:09)
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最終更新:2011年05月30日 08:40