【バレンタイン企画】2月13日の乙女 14日の魔女

※一応作者当てSSです。でも別に推理しなくてもいいよ
※オリキャラが主役です。
※食べられてしまうチョコレートが出てきます。
※ゆっくりの出番が遅い上に少ないです。てかオチ担当です。しかも見え見えの。
※ていうかこれはゆっくりSSなんかじゃねぇ。皆キヲツケロー






普通に生きることが一番難しいって言っていたのは誰だったかしら。

そう、私は普通が良い。

一般の普通の平凡な女の子が良い。


魔女だの魔法だのなんて、大嫌いだ。




ゆっくりSS 2月13日の乙女 14日の魔女





 私は普通の女の子。
 そう、断じて普通なのだ。

 だから、
 2月になって暫く経てば、
 14日が近づけば、
 普段使わぬ調理器具を台所から引っ張り出して、
 ドロドロになったチョコレートをかき混ぜる。

 普通の女の子なら当然のことでしょう?
 愛しい愛しいあの人のために、
 この押し留まらない想いを伝えるために、
 火傷しそうになりながら、
 必死な想いで自分の想いの形を作る。

 そう、普通だ。
 市販で買った板チョコを一辺溶かしてもう一度形にするという生産性の薄いこの行為も、
 わざわざ小箱やリボン、包装紙を買い揃えてラッピングの練習をすることも、
 空気に向かって嬉恥ずかしそうにチョコを手渡す動作をしてみることも、

 普通で当たり前の青春なのだ。
 私が普通の女の子であるならば。


 それなのに、それなのに‥


「だぁらああ!!何でこうなっちゃうのよ!!!!」
『げろげろげろげろ オハヨウゴザイマスだげろ、ご主人』


 型にはめて冷やして固めてできた普通の手作りチョコレート。
 さっき完成したばかり。
 それなのに‥、
 それだというのに‥、

「何で動き出して、事もあろうも動き出してんのよあんたは!!」
『げろげろげろげろ、げろげろげろげろ』

 そう、私がさっき作ったばかりの10cmくらいのこのチョコは、完成するやいなやどこからとなく脚を生やして立ち上がり、
 勝手に台所の上を歩き回って今や人語を話すまでに至っている。いや、半分くらい人語じゃないけど。
 最早これはチョコではない。チョコの色と匂いがした、出鱈目な気持ちの悪い謎の生物だ。

「しかも…!何でげろげろ鳴いてんのよ!!私はねぇ、可愛い熊型のチョコレートを作ったのよ!!分かる!?熊よクマ、ベアー!!
 蛙じゃなくてクマ!!」
『げろげろげろ、そんなこと言ったて、オレはどう見ても蛙げろ。どっからどー見ても可愛い蛙型チョコレィトだげろ!
 ご主人はちょっと不器用だったんじゃないげろか?』
「貴様ぁ、ご主人とか言いつつ私を敬う気なんて0でしょ? 叩き潰すわよ」

 嗚呼、ああもう。
 何が悲しくて頑張って作ったチョコレートとこんなメルヘンで間抜けな会話を繰り広げたなければならないのか。
 私はただ普通にチョコレートの作りたかっただけなのに。

『げろげろげろげろげろげろ!!泣くな、ご主人!例えちょっと間抜けな不器用さんでも幸せになる権利は誰もが持ってるげろ!』
「だらぁあああ!!!もう、黙れ!!食い潰す!!」



 私は普通の女の子だ。

 だけど‥、私の両親は普通じゃない。
 特に母。
 まず格好がアレだ。
 白黒の尖がり帽子に、黒いドレスに白いエプロン。おまけに何故か竹製の箒を常に携帯している。
 およそ普通の主婦とは縁遠いあの格好。
 およそ普通の主婦とは程遠いあの性格。

 早い話、魔女なのだ。あの人は。

 そして、あの人の実の娘(この前聞いてみたが血が繋がっていない設定は無いそうなので確定的)である私は、
 魔女の娘ということになってしまう。

 だから、という訳なのだろう。
 私がお菓子を作ると、どういう理屈か知らないが、いつもこういうことが起こってしまう。

 6歳の時、友達のタマちゃんと一緒に焼いたクッキーは、突然コサックダンスを踊りだし、
 8歳の時、母に教わりながら作った練りアメは、スライムみたいにうねうね這いずり回り、
 10歳の時、ミヤちゃんのために皆で作った苺ケーキは、何故かサシの戦いを挑んできた、勝ったけど。

 『作ったお菓子に命を吹き込む程度の能力』とでもいうのか。

 怪しい材料なんて一片も使ってないし、摩訶不思議な呪文だなんて一詞も唱えていない。
 それなのに、私が作成に手を出したお菓子の類はみんな、出来上がった途端に冗談みたいに動き出す。しかもやたらとコメディ調に。

 作ったお菓子が動き出すなんて、そんな絵本やアニメじゃあるまいし。

 常識的に考えても、
 女子的に考えても、
 普通じゃない。



「だらあぁあああああああああ!!!だから私は普通が良いのにぃいいい!!!」

 取り敢えず『失敗作』となってしまったチョコレートをバリバリ齧りながら私は呻いた。
 鋭い目つきで壁にかかった時計を見やる。
 今日は2月13日。現時刻は夜8時。
 乙女の聖戦開幕まではや4時間。
 それまでに、何としても普通の、手作りの、チョコレートを作らなければいけない。
 手作りの、だ。ここが一番大切、テストに出すよ。
 店で売ってる大量生産品なんかであの人の心を射止められるものか。
 しかし、今一番ネックになっているのが、その『手作り』の部分なのだ。

「だらぁ~、私はいったいどうしたらいいってのよぅ」

 昔からこうなのだ、私は。
 普通に生きたいだけなのに。
 このよく分からない能力のせいで、私が今までどれだけ苦労したことか。
 タマちゃんのお母さんにはドン引きされたし、練りアメは逃げ出して食べられなかったし、
 ミヤちゃんの誕生日パーティは台無しになった。
 そして、今、乙女の人生初の本気バレンタインでも‥

 結局、一度普通に生まれることができなかったら、普通に生きていくことはできないのだろうか?
 他の連中がカップルにイチャイチャパラパラしてる中、私だけはずっと独りでそれを見続けなければいけないのだろうか?
 そういやミヤちゃんてば去年のクリスマスに彼氏できたんだってねー。わーお、羨ましいー(棒)

『げ‥げろ‥、ご主‥人 浮わついた話もないまま‥寂しく哀れに孤独‥で生きる‥ それもまた ‥青春‥ げろ』
「って嫌だらぁああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 私は魂の限り叫び、最後に残ったチョコレートの欠片を噛み砕いて飲み込んだ。
 ふざけるなふざけるな ふざっけるな。私は普通に生きるんだ。
 愛しのあの人と幸せでラブラブな青春を過ごすのだ。

「クールになるのよ、考えて私。どうしたらいい。あの人に手作りバレンタインプレゼントを渡すには。
 落ち着け、落ち着いて考えるんだ。世界の構成物質の一つは私であり、私の構成物質一つ一つもまた一つの世界なのよ」

 全神経を思考に集中させる。今までにないくらい頭を使う。
 何かきっと方法があるはず。
 あるはずなのだ。
 バレンタインバレンタインプレゼントチョコレート。
 頭を掻きながら必死でヒントとなる単語を口に出してみる。

「そもそもバレンタインにプレゼントするのがチョコレートってのがいけないのよねぇ。チョコレートってばお菓子だから。
 くそぅ、肉じゃがなら得意なのになぁお菓子じゃないから勝手に動き出さないしぃ」

 待てよ‥。

 頭を掻く右手が私のポニーテールにぶつかって止まる。
 もしかして‥

「あるかもしれない。見つけたぁ!私の能力に逆らう唯一の方法!!」

 そうだ。どうして今まで思い至らなかったのだろう。
 この方法ならば、チョコレートを作りながらも、多分完成品は勝手に動き出したりしない!!

「そうと決まれば…早速足りない道具と材料の買出しね」

 もう無駄に使える時間はない。
 店が閉まる前にと、私は財布を持って全速力で玄関から飛び出した。










 そして、次の日。
 運命の刻来たる。
 そう、今日は、今日こそは‥。

バ レ ン タ イ ン デ イ ! !


「先輩!!これ受け取ってください!!」

 善は急げ、開口一番、疾風迅雷、電光石火。
 私は先輩は呼びとめ、ボックスティッシュくらいの正方形の箱を精一杯前方に突き出してそう言った。
 うわぁおう、言っちゃった、言っちゃったよ。
 意外と行動力あるな自分。見直したぜ。
 腕がガッタガッタ震えてるけど。

「これを‥僕にかい?」
「は、ひゃい!!えと、今日はバレンタインでしょ!!そ、それで!!先輩に‥受け取ってもらいたくて‥」

 台詞を噛みながら何とか言うべきことは全部言った。言ってしまった。
 うわぁやべぇ、心臓が有り得ないくらいのスピードで爆振している。ていうか爆発するんじゃないでしょうね、これ。
 顔も自分のものとは思えない程熱い。火が出る。今なら本当に火がでそうな気がする。
 ああ、早く。早く受け取って下さい。絶えられない、数秒とも経ってないはずだけど、滅茶時間が長く感じる。
 そうでなくてもお願いですから何らかの返事を下さいいやマジで早くお願いします!!

「これは、参ったな。まさかこんなに可愛い女の子からバレンタインプレゼントをもらえるなんて」
「ふぇ!てぇういぇ?」

 今なんて仰られた?
 可愛い?

「有難う(ニコ)」

 先輩は、溢れんばかりの良い笑顔で、本当に良い笑顔で私に向かって微笑みかけた。
 幻じゃなけりゃバックに色とりどりの花畑つきで。

 やっべぇええええええ。美しい。マジ美しい。そして格好いい。てか良い。(ニコ)って部分がめっちゃイイ笑顔よコレ!
 ああ、ヤバイ鼻血出る。鼻血出るよ?
 これ以上先輩と眼を合わせられなくなり、私は思わず顔を俯かせた。

「君‥大丈夫かい?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと鼻血が‥」
「鼻血‥?」
「いえいえいえいえいえいえいえ、何でもありません!!だから取り敢えず開けて見てください!!手作りです!」
「へぇ、それは楽しみだな」

 うわぁぁいぃぃぃい。凄いよ。寧ろうまくいきすぎて怖いよ。
 まるで私の人生じゃないみたいだ。
 普通。凄く普通!!
 いや、普通などと言う言葉では表せない。
 普通を通り越してその先にあったのは理想!!
 まさしく理想通りの展開だもの。

 先輩がするすると手際よく箱のラッピングをはずしていく。
 ああ、こんな些細な仕草すら美しいです、先輩。

「さてと」

 そして先輩がゆっくり箱を開ける。
 さぁ、先輩。受け取ってください、召し上がってください。胃に納めて下さい。
 私の全身全霊の想いを。

「こ‥これは‥」

 先輩が驚いたような声をあげる。
 そして、

「ゆっくりしていってね!!」

 幼い少女か少年のような元気な声。

 ゆっくりしていってね!!
 ‥‥、
 ‥はい?

 今誰が何と言った?

「ゆっくりしていってね!!」

 あ、また聞こえた。
 どうやら幻聴じゃないようだ。
 物凄い嫌な予感が全身を駆け巡る。
 いやいやいやいや、そんな‥。昨日確認したときはこんな‥

 恐る恐る、先輩に渡した箱の中に居るものを確かめる。
 そこに居たのは‥










 昨晩の話である。

「よし、今度こそ完成!!」
 私は汗を拭いながら、やっとの思いで作り上げた完成品を上から眺める。
 それは、美味しそうな小麦色をした半球の物体。
 周りにほんわりと甘い香り、そして焼き立ての証である美味しそうな暖かみが辺りを漂う。
 そう、古来より子供から大人まで親しまれ愛され続けた菓子パンの究極の形その一つ、
 チョコパンである。

「フフフ‥、やっぱり動き出さない」

 そう、私の能力が有効なのはあくまで『お菓子』限定。
 しかし、チョコパンはあくまでパン。おやつで食べることはあるかもしれないが、お菓子ではない。人にとっては主食だったりする。
 よって、私の能力の有効範囲外!

「私の読みは大当たりのようね。菓子パンの類は焼いたことなかったから、ちょっとした賭けだったけど‥」

 けれども私はその賭けに勝ったのだ。

「よっしゃらぁああああ!!チョコ入ってる訳だからバレンタインにもマッチしてない訳でもないし、
 パン焼ける家庭的な女の子って方向でアピールも可能!!災い転じて福にしちゃうなんて流石よ私」

 精一杯腕を上に振り上げ勝利のポーズを決める。
 舐めるなよ、魔女の血め。貴様の思い通りになると思ったか。

 私は、普通に生きることができるのだ!!

 クハハハハ、
 カハハッハハハハハハハハハ。










「ゆゆー?ゆっくりしていってね!!」

 そんな昨日の勝利宣言は何だったのだろう‥?
 ああ、見慣れてるよこの光景。
 いつもの勝手に自由気侭に動きまわる『なんちゃって不思議生物』だ。
 しかし、これは何て冗談だ?

 形は丸。
 尖がり帽子に輝くブロンドヘアー。
 そして人間の顔と同じような目と口。そしてどこにも見当たらない首から下の大事な部分。
 よりによって‥、魔女の‥、生首‥なの‥?
 その顔は漫画みたいにデフォルメされて、しかもふてぶてしい生意気そうな表情をしているため、
 本当の生首にはとても見えないが、気色悪いこの上無いのには変わりない。
 両手に乗る程度の大きさと、一応チョコレートの甘い香りが漂っているところをみると、
 チョコパンが変化したものというのは確かなようだが。

「ゆっくりしていってよー!ゆっくりしていってよー!」

 返事が無いことに怒っているのか。
 そのへんてこなチョコパンお化けは箱から飛び出して、あろうことか先輩に対してぶつかっていった。

「あ…おっと」

 それまで呆然としていた先輩が慌てて箱を手放してそのチョコパンお化けを掴み取る。

「ゆっくりしていかないのー?ゆっくりしていかないのー?」

 すると今度は甘えるような上目遣いで、さっきより可愛い媚びたような声を出して喋りだした。
 うっわ、なんかマジむかつくんですけどコイツ。殴りたい。

「ゆっくりしよーゆっくりー!!」
「こ‥これはいったい‥」

 何か先輩が偉く戸惑ってる。
 当たり前だ、渡されたバレンタインプレゼントから突然こんな不思議生物が飛び出してきたんだから。
 普通の人間の感性じゃ考えられる事態じゃない。
 とか、冷静に考えてる場合じゃないでしょ!!

「‥‥生きているのか‥?」
「せせっせ、先輩…こおここここれは 違うんです!!いや本当違うんです!!」

 弁解しなければ。言い訳しなければ。
 何とか言いつく繕なければ。
 私がこの力の所為で、何人の友人を失ったと思ってる。
 何人のどうでもいい人に変人扱いされてきたと思ってる。
 その上先輩にだけは変人だと思われるのは嫌だらぁあああああああ!!

「いや本当なんでこんなのが入っているのか私には分からなくてこれは何かの間違い…そう、きっと間違いですよいやだってほら
 こんな丸いのが動くなんて常識で考えたら有り得ないじゃないですかないないない現実じゃないですよこんなのだって」
「ゆっくりー喋ってよー!ゆっくりー!」
「だらぁあんたはうっさい、黙ってろ! ‥…、て私てば先輩の前でなんとはしたない。あ~う~違うんですよ?先輩」
「か‥か‥」

 そして先輩は、妙に腕をぷるぷるさせながら、ポツリと呟いた。

「かわゆい‥」

「はい?」
「ゆ?」

「うわぁあああ凄い凄い凄い可愛いかわゆいかわゆいかわゆいぃいいいいい」

 ぶれいく?

 いつも聡明で爽やかで理知的な先輩に何が起こったのか。
 ご乱心である。
 普段決して出さないような甲高い声を出しながら、謎の生物をぎゅっと抱きしめてる。
 おいおいおいおい、こんなレア先輩、滅多にお目にかかれるものじゃないよー。

「うわぁああああ凄い柔らかい!この子すっごく柔らかいよ」
「ゆ、ゆゆー♪」

 うっわ先輩なんか滅茶苦茶幸せそー。チョコパンの方もなんか嬉しそうだし。
 先輩の胸に向かって「すーりすーり」と頬を摺り寄せている。
 胸だと…、ていうか先輩の抱擁をモロに受けやがって‥、妬ましい。
 かつ羨ましい!!変われ私と今すぐに!!

「君、有難う!!」
「ひゃ、はい? しまったよだれが‥」
「まさかこんなに素敵なバレンタインプレゼントをもらえるなんて‥。確か君の家系は魔法使いだったよね? 
 凄いなぁ、こんなに可愛い生物も創り出せるなんて‥。尊敬するよ」
「え‥?えと、ありがとう‥ございます」

 可愛い‥だと‥?
 この不思議生首が?

「いやぁ、うちの親は猫や犬の毛にアレルギーを持っていてね。ずっと、こんな小動物を飼うのが夢だったんだ。
 あ、この子には何を食べさせてあげればいいのかな?」

 あー、小動物扱いですかー。流石にそれは犬猫の皆に失礼じゃぁありませんかねー。
 食べる、という言葉に反応して、チョコパンは元気良く反応する。

「まりさはねー、チョコレートが大好きー!!」

 ああ、やっぱチョコパンなんだなこいつ。
 てかお前、ゆっくり以外にも喋れたのか。いや今までの事例を考えたらそのこと事態は不思議じゃないけど。

「うわぁあああああああああああ!!一人称が自分の名前なんて‥可愛い!!本当にかわゆいよぉおお!!
 そっかまりさっていうう名前なんだね」

 それにしてもこの先輩止まらないなぁ。この数分間のやり取りでイメージがガラ変わりなんですけど。
 無論アリの方向で。

「うん、ゆっくりしていってね!!」

 ていうか何で名前があるんだよ!生まれたばっかだろお前!!

「それじゃ早速チョコ買ってあげるからねー」
「ゆわーい、ゆっくりー」

 媚びてんじゃねえぇえええええ。てかお前がチョコだ。
 私が先輩にあげたチョコだ。

「それじゃ、君。本当に有難う!!」

 唐突に、先輩がまりさを抱えている手とはもう片方の手で、私の手を強く握り締めた。

「ちょえま‥だら‥え?」

 ちょっと嫌だ私の手が先輩と触れている。
 私と先輩が今一つになって繋がってるぅ!?

 やだ、何これ凄い嬉しい。
 心の底から歓喜のファンファーレが鳴り響く。

「この恩は絶対に忘れないよ!お返し、楽しみにしててくれ」
「は、はい、是非!!」

 私はできうる限りの精一杯の笑顔で先輩の気持ちに答えた。
 だって、いつも見ているだけだった憧れの先輩からこんな風にお礼を言われるなんて、本当に心の底から嬉しかったんだもの。

「ゆゆぅ、チョコレート~」
「ああそうだそうだったね、まりさ。じゃ、君、また今度」
「はい、お気をつけて!!」

 言うやいなや、先輩はまりさを抱えながら凄いスピードで商店街の方向へ走っていった。
 元気だなぁ。そして速い。
 なんか最後に「ゆっくりできないよー」とか嘆きの声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。






「‥‥‥、」

 先輩の手のぬくもりが未だに残る左手を、そっと右手で包み込んで顔に近づける。
 先輩と手を繋げたという事実。まだ思い出にはしたくない。
 わぁ、今私ったらかなり女の子っぽい。

「魔法も、たまには悪くないじゃない」

 ふふふ、と一人笑いながら、あのチョコパンのことを思った。
 そういえば、結局どうしてあのチョコパンは突然動きだしたんだろう。
 そして、あのチョコパンに可愛い連呼しながら抱きついていた先輩。
 普段の凛々しさからは考えられない、だらしのないあの母性まるだしの笑顔。
 アレを開口一番で可愛いとか言ってしまう先輩の美的センスには問題があると言わざるを得ないが、そんなこと本当に些細なものだ。
 だって、先輩。可愛い連呼してチョコパンに思いっきり抱きついて、

「可愛い可愛い言ってる先輩が一番可愛いかったよぉ」
「こんなとこで何気持ち悪い独り言をかましてくれちゃってるのかしら?ちょっとした公共良俗法違反じゃない?」

 ふと、私の独り言に突っ込みを入れる声が、上空、私の真上の、何もないはずの空間から一つ。
 どうやら、このタイミングであんま御目にかかりたくない人が来たようだ‥。

「うっわ‥、何時の間に。娘のプライベートと領空を勝手に侵犯しないで下さい、母よ」

 そうです。これ多分私の母さんです。
 実の母親で一緒に住んでいる家族なのだけれど、親離れ兼反抗期兼魔法使いアンチである私には、
 決してその人を親しみを込めた愛称「かーさん」や「ママ」などと呼ぶ義務が無いので母とか他人行儀で呼んでいる現状始末。

「最初から。我が家の恥が出回らないよう哨戒してだけなのだけどね」

 ウフフフフ、と、歳に合ってるのか合ってないのか分からない笑い方でそいつは返した。
 本当にこの人はする動作一つ一つが魔女っぽい。
 それがまた腹立たしいのだが。
 私は上を向かずにそいつに語りかける。

「まぁ、いいや。まさか貴女ですか?私のプレゼントを生きる生首に変えたのは?」
「あら、降りて来いとは言ってくれないのね?ウフフ、まぁいいわ。その質問の答えの選択肢は『いいえ』。私じゃないわよ」
「じゃぁ、どうして昨日動かなかったチョコパンが動きだすんです?お菓子じゃないはずなのに」
「ああ、それは簡単なことよ」

 そいつは子供に向かって当たり前のこの世のルールを語るかのように言う。
 何時まで経っても子ども扱いなんだから。

「貴女の力がお菓子にしか働かなかったのはね、貴女がお菓子が好きだから、ただそういう理由だったからよ」
「はぁ、はい?」
「好きでしょ?お菓子」
「えぇそりゃまぁ私も女の子ですからね」
「魔法はね、自分で作り上げたもの、殊更に好きなものには特別かかり易いものなのよ。
 そして、今回貴女が作ったのは、好きな人へのプレゼントである『バレンタインチョコ』」

 正確にはバレンタインチョコパンだが。
 後は分かるでしょ?とそいつは試すように語りかける。

「ま、待ってよ。じゃあ、私が好きなら例えそれがお菓子じゃなくっても生物化するってこと?」
「まぁ、魔法使いの理論上は、ね」

 何だ、その胡散臭いこの上ない理論。

「それじゃあ、どうして私が昨日作り上げた時には動き出さなかったの?おかしいじゃない、いざ手渡すときに動き出すなんて」
「それも、当然のことなのよ。だって、プレゼントって、渡したい相手に渡す瞬間に、完成するものでしょ。
 あのチョコパンに命が吹き込まれたのは、正しく渡した瞬間だったのよ」
「はい?そんな良く分からない理屈を当然のような声で語られても困りますが‥?」
「贈り物は相手に贈るから贈り物足り得る。誰にも送られないプレゼントは永遠に完成することはないの。そういうこと」
「何か、訳の分からない詭弁染みた言葉の羅列で煙に巻こうとしてない?」
「それが、魔法使いの理論なのよ」
「胡散臭い…」

 これだからこいつは嫌いなのよ。
 私は軽く溜息をついた。
 せっかく魔法についても見直してやってもいいと思っていたのに。

「ウフフ、ウフウフ、ウフフフフと。所でさ‥、あの‥ちょっと聞きにくいこと聞くけど‥いい?」

 そいつは急に改まったような声を出して、躊躇うように聞いてきた。

「あによ?」
「さっき、貴女がプレゼント渡した相手が‥あんたの本命さん?」
「ま、まぁそうですけど‥。だから何ですか?」
「あぁ、えっと‥そのね‥」

 そいつは戸惑いながら、確認するように言う。

「背はちょっと高めだったけど‥。あの子、女の子よね?スカートだったし」
「‥‥‥」


 ええ、はい。
 その通りですが、何か?











 ここから先は余談であるが‥

 あれ以来、私の魔法嫌いの魔女嫌いは少し治ってきたようだ。
 理由は至って明確。

「へぇ、魔法はそんなこともできるんだ。凄いね!」
「ゆっくりー」
「いえいえぇ、って私が照れることじゃありませんよね」

 先輩が私の家系や魔法について興味津々で、ちょくちょく遊びに来るようになったからだ。
 どうも、あのまりさとやらを飼い始めてから、魔法について深い興味が沸いてきたようだ。
 魔法目当てというのが少し気に食わないけれど、先輩が私のうちに遊びに来てくれるのだ。その程度のこと喜んで目を瞑ろう。

「ゆーんゆーん。おねーさーん」
「何だいまりさ」

 まぁ、このチョコパンまで付いてくるのは正直邪魔だが。
 先輩にも随分懐いているようで、恐れ多いことにおねーさん呼ばわりだ。私だってできればお姉さまって呼びたいのに。
 まりさは甘えるような目つきで少し震えながら先輩を見上げる。

「まりさお腹空いたー」
「うわぁあああ、かわゆい。分かった、ほらチョコレートあげるからなぁ」

 先輩が優しい声でポケットから板チョコを取り出し、小さく割ってまりさの目の前に置いた。
 まりさが嬉しそうな歓声をあげ、ゆいしょゆいしょとチョコに這って近づく。

「ばーりぼーり、しあわせー!!」
「あああもう、まりさは可愛いなぁあ!!」

 ああ、邪魔って言うか、なんかもう色々妬ましいや。

 今にミテイロ。

「所で、君もチョコ食べるかい?」
「はいぃ、是非頂きます!!」
「ゆっくり食べてね!!ゆっくり食べていってね!!」

 だが、今のところは感謝しておいてやる。
 一応お前がキューピッド役だ、成功確率は未だに極めて低いこの恋の。

「ばーりぼーり、しあわせー!!」
「ほら、まりさ。お口にチョコがついてるぞ。拭き拭きしてあげようね」
「ゆー!ゆっくり拭いてね!ゆっくり拭いてね!」
「あぁあの先輩!!私も勢いよく食べ過ぎてなんか口中にチョコが付いてしまったような気がするんですが!!」
「コラ、君も女の子なんだからもっとお行儀良くしないと駄目じゃないか。だらしがないぞ」
「うぅ‥、その、済みません」
「けらけらけらけら、ばーかばーか」
「お前‥、仮にも産みの親は誰だと思ってるのかしらこの小麦粉の塊は?敬う気ゼロ?
 ていうかどうしてそういう所だけ共通なのよ、こいつらは!」




普通に生きることが一番難しいって言っていたのは誰だったかしら。

私は普通の女の子だからその辺り少し分からない。

私は普通の女の子。

ちょっと魔法が使えるだけの、ただの普通の女の子。

暫くは、これで行こう。


                         fin.









以下後書き
  • バレンタインありきでストーリー構成したらゆっくりの出番少ないよっていう。
    取り敢えずイベントものだからという理由で許しを請いておきます。人間いらねえよ派の方々、本当ごめんなさい。
  • 世界観とか登場人物の背景とかてけとーです。幻想郷かどうかすら定かじゃないっていう。
  • 作者当てのヒントとしては、この作品に登場したゆっくりは私が一度も書いたことの無いものだった、ということで一つ。
    中身がチョコとかそういうのは関係なく。


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最終更新:2009年02月16日 10:17