ゆっくり堂 酔いの伝播

「ゆっゆっゆーのゆーめージーン」
 上機嫌に歌を歌いながら、まるっこい体に、金色の髪、どこか不遜なつくりの顔に黒い三角帽子のゆっくりまりさは散歩をしている。
瘴気ただよう魔法の森ですら雪化粧をするほどに寒いが、寒い寒いと言ったところで冬が恐れおののいて飛び去ってくれるわけではないことを、まりさも知ってはいた。

要はやせ我慢である。ずびっという音をさせながら鼻をすすった。

「おはよう! 今日もさむいわね!」

「おはよう! ちっともさむくないからさむいとか言うのはよすんだぜ!」

 会話の相手は、いつの間にかアリス・マーガトロイド宅に住み着いていたゆっくりありすである。
いつも昼ごろにはくちくなった腹をこなれさせるためか、さわやかとはおおよそ言いがたい魔法の森を、まりさ同様に散歩していた。

「……さむいに決まってるじゃない」

「……ですよねー」

 どちらともなくがちがちと二人とも歯を鳴らす。

摂氏でマイナス10度を下回っていれば、当然であった。北海道では『暖かい』に分類されるのやもしれないが、ここはあいにく幻想郷である。
記録的な寒さ、と気象予報士がいれば言ったに違いない。

「……ところで、帽子ってあったかそうよね!」

「そうか? 大してあったかくないんだぜ、これ」

 それを聞くと、そうかぁ、と残念そうな反応をありすは返す。返すが、しかしどこか目が据わっている。
それにぞくりとしたものを、まりさは覚えた。これは熟練した狩人の目だ。

「うふふ……なら、無くても良いのよね?」

「え、ちょ、ありすさん、なにを」




 アッー!という限りなく獣に近いまりさの悲鳴が、昼間だというのに魔法の森に響いた。













ゆっくり堂 酔いの伝播

 魔法の森という異界との境に、同じく人妖の境にある店主が鎮座する場所がある。
口の悪い向きには役に立たないガラクタばかりと囁かれるが、それでも、外の道具はここでしか手に入らない。

 その点だけは、この店に足を運ばせる動機として、もっともそれらしいものだ。
とはいえ、客ではない物見遊山の類の数だけは多い。
商品自体のものめずらしさもさる事ながら、冬の間は居心地がとみに良いのだ。ストーブという外界の道具があるためである。

 そして、店主たる森近霖之介の目下の悩みは、その居心地のよさにある。
銀髪に青い着物、切れ長の瞳と同じように細く、縦に長い店主は、不機嫌に新聞をめくりながら言う。
記事の内容は、目の前に居る人物の与太話であった。

「……帰らないのかい」

 いつぞやの不思議生物のモデルとも言われる、霧雨魔理沙がストーブの前に居座っている。
赤い右手をかざしながら、上機嫌にもちがぷう、と膨らむのを待っていた。そして、かたわらに醤油にのりまで用意する念の入れようであった。

それ以外には、雪でびしょぬれになったマフラーと帽子を安全柵にかけ、ゆるいウェーブのかかった、長い金髪を左手でくるくるといじっていた。

「なんだよ、居ちゃ悪いのかよ、香霖。客だぜ、客」

「頭に一応がつく、な。だいたいだな……」

 店主である森近霖之介を屋号で呼ぶのは、魔理沙と古馴染みだから、というのもあるが、森近では他人行儀だし、霖之介ではなれなれしい。
そういう心理的な作用もあった。

気安いが、それだけではないためである。

 とはいえ、馬耳東風とはこの娘のためにあるようなもので、香霖の説教なぞ何ほどでもない、と言う顔をして見せている。

 それでは面白くないのは霖之介である。
立ち上がって、ひとつ特別の説教を垂れてやろうとしたのか、それともやんごとなき用事でもあるのかと思われたが、果たせるかな、それはある生き物の乱入によってさえぎられた。

「返すんだぜ!」

 店に珍客がやってくるのはいつものことではあったが、その中でもちょっとありがたくない人種の、声が聞こえる。
空耳だと思えれば、何よりよかった。だいたい、楽で良いのだから。

「いやよ!」

 いやに元気のよい声。はて、どこかで聞いたような、と考えていると、魔理沙そっくりの黒い帽子をかぶった例のなまものがカウベルを鳴らして入り、魔理沙に飛びついた。
またあいつか、と思うが、どうにも気色が違う。

 あちらは元気が売るほど有り余っているという感じを受けたが、こちらは若干おとなしい風だ。
だいたい、髪が短い。モデルは魔法使いでも、目の前の白黒ではなく、常識人の方だった。

 常識人だが病弱な方には会った事がない。なにしろ、図書館には行ってみたいが、口実がないのだ。

「……おや、アリスのとこのやつか。どうしたんだ?」

 飛びついてきたゆっくりを抱えながら、魔理沙は笑って帽子をいじくる。なるほど、同じく魔法の森で起居しているアリス・マーガトロイドの同居人らしい。
「えへへ、かりたのよ!」

 はて、借りたにしては返せという声が聞こえていたが、空耳だったのだろうか。

 そう考えていると、例の大声の主がプルプルと震えながら現れる、口にはミニ八卦炉風のものがくわえられていた。

「ますたーすぱーく!」

 ひょい、と魔理沙はありすを右手に抱え、左手でもちの乗った焼き網を持って避けた。
そこまでは良かったが、あいにくその射線上には霖之助が居た。視界が白くなるが、反射的にのけぞったため、髪のごく一部が焦げたのみにとどまる。建物の損害は考えたくない。

「……あ、あれ?」

 おかしいなー、などと、先刻こちらに攻撃してきた愉快生物はつぶやき、右を見て、左を見て、恐る恐る霖之助の方に向き直った。
ぽっと頬のあたりを赤らめる。

「やっちゃったぜ!」

 僕はひきつらせた顔のまま、つかつかと歩み寄り、不思議生物にチョップをプレゼントした。いやに柔らかかった。






「こころが狭いわね。だから歯をひょーはくしてるっていわれるのよ」

 帽子を取り返されたありすはぷくっと膨れながら、まりさに向かって悪態をつく。
対するまりさは、帽子を取り返せて喜んでいたが、歯という単語を聞くと、ぶるぶると震え始める。こころなしか、ありすを抱きしめていた魔理沙の方もいささかむっとしている。

 烏天狗がおいていく新聞に、魔理沙の歯がどうの、という話が載っていたような、と言うことを思い起こす。なるほど、漂白した、と書きたてられたようだ。

「だから! 歯なんてひょーはくしてないぜ!」

 そうまりさが涙ながらに言うと、モデルとなった当人も首を縦に振りながら、こう続ける。

「そうだ。だいたいだな、もともと真っ白な歯を漂白してどうするんだ?」
 なるほど、新聞に載っていた歯の漂白ネタでずいぶんとからかわれているらしい。
お歯黒で歯を染め上げる習慣は聞いたことも見た事もがあるが、漂白のほうはあまり聞いたことがない。
 外の世界の道具でも流れてきたのだろうか。
そう霖之介は考えるが、まあ黄ばんだ歯よりは白い歯の方がどちらが印象が良いかと言えば後者であり、その点でのみで言えば、霖之介の常識にも適っていた。

 もっとも、言われた当人たちは困惑と言っても良い色を浮かべているから、まあ気の毒ではあった。

 だが、百歩譲って魔理沙が漂白していたとしても、不思議生物であるまりさがいちいち漂白するとは思えない。
鮫よろしくで、いつの間にか生え変わっていそうなものである。

 しかし、これを類似の呪いであったり、魔法であったりととらえるならばまた話は違うだろう。
この生物が何らかの方法によって影響を与えるために作り出されたのならば、本体の状況にも多少影響されるにちがいない。基本的に人を呪わば穴二つ、なのだ。
霖之介は、ぼそりとつぶやく。

「……天狗の仕業だな」

「それは天狗のしわざだとおもうわよ」

 何を当たり前のことを、という態度のありすであるが、魔理沙はこれはまずい、とばかりに渋面をつくる。
ありすの言葉で、この商人の入れてはいけないスイッチが入ったのだ。

 対象的に上機嫌なのはまりさである。というより、店のコーラを勝手に飲んで、すでに出来上がっていたためだ。
炭酸入りならなんでも酔っぱらえる、酒代がかさまない経済性がここにあった。
 とうとうと語り始める霖之介をよそに、まりさの飲んでいるコーラを、魔理沙の腕から抜け出したありすがかすめ取って飲み始めた。
どうやら、ただで飲んでよいものだと思ったらしい。

「おいしいわ!」

 とかいの味よね、などと言う。実際、ボトリング工場のある場所は、幻想郷よりは都会ではあるはずだ。

「うっめ!めっちゃうめ!」

「もっとちょーだい!」

 どんどんと回る霖之介の舌。同じように上がっていく、ゆっくり二人がコーラを干すペース。
したがって、霖之介のそれとは違い、ゆっくりたちの舌はますます回らなくなる。

「……つまり、このまま行けば幻想郷は滅亡するんだよ!!!」

 その一言に、いまさらMMRネタか、と言う空気が一瞬ただようが、霖之介の扱いに長けた魔理沙はゆっくり達とともに驚愕の表情を浮かべて、こう叫ぶ。こころなしか、魔理沙の顔も赤い。

「な……なんだってーっ!!」













「いや、そんなわけは無い」

 あっさりと否定する霖之介に、付き合ったのにそれか、と言いたげな感すら漂い始めるが、霖之介は落ち着き払った調子で、再び続ける。

「どうやら、仮説は正しかったようだね」

「おりょ?わけわかんないんだぜー?」

 完全に出来上がったまりさの三角帽の上で、器用にバランスを取っているありすはさておくとしても、魔理沙がやけに熱い息を吐き出す。酒くさい。

「あれ?……おかしいな、酒なんて飲んだかな」

「飲んだよ。そこの魔理沙に似た何かがね」

 ゆっくりというのは、確かにそれ単体では独立した、何者かである。
だが、完全にそうなのかと言うと、どうやら違うようであり、元になったとされる人物の影響を受け、同じように影響を与えてしまうようだ。
 近ければ近いほどその影響は強まることから、ことによると、誰かが呪術をかけようとして作ったものではないのだろうか。
だが、ねらいはどうあれ、結局大したことではなく、求聞史紀にゆっくりのページが追加されたくらいのものだ。
要約すれば『意味不明だが無害。ヘタにかまったところでひとしきりからかわれるのがオチ』というところだった。

 悪影響にしたところで、せいぜいが極近くにいれば酔いが伝わってくる程度のもので、なんら問題のあるものでもないだろう。
 とはいえ、後日ゆっくりまりさとともに二日酔いにうんうんうなる羽目になった魔理沙こそ、良い面の皮であったが。



ゆっくり堂 酔いの伝播 -了-




あとがき
 相変わらずの霖之介さん大妄想の巻。
歯の漂白の元ネタは、トップギアの司会者の一人、リチャード・ハモンド氏が歯を漂白した、というゴシップです。
(背が他の長身な司会者に比べて比較的小さく、あだ名はハムスター)魔理沙との共通点はというと、背が小さい以外はまっっったくないです。
強いて言うなら、ものに愛着を持ちすぎるところでしょうか。

……いや、なんとなくまりさに言わせてみたら面白そうだったので。

ゆっくりと動物の人

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最終更新:2009年03月09日 16:43