「いらっしゃいませー」
我ながらさっぱりやる気の感じられない声だなあと自覚しつつ店内に入って来たお客さんに挨拶をする。
私は今、コンビニで生活費を確保するためアルバイトをしている。着慣れた少々薄汚い支給された制服は、私が一日二日の店員では無い事の証明となる。
別に、長い間働いているからって何も起こらないしさらさら自慢する気なんてないけど。むしろ情けなくなるわよ、未だにアルバイトだなんて。
お客さんが商品を持ってレジ前まで来たので今やっている在庫管理の作業を一旦止めて急いでレジに入る。
楽しみも何も無い作業。私は後数時間はこれを強要されやらなくてはならないし、終わったからって明後日にもまたシフトが入っていて束の間の休息にしかならない…。ああ、私は一旦いつになったら満足する事が出来るのだろう!
ふと、頬に冷たい夕方の町の風を感じた。また店内に誰かお客さんが入って来たみたいだ、面倒だなあ…。しかし、挨拶だけでもしないと。
私は入り口に少しだけ注目し、言葉だけの挨拶をしようとしたその時、その言葉を思わず呑み込んだ。
「ゆぅ…。おべんと、おべんと…」
なんと、とてもかわいらしいゆっくりが店内にお邪魔しに来たではないか! 何やら普段人間の施設を使わない様であり、びくびくと目を震えさせながらキョロキョロとした様子で店内を見回していた。
この子の体には親が付けてあげたのだろう、かわいい幼児向けのかえるさんポーチがかけてある。
髪の色はしっとりとして尚且つ鮮やかな緑色で、かえるのワッペンとへびの髪結いが付いている。
じっと見つめている私の目線に気が付いたのか、この子はぽてんとした表情を変えて私に『おべんとが売っている場所ってどこですか?』と近付いてきて、質問してきた。
少々おどおどしている様子と舌っ足らずな発音が私のツボにクリーンヒットする。私はこの子と同じ目線に座り、ほのかにさりげなくばれない様にこの子頬をぷにぷにと存分にまさぐり堪能しながら弁当コーナーはすぐ隣ですよと教える。
この子が顔を赤らめ少しうつ向きながら軽くお辞儀をして弁当コーナーへと向かって行った。この間知らぬ内に4分も経過していたらしく、レジにお客さんが沢山並んでいたもののこの子の可愛さの前には些細な事である。
ちゃっちゃと会計を済ませ、ゆっくりの観察に励む。
コンビニに入ってきたこの子はもっきゅもっきゅと体を動かして店内の弁当コーナーを徘徊している。どうやらお目にかなう弁当を見付けられた様で、満円の笑みを浮かべて頭に三色そぼろの弁当を乗せ、レジにまで向かって来た。かわいい。
「お願いしますっ!」
あらあら、いい声で挨拶が出来て偉いですね。380円です。
「ゆっ、温めてください! ゆぅ~…、ゆっ!」
この子が口を器用に使って体にかけているポーチから財布を取り出し、財布の中の小銭を一つ一つ一生懸命にゆっくりには少々高いレジ机に置いて行く。
でれんでれんな表情をしているであろう私に破壊力抜群な行為である。私の中の、大切な何かが砕けて飛んでいった。
「わかりました。お代は結構です、只今暖めます」
「ゆ? …ゆっ!? な、なんで私が抱き締められてるんですか、あふんっ!? 激しくすりすりしないでっ、らめ、そこは弱いから、触らないで、ゆうううううう…! …ゆふぅ♪」
翌日、私は仕事を首になりこの子と一緒に生活する事となった。
仕事を首と言われた時はどうしようと思ったが、この子と一緒ならどんな苦難でも負けたりはしないさ!
私は胸に甘えてくるこの子を抱き締め、ハローワークへと足を進めた。
おまけ
「ゆっ、温めてください!」
「温めて、ください…?」
温めてくださいとは一体どういう事だろう。常識と目の前の弁当を差し出しながらの状況から考えて恐らく弁当の事なのだろうが、本当にそうか…?
子供は中学生から高校生くらいの年頃になると、誰しも反抗的な態度を取る。なら、この子の発言にも何か『隠された暗号』があるのではないだろうか…、…!! ま、まさか!
『私は日頃一人で淋しいから、おねーさんの肌で暖めて欲しい』という、意味が込められているのか!?
『触れ合いたい』といった初歩的なスキンシップも行えない子供の、無意識の内のSOSサインだというのかっ!!?
「うお、うおおおおおおっ!!! 暖めるさっ、どんなに冷えててもずっと、ずっと!!!」
「ゆうううううううっ!!? いきなりそんな激しくすりすりしないでくださいっ! ほっぺが熱くて、溶けちゃうよ、おぉ…! …ゆふぅ、…♪」
最終更新:2009年03月21日 22:21