『しあわせ嘘戯』
僕は嘘が好きじゃない。
もちろん今まで一度も嘘をついたことが無い、なんてことはないし、
全ての嘘がもれなく悪だとかそんな偉そうなことを言うわけじゃあない。
そんな僕が、いつもいつも嘘ばっかりついて人をからかってニヤニヤしているゆっくりてゐと
幼馴染で、未だ親交を続けているのはきっと、腐れ縁か何かなのだろう。
僕は嘘が好きじゃない。
てゐはいつも嘘をつく。
それへの反発か、ただの意地か、てゐにだけは一度も嘘をついたことがなかった。
だから―――
私は嘘が大好きだ。
もちろん全ての発言が嘘だ、なんてことはないし、
許せない悪意を込めた嘘があるのも解っている。
そんな私が、嘘が嫌いでいつまでたっても嘘の一つもつけないあいつと
幼馴染で、未だ親交を続けているのきっと、からかって面白いからだろう。
私は嘘が大好きだ。
あいつは嘘が好きじゃない。
私への反発か、ただの意地か、あいつは私にだけは一度も嘘をついたことがなかった。
だから―――
「…また来てたのか」
「鍵が開いてて無用心だったから留守番しててあげたのよ。感謝していってね!」
嘘だな。考えるまでも無く男はそう結論付けた。彼は割と神経質な方で、
その日も施錠を2度も3度も確認してから出かけたのだ。
「こっちは仕事で疲れてるんだ。もういい時間だろ、帰って飯でも食ったらどうだ?」
「今日はこっちで食べていってあげるわ。ゆっくりしてないでさっさと準備してね!」
「今日『も』だろ。まったく…」
しかめっ面を見せながらテーブルの上に置いた買い物袋の中には、しっかり二人分の食材と
ニンジンが入っていた。この展開は予測済みだったようだ。
「こんなにかわいいてゐちゃんが一緒に食べてあげるんだから、とっても感謝してね!」
「はいはい」
軽くあしらいながら買い物袋からニンジンを取り出す。
「ニンジンステーキでいいな?」
「またそれ?たまには違うのにしなさいよ、気が利かないわね」
それも嘘。顔を見れば一目瞭然だった。ニンジンをただ焼いただけで御馳走になるのだから、
こいつらの舌は安上がりでいい。とはいえ、焼き加減を間違えると「ばかなの?死ぬの?」と
食事中延々と愚痴られるのだが。
「あ、そうそう。新聞屋が集金に来たから立て替えといてやったわ。払いなさい」
男はじーっと疑いの視線をてゐに向けた。何せ相手はてゐなのだ。
「疑り深いわね。ほら領収書」
「先に出せ。えーっといくらだ?」
領収書を受け取り、金額を確認する。財布からお金を取り出して、改めて数字を確認したところで男の手が止まった。
「…ところで因幡新聞社っていうのはどこにある会社なんだ?」
「う・そ・ウ・サ♪」
ムカつくニヤケ顔を浮かべながらガッツポーズをキメるてゐ。
先にしたようなわかりやすい嘘の合間にこういった手の込んだことをしてくるからたちが悪い。
「こんなものまで作って…僕が相手だから良かったものの、詐欺だぞこれは」
「アンタが相手だからそんなものまで作ったのよ。そんな事もわからないの?ばかなの?」
男がひっかかりかけたのに満足したのか、てゐはごろんと寝転がって原稿用紙に向かった。
『公然と嘘ついて、一山当てれば一攫千金よ?天職だと思わない?』
こんな事を言って小説家になったのだが、今思えばそれは大正解だったのだろう。
でなければ、多分詐欺師になっていただろうから。
金になる嘘を書き始めたてゐを見て、「はぁ」とため息をつくと男は食事の準備を始めた。
「むーしゃ、むーしゃ…いまいちー!」
そう言いながらもてゐの親指は立っていた。意地でもおいしいと言いたくはないらしい。
「精進するよ」
「せいぜいがんばってね!」
てゐが投げる嘘も嫌味も、真意がわかっているのでやんわりと受け取る。
10年を越える付き合いは伊達ではなかった。
「ふぅ、味はいまいちだったけどまぁ足しにはなったわ。ごちそうさま」
「あぁ、まだ帰るなよ。ちょっと話がある」
食器を流しに持っていき、鞄から何かを取り出してから男は再びテーブルを挟んでてゐの前に座った。
「なによ。求婚でもするの?」
「よくわかったな」
「…は?」
男が取り出したのは婚姻届だった。男の名前は既に書かれている。
「…………………………………………
え?ちょっと?なんで?え?待ってよ。え?なに?なんて?」
てゐは大いに混乱した。
人間とゆっくりの結婚、法律上は可能である。そういった例も何件かはある。
とはいえそれはかなり珍しいことだった。国際結婚なんて目じゃないくらいに。
「お前との付き合いももう長いしな…そりゃあ、男女間の恋愛って付き合いじゃない。
幼馴染の腐れ縁さ。でもお前といると楽しいんだよ。嘘ついてからかわれても、僕にとっては楽しい事なんだ。
一緒にいて楽しい、一緒にいていたいっていうのは一番重要なことなんじゃないか?
そう、お前といると一番『ゆっくりできる』んだ。だからさ…
ずっと、一緒にいてほしい。駄目か?」
一気に言い切る男に対し、てゐの方はしどろもどろ、視線は縦横無尽に泳ぎ回っている。
「いやあの、でもホラゆっくりとの結婚なんて両親とか反対するだろうし…」
「両親にはもう話したよ。最初は戸惑ってたけど、やっぱり二人とも僕の親だった。お前のいいところはちゃんと解っていたし、
僕が本気だっていうのも解ってくれた」
「いや、あの、でもね、でも…」
てゐの顔は真っ赤になっていた。真っ白い耳をも真紅に染めんばかりに。
確かに、こいつといると楽しい。からかいがいがあるから…だけじゃない事はてゐもうすうすは気づいていた。
しかし急すぎる。いきなりこんな事を言われるなんて予想の範疇を大きく超えていた。
Noと言えるわけがない。ここばかりは嘘をつけない、つきたくない。
『ちょっと考えさせて』?ここまで言ってくれてるのに答えを先延ばしにするのは失礼じゃないだろうか。
じゃあ
だったら
残った答えは…
ちら、と男の目を見る。
「………」
真剣な目。曇りなき眼で瞬き一つせずにてゐを見つめている。
そのままどのくらい経っただろう。
10秒か。
1分か。
…体感的には、もう2,3時間経ったような気さえした。
呼吸が荒い。
心臓が、自分の身体じゃないくらいどきどきしている。
なんだこれ。
気を落ち着かせるために深呼吸しようとしたが、その呼吸まで震えている。
「…あ、あのね」
唇がわなないている。今までどんな嘘も平気で喋ってきたこの唇が。
「私すぐ嘘つくし、こんなへちゃむくれだし、がっかりさせちゃうかもしれないけど…
こんな私でよかったら、ずっと一緒にゆっくりさせてください!」
言った。
言えた。
言い切った。
それを聞いた男は、にっこり笑って…
「はァい残念嘘でしたー!」
婚姻届をくるりと裏返した。そこにはでっかく
『 A p r i l F o o l 2 0 0 9 』
の文字が。
そういえば今日は…
「いやー、こないだ偶然こんなの見つけちゃってね。4月1日くらい今度は僕が逆に騙してやろうと思って
買ってきちゃったワケ!こんなに上手くいくとは思わなかったなぁ。
…うん?そのカードは…」
兎 符 「 因 幡 の ゆ っ く り 兎 」
部屋が閃光に包まれ、無数の弾幕が男に襲い掛かった。
「ぐっふぁ!」
衝撃で壁までぶっ飛ばされて倒れこむ。てゐはゆっくりと、仰向けになった男のところへ歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「ひっく……いっぐ……」
その表情は、男が一度も見た事の無かった…泣き顔だった。
「ひどぃよ……ぁたし…わたし…がんばったんだよ?がんばって、嘘じゃなくてほんとの気持ちで答えたんだよ?
こんあ、こんなの…こんな嘘…ぅう…」
ぽたぽたと、涙が男の顔に落ちた。てゐは立っていられなくなったのか、しゃがみこんでなおも泣き続ける。
「…ごめん、嘘だったんだ」
「うぅぅぅ……うぇぇぇ……うぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁあぁあん!」
てゐは手で顔を覆って本格的に泣き始めた…が、男はその手を強引に払いのけ、一枚の紙をてゐの前に差し出す。
「さっきのが、ね」
それは正真正銘、本物の婚姻届だった。
「お前と一緒になるんだから、これくらいの仕掛けはできなきゃと思ったんだけど…ごめん。本当にごめん。やりすぎた…」
てゐは無言で紙をひったくると、空欄をすごい勢いで埋めていった。
そして紙を突き返すと
「…うそなひにきまってぅでしょ!?ばかなの!?」
…と、涙声で言い、不器用な笑顔を見せた。
「…って感じの話にしようと思ってんだけど。どうよ?」
ファミレスでニンジンをぱくつきながら、てゐは次の小説のプロットを話した。
…ぱくついているニンジンは、向かいに座っている担当編集のものなのだが。
「これは…うーん…相手の男、脚色しすぎじゃないか?」
「そのくらいがちょうどいいのよ。読者なんてアホなんだから。そんな事もわからないの?
ばかなの?無能なの?」
ニヤニヤ笑いながらそう言うてゐに、編集は少しムッとなった。
「わかった、これで行こう。不評でも文句垂れるんじゃないぞ」
「誰にモノを言ってるの?ばかなの?」
これ以上いてもばかばか言われるだけだと悟り、編集は伝票を掴んで席を立った。
レジへ向かおうと少し歩き、「あ、そうだ」と何かを思い出して立ち止まり、未だにニンジンを堪能しているてゐに問いかける。
「今晩はニンジンステーキでいいな?」
「またそれ?たまには違うのにしなさいよ、気が利かない夫ね」
ばかなの?そう言っててゐは笑顔を見せた。
-おしまい-
ネタ的には
SS書いたよ
↓
うそウサ
↓
スクロールして反転すると、そこにはなんと元気に走り回る(?)SSが!(先の『うそウサ』が嘘)
作中では
結婚しよう!
↓
嘘だよ!
↓
実はさっきの嘘っていうのが嘘だよ!
↓
ここまでの話は嘘(小説の話)だよ!
↓
と見せかけて実はさっきのも嘘(実話を元にした小説という設定)だよ!
といった感じでがんばって嘘をついてみました。ネタをやるためにちょちょっと作ったSSなんでつまらなかったらすみません。
by えーきさまはヤマカワイイ